ビートまりおとみんなのゆかいな日常
ここはいつも元気があふれる場所。歌って踊るVTuber・ビートまりおと、その仲間たちが集う陽気な事務所。
ビートまりおは同人音楽サークル「Cool&Create」のボス。東方アレンジで有名な歌い手だ。Live2Dの体は、愛する奥さんをモデルに特注で作ってもらった。だから「嫁が好き」が口ぐせで、朝のあいさつは「こんよめ」、夜のあいさつは「おつよめ」。ボイスチェンジャーは使わず、地声で通す。気さくな人柄で、みんなから親しみを込めて「まりおさん」と呼ばれている。
ある朝、まりおのもとに一通の手紙が届く。それは「VTuber事務所対抗・親睦運動会」の招待状だった。競技は玉入れ、パン食い競走、借り物競走。バトルではなく、みんなで楽しく盛り上がるお祭り的なイベントだ。だが、ひとつだけ大きな問題があった。運動会の当日、まりおには妻との大切な約束があったのだ。
さあ、どうするまりお。仲間たちは大騒ぎ。副代表のあまねは「予定をずらせばいいのでは?」と提案し、マネージャーのつむぎは「奥さんを連れてくればいいじゃないですか」とニヤリ。後輩のそよは「あの日は雨が降ると思います」と心配する。そして、まりお
ビートまりおとみんなのゆかいな日常 - 師匠、降臨!チビくんの弟子入り大作戦と奥さん愛の叫び
秋の空気が、事務所の窓ガラスをひんやりと冷やしていた。
クールアンドクリエイトの共有スペース。ホワイトボードには、あまねのきっちりした字で「運動会まであと5日」と書かれている。その隣には、そよの丸い字で「雲が変です。雨かも」というメモが、黄色いマグネットで留められていた。
まりおは配信ブースの前で、ケーブルを束ねていた。黒の短髪をかき上げ、深い茶色の瞳が手元を見つめる。壁には奥さんをモデルにしたLive2Dイラスト。今日もその笑顔が、まりおを静かに見守っている。
「今日も嫁は世界一かわいいなあ」
まりおが八重歯をのぞかせてつぶやいた、その瞬間。
バァン!!
事務所のドアが、勢いよく開いた。
「師匠ーーーーっ!!!」
小さな影が、まりおに向かってまっすぐに突っ込んでくる。
「うわっ!?」
まりおが振り返るより早く、その影はまりおの足にしがみついた。
「師匠! 会いたかったです! ずっとずっと会いたかったです!」
まりおは目をぱちぱちさせた。
足元を見る。
そこには、大きなリュックを背負った小さな男の子がいた。つばの広い帽子を深くかぶり、その下からくりくりした目がまりおを見上げている。服は少しよれていて、靴は泥だらけ。まるで走ってここまで来たみたいだった。
「お、お前……誰だ?」
「グレイテスト商事のチビです! 師匠の東方アレンジを聴いて、VTuberになりました! 師匠の『嫁ロック』を千回は聴きました! いや、二千回です!」
チビくんは、まりおの足にしがみついたまま、一気にまくし立てた。
「え、ちょっと待て。グレイテスト商事って、あのライバル事務所のか?」
「はい! でも僕は師匠の味方です! 敵じゃないです! むしろ味方の中の味方です!」
「味方の中の味方ってなんだよ」
まりおは、しがみつくチビくんを引きはがそうとした。
でもチビくんは、まるでコアラのようにがっちりとまりおの足にしがみついている。
「師匠! 教えてください!」
チビくんは、大きな声で叫んだ。
「どうすれば、奥さんを愛せますか!?」
共有スペースが、しんと静まった。
「……は?」
まりおの手が、ぴたりと止まる。
「僕、師匠の配信をずっと見てきました。師匠が奥さんの話をする時の顔、すごく幸せそうで。僕もあんな風に、誰かを大好きになりたいんです。でも、どうすればいいか分からなくて」
チビくんの声は、真剣そのものだった。
くりくりした目が、まりおをじっと見上げている。
「だから、師匠に教えてほしいんです。奥さんを愛する方法を」
まりおは、しばらくチビくんを見つめた。
それから、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
「……お前、本気で言ってるのか?」
「本気です! 命懸けです!」
「命懸けで愛を学ぶやつがどこにいるんだよ」
まりおは苦笑いした。
でも、チビくんの目は本気だった。
「……いいか、チビ」
まりおは、チビくんの帽子のつばをくいっと持ち上げた。
「愛はな、教えるものじゃないんだ」
「え?」
「気づくものなんだよ」
まりおの声は、静かだった。
でも、その声には、確かな重みがあった。
「誰かを好きになるってのは、教科書に書いてあることじゃない。俺が嫁を好きなのも、誰かに教えられたからじゃない。……気づいたら、好きだった。それだけだ」
チビくんは、まりおの言葉を、一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませていた。
「だから、お前も焦るな。お前が誰かを好きになった時、お前はちゃんと気づく。愛ってのは、そういうもんだ」
まりおが言い終わると、チビくんの目が、みるみるうちに潤んでいった。
「師匠……! すごいです! 深いです! まるで歌詞みたいです!」
「歌詞みたいって、お前なあ」
まりおは照れくさそうに頭をかいた。
「決めました!」
チビくんは、突然ぱっと立ち上がった。
「運動会まで、師匠の奥さん愛を学ぶため、ここに居候します!」
「はあ!?」
まりおの声が、ひっくり返った。
「ちょっと待て! お前、ライバル事務所の子だろ!? うちに居候するとか、まずいだろ!」
「大丈夫です! 僕、小さいから場所取りません! 隅っこで寝ます!」
「そういう問題じゃない!」
まりおが慌てる横で、つむぎがくすくすと笑っていた。
翠色のショートボブを揺らして、金色のたれ目がにんまりと弧を描く。
「あらあら。面白そうじゃない?」
「面白そうじゃない、じゃなくてだな!」
「いいじゃない、まりおさん。弟子ができて。奥さん愛の伝道師として、後進の育成も大事よ?」
つむぎは口元に手をやって、ニヤリと笑った。
「伝道師って……」
まりおは、がっくりと肩を落とした。
「やったー! 師匠! これからよろしくお願いします!」
チビくんは、まりおの足に再びしがみついた。
「だから、しがみつくなって!」
「師匠の足、あったかいです」
「褒めてるのか、それは!?」
その時、あまねがホワイトボードの前に立った。
紫がかったロングヘアを低い位置で二つ結びにした、クールアンドクリエイトの副社長。銀色の切れ長の瞳が、まりおをまっすぐに見つめている。耳にはいつものボールペン。手にはスケジュール帳。
「まりおさん。運動会まであと5日です」
「お、おう。そうだな」
まりおは、チビくんを足から引きはがしながら答えた。
「練習スケジュールを決めました」
あまねは、ホワイトボードにカツカツと文字を書き始めた。
「10月18日、午前10時から玉入れ練習。午後1時からパン食い競走練習。10月19日、午前9時から借り物競争練習。午後2時からリハーサル。10月20日、終日休養。10月21日、最終調整。10月22日、運動会本番」
あまねは、一気に書き終えると、まりおの方を振り返った。
「異論は認めません」
「い、異論は認めませんって、お前……」
まりおは、ホワイトボードに書かれたスケジュールをじっと見た。
10月22日。
その日付が、まりおの胸をぎゅっと締め付ける。
「あの、あまねちゃん」
まりおは、おそるおそる手を挙げた。
「なんでしょう」
「その、10月22日なんだけど……」
「運動会本番です」
「そうなんだけど、その前に、ちょっと用事が」
「用事ですか。何の用事ですか」
あまねの銀色の瞳が、まりおを逃がさない。
「えっと、その……」
まりおは、口ごもった。
(奥さんに会うんだ、なんて言えるかよ。でも、嘘もつけないし)
「まりおさん、もしかして奥さんですか」
あまねが、ずばりと言った。
「なっ!?」
まりおの顔が、一瞬で真っ赤になった。
「図星ですね。まりおさんが言いにくそうにする時は、いつも奥さん関連です」
「そ、そうだけどよ……」
まりおは、観念したようにうなずいた。
「その日、奥さんに会うんだ。大事な約束があって」
「では、奥さんに来ていただきましょう」
あまねは、こともなげに言った。
「私が連絡します。奥さんの連絡先は、事務所の緊急連絡先として把握しています」
「ちょ、待て待て待て!」
まりおは、両手をぶんぶんと振った。
「奥さんは、人前に出るのが苦手なんだよ! 運動会なんて、人だらけの場所に来られるわけないだろ!」
「大丈夫です。私がしっかりサポートします」
「そういう問題じゃないんだって!」
「では、どういう問題なんですか」
あまねは、首をかしげた。
「だから、その、奥さんは……」
まりおの言葉が、途中で詰まる。
胸の奥が、ぐるぐると渦を巻く。
(奥さんのことを、ちゃんと分かってるのは俺だけだ。人前に出るのが、どれだけ怖いか。どれだけ苦手か。それを、簡単に「大丈夫です」なんて言わないでほしい)
「奥さんは——」
まりおは、ぎゅっと拳を握った。
「奥さんは、人前に出るのが苦手なんだ!!」
まりおの声が、事務所中に響き渡った。
大きな声だった。
今までにないくらい、大きな声だった。
共有スペースが、しんと静まり返る。
あまねも、つむぎも、チビくんも、みんなまりおを見ていた。
まりおは、はっと我に返った。
「……わりい。大声出して」
まりおは、うつむいた。
「俺、奥さんのことになると、どうしても熱くなっちまうんだ。奥さんは、本当に人前に出るのが苦手で。配信の声だけでも、最初はすごく勇気が要ったんだ。そんな奥さんを、運動会の会場なんかに連れて行けるわけがない」
まりおの声は、少し震えていた。
「奥さんを守るのが、俺の役目なんだ。なのに、俺の予定管理が下手なせいで、奥さんに無理をさせそうになってる。……本当に、情けない」
まりおは、深く息を吐いた。
その時だった。
「それなら」
つむぎが、静かに口を開いた。
「奥さんの声だけでも、配信で届けませんか?」
まりおは、顔を上げた。
「声だけ?」
「ええ。奥さんが人前に出られなくても、声なら配信で届けられる。運動会の配信に、奥さんの声を乗せるの。まりおさんの奥さん愛を、リスナーにもわかってもらえるわよ」
つむぎは、金色のたれ目を細めて、にんまりと笑った。
「奥さんの声なら、顔も姿も出さなくていい。それなら、奥さんも安心じゃないかしら」
「でも、奥さんが声を出すのを嫌がったら……」
「その時は、また考えればいいじゃない。まずは、まりおさんが奥さんに電話して、聞いてみることよ」
つむぎの言葉に、まりおは黙り込んだ。
「師匠! 僕も何かしたいです!」
チビくんが、ぴょんぴょん跳ねながら言った。
「師匠の奥さんの声、僕も聞きたいです! 絶対素敵な声に決まってます! だって師匠が世界一好きな人の声ですから!」
「お前は、本当に素直だなあ」
まりおは、苦笑いした。
「さて、あらすじの続きを語ろうか」
突然、スピーカーから低く渋い声が響いた。
「うわっ!? 謎の声!?」
まりおが、天井を見上げた。
「まりおさん。君は今、大きな選択の岐路に立っている。奥さんに電話をかけるか、かけないか。それは、君の心の強さが試される瞬間だ」
「勝手に試さないでくれよ!」
「しかし、物語は待ってくれない。運動会まで、あと5日。君の決断が、この物語の行方を左右するのだ」
「だから、そういうのやめろって!」
「ふむ。君のツッコミは、いつも心地よい。それもまた、この物語の魅力の一つだ」
「褒めても何も出ないぞ!」
まりおは、スピーカーに向かって叫んだ。
でも、心の中は、それどころではなかった。
(奥さんに電話する、か)
まりおは、ポケットのスマホに手をやった。
待ち受け画面には、奥さんとのツーショット写真。
どこかの公園で、二人で笑っている。
奥さんはまりおの肩に寄りかかって、少し照れている。
「声だけ、か……」
まりおは、小さくつぶやいた。
「奥さん、なんて言うかな」
窓の外では、秋の雲がゆっくりと流れていた。
運動会まで、あと5日。
まりおの心は、まだ決まらない。
でも、電話をかける勇気だけは、少しずつ、少しずつ、胸の中で膨らんでいた。Noveliaとは?
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