ビートまりおとみんなのゆかいな日常
ここはいつも元気があふれる場所。歌って踊るVTuber・ビートまりおと、その仲間たちが集う陽気な事務所。
ビートまりおは同人音楽サークル「Cool&Create」のボス。東方アレンジで有名な歌い手だ。Live2Dの体は、愛する奥さんをモデルに特注で作ってもらった。だから「嫁が好き」が口ぐせで、朝のあいさつは「こんよめ」、夜のあいさつは「おつよめ」。ボイスチェンジャーは使わず、地声で通す。気さくな人柄で、みんなから親しみを込めて「まりおさん」と呼ばれている。
ある朝、まりおのもとに一通の手紙が届く。それは「VTuber事務所対抗・親睦運動会」の招待状だった。競技は玉入れ、パン食い競走、借り物競走。バトルではなく、みんなで楽しく盛り上がるお祭り的なイベントだ。だが、ひとつだけ大きな問題があった。運動会の当日、まりおには妻との大切な約束があったのだ。
さあ、どうするまりお。仲間たちは大騒ぎ。副代表のあまねは「予定をずらせばいいのでは?」と提案し、マネージャーのつむぎは「奥さんを連れてくればいいじゃないですか」とニヤリ。後輩のそよは「あの日は雨が降ると思います」と心配する。そして、まりお
ビートまりおとみんなのゆかいな日常 - 雨降り予報と、元気すぎる宣戦布告!
秋の空は、どこまでも高く澄んでいた。
クールアンドクリエイトの事務所があるビルの三階。窓から差し込む日差しが、共有スペースのホワイトボードを白く照らしている。
「こんよめー!」
まりおの元気な声が、いつものように部屋に響いた。
黒の短髪を軽くかき上げて、深い茶色の瞳を細める。壁に飾られた奥さんモデルのLive2Dイラストをちらりと見て、八重歯をのぞかせた。
「今日も俺の嫁は世界一かわいいなあ」
「また始まった」
紫がかったロングヘアを低い位置で二つ結びにした少女が、銀色の切れ長の瞳をすっと細めた。あまねは耳に掛けたボールペンを指先でくるりと回す。
「まりおさん、今日は運動会の打ち合わせです。ちゃんと聞いてくださいね」
「おう、分かってるって。玉入れとパン食い競走と借り物競走だろ?去年は俺、玉を一個も入れられなかったけどな!」
まりおは笑いながら、共有スペースのソファにどさりと腰を下ろした。
「それは自慢になりません」
「あはは、まあそう言うなよ。今年は一個くらい入れてみせるぜ」
そこへ、キッチンの方からひょっこり顔を出したのは、翠色のショートボブの女性。つむぎだ。金色のたれ目が、にんまりと弧を描く。
「あらあら、まりおさん。今年は奥さんの応援があるから、張り切っちゃうんじゃない?」
つむぎは口元に手をやって、ニヤリと笑った。
「えっ、あー、いや、それは……」
まりおの声が、急に小さくなる。
(奥さんとの約束。どうしよう。まだ誰にも言えてない)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「まりおさん?」
「お、おう!なんでもない!それより、運動会の作戦を考えようぜ!」
まりおは慌てて話題を変えた。
あまねは銀色の瞳でまりおをじっと見つめたが、それ以上は追及しなかった。
「では、種目ごとの担当を決めましょう。まず玉入れですが——」
あまねがスケジュール帳を開いた、その時。
ガチャリ。
事務所のドアが、ゆっくりと開いた。
「……こんにちは」
ふわりと、水色の髪が揺れる。
小柄な少女が、まるで空気に溶け込むようにして入ってきた。丸いグレーの瞳は、どこか遠くを見ているようで、手には小さなメモ帳が握られている。
「お、そよちゃん!いらっしゃい」
まりおが笑顔で手を振る。
そよは、まりおの隣にちょこんと座った。
「今日は、天気の話をしに来ました」
「天気?」
まりおは首をかしげた。
「運動会の日、雨が降ると思います」
そよは、ぽつりと言った。
共有スペースの空気が、一瞬止まった。
「……え?」
まりおは目をぱちぱちさせた。
「そよちゃん、今は運動会の種目の話をしているんだけど」
あまねが、銀色の瞳でそよを見る。
「はい。だから、雨の話です」
そよは、こくりと首をかしげた。
「雨が降ったら、外の競技はできませんから」
「……そういうことじゃなくて」
あまねが、小さくため息をついた。
「なあ、そよちゃん。なんで雨が降ると思うんだ?」
まりおが、優しく尋ねる。
そよは、ポケットから折りたたんだメモを取り出した。
「私、気象予報士の資格を目指して勉強中なんです。最近、雲の流れが変で。上空の風が、いつもと違う方向から吹いてるんです」
そよは真剣な顔で、メモに描かれた雲のイラストを指さした。
「この時期に、この向きから湿った空気が入ると、高い確率で雨になります。特に、運動会の会場は多摩川沿いで、川の水蒸気の影響も受けやすいので」
「へ、へえ……」
まりおは、半分も理解できなかった。
でも、そよの真剣さは伝わってくる。
「まあ、雨でも屋根がある場所に変えれば大丈夫だろ!俺は雨でも走るぞー!」
まりおが明るく笑った。
「まりおさんは、風邪をひきますよ」
「そよちゃんは心配性だなあ」
「心配性じゃなくて、天気の話です」
「いや、だから……」
あまねが、こめかみを押さえた。
つむぎは、そんなやりとりをにこにこと眺めていた。
「そよちゃんの雨予報、悪くない情報じゃない?屋外イベントの天候リスクは、ちゃんと想定しておくべきよ」
つむぎは、自分の手帳にさらさらとメモを書いた。
「さすがつむぎさん。そういうとこ、頼りになります」
「あら、褒めても何も出ないわよ」
つむぎが、またニヤリと笑った。
その時。
ドンドンドン!!
事務所のドアが、激しく叩かれた。
「えっ、なんだ!?」
まりおがソファから飛び上がる。
「開いてますよ」
あまねが冷静に言った。
バァン!!
ドアが勢いよく開いた。
「勝たせてもらいます!!!」
大声が、部屋中に響き渡った。
入ってきたのは、燃えるような赤い髪をポニーテールにした少女。身長は高く、手足がすらりと長い。真っ赤なジャージを着ていて、首にはタオルが掛かっている。
まるで、今にも走り出しそうな雰囲気。
「グレイテスト商事のパワーです!運動会、絶対に勝ちますから!」
パワーは、拳を突き上げて叫んだ。
「……誰?」
まりおは、ぽかんと口を開けた。
「不審者ですね。通報します」
あまねが、すっとスマホを取り出した。
「ちょっと待ってください!不審者じゃないです!ライバル事務所の偵察です!」
「偵察の方が不審者です」
あまねは、迷わず言い切った。
「そ、そんなことより!ライバルの弱点を探るのは当然です!ビートまりおさん、あなたの弱点、探らせてもらいます!」
パワーは、まりおの周りをぐるぐると回り始めた。
「お、おう。元気だなあ……」
まりおは苦笑いした。
「ふむふむ。配信スタイルは地声。ボイチェンなし。人懐っこい性格。視聴者からの信頼も厚い。……うーん、弱点が見当たらない」
パワーは、腕を組んでうなり始めた。
「弱点なら、ありますよ」
つむぎが、にこやかに口を開いた。
「えっ、なんですか!?」
パワーの目が、きらりと光る。
「まりおさんの奥さんです」
「お、奥さん!?」
パワーが、驚いた顔でまりおを見た。
「うちの奥さんはねえ、世界で一番かわいくて、料理が上手で、声がすごく綺麗で、笑うとえくぼが出て、それからそれから——」
まりおの口が、止まらなくなった。
「え、ちょっと、待ってください。何が始まったんですか?」
パワーは、目を白黒させた。
「奥さんはね、俺のLive2Dアバターのモデルでもあるんだよ。この髪の感じとか、目の形とか、全部奥さんを参考にしてるんだ。もうね、毎日見てても飽きないんだよ。朝起きて一番に思うのは、今日も奥さんに会えるかなってことで——」
まりおは、早口でまくし立てた。
「あ、あの、ビートまりおさん?」
「それでね、奥さんが作ってくれるおにぎりがまた絶品でね。昆布の具合が絶妙なんだよ。俺、あれを食べるために生きてるといっても過言じゃないんだ。あ、でも奥さん本人に会えるなら、おにぎりなんてなくてもいいんだよ。だって奥さんがいるだけで——」
まりおの目は、完全にハートになっていた。
「す、すごい……この熱量、なに……?」
パワーは、一歩、また一歩と後ずさった。
「まりおさんの奥さんトークは、一度始まると止まらないのよ」
つむぎが、楽しそうに言った。
「これが、まりおさんの唯一の弱点。いえ、最強の武器かしら」
「弱点なのか武器なのか、どっちなんですか!?」
パワーは、頭を抱えた。
「それでね!奥さんと初めて出会った日は、雨が降ってたんだよ。俺、傘を持ってなくて、駅で雨宿りしてたんだ。そしたら奥さんが、よかったらどうぞって、傘に入れてくれて——」
まりおは、完全に自分の世界に入っていた。
「もう無理!と、とにかく勝つので!それだけです!失礼します!」
パワーは、半ばパニックで事務所を飛び出した。
バタン!
ドアが閉まる。
「……あれ?パワーちゃんは?」
まりおは、ようやく我に返った。
「帰りました」
「えっ、いつ?」
「まりおさんが奥さんとの出会いを語っている間に」
あまねは、冷たい視線を向けた。
「マジか!?俺、またやっちゃった?」
まりおは、頭をかいた。
「いつものことです」
「まあ、あの熱量は、ある意味で強力な武器だからいいんじゃない?」
つむぎが、くすくす笑った。
「そよちゃん、どう思う?」
まりおが、そよを見た。
「パワーさん、汗をかいてました。運動すると、体温が上がります。でも、雨が降ると、気温が下がります。だから、運動会の日は、やっぱり雨が降ると思います」
そよは、真顔で言った。
「……やっぱり天気の話なんだ」
まりおは、笑った。
——
一方、事務所を飛び出したパワーは、ビルの入り口で足を止めた。
「はあ、はあ……。あの熱量、やばかった……。弱点どころか、こっちが圧倒された……」
パワーは、膝に手をついて息を整えた。
その時。
「あの」
後ろから、声がした。
「うわっ!?」
パワーが振り返ると、そこには、水色の髪の少女が立っていた。
いつの間にか、そよが追いかけてきていた。
「な、なんですか?」
「運動会の日は、雨が降るかもしれません」
そよは、真顔で言った。
「……雨?」
パワーは、眉をひそめた。
「はい。雲の流れが、変ですから」
「雲の流れが……変?」
「上空の風が、いつもと違う方向から吹いています。この時期に、この向きから湿った空気が入ると、高い確率で雨になります」
そよは、淡々と説明した。
パワーの頭の中で、何かが弾けた。
(雨が降ったら、外の競技ができなくなる……。そうか!クールアンドクリエイトは、雨乞いをして運動会を中止にしようとしてるんだ!)
「まさか……雨乞い……!?」
パワーは、目を見開いた。
「雨乞い?」
そよは、首をかしげた。
「私はただ、天気の話を……」
「聞く耳持ちません!クールアンドクリエイトの恐ろしい作戦、見破りましたからね!とにかく、私は帰ります!」
パワーは、猛ダッシュで走り去った。
「……走ると、汗をかきます。汗をかくと、風邪をひきます。風邪をひくと、運動会に出られません」
そよは、パワーの背中を見送りながら、ぽつりとつぶやいた。
——
グレイテスト商事のオフィス。
東京都内のシェアオフィス内にある、約40㎡の部屋。入口には「目標:業界トップ3」と書かれた横断幕が掛かっている。
しかし、中は散らかっていた。
パワーのトレーニング器具が床に転がり、スローの昼寝用クッションが場所を占拠している。チビくんのデスクには、まりおさんのグッズがきれいに飾られていた。
「大変です!大変ですよ!」
パワーが、息を切らせて飛び込んできた。
「……うるさい」
のんびり屋のスローは、クッションの上で寝転がったまま、目を開けなかった。
「スロー!起きてください!それからチビくんも!」
「はいはい、なんですか?」
チビくんは、まりおさんのアクリルスタンドを磨いていた手を止めて、顔を上げた。
「クールアンドクリエイトが、雨乞いをして運動会を潰そうとしてます!」
パワーは、大声で報告した。
「師匠がそんなことするわけないです!」
チビくんが、むっとした顔で言った。
「でも、あの水色の髪の子が、運動会の日は雨が降るって言ってたんです!しかも、雲の流れが変だって!」
「雲の流れが変……?」
「そうです!あれは絶対、雨乞いの準備です!天気を操作して、運動会を中止にさせようとしてるんです!」
パワーは、確信に満ちた顔で言った。
「師匠は、そんなずるいことしません。師匠は、正々堂々と戦う人です」
チビくんは、まりおさんのアクスタを胸に抱いて言った。
「チビくんは、師匠の肩ばかり持つんだから……」
「師匠は、僕のヒーローですから」
「雨乞い……楽しそう……」
スローは、あくびをしながらつぶやいた。
「スロー!あなたはもっと危機感を持ってください!」
「危機感……なにそれ……」
スローは、ごろりと寝返りを打った。
「もういいです!私が一人で対抗策を考えます!雨乞いには、晴れ乞いです!晴れ乞いの準備を始めます!」
パワーは、一人で燃え上がった。
「晴れ乞いって、どうやるんですか?」
「それは……ええと……とにかく、太陽に向かって祈るんです!」
「太陽に向かって……」
「そうです!それから、てるてる坊主を大量に作ります!私が作り方を調べますから、二人も手伝ってください!」
「僕は、師匠の応援の準備をします」
チビくんは、まりおさんの応援うちわを作り始めた。
「スローは?」
「……寝る」
スローは、目を閉じた。
「もう!なんでみんな、やる気がないんですか!」
パワーは、一人で空回りした。
——
クールアンドクリエイトの事務所。
そよが、ふわりと戻ってきた。
「ただいまです」
「おかえり、そよちゃん。パワーちゃんに何か言われた?」
つむぎが、金色の瞳を細めた。
「雨の話をしました。そしたら、走って行きました」
「雨の話をしただけで、走って行ったの?」
「はい。元気な人です」
そよは、こくりとうなずいた。
「まあ、いいか。それより、悪天候時の代替会場って、決まってるのかしら?」
つむぎが、手帳を見ながら言った。
「主催者に確認します。ブイフェスタ実行委員会の担当者に、メールを送っておきますね」
あまねが、スマホを取り出した。
「雨でも俺は走るぞー!むしろ雨の方が盛り上がるかもな!」
まりおが、拳を突き上げた。
「まりおさんは、風邪をひきます」
「だって、運動会は楽しみたいだろ?」
「楽しむのは、晴れた日がいいです」
「そよちゃんは、本当に天気が好きなんだなあ」
まりおは、そよの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「天気は、みんなの生活に関係しますから。晴れの日は、気持ちが明るくなります。雨の日は、静かで落ち着きます。どっちも好きです」
そよは、少しだけ笑った。
「そっか。じゃあ、運動会の日は、そよちゃんの好きな天気になるといいな」
まりおも、笑った。
その時、まりおのスマホが震えた。
待ち受け画面に、奥さんとのツーショット写真が映る。
どこかの公園で、二人で笑っている写真。
奥さんは、まりおの肩に寄りかかって、はにかんでいる。
まりおは、その写真を、ちらりと見た。
(10月22日。奥さんとの約束)
胸の奥が、ずきりと痛む。
「まりおさん?」
あまねが、まりおの顔を覗き込んだ。
「お、おう!なんでもない!それより、運動会の練習、いつやる?」
まりおは、慌てて笑顔を作った。
「そうですね。来週の土曜日はどうですか?みなさんの予定を確認します」
あまねは、スケジュール帳を開いた。
「私は、天気を見てから決めます」
「天気を見てからって、練習の日に雨が降るかどうかってこと?」
「はい。雨の日は、室内でできる練習がいいです」
「そよちゃんは、本当に天気予報士みたいだなあ」
「まだ、気象予報士の資格は持ってないです。勉強中です」
「でも、きっとなれるよ。そよちゃんは、天気のことを誰よりも真剣に考えてるから」
まりおは、そよの目を見て言った。
「……ありがとうございます」
そよは、少し照れたように、うつむいた。
「さて、あらすじの続きを語ろうか」
突然、スピーカーから、低く渋い声が響いた。
「うわっ!?謎の声!?」
まりおが、天井を見上げた。
「私は、いつでも君たちを見ている。そして、物語は続いていく。次なる展開は——」
「勝手に話を進めないでください」
あまねが、スピーカーに向かって言った。
「あまね君は、相変わらずつれないな。しかし、それが物語のスパイスになる」
「スパイスは、料理にだけ使ってください」
「ふむ。君のツッコミは、いつも切れ味が鋭い。それもまた、この物語の魅力の一つだ」
「褒めても、何も出ません」
「あはは、謎の声も相変わらずだなあ」
まりおは、笑った。
でも、心の奥では、まだ奥さんとの約束のことが、小さく引っかかっていた。
(どうすればいいんだ。まだ、誰にも言えてない)
まりおは、スマホの待ち受け画面を、もう一度見た。
奥さんの笑顔が、夕日に照らされて、きらきらと輝いていた。
「……ごめんな、みんな」
まりおは、誰にも聞こえない声で、つぶやいた。
窓の外では、秋の空が、ゆっくりと茜色に染まっていく。
遠くで、駅のアナウンスが風に乗って聞こえた。
今日も、一日が終わろうとしていた。
でも、まりおの心の中だけは、まだ、どんよりと曇ったままだった。Noveliaとは?
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