ストライク・ザ・ブラッド 〜第四真祖は恋愛ができない〜
世界最強の吸血鬼なのに、鼻血は止められない。
絃神島に暮らす高校生・暁古城は、三か月前からちょっとした悩みを抱えていた。夜眠れない、昼は眠い、そしてなぜかちょっとした刺激で鼻血が出る。己の体質に振り回されながら、今日も遅刻寸前で学校へ走る。追い打ちをかけるのは、フリルドレス姿の担任・那月ちゃん(二十六歳自称)の容赦ない補習。親友の基樹には「お前、ほんとに気づかないんだな」と謎の呆れ顔をされ、クラスメイトの浅葱はなぜか顔を赤くして視線を逸らす。
そんなある日、古城の隣の空き部屋に、新しい住人が引っ越してきた。黒髪ボブの、彩海学園中等部の制服を着た女の子。廊下でばったり顔を合わせた瞬間、古城の鼻から生温かいものが滴り落ちる。慌てて弁明するも、「いやらしい人!」と平手打ちが飛んできて——。
世界最強の吸血鬼が、恋も日常もままならない。すれ違いだらけのラブコメが、ここに開幕。
ストライク・ザ・ブラッド 〜第四真祖は恋愛ができない〜 - 放課後の電撃告白~電子の女帝は恋に落ちた~
放課後の教室は、ひどく静かだった。
窓の外から、運動部の掛け声が遠く聞こえる。グラウンドを走る影が、夕日に伸びていた。
暁古城は、教室のドアを開けた。
(忘れ物、したんだよな)
机の上に置きっぱなしにしたノートを取りに来ただけだ。誰もいないはずだった。
なのに。
「……遅かったじゃん、古城」
教室の真ん中。古城の机に、腰掛ける影が一つ。
金髪。腰まで届くロングヘア。ターコイズブルーの瞳。左耳には、同じ色のピアスが揺れている。
藍羽浅葱。古城のクラスメイトだ。
派手な見た目とは裏腹に、中身は純情で奥手。天才的なプログラマーで、「電子の女帝」なんて呼ばれることもあるが、本人はその呼び名を極端に嫌う。
「浅葱? なんでお前が」
「……待ってたんだよ。あんたのこと」
浅葱は、組んだ指をぎゅっと握りしめた。
夕日が、彼女の金髪を透かして、きらきらと光る。
古城は、鼻の頭を掻いた。
「用事なら、明日でも良くないか? もう遅いし」
「ダメ。今日じゃないと、ダメなの」
浅葱の声が、少しだけ震えていた。
いつもの明るい浅葱とは、どこか違う。
古城は、その違和感に気づきながらも、うまく言葉にできなかった。
「あのさ、古城」
浅葱が、顔を上げた。
ターコイズブルーの瞳が、まっすぐに古城を捉える。
「あたし、古城のことが好きなの」
教室に、沈黙が落ちた。
外から聞こえる部活の声だけが、やけに遠い。
浅葱の頬が、夕日よりも赤く染まっていく。
「付き合って、ほしい」
最後の言葉は、消え入りそうな声だった。
古城は、ぽかんと口を開けた。
頭の中が、真っ白になる。
(好き? 付き合う? 浅葱が? 俺と?)
言葉の意味を、頭の中で何度も転がす。
そして、出てきた答えは。
「おお、俺も浅葱のこと好きだぞ! クラスのみんなもな!」
古城は、笑顔でそう言った。
「……は?」
浅葱の顔から、表情が消えた。
「いや、だってお前、クラスのやつらと仲良いし。俺も含めて、みんなお前のこと好きだって」
「そういう意味じゃないっ!」
浅葱が、古城の胸を両手で叩いた。
「え、なんだよ、褒めてるのに!」
「褒めてない! あたしは、その、……恋愛的な意味で言ってんの!」
浅葱の顔は、もう真っ赤だった。
金髪の少女が、拳を握って震えている。
「恋愛的な意味?」
古城は、首を傾げた。
「だから! あたしは古城のことが、男の子として好きなんだって言ってんの!」
浅葱の声が、教室中に響いた。
その声は、廊下にも、しっかりと届いていた。
教室の外。窓の影。
姫柊雪菜は、壁に背中を預けて、立ち尽くしていた。
黒髪のボブヘアー。真剣な光を宿した黒い瞳。彩海学園中等部のセーラー服。
彼女の任務は、古城の監視だ。
獅子王機関——日本政府の外郭団体で、魔族の監視や対策を任務とする国家機関——の見習い剣巫として、第四真祖である古城を監視する。
だから、古城の行動を追っていた。
放課後、忘れ物を取りに戻った古城を追って、ここまで来た。
そして、聞いてしまった。
浅葱の、告白を。
(藍羽先輩が……先輩に……)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
理由が、分からない。
任務として、古城が誰と付き合おうと、雪菜には関係のないはずだ。
なのに。
(なんで、こんなに、苦しいの)
雪菜は、自分の胸に手を当てた。
心臓が、痛いほど脈打っている。
「なんだよ、恋愛的な意味って。お前、今日は変だぞ、浅葱」
教室から、古城の声が聞こえる。
「変なのはあんたでしょ! なんでそこで、みんなもな! とか言うかな!」
「だって、お前が好きって言うから」
「あたしが言ったのは、古城だけが好きってこと!」
「え、俺だけ?」
「そうだよ! あたしが好きなのは、古城だけなの!」
雪菜は、唇を噛みしめた。
(先輩は、どうして気づかないんですか)
浅葱の気持ちは、クラスメイトの間では、とっくに周知の事実だ。
なのに、古城だけが、まったく気づいていない。
雪菜は、古城の鈍感さに、呆れを通り越して、何か別の感情が湧いてくるのを感じた。
(私には、関係ない)
そう自分に言い聞かせる。
でも、足が動かない。
その場から、離れられない。
「……マジで言ってんのか? 俺のこと、好きなのか?」
「……言ったでしょ。何度も言わせないでよ」
浅葱の声が、小さくなる。
「でも、俺は普通の高校生だぞ? お前みたいな天才が、なんで」
「天才とか、関係ない! あたしは、古城だから好きになったの!」
浅葱が、一歩、古城に近づいた。
夕日が、二人の影を長く伸ばしている。
「あたし、ずっと前から、古城のこと……」
その時。
ガラッ!
教室のドアが、勢いよく開いた。
「お前ら、何やってんだ!」
矢瀬基樹。古城の親友で、浅葱の幼馴染でもある。
短い黒髪に、鋭い目つき。いつも軽いノリで、クラスのムードメーカー的な存在だ。
「矢瀬!? お前、いつの間に」
「いつの間にじゃねえよ。最初から聞いてたんだよ、廊下で」
矢瀬は、にやにや笑いながら、教室に入ってきた。
「聞いてたなら、入ってくんなよ!」
浅葱が、真っ赤な顔で怒鳴る。
「いや、だってよ、お前、あんなに勇気出して告白したのに、相手が古城だろ? 絶対に噛み合わないって分かってたから、見てたんだよ」
「うるさい! あんたに関係ない!」
「関係あるね。俺はお前の幼馴染だし、こいつの親友でもある。二人の恋愛事情は、俺にとっちゃ大事なんだよ」
矢瀬は、古城の方を向いた。
「で、古城。お前、今の流れで振ったも同然だぞ」
「は? 振った? 俺が?」
「振られてない! まだ終わってない!」
浅葱が、矢瀬に食ってかかる。
「いや、浅葱。古城のあの返しは、振ったのと同じだって。『友達として好き』って、あれは一番キツいやつだぞ」
「だから、まだ終わってないんだって! あたしは、絶対に諦めないから!」
浅葱の声が、涙声になる。
金髪の少女が、必死に言い返している。
古城は、二人のやり取りを、ただ呆然と見ていた。
(なんだ、この状況は)
頭が、追いつかない。
浅葱が俺を好き? 矢瀬が振った? 何を諦めない?
「……とにかく、古城。お前、浅葱の気持ち、どう思ってるんだ?」
矢瀬が、真剣な顔で古城に問いかけた。
「どう思うって、……浅葱はいいやつだと思うけど」
「そういうことじゃなくて!」
矢瀬が、声を荒げた。
「浅葱はな、ずっと前からお前のことが好きだったんだよ。クラスのやつらは、みんな知ってる。なのに、お前だけが気づいてない。浅葱がどれだけ想ってるか、お前、分かってんのか?」
矢瀬の言葉が、教室に響く。
浅葱は、俯いたまま、黙っていた。
夕日が、彼女の横顔を、赤く染めている。
「……知らなかった。マジで」
古城は、正直に言った。
「だって、浅葱は、いつも俺にちょっかい出してくるだけだし。好きだなんて、思ってもみなかった」
「ちょっかいじゃない! あれは、好きな子にちょっかい出すっていう、乙女の必死のアプローチなんだよ!」
浅葱が、顔を上げて怒鳴った。
目尻に、涙が溜まっている。
「あ、ああ……そうなのか」
古城は、気まずそうに鼻の頭を掻いた。
「……なあ、古城。お前、浅葱のこと、女の子として見たことあるか?」
矢瀬が、低い声で聞いた。
「女の子として? ……浅葱は、浅葱だろ」
「だから、そういうことじゃねえんだよ!」
矢瀬が、頭を抱えた。
「あはは、もう無理。こいつ、全然分かってない」
矢瀬が、乾いた笑い声を上げた。
「笑い事じゃない!」
「いや、笑うしかないだろ。ここまで鈍感だと、逆に清々しいわ」
矢瀬は、そう言って、窓の外を見た。
その視線が、廊下に立つ雪菜に向けられた。
「……あれ? 雪菜ちゃん、何してんの?」
雪菜の体が、びくりと震えた。
(見つかった)
逃げ場が、ない。
「お前も、古城の監視か? ご苦労なこった」
矢瀬が、軽い調子で言った。
「雪菜? お前、いたのか?」
古城が、驚いた顔で、雪菜を見た。
雪菜は、観念したように、教室に入ってきた。
「……お邪魔しました」
雪菜は、ぺこりと頭を下げた。
「いや、全然お邪魔じゃないよ。むしろ、雪菜ちゃんも、こいつの鈍感さに呆れてたんだろ?」
矢瀬が、雪菜に話を振る。
「……別に、私は」
雪菜は、言い淀んだ。
胸の奥が、まだ痛い。
浅葱の告白。古城の返し。矢瀬の言葉。
それらが、雪菜の中で、ぐるぐると渦を巻いている。
「雪菜ちゃんも、そう思うだろ? 浅葱がこんなに想ってるのに、なんで気づかないかなって」
矢瀬が、雪菜に同意を求めた。
雪菜は、唇を噛みしめた。
(私には、関係ない)
そう言おうとした。
でも、言葉が出てこない。
「……先輩は、鈍感すぎます」
気づけば、そう呟いていた。
「お前まで、そんなこと言うのかよ」
古城が、肩を落とした。
「だって、事実です。藍羽先輩が、どれだけ先輩のことを想っているか、私にだって分かります」
雪菜は、浅葱を見た。
浅葱も、雪菜を見ていた。
二人の視線が、交差する。
(この人も、先輩のことが好きなんだ)
雪菜は、そう思った。
浅葱の真っ直ぐな気持ちが、痛いほど伝わってくる。
「……雪菜ちゃん」
浅葱が、雪菜の名前を呼んだ。
「あんた、古城の隣の部屋に住んでるんだっけ?」
「え? ……はい」
「いいな。あたしも、古城の隣に住みたい」
浅葱が、ぼそりと言った。
「は!? お前、何言ってんだよ!」
「本気だよ! あたしが古城の隣に住んで、毎朝一緒に登校するの!」
浅葱が、古城に詰め寄る。
「いや、無理だろ。うちのマンション、空き部屋ないし」
「じゃあ、あたしが古城の部屋に転がり込む!」
「もっと無理だ!」
古城が、後ずさる。
「あはは、浅葱、お前、暴走しすぎだろ」
矢瀬が、笑いながら言った。
「笑うな! あたしは本気なんだから!」
浅葱が、矢瀬を睨む。
「……藍羽先輩は、本当に先輩のことが好きなんですね」
雪菜が、静かに言った。
「……うん。好き。大好き。古城のことが、世界で一番好き」
浅葱が、真っ直ぐに、古城を見て言った。
夕日が、彼女の金髪を、燃えるように照らしている。
その姿は、とても綺麗で。
雪菜は、胸の奥が、さらに締め付けられるのを感じた。
(私には、こんな風に言えない)
雪菜は、自分の心の内に、そっと蓋をした。
「……もういい。あたし、帰る」
浅葱は、そう言って、教室のドアに向かった。
「おい、浅葱」
古城が、声をかける。
浅葱は、振り返らなかった。
「でも、絶対に諦めないから! 古城のバカ! 鈍感! 朴念仁!」
浅葱は、そう叫んで、教室を飛び出していった。
廊下に、足音が響く。
やがて、それも聞こえなくなった。
教室に、三人が残された。
「……なあ、古城。お前、浅葱のことを、ちゃんと考えてやれよ」
矢瀬が、静かに言った。
「あいつ、ああ見えて、すげえ傷つきやすいんだ。小学生の時、クッキー作ってきて、男子全員病院送りにした時も、すげえ落ち込んでた」
「え、あの伝説のクッキーって、浅葱が作ったのか?」
「そうだよ。あいつの料理の腕は、今も昔も壊滅的だ。でも、好きな奴のために何かしたいって気持ちは、ずっと変わってないんだよ」
矢瀬は、古城の肩をポンと叩いた。
「まあ、お前がどうするかは、お前の自由だ。でも、浅葱の気持ちを、無駄にはしないでやってくれ」
矢瀬は、そう言って、教室を出ていった。
残されたのは、古城と雪菜の二人だけ。
沈黙が、教室を満たす。
「……なあ、雪菜。俺、浅葱のこと、好きだって言ったら、変だったか?」
古城が、ぽつりと言った。
「……変です。藍羽先輩は、恋愛的な意味で言ったんです。先輩は、友達として好きと返した。それは、藍羽先輩にとって、一番辛い返しです」
雪菜は、古城を見ずに言った。
「そうか……でも、俺、浅葱のこと、友達としてしか見たことなかったから」
「……先輩は、藍羽先輩のことを、女の子として見たことはないんですか?」
雪菜の声が、少しだけ震えた。
「女の子として? ……浅葱は、綺麗だとは思うよ。金髪も、ピアスも、似合ってるし。でも、それとこれとは」
「……そうですか」
雪菜は、小さく呟いた。
(先輩は、誰のことも、そうやって見ているんだ)
雪菜は、自分の胸に手を当てた。
心臓が、まだ痛い。
「私も、帰ります」
雪菜は、古城に背を向けた。
「おう。気をつけてな」
古城の声が、背中に届く。
雪菜は、小さく肩を揺らして、足早に教室を去った。
廊下に出た瞬間、涙がこぼれそうになった。
(なんで、私が泣くの)
雪菜は、唇を噛みしめて、涙を堪えた。
理由は、分からない。
でも、胸の奥が、張り裂けそうに痛い。
夕日が、廊下を赤く染めていた。
雪菜は、一人で、その赤い道を歩いた。
その夜。
古城のマンション。隣室。
雪菜は、ベッドにうつ伏せになって、今日の出来事を思い返していた。
(藍羽先輩の告白……)
浅葱の、真っ直ぐな瞳。
震えながらも、好きだと告げた声。
そして、古城の、トンチンカンな返し。
「……あの先輩の返しは、ないですよね」
雪菜は、独りごちた。
(でも、それ以上に)
胸に手を当てる。
心臓が、まだ、ざわざわしている。
「私、なんでこんなにモヤモヤしてるんだろう」
雪菜は、枕に顔を埋めた。
任務として、古城を監視している。
それは、獅子王機関の見習い剣巫としての使命だ。
古城が、誰と付き合おうと、誰を好きになろうと、雪菜には関係ない。
監視対象の、私生活に、口を出す権利はない。
なのに。
「浅葱さんが、先輩に告白した瞬間の、胸の痛みが、忘れられない」
雪菜は、ぎゅっと枕を抱きしめた。
「監視対象が、誰と付き合おうと、私には関係ないはずなのに」
そう呟いて、雪菜は、深く息を吐いた。
答えは、出ない。
いや、出そうとしていない。
この感情に、名前をつけてしまったら、何かが壊れてしまう気がした。
雪菜は、そのまま、目を閉じた。
その頃、隣室では。
古城が、ベッドに寝転んで、天井を見つめていた。
「……浅葱が、俺のこと好きって、どういう意味だ?」
古城は、真剣に悩んでいた。
「友達としてじゃなくて、恋愛的な意味で、だろ? つまり、浅葱は、俺と付き合いたいってことか?」
古城は、鼻の頭を掻いた。
「でも、俺と浅葱が、付き合う? 想像できねえ」
古城は、浅葱の顔を思い浮かべた。
金髪。青いピアス。派手な笑顔。
いつも、ちょっかいを出してきて、怒って、笑って。
「……浅葱は、いいやつだ。でも、恋愛とか、そういうのは、よく分からねえ」
古城は、ため息をついた。
結局、答えは出ないまま。
古城は、浅葱の告白を、どう受け止めていいのか分からずに、眠りについた。
翌朝。
通学路。
古城と雪菜は、ばったりと鉢合わせした。
「おはよう、雪菜」
古城が、声をかける。
雪菜は、古城の顔を見た瞬間、視線をそらした。
「……おはようございます」
雪菜の声は、小さく、早口だった。
「どうした? 元気ないな」
「……別に、普通です」
雪菜は、古城の横をすり抜けようとした。
「おいおい、待てよ。一緒に行こうぜ」
古城が、雪菜の隣に並んだ。
雪菜は、黙って歩き出した。
昨日のことが、頭から離れない。
浅葱の告白。古城の返し。自分の、胸の痛み。
「……昨日は、教室に来てたよな」
古城が、何気なく言った。
雪菜の体が、びくりと震えた。
「監視のためです。他意はありません」
雪菜は、早口で返した。
「他意って、別に何も言ってねえだろ」
古城が、笑った。
「……浅葱があんなこと言うからさ、クラスのやつらに冷やかされてさ。朝から大変だったんだよ」
古城が、ぼやいた。
雪菜は、思わず足を止めた。
振り返る。
「……先輩は」
声が、震えた。
「浅葱さんのこと、どう思ってるんですか」
言ってから、雪菜は、自分がとんでもないことを聞いてしまったと、顔を赤らめた。
(なんで、私が、そんなことを)
雪菜は、俯いた。
「浅葱のこと? いいやつだと思うけど?」
古城は、屈託なく答えた。
「……そう、ですか」
雪菜は、小さく呟いて、また歩き出した。
胸の奥が、少しだけ、軽くなった気がした。
(ほっとした? なんで?)
雪菜は、自分の感情に、戸惑った。
「雪菜もな!」
古城が、雪菜の背中に、声をかけた。
「……え?」
雪菜は、足を止めて、振り返った。
「雪菜も、いいやつだって言ってるんだよ。俺は、雪菜のことも、ちゃんと好きだぞ」
古城は、笑顔で言った。
雪菜の顔が、一気に赤くなった。
「……先輩、いやらしいです!」
雪菜は、そう言って、早足で歩き出した。
「なんでだよ! 褒めてるのに!」
古城の声が、後ろから追いかけてくる。
雪菜は、振り返らなかった。
顔が、熱い。
心臓が、うるさい。
(先輩の、バカ)
雪菜は、唇を噛みしめて、前を向いた。
青い空が、どこまでも広がっていた。
絃神島の朝は、今日も、穏やかに始まる。
でも、雪菜の心の中は、昨日とは、確実に違っていた。
自分でも、名前をつけられない感情。
それが、雪菜の胸の奥で、静かに、でも確かに、育ち始めていた。Noveliaとは?
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