ストライク・ザ・ブラッド 〜第四真祖は恋愛ができない〜
世界最強の吸血鬼なのに、鼻血は止められない。
絃神島に暮らす高校生・暁古城は、三か月前からちょっとした悩みを抱えていた。夜眠れない、昼は眠い、そしてなぜかちょっとした刺激で鼻血が出る。己の体質に振り回されながら、今日も遅刻寸前で学校へ走る。追い打ちをかけるのは、フリルドレス姿の担任・那月ちゃん(二十六歳自称)の容赦ない補習。親友の基樹には「お前、ほんとに気づかないんだな」と謎の呆れ顔をされ、クラスメイトの浅葱はなぜか顔を赤くして視線を逸らす。
そんなある日、古城の隣の空き部屋に、新しい住人が引っ越してきた。黒髪ボブの、彩海学園中等部の制服を着た女の子。廊下でばったり顔を合わせた瞬間、古城の鼻から生温かいものが滴り落ちる。慌てて弁明するも、「いやらしい人!」と平手打ちが飛んできて——。
世界最強の吸血鬼が、恋も日常もままならない。すれ違いだらけのラブコメが、ここに開幕。
ストライク・ザ・ブラッド 〜第四真祖は恋愛ができない〜 - 四人の食卓~ミネストローネと、まだ名前のない気持ち~
ホテルの朝食会場は、いつもと違う空気に満ちていた。
ビュッフェ台の前で、暁古城はトングを手にしたまま首をかしげた。
「なんだ、この感じ」
声に出してから、古城は鼻の頭をかいた。
四人掛けのテーブル。そこに座る三人の女子の間に、なんだか妙な緊張が漂っている。いや、三人だけじゃない。周りのクラスメイトたちも、ちらちらとこちらのテーブルを見ては、ひそひそと何かを囁いている。
「おい暁、お前また何かやったのか」
隣に立った親友の矢瀬が、呆れたように言った。
「何もしてねえよ。つーか、何で俺が何かした前提なんだ」
「お前の周り、いつもこんな感じだろ」
矢瀬は、古城の手からトングを奪い取ると、手際よくベーコンを皿に盛り始めた。
「藍羽さんと姫柊さんと、あとあのポニーテールの子。全員お前のこと見てるぞ」
「見てる?」
古城が振り返ると、確かに三人の視線がこちらに向いていた。いや、正確には、三人が互いを牽制し合いながら、その合間に古城を見ている、という感じだ。
テーブルの左端に座るのは、姫柊雪菜。黒髪のボブヘアーが、朝の光にさらさらと揺れている。背筋をぴんと伸ばし、膝の上に置いたナプキンを几帳面に折りたたんでいた。
「……先輩、早く座ってください。朝食の時間がなくなります」
雪菜の声は、いつも通り丁寧だ。でも、その目が、古城の隣に立つ浅葱をちらりと見た。
「別にいいじゃん、ゆっくり食べれば。古城、あたしの隣空いてるよ」
雪菜の向かいに座る浅葱が、金髪のロングヘアをかき上げながら言った。ターコイズブルーのピアスが、窓から差し込む光を反射してきらめく。
「ちょっと、あんた。雪菜が先に言ったでしょ。順番ってものがあるわ」
雪菜の隣に座る紗矢華が、琥珀色の瞳を鋭く光らせた。長い茶髪をポニーテールにまとめ、長身の体をすっと伸ばしている。
「はあ? 順番って何? 席取りゲームでもしてんの?」
「そういう問題じゃないわ。雪菜はあんたに譲ってるんじゃなくて、ただ単にあんたの行動が目に余るって言ってるの」
「雪菜ちゃんは何も言ってないじゃん。あんたが勝手に代弁してるだけだし」
「何ですって?」
二人の間で、見えない火花が散る。雪菜は、小さくため息をついた。
「……お二人とも、朝から騒がしいです。先輩が困っています」
「困ってない!」
古城は、ぱっと両手を挙げた。
「なんか今日はみんな元気だな! 修学旅行最終日だからか?」
古城は、能天気に笑った。
その瞬間、三人の動きがぴたりと止まった。浅葱が、ぽかんと口を開ける。雪菜が、目を丸くする。紗矢華が、眉をひそめる。そして、三人は同時に、深い深いため息をついた。
「「「……はあ」」」
「な、なんだよ、その反応」
「お前、ほんとに何もわかってないな」
矢瀬が、古城の肩をぽんと叩いた。
「わかってないって、何をだよ」
「それを自分で考えろって話だよ」
矢瀬は、自分の席へと歩いていった。
古城は、首をかしげたまま、空いている席——雪菜の向かいで、浅葱の隣——に腰を下ろした。
(なんか、変だ)
古城は、三人の顔を順番に見た。雪菜は、うつむいて、パンを小さくちぎっている。浅葱は、オレンジジュースを一気に飲み干して、空になったグラスをテーブルに置いた。紗矢華は、腕を組んで、古城をじっとにらんでいる。
(いや、紗矢華はいつもにらんでるか)
古城は、ベーコンを口に運んだ。カリカリに焼けたベーコンの塩気が、舌の上で広がる。
(でも、雪菜と浅葱が、こんなにピリピリしてるのは、なんか変だ)
古城は、スクランブルエッグをフォークで刺した。
(まあ、考えてもわかんねえし。腹減ったし、食うか)
古城は、目の前の料理を夢中で食べ始めた。その姿を、三人の視線が、それぞれの温度で見つめていた。古城は、気づかなかった。自分を巡って、三人の間に、目には見えない何かが渦巻いていることに。最後まで、気づかなかった。
――――
宮古島から絃神島への帰路。
飛行機が、青い海を横切っていく。窓の外には、絃神島の人工的な輪郭が、だんだんとはっきりと見えてきた。
「帰ってきたなあ」
古城は、窓に額をくっつけて、眼下の島を見つめた。
「なんだか、あっという間だったな」
「あんたはずっと海で浮かんでただけじゃない」
隣の席の浅葱が、呆れたように言った。
「浮かんでただけでも楽しかったんだよ。海は最高だろ」
「まあ、海はきれいだったけどさ」
浅葱は、窓の外を見た。
「……でも、なんか、不完全燃焼」
浅葱の声が、少しだけ沈んだ。
「不完全燃焼? なんでだよ。あんなに焼きそば食ってただろ」
「焼きそばは関係ないし! あんた、あたしの気持ち、全然わかってないでしょ」
「気持ち? 焼きそばの気持ちか?」
「違うわ!」
浅葱が、古城の腕をばしっと叩いた。
「いって! なんで叩くんだよ」
「叩きたくなったからよ!」
浅葱は、ぷいっと横を向いた。その耳の先が、ほんのり赤い。古城は、首をかしげた。
(なんで怒ってんだ?)
古城は、鼻の頭をかいた。
(まあ、浅葱はいつもこんな感じだしな)
古城は、背もたれに体を預けて、目を閉じた。飛行機のエンジン音が、規則正しく響く。心地よい振動が、古城を眠りへと誘っていく。
――――
絃神島へ帰った翌日。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、古城は教室を飛び出した。
「暁! 待て!」
「ん? 浅葱か。なんだよ」
古城が振り返ると、浅葱が肩で息をしながら追いかけてきていた。金髪のロングヘアが、走った勢いで乱れている。
「今日、あんたん家行くから」
「は? 家?」
「そう。夕飯、作ってあげる」
浅葱は、腰に手を当てて、胸を張った。
「夕飯? お前が?」
「なによ、悪い?」
「いや、悪くないけど……お前、料理できたっけ?」
古城の言葉に、浅葱の動きが一瞬止まった。
「……できるわよ。たぶん」
「たぶんって」
「いいから! あたしが作るって言ってるんだから、素直にごちそうになりなさいよ!」
浅葱は、古城の背中を押した。
「わ、わかった。押すなって」
古城は、浅葱に押されるまま、校門へと歩き出した。浅葱の心臓は、ばくばくと鳴っていた。
(振られっぱなしで終われるか!)
浅葱は、古城の背中を見つめた。
(宮古島では、また告白を失敗した。でも、今度こそ、あたしの気持ちをわからせてやるんだから)
浅葱の決意は、固かった。
(手料理で、あたしの女の子らしさをアピールするの。料理は苦手だけど、そこは古城に手伝ってもらう作戦。一緒にキッチンに立って、楽しく料理して、いい雰囲気になって……)
浅葱は、自分の計画に、心の中でうんうんと頷いた。
(完璧だわ)
浅葱は、にやりと笑った。
――――
古城のマンションに到着した。
「お邪魔しまーす」
浅葱は、靴を脱いで、古城の部屋に上がり込んだ。
「適当に座ってろよ。飲み物出すから」
「あ、うん。ありがと」
浅葱は、部屋の中を見回した。男の子の一人暮らしの部屋。でも、思ったより片付いている。
「意外と綺麗じゃん」
「凪沙がたまに来て掃除してくんだよ。俺がやると、どこに何があるかわからなくなるから」
「あんた、妹さんに頼りすぎでしょ」
浅葱は、クッションを抱きしめて、ソファに座った。古城が、コップに入れた麦茶をテーブルに置く。
「で、夕飯って、何作るんだ?」
「ミネストローネ!」
浅葱は、勢いよく宣言した。
「ミネストローネか。いいな。具は何入れるんだ?」
「具? ……野菜とか」
「野菜とかって、具体的には?」
「えっと、トマトと、キャベツと、あと……にんじん?」
「それ、野菜炒めじゃねえか」
「うるさいな! あたしが作るんだから、あたしが決めるの!」
浅葱は、立ち上がって、キッチンへと向かった。
「ちょっと待て。お前、包丁使えるのか?」
古城が、慌てて後を追う。
「使えるわよ。あたしを誰だと思ってんの」
浅葱は、冷蔵庫から野菜を取り出した。トマト、キャベツ、にんじん、玉ねぎ。
「ほら、この玉ねぎを切るわ」
浅葱は、まな板の上に玉ねぎを置いた。そして、包丁を握る。
「……あんた、その持ち方」
「何?」
「包丁の背、逆だろ」
「え?」
浅葱は、包丁を見た。刃の向きが、逆だった。
「う、うるさい! これが私のスタイルなの!」
浅葱は、顔を真っ赤にして、包丁を握り直した。そして、玉ねぎに刃を入れる。
ぐしゃ。
「……浅葱、それ、切るってより潰してるぞ」
「わかってるわよ! ちょっと力加減が難しいだけ!」
浅葱は、玉ねぎをぐしゃぐしゃと潰しながら、なんとか小さくしていく。その横で、古城は、にんじんの皮をむき始めた。
「ほら、にんじんはこうやって、ピーラーで薄くむくんだよ」
古城が、手本を見せる。
「へえ、あんた、意外と器用なんだ」
「料理は得意なんだよ。凪沙の弁当も毎朝作ってるし」
「へえ……妹さん、幸せだね」
浅葱は、古城の手元を見つめた。
(古城の手、大きい。指、長い。……かっこいい)
浅葱は、自分の考えに気づいて、ぶんぶんと首を振った。
「どうした?」
「な、なんでもない!」
浅葱は、再び玉ねぎに取りかかった。
その時だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「ん? 誰だ?」
古城が、玄関へ向かう。ドアを開けると、そこには、雪菜が立っていた。黒髪のボブヘアー。真面目な表情。
「先輩、物音がしたので、監視に来ました」
「監視って……物音って、料理してるだけだぞ」
「料理、ですか?」
雪菜は、部屋の中をのぞき込んだ。キッチンに立つ浅葱の姿が、目に入った。
「……浅葱さん」
雪菜の声が、ほんの少し低くなった。
「あら、雪菜ちゃん。ちょうどよかったわ。あたし、今から古城にミネストローネ作ってあげるの」
浅葱が、勝ち誇ったように言った。
「ミネストローネ、ですか」
雪菜は、キッチンの惨状を見た。ぐしゃぐしゃに潰れた玉ねぎ。皮が厚くむかれたにんじん。そして、逆手に握られた包丁。雪菜の顔色が、さっと青ざめた。
「浅葱さん、包丁の持ち方が危ないです!」
雪菜は、部屋に上がり込むと、自分のスカートの下から、するりとコンバットナイフを取り出した。
「ちょ、雪菜! お前、それどこにしまってたんだよ!」
「いつもの場所です。それより、浅葱さん、包丁はこうやって持つんです」
雪菜は、コンバットナイフを構えて、正しい包丁の持ち方を浅葱に教えようとした。
「だから、それしまうって!」
古城が、悲鳴を上げた。
その時だった。
ドン!
玄関のドアが、勢いよく開いた。
「雪菜! 大丈夫か!?」
そこに立っていたのは、息を切らせた紗矢華だった。茶色いポニーテールが、乱れている。
「紗矢華さん? どうしてここに?」
「あんたが急に部屋を出て行くから、何かあったのかと思って追ってきたのよ。そしたら、あんた、こんな男の部屋に……」
紗矢華は、部屋の中を見た。キッチンに立つ浅葱。コンバットナイフを握る雪菜。そして、二人の間に立つ古城。
「……貴様、雪菜に何をさせてるの」
紗矢華の琥珀色の瞳が、古城を射抜いた。
「何もさせてない! 勝手に雪菜がナイフ出したんだよ!」
「言い訳は聞きたくないわ。雪菜、私が守るから、安心して」
紗矢華は、雪菜の前に仁王立ちした。
「いや、だから、誰も雪菜を襲ってないって」
「黙りなさい。この男は、私が相手になるわ」
紗矢華は、古城をにらみつけた。
「紗矢華さん、先輩は悪くないです。私が勝手に……」
「雪菜は黙ってて。あんたは、私の後ろにいなさい」
「……はい」
雪菜は、素直に紗矢華の後ろに隠れた。
「おい、雪菜! お前まで!」
「先輩、すみません。紗矢華さんがこうなると、私では止められないんです」
「止めろよ! お前の仕事だろ!」
「監視対象の安全を確保するのが私の仕事です。今は、紗矢華さんが先輩を危険視していますが、私の安全は確保されています」
「それ、俺の安全はどうなるんだよ!」
古城の叫びが、部屋に響いた。
「あーもう! うるさいわね! あんたたち、黙って料理でもしてなさいよ!」
浅葱が、ついにキレた。
「あたしは、古城にミネストローネを作ってあげるの! 邪魔するなら帰って!」
「邪魔じゃないわ。雪菜を守るためよ」
「守るって、誰が誰からよ!」
「雪菜を、この男からよ!」
「古城は何もしてないでしょ!」
「何もしてないわけないでしょ! 雪菜がこんなに動揺してるのに!」
「それは、あんたが乱入してきたからでしょ!」
「何ですって!?」
浅葱と紗矢華が、にらみ合う。雪菜は、二人の間で、おろおろとしている。古城は、深いため息をついた。
「……もういい。全員、座ってろ」
古城は、三人をリビングに追いやると、自分はキッチンに立った。
「先輩?」
「夕飯、俺が作る。四人分な」
「は? あんたが?」
「あたしは、あんたの手料理を食べに来たんじゃ……」
「うるさい。いいから座ってろ。お前ら三人、そこで見てろ」
古城は、エプロンを身につけた。そして、手際よく野菜を切り始めた。
トントントン。
リズミカルな包丁の音が、部屋に響く。
「……早い」
浅葱が、ぽつりとつぶやいた。古城の包丁さばきは、見事なものだった。玉ねぎはみじん切りに、にんじんは銀杏切りに、キャベツはざく切りに。あっという間に、野菜がきれいに切り分けられていく。
「すごいです……先輩、本当に料理が上手なんですね」
雪菜が、目を輝かせた。
「ふん、料理だけはできるのね」
紗矢華が、腕を組んだまま、そっぽを向いた。
「料理だけは、ってなんだよ。褒め方に棘がありすぎだろ」
「褒めてないわ」
「だろうな」
古城は、苦笑いしながら、鍋にオリーブオイルを熱した。にんにくの香りが、ふわりと広がる。
「いい匂い……」
浅葱が、うっとりとした表情でつぶやいた。古城は、玉ねぎを鍋に入れて、じっくりと炒めた。玉ねぎが透き通ってくると、にんじん、キャベツを加える。そして、トマト缶と水を注ぎ、コンソメを入れた。ぐつぐつと、鍋が煮立っていく。
「あとは、煮込むだけだ」
古城は、鍋の蓋をした。
「いい匂い……お腹空いてきた」
浅葱が、お腹を押さえた。
「あんた、さっきまで玉ねぎ潰してただけじゃない」
「うるさいわね。あれは、あれで、意味があったのよ」
「どんな意味よ」
「……玉ねぎの、繊維を、柔らかくする、ため?」
「疑問形じゃない」
「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」
また、二人がにらみ合いを始めた。
「お二人とも、喧嘩しないでください。せっかく先輩が作ってくれてるんですから」
雪菜が、二人の間に入った。
「雪菜がそう言うなら、やめてあげるわ」
「あたしも、雪菜ちゃんの言う通りにするわ」
二人は、渋々といった様子で、黙った。
(雪菜、すげえな。二人とも雪菜には逆らえないのか)
古城は、鍋をかき混ぜながら、そんなことを思った。
――――
三十分後。
「できたぞ」
古城が、鍋の蓋を開けると、湯気とともに、トマトの香りが部屋中に広がった。
「わあ……」
雪菜が、感嘆の声を上げた。
「いい匂い……めっちゃ美味しそう」
浅葱が、身を乗り出した。
「ふん、見た目は悪くないわね」
紗矢華が、素直じゃない感想を言った。古城は、四人分の皿に、ミネストローネを盛り付けた。真っ赤なスープに、色とりどりの野菜が浮かんでいる。
「ほら、食えよ。冷める前に」
四人は、テーブルを囲んで座った。
「いただきます」
雪菜が、丁寧に手を合わせた。
「いただきまーす」
浅葱が、スプーンを手に取った。
「……いただくわ」
紗矢華が、小さく言った。三人は、同時に、スプーンでスープをすくった。そして、口に運ぶ。
「……!」
雪菜の目が、大きく見開かれた。
「おいしい……」
雪菜が、ぽつりとつぶやいた。
「うそ……なにこれ、めっちゃ美味しいんだけど」
浅葱が、驚きの声を上げた。
「……こんなに美味しいミネストローネ、初めて」
浅葱は、悔しそうに、でも、素直に認めた。
「ふん、料理だけはできるって言ったでしょ」
紗矢華は、スープをもう一口すくった。
「……悪くないわ」
紗矢華の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「だろ? 四人で食べると、美味いな!」
古城は、無邪気に笑った。その笑顔を見て、三人の心臓が、それぞれに小さく跳ねた。
――――
食卓には、温かい空気が流れていた。
「古城、あたしのこと、どう思ってるの?」
浅葱が、唐突に切り出した。
「どう思ってるって?」
「だから、あたしのこと。好きとか、嫌いとか」
浅葱の頬が、ほんのり赤い。
「好きだぞ。一緒に飯食うと楽しいし」
「……それって、友達としてでしょ」
「友達? 友達っていうか、クラスメイトっていうか……ああ、でも、友達でもあるな」
古城は、うんうんと頷いた。
「……やっぱり、わかってない」
浅葱は、がっくりと肩を落とした。
「先輩は、誰とでもこんな風にご飯を食べるんですか?」
雪菜が、おずおずと尋ねた。
「誰とでも? いや、そんなことないだろ。矢瀬と食うことはあるけど、女子とこうやって食うのは、お前らくらいだぞ」
「……そう、ですか」
雪菜は、うつむいた。
「雪菜は、隣人だから特別だぞ」
古城が、悪気なく言った。
「と、特別?」
雪菜の顔が、一瞬で真っ赤になった。
「おう。隣に住んでるし、凪沙のクラスメイトだし。それに、雪菜はいいやつだしな」
「……いいやつ」
雪菜は、真っ赤な顔のまま、うつむいた。
(また、それだ)
雪菜は、胸の奥が、きゅっと痛むのを感じた。
(隣人。妹のクラスメイト。いいやつ)
(それだけ)
雪菜は、スープを一口飲んだ。温かいスープが、喉を通っていく。
(でも、先輩の料理は、温かい)
雪菜は、そっと顔を上げた。
「あんた、雪菜に変なことしたら許さないからね」
紗矢華が、古城をにらんだ。
「変なことって何だよ」
「変なことは、変なことよ」
「だから、具体的に何だって聞いてるんだ」
「……あんた、本気で言ってるの?」
「本気だよ。変なことって、例えば、雪菜の部屋に勝手に入るとか、そういうのか?」
「違うわ!」
紗矢華が、声を荒げた。
「え、違うのか? じゃあ、何だよ」
「……あんた、ほんとに、何もわかってないのね」
紗矢華は、呆れたようにため息をついた。
「だから、わかってないって、何をだよ。三人とも、さっきから変なことばっか言うな」
古城は、心から困った顔をした。その顔を見て、三人は、顔を見合わせた。そして、同時に、吹き出した。
「「「あはははは!」」」
「な、なんだよ、急に笑うなよ」
「だって、あんた、ほんとにわかってないんだもん」
浅葱が、涙を浮かべながら笑った。
「先輩は、先輩ですね」
雪菜が、くすくすと笑った。
「ふん、おめでたい頭ね」
紗矢華が、口元を隠して笑った。
「お前ら、それ、褒めてないだろ」
「褒めてないわ」
「だろうな」
古城も、つられて笑った。四人の笑い声が、部屋に響く。誰もが言いたいことを言えずに、でも、誰もが同時に笑ってしまう。奇妙で、でも、心地よい空気が、そこにはあった。
――――
夕食が終わり、三人が帰り支度を始めた。
「ごちそうさまでした。先輩、本当に美味しかったです」
雪菜が、ぺこりと頭を下げた。
「おう。また作ってやるよ」
「……はい。楽しみにしています」
雪菜は、小さく微笑んだ。
「あたしも、次はちゃんと料理できるようになってから、また来るわ」
浅葱が、拳を握った。
「次は、あたしが古城に作ってあげるんだから。覚悟してなさいよ」
「覚悟って、何の覚悟だよ」
「いいから! 楽しみに待ってなさい!」
浅葱は、そう言って、ぷいっと横を向いた。
「私は、雪菜が行くなら、仕方なく……来てあげてもいいわ」
紗矢華が、そっぽを向いたまま言った。
「素直じゃないなあ」
「うるさい! あんたには言われたくないわ!」
紗矢華が、顔を赤らめた。
「まあ、とにかく、だ」
古城は、三人の顔を順番に見た。
「これからもよろしくな。四人で、また飯食おうぜ」
古城は、清々しい顔で言った。
「……はい」
「……まあ、気が向いたらね」
「……雪菜が行くなら、考えないでもないわ」
三人は、それぞれの想いを抱えて、古城の部屋を後にした。ドアが閉まる。古城は、一人、部屋に残った。
「……なんだか、騒がしかったな」
古城は、片付けを始めた。食器を洗い、鍋を磨く。
「でも、まあ、楽しかった」
古城は、小さく笑った。
――――
その夜。
雪菜は、自室のベッドに腰掛けていた。部屋は静かだ。窓の外から、遠くの街の明かりが、ぼんやりと見える。
雪菜は、スマートフォンを手に取った。画面に、通知が表示されている。差出人は、獅子王機関。
『次期任務に関する連絡』
雪菜は、通知をタップした。画面に、簡潔な文章が表示される。雪菜は、その文章を、ゆっくりと読んだ。
「……次の、任務」
雪菜は、つぶやいた。内容は、まだ詳細が決まっていない、というものだった。でも、近いうちに、新たな任務が下る。それは、確かだった。
雪菜は、スマートフォンをベッドに置いた。そして、自分の胸に、そっと手を当てた。心臓が、まだ、どきどきと脈打っている。さっきの、古城の言葉。
『雪菜は、隣人だから特別だぞ』
その言葉が、頭の中で、何度も繰り返される。
(特別)
雪菜は、胸の高鳴りを感じた。
(先輩にとって、私は、特別)
(でも、それは、隣人として、でしかない)
雪菜は、うつむいた。
(この気持ちは、なんなんだろう)
(胸が、苦しい)
(でも、温かい)
雪菜は、自分の気持ちに、名前をつけられないまま、小さくため息をついた。
「……わからない」
雪菜のつぶやきは、静かな部屋に、そっと消えていった。窓の外では、絃神島の夜が、静かに更けていった。Noveliaとは?
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