血の学園ライフ〜毒親ママと秘密のカレシ〜
母に支配された息子と、彼を溺愛する毒親ママ。毎朝髪を整えられ、弁当を持たされ、連絡帳の予定まで消される日々。自由のない学園生活に息苦しさを感じながらも、母の笑顔を裏切れない静一。そんな彼の日常が、ある日を境に音を立てて崩れ始める——。秘密のカレシとの出会いが、静一の運命を大きく変えていくラブコメディ。
血の学園ライフ〜毒親ママと秘密のカレシ〜 - 根こそぎにされた花壇
放課後の裏庭は、三人だけのものだった。
校舎と体育館に挟まれた、小さな空き地。フェンス越しに夕日が差し込んで、踏み固められた土をオレンジ色に染めている。
水野しおりが、じょうろを傾けていた。細く伸びた水の筋が、小さな苗の根元に吸い込まれていく。栗色のポニーテールが、彼女が動くたびにふわりと揺れた。
「長部くん、この前より上手になったね」
しおりが、振り返って笑った。
「水野さんこそ、苗の植え方、すごく丁寧だよ」
静一は、照れくさそうにうつむいた。指先に、さっきまで触っていた土の感触が残っている。湿っていて、少し冷たくて、でも、なんだか温かい気がした。
「お前ら、いい感じじゃん」
花壇の縁に腰掛けていたシゲルが、にやにやしながら言った。明るい茶色の髪が、夕日に透けて金色に見える。首から下げた年代物のラジオのイヤホンが、膝の上で揺れていた。
「な、なにがだよ」
静一の顔が、かっと熱くなる。
「顔赤くしてるし」
「シゲルくん、からかわないでよ」
しおりが、じょうろを置いて、腰に手を当てた。でも、その口元は笑っている。
静一は、三人でいるこの時間が、少しずつ好きになっていた。
(ママには、言えない)
胸の奥で、ちくりと何かが刺す。
(でも、やめられない)
初めて、自分の意思で誰かと過ごす時間。しおりと話して、シゲルと笑って、土をいじって。たったそれだけのことが、静一にとっては、宝物みたいに感じられた。
「長部くん、最近、笑顔が自然になったね」
しおりが、静一の顔を覗き込むようにして言った。大きな瞳が、まっすぐに静一を見つめている。
「え……」
「前は、なんか、こう、無理して笑ってる感じだったから。今は、ちゃんと笑ってる」
しおりは、そう言って、小さく首をかしげた。
静一の胸の奥が、どきりと跳ねた。
(しおりさんは、見てくれていたんだ)
嬉しかった。でも、同時に、怖くもあった。
(ママには、見せられない顔)
静一は、何も言えずに、ただ、うなずいた。
「せーいち」
シゲルの声が、急に低くなった。
「なに?」
「……いや、なんでもねぇ」
シゲルは、静一の顔をじっと見てから、ふいと視線を外した。
「無理すんなよ」
その声は、静一にだけ聞こえるように、小さく、短く、落とされた。
静一は、うなずくことしかできなかった。
青葉ヶ丘中学保護者会の集まりは、学校の会議室で開かれていた。
長テーブルに、保護者たちが並んで座っている。窓から差し込む午後の光が、テーブルの上の資料を白く照らしていた。
長部静子は、にこにこと笑いながら、隣の保護者の話を聞いていた。
「長部さん、この前のバザー、ありがとうございました。おたくのクッキー、すぐ売り切れちゃって」
「あら、よかったわ。静一も、あのクッキーが好きで」
静子の声は、柔らかく、穏やかだった。
「そういえば、長部さんの息子さん、最近、放課後も楽しそうよ」
別の保護者が、何気なく言った。
静子の手が、一瞬だけ止まった。
「……楽しそう、ですか」
「ええ。この間、裏庭の方で、お友達と三人で何かしてるのを見かけたの。男の子と、女の子と、三人で。楽しそうだったわよ」
静子は、にっこりと笑った。
「まあ、そうなんですか。家では、何も聞いていなかったものですから」
声は、さっきと同じように柔らかい。
でも、静子の指先が、膝の上で、ぎゅっと握られた。
(静一が、ママに言わないで、友達と)
(女の子と、男の子と、三人で)
静子の頭の中で、何かが、ゆっくりと回り始めた。
数日後。
静子は、学校の近くの道で、足を止めた。
下校途中の、静一と、しおりと、シゲルの三人が、歩いている。
静一が、笑っている。
しおりが、静一の腕に、軽く触れている。
シゲルが、静一の肩を、ばしばしと叩いている。
三人の笑い声が、風に乗って、静子の耳に届いた。
静子は、にこにこと笑っていた。
でも、その目は、笑っていなかった。
放課後。
三人は、裏庭で、花壇の手入れをしていた。
しおりが、雑草を抜いている。シゲルが、土を軽く耕している。静一は、じょうろで、苗に水をやっていた。
「見て見て、この苗、新しい葉っぱが出てきたよ!」
しおりが、小さな苗を指さした。
「本当だ。すごいね」
「水のやりすぎで、根腐れさせんなよ」
「わかってるってば!」
三人の笑い声が、裏庭に響く。
そのときだった。
「静一」
声がした。
静一の体が、金縛りにあったように、動かなくなった。
振り返る。
裏庭の入り口に、静子が立っていた。
手に、弁当箱を持っている。
にこにこと、笑っている。
「お弁当、忘れてたわよ」
静子の声は、いつも通り、柔らかくて優しい。
でも、静子の目は、静一ではなく、花壇と、しおりと、シゲルに向けられていた。
「マ、ママ……」
静一の声が、震えた。
静子が、ゆっくりと、三人に近づいてくる。
「まあ、きれいな花壇ね。静一が作っていたの?」
「……うん」
静一は、うつむいた。
静子の視線が、しおりに向いた。
「あなた、静一と仲がいいのね」
静子が、しおりに、にこやかに話しかけた。
「はい! 長部くん、優しいから!」
しおりが、無邪気に答えた。
静子の笑顔が、ほんの一瞬だけ、能面のようになった。
目だけが、笑っていない。
口元だけが、笑っている。
その変化を、シゲルは見逃さなかった。
シゲルが、静一の前に、半歩、出た。
「いつも仲良くしてくれてありがとう」
静子は、しおりにそう言うと、静一の手を取った。
「そろそろ帰りましょうね」
静子の手は、冷たかった。
静一は、その手を振り払うことができずに、母に引かれるまま、裏庭を出た。
振り返らなかった。
振り返れなかった。
その夜。
長部家の居間。
テレビの音が、小さく流れている。
静一は、ソファに座って、膝の上で、制服の袖口をいじっていた。
静子が、静一の隣に座った。
「花壇、楽しい?」
静子が、静かに問いかけた。
静一は、うつむいた。
「……楽しい、よ」
声が、小さく、震えた。
「そう」
静子は、静一の頭を、そっと撫でた。
「ママね、静一が笑ってくれるなら、なんでもしてあげたいの。でもね」
静子の手が、静一の髪を、ゆっくりと梳く。
「ママ以外の人と笑ってる静一を見ると、胸が痛くなるのよ」
静一の体が、固まった。
「ママ、ぼくは——」
言いかけた。
「ねえ、静一」
静子が、静一の言葉を遮った。
「ママのこと、嫌いになった?」
静子の声は、静かだった。
でも、その静かさが、かえって怖かった。
静一は、首を振った。
振るしかなかった。
「よかった」
静子は、そう言って、静一の頭を、もう一度、撫でた。
静一は、自分の本音を、言えなかった。
言えるわけがなかった。
母の微笑みが、静一の体を、押しつぶすように、重くのしかかっていた。
翌朝。
静一は、いつもより早く、学校に着いた。
教室には、まだ誰もいない。
静一は、鞄を置くと、裏庭に向かった。
(昨日、水をやりすぎたかな)
(しおりさんが植えた苗、大丈夫かな)
そんなことを考えながら、裏庭の入り口に立った。
そして、足が止まった。
花壇が、めちゃくちゃだった。
土が、根こそぎ掘り返されている。
しおりが植えた苗が、地面に投げ出されて、踏みにじられていた。
小さな葉っぱが、ちぎれて、土の上に散らばっている。
静一は、息ができなくなった。
「ひどい……」
後ろから、しおりの声がした。
振り返ると、しおりが、立っていた。
顔が、真っ青だった。
「ひどい……なんで……」
しおりが、崩れるように、花壇の前にしゃがみ込んだ。
踏みにじられた苗を、震える手で、拾い上げる。
「せっかく……せっかく、芽が出たのに……」
しおりの目から、涙がこぼれた。
静一は、立ち尽くしていた。
(誰が、やったんだろう)
言いかけて、静一は、言葉を飲み込んだ。
母の笑顔が、脳裏をよぎった。
(まさか)
(まさか、ママが)
静一は、自分の考えを、打ち消そうとした。
でも、打ち消せなかった。
「せーいち」
シゲルが、静一の隣に立った。
シゲルは、何も言わずに、荒らされた花壇の前にしゃがみ込むと、黙って、土をならし始めた。
「長部くん」
しおりが、涙で濡れた顔を上げた。
「昨日、ママが迎えに来たよね……まさか、ね」
しおりが、言いかけた。
「しおり、やめろ」
シゲルが、しおりの言葉を遮った。
シゲルの声は、低く、静かだった。
しおりは、唇を噛んで、うつむいた。
シゲルが、立ち上がった。
そして、静一の肩を、ぎゅっと掴んだ。
「せーいち、お前は何も悪くねぇ」
シゲルの声は、静一の耳に、はっきりと届いた。
静一は、何も言えなかった。
(僕は、何も悪くない?)
(でも、ママは、僕のために、あれをやったのかもしれない)
(僕が、ママに言わないで、花壇を作ったから)
(僕が、悪いんじゃないか)
静一の頭の中で、ぐるぐると、同じことが回る。
母の笑顔の裏に、静一は、初めて、はっきりとした恐怖を感じていた。
(ママは、笑っている)
(笑いながら、僕の大事なものを、壊す)
静一の指先が、震えた。
三人は、荒らされた花壇の前で、しばらく、黙って立ち尽くしていた。
朝日が、裏庭に、長い影を落としていた。
静一は、自分の影が、母の影のように見えて、目を閉じた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。