男子高校生の日常・真田北スクランブル
真田北高校2年A組、放課後の教室は今日も平和に騒がしい。炭酸が飲めないだけで人類の分岐点を語り出す友人、意味もなく眼鏡をかける親友、そしてツッコミに追われる俺・タダクニ。そんな日常に舞い込んだのは、妹からの一通のメール――「お兄ちゃんの下着、自販機に詰めといたから☆」。校門前の古い自販機に駆けつければ、そこにはなぜか下着を排出する謎の改造自販機と、下顎が突き出た変人・化学部元部長の姿が。次々と転がり出るブリーフ、集まる野次馬、笑いをこらえない友人たち。そして妹は、なぜか生徒会の唐沢さんに相談しているらしく……。下着と自販機と下顎が交錯する、男子高校生のシュールで騒がしい日常コメディ。笑いのあとに、ほんの少し昔の記憶がよぎる――。
男子高校生の日常・真田北スクランブル - たこ焼きと嵐の女、りんごちゃん見参
放課後の真田北高校、生徒会室。窓から差し込む午後の光が、机の上に積まれた書類の山を照らしていた。黒髪を軽く流したタダクニは、手元のペンをくるくると回しながら、目の前の光景を半目で見つめていた。
「北高の本気、見せる時だぜ!」
ノリと勢いだけで生きているような男、生徒会長が、拳を天井に向かって突き上げた。真田北高校の生徒会室は、今日も騒がしい。タダクニはペンを机に置き、深いため息をついた。
「本気って、あんた、ただの雑用係に俺たちを呼んだだけだろ」
「雑用じゃない。これは合同文化祭という名の、北高と東女子の威信をかけた戦いの前哨戦だ!」
「いや、打ち合わせだろ。戦いじゃない」
茶髪で眼鏡をかけたヒデノリが、笑いながら資料の束を抱えて近づいてきた。視力は2.0のはずなのに、なぜかいつも眼鏡をかけている男だ。
「まあまあ、タダクニ。文化祭の準備って、意外と面白いことあるかもしれないじゃん? 東女子の生徒会長が来るんだろ?」
「それがどうした」
「いや、女子高の生徒会長だぜ? どんな人か気にならない?」
ヒデノリの眼鏡の奥の明るい茶色の目が、好奇心でキラキラしている。こういう時のこいつは、絶対に話を聞くまで離れない。タダクニはもう一度ため息をついた。
「別に。どうせまた、面倒なことになるんだろ」
「お前、最近ネガティブすぎない?」
「自覚してる。放っておいてくれ」
金髪を逆立てたヨシタケが、壁に寄りかかったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。身長178センチの体が、午後の光に照らされて妙に大きく見える。
「シュールだよな。文化祭の打ち合わせに、なんで俺たちみたいなのが呼ばれるんだろうな」
「ほんとそれ」
「まあ、生徒会の人手不足ってやつだろ。俺たち、便利に使われてるんだよ」
「便利に使われてる自覚があるなら、もう少し抵抗しろよ」
タダクニがそう言った時だった。
「……お前ら、そこで何をしている」
低く、落ち着いた声。振り返ると、いつもの帽子を被った唐沢としゆきが、窓際の机で書類を整理していた。鋭い黒い目が、帽子のつばの下からこちらを見ている。体のあちこちに古い傷がある、生徒会の影の実力者だ。
「あ、唐沢さん。すみません、邪魔してました?」
「邪魔ではない。ただ、お前たちが何もせずに立っていると、モトハルが余計な仕事を増やす」
「え、どういうこと?」
「お前たちが暇そうにしていると、モトハルが『あいつらに仕事を振ろう』と言い出す。そうなると、俺の仕事が増える」
「なんだよそれ、唐沢さんの仕事が増えるから、俺たちに働けってこと?」
「そういうことだ」
唐沢は淡々と言った。表情はほとんど変わらない。でも、どこか考え込むような雰囲気があった。タダクニは、昨日のことを思い出していた。妹が唐沢に相談していたこと。『お兄ちゃんには言わないでほしい』という言葉。
(まだ、尾を引いてるのかもな)
タダクニは心の中でそう思った。
「なあ、タダクニ。唐沢さん、今日なんか元気ないよな」
ヒデノリが耳打ちしてきた。タダクニは小さく頷いた。
「ああ。まあ、色々あるんだろ」
「色々って、妹ちゃんの相談のこと?」
「……お前、なんでそれを」
「いや、昨日、生徒会室の前でお前が聞き耳立ててたの、見てたから」
「聞き耳立ててねえよ! たまたま通りかかっただけだ!」
タダクニが声を荒げると、ヒデノリはにやにやと笑った。
「まあ、そういうことにしといてやるよ」
「うるさい」
その時、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
「東女子の生徒会長、まだ来ないのか?」
顔は怖いが紳士的な副会長が、腕時計を確認しながら入ってきた。老けて見えるが、タダクニたちと同じ17歳だ。
「約束の時刻は15時。現在15時32分。遅刻もいいところだ」
「まあまあ、副会長。女子高生は支度に時間がかかるんだよ。それに、道に迷ってるかもしれないだろ?」
「迷うような場所じゃありません。校門から徒歩1分です」
「そう固いこと言うなって。ほら、お茶でも飲んで待とうぜ」
会長がそう言った瞬間、廊下からドタドタと激しい足音が聞こえてきた。
「ちょっと! あんたたち! なんで誰も校門で待ってないのよ!」
生徒会室の扉が、今度は蹴破られるように開いた。
そこに立っていたのは、明るい栗色のツインテールを揺らした小柄な少女だった。大きな赤茶色の目が怒りで燃えている。りんごのように赤い頬っぺたが、さらに赤くなっていた。身長152センチ。真田東女子高校の生徒会長、りんごちゃんである。
そして、彼女の手には、食べかけのたこ焼きパックがあった。
「お、来た来た」
「来た来た、じゃないわよ! あんたたち、約束の場所に誰もいないってどういうこと!?」
りんごちゃんが、たこ焼きパックを振り回しながら詰め寄る。ソースの匂いが、生徒会室に広がった。
「いや、約束の場所って、ここだろ? 生徒会室」
「違うわよ! 校門前って聞いてたわよ!」
「いや、俺、メールで『生徒会室』って送ったけど」
「……え?」
りんごちゃんが、ポケットから携帯を取り出して画面を確認した。
「……あ、ほんとだ。『生徒会室』って書いてある」
「だろ? だから、待ち合わせ場所は合ってるんだよ」
「でも! でもよ! 校門前で30分も待ってたのよ! あんたたちが来ないから、仕方なく自分で探して入ってきたのよ!」
「いや、だから、それは君の勘違いで……」
「うっさい! 勘違いでも何でも、あんたたちが迎えに来ないのが悪いんでしょ!」
りんごちゃんが、たこ焼きを口に放り込みながら怒鳴る。タダクニは、その光景を呆然と眺めていた。
(なんだ、この人……)
タダクニは心の中で呟いた。
「シュールだな。待ち合わせ場所を間違えたのに、逆ギレしてる」
ヨシタケが、ぼそりと言った。タダクニは、心の中で強く同意した。
「すみません、真田東女子高校の生徒会長さん。校内での飲食は禁止されています。それに、遅刻ですよ」
副会長が、冷静な口調でりんごちゃんに注意した。りんごちゃんは、たこ焼きを咀嚼しながら、副会長をじろりと睨んだ。
「うっさいわね! たこ焼きは私のエネルギーなのよ! これ食べないと、打ち合わせなんてやってられないわ! それに、待ち合わせ場所が分かりにくい北高が悪いんでしょ!」
「待ち合わせ場所は、メールで正確にお伝えしたはずですが」
「あんた、細かいわね! 男でしょ! もっとおおらかになりなさいよ!」
「おおらかさと規則は別です」
「あーもう! うるさい! たこ焼きは私のだ! 誰にも文句は言わせないわよ!」
りんごちゃんが、たこ焼きパックを抱えるようにして、副会長から距離を取った。
「なら、たこ焼き早食い対決で白黒つけようぜ!」
会長が、突然、無責任な提案をした。
「は?」
「なに言ってるの?」
「だって、副会長は規則がどうこう言いたいんだろ? りんごちゃんは、たこ焼きを食べたいんだろ? なら、勝負で決めようぜ。副会長が勝ったら、りんごちゃんはたこ焼きを没収。りんごちゃんが勝ったら、副会長は文句を言わない。どうよ?」
「面白いじゃない! 受けて立つわよ!」
りんごちゃんが、目を輝かせて食いついた。
「いや、ちょっと待ってください。私は別に、たこ焼きを食べたいわけでは……」
「副会長、ここは男の意地だ。逃げるな」
「いや、男の意地とかじゃなくて……」
「よーし、じゃあ、ルール説明! ここに、たこ焼きが1パック8個。これを、どっちが早く食べ終わるか! ただし、よく噛んで食べること! 一気に詰め込むのは禁止!」
「なんだよそのルール、適当すぎるだろ」
「いいんだよ、ノリだよ、ノリ!」
「ノリで片付けるなよ」
タダクニがツッコんだが、すでに会長の勢いが場を支配していた。
「じゃあ、二人とも、たこ焼き持って!」
「いつでもいいわよ!」
「……本当にやるんですか」
「やるんだよ! 男ならやるんだよ!」
副会長が、深いため息をついた。そして、仕方なく、たこ焼きパックを受け取った。
「では、よーい……スタート!」
会長の掛け声と同時に、りんごちゃんが動いた。
驚異的な早さだった。
りんごちゃんは、たこ焼きを次々と口に運び、ほとんど噛む間もなく飲み込んでいく。その姿は、まるで小さな掃除機のようだった。
「はや! はやすぎる!」
「シュールだな。あの口の動き、人間のものじゃないだろ」
「お前ら、実況するな」
一方、副会長は、3個目を口に入れたところで、顔色が青ざめ始めた。
「……む、むり、です」
副会長が、口を押さえてうずくまった。
「はい、勝負あり! りんごちゃんの勝ち!」
「当然よ! たこ焼き早食いで私に勝てると思ったら大間違いだわ!」
りんごちゃんが、勝ち誇った笑みを浮かべた。その時だった。
「……ぐっ」
副会長が、突然、床に倒れ込んだ。
「副会長!?」
「え!? ちょっと! 大丈夫!?」
「お腹が……お腹が痛い……」
副会長が、脂汗を流しながら、お腹を押さえて床に転がった。生徒会室は、一瞬で大混乱に陥った。
「救急箱! 救急箱持ってきて!」
「シュールだな……いや、これはもはや悲劇だ」
「お前、それどっちでもいいから、手伝え!」
タダクニが、ヨシタケの背中を叩いた。ヨシタケは、のろのろと動き出した。
「え、え、私のせい? 私のせいで、この人、倒れたの?」
りんごちゃんが、おろおろと副会長を見下ろしていた。さっきまでの勝ち誇った表情は消え、少しだけバツの悪そうな顔をしていた。
「いや、りんごちゃんのせいじゃない。副会長は、元々お腹が弱いんだよ。たこ焼き3個でダメになるくらいには」
「なにそれ! なんでそんな人が、早食い対決なんて受けるのよ!」
「男の意地だよ」
「意味わかんないわよ!」
しばらくして、副会長は、なんとか椅子に座れるまでに回復した。顔色はまだ青いが、命に別状はなさそうだ。
「……申し訳ありません。お見苦しいところを」
「いや、謝らなくていい。むしろ、無理させた俺が悪い」
いつの間にか、唐沢が副会長の横に立っていた。手には水の入ったコップを持っている。
「唐沢さん、ありがとう」
「いい。それより、打ち合わせ、始められるか?」
「ええ、大丈夫です」
副会長が、ゆっくりと立ち上がった。りんごちゃんは、まだ気まずそうに、たこ焼きパックの残りをいじっていた。
「……ごめん。ちょっと調子に乗りすぎたわ」
りんごちゃんが、小さな声で謝った。
「いえ、私も、あの場の流れに乗ってしまいました。お互い様です」
「でも、たこ焼きは返さないわよ。これは私のだから」
「……ええ、もう、どうぞ」
副会長が、疲れた顔で言った。タダクニは、そのやりとりを見ながら、小さく笑った。
(なんだかんだで、悪い人じゃないのかもな)
タダクニは、りんごちゃんのことを、少しだけ見直した。
騒動が一段落した後、りんごちゃんが、タダクニたちの方を向いた。
「あんたら、北高の生徒会とつるんでるの?」
「つるんでるっていうか、巻き込まれてるだけなんだけど」
タダクニが答えると、りんごちゃんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「情けないわね。男なら、シャキッとしなさいよ」
「なんで初対面の他校の会長に、説教されなきゃなんないんだよ」
「あら、私はあんたたちの先輩よ? 18歳よ。敬いなさい」
「一歳しか違わないだろ」
「一歳でも年上は年上よ! 年功序列は大事なんだから!」
「りんごちゃん、相変わらずだなあ」
「会長、あんたも、あんたよ! もっと生徒会を締めなさいよ!」
「えー、俺、結構締めてる方だと思うけど」
「全然締まってないわよ! さっきの早食い対決、あれ、明らかに無駄でしょ!」
「無駄じゃないよ。楽しかっただろ?」
「楽しかったけど! でも、打ち合わせが進まないでしょ!」
「今から進めればいいんだよ」
「……あんた、ほんとに、いつもそうなの?」
「そうだよ。ノリと勢いで生きてるから」
りんごちゃんが、深いため息をついた。
「はあ……北高の生徒会って、ほんとに大変なのね」
その時、ヒデノリが、にやにやと笑いながら、りんごちゃんに近づいた。
「そういえば、りんごちゃん先輩って、たこ焼き好きなんですよね?」
「え? まあ、好きだけど」
「真田中央商店街の『たこ八』って、行ったことあります? あそこのたこ焼き、めっちゃ美味いんですよ」
「たこ八!? もちろん行ったことあるわよ! あそこのたこ焼きは、ソースが絶妙で、生地がふわふわで、最高なんだから!」
りんごちゃんが、目を輝かせて食いついた。
「でしょ! 俺も、あそこの常連なんですよ。今度、一緒に食べに行きません?」
「え? なんであんたと?」
「いや、たこ焼き好き同士、語り合いたいなって」
「お前、今、フラグ立てようとしただろ」
「してないしてない。ただの親睦だよ」
「親睦って、お前、初対面の他校の会長に、何を親睦しようとしてるんだよ」
「たこ焼きを通じた、心の交流だよ」
「シュールだな。たこ焼きで心の交流って」
「お前も大概だろ」
タダクニがツッコんでいると、ヒデノリが、突然、思い出したように言った。
「あ、そういえばさ、タダクニの妹のことなんだけど」
「え?」
タダクニが、ぎょっとしてヒデノリを見た。
「お前、何を言い出すんだよ」
「いや、唐沢さんに相談してるらしいじゃん? 妹ちゃん、何か悩んでるのかなって」
タダクニは、心臓がドキリとした。ヒデノリが、よりによって、りんごちゃんの前で、その話を口にした。
「妹? あんた、妹がいるの?」
りんごちゃんが、興味津々の顔で、タダクニに詰め寄った。
「あ、ああ。まあ、いるけど」
「その妹が、一人で悩んでるの? だったら、女の意地を見せてやるわよ! あんたら男どもには、任せられないわ!」
りんごちゃんが、突然、やる気を出した。
「いや、なんで他校の会長が、俺の妹の話に食いついてんだよ」
「だって、女の子が一人で悩んでるんでしょ? 放っておけないわよ! 私が話を聞いてあげる!」
「いや、あんた、俺の妹に会ったこともないだろ」
「会ったことなくても、女同士、通じ合えるものがあるのよ! あんたみたいな鈍感な男には、分からないでしょうけどね!」
「俺、今、すごい勢いでディスられたんだけど」
「まあまあ、タダクニ。りんごちゃん先輩が、妹ちゃんの力になってくれるって言ってるんだから、素直に頼ったら?」
「お前が言うな! お前が話を振ったんだろ!」
「俺は、ただの親切心で……」
「親切心で、俺の妹のプライバシーを、他校の会長にばらまくな!」
タダクニが怒鳴ると、りんごちゃんが、むっとした顔で言った。
「ちょっと、何よ、その言い方! 私が、あんたの妹に、何かするとでも思ってるの!?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「私は、困ってる女の子を助けたいだけよ! あんたみたいな、頼りない兄貴に任せてたら、妹さんがかわいそうだわ!」
「頼りない兄貴って、お前、初対面で、よくそこまで言えるな」
「事実を言っただけよ! だって、妹さんが、あんたじゃなくて、唐沢さんに相談してるんでしょ? それって、あんたが頼りない証拠じゃない!」
タダクニは、ぐうの音も出なかった。確かに、妹は、兄である自分ではなく、唐沢に相談している。それは、事実だった。
「……まあ、そうなんだけどよ」
「だったら、私に任せなさい! 女の子の悩みは、女の子にしか分からないこともあるんだから!」
りんごちゃんが、胸を張って言った。タダクニは、その勢いに押されて、何も言えなくなった。
「ふむ。りんごちゃん、タダクニの妹のことを、そこまで気にかけてくれるのか」
唐沢が、静かに言った。
「当たり前でしょ! 困ってる人は、放っておけないわよ!」
「そうか。なら、一つ、頼みがある」
「何?」
「タダクニの妹は、今、少し、複雑な状況にいる。まだ、詳細を話すことはできないが、もし、彼女がお前に相談したいと言ってきたら、話を聞いてやってほしい」
「唐沢さん、それ、どういう……」
タダクニが、唐沢に聞き返そうとした。
「タダクニ。お前にも、いずれ話す。だが、今はまだ、その時ではない」
唐沢が、鋭い黒い目で、タダクニをまっすぐに見た。タダクニは、何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「……分かった」
「任せて! 私、そういうの、得意だから!」
りんごちゃんが、無邪気に笑った。その笑顔は、さっきまでの喧嘩っ早い雰囲気とは、少し違って見えた。
その後、打ち合わせは、なんとか無事に終わった。りんごちゃんは、相変わらず、北高生徒会に噛みつきながらも、文化祭の企画について、熱心に意見を出していた。
「絶対、東女子が、北高に勝つからね! 覚悟しときなさい!」
りんごちゃんが、そう言い残して、生徒会室を出て行った。
「シュールだな。文化祭は、勝ち負けじゃないだろ」
「まあ、あの人にとっては、勝ち負けなんだろ。男子校への対抗心があるんだよ」
「そういうもんかね」
「そういうもんだろ」
タダクニは、窓の外を見た。夕焼けが、校庭をオレンジ色に染めていた。
「タダクニ。妹ちゃんのこと、心配なら、ちゃんと話を聞いてやれよ」
ヒデノリが、静かに言った。
「……ああ。分かってる」
「行動力があるやつって、一人で抱え込みやすいんだよな。お前の妹も、きっと、そういうタイプだろ」
タダクニは、昨日の朝、ヒデノリが言った言葉を思い出した。行動力があるやつは、一人で抱え込みやすい。
「お前、昨日も、同じこと言ってたな」
「言ってたっけ?」
「言ってた。缶を拾いながら」
「あー、そうだっけ。まあ、大事なことだから、何度でも言うよ。お前の妹は、お前が思ってるより、ずっと、色々抱えてるかもしれない。だから、兄貴のお前が、ちゃんと、そばにいてやれよ」
ヒデノリの眼鏡の奥の目が、真剣だった。タダクニは、小さく頷いた。
「……そうだな。ありがとう」
タダクニが、素直に礼を言うと、ヒデノリは、照れたように笑った。
「なんだよ、急に素直になって。気持ち悪いな」
「うるさい。俺だって、たまには礼の一つも言うわ」
「いや、それは、なかなかレアなものを見たわ」
「お前も、うるさい」
タダクニは、そう言って、立ち上がった。
その夜、タダクニは、自宅の廊下を歩いていた。妹の部屋の前を通りかかると、中から、何かを探すような物音が聞こえた。
(まだ起きてるのか)
タダクニは、妹の部屋の扉を、軽くノックした。
「おい、何してるんだ?」
返事がない。もう一度、ノックする。
「おい、聞こえてるか?」
しばらくして、扉が、ゆっくりと開いた。妹が、暗い部屋の中から、顔だけを出した。
「……お兄ちゃん、私の日記帳、見た?」
妹の声は、昼間とは打って変わって、弱々しかった。タダクニは、その変わりように、胸がざわついた。
「日記帳? 見てないよ。どうしたんだ、急に」
「……そっか。ならいいの。ごめんね、変なこと聞いて」
妹は、そう言って、扉を閉めようとした。
「おい、待てよ。お前、なんか、隠してるだろ?」
「隠してない。なんでもないから」
「なんでもないって顔じゃないだろ。何かあったなら、話せよ」
「……お兄ちゃんには、関係ない」
妹の声が、少しだけ強くなった。タダクニは、妹の部屋のドアノブに手をかけた。
「関係なくないだろ。お前は、俺の妹なんだから」
「……お兄ちゃんは、何も知らないくせに」
妹が、そう言って、扉を閉めた。バタン、という音が、廊下に響いた。
タダクニは、しばらく、妹の部屋の扉の前に立っていた。
(何も知らない、か)
確かに、俺は、妹のことを、何も知らないのかもしれない。妹が、何に悩んでいて、何を抱えているのか。
タダクニは、自分の部屋に戻った。机の上に、窓からの風が、カーテンを揺らしていた。
(窓、開けっ放しだったか)
タダクニは、窓を閉めようとして、手を止めた。
妹の部屋の窓が、隣に見えた。その窓の鍵が、開いている。
(なんで、あの時間に、窓の鍵が……)
タダクニは、妹の部屋の窓を、じっと見つめた。風が、カーテンを、ゆらゆらと揺らしていた。
胸の奥に、小さな、冷たいものが、広がっていく。
タダクニは、カーテンを閉めた。
外では、風が、木々を揺らしていた。Noveliaとは?
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