男子高校生の日常・真田北スクランブル
真田北高校2年A組、放課後の教室は今日も平和に騒がしい。炭酸が飲めないだけで人類の分岐点を語り出す友人、意味もなく眼鏡をかける親友、そしてツッコミに追われる俺・タダクニ。そんな日常に舞い込んだのは、妹からの一通のメール――「お兄ちゃんの下着、自販機に詰めといたから☆」。校門前の古い自販機に駆けつければ、そこにはなぜか下着を排出する謎の改造自販機と、下顎が突き出た変人・化学部元部長の姿が。次々と転がり出るブリーフ、集まる野次馬、笑いをこらえない友人たち。そして妹は、なぜか生徒会の唐沢さんに相談しているらしく……。下着と自販機と下顎が交錯する、男子高校生のシュールで騒がしい日常コメディ。笑いのあとに、ほんの少し昔の記憶がよぎる――。
男子高校生の日常・真田北スクランブル - 逆転の作戦会議、夜の学校へ
空は、まだどんよりと曇っていた。
タダクニは真田北高校の校門をくぐる。校門前の古い自販機が、いつもと変わらずそこに立っている。あの騒動の元凶だ。今朝は誰もジュースを買おうとしない。
「お、タダクニ。はよー」
金髪のヨシタケが、大げさに手を振りながら駆け寄ってくる。その後ろから、茶髪で眼鏡のヒデノリが歩いてきた。
「タダクニ、今日、唐沢さんから連絡あったんだろ」
ヒデノリが眼鏡を押し上げながら、いつになく真剣な顔で聞いてくる。視力は2.0なのに、なぜか眼鏡をかけている男だ。
「ああ。放課後、生徒会室に来いって」
「行くんだろ?」
「当たり前だ」
タダクニは短く答える。昨日の夜、妹の部屋の前で誓った言葉が、まだ胸の中で熱を持っている。
「俺も行くぜ。義侠心ってやつだ」
ヨシタケが胸を張る。その大げさな仕草に、タダクニは思わず小さく笑った。
「お前、義侠心って言葉、昨日覚えたばっかだろ」
「なんで分かった!?」
「顔に書いてある」
「マジで!? どこに!?」
ヨシタケが自分の顔をペタペタと触る。ヒデノリが吹き出した。
「ヨシタケ、お前、そういうとこだぞ」
「どういうとこだよ!」
「そういうとこ」
三人は、いつものように他愛ないやり取りをしながら、校舎へと歩いていく。
でも、タダクニの心は、いつもとは違っていた。
(妹の日記帳。今夜、公開される)
昨日の脅迫文の文字が、頭から離れない。
『真田北の恥さらし』
あの書き込みを見た時、妹は布団にくるまったまま、声も出さずに泣いていた。
(絶対に、止めてみせる)
タダクニは、拳を握りしめた。
放課後。
チャイムが鳴ると同時に、タダクニは教室を飛び出した。ヒデノリとヨシタケも、無言で後を追う。
廊下を早足で進み、階段を駆け上がる。生徒会室は、校舎2階の端にある。
ドアの前に立つと、タダクニは一瞬だけ深呼吸をした。
「入るぞ」
ドアを開ける。
生徒会室の中には、すでに全員が揃っていた。
黒い帽子を被り、鋭い目をした唐沢としゆきが、壁にもたれて立っている。帽子の下には、いつものように額の傷跡が隠されている。体のあちこちに古い傷がある、生徒会一の切れ者だ。
「来たか」
唐沢が、淡々とした声で言った。
「話って、なんですか」
タダクニは、唐沢の目をまっすぐに見て聞いた。
唐沢は、少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「お前の妹のことだ。それと、ヤナギンと生島のことだ」
「やっぱり、あいつらなんですね」
「ああ。まず、座れ。話が長くなる」
タダクニたち三人は、パイプ椅子に腰を下ろした。
唐沢は、窓の外に目を向けた。曇り空の下、校庭ではサッカー部が練習をしている。ボールを蹴る音が、遠く聞こえてくる。
「俺の額の傷。これができたのは、小学生の頃だ」
唐沢が、ぽつりと話し始めた。
「ヤナギンと、何かあったんですか」
ヒデノリが、身を乗り出す。
「俺は、昔、ヤナギンの大切なものを奪った」
「えっ」
ヨシタケが、目を丸くする。
「俺が、直接やったわけじゃない。でも、俺のせいで、ヤナギンは、その時に、大切なものを失った。それ以来、ヤナギンは俺を恨んでいる」
「何を、奪ったんですか」
タダクニは、低い声で聞いた。
唐沢は、一瞬だけ、言葉を詰まらせた。
「……言えない。いや、言う資格がない。ただ、俺が恨まれるのは当然だ。ヤナギンが俺を許さないのも、仕方のないことだ」
「でも、だからって、妹を巻き込むのは、おかしいだろ!」
タダクニが、声を荒げた。
「ああ。だから、俺は、お前の妹を守りたい。ヤナギンの狙いは、俺を苦しめることだ。お前の妹は、その道具にされた」
「道具って……」
「俺に、罪の意識を植え付けるためのな。妹が泣けば、お前が苦しむ。お前が苦しめば、俺も苦しむ。そういうことだ」
唐沢は、淡々と続けた。
「俺は、過去に、ヤナギンの大切なものを奪った。だから、俺が恨まれるのは当然だ。でも、お前の妹は、何も悪くない。関係ない。それなのに、あいつらは、妹を傷つけた」
唐沢の声が、ほんの少しだけ、震えているように聞こえた。
「あんたの過去は、俺には分からない」
タダクニは、ゆっくりと立ち上がった。
「でも、妹を泣かせたやつを、俺は許す気はない。それが、ヤナギンだろうが、誰だろうが」
タダクニの声は、自分でも驚くほど、力強かった。
唐沢は、タダクニの顔をじっと見た。
そして、小さく、頷いた。
「そうか」
その時、生徒会室のドアが、勢いよく開いた。
「よーし、話は聞いたぜ!」
ノリと勢いだけで生きているような、チャラい男が飛び込んできた。真田北高校の生徒会長だ。
「生徒会総動員だ! 何でも屋の本気、見せてやるぜ!」
会長が、拳を突き上げて叫んだ。
「会長、うるさいです。廊下まで聞こえます」
その後ろから、顔は怖いが言葉遣いは丁寧な、副会長が入ってくる。見た目は28歳くらいに見えるが、実は17歳だ。
「副会長、策はあるのか」
唐沢が聞くと、副会長は、コホンと咳払いをした。
「校内ネット掲示板の管理権限は、生徒会にあります。公開前に止めれば、証拠も残りません。投稿予約を解除し、日記帳のデータを削除すれば、事態は収束します」
副会長が、冷静に言った。
「マジで!? そんなことできんの!?」
「ええ。生徒会は、学校公認の自治組織ですから。掲示板の管理も、我々の仕事のうちです」
「でも、ヤナギンは、投稿予約をしてるって言ってた。時間は、今夜21時だ」
「それまでに、管理画面にアクセスして、予約を解除すればいい。ただし、管理画面にアクセスするには、学校のサーバー室に入る必要があります」
「サーバー室って、夜は鍵がかかってるだろ」
「ええ。ですから、今夜、学校に忍び込む必要があります」
副会長が、こともなげに言った。
「忍び込む!? おいおい、それ、犯罪じゃねえか!?」
ヨシタケが、大げさに身を引いた。
「そうでもしなければ、妹さんの日記は公開されます。どちらがマシか、考えるまでもないでしょう」
「……分かった。やろう」
タダクニは、即答した。
「お、タダクニ、男前じゃん」
ヒデノリが、ニヤリと笑った。
「当たり前だ。俺の妹のためだ」
「それで、ヤナギンと生島の行動パターンだが」
オールバックの黒髪をした、モトハルが口を開いた。生徒会役員で、タダクニたちのクラスメイトだ。肌が荒れると前髪を下ろす、繊細な男でもある。
「あの二人は、夜、中央高校の体育館裏でよくたむろしてる。それと、週に二、三回、真田北の周辺をうろついてるのを、俺は何度か見かけてる」
「モトハル、お前、そんなことまで調べてたのかよ」
「調べてたっていうか、たまたま見かけただけだ。でも、行動パターンは、だいたい把握してる」
「助かる。それなら、今夜、あいつらがどこにいるか、ある程度予測できる」
「ああ。あと、これは俺の推測だが、ヤナギンは、夜の学校に、お前たちが来ることを、予想してるかもしれない」
「なんでだよ」
「あの二人は、唐沢のことを、ずっと見てる。唐沢が動けば、お前たちも動く。そう読んでる可能性は高い」
「……なるほどな。面倒だが、やるしかない」
唐沢が、帽子のつばを、少しだけ下げた。
「タダクニ」
ヒデノリが、真面目な顔で、タダクニの肩に手を置いた。
「お前の妹は、俺たちの妹みたいなもんだろ。だから、俺も行く」
ヒデノリが、笑った。
「シュールじゃねえ。これは、本気だ」
ヨシタケが、珍しく、真顔で言った。
「お前ら……」
タダクニは、二人の顔を、順番に見た。
(こいつら、本当に、馬鹿だな)
でも、その馬鹿さが、今は、心の底から、ありがたかった。
その時、タダクニの頭の中に、一つの光景が浮かんだ。
昔の記憶だ。
小学生の頃。
ヒデノリが、いじめられていた。
何人かの男子に囲まれて、殴られていた。
ヒデノリは、泣いていた。
眼鏡を外されて、地面に落とされていた。
俺は、その光景を、遠くから見ていた。
(助けなきゃ)
そう思った。
でも、体が、動かなかった。
(怖い)
(俺も、いじめられるかもしれない)
(でも、ヒデノリが、泣いてる)
(ヒデノリは、俺の友達だ)
(友達を、見捨てるのか?)
俺は、走り出した。
指鉄砲を作って、輪ゴムを、いじめっ子たちに向けて、撃った。
パチン、パチン、パチン。
輪ゴムが、いじめっ子たちの顔に、当たった。
「なんだ、お前!」
いじめっ子たちが、俺に向かってきた。
でも、俺は、逃げなかった。
ヒーローのお面とマフラーを身につけて、パッヘルベルのカノンを口ずさみながら、輪ゴムを撃ち続けた。
俺は、ラバーシューターだった。
ヒデノリを守る、ヒーローだった。
あの時の勇気が、今、蘇る。
(俺は、あの時、確かに、ヒーローだった)
(今度は、妹を守る番だ)
タダクニは、顔を上げた。
「夜の学校に、忍び込む。作戦は、こうだ」
タダクニは、机の上に、校内の見取り図を広げた。
「副会長が、監視カメラの死角を確認して、ルートを決める。唐沢さんとモトハルは、外で見張り。俺とヒデノリとヨシタケで、サーバー室に向かう」
「お、タダクニ、お前、いつの間に、そんなに詳しく」
「昨日の夜、調べたんだ。校内の見取り図は、生徒会室にあったから、借りた」
「やるじゃん、タダクニ!」
「俺は、お前らを、危険な目に遭わせたくない。でも、一人じゃ、無理だ。だから、頼む」
タダクニは、頭を下げた。
「やめろよ、タダクニ。友達に頭を下げるな」
ヒデノリが、タダクニの肩を、ポンと叩いた。
「そうだぜ。俺たちは、友達だろ。友達の妹がピンチなんだ。助けるのは、当たり前だ」
ヨシタケが、ニカッと笑った。
「……お前ら、本当に、いい友達だな」
タダクニは、小さく笑った。
夕暮れの生徒会室に、柔らかな光が差し込んでくる。
全員が、顔を突き合わせて、夜の作戦を練った。
監視カメラの位置、鍵のかかる場所、非常口の位置、サーバー室への最短ルート。
副会長が、校内ネットワークの管理画面の操作方法を、丁寧に説明した。
「サーバー室の端末から、管理画面にアクセスします。投稿予約の一覧から、該当の書き込みを削除すれば、公開は止まります」
「もし、すでに公開されてたら?」
「その場合は、即座に削除します。拡散される前に、止められるはずです」
「よし。決行は、今夜20時。校門前に集合だ」
唐沢が、静かに言った。
「ああ」
タダクニは、力強く頷いた。
「よーし、やるぜ! 何でも屋の本気、見せてやる!」
会長が、また叫んだ。
「会長、うるさいです。近所迷惑です」
「えー……」
会長が、しょぼんとした。
「相変わらずだな、お前ら」
ヨシタケが、笑った。
「でも、本当に、ありがとう。みんな」
タダクニは、もう一度、頭を下げた。
その夜。
午後8時。
真田北高校の校門前に、タダクニ、ヒデノリ、ヨシタケ、唐沢、モトハルの五人と、副会長、生徒会長の七人が集まった。
空は、厚い雲に覆われ、月明かりは、ほとんどない。
風が、生ぬるく吹いている。
「監視カメラの死角は、体育館裏から校舎裏を通るルートだ。非常口の鍵は、すでに開けてある」
副会長が、声を潜めて言った。
「ああ。俺とモトハルは、外で見張る。何かあれば、すぐに連絡しろ」
唐沢が、スマホを取り出した。
「分かった。行こう」
タダクニは、小さく息を吸った。
七人は、音を立てないように、校舎裏へと回り込んだ。
非常口のドアを、ゆっくりと開ける。
ギィ、と、小さく音がした。
「やべえ、音した」
「大丈夫だ。誰もいない」
タダクニは、暗い廊下に、足を踏み入れた。
廊下は、真っ暗だった。
非常灯の緑色の光だけが、ぼんやりと、足元を照らしている。
「サーバー室は、2階の奥だ。急ごう」
タダクニが、先頭に立って、歩き出した。
後ろから、ヒデノリ、ヨシタケ、副会長、生徒会長が続く。
静まり返った校舎に、自分たちの足音だけが、やけに大きく響く。
心臓の音が、耳の奥で、ドクドクと鳴っている。
(大丈夫。行ける。妹を、守るんだ)
タダクニは、自分に言い聞かせた。
階段を上り、2階へ。
廊下の突き当たりに、サーバー室のドアが見えた。
「あそこだ」
タダクニが、指を差した。
その時。
パチン。
廊下の電気が、一斉に点灯した。
「なっ!?」
タダクニは、まぶしさに、思わず目を細めた。
「あんたらが来ると思ってたわよ」
聞き覚えのある声。
廊下の真ん中に、眼つきの悪いメガネをかけた少女が、立っていた。
中央高校の制服を着た、ヤナギンだ。
「ほんとに来たよ。バカじゃないの」
その後ろから、ツインテールの少女が現れる。
真田東女子高校の紺のブレザーを着た、生島だ。
「ヤナギン……生島……」
タダクニは、拳を握りしめた。
「ここまで読んでたわよ。あんたたち、夜の学校に忍び込んで、サーバー室から、掲示板の投稿予約を消そうってんでしょ?」
ヤナギンが、眼鏡の奥の鋭い目を光らせた。
「なんで、それを……」
「副会長が、掲示板の管理権限を持ってるなんて、調べればすぐ分かるわ。それに、あんたたちの行動パターンくらい、とっくに把握してるのよ」
「ヤナギンは、あんたたちのストーカーなんだから」
生島が、くすくすと笑った。
「ストーカーじゃないわ。調査よ。調査」
「……日記帳を返せ。妹の日記は、妹のものだ」
タダクニが、一歩前に出た。
「返すわけないでしょ。あれは、あんたたちを懲らしめるための道具なんだから」
「妹は、何もしてないだろ!」
「あんたの妹が、何もしてない? 笑わせるわ。あんたの妹は、あんたの下着を自販機に詰め込んだのよ。それで、あんたは、学校中の笑いものになった。あんたの妹は、あんたを、恥をかかせるために、あんなことをしたのよ」
「それは、妹の、ただのいたずらだ。悪意なんてない」
「いたずら? あれが? あれは、立派な、兄への攻撃よ。あんたの妹は、あんたを、見下してるのよ。あんたは、それに気づいてないだけ」
「ふざけるな! 妹は、そんな子じゃない!」
タダクニが、声を荒げた。
「あら、そう。でも、あんたの妹が、あんたをどう思ってるかは、日記を読めば、一目瞭然よ。今夜、みんなに、教えてあげる」
ヤナギンが、ゆっくりと、スマホを取り出した。
「やめろ」
「日記帳の公開は、もう止まらないわよ」
ヤナギンが、スマホの画面を、タダクニたちに向けた。
画面には、校内掲示板の投稿完了画面が、表示されていた。
『投稿が完了しました』
「そんな……」
タダクニは、言葉を失った。
「副会長! 今すぐ、管理画面にアクセスして、削除してください!」
ヒデノリが、叫んだ。
「分かっています! ……しかし、これは、おかしい」
副会長が、自分のスマホで、管理画面を開いた。
「おかしいって、何が?」
「投稿者名が、違います。この投稿、ヤナギンさんのアカウントから、投稿されたものではありません」
「は!?」
「そうよ。投稿者は、あたしじゃない。あんたたちの、誰かよ」
ヤナギンが、冷たく言い放った。
「な、なんだって……」
タダクニは、仲間たちの顔を、見回した。
ヒデノリ、ヨシタケ、副会長、生徒会長。
誰もが、驚いた顔をしている。
「あんたたちの中に、裏切り者がいるのよ。あたしは、その子に、日記帳のデータを渡しただけ。投稿したのは、あんたたちの、すぐ近くにいる、誰かよ」
ヤナギンの言葉が、暗い廊下に、冷たく響いた。
「そんな……だって、俺たちは……」
ヨシタケが、後ずさりした。
「落ち着け、ヨシタケ。ヤナギンの言葉を、簡単に信じるな」
いつの間にか、唐沢が、廊下の反対側から、姿を現していた。
「あら、唐沢。外で見張ってるんじゃなかったの?」
「お前たちが、校内にいるなら、外の見張りに意味はない」
唐沢が、ヤナギンを、鋭い目で見据えた。
「相変わらず、頭が切れるわね。でも、今回は、あんたの負けよ。投稿は、もう、止まらない」
ヤナギンが、勝ち誇ったように、笑った。
「……誰だ。投稿したのは」
タダクニは、絞り出すような声で、言った。
「さあね。自分で、探してみたら?」
ヤナギンは、そう言うと、生島と一緒に、ゆっくりと、廊下の奥へと消えていった。
「待て!」
タダクニが、追いかけようとした。
「やめろ、タダクニ。今は、それどころじゃない」
唐沢が、タダクニの腕を掴んだ。
「でも、あいつらを、逃がしたら!」
「投稿は、すでに完了している。今、あいつらを追っても、意味はない。それよりも、投稿者を、特定しろ」
「投稿者って……本当に、俺たちの中に、いるのか?」
タダクニは、仲間たちの顔を、一人ずつ、見つめた。
ヒデノリ。
ヨシタケ。
副会長。
生徒会長。
モトハル。
唐沢。
(この中に、裏切り者がいる?)
(俺の妹の日記を、公開したやつが?)
タダクニの頭の中は、混乱でいっぱいだった。
「副会長、投稿者の、アカウント名は、分かるか」
唐沢が、副会長に聞いた。
「……分かります。しかし、これは……」
副会長が、言いにくそうに、口ごもった。
「言え。誰だ」
「……投稿者のアカウント名は、『北高の正義』。……これは、我々、生徒会の、公用アカウントです」
「なんだって!?」
タダクニは、声を失った。
「生徒会のアカウントから、投稿されたってことか!?」
「……そうなります。つまり、投稿者は、この中の、誰か。……もしくは、生徒会のアカウントを、何者かに、乗っ取られたか」
「乗っ取りか、内部の人間か。どちらにせよ、事態は、深刻だ」
唐沢が、帽子のつばを、深く下げた。
「ど、どうすんだよ、これ……」
ヨシタケが、震える声で言った。
「……とにかく、今夜は、解散しよう。これ以上、校内にいるのは、危険だ」
唐沢が、静かに言った。
「でも、妹の日記は、もう、公開されてるんだぞ!」
「分かっている。だが、今は、情報を整理する時だ。誰が、何のために、あの投稿をしたのか。それを、突き止めなければ、次の手は打てない」
「……くそっ」
タダクニは、壁を、拳で叩いた。
ドン、と、鈍い音が、廊下に響いた。
「タダクニ、落ち着け。手、痛めたら、どうすんだ」
ヒデノリが、タダクニの肩に、手を置いた。
「……分かってる。でも、俺は、妹を、守れなかった」
タダクニの声が、震えていた。
「まだ、終わってない。投稿は、削除できるかもしれない。それに、日記帳のデータも、取り返せるかもしれない。諦めるな」
「そうだぜ。俺たちは、まだ、何も失ってない。妹さんの日記が、公開されたとしても、それは、俺たちが、消せばいい。拡散される前に、全部、消せばいいんだ」
ヨシタケが、真剣な顔で言った。
「……お前ら」
タダクニは、二人の顔を見た。
(俺には、こんなに、頼りになる友達がいる)
(それなのに、俺は、一人で、抱え込もうとしていた)
「……ありがとう。でも、今は、とにかく、家に帰る。妹が、心配だ」
タダクニは、小さく、息を吐いた。
「ああ。気をつけて帰れ。何かあれば、すぐに連絡しろ」
唐沢が、タダクニの背中を、ポンと押した。
タダクニたちは、暗い廊下を、足早に、校門へと向かった。
外に出ると、生ぬるい風が、顔に吹きつけた。
空は、相変わらず、厚い雲に覆われている。
星は、一つも見えない。
「タダクニ、お前の妹さんのこと、俺たちも、ちゃんと守るから」
ヨシタケが、タダクニの隣に並んで、言った。
「ああ。お前らが、いてくれて、本当に、助かった」
タダクニは、小さく笑った。
「でも、裏切り者が、いるかもしれない。……正直、誰も、信じられない」
「俺は、お前を、信じてる。だから、お前も、俺を、信じてくれ。それで、いいだろ」
ヒデノリが、眼鏡の奥の目を、まっすぐに、タダクニに向けた。
「……ああ。お前を、信じる。お前たちを、信じる」
タダクニは、ヒデノリの目を、見つめ返した。
「よし。じゃあ、また明日。学校でな」
ヨシタケが、手を上げた。
「ああ。また明日」
タダクニは、二人と別れて、家への道を、歩き出した。
暗い夜道に、自分の足音だけが、響いている。
(投稿者は、誰だ)
(生徒会のアカウントから、投稿された)
(あの中に、裏切り者がいる)
(それとも、誰かが、アカウントを、乗っ取ったのか)
タダクニの頭の中は、ぐるぐると、同じことを、繰り返していた。
家に着くと、妹の部屋の明かりが、まだ、ついていた。
「おい、ただいま」
タダクニは、妹の部屋の前で、声をかけた。
返事は、ない。
「なあ、聞いてるか?」
タダクニは、ドアに、手をかけた。
「……入るぞ」
タダクニは、ゆっくりと、ドアを開けた。
妹は、ベッドの上で、体育座りをして、膝に顔を埋めていた。
「……お兄ちゃん」
妹が、かすれた声で、言った。
「……ごめん。俺、お前の日記、守れなかった」
タダクニは、妹の隣に、腰を下ろした。
「……違う。私が、日記なんか、書いてたから」
「日記を書くのは、悪いことじゃない。お前は、何も、悪くない」
「……でも、私の日記に、お兄ちゃんの、悪口、いっぱい書いてた」
「……知ってる。お前、俺の下着、自販機に詰め込んだ時、日記に、『お兄ちゃん、ざまあみろ』って、書いてたんだろ」
「……なんで、知ってるの」
「前に、お前の日記、チラッと見えたんだ。偶然な」
「……ごめん」
妹が、小さく、謝った。
「別に、いい。俺も、お前に、ひどいこと、いっぱい言ったからな。おあいこだ」
タダクニは、妹の頭を、ポンと撫でた。
「……お兄ちゃん、私、どうしよう。日記、みんなに、読まれちゃう」
「大丈夫だ。俺が、絶対に、消してやる。拡散される前に、全部、消してやる。だから、お前は、何も、心配しなくていい」
「……でも、もう、投稿されちゃったんでしょ? 私、さっき、掲示板、見た」
「……見たのか」
「……うん。私の日記、全部、載ってた。お兄ちゃんの悪口も、唐沢さんのこと、好きだって書いたのも、全部」
妹が、泣き出した。
「……そうか。でも、まだ、間に合う。今から、副会長が、削除してくれる。俺も、手伝う。だから、お前は、何も、見なくていい。スマホも、見るな」
タダクニは、妹のスマホを、そっと、取り上げた。
「……お兄ちゃん」
妹が、タダクニの腕に、しがみついた。
「……大丈夫だ。俺が、守る。お前は、俺の、たった一人の妹だ。誰にも、傷つけさせない」
タダクニは、妹の背中を、優しく、抱きしめた。
(絶対に、守る)
(妹の笑顔を、取り戻す)
(そのために、俺は、何でもする)
タダクニは、心の中で、強く、誓った。
窓の外では、厚い雲の隙間から、わずかに、月明かりが、漏れていた。
でも、その光は、まだ、とても、弱かった。Noveliaとは?
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