悪い子はお仕置き
鈴木陸斗は、秘密の趣味を持つ高校二年生。門限を破った娘を母親がお仕置きする音声記録を密かに聴くのが癖で、叩かれる音と泣き声に心臓が高鳴る。自分はおかしいと思うけれど、やめられない。
ある日の帰り道、陸斗は路地裏で古びたボタンを見つける。押してみると、幼馴染の水無月ひなたが突然現れ、クラスメイトの柊るなのお尻を叩き始めた。パシン! るなが悲鳴を上げ、陸斗の頭は真っ白になる。ボタンには『お仕置き実行ボタン』と書かれていた。
押すたびに、女の子たちが勝手にお仕置きし合う。止められない。でも陸斗は気づく——叩かれている子も、どこか安堵した顔をしていることに。罪悪感と好奇心がぶつかり合う。
一方、校内一厳しい風紀委員長・白河真冬が陸斗をマーク。『校内の風紀の乱れ』を調査し始める。陸斗は必死に隠そうとするが、ボタンの力はお構いなしに暴走していく。
陸斗の秘密を知る謎の少女・柊るなが問い詰める。「そのボタンは危険よ。私に渡しなさい」。るなは、お仕置きされる女の子たちを操れる力のことを知っていた。
陸斗は葛藤する。ボタンを使うたび、誰かが傷つく。でも、涙目の女の子が「許してください」と言いな
悪い子はお仕置き - 風紀委員の影 ―罰される少女と、笑えない快感―
四月第三週の水曜日。
朝の空気はまだ少し冷たくて、鈴木陸斗は通学路のアスファルトを踏みしめながら、何度もポケットの中の固い感触を確かめていた。真鍮のボタン。緑青の吹いた、古いボタン。
(今日は、なにも起きませんように)
心の中で、そう祈る。
月曜日の朝、旧市街の古書店・月哭堂の前で見てしまった光景が、まだ頭から離れなかった。風紀委員長の白河真冬が、あの店を訪ねて、代償の理という言葉を口にしていた。真冬は、校内で起きている不可解な体罰事件を調べている。そして、その調査の手は、確実に、陸斗の持つボタンへと近づいている。
(真冬さんは、どこまで知ってるんだ)
駅前のバス停を過ぎ、常世ヶ丘高校の正門が見えてきた。
その瞬間、陸斗の足が止まりかけた。
正門の前に、銀色がかったプラチナブロンドの髪の女子生徒が立っていた。肩までの髪を、ゆるく内巻きにしている。氷のような淡い水色の瞳。左耳に、小さな銀のピアス。右手には、黒い手帳——風紀記録帳。
白河真冬。
背筋を伸ばし、まるで門を守る石像のように、彼女は登校してくる生徒たちを一人ひとり、目で追っていた。
「おはようございます。少し、よろしいかしら」
真冬は、通りかかった男子生徒を呼び止めた。声は凛としていて、朝の騒がしい空気の中でも、はっきりと通る。
「最近、校内で原因不明の体罰が三件起きています。何か知っていることはないかしら」
「え、いや、知らないです」
「そう。ありがとう。気をつけて登校なさい」
真冬は、風紀記録帳にさらさらと何かを書き込む。男子生徒は、ほっとしたような、でも少し怯えたような顔で、足早に校門をくぐっていった。
陸斗は、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
(聞き込みをしてる。三件。あの教室で起きたお仕置きも、きっと数に入ってる)
ポケットの中で、ボタンを握る指に力が入る。
行かなければ。でも、足が動かない。あの正門を通るには、真冬のすぐ横を通るしかない。
(大丈夫。普通に歩けばいい。僕は、なにも知らない顔をすればいい)
陸斗は、深呼吸をして、歩き出した。
下を向かないように。でも、真冬の視線が、自分に刺さるのがわかる。
一歩、また一歩。正門が近づく。
真冬の水色の瞳が、陸斗の歩き方を、視線の位置を、カバンの持ち方を、じっと観察している。まるで、獲物を品定めするような、鋭い目だった。
(やめて。見ないで)
陸斗は、心の中で叫びながら、平静を装って、真冬の前を通り過ぎようとした。
「……鈴木陸斗くん、ね」
真冬の声が、背後から聞こえた。
心臓が、大きく跳ねる。
振り返りたい。でも、振り返ったら、なにかを認めてしまう気がした。陸斗は、聞こえなかったふりをして、足を速めた。
校舎へ向かう道。背中に、真冬の視線が、まだ刺さっている。
「……第四件目も、近いかもしれないわね」
真冬の、独りごとのような、小さな声。
それが、陸斗の背筋に、冷たいものを走らせた。
放課後。
陸斗は、いつものように駅へ向かわず、商店街の裏道を歩いていた。
常世銀座の賑やかな通りから一本入ると、急に人通りが少なくなる。古いアパートと、小さな公園が点在する、静かな住宅街。
(今日は、まっすぐ帰ろう)
そう思っていたのに、足は自然と、遠回りの道を選んでいた。
家に帰っても、一人でボタンのことを考えてしまう。るなに会いに行くのも、真冬にまた見られるかもしれない。どこにも居場所がないような、そんな気分だった。
小さな公園の前を通りかかったときだった。
「ちょっとー、そのカバン、かわいいじゃん。どこの? あー、もしかして、あの安い店の?」
甲高い笑い声。
陸斗は、足を止めた。
公園のブランコの近くで、三人組の女子生徒が、一人の下級生らしい女子生徒を囲んでいた。
囲まれている子は、セーラー服のスカートをぎゅっと握って、うつむいている。手に持っていたはずのカバンは、三人組のうちの一人の手にあった。
「返してよー、って顔? ほら、取れるものなら取ってみなよ」
リーダー格らしい、少し背の高い女子生徒が、カバンを高く掲げて、ひらひらと揺らす。
下級生の子は、声も出せずに、ただ震えていた。
(ひどい……)
陸斗の胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
助けなきゃ。そう思うのに、体が動かない。
(もし、僕が行ったら。あの子たちが、今度は僕を)
怖かった。三人組の、あの楽しそうな笑い声が、陸斗の足を縫い止める。
「ねえ、こいつ、なんか言いたげだよ。聞いてあげようか?」
「えー、なになに? 言ってみなよ」
下級生の子の肩を、リーダー格が小突いた。
その子は、よろけて、地面に手をついた。
「……やめて、ください」
か細い声。
「は? 聞こえなーい」
笑い声が、また響く。
(やめて。もう、やめて)
陸斗は、拳を握りしめた。
ポケットの中で、ボタンが、急に熱を持ち始めた。
(え——)
びりびりと、小さく振動している。
(まずい。今、僕は、怒ってる)
陸斗は、はっとした。
この前、るなに教えられた。ボタンは、持ち主の感情に反応する。怒りや、強い願いが、お仕置きを発動させる。
(落ち着け。ダメだ。あの子たちに、お仕置きをしたら)
でも、頭の隅で、別の自分が囁く。
(あの三人組は、悪い子だ。お仕置きされても、当然じゃないか)
ボタンの熱が、手のひらに吸いつくように伝わってくる。
「……だめだ」
陸斗は、小さく呟いて、その場から走り出した。
公園の角を曲がる。心臓が、破れそうなほど激しく脈打っている。
情けなかった。助けようとして、何もできなかった。それどころか、ボタンの力で、あの子たちを罰しようとしている自分がいた。
(俺は、最低だ)
ポケットの中で、ボタンは、まだ熱を持ったままだった。
翌朝、木曜日。
教室に入った瞬間、空気が違った。
ざわざわと、何かが起きた後のような、落ち着かない空気。
「おい、知ってるか? 東雲が、今朝、急に」
「マジ? またかよ……」
男子たちの会話が、聞こえてくる。
東雲。いじめっ子グループのリーダー格の女子。陸斗のクラスメイトで、日頃から、下級生や気の弱い子に、横暴な振る舞いをしている。
(東雲が、どうかしたのか)
陸斗は、自分の席に座った。
その時だった。
「痛っ……いやっ、なんで、急に……!」
教室の前方から、悲痛な叫び声。
東雲が、椅子から立ち上がり、両手でお尻を押さえていた。
涙が、その頬を伝っている。
「なにこれ……痛い、痛いよぉ……!」
教室が、騒然となった。
「東雲さん!? どうしたの?」
「保健室! 誰か、先生を呼んできて!」
数人の生徒が、東雲を支えて、教室を出ていく。
陸斗は、心臓が飛び出しそうだった。
(東雲……あの公園で、下級生をいじめてた三人組のリーダー格)
(昨日、僕は、あの公園で、ボタンが熱くなるのを感じた)
(そして、今朝、東雲のお尻が、突然痛くなった)
自分がやった、という確信はない。
でも、昨日の怒りと、ボタンの熱と、今朝の出来事が、頭の中で、一本の線でつながってしまう。
(僕のせいだ。僕が、ボタンを熱くしたから)
同時に、心の奥底から、別の感情が湧き上がってくるのを感じた。
(ざまあみろ)
小さな、でも、確かな快感。
東雲は、いつも、弱い子をいじめていた。あの下級生の子を、笑いながら、突き飛ばしていた。あの子が、どれだけ怖い思いをしたか。
(当然の報いだ)
そう思った瞬間、陸斗は、自分の内側の暗さに、吐き気を覚えた。
(違う。僕は、あの子たちを助けたいと思った。でも、同時に、お仕置きされて当然だとも思った。その結果が、これだ)
(誰かが痛い思いをするのを、心のどこかで、嬉しいと思ってる)
陸斗は、机に突っ伏した。
胃の中のものが、せり上がってくる。
昼休み。
教室の空気は、まだ重かった。
東雲は、保健室から戻ってきていなかった。
「なあ、最近、こういうの多くない?」
「ああ。先週も、掃除当番で喧嘩してた二人が、急にお尻を押さえてたし」
「誰かの仕業なんじゃね? 呪いとか」
「やめろよ、怖えな」
男子たちの会話を聞きながら、陸斗は、弁当箱を開ける気にもなれなかった。
(呪い、か。たしかに、そうなのかもしれない)
その時、教室の前の扉が、ガラッと開いた。
入ってきたのは、白河真冬だった。
銀色の髪が、蛍光灯の光を受けて、冷たく輝く。氷のような水色の瞳が、教室の中を、ゆっくりと見渡した。
教室中の会話が、ぴたりと止まった。
「……皆さん、少し、聞いてください」
真冬の声が、静かに響く。
「今朝、このクラスの生徒が、原因不明の痛みを訴えました。そして、これは、最近、校内で起きている体罰事案の、第四件目です」
教室の空気が、凍りつく。
「私は、これらの事案は、偶発的な事故ではないと考えています。誰かが意図的に、何らかの方法で、他者に痛みを与えている。……そう結論づけました」
陸斗の心臓が、早鐘を打つ。
(知ってる。真冬さんは、知ってるんだ)
「この学校の風紀は、私が守ります。心当たりのある者は、今日中に、職員室まで来なさい。……以上です」
真冬は、それだけ言うと、背筋を伸ばしたまま、教室を出て行った。
残された教室は、しばらく、誰も口を開けなかった。
陸斗は、自分の顔が、強張っているのがわかった。
(心当たりのある者。それは、僕だ)
(でも、名乗り出られるわけがない)
「リクくん!」
突然、明るい声が、教室の入り口から聞こえた。
振り返ると、水無月ひなたが、笑顔で手を振っていた。
明るい茶色のふわふわしたセミロング。サイドで小さくお団子を作っている。くりっとした大きな琥珀色の瞳。
陸斗の幼馴染。この教室の空気を、一人で明るく変えてしまうような、太陽みたいな子。
ひなたは、小走りで陸斗の席に近づいてきた。
「ねえリクくん、聞いた? 今の白河さん。すごい迫力だったねー! やっぱ風紀委員長って、オーラが違うっていうか」
「あ、うん……そうだね」
陸斗は、なんとか笑顔を作ろうとした。でも、うまく笑えていない気がする。
ひなたは、陸斗の顔を、じっと見た。
「……リクくん、最近なんか変だよ?」
心臓が、止まりかけた。
「元気ないし、ぼーっとしてるし。あたし、幼馴染だもん。わかるんだからね」
ひなたの琥珀色の瞳が、心配そうに、陸斗を覗き込む。
(ひなたには、隠し事ができない。でも、この秘密だけは、絶対に知られちゃいけない)
「そ、そうかな……大丈夫だよ。ちょっと、寝不足なだけで」
「ほんと? 無理しないでよ?」
「うん。ありがとう」
ひなたは、まだ何か言いたそうだった。でも、陸斗の様子を見て、それ以上は踏み込まなかった。
「あ、そうだ! これ、昨日作ったクッキー! リクくん、甘いもの好きでしょ?」
ひなたは、小さな袋を、陸斗の机の上に置いた。
中には、星形のクッキーが、何枚も入っている。
「ちょっと焦げちゃったのもあるけど、味は保証するよ! あたし、お菓子作り、最近ハマってるの!」
「あ、ありがとう……ひなた、料理とか、してたっけ」
「えー、失礼しちゃうな! あたしだって、やるときはやるんだから! ほら、一個食べてみて!」
ひなたが、無邪気に笑う。
その笑顔が、あまりにも純粋で、まっすぐで。
陸斗は、胸が締めつけられるような思いで、クッキーを一枚、口に入れた。
「……おいしい」
本当に、おいしかった。
「でしょ!? やった! また作ってくるね!」
ひなたは、嬉しそうに笑って、自分の教室へ戻っていった。
陸斗は、机の上のクッキーの袋を見つめた。
(ひなたの笑顔に、救われた。でも、僕は、この純粋な笑顔を、裏切っている)
(ひなたが、僕の秘密を知ったら、どんな顔をするだろう)
罪悪感が、胃のあたりに、重く沈んでいく。
放課後。
陸斗は、旧武道場の裏にいた。
教室に置き忘れた教科書を取りに、一度は家に帰った。でも、家に着いても、落ち着かなくて、また学校へ戻ってきてしまった。
(なんで、ここに来たんだろ)
旧武道場は、今は倉庫として使われている。裏門の外れにひっそりと建っていて、夜になると、誰かがいる気配がするという噂のある、薄暗い場所。
昼間でも、ここは人気がなかった。
(一人になりたかった)
そう思った。
「鈴木くん」
背後から、声がした。
陸斗は、びくっとして、振り返った。
白河真冬が、立っていた。
いつの間に、ここに。足音が、まったく聞こえなかった。
「少し、話を聞かせてくれるかしら」
真冬は、風紀記録帳を胸に抱き、氷のような水色の瞳で、陸斗をじっと見つめた。
「……な、なんでしょうか」
声が、震える。
「最近、下校時の寄り道が多くなっているわね。それに、校内の騒ぎの前後、あなたは、いつも現場の近くにいる」
陸斗の心臓が、大きく跳ねた。
(見られてた。真冬さんに、ずっと、監視されてたんだ)
「それに、今朝の東雲さんの件。あれが起きた時、あなたは、教室の自分の席にいた。……違うかしら」
「それは、たまたまで……僕は、何も……」
言葉が、続かない。
真冬は、一歩、陸斗に近づいた。
「鈴木くん。あなたは、何かを隠している。私には、わかるの。この街の、古いしきたりに触れた者の、独特の気配。……あなたからは、それが、強く感じられる」
真冬の声は、静かだった。でも、その言葉は、陸斗の心臓を、ぎりぎりと締め上げる。
「あなたは、代償の理に、触れたのね」
代償の理。
その言葉が、真冬の口から出た瞬間、陸斗は、息が止まるかと思った。
「やはり、そうなのね」
真冬の目が、細くなる。
その時だった。
「白河さん。彼を追うのは、やめてくれない?」
物陰から、静かな声がした。
陸斗と真冬が、同時に、声のした方を見る。
柊るなが、立っていた。
腰まで届く黒髪ストレート。毛先だけが深い紫に染まっている。切れ長の紫色の瞳。左目の下の小さな泣きぼくろ。
古書店・月哭堂の一人娘。陸斗が、ボタンの秘密を共有している、たった一人の相手。
「柊さん……どうして」
「……あんたが、ふらふらしてるから。後をつけてたの」
るなは、陸斗をちらりと見て、すぐに真冬へと視線を戻した。
「柊さん。これは、風紀委員としての職務です。邪魔をしないでください」
「職務、ね。……それなら、あんたこそ、彼に何をさせているの?」
るなの声が、低くなる。
「何を、させている、とは?」
「あんたの家系は、初代風紀委員長から続く、代償の理の継承者。この街の秩序を守るために、代々、風紀委員長を務めてきた。……そうでしょ?」
真冬の表情が、ほんの一瞬、強張った。
「そして、あんたは、その力を、彼に向けている。監視という名目で、彼を追い詰めている」
「私は、追い詰めているのではなく、事実を確認しているだけです。柊さんこそ、彼に、何を吹き込んでいるのですか? あなたの家系は、盟約の記録係。この街の裏側を、すべて知っているはず。……それなのに、なぜ、彼を守るような真似をするの?」
二人の視線が、火花を散らす。
陸斗は、二人の会話を聞きながら、頭が真っ白になっていた。
(真冬さんの家系は、代償の理の継承者。るなの家系は、盟約の記録係)
(二人とも、この街の裏側を知っている。そして、僕のボタンのことを、知っている)
(僕が一人で抱えているつもりだった秘密は、最初から、街の複数の家系に、監視されていた)
息が、詰まる。
「……鈴木くん」
真冬が、陸斗を見た。
「私は、あなたを監視する。これからも。……覚えておきなさい」
真冬は、それだけ言うと、背筋を伸ばしたまま、旧武道場の裏から去っていった。
残されたのは、陸斗と、るなだけ。
「……鈴木くん、大丈夫?」
るなが、少しだけ、心配そうな声で聞いた。
「……うん。大丈夫、じゃない、かも」
陸斗は、正直に答えた。
「あの人には、本当のことは話さないで。……あの人も、ボタンのことを、危険なものだと思ってる。でも、あの人のやり方は、きっと、あなたを追い詰めるだけ」
「……るなは、なんで、そこまでしてくれるの」
陸斗は、聞いた。
るなは、少しだけ、間を置いた。
「……あんたが、悪い人じゃないって、知ってるから。それだけよ」
るなは、それだけ言うと、陸斗に背を向けて、歩き出した。
「気をつけて帰りなさい。……また、明日」
るなの姿が、校舎の影に消えていく。
陸斗は、旧武道場の裏に、一人取り残された。
(真冬さんは、僕を監視する。るなは、僕を守ろうとしてくれる)
(でも、二人とも、僕の本当の気持ちは、知らない)
(僕が、お仕置きを、心のどこかで、望んでいるなんて)
陸斗は、その場に、しゃがみ込んだ。
孤独感と、苦しさで、胸が押し潰されそうだった。
深夜。
陸斗は、布団の中で、ボタンを握りしめていた。
真鍮のそれが、手のひらの中で、微熱を帯びている。
(昼間に感じた、ざまあみろ、という気持ち)
(ひなたの笑顔への罪悪感)
(真冬さんの、観察するような目)
(るなの、優しい言葉)
いろんな感情が、頭の中で、ぐるぐると渦を巻いている。
ボタンは、布団の中でも、びりびりと、小さく振動を繰り返していた。
「俺は、最低な人間だ」
陸斗は、呟いた。
「誰かが痛い思いをするのを、心のどこかで、嬉しいと思ってる」
ボタンを、枕元に置こうとした。
でも、手が、離れない。
指先が、ボタンの縁に、吸いついている。
(離せない。僕は、このボタンを、手放せない)
(だって、これは、僕の、欲望の形だから)
陸斗は、目を閉じた。
でも、眠れなかった。
ボタンの微熱と振動が、一晩中、陸斗の手のひらに、闇の鼓動のように、伝わり続けていた。
朝が来るまで、陸斗は、ボタンを握ったまま、眠れない夜を過ごした。Noveliaとは?
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