この素晴らしい学園に祝福を!
佐藤カズマ、高校二年生。転校初日、うっかり自分を異世界から来た勇者だと自己紹介してしまう。その夜、彼の天井を突き破って全裸の女神アクアが落ちてきた。彼女はカズマをファンタジー世界へ連れて行くはずだったが、書類手続きのミスで、二人とも現代日本の高校生として転生してしまっていた。翌日、中二病の少女めぐみんと、ドMなお嬢様ダクネスもまた、同じ世界から転生してきた者だと判明する。
四人は元の世界へ帰る方法を探しながら共同生活を強いられ、次から次へと騒動を引き起こす。アクアは借金を作り、めぐみんは校庭で爆裂魔法を叫んで気絶し、ダクネスは教師に叱られるたびに興奮する。それでも三人の少女は次第にカズマに惹かれていく。アクアは彼が自分にとって一番大切だと宣言し、めぐみんは彼と共に爆裂の道を歩みたいと願い、ダクネスは彼に自分を罰してほしいと懇願する。そんな中、学園一の美女である生徒会長エリスも彼に近づいてくる。ハーレムは四つ巴の戦場と化す。
文化祭前夜、三人の少女が同時にカズマへ告白し、エリスは彼を屋上に呼び出して、四人が密かに「それぞれが彼に『自分を選ばないで』と伝えて彼を試す」という約束をしてい
この素晴らしい学園に祝福を! - 転校生は爆裂魔法使い!クレーターと嫉妬の同居生活
教室の空気は、いつものように重かった。
転校初日に「異世界から来た勇者です」と口走ってから一週間。陽凪第一高校二年三組での俺、佐藤カズマの立ち位置は、相変わらず「笑われ者の転校生」のままだった。
窓際の一番後ろの席。ここが俺の定位置だ。誰とも目を合わせず、小さくなって朝のホームルームをやり過ごす。今日もどうせ、いつもと変わらない一日が始まる。
そう思っていた。
「おはよう。今日は転校生を紹介する」
担任の宮原忠彦、四十二歳。温厚そうな見た目の国語教師は、教壇に立つと少し疲れた顔で言った。
転校生、という言葉に、教室がざわついた。一週間前に転入してきたばかりの俺としては、なんというか、ものすごく気まずい。
「入ってきて」
宮原の声に続いて、教室の引き戸がガラリと開いた。
瞬間、教室の空気が変わった。
入ってきたのは、小柄な少女だった。
肩までの黒髪に、赤いメッシュが一筋。燃えるような深紅の瞳。そして、なにより目を引いたのは——
なぜか、黒い眼帯をしていた。
右手には白い包帯。そして、背中には……マント? 制服の上から、黒いマントを羽織っている。
教室内が、一瞬で静まり返った。
「……なんだ、あれ」
誰かが小声で呟くのが聞こえた。
彼女は、まるで舞台の主演女優のような堂々とした足取りで教壇に立つと、クラス中を見渡し、高らかに宣言した。
「我が名はめぐみん! 爆裂魔法を操る紅魔族の天才魔法使いである!」
……は?
教室が、凍りついた。
いや、凍りついたのは一瞬で、次の瞬間には——
「ぷっ……くくく」
「なにあれ、中二病?」
「いや、あれは中二病すぎるだろ」
クラス中から、笑いをこらえるような声が漏れ始めた。だが、めぐみんと名乗った少女は、そんな反応など一切気にしていないようだった。
「ふっ……この程度の反応は想定内。爆裂魔法の真の威力を知らぬ者どもには、我の偉大さは理解できまい。だが、いずれ分かる。この学園の校庭に、爆裂の華が咲き乱れる日が来ることをな」
彼女は、えらく澄ました顔で、マントを翻した。
この自己紹介、覚えがある。いや、つい一週間前、同じような空気を味わったばかりだ。
(……やばい。すごく、やばい)
俺は無意識に、机に突っ伏して顔を伏せた。やめてくれ。これ以上、変な転校生の話と俺を関連付けないでくれ。
しかし、どうやら俺の祈りは届かなかったらしい。
「めぐみんさんの席は……そうだな、佐藤君の隣が空いてるから、そこに座ってくれる?」
やめろ! その気遣い、いらない!
めぐみんは、堂々と俺の隣の席に歩いてきた。そして、着席する前に、俺の顔をじっと見下ろして——
「ほう……お前が佐藤カズマか」
「……なんで俺の名前を知ってるんだよ」
俺は顔を伏せたまま、ぼそりと応えた。
「ふっ。この学園で、我に匹敵するほどの逸脱した自己紹介をした者がいると聞いてな。転校初日に『異世界から来た勇者』と名乗った漢。それがお前であろう?」
やめて! その栄光と挫折の過去を、これ以上掘り起こさないで!
教室のあちこちから、くすくすという笑い声が聞こえる。どうやら俺とめぐみんは、クラスメイトの中で完全に「同類」として処理されたらしい。
……俺の学園生活は、もう終わってるのかもしれない。
ホームルームが終わっても、めぐみんの奇行は止まらなかった。
一限目、国語の時間。
「宮原教諭。我はこの『走れメロス』という物語に、深い感銘を受けたぞ。友情のために身を挺する漢の姿。これはまさに、我が爆裂道に通じる美学ではないか」
「……あー、それは、そうかもしれないけど、今はまず、教科書の解説をね」
「いや待て。解説など不要だ。重要なのは、この情熱である。私情を排し、ただ一つの爆裂に全てを懸ける——そう、我の爆裂魔法と同様にな」
めぐみんは、眼帯の奥の瞳を爛々と輝かせて、持論を語り始めた。
教室の空気は、もう笑いを通り越して、呆れに変わっていた。
(やめてくれ。頼むから、これ以上、変な転校生のイメージを強化しないでくれ)
俺は心の中で、何度も叫んでいた。
昼休み。
俺は、いつものように屋上——ではなく、屋上へ続く階段の踊り場で、コンビニのおにぎりを食べていた。
正確には、いつもは屋上の鍵が閉まっているから、その手前の階段で昼飯を食べている。一週間前から、ずっとそうだ。
誰も来ない、静かな場所。俺にとっての、数少ない安らぎの時間。
……のはずだった。
「カズマよ、ここにおったか」
背後から、尊大な声が聞こえた。
振り返ると、マントを翻しためぐみんが、階段の下から見上げるように立っていた。
「……なんで俺の昼飯の場所が分かったんだよ」
「ふっ。同志の気配は、すぐに察知できるのでな」
めぐみんはそう言うと、躊躇いなく俺の隣に腰を下ろした。
物理的な距離が、一気に縮まる。肩と肩が触れ合いそうな距離。女子とこんな距離に座るのは、生まれて初めてかもしれない。
「……つーか、同志ってなんだよ」
「あの自己紹介を見た瞬間、確信したのだ。お前は、この学園でただ一人、我の爆裂に興味を示すであろう男だと」
「いや、俺は別に、爆裂魔法に興味なんて……」
「遠慮することはない! この学園で、我の話を笑わずに聞く者は、お前だけなのだからな」
笑わずに聞いたのは、自分が同じ目に遭ったばかりで、笑い事じゃないからだ。だが、そんなことは言えなかった。
めぐみんは、深紅の瞳をまっすぐに俺に向けて、続けた。
「なあ、カズマよ。お前は、この退屈な世界に、何か物足りなさを感じたことはないか? 例えば、自分の本当の力は、こんなものじゃないはずだと。世界のどこかで、自分を待っている運命があるはずだと」
その言葉に、俺は少しだけ、面食らった。
……物足りなさ。
確かに、いつも感じている。中学の頃に失恋して笑われてから、ずっと。何かを変えたいのに、変えられない。そんな閉塞感。
「……感じない、とは言わないけど」
「やはり、そうであろう! お前は、我と同類だ!」
めぐみんは、ぱあっと顔を輝かせた。その表情は、妙に子供っぽくて。
「聞け、カズマ。放課後、校庭の隅に来るがよい。とびきりの爆裂魔法を見せてやろう」
「は? 爆裂魔法?」
「そうだ。我が唯一無二の、最強の魔法をな。お前の前で、盛大に爆発させてやろうではないか。あ、時給九百八十円でバイトしてるって聞いたぞ。この学園で我の話を笑わないのはお前だけだと、昼休みの購買で噂になってたからな」
「……なんでそんなことまで広まってるんだよ」
「さあ、楽しみに待っていろ! 放課後、校庭の隅だ! 約束だぞ!」
めぐみんは一方的にそう言い残すと、マントを翻して階段を駆け下りていった。
残された俺は、半分食べかけのおにぎりを手に、呆然とするしかなかった。
(放課後、校庭の隅で、爆裂魔法……)
あの少女も、もしかして。
いや、もう分かっている。あれは絶対に、アクアと同じに決まっている。
異世界ヴェルディナから来た、転生者。
「……はあ」
深いため息が漏れた。
あの全裸女神、天野アクアが俺の家に転がり込んでから一週間。ようやく生活が落ち着いてきたというのに、これ以上、変人を増やしてどうする。
でも、あの真剣な目を思い出すと、放課後に校庭へ行くのを断る気には、なかなかなれなかった。
放課後。
俺は、陽凪第一高校の広い校庭の北東隅に立っていた。
200メートルトラックの外側。体育倉庫の裏手にあたる、人目につきにくい場所だ。
「よく来たな、カズマよ。この時を待っていたぞ」
めぐみんは、既に到着していた。夕日を背に、黒いマントを風になびかせて、立っている。身長は百五十センチほど。俺よりも頭一つ低い。
本当に、様になっているというか、なんというか。
「……で、爆裂魔法とやらを、この校庭で撃つのか?」
「そうだ。本来なら陽凪川の河川敷の方が広くてよかったのだが、今日は初日だから、この学園の校庭で勘弁してやろう」
「いや、校庭で撃つなよ。何、普通に学校の施設を破壊しようとしてるんだ」
「破壊とは心外だな。これは、芸術だ。この退屈な空間に、一瞬の爆裂という美しき光景を刻むのだ。校庭の土が消し飛ぶ様は、まさに絶景であろう?」
……この自信満々な表情。何も悪びれていない。
これは、アクアを初めて見た時と、まったく同じ感覚だ。
「お前、もしかして、異世界から来たのか? ヴェルディナ、とか」
俺がそう言うと、めぐみんはきょとんとした顔をした。それから、ふっと笑った。
「お前、この世界で我以外に、その言葉を知る者に会ったことがある、という目をしているな」
「……まあ、ちょっとな」
「ふっ。我も、だ。どうやら、ここは我々のような異世界の住人にとって、特別な場所らしい」
めぐみんの深紅の瞳が、夕日を反射して、きらりと光った。
「ならば、見せてやらねばならないな。我が最大の力、爆裂魔法を」
彼女は、すっと右手を空へ掲げた。
「聞くが、カズマ。この世界の魔素は極めて薄い。使えるほどの魔力を回復するためには、深い睡眠を要する。この理、お前は知っているか?」
「……知らない。っていうか、魔素ってなんだよ」
「言葉の通りだ。魔力の素。この日本という国では、魔素がほとんど存在しない。そのため、我々転生者たちは、体内に残るわずかな魔力を使い切ると、動けなくなってしまうのだ」
そうなのか。アクアはベッドでぐうたら寝ることしか考えてないから、んな真面目な話は一度もしてくれなかった。
ってことは、この後、めぐみんは。
「……おい待て。この後の自分がどうなるか、分かってて撃つのかよ」
「当然であろう。そのリスクを承知で、爆裂魔法は放つもの。我は、一日に一発しか撃てぬ爆裂魔法を、最高の瞬間に捧げるのだ」
真剣な顔で、彼女は言った。
「……お前、頭おかしいだろ」
「お前は、我の爆裂を、面白いと言ってくれるか?」
唐突に、めぐみんはそう尋ねた。
「は?」
「この力は、本来、国の防衛や敵の討伐のために使われる類のものだ。だが、我はただ、その爆裂の瞬間が、美しく、気高く、何よりも愛おしい。だから、撃ちたい。それを見て、笑う奴は、山ほどいた。だが、我は、これが我の唯一の道だと信じている。お前は、この炎を見て、何を思う?」
夕日の色と、彼女の瞳の色が、同じ紅に見えた。
彼女は、本気で、自分の信じた道を、見せようとしている。
それが、どれだけ周りに嘲笑されても、彼女は、この爆裂に全てを懸けている。
その姿勢は、少しだけ、眩しかった。
「……分かった。見せてみろよ。面白いかどうかは、それからだ」
「ふっ、よかろう!」
めぐみんは、マントをばさりと翻し、詠唱を開始した。
「汝、暗黒より来たりて、紅蓮の炎を放つ者。その深紅の力もて、万物を焼き尽くし、天地を貫け! 我が命により爆裂の魔炎を此処に示せ——!」
十五秒。
彼女の詠唱が、校庭に響く。
「——エクスプロージョン!!!」
ドゴォォォォォォオン!!!
爆音とともに、地面が吹き飛んだ。
土砂が舞い、爆風が俺の髪を激しく揺らす。視界が、一瞬、真っ赤な光に覆われた。
爆発が収まった後、そこにあったのは——
直径三メートルの、見事に抉れたクレーターだった。
「……マジかよ」
思わず、言葉が漏れた。
校庭の土が、消し飛んでいる。爆裂魔法、とやらは、本当だった。
「ど……どうだ、カズマよ。これが、我が……最高の……爆裂……」
振り返ると、めぐみんは、その場にへたり込んでいた。いや、へたり込むというか——
「……うぅ、やはり、この世界では、魔力の消耗が激しすぎる……」
彼女は、全身の力が抜けたように、グラリと倒れ込んだ。
「おい! 大丈夫かよ!」
「問題ない。これは、毎度のことだ。爆裂魔法の燃費の悪さには、我も辟易しておる。もう、指の一本も動かぬ。……勲章のような疲労感だ」
「どこが問題ないんだよ! ていうか、毎度のことなのかよ! 校庭に穴開けて、毎日ぶっ倒れてるってことか!?」
「ふっ。この大地に、我の爆裂の痕を刻むのだ。日課にして、何が悪い」
声は、もうほとんど、掠れている。
「お前、このままここに放置されたら、明日の朝刊のネタになるぞ」
「……困ったな。我は、あと三時間は動けぬ」
「最初から動けないの分かってて突っ走るところ、アクアとそっくりじゃねーか……」
「あくあ、とは?」
「……今に分かる。お前を、一人で置いとくわけにもいかないから、背負ってく」
俺は、クレーターの隣で倒れ込んでいるめぐみんを、背中に背負った。
百五十センチの体は、驚くほど軽かった。
「……カズマよ」
「なんだよ」
「……重くないのか」
「重くない。軽い。お前、ちゃんと飯食ってるのか?」
「……我は、半年前から、生まれ故郷のヴェルディナを離れ、この日本で一人暮らしをしておる。故に、食事は、その日にあるもので済ませることが多い」
一人暮らし。
その言葉に、俺は少し、胸の奥がチクリとした。
「……こいつ、またか」
俺は、そう小声で呟いて、歩き出す。
夕焼けが、校庭をオレンジ色に染めていた。
俺の背中で、めぐみんが、小さく身じろぎした。
「……暖かい、な」
「背中がか。どういたしまして」
「……ふ。お主、なかなか、面白い男よな」
その声は、ほんの少しだけ、笑っていた。
桜台二丁目。築二十年の一戸建て。
俺の家に着くと、玄関の鍵を開ける前に、扉が内側から勢いよく開いた。
「カズマ! 遅すぎる! 私のお腹が、もうペコペコなんですけ……ど……」
腰まである水色の髪を揺らし、青い瞳をキラキラさせて飛び出してきたアクアの動きが、ぴたりと止まった。
「……なに、それ」
「なにそれ、じゃねーだろ。転校生。っていうか、お前と同類の転生者」
「同類とは心外だな。我は、こんな水芸女と同列にされては困る」
「水芸。お前、今、私のこと、水芸って言った?」
玄関の空気が、一瞬で、ざわつき始めた。
アクアの頬が、ピクピクと引きつっている。
「カズマ! どういうこと!? なんで、その変な名前の子を背負ってるの!?」
アクアが、詰め寄ってくる。
「ちょ、おい、落ち着け。この子はめぐみん。校庭で盛大に自爆して動けなくなってたから、とりあえず連れてきた」
「自爆……自爆ですって?」
「うるさい。我が自らの意志と主義によって、我が最強魔法を放ったというのに、それを自爆とは、聞き捨てならんな!」
俺の背中で、めぐみんが、精一杯の声を張り上げた。
「最強魔法? あんな、校庭にちょっと穴を開けるくらいの威力で? 笑わせないで! 私の浄化魔法の方が、何倍も役に立つんだから!」
「何……! 水芸女が、我が爆裂魔法を、笑ったな!?」
「水芸じゃない! 女神アクアです! 水を司る、それはそれは美しく尊い女神さまなのです!」
「女神だと? 爆裂魔法を理解できぬ女神など、水たまりの精霊と同義だな」
「なっ……泣いていい? ねえ、カズマ、この子、失礼すぎるよ。泣いていい?」
アクアの大きな目が、みるみる潤んでいく。
「もう、なんでそうなるんだよ! とにかく、中に入れ! 近所迷惑だろ!」
俺は、二人を玄関からリビングへ押し込んだ。
リビングに座らされためぐみんは、きょろきょろと、部屋の中を見回した。
「……ここが、カズマの住処か。なかなか、暮らしやすい造りだな。雰囲気も、悪くない」
「ふん。当然よ。私が光臨してから、この家は、女神の祝福に満ち溢れてるんですから。天井の大穴には、夜空が一望できるオープンテラス的な何かもあるし」
「オープンテラスではない。ただの穴だ。お前が開けた、ただの穴だ。修理費三十万の」
「……カズマよ、その女は、お前の家に居候しておるのか?」
「居候というか、厄介神というか。まあ、そんな感じだ」
「ふっ。家に居候がいるなら、我も、さらに人数が増えるくらい、感慨はあるまい」
「ちょっと待て。何を当然のように、住み着く気でいるんだ」
「当然であろう。我は、この地に一人で転生して以来、いつ、誰に、どこで、我の爆裂を見せればいいのか、ずっと、友もなく、過ごしてきた。その我が、ようやく、我の爆裂と生き様を、面白がってくれる漢に、出会えたのだ。共に生きよう。爆裂道とやらを、深く、大きく」
真顔で、彼女は言い切った。
その顔には、大げさな口調の裏に、ぽつんと、寂しさが垣間見えた。
だから、かな。
俺は、反論を、飲み込んだ。
「カズマ、どういうこと!? この子を、家に置くの!? 私という、最高の女神がいるのに、この、変な眼帯の子を!?」
「眼帯のどこが変だというのだ! これは、我の封印された魔力の片鱗を止めるための、神聖な武具である! お前こそ、その、水色の、ボサボサの……」
「ボサボサですって!? 私の髪は、毎晩、高級なトリートメントで手入れしてる、天使の絹のような美髪なのです! カズマ! この子、私の美しさを侮辱した!」
「してないだろ、髪がボサボサとは言ったけど」
「それ、私の顔より髪型を貶してるんですか! もう、我慢ならない! カズマ、あの眼帯女を、今すぐ、川に投げ捨ててきて!」
「無茶言うな! てか、お前、さっきまで貧血で倒れてたやつ相手に、正々堂々やりあってるんじゃねーよ」
めぐみんは、ふらふらと立ち上がった。
「心配は無用。我は、まだ、論戦なら、三時間は戦える。……むしろ、この女神が、我の爆裂を笑ったこと。それだけは、絶対に、許せぬ」
「許せないのは、私の方よ! 何が爆裂よ! あんな危ないものを、毎日、学校でぶっぱなしてる、頭のおかしい子を、私のカズマの家に置くわけにはいかない!」
「カズマは、お前のものではないであろう! カズマは、我の爆裂を、面白がってくれる、唯一の、同志だ! 勝手に、所有物のように、語るな!」
「カズマは、私を、この家に迎え入れてくれたの! 私の、ご主人さまなの! 下僕と言ってもいいわ。つまり、私のものなの!」
「下僕を、主人が所有物と称するとは、聞いたことがないな。言語道断。これだ、これだから、女神という生き物は……」
「なによ、その、爆裂女の、上から目線! ちょっと、カズマ! この子、何とかして! カズマも、私の味方でしょ!?」
アクアが、俺の袖を、ぐいぐいと引っ張る。
「俺を、挟んで、押し問答をしないでくれ……」
頭が、ガンガンしてきた。
「……分かった! 二人とも、ちょっと黙れ!!」
俺は、腹の底から、怒鳴った。
リビングが、静まり返った。
「めぐみんの家は、ここから通えるのか?」
「……我の住処は、陽凪市の、西の外れにある。ここからでは、電車と徒歩で、一時間近くかかる。正直、通学には、そうとうの健脚を要する」
「ほら、この子、そういうこと、ちゃんと言わないんだよ」
「……言う必要がないからだ。我は、我の足で、どこへでも行ける」
「その我の足も、今、動かないだろ」
俺は、ため息をついた。
「……分かった。二階の空き部屋、使え。ただし、条件がある。夜、九時以降は、爆発の練習は禁止。あと、家賃は、お前が、その古代勇者の力とやらで、働いて稼げ。それから、アクアと、無駄な争いをするな」
「うっ……カズマ、聞いてないわよ! 私は、私の部屋の隣に、こんな変な子が住むなんて、断固反対……!」
「お前のせいで、俺の人生、めちゃくちゃなんだよ! 天井の修理費、三十万。お前が勝手に、マルキ食堂でつけたツケ、一万二千円。高級酒、十五万。全部、俺が払ってやってんだ。だから、お前は、この家の家計に、口を出すな。少しは、俺の胃のことを、考えろ」
アクアは、びくりと、肩を震わせた。
それから、青い目を、うるうると潤ませて——
「……だって、カズマが、私のもの、って、言ったから……」
……言ったっけ?
「……カズマ、カズマ。その、高級酒、とは、なんのことだ。我には、分からぬ」
「お前は、余計なことに首を突っ込むな。酒のツケ、十五万。全部、俺の借金だ」
「ふっ。借金に押しつぶされた生活も、爆裂道の研鑽には、案外、悪くないかもしれんな」
「お前も、その、実家に、なんか、連絡しろよ。心配してるだろ」
「我の両親は、我が、爆裂魔法を、一日に一発しか撃てないことに、長年、頭を悩ませておる。そんな我が、日本の、どこぞの高校で、爆裂を撃ち、倒れていると知れたら、悲しむであろう。……今は、よい」
めぐみんの、深紅の瞳が、少しだけ、揺れた。
……この、十四歳。
大仰な口調の裏側に、ちゃんと、親を悲しませるまいとする、健気さが、ある。
この子も、一人で、抱えてきたんだろうな。
「……話は、もう、それで、終わりだ。今日から、めぐみんは、二階の、空いてる部屋に住む。荷物は、今度、まとめて、取りに行け。以上」
俺が、そう締めくくると、リビングには、しばらく、重苦しい沈黙が流れた。
……と思ったのも束の間。
「ねえ、カズマ、私、お腹が、すいた」
「もう、晩御飯の時間だな。我は、この世界の、カレーライスという食べ物を、一度、しっかり食してみたいのだが、お前の家で、食えるのか?」
「お前らは、さっきまで、何を、口論してたんだよ……」
こうして、俺の家に、新しい居候が、増えた。
翌日。
俺は、担任の宮原に、放課後、職員室に呼び出された。
「佐藤君。君に、聞きたいことがあるんだが……」
宮原の机の上には、一枚の写真が置かれていた。
校庭の、北東隅のクレーターの写真。
「……あー、これは、その」
「戸田さんが、朝、校庭の、見慣れない穴を見つけてね。報告が上がってきたんだ。昨日、紅さんが、君と、一緒に、校庭に向かうのを見た、という、生徒の証言があってね」
誰だ、チクったのは。
「いや、あの、これは、その、地盤沈下的な、あれでして」
「地盤沈下が、一晩で、直径三メートルの、きれいな円形の穴を開けるはず、ないだろう、佐藤君。はぁ。紅さんは、こういうことを、毎日、続けるつもり、なのかね?」
「……いや、まあ、本人は、明日も、やる、と。今日のより、美しいクレーターを、作ってみせる、と」
宮原は、額に手を当てて、うめいた。
「はぁ……。そうか。佐藤君、君を、紅さんの、保証人のような立場だと、見なしても、構わないかな」
「えっ、待ってください。なんで、俺が保証人扱いになるんですか」
「君の家に、紅さんが、下宿している、と。クラスで、紅さんが、自分から言いふらしていたよ。『カズマの家に住むことになった。爆裂道の同志として、だ』と」
あの、ったく、バカか!
俺の、胃が、ぎゅう、と、音を立てた。
「……先生、あの、あいつ、いろいろ、大変な、事情が、あって。できるだけ、俺のほうで、なんとか、させます。だから、その、今日のところは」
「うん。まあ、君が、そう言ってくれるなら、私も、頭ごなしに、叱るのは、やめておこう。ただし、用務員の戸田さんは、あの穴を、埋め戻すのに、かなり、ご立腹だ。あと、教育委員会から、苦情が来る前に、なんとか、しなさい」
「教育委員会……。あいつ、どんだけ、物騒な爆発を、毎日、起こす気なんだ」
職員室を出ると、俺は、壁に寄りかかって、深いため息をついた。
さっきまで、説教を聞いて、ぐったりしていたはずなのに、頭の中に浮かんでくるのは、あの、夕焼けの校庭の光景だった。
地面が吹き飛び、爆炎が上がって、その中心で、たった一人、誇らしげに微笑んだ、あの、紅い瞳。
……たまらなく、迷惑だ。
でも、なんというか、あんなに、自分の信じることに、一直線な奴を、俺は、初めて見た。
夜。
俺は、コンビニ・サンブライト陽凪店で、夜勤のシフトに入っていた。
カウンターに立ち、レジを打ちながら、頭の中は、今日のことで、いっぱいだった。
アクアの、泣きそうな顔。
めぐみんの、あの、寂しそうな顔。
中学の時の、告白に、失敗して、クラスメイトに笑われた、あの日。
誰かに、必要とされたいと、思ったことが、いつの間にか、現実になっていた。
「……ったく、どいつもこいつも、俺の人生を、なんだと思ってんだ」
そう、ぼやきながら、俺は、無造作に、陳列棚の、おにぎりを、補充していく。
深夜のコンビニは、静かだ。
店の外では、夜風が、ひゅう、と、通りを吹き抜けていく。
バイトが終わり、家に帰ると、リビングの明かりが、ぽつんと、ついていた。
ソファで、アクアが、うたた寝をしていた。
その隣には、おそらく、いつの間にか、居眠りを始めた、めぐみんの姿。
二人とも、薄い毛布を、互いに奪い合うようにして、眠っている。
「おかえり、カズマ……むにゃ……」
寝言だ。
けれど、その一言が、やけに、胸に、じん、と染みた。
あの、中学の、失恋の日以来、ずっと、感じたことのない、温かい、何か。
誰かが、俺の帰りを、待っている。
その、ただ、それだけのことが、こんなにも、心を、満たしていく。
「……ただいま」
俺は、小さく、そう呟いて、アクアの掛け布団を、直してやった。
二人が、起きたら、また、騒がしい朝が、始まるんだろう。
それは、すごく、面倒くさくて、それでいて、すこしだけ、悪くない。
そう、思える自分に、俺は、少し、驚いていた。Noveliaとは?
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