この素晴らしい学園に祝福を!
佐藤カズマ、高校二年生。転校初日、うっかり自分を異世界から来た勇者だと自己紹介してしまう。その夜、彼の天井を突き破って全裸の女神アクアが落ちてきた。彼女はカズマをファンタジー世界へ連れて行くはずだったが、書類手続きのミスで、二人とも現代日本の高校生として転生してしまっていた。翌日、中二病の少女めぐみんと、ドMなお嬢様ダクネスもまた、同じ世界から転生してきた者だと判明する。
四人は元の世界へ帰る方法を探しながら共同生活を強いられ、次から次へと騒動を引き起こす。アクアは借金を作り、めぐみんは校庭で爆裂魔法を叫んで気絶し、ダクネスは教師に叱られるたびに興奮する。それでも三人の少女は次第にカズマに惹かれていく。アクアは彼が自分にとって一番大切だと宣言し、めぐみんは彼と共に爆裂の道を歩みたいと願い、ダクネスは彼に自分を罰してほしいと懇願する。そんな中、学園一の美女である生徒会長エリスも彼に近づいてくる。ハーレムは四つ巴の戦場と化す。
文化祭前夜、三人の少女が同時にカズマへ告白し、エリスは彼を屋上に呼び出して、四人が密かに「それぞれが彼に『自分を選ばないで』と伝えて彼を試す」という約束をしてい
この素晴らしい学園に祝福を! - 後夜祭、五人でいたいと誓う夜
文化祭の熱が、静かに冷めていく。
陽凪第一高校の正門をくぐると、風が少し冷たくなっていた。十月の夕方。空は茜色を通り越して、東の端から薄い藍色に変わっていく。
佐藤カズマは、重い足取りで校舎を出た。両手には、二年三組の教室に残っていた段ボール箱。中身は、売れ残った紙コップと、使いかけの折り紙。それと、めぐみんがどうしても持って帰ると言って聞かなかった、手描きの看板の切れ端。
「……重い」
ため息が、白くはないけれど、秋の空気に溶けた。
文化祭は、奇跡みたいな一日だった。中止を言い渡されて、土下座して、エリスの権限で再開して。最優秀賞まで取った。夢みたいな一日だった。なのに。
(今、こうして、片付けが終わった瞬間の、この疲れ)
カズマは、左手で、曲がった校章を直す。直らない。制服の胸元で、校章は、いつも通り、微妙に傾いたままだ。
「……帰るか」
誰に言うでもなく呟いて、カズマは、自転車置き場へ向かった。
歩き出すと、視界の端で、校庭の北東隅が見えた。あそこには、毎朝、用務員の戸田さんが埋め戻す、直径三メートルの窪みがある。今日は、さすがに爆裂は無しか。めぐみんも、今日ばかりは、打ち上げの準備に忙しいらしい。
打ち上げ。
そう。今日は、これから、打ち上げだ。カズマの家で。あの四人が、待っている。
そのことを思うと、足が、ほんの少しだけ、軽くなった。
(疲れてるのに、帰りたいとか、思ってる自分がいる)
カズマは、小さく、笑った。
自転車を漕いで、カズマの自宅へ向かう。陽凪市桜台二丁目。築二十年の、古い一戸建て。二階の天井には、いまだに雨漏りしそうな、直径一メートルの穴が開いている。
その途中。
ひなぎ通り商店街の角、見慣れた青い看板が見えた。コンビニ・サンブライト陽凪店。二十四時間営業。カズマが、週三回、夜勤でお世話になっている、借金返済の戦場。
「……ちょっと、寄ってくか」
自転車を止めた。
自動ドアが開く。聞き慣れた電子音。店内には、夕方のニュース番組が、小さく流れている。
カズマは、まっすぐ、飲み物の棚へ向かった。打ち上げ用の紙コップは、もう箱で買ってある。アクアが、お菓子を持ってきているはずだから、ジュースくらい、俺も買っておこう。そんな、軽い気持ちだった。
レジへ向かう途中。
ふと、ポケットのスマホが震えた。
取り出す。
画面に表示されたのは、メモアプリの通知。毎月一日、自動で開くように設定している、あの、メモ。
『借金残高:396,800円』
「……うわ」
声が、漏れた。
さっきまで、文化祭の成功で、浮かれていた気持ちが、一気に、地面に落ちた。
三十九万六千八百円。四十五万円の借金が、少しだけ減っていた。それは、つまり、俺が、この数ヶ月、ずっと働いてきた結果だ。週三回の夜勤。眠い目をこすりながら、レジを打って、品出しして。それで、ようやく、五万円ちょっと。
カズマは指で画面をなぞる。数字が、液晶の上で、じっとこちらを見ている。スマホの重さが、急に、手首に食い込むようだった。首の後ろで、心臓が、一度だけ、大きく鳴った。
(先は、長い)
カズマは、スマホを、そっとしまった。指先が、ほんの少しだけ、冷たくなっていた。
「……まあ、いい。今日くらい、忘れよう」
自分に言い聞かせる。今日は、文化祭の打ち上げだ。借金のことは、明日、また、考えればいい。
そう思って、レジにジュースのペットボトルを置いた。
「あら、佐藤君。今日は、夜勤じゃないの?」
レジには、店長の福田美紀が立っていた。三十五歳。いつも、きびきびと動く、頼りになる女性だ。
「いや、今日は、学校の文化祭で。これから、打ち上げなんです」
「あら、文化祭だったの。お疲れ様。……佐藤君、最近、ちょっと、痩せたんじゃない? ちゃんと、食べてる?」
「え? まあ、それなりに」
「無理しちゃダメよ。……あ、これ、良かったら。今日の廃棄の、おにぎり。捨てるだけだから」
福田店長は、レジ横から、見切り品のシールが貼られたおにぎりを、二つ、カズマに差し出した。
「え、いいんですか」
「いいの、いいの。あんた、いつも、真面目に働いてくれてるから。店長の権限よ」
そう言って、福田店長は、イタズラっぽく笑った。
「……ありがとうございます」
おにぎりを受け取る。温かい。廃棄だけど、温かい。
包みの外側から、手のひらに、ゆっくりと熱が広がる。無意識に、指先でフィルムの端を、ぎゅっと握っていた。
それが、やけに、嬉しかった。
コンビニを出た。空は、もう、だいぶ暗い。夕陽の名残が、西の空に、細い線のように残っている。
自転車にまたがる。前かごには、ジュースと、おにぎり。
ペダルを漕ぎ出す。
風が、耳の横を通り過ぎる。昼間の熱気が嘘みたいに、空気が冷たい。
佐藤家に着くまで、あと五分。
(今日は、あいつら、何をやらかすんだろうな)
その予想は、悲しいことに、当たっていた。
玄関のドアを開けた瞬間。
「カズマー!! 遅いわよ! 私、もう、お腹ペコペコなんだからね!」
リビングから、飛び出してきたのは、腰まである水色のロングヘアを振り乱した、元水の女神。天野アクア。十六歳。今日も、髪の先が、わずかに濡れて、蛍光灯の光を反射している。胸元の水雫型ペンダントが、揺れた。
「……ただいま」
「おかえり! カズマ! 見て見て! 私、すっごい準備したんだから!」
アクアは、カズマの腕を引っ張って、リビングへ連れて行く。
リビングのテーブルの上には。
「……なんだ、これ」
ポテトチップスの袋が、三つ。チョコレート菓子が、五箱。クッキーに、グミに、せんべい。そして、二リットルの炭酸飲料が、三本。さらに、紙コップが、山のように積まれている。テーブルの上は、お菓子の城だった。
「すごいでしょ! 打ち上げに、お菓子は、いっぱいあったほうが、絶対、楽しいんだからね!」
アクアは、胸を張って、ふんぞり返った。自信満々。青い瞳が、キラキラしている。
「……お前、これ、いくらしたんだよ」
カズマの声が、低くなった。
「え? えっとね、全部で、四千、……いや、五千円くらい? あ、でも、大丈夫! 今日は、私が、ちゃんと、自分で払ったんだからね!」
「……はい?」
カズマは、目を、まじまじと、アクアに向けた。
「私が、この、お菓子たちを、全部、買ったの。私の、お小遣いで」
アクアは、両手を腰に当てて、胸を張る。
「……お前、お小遣いなんて、あったのかよ」
「あるわよ! 私だって、女神なんだから! ……えっと、お小遣いというか、カズマが、たまに、くれたお金を、貯めてたの」
「……それ、俺の金じゃねーか」
「ち、違うわよ! カズマから、もらった時点で、それは、もう、私のお金なの! 経済の基本よ!」
「女神が、経済を語るな。……てか、貯金できたのか。お前が」
カズマは、驚いた。
あの、浪費癖の塊みたいなアクアが。高級酒の匂いを嗅いでは、恍惚としていた、あのアクアが。お金を、貯めて、しかも、俺のために、使った。
「……たまには、私だって、やるんだからね。……カズマが、いつも、夜遅くまで、働いてるの、知ってるんだから」
アクアの声が、急に、小さくなった。
彼女は、顔を、少しだけ、恥ずかしそうに、うつむかせた。右手の人差し指で、自分のペンダントを、小さく、なぞっている。
「……へえ」
カズマは、それ以上、何も言えなかった。
(こいつ、成長したな)
胸の奥が、じわりと、温かくなる。
「……別に、感謝とか、してないんだからね。これは、私が、打ち上げを、楽しみたかっただけなんだから」
アクアが、早口で、付け加えた。耳の先が、赤い。
「……そっか。ありがとな、アクア」
カズマが、素直に言うと、アクアは、ぱっと顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。
「ふふん! さすが私! カズマのくせに、感謝の言葉が、似合ってるじゃない? 褒めて、褒めて!」
「……調子に乗るな」
でも、悪い気は、しなかった。
「カズマ。おかえりなさいませ」
台所から、エプロン姿のダクネスが現れた。ウェーブのかかった金髪を、一つにまとめている。通称ダクネス。本名、霧島ララティーナ。十八歳。元ヴェルディナの女騎士。
「先輩、何してるんですか」
「打ち上げの準備ですわ。今、皆さんの分の、お茶を、用意しているところですの。……ああ、それと、先ほど、お庭の、草むしりも、済ませておきましたわ。ちょっとした、運動ですの」
「……あ、どうも」
このお嬢様は、暇さえあれば、カズマの家の、雑用を、勝手にこなす。ありがたいような、申し訳ないような。
「ところで、カズマ。今日の、文化祭の、余韻が、まだ、体に残っておりますわ。……私、あの、最優秀賞の、壇上の、あの、輝かしい、あの、……あの、皆さんの、拍手を、思い出すだけで、……はあ」
ダクネスの頬が、ほんのりと、染まった。
「……先輩、なんで、そこで、うっとりしてるんですか」
「いえ、だって、あの、大勢の、観客の、視線。……失敗したら、どうしようという、あの、緊張。……すべて、素晴らしかったですわ。……はあ」
「変な回想しないでください。打ち上げ、始めますよ」
「あら、そうですわね。めぐみんさん! カズマが、お帰りになりましたわよ!」
ダクネスが、二階に向かって、声をかけた。
「……めぐみんは?」
「お部屋で、何やら、詩を、書き写して、いるようですの。『我が爆裂道の、集大成を、見せる』と、申しておりましたわ」
「……めんどくさいの、始まったな」
カズマが、ため息をついた、その時。
二階から、階段を、下りてくる、足音がした。
「……カズマよ。ご苦労であった。疲れたであろう? 我が、直々に、迎えてやろうと、思ってな」
現れたのは、肩までの黒髪に、赤いインナーメッシュ。深紅の瞳。常に装着している、黒い眼帯。歩くたびに、黒いマントが、翻る。紅めぐみん。十四歳。自称、紅魔族の天才爆裂魔法使い。
「……ただいま。あと、それ、家の中では、マント、いらねーだろ」
「何を言う。我の、日常着であるぞ。……それより、カズマよ、早く、打ち上げを、始めようではないか。我は、今日という、特別な日のために、とっておきの、『爆裂詩』を、用意してきたのだ」
「……爆裂詩?」
「そうだ。我が、文化祭の、興奮冷めやらぬ、今宵、すべての、爆裂への、想いを、詩に、認めたためてきた」
めぐみんは、右手に、一枚の、折りたたんだ紙を、掲げてみせた。
「……あー、えっと、それは、後で、ゆっくり、聞いてやるから」
「本当か! 約束だぞ、カズマよ! 我は、お主に、これほど、爆裂道の、同志として、信頼を、置いていることは、ないのだからな!」
めぐみんの深紅の瞳が、期待に、輝いた。
カズマが、買ってきたジュースを、テーブルに置く。ダクネスが、お茶を、運んでくる。アクアが、お菓子の袋を、次々と、開けていく。めぐみんが、自分の詩の紙を、胸の前で、そわそわと、持ち直している。
「……あれ、エリスは?」
カズマが、尋ねる。
「エリスさんなら、先ほど、『少し、買い出しに』と、おっしゃって、出て行かれましたわ。すぐに、お戻りになると、思いますけれど」
「そうか」
「……カズマ。私の、ことも、少しは、見て。今日、私、すっごく、頑張ったんだから。……ほら、この、紙コップの、数! 芸術的でしょ?」
アクアが、テーブルの上の、紙コップの山を、指さした。
「……ああ、すごい、すごい。……てか、紙コップ、箱で買ったって、あんだけあったのに、もう、こんなに、使ってるのかよ。どんだけ、用意してんだ」
「全部使うの! 今日は、パーティーなんだから! 女神アクア、十八番の、宴会芸も、披露してあげるわ!」
「あ、それは、別に、いいから」
「なんでよ! 今、私の、宴会芸を、見られるのは、世界で、カズマたちだけなのよ!? もっと、ありがたがりなさい!」
「……見てほしいのは、分かったけど、宴会芸って、なにやるつもりだよ」
「決まってるでしょ! これよ!」
アクアは、そう言うと、テーブルの上に、未開封の、炭酸ジュースのペットボトルを、一本、置いた。
「……ジュースが、どうした」
それを、アクアは、両手で、包むように、かざす。
「……『アクア・イルミネーション』」
彼女の手のひらから、淡い、水色の光が、溢れた。
浄化魔法。異世界ヴェルディナの、水の女神の力。現代日本では、風呂の水を、綺麗にしたり、食中毒を、治したりする程度の、威力しかない。けれど。
光が、ペットボトルの中の、液体を、染めていく。
透明だった炭酸水が、みるみる、七色に、輝き始めた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。虹色の光が、ペットボトルの中で、ゆっくりと、渦を巻く。
「すごい」
ダクネスが、感嘆の声を、漏らした。
「きれい……」
めぐみんも、深紅の瞳を、大きく、見開いた。
「ふふん! どう!? これが、水の女神の、本気の、宴会芸よ! 世界で一番、美しい、虹色サイダー! ……飲めるかは、知らないけど」
「……飲めるかは、知らないって、お前」
カズマは、つっこんだ。つっこんだけど、正直、ちょっと、綺麗だった。
「さすが、アクアさんですわ。……でも、その、光は、科学的に、飲み物として、安全なのでしょうか」
「大丈夫よ! 浄化魔法だから! カロリーゼロの、ダイエット効果も、付けておいたわ! 女神の、優しさよ!」
「……浄化魔法の、用途が、雑すぎる」
だが、まあ、これが、我が家の、宴会の、いつもの光景だ。
その時。
「……では、次は、我の番だな」
めぐみんが、すっくと、立ち上がった。
「カズマよ。アクアの、あのように、甘ったるい、光の、演出など、爆裂の、偉大さの、前では、霞む。……ここに、我が、今宵、この日のために、書き上げた、超大作、『紅魔の爆裂詩』を、披露する」
「……あー、はいはい。聞いてやるから、早くしてくれ」
カズマは、諦めて、床に、あぐらをかいた。
めぐみんは、深く、息を吸い込む。それから、折りたたんだ紙を、大きく、広げた。
「『爆ぜよ、爆裂!』」
「……もう爆ぜた」
「『天地を揺るがす、深紅の、波動! 我が、詠唱とともに、すべては、無へと、帰する!』」
「……文化祭、終わったのに、その、ノリ」
「『我は、求めている。彼方に、響く、爆裂の、残響を。それは、破壊。それは、再生。それは、我が、唯一の、喜び……』」
めぐみんの声が、だんだん、感情を、帯びていく。
(……あー、これ、長いやつだ)
カズマは、こっそり、スマホを、取り出した。
「……カズマ、聞いているのか」
「聞いてる、聞いてる。……爆裂、すごい、すごい」
「適当に、聞くな! 我は、今、魂の、すべてを、込めて、朗読を、しておるのだぞ! ……ほら、ここからが、特に、圧巻なのだ! 『汝、紅の、花。我、爆裂の、徒花。ともに、散らん……』」
「……あー、ラスト、爆発する、ってことだな」
「そうだ! よく、わかったな、カズマよ! やはり、お主こそ、我が、運命の、同志!」
めぐみんが、嬉しそうに、にぱーっと、笑った。
その、無邪気な笑顔に、カズマは、少しだけ、毒気を、抜かれた。
「……ところで、カズマ」
爆裂詩の朗読が、ひとしきり、終わったところで。今度は、ダクネスが、もじもじと、カズマの、隣に、にじり寄ってきた。膝を折り、背筋を伸ばしたまま、わずかに、体重を、カズマの肩に、寄せる。
「な、なんでしょう」
「……わたくし、今日、一つ、カズマに、お願いが、あるのです」
ダクネスの、碧い瞳が、期待と、陶酔で、潤んでいる。
「……その、顔は、だいたい、ロクでもない、お願いの、前触れだ」
「ロクでもない、ですって? ……ああ、なんと、素晴らしい、お言葉。ロクでもない。そう、わたくしは、ロクでもない、女騎士で、ございます。……はあ」
「……自分で、言い出して、自分で、うっとりしてるの、やめてください」
「……失礼。……それで、ですわ。……カズマ、今日は、文化祭で、わたくし、皆さんの、前で、完璧な、接客を、してみせたでは、ありませんか」
「……まあ、してましたね。意外と」
「で、ですから。……その、労いとして、もう一度、わたくしの、あの、接客の、極意を、カズマに、聞いていただこうと……。……ああ、それとも、今日の、わたくしの、素晴らしい、働きを、一度くらい、……『よくやった』と、無理やりに、ねぎらっては、いただけないでしょうか。……強く、激しく、わたくしを、……認めては、いただけないでしょうか」
ダクネスの、言い方が、だんだん、おかしな、方向に、滑り出していく。
「……つまり、『よくやった』って、褒めろって、ことか。……素直に、言え」
「は、はい! わたくしを、もっと、認めてください! わたくしの、今日の、完璧な、給仕を、『よくやった』と、……いえ、むしろ、『何を、当たり前のことを、やっているんだ』と、叱ってください! わたくしは、まだ、わたくしに、満足など、していません! どうか、未熟な、わたくしを、……叱ってくださいませ!」
「……なんで、褒める話から、叱られる話に、変わるんだよ。……もう、いい。……『よくやった』。……それで、満足か」
カズマが、仕方なく、言う。
すると、ダクネスは、身体を、びくん、と、震わせた。両手を、自分の、二の腕に、巻き付けるようにして、ぎゅっと、縮こまる。
「……ありがとうございます……。……『よくやった』……。……一生の、宝物に、しますわ……」
ダクネスが、うっとりと、崩れ落ちる。
「……気色悪いな」
「ああん、その、冷たい、言葉も、素敵!」
「……もう、好きに、しててください」
ガチャリ。
玄関のドアが、開く、音がした。
「ただいま戻りましたわ。……あら、もう、始まってしまったのね」
エリスが、リビングへ、入ってきた。銀色がかった白い髪を、後ろで、一つに、束ねている。深い紫がかった銀色の瞳。耳元の星型ピアスが、揺れる。
彼女の手には、白い、ビニール袋。
「……おかえり。何、買ってきたの?」
「内緒。……あとで、皆さんに、渡しますわ。……それより、どうやら、随分と、盛り上がっている、ようですわね。私も、混ぜてくださいな」
エリスは、微笑んで、カズマの、隣に、ちょこんと、座った。スカートの裾を、両手で、丁寧に、折りたたみながら。
「エリス、エリス! 見て! 私の、虹色サイダー! 世界で、一番、美しいわよ!」
「まあ、本当に、綺麗ですわね。……でも、これは、飲み物として、正しいのでしょうか」
「だから、飲めるかは、私も、知らないって、言ってるじゃない!」
「……飲めるか、分からないものを、パーティーの、主役に、するのは、いかがなものでしょう。……佐藤君、あなたは、どう思います?」
エリスが、カズマに、水を向ける。
「……俺は、飲みません。……飲めるか、分からないものは」
「賢明ですわ」
「ちょっと、二人して、ひどいわよ! これは、世界で、一番、綺麗で、おいしい、はずの、ジュースなんだからね! ……おいしい、はず、なんだから」
アクアの声が、尻すぼみに、なっていく。
「……はず、って、自分で、言ってるし」
「だって、飲んだこと、ないんだもん! でも、浄化魔法は、すごいもの! ……きっと、おいしい、に、決まってるもん!」
アクアが、反論する。その目は、ちょっと、潤んでいた。紙コップを、両手で、胸の高さに、持ち上げたまま、唇を、少しだけ、突き出している。
「……あー、もう、分かった。……じゃあ、一口だけ、試してやるから」
カズマは、虹色に光る、紙コップを、手に取った。
「え、カズマ、飲むの? ……勇気あるわね」
「……お前が、勧めたんだろ」
カズマは、恐る恐る、口を、付けた。
……。
「……普通に、うまい」
「え?」
「普通に、炭酸の、サイダーだ。……なんか、後味、すっきりしてる。……なんだ、これ」
「で、でしょ! さすが私! カズマのくせに、分かってるじゃない!」
アクアが、ぱあっと、歓声を上げた。
「……じゃあ、私も、いただこうかしら」
「私も、一口」
「我も、もらおう」
四人が、次々と、虹色サイダーの、入った、紙コップを、手に取る。
「「「「……おいしい」」」」
「でしょ! みんな、もっと、褒めて! 女神アクアを、もっと、崇めていいのよ!」
アクアが、得意げに、笑う。
……このバカも、たまには、役に立つ。
カズマは、心の中で、そう思った。
しばらくして。
「……なあ、みんな。ちょっと、真面目な話、してもいいか」
カズマが、静かに、切り出した。
リビングの、空気が、少しだけ、変わる。
「……なに、カズマ。改まって」
「……借金の話。……俺の、借金の話だ」
四人が、静かになった。めぐみんが、紙の端を折る手を止める。ダクネスが、背筋を、すっと、伸ばす。エリスが、カズマのほうへ、体ごと、向き直る。
「……今日、コンビニで、確認したんだ。……まだ、三十九万、六千八百円、ある。……もう、だいぶ、減ったけど、でも、まだ、結構、残ってる。……正直、先は、長い」
カズマは、なるべく、明るく、言った。
「……でも、これは、俺の、問題だから。……お前らが、気にすることは、ないんだ。……ただ、もしかしたら、当分、豪華な、食事とか、旅行とか、そういうのは、できない。……それだけ、伝えておこうと、思って」
そう。文化祭が終わって、夢みたいな時間が、終わって。現実に、戻る。
それが、この、三十九万六千八百円だ。
「……カズマ」
アクアが、口を開いた。
「私、明日から、アルバイト、する」
「……はい?」
カズマは、耳を、疑った。
「私、ちゃんと、考えたの。……カズマの、借金、半分は、確実に、私の、せいだし。……それに、私だって、女神なんだから、働いたって、平気に、決まってるんだから。……コンビニで、私も、働くわ。……カズマが、働いてる、あの、コンビニで」
アクアの、青い瞳が、真剣に、カズマを、見つめている。握った両手を、膝の上に、置いたまま、指を、白くなるまで、組み合わせて。
「……お前、本気か。……コンビニの、バイト、結構、大変だぞ。……掃除も、品出しも、あるし、言葉遣いも、気をつけないと、いけないし」
「わかってるわよ! 私を、誰だと思ってるの? この、天野アクアよ! 水の女神にして、宴会芸の、天才! コンビニで、一番、輝く、アルバイトに、なってみせるんだから!」
「……いや、輝かなくていいから。……普通に、真面目に、働いてください」
「……うん。……私、頑張るから。……カズマの、ためだから」
アクアが、はにかんだ。組み合わせた指を、そっと、ほどく。右手で、前髪を、耳に、かけた。
その顔が、あまりに、真っ直ぐで。カズマは、何も、言い返せなかった。
「……カズマ。我も、働くぞ」
次に、口を開いたのは、めぐみんだった。
「……めぐみんまで?」
「当然であろう。……我は、爆裂魔法の、研究費を、稼がねばならん。……それに、カズマの、借金とやら。……我も、一緒に、背負う。……お主と、我は、爆裂道の、同志。……苦難も、喜びも、共にするのが、同志というものだ」
「……お前、家事は、けっこう、できるよな。……でも、外で、働くのは、勝手だけど、本当に、無理は、するなよ」
「任せろ。我は、コンビニという、現代社会の、戦場においても、爆裂の如く、輝いてみせる! ……たぶん」
「……『たぶん』って、言うな」
「……わたくしも、今度こそ、再び、就職活動を、始めますわ。……今度は、面接で、『御社を地獄に変えてみせます』とは、言いません。……努力します」
ダクネスが、くすっ、と、微笑んだ。
「……いや、それ、以前、言って、落ちたんですか。……まあ、ほどほどに、頑張ってください」
「佐藤君。……私も、何か、協力できることが、あれば、遠慮なく、言ってくださいな。……生徒会の、コネで、アルバイトを、紹介するくらい、できますわ」
エリスが、柔らかく、言った。
「……エリスまで。……お前ら、いつの間に、そんな、話を」
「ふふ。……文化祭の、片付けの、時に、皆で、少し、話したんですの。……佐藤君に、借金を、一人で、背負わせるのは、もう、やめよう、って」
「……そう、だったのか」
カズマは、四人の顔を、順番に、見た。
アクアも、めぐみんも、ダクネスも、エリスも。全員が、当たり前のような、顔をしている。
(なんで、こいつらは)
(なんで、こんなに、俺のことを)
胸の奥が、ぎゅっと、痛んだ。呼吸が、一瞬、浅くなる。目の奥が、かっと、熱くなって、カズマは、あごを、引いた。
「……お前ら。……勝手に、働くのは、自由だけどな。……絶対、無理は、するなよ。……借金は、俺の、問題なんだから。……お前らが、体を、壊してまで、払う、必要は、ないんだからな」
カズマは、声を、震わせながら、言った。
「……うん。わかってる」
「ああ、承知した」
「ええ、善処しますわ」
「もちろんですわ」
四人が、それぞれ、笑った。
「……ところで、カズマ」
しばらくして。今度は、めぐみんが、神妙な、顔で、口を開いた。
「なんだよ」
「……我は、お主と、出会って、本当に、良かったと、思っている。……我の、爆裂道に、初めて、真剣に、付き合ってくれたのは、お主だけだ。……だから、これは、我からの、誓いだ」
めぐみんが、立ち上がった。
「……カズマ。我は、これからも、お主と、共に、爆裂道を、歩み続ける。……絶対に、離れは、しない。……この命が、尽きるまで、お主の、隣で、爆裂を、唱え続ける」
深紅の瞳が、まっすぐに、カズマを、見つめている。紙を握った手に、小さく、力がこもる。
「……めぐみん」
「……いいぞ。……カズマが、我の、たった一人の、同志で、いてくれたら、我は、それでいい。……だから、お主も、我を、一人には、しないと、誓え」
「……ああ。誓うよ。……お前を、一人に、しない」
カズマは、めぐみんの、深紅の瞳を、見据えて、そう、答えた。
めぐみんが、照れたように、えへへ、と、笑った。
「……では、わたくしも」
次に、ダクネスが、居住まいを、正した。
「……佐藤カズマ。……わたくし、霧島ララティーナは、ここに、改めて、誓約しますわ。……わたくしは、あなたの、騎士です。……あなたが、どんなに、無茶をしても、どんなに、誰かに、頼らなくても。……わたくしは、必ず、あなたの、お傍で、あなたを、お守りします。……あなたが、望むなら、わたくしの、命を、差し出しても、構いませんわ」
「……重い、重いから。……てか、命、差し出されても、困るから、やめて」
「……ですが、わたくしの、全身全霊は、すでに、あなたに、捧げられておりますの。……さあ、どうか、わたくしを、お使いくださいませ。……使えない、騎士は、騎士では、ありませんわ。……どうぞ、あなたの、思うままに……」
ダクネスが、うっとりと、身を、くねらせる。
「……やっぱ、重い。……つーか、先輩、話の流れ、すぐ、変にするの、やめてください」
「……ふふ。……ですが、わたくしの、この、忠誠だけは、本物ですわ。……佐藤カズマ様。……わたくしを、どうか、お傍に、置いてくださいませ」
ダクネスが、ふわりと、微笑む。その、澄んだ笑顔に、カズマは、思わず、頷いた。
「……仕方ねーな。……もう、とっくに、居候してんだろ」
「ええ! これからも、よろしくお願いいたしますわ!」
「……カズマ」
「ん?」
「私、思ったんだけど」
アクアが、くすっ、と、笑った。
「私が、アルバイト、始めたら、私、結構、有能だと思うの。……そうしたら、カズマ、私の、株、上がるでしょ? ……それで、その、……ずっと、……みんなで、一緒に、いられるなら、それが、一番、いいなって。……そう、思ったの」
アクアが、カズマの、目を、見上げる。
青い瞳が、揺れている。
「……ああ。……俺も、そう思うよ」
カズマは、そう、答えた。
「……佐藤君」
最後に、エリスが、立ち上がった。
「……皆さんが、お話、してくれたので、私も。……佐藤君。……私は、あなたたちを、一度、試しました。……あの、告白の、夜。……私は、皆に、『自分を、選ばないで』と、手紙を、書かせた。……あなたへの、想いを、隠すように、仕向けた。……本当に、ごめんNoveliaとは?
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