この素晴らしい学園に祝福を!
佐藤カズマ、高校二年生。転校初日、うっかり自分を異世界から来た勇者だと自己紹介してしまう。その夜、彼の天井を突き破って全裸の女神アクアが落ちてきた。彼女はカズマをファンタジー世界へ連れて行くはずだったが、書類手続きのミスで、二人とも現代日本の高校生として転生してしまっていた。翌日、中二病の少女めぐみんと、ドMなお嬢様ダクネスもまた、同じ世界から転生してきた者だと判明する。
四人は元の世界へ帰る方法を探しながら共同生活を強いられ、次から次へと騒動を引き起こす。アクアは借金を作り、めぐみんは校庭で爆裂魔法を叫んで気絶し、ダクネスは教師に叱られるたびに興奮する。それでも三人の少女は次第にカズマに惹かれていく。アクアは彼が自分にとって一番大切だと宣言し、めぐみんは彼と共に爆裂の道を歩みたいと願い、ダクネスは彼に自分を罰してほしいと懇願する。そんな中、学園一の美女である生徒会長エリスも彼に近づいてくる。ハーレムは四つ巴の戦場と化す。
文化祭前夜、三人の少女が同時にカズマへ告白し、エリスは彼を屋上に呼び出して、四人が密かに「それぞれが彼に『自分を選ばないで』と伝えて彼を試す」という約束をしてい
この素晴らしい学園に祝福を! - 文化祭当日、異世界カフェ大逆転!五人で作る奇跡の一日
十月の空は、祭りにふさわしい抜けるような青だった。
けれど、佐藤カズマの足取りは重い。陽凪第一高校の正門をくぐる足音まで、どことなく沈んでいた。
昨日の電話が、まだ耳にこびりついている。
『学校側の決定だ』
宮原忠彦の、あの申し訳なさそうな声。温厚な国語教師が、これ以上ないほど言葉を濁していた。文化祭当日を目前に、二年三組の「異世界カフェ」は中止を言い渡されたのだ。
理由は、めぐみんの爆裂魔法と、ダクネスの接客態度。学校に苦情が来ている、と。
「はあ……」
カズマは校門の前で一度立ち止まり、空を見上げた。
(文化祭は、今日だぞ)
教室に行けば、準備に追われるクラスメイトたちがいる。張り切って、バカみたいに飾り付けをしている連中がいる。その輪の中に、自分は、何と声をかけて入っていけばいいのか。
いや。
(まだ、だ)
カズマは、唇を結んだ。
五人の絆は、昨日、確かになった。四人の女神たちが、それぞれの想いを胸に、俺を信じて、俺のことを想って、あの告白を乗り越えた。そして、絶望の電話を受けてなお、全員が立ち上がったのだ。
ならば、俺が最初に折れるわけにはいかない。
カズマは、まっすぐ職員室へ向かった。
朝の職員室は、コーヒーの匂いと、書類のインクの匂いが混ざっていた。
カズマは、入り口で深呼吸を一つ。
そして、目的の人物を見つけると、足早に近づいていった。
「宮原先生」
教卓の前で、宮原忠彦が振り返った。四十二歳の国語教師は、眼鏡の奥の目を、少しだけ悲しそうに細めた。
「佐藤君……。今日は、本当にすまないと思っている」
「先生」
カズマは、背筋を伸ばした。
そして、その場に、両膝をついた。両手を床につく。額が、冷たいリノリウムの床に触れた。
土下座だった。
「お願いします」
職員室が、一瞬、静まり返る。
「二年三組の、異世界カフェを、再開させてください。俺たちが、どうにかします。めぐみんの爆裂魔法も、ダクネスの接客も、俺が責任を持って、なんとかします。だから、お願いします」
声が、震えた。
昨日の夜、四人で誓ったのだ。カズマが真ん中で、みんなを結ぶ。今度は、俺が、動く番だ。
宮原は、深くため息をついた。
「……佐藤君、頭を上げなさい」
「先生」
「君の気持ちは、よく分かっている。君がどれだけ、あの三人の面倒を見てきたかも、私が一番よく知っている。……だがね、佐藤君」
宮原の声は、苦い。
「紅さんが、校庭に直径三メートルのクレーターを掘った。これは、もう、日常茶飯事になっている。けれど、今回は、文化祭の準備中に、調理器具を改造しようとした。危険すぎる」
「それは、俺が止めます」
「霧島さんは、面接で『あなたの会社を地獄に変えてみせます』と言って落ちた。……接客の本番で、客に何を言うか、私には想像もつかない」
「それも、俺が隣で、全部、フォローします」
「天野さんは、看板の注文を間違えた。金額も、勝手に上乗せして……。文化祭の予算は、すでに限界なんだ」
「アクアは、今日、本気を出します。あいつ、やればできるやつです」
自分でも、笑えてくるほどの押し問答だった。
けれど、カズマは、引くわけにはいかなかった。
「……先生。俺は、あいつらと、文化祭をやりたいんです。昨日、約束したんです。五人で、最高の一日にするって。……あいつら、初めて、俺のために、って動いてくれてるんです。その気持ちを、無駄にしたくない」
床にこすりつけた額が、じんじんする。
宮原は、黙った。
静寂が、重い。
その時だった。
「宮原先生」
凛とした声が、職員室に響いた。
カズマは、はっと顔を上げた。
入り口に、銀色がかった白いロングストレートを後ろで一つにまとめた少女が立っていた。深い紫がかった銀色の瞳。耳元の星型ピアスが、朝の光を弾く。
白咲エリス。
この学園の、頂点に立つ生徒会長。
「佐藤君……、頭を上げてください。宮原先生、そして佐藤君。少しだけ、お時間をいただけませんか」
彼女は、静かに、しかし有無を言わせない気品で、二人の前に歩み出た。
「二年三組の文化祭出し物について、生徒会として、一つの提案があります」
宮原が、眼鏡の位置を直した。
「生徒会長が、直々に?」
「はい。本件は、生徒会も重く見ています。なぜなら、今回の中止判断は、事前の生徒会の審査を経ていません。本来、出し物の可否は、生徒会が安全面を確認した上で判断すべきものです。それを、教員側で一方的に決めてしまっては、前例として問題が残ります」
エリスの声は、淀みない。
カズマは、床に正座したまま、彼女の横顔を見上げた。
(すげえ……)
これが、生徒会長の権力。
「もちろん、安全は最優先です。ですから、こうしてはいかがでしょう。二年三組の異世界カフェは、生徒会管理の下で、条件付きで再開を許可します。条件は三つ。一つ、爆裂魔法を含む、すべての危険行為を、カフェの運営中は禁止する。二つ、接客マナーを守り、来場者に迷惑をかけた場合、即時中止。三つ、万が一、問題が起きた場合の責任は、生徒会と二年三組が共同で負う。この条件を飲んでいただけるのであれば、生徒会長権限で、再開を認めます」
職員室の空気が、張り詰めた。
他クラスの担任たちも、書類を持つ手を止めて、こちらを見ている。
宮原は、深いため息をついた。
「……生徒会長が、そこまで言うなら。学校側としては、承認せざるを得ないな」
「ありがとうございます」
エリスは、深々と礼をした。
そして、チラリ、とカズマを見る。
その紫銀の瞳が、ほんの一瞬、いたずらっぽく光った。
「佐藤君。約束ですよ」
「おう」
カズマは、ようやく床から立ち上がった。
膝が、笑っていた。
心臓が、バクバクと脈打っていた。
やった。まだ、戦える。
「さあ、教室に戻りましょう。皆さん、待っていますよ」
エリスは、そう言って、廊下へ続くドアを開けた。
二年三組の教室に戻ると、カズマは、すぐに異変に気づいた。
教室の一角に、異様なテンションの塊が、四つ。
「カズマ! 見て見て! わたくし、看板を直したのよ! 『異世界カフェ』って書いてあったのが、『偉世界カフェ』になってたから、ちゃんと修正しておいたわ! どう? 世界で一番、字が綺麗な女神でしょう!」
水色のロングヘアを揺らしながら、アクアが、ぐちゃぐちゃの段ボール看板を誇らしげに掲げていた。修正液で、文字の上から無理やり書き直したらしく、もはや何が書いてあるのか分からない。
「違う、そうじゃない」
胃が、キリリと痛んだ。
「カズマよ、こっちを見ろ! 我は、この文化祭の目玉として、厨房用小型爆裂装置を開発したのだ!」
黒いマントを翻し、深紅の瞳をぎらぎらさせながら、めぐみんが、家庭科室から持ち出した調理器具で何かを作っている。ボウルに、なぜか保険のパンフレットが巻き付けられていた。
「いや、それただの時限爆弾の作りかけみたいに見えるんだが」
「失礼な! これは、調理の火加減を、爆裂的に解決する魔法器具だ! 名付けて『ブレイズ・オブ・キッチン』! ……まだ、調整が終わってないのだがな」
めぐみんは、自信満々に胸を張った。
「カズマさん、私の、この接客台本をご覧ください」
金髪のウェーブを揺らしながら、ダクネスが、分厚いノートを差し出してくる。
「『お客様、ご注文は?』『は? カレー? このクソ忙しい時に、よくそんな図々しいことが言えますわね? 火に炙られて、焼け死にたいのですか?』……どうかしら、カズマさん。この、客を苛立たせる完璧な一言」
ダクネスは、うっとりとした目で、自分の台本を読み上げた。
「お前、それ、再開しても即中止になるやつだろ」
「なんですって!? ……ああ、『即中止』……その言葉、なんて甘美な響きなのかしら。もっと言って、カズマさん」
ダクネスが、頬を染めて、くねくねと体を揺らす。
カズマは、頭を抱えた。
(ダメだこいつら……)
朝から、胃が悲鳴を上げている。
けれど、同時に、思った。
(それでも、やるんだよ)
「……お前ら、聞け」
カズマは、声を張り上げた。
三人が、ぴたりと動きを止めた。
「宮原先生に、土下座してきた。エリスのおかげで、なんとか、条件付きで再開できることになった。……だから、今日だけは、俺の言うことを聞け。いいな? 爆発するな。客を怒らせるな。看板を修正するな」
三人が、ぱちぱちと瞬きをする。
「カズマ……、土下座、したの?」
アクアの声が、急に小さくなった。
「……した」
「カズマが、私のために……土下座を……」
アクアの青い瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「泣くな。まだ何もしてないだろ」
「でも……でも……」
「カズマよ。……我は、お主のその、漢気、しかと受け取った。我が、爆裂をもって、この文化祭を、勝利に導いてみせる」
めぐみんが、静かに、力強く言った。
「もちろん、爆発はするなよ」
「無論だ。だが、我の芸術は、見せる。この、看板に、爆裂の魂を、描きつける」
「カズマさんが、そこまでしてくださったのです。私は、この身に刻まれる屈辱と、お客様からの叱責を、あますことなく受け止め、完璧な接客をしてみせましょう」
ダクネスが、陶酔したように、目を閉じる。
「いや、完璧な接客はうれしいけど、叱責は求めるな」
はあ、とカズマはため息をついた。
だが、不思議と、さっきまでの胃の痛みは、少しだけ和らいでいた。
開店準備は、騒がしく、しかし、着々と進んでいった。
アクアは、普段の怠惰が嘘のように、メニュー表を真剣な顔で読み込んでいた。
「えっと……、カレーは、五番テーブルのお客様で……、コーヒーは、ホットとアイスがあって……。カズマ、わたし、注文の取り方、マスターしたのよ。見てて」
水色の髪を、白いエプロンの上に流しながら、アクアは小さくガッツポーズをした。
「お前が、注文の取り方を練習するって、明日、雪が降るんじゃないか?」
「ひどい! わたくしは、世界で一番、給仕の才能がある女神なのよ! 宴会芸だって、給仕だって、美しさでカバーすれば完璧ですわ!」
「宴会芸の話はしてない」
「……でもね、カズマ。私、今日は、みんなの役に立ちたいの。昨日、約束したでしょ。五人で、最高の文化祭にするって。……わたくしだって、カズマの隣で、役割がほしいの」
アクアが、ふと、神妙な顔で言った。
その青い瞳が、真っ直ぐにカズマを見ていた。
(こいつ、ほんとに、アクアか?)
「……そうか。なら、頼むよ。給仕長」
カズマは、わざと軽い調子で言った。
アクアが、ぱあっと、花が咲くように笑った。
「任せて! さすがカズマの主人……じゃなくて、愛しの女神を、信頼する目が違うわね!」
「どっちも違う」
開店のチャイムと共に、異世界カフェには、続々と来場者が流れ込んできた。
一年生の親子連れ、近所の老人会、他校の女子高生グループ。みな、装飾された教室を珍しそうに見渡す。黒板には、エリスが手伝ってくれた、美しい文字のメニュー。窓には、めぐみんが描いた、分厚い魔法陣の飾り。
「いらっしゃいませ!」
アクアが、満面の笑みで、最初の客を迎えた。
「ご注文は、何になさいますか?」
「えっと、カレー一つと、コーヒー二つね」
「かしこまりました! カレーが二つと、コーヒーが一つですね!」
「……あら、逆だけど」
「はい! カレーが二つと、コーヒーが一つ、承りました!」
アクアは、自信満々に厨房へ駆けていった。
「おい、アクア。今の、逆だったろ。カレー一つと、コーヒー二つだ」
カズマが、慌てて追いかける。
「えっ!? だって、あのお客様、カレーみたいな顔してたじゃない!」
「人間の顔で注文を判断するな! ていうか、俺が聞いてた、最初の答えを信じろ!」
「だって……、緊張、しちゃって……」
アクアの青い瞳が、じわりと揺れた。
「私だって、みんなの役に立ちたいんだから……」
その声が、鼻声で。
(あー、くそ)
「……分かった。深呼吸しろ。そして、もう一回、注文を聞きに行く。今度は、ちゃんと、相手の口を見て、聞け。メニュー名を、復唱するんだ」
「……うん。分かったわ」
アクアは、ぎゅっとエプロンの裾を握りしめて、もう一度、客席へ向かった。
その後ろ姿を、カズマは、複雑な気持ちで見送った。
(こいつ、俺に怒られたいわけじゃなくて、本気で、やりたいんだな)
その後、アクアの接客は、少しずつ、形になっていった。
注文の聞き間違いは、まだ、ちらほらあった。けれど、彼女の真剣な表情と、一生懸命に頭を下げる姿に、客側も、笑って許してくれることが多かった。
そして、彼女は、ついに、最大の見せ場を作った。
「皆さま、特別なパフォーマンスでございます! 我らが異世界カフェ自慢の、聖水パフォーマンス、ご覧あれ!」
アクアは、教室の中央に、テーブルを一つ用意させた。
コップに注がれた、ただの水道水。
それを、彼女が、両手をかざす。
「小さき水の精霊よ。我、天野アクアの名の下に、汝に清浄なる光を与えん」
その瞬間。
アクアの掌から、柔らかな青白い光が、ふわりと溢れた。
コップの水が、眩いほどに煌めき、虹色の光を放ち始めた。水面が、七色に反射して、教室の天井に小さな虹を映し出す。
「おおお!?」
「なにあれ、すごい!」
「手品!? それとも、照明!?」
教室中が、どよめきに包まれた。
浄化魔法。
現代日本では、風呂の水を綺麗にする程度の、ささやかな力。
だが、今、この瞬間、アクアの魔力は、文化祭の空気の中で、最高の比類なき光を放っていた。
「これが、わたくしの、水の栄光ですわ! さすが、世界で一番、美しい女神! ねえ、カズマ! 見てた!? 今の、私、ちゃんと、人の役に立てたでしょ!?」
アクアは、客の拍手を浴びながら、真っ先にカズマの方を振り返った。
その笑顔は、浄化された水よりも、ずっと輝いて見えた。
「……おう。見てたぞ。上出来だ」
カズマは、素直に言った。
すると、アクアが、ぱちぱちと何度か瞬きをして、それから、耳まで真っ赤になった。
「な、なに、急に、素直に褒めたりして……。ずるいぞ、カズマ……。……泣いていい?」
「泣くなよ、給仕中に」
カズマは、苦笑した。
教室の外、校舎の入り口近くに、めぐみんがいた。
彼女の仕事は、看板係。
だが、その看板が、問題だった。
「どれどれ……って、おい」
カズマが、様子を見に行くと、めぐみんは、巨大な木製の看板の前に立っていた。
看板には、彼女が、丹精込めて描いた、ドラゴンと魔法陣が、所狭しと描かれている。
いや、描かれている、というより、もはや、「爆発」していた。
黒と赤の塗料が、木の表面を、力の限り駆け回り、銀色の星が散っている。中央には、炎を吐くドラゴン。その周りを、幾何学的な、しかし何の意味があるのか分からない魔法陣が、びっしりと取り囲んでいた。
「これは……、また、前衛的だな」
「どうだ、カズマ! 我が、爆裂道の、魂の結晶である! この看板を見れば、道行く者は、皆、異世界の扉が開かれることだろう!」
めぐみんは、深紅の瞳を輝かせ、マントを翻した。
「異世界カフェ……って、どこに書いてあるんだ?」
「フッ……。文字など、必要なかろう。我が芸術は、理屈ではなく、魂で、見る者を爆発させるのだ」
「お前、自分でも意味分かってないだろ」
案の定だった。
通りかかった来場者たちが、看板の前で、首を傾げる。
「ねえ、このお店、何のお店?」
「カフェ……? それとも、占い?」
「もしかして、お化け屋敷?」
「ち、違う! これは、異世界カフェの看板である! この圧倒的な迫力と、爆裂の美しさが、伝わらんのか、凡人ども!」
めぐみんが、看板を両手で掲げ、力説する。が、客は、さらに首を傾げるばかり。
「……めぐみん、看板は、俺が、なんとかする。だから、お前は、お前らしい宣伝をしろ」
カズマは、腹をくくった。
「カズマ……?」
「お前の爆裂魔法、今、使えるか? ただし、今日は、条件がある。爆発で、人を傷つけたり、物を壊したりしたら、話にならない。……そうだな。どうにかして、空に向けて、直径一メートル以下の、小さいのを、打ち上げられるか?」
「……我を、誰だと思っておる。この紅めたる大魔導士、爆裂魔法の、威力の調整くらい、造作もない。……が、今日は、まだ、一発も撃っておらん。体内の魔素は、満ちておる。問題は、この、減衰現象下で、どこまで、繊細に、爆発を制御できるか、だが」
「やれるか?」
「当然だ。我が、カズマに、不可能と言ったことがあるか?」
めぐみんは、胸を張った。
校庭の隅、通称「めぐみんクレーター」のすぐ横。
昇降口のあたりからは、ちょうど死角になる、文化祭の喧騒から少し離れた場所。
そこに、めぐみんが、立った。
「いくぞ、カズマよ。目に焼き付けるがいい。これが、我が本気の、そして、今日のために、限界まで繊細に編み上げた、爆裂魔法の、真骨頂だ」
めぐみんが、右腕を、空に向けて突き出した。
眼帯を、外す。
深紅の瞳が、太陽の光を浴びて、燃えるように輝いた。
「闇よりも深く、夜よりも昏き。汝、紅蓮の焔よ。我が声に応え、その奔流の一端を、ここに示せ」
魔力が、渦巻く。
さわ、と、風が止んだ。
「——エクスプロージョン!」
彼女が、叫んだ。
その瞬間、無数の光の粒が、彼女の指先から、空へ打ち上がった。
パアン、と、軽やかな炸裂音。
直径一メートルほどの、無害な光の爆発。
赤、青、銀。
爆裂の光が、校庭の片隅で、小さな花火のように咲き乱れた。
光の輪が、空に、いくつも、浮かび上がる。
余韻で、輪が、ゆっくりと溶けていく。
その美しさに、通りかかった来場者たちが、一斉に歓声を上げた。
「わあ、花火だ!」
「すごい! きれい!」
「あの店、何かのパフォーマンスやってるの!?」
人だかりが、できていく。
客たちは、口々に、異世界カフェの場所を、カズマに尋ねてきた。
「……ああ、教室、行ったら、カフェやってますよ。あの女の子が、店の看板娘っす」
カズマは、人波を、教室へ誘導した。
看板は、相変わらず、前衛的だ。
けれど、客は、今や、その看板の前で、足を止める。
「……これ、店の看板らしいよ」
「ああ、さっきの花火の子が描いたんだって。すごいね」
「迫力あるわね。入ってみようか」
めぐみんの絵が、彼女の爆裂と結びつき、初めて、その真価を認められていく。
「……どうだ、カズマ! 我が、爆裂の、極小花火である! 見たか、この、光の、輪を!」
めぐみんが、完全に、いつものように、倒れる。
マントが、地面に広がった。
「やったな。魔力、すっからかんだろ。ほら、肩、貸すから、掴まれ」
カズマは、倒れためぐみんを、背中に背負った。
いつものように。
何度も、何度も、繰り返してきたように。
「……ち、違うぞ、カズマ。我は、まだ、歩ける。これは、我が、自らの意思で、お主の背中に、乗っておるだけだ」
「はいはい」
校庭から、救護室へ向かう道すがら。
背中の上で、めぐみんが、小さく、何かを呟いた。
「……我の同志よ。……今日の、爆裂。……我は、お主のために、この、小さな花火を、放ったのだ。……誰でもない、お主のために」
その声は、照れているように、震えていた。
カズマの、胸の奥が、じわりと、熱くなった。
「……おう。すごかったよ。世界で一番、綺麗な爆発だった」
カズマは、前を向いたまま、言った。
めぐみんが、耳の後ろで、小さく、えへへ、と笑った。
カフェの店内は、午後になると、ますます混雑した。
特に、ダクネスの周りには、自然と人が集まった。
彼女は、接客係として、今日、一番の驚きを、カズマに与えた。
「お客様、大変お待たせいたしました。本日は、ご来店いただき、誠にありがとうございます。こちら、本日のおすすめの一品でございます」
ウェーブのかかった金髪を、エプロンの後ろにまとめ、背筋を伸ばしたダクネスが、完璧な所作で、皿をテーブルに置く。
その姿は、まさに、高級ホテルの給仕長。
「きみ、ずいぶん、しっかりしてるねえ」
年配の男性客が、感心したように言った。
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
ダクネスが、にこりと微笑む。
「あら、すごいわね、この子。姿勢もいいし、愛想もいいし」
「注文も、間違えないし。高校生で、この落ち着きは、大したものだよ」
褒め言葉が、次々に、ダクネスに投げかけられる。
(……え? ダクネスが、まともに、接客してる?)
カズマは、目を疑った。
あの、客に罵倒されることを望む、ドMの女騎士が。
「カズマさん、お待ちください。あなたは、あちらのテーブルの配膳をお願いできますか?」
「お、おう」
ダクネスは、カズマに、手際よく指示を出す。
その動きには、一切の無駄がない。
名門貴族の女騎士として、ヴェルディナで培った、采配と、奉仕の精神が、現代日本の文化祭で、真価を発揮していた。
「すごいわね、あの子」
「うん、なんか、逆に、ちゃんと叱られたいって気分になるわ」
客の一人が、面白がって言った。
ダクネスが、耳ざとく、その言葉を聞きつける。
「あら、今、お叱りに、なられましたか!? ええ、ええ、どうぞ、どうぞ、ご遠慮なく! 私、まだまだ、至らぬ点ばかりです! お叱りを、受け止めますわ!」
ダクネスの瞳が、きらきらと、喜色の光を放ち始めた。
「ダクネス、落ち着け。客を怯えさせるな」
カズマが、すかさず、彼女の背中を、ペシリと叩く。
すると、ダクネスが、「ああっ!」と小さく声を漏らし、体をびくんと震わせた。
「……あなたに、お叱りをいただけるなんて……。今日は、本当に、良い日ですわ……。もっと、私を、その、厳しく、お導きください……」
霧島ララティーナは、頬を真っ赤に染めて、うっとりと、カズマを見つめた。
(しまった、油断した)
「お前、客になんか言うなって言っただろ」
カズマは、今度は、デコピンをした。
ダクネスが、こつん、と額を押さえて、幸せそうにため息をつく。
「はぁ……。本日、お叱り、二回目……。お客様、ええ、ええ、私、この、天にも昇る心地で、ご接客させていただいております。……お褒めの言葉も、嬉しゅうございます。……でも、叱られたら、もっと、頑張れる気がしますの」
「褒められてるうちは、素直に喜べ!」
奇妙な連鎖だった。
客は、彼女の、完璧な接客を褒める。
ダクネスは、褒められ、ますます背筋を伸ばす。
しかし、時折、彼女が、客の言葉を「叱責」だと勘違いして、恍惚の表情を浮かべる。
すると、常連のように、その、風変わりな反応を見たがる客が、また、足を運ぶ。
「あの金髪の子、今日、何回、天に昇ってるの?」
「しかも、注文は、完璧なんだよな……」
「また、見に来ちゃった」
ダクネスの周りには、ひっきりなしに、リピーターが集まり始めた。
午後の、ちょうど、客足が一時的に途絶えた頃。
エリスが、カズマを呼び止めた。
「佐藤君。今日は、本当に、素晴らしいですね。皆さん、あんなに生き生きしていて」
エリスは、生徒会の巡回と、カフェの手伝いを、一人でこなしていた。
白いリボンでまとめた銀色の髪が、忙しなく動くたびに、星のピアスが、きらきらと光った。
「エリス。お前こそ、大丈夫か? ずっと、走り回ってるだろ」
「ふふ。慣れたものですわ。生徒会の仕事は、いつも、こんなものですから。……ところで、佐藤君。倉庫から、紙コップと、ストローの予備を、取ってきてもらえませんか? 私、ちょっと、この書類を、生徒会室へ、提出しに行かなければならないので」
「おう。任せろ。ありがとな、本当」
「お礼を言うのは、私のほうですわ。……佐藤君が、必死に、土下座までしてくれたから、私も、生徒会として、今日を当てられたんです。……あの時、私、思いましたもの。……ああ、この人の、力になりたい、って」
エリスの声が、少しだけ、柔らかくなった。
放課後の、薄暗い倉庫。
体育館の裏手にある、プレハブの物置小屋。
カズマとエリスは、二人で、段ボールの山の中から、紙コップとストローを探していた。
「えっと、紙コップは、あっちの棚で……、ストローは……」
カズマが、身を乗り出した時、天井近くの棚から、何かが、かさり、と落ちてきた。
「わっ」
とっさに、エリスが、手を伸ばした。
その手が、カズマの腕を、ぎゅっと掴む。
「大丈夫ですか、佐藤君。……ああ、よかった。こちらの壁際の方が、安全みたいですわね」
倉庫の中は、薄暗い。
埃の匂いと、古い木材の匂い。
外の、文化祭の賑やかさが、遠く、耳に届く。
二人の距離は、手を伸ばせば、触れ合うほどに近かった。
「……佐藤君」
エリスが、静かに、呼んだ。
「ん?」
「……昨日のあなたの言葉。……嬉しかったです。『全員まとめて、幸せにしてやる』……あれ、私も、その中に入っているんですよね。……私も、みんなと、一緒にいたいですわ」
薄闇の中で、エリスの紫銀の瞳が、潤むように、光ったような気がした。
カズマの、胸の奥が、ドクン、と脈打った。
「……当たり前だろ。お前だって、仲間だろ」
カズマは、動揺しながらも、言い切った。
その時。
紙コップを探そうと、下ろしたカズマの手に、エリスの指先が、触れた。
温かい。
柔らかい。
二人は、同時に、ぴくり、と体を震わせた。
「……あっ」
「……ごめん」
慌てて、互いに手を引っ込める。
沈黙。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「……わ、私、先に、これを、持っていきますわね」
エリスが、照れ隠しのように、紙コップの箱を抱えた。
「お、おう」
二人は、きわどく、手を触れ合わせたことを、何もなかったかのように、倉庫を後にした。
けれど、歩きながら、カズマは、ずっと、右の指先が、熱いような気がしていた。
夕暮れが、校舎を、茜色に染め始めた頃。
閉店のチャイムが鳴り、異世界カフェは、幕を閉じた。
そして、文化祭の最後を飾る、投票結果の発表が、校内放送で流れた。
「お待たせしました。来場者投票、並びに、審査員の皆さまのご意見を集計した結果を発表します。……最優秀賞は——」
教室中が、息を呑む。
「二年三組、異世界カフェです!」
「「「うわああああああ!!!!」」」
二年三組の教室が、割れんばかりの歓声に包まれた。
「やったー!」
「俺たちの勝ちだ!」
クラスメイトたちが、抱き合い、飛び跳ね、涙ぐみ、喜びを爆発させる。
その輪の中心で、カズマは、静かに、四人の顔を見ていた。
アクアが、両手で、口を押さえて、涙をぼろぼろ流している。
めぐみんが、倒れたまま、小さく、ガッツポーズを作っている。
ダクネスが、感激のあまり、膝から崩れ落ちそうになっている。
エリスが、カズマの隣で、ほっとしたように、微笑んでいる。
「……やったな」
カズマは、彼女たちの側に、ゆっくり近づいた。
「アクア」
カズマは、アクアの、水色の髪を、くしゃりと撫でた。
「……カズマ……。カズマ、わたくし、やり遂げたわ……。みんなの、役に、立てた……?」
「ああ。最高だったぞ。給仕長」
「えへへ……。さすが、私のカズマ……。……私の、一番の、ごほうび……」
アクアは、涙でぐしょぐしょの顔で、笑った。
「めぐみん」
カズマは、椅子に座ったままの、めぐみんの、黒髪を撫でた。
「我は、やったのだ、カズマ。……我が、爆裂の、芸術で、観客の、心を、爆発させたのだ。……褒めろ、カズマ。……もっと、我を、褒めるのだ」
「おう。よくやった。お前の爆裂は、世界一だ」
「……えへへ。……いいぞ、……もっと、言え」
めぐみんは、力尽きたように、椅子の背にもたれながら、満足そうに、微笑んだ。
「ダクネス」
カズマは、ダクネスの、金髪を、軽く、ポン、と叩いた。
「……カズマさん。私、今日、あなたに、お叱りをいただけただけでなく、お客様にも、お褒めの言葉を、いただきました。……こんな、幸せな日は、初めてです。……でも、やっぱり、私は、最後に、あなたに、叱っていただきたい……」
「お前、ほんと、最後まで、それか。……仕方ない。じゃあ、特別に。……お前は、今日、本当に、よくやったNoveliaとは?
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