この素晴らしい学園に祝福を!
佐藤カズマ、高校二年生。転校初日、うっかり自分を異世界から来た勇者だと自己紹介してしまう。その夜、彼の天井を突き破って全裸の女神アクアが落ちてきた。彼女はカズマをファンタジー世界へ連れて行くはずだったが、書類手続きのミスで、二人とも現代日本の高校生として転生してしまっていた。翌日、中二病の少女めぐみんと、ドMなお嬢様ダクネスもまた、同じ世界から転生してきた者だと判明する。
四人は元の世界へ帰る方法を探しながら共同生活を強いられ、次から次へと騒動を引き起こす。アクアは借金を作り、めぐみんは校庭で爆裂魔法を叫んで気絶し、ダクネスは教師に叱られるたびに興奮する。それでも三人の少女は次第にカズマに惹かれていく。アクアは彼が自分にとって一番大切だと宣言し、めぐみんは彼と共に爆裂の道を歩みたいと願い、ダクネスは彼に自分を罰してほしいと懇願する。そんな中、学園一の美女である生徒会長エリスも彼に近づいてくる。ハーレムは四つ巴の戦場と化す。
文化祭前夜、三人の少女が同時にカズマへ告白し、エリスは彼を屋上に呼び出して、四人が密かに「それぞれが彼に『自分を選ばないで』と伝えて彼を試す」という約束をしてい
この素晴らしい学園に祝福を! - 生徒会長は下級女神!文化祭カフェと四角関係の大爆発
十一月の陽凪第一高校は、どこか浮き足立っていた。
十月の凪風祭まで、あと二週間。校舎のあちこちで、色とりどりのポスターが貼られ、放課後には教室から楽しげな声が漏れる。
そして、そんな文化祭ムードとは裏腹に、俺、佐藤カズマの胃は、今日も朝から重かった。
「カズマ! 文化祭って何かおいしいものが出るのよね!? わたくし、焼きそばが食べたいわ!」
「我は、文化祭に屋台が出ると聞いたぞ。たこ焼きという、この世界の魔物料理を制覇したい」
「あら、カズマさん。文化祭では、模擬店の前で、私が客から罵倒されるような接客をすれば、きっと……」
朝のリビング。水色の髪の女神アクア、深紅の瞳の中二病めぐみん、金髪のお嬢様ダクネス。この三人の居候が、今日も元気いっぱいに俺の胃を攻めてくる。
「いいから飯食って、さっさと登校しろ! あとダクネス、お前は客を罵倒させるな。普通に働け!」
俺がそう叫ぶと、ダクネスは「ああ……朝からお叱りが……ありがとうございます……」と、うっとりしながら体を震わせた。知ってた。そうなるって。
もう、慣れた。
学校に着くと、教室の雰囲気はさらに浮かれていた。
黒板には「文化祭出し物決め」の文字。クラスメイトのテンションも高い。だが、俺の心は鉛のように重い。だって、このクラスの出し物は、よりにもよって、俺が提案した「異世界カフェ」なのだ。その後の地獄絵図を思うと、朝飯が胃の中で暴れ出しそうだった。
ホームルームが始まると、担任の宮原忠彦、四十二歳、温厚な国語教師が、いつものようにゆったりとした口調で言った。
「今日は、生徒会から文化祭準備の通達がある。会長が来るそうだ」
教室が、ざわついた。
「げ、会長が?」
「白咲さん、直々に?」
「やばくない? あの人、近くで見ると、ほんとに別次元の美しさだぜ」
白咲エリス。
その名前を聞いた瞬間、教室中の男子、そして女子までもが、一斉に色めき立った。クラス一、いや、学園一の美少女。誰からも慕われる完璧な生徒会長。この学校の頂点にいる存在。
少しして、教室のドアが開いた。
その瞬間、教室の空気が、ふわりと変わった。
銀色がかった白いロングストレート。後ろで、星をあしらったリボンで一つにまとめている。深い紫がかった銀色の瞳。耳元で、星型のピアスが、光を反射して、きらりと揺れた。
彼女が、教壇に立つだけで、ただの公立高校の教室が、まるで高級ホテルのロビーのように感じられる。
「おはようございます。生徒会長の白咲エリスですわ」
その声は、澄んでいて、それでいて、妙に温かかった。
クラスの連中が、息を呑む音が聞こえた。
「今日は、文化祭の準備期間に関する通達に参りました。提出書類の締め切りや、予算の申請について、いくつか変更がありますの。まず、模擬店の許可申請書は、今週の金曜日までに、生徒会室までご提出ください」
彼女は、にこりともせず、しかし威圧感はなく、ただ淡々と、わずかな微笑みを口元に浮かべたまま、事務的な説明を続けた。
相変わらず、完璧な立ち居振る舞いだ。
これが、学園の頂点。
俺は、あの銀色の瞳に、一度たりとも、まともに見られたことがない。当然だ。俺は、転校早々に「異世界から来た勇者です」と口走って笑われた、クラスのはみ出し者。立場が違いすぎる。
説明が終わり、エリスが軽く一礼した。
その瞬間。
彼女の、深い紫銀の瞳が、一瞬だけ、窓際の席を捕らえた。
俺の顔を。
心臓が、跳ねた。
彼女は、ほんの一瞬、その視線を俺に絡めた後、すっと、寂しそうな、捨てられた子犬のような表情を、横顔に浮かべて、教室を去っていった。
「……今の、見た?」
「白咲さん、なんか、今日、ちょっと元気ない?」
クラスメイトの声が聞こえる。だが、俺は、その場から動けなかった。
あの視線。
あの寂しげな表情。
なぜ、あの会長が、俺を見る?
なぜ、あんな顔をする?
昼休みになっても、俺の頭は、あの銀色の瞳でいっぱいだった。
いつものように、三組の教室で弁当を広げる気にはなれず、俺は、一人で屋上へ向かった。屋上は普段、施錠されていて入れない。だが、俺は転入当初、居場所を求めて、管理室の合鍵をこっそり複製していた。今や、この場所は、俺にとっての、まあ、数少ない避難場所だ。
冷たい十一月の風が、頬を刺す。
屋上のフェンスに寄りかかり、陽凪市の街並みを眺めながら、ため息をついた。
「もういい、俺は目立たず、普通に文化祭を乗り切れば……」
そう、呟いた。
「佐藤君は、いつもここにいるのですね」
「うおっ!?」
背後から、突然、聞き覚えのある、澄んだ声。
振り返ると、そこに、白咲エリスが立っていた。
銀色の髪が、風にさらさらと流れる。その奥で、太陽の光を映した紫銀の瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。
「び、白咲……会長……。なんで、ここに? 屋上は、立ち入り禁止のはずじゃ……」
「あら。佐藤君こそ、どうしてここに?」
彼女は、いたずらっぽく、少しだけ口元を緩めた。
こうして間近で見ると、本当に、とんでもない造形をしている。彫刻みたいだ。
「その鍵は、合鍵でしょう? 私も、持っていますの」
エリスは、スカートのポケットから、小さな鍵を取り出して、俺に見せた。
「……はあ。そういうこともあるんですね」
俺は、げんなりしながら、頭をかいた。
「それで、会長が俺に、何の用ですか?」
そう聞くと、エリスは、一瞬だけ、視線を足元に落とし、それから、意を決したように、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「佐藤君にだけ、話したいことがあるの」
突然の言葉に、俺の心臓が、また跳ねる。
風が、強く吹いた。
彼女の銀髪が、舞い上がる。
エリスは、その髪を手で押さえながら、静かに、でもはっきりとした口調で、こう告げた。
「私、あなたたちの知ってる女神様より、ずっと下っ端の神なの」
一瞬、何を言われたのか、理解できなかった。
女神?
下っ端の、神?
エリスは、自虐的な笑みを浮かべた。今まで見たことのない、人間くさい、苦しそうな笑みだった。
「私は、ヴェルディナの、下級女神。転生の手続きを管理する、いわば事務方よ。この世界で言うなら、市役所の窓口にいる、最年少の平職員、みたいなものかしら」
ヴェルディナ。
アクア、めぐみん、ダクネス、そして、俺が本来召喚されるはずだった、異世界の名前。
「……アクアの、上司ってことですか?」
「ええ。一応、上級女神様の天野アクア様の、補佐をしていたわ。それが、今回の、とんでもない手続きミスで、私が、後始末を命じられた。この現代日本に、派遣されてきたの」
エリスは、フェンスに背を預けるようにして、空を見上げた。
雲が、流れていく。
「……そう、ですか。あの、じゃあ、会長が、この学校に生徒会長としているのも、全部、俺たちの監視のため……?」
俺がそう聞くと、エリスは、ゆっくりと首を横に振った。
「監視、というよりは、修正。私は、あなたたちに、元の世界に帰る準備を進めてもらうために来たの」
元の世界に、帰る。
その言葉が、冷たい風よりも、ずっと鋭く、俺の胸に突き刺さった。
「あ、あの……。それって、つまり……」
「本来なら、佐藤君。あなたは、ヴェルディナに、勇者として召喚されるはずだった。でも、この事故のせいで、あなたは、この世界に取り残されてしまった。だから、この状況を、元に戻すのが、私の仕事」
そこで、エリスは、初めて、俺の方を向いて、ふわりと、微笑んだ。
「……でも」
彼女の、紫銀の瞳が、ゆらゆらと揺れる。
「今のあなたは、この世界で、四人の……女神に、愛されているわね」
四人。
俺は、その言葉に、首をかしげた。
「四人、ですか? アクアと、めぐみんと、ダクネスは、まあ、あれが愛ってやつなら、そうなのかもしれないですけど。あと、一人は?」
エリスは、俺の質問には答えず、自分の胸に、そっと手を当てた。
その仕草が、あまりにも綺麗で、俺は、呼吸の仕方を忘れた。
「……私も、含めてよ」
彼女の頬が、ほんのりと、桜色に染まった。
その姿は、学校中の誰もが知る完璧な生徒会長では、なかった。
ただの、一人の、恋する少女の顔だった。
「私は、任務と、この気持ちの間で、苦しんでるの。本当は、あなたたちを、元の世界に帰しちゃいけない。でも、帰さなきゃ、私が、消えてしまう。……ううん、それは、建前ね。ごめんなさい、今のは忘れて」
エリスは、恥ずかしそうに、早口でまくし立てた。
めちゃくちゃだ。
でも、彼女の言いたいことは、痛いほど、伝わってきた。
「……佐藤君。私のこと、他の三人と同じように、見てくれる?」
エリスが、上目遣いで、俺を見た。
完璧なお嬢様口調も、生徒会長の仮面も、全部、剥がれ落ちた、素の彼女が、そこにいた。
俺の心臓は、もう、爆発しそうだった。
「こここ、今、そういう、キャラじゃなかったでしょう、会長!」
俺が、思わず大声を出すと、エリスは、くすっと笑った。
「ごめんなさい。でも、私、あなたに会ってから、ずっと、こういう風に、言いたかったの」
彼女は、そう言って、一歩、俺に近づいた。
鼻先に、彼女の、微かな、花のような香りが届く。
「急に、ごめんなさい。じゃあ、また、放課後。文化祭の準備、頑張ってね」
エリスは、ひらりと、手を振って、屋上の出口へと、去っていった。
俺は、しばらく、その場から、動けなかった。
頬の熱が、引かない。
うそだろ。
あの、クラス一の美少女で、生徒会長で、しかも、本物の女神様。
あの人が、俺に、好意を……?
しかも、アクアの、下っ端の、女神?
俺の頭は、パンク寸前だった。
そして、更なる地獄は、放課後に待っていた。
文化祭の係決め。
二年三組の教室は、騒がしかったが、その中心に、異世界カフェの発案者である、俺が立っていた。
「えー、では、これから、異世界カフェの担当を決める。まず、調理班、接客班、内装班、買い出し班の四つだ。……なんで、俺が仕切ってるんだろうな」
俺がそう呟くと、クラスメイトから、生ぬるい視線が飛んでくる。
「佐藤、お前が発案者だからだろ」
「っていうか、あの三人、大丈夫なのかよ……」
クラスメイトの懸念は、もっともだった。
だって、うちのクラスの問題児三人衆、全員、異世界カフェに、異様な熱意を持っている。
そして、その火蓋は、あっさりと、切って落とされた。
「カズマ! 看板の作成は、このわたくしに任せなさい! 女神の美的センスで、最高に美しい看板を、発注してあげるわ!」
アクアが、元気よく挙手をした。
嫌な予感しかしない。
「おい、アクア。看板は、内装班が、校内の廃材で、手作りするんだよ。発注なんて、予算がない」
俺が止める。
「何を言ってるの。看板は、店の顔よ。……そうね! 高級感のある、金箔の文字で、『異世界カレー』って、入れてもらおうかしら!」
「カレー!? カフェじゃねえのか! なんで、メニューが、カレーに変わるんだよ!」
言った直後、俺は、とんでもない事実に、気がついた。
「……いや、待て。今、なんて言った? 看板に、カレーって……」
「そうよ。『異世界カレー』。完璧でしょう?」
「完璧なわけがあるか! カフェの看板に、カレーって書いて、どうするんだ! しかも、お前、いつの間に、発注してるんだよ!」
アクアは、なぜか得意げに、胸を張った。
「もう、さっき、このスマホで、発注したわ。『明日、納品』ですって。さすが、私!」
「やってから言うな! しかも、間違えてる! その、謎の自信は、どこから来るんだ!」
教室が、失笑に包まれる。
だが、地獄は、まだ序の口だった。
「ふっ。はっきり言おう。我は、厨房に立つ」
今度は、めぐみんが、眼帯を押さえながら、不敵に笑って、立ち上がった。
「お前、包丁すら、危なっかしいだろ。なんで、調理班に入りたいんだ?」
「勿論、決まっておる。厨房で、我が爆裂魔法を用いれば、食材など、一瞬で、究極の火加減で、調理できるであろう?」
「やめて! 厨房が、吹き飛ぶ!」
「心配するな。まだ、見学会の段階だ。我は、この、マイタケを、我が爆裂魔法で、芸術の域まで、加熱して、皆に見せてやろう」
いつの間にか、めぐみんの手には、家庭科室から勝手に持ってきたのであろう、真っ白なマイタケが、握られていた。
そして、彼女は、俺の制止も聞かず、厨房へと、歩き出した。
嫌な予感しかしない。
いや、この展開は、もう、予感ではなく、確定した未来だ。
果たして、その数分後。
校内に、けたたましい、火災報知器の音が、鳴り響いた。
「うぎゃあああ! お、お前は、本当に、この、マイタケ一つで、校内の、火災報知器を、鳴らしたのかよ!?」
家庭科室に駆け込むと、そこには、黒焦げになったマイタケの残骸と、煙でむせ返るめぐみんが、倒れていた。
「……ふ。我の魔力が、強すぎたか。この世界の食材は、脆い」
「お前が、言うな! ……あ、先生。違うんです。今のは、その、調理実習の、高度な……」
結局、俺は、生活指導の教師に、しっかりと、こってりと、絞られた。
そして、とどめは、ダクネスだった。
「私、接客班を、希望しますわ。……できれば、お客様に、罵倒していただける、接客を」
「轟沈しろ! お前の、その、接客は、一体、どういう接客なんだよ! ほかの客を、全員、気分悪くさせるわ!」
「例えば、お客様が、席に着かれた瞬間に、『ようこそ、いらっしゃいました。……お前の、その、みすぼらしい服装で、よく、このカフェに、入れたものだな』と、心を込めて、お迎えするのは、いかがでしょう?」
「やめろ! それは、お前が、喜ぶだけだ! 普通に、『いらっしゃいませ』って、言え!」
「ああ……その、正論の、お叱り……。もっと、言って……。そうだわ! 文化祭の、目玉企画として、『お客様に、こき下ろされる、特別席』を、設けるのは、どうでしょう。そして、そこには、私が、座り……」
「お前が、楽しむな! 誰得なんだよ、その企画は!」
ダクネスは、俺の怒号に、体をくねらせて、大絶頂の笑みを浮かべた。
もう、ダメだ。
胃が、キリキリと、音を立てている。
クラスメイトの、白い目。
火災報知器の、余韻。
看板の、発注ミス。
そして、この、カオス。
俺は、その場に、がっくりと、膝をついた。
「お前ら、いい加減にしろ! これ以上、問題を起こしたら、お前らは、文化祭、参加禁止だからな!」
担任の宮原が、血相を変えて、教室に飛び込んできた。
「せ、先生。これは、その……すみませんでした。全部、俺の、監督不行き届きです」
俺が、必死に頭を下げると、宮原は、深く、ため息をついた。
「佐藤君。君が、この三人の、暴走に、責任を感じるのは、立派だ。だが、正直、もう、クラスのみんなから、『カズマのせいで、文化祭の準備が、めちゃくちゃだ』という声が、上がってるんだ。君も、発案者なら、責任者だろう。しっかり、やってくれ」
俺は、返す言葉もなかった。
ただ、教室の、冷たい空気に、押しつぶされそうだった。
気がつくと、俺は、床に、手をついていた。
胃のあたりが、焼けるように、熱い。
みっともなく、その場に、崩れ落ちた。
……ああ、俺の、胃は、もう、限界だ。
係決めは、なんとか、続行された。
すると、今度は、別の、戦争が始まった。
「カズマ! あなたは、わたくしと、一緒の、買い出し班になるのよ!」
「何を言っておる! カズマは、我と、調理補助に入るのだ! 我とカズマは、爆裂道の同志。調理という、共闘の中で、心が、通じ合うのだ!」
「いいえ、違いますわ。カズマさんは、私と、接客班で、私を、客として、こき下ろす……、おっと、違いました。お客様に、給仕する、私の、騎士として、お守りいただくのです!」
三人が、俺を挟んで、真っ向から、言い争い始めた。
「カズマは、私の、下僕なんだから、買い出しくらい、付き合うのが、当然でしょ!」
「下僕ではない! カズマは、我が、唯一の、爆裂の、理解者なるぞ!」
「皆さん、お静かに。……でも、カズマさんと、一番、長い時間を、過ごせる係に、私も、興味が、ありますわね」
「「「なにっ!?」」」
三人の、ぎらついた視線が、交錯する。
教室の、ざわめきが、止まった。
クラスメイトが、固唾を飲んで、俺たちの争いを、見守っている。
いや、これは、もう、文化祭の、係決めではない。
俺を、誰が、独占するかという、修羅場だ。
俺は、頭を抱えた。
「もう、いい加減に……」
「あらあら」
その時。
やけに、明るく、澄んだ声が、教室に、割って入った。
全員の視線が、入り口に、集中する。
そこには、完璧な笑みを浮かべた、白咲エリスが、立っていた。
「佐藤君は、随分、モテるのね」
にこにこ。
彼女は、確かに、微笑んでいた。
だが、その、紫銀の瞳には、一切の、光がなかった。
「文化祭の、係決めで、ここまで、揉めるなんて、大変そうですわね。生徒会としても、見ていて、とても、面白……、いえ、微笑ましいですわ」
彼女の、言葉に、びりびりと、教室の、空気が、震えた。
アクア、めぐみん、ダクネスの、三人も、思わず、口を閉ざす。
エリスは、そのまま、視線だけを、俺に向けた。
その、瞳は、まさに、獲物を捕らえた、女神の、それだった。
その後、俺は、逃げるように、放課後の、生徒会室へと、呼び出された。
生徒会室は、本館三階の角部屋だ。観葉植物が多く、エリスの、かすかな、花の香りが、染みついている。
「……それで、会長。俺に、何の用なんですか?」
「あら、そんなに、警戒しないで。文化祭、私も、手伝いに行くわね」
彼女は、優しく微笑んだ。
しかし、その、目は、据わっていた。
「……手伝い、ですか。会長が? 生徒会は、忙しいんじゃ……」
「ええ。でも、あなたの作った、異世界カフェが、あんなにも、ぐちゃぐちゃに、なっていく様を見ているのは、とっても、楽しいもの」
エリスは、いたずらっ子のように、笑った。
背筋が、ひやりとした。
「それにね、佐藤君。私、あなたが、四人の女神の間で、苦しむ姿、見てみたいの」
彼女は、俺の耳元に、唇を、寄せた。
吐息が、首筋に、かかる。
「あなたが、一番、大切な人の間で、誰を、選ぶのか。誰を、傷つけて、誰を、泣かせるのか。……想像しただけで、なんだか、ぞくぞく、するわ」
その声は、艶っぽく、囁くように、俺の、鼓膜を、震わせた。
これが、全校生徒が、敬愛する、完璧な、生徒会長、白咲エリス。
しかし、今の彼女は、まるで、別の、生き物だった。
どうして、こうなった。
俺の、普通の、学園生活は、どこに、消えたのだ。
「……会長、キャラ、変わってません?」
俺が、震える声で、そう言うと、エリスは、一歩、後ろへ下がって、元の、完璧な、優等生の顔に、戻った。
「ごめんなさい。佐藤君の、慌てる顔が、可愛くて、つい、からかってしまったわ。……でも、安心して。私は、任務を、優先するから」
彼女は、そう言い残すと、生徒会室のドアへ、歩いていった。
ドアノブに、手を、かけたところで、ぴたり、と、足を、止める。
「だから、あなたが、誰を選んでも、私は、きっと、泣いちゃう」
彼女の、声が、物悲しく、部屋に、転がった。
振り返った、彼女の、銀色の、長い、まつ毛が、震えていた。
「……それでも、いいの。佐藤君。それじゃあ、また、明日」
彼女は、そう言って、出て行った。
誰かを、一人、選ぶ。
それは、四人の、女神を、全員、傷つける。
俺の、心臓に、棘が、深く、突き刺さった。
夜。
俺は、コンビニの夜勤を終え、へとへとになって、佐藤家の、玄関を、開けた。
「……ただいま」
靴を脱ぎ、リビングへの、ドアを開ける。
そこには、壮絶な、光景が、広がっていた。
テーブルの上に、画材を広げ、真剣な顔で、作業をする、三人の、居候が、いた。
「カズマ! 見て見て! わたくし、看板の、誤字を、完璧に、修正したのよ! 『異世界カフェ』って、偉そうだったから、『異世界カフェ』って、書き直したの!」
アクアが、得意げに、見せてきた、それを、見て、俺は、頭を、抱えた。
看板には、油性ペンで、ぐちゃぐちゃに、殴り書きされた、『異世界カフェ』の文字。
その、横には、なぜか、カレー皿の、下手くそな、イラストまで、描いてある。
「なんで、消さないで、その上から、書くんだ! しかも、字が、震えすぎて、呪いの、案内板に、見えるんだよ!」
「我は、『爆裂調理の安全性』という、論文を、書いている。これを、文化祭で、配布すれば、我が、マイタケを、爆発させた、真意が、世間に、伝わるであろう」
めぐみんは、ノートに、びっしりと、独自の、理論を、書き綴っていた。
「お前、調理、するなよ。絶対に、火を、使うなよ。いや、火を、出したら、家庭科室を、全焼させた、敗北者の、言い訳にしか、ならないから」
「そして、私は、接客の、台本を、練っていましたわ。ほら、この、『お客様から、こき下ろされる、ための、最高の、返し台詞』。『あなたって、本当に、稼ぎが、悪そうな、お顔を、されていますわね。……ああ、でも、もっと、心を、込めて、言って、いただけます?』」
ダクネスは、恍惚とした、顔で、自作の、台本を、読み上げていた。
「お前は、接客を、何だと、思ってるんだ! もう、全員、文化祭、来なくていい!」
俺は、リビングの、床に、大の字に、倒れ込んだ。
ああ、ダメだ。
こいつらは、全員、支離滅裂だ。
だが、その時。
アクアが、めぐみんが、ダクネスが、一斉に、口を、開いた。
「だって、カズマと、一番、一緒に、いられる、係に、なりたいんだもん」
「我もだ。文化祭という、非日常の、祭りを、カズマと、共に、歩みたいと、思ったからだ」
「私も、ですわ。カズマさんと、過ごせる、文化祭に、したい。……これは、騎士としての、忠誠心と、私個人の、乙女心です」
三人の、声が、静かな、リビングに、重なった。
俺は、床に、寝転がったまま、天井を、見つめた。
あの、天井の、穴。
全部の、始まり。
そこから、アクアが、落ちてきて、めぐみんが、爆発して、ダクネスが、懇願した。
そして、今、三人が、俺の、帰りを、待って、自分の、時間を、削って、文化祭の、準備をしていた。
みんな、俺の、ために。
「……お前ら、なんで、そこまで、必死なんだよ」
俺は、ぽつりと、呟いた。
三人は、ぴたり、と、動きを、止めて、お互いの、顔を、見合わせた。
それから、みるみるうちに、三人の、顔が、真っ赤に、染まっていく。
「な、なんでも、ないわよ! バカ!」
「あ、あのな、カズマよ。これは、その、爆裂道の、修行の、一環で……」
「わ、私も、決して、カズマさんの、ためでは、ありませんわ! これは、その、マゾヒズムの、……ううん、何でも、ありませんわ!」
三人が、一斉に、あわてふためく。
その、姿が、おかしくて、可愛くて、でも、ひどく、胸を、締め付けた。
俺は、ゆっくりと、起き上がった。
台所へ、向かう。
「何か、食うか。夜食に、チャーハンくらいなら、作ってやれる」
俺の、言葉に、三人は、一瞬、ぽかんと、して、それから、花が、咲くように、笑った。
この、笑顔を、守りたいと、思った。
だが、俺の、頭の、片隅には、あの、銀色の、女神の、寂しげな、横顔が、こびりついていた。
文化祭前日、四人が、俺を、試す、計画を、水面下で、進めていることなど、この時の、俺は、知る由もなかった。
ただ、四人の、女神の、笑顔に、囲まれて、俺の、胃だけが、今日も、キリキリと、音を、立てていた。Noveliaとは?
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