アブソリュート・デュオ if 〜もう一人の双刃〜
妹を殺した男を追って、焔牙使いの名門・昊陵学園に入学した九重透流。しかし彼が顕現させた焔牙は、攻撃能力を持たない「楯」だった。入学式の会場に響く嘲笑。それでも透流は耐える。守るために強くなる、と。たとえその力が、復讐のためだけに研ぎ澄まされていたとしても。
これは、武器にならない楯を抱えた少年が、それでも前に進もうとする物語。資格の儀で対峙する明るい少女・永倉伊万里。不気味な笑みを浮かべる幼き理事長・九十九朔夜。そして、胸の奥に沈めた妹の記憶。彼の楯が、やがて多くの少女たちの運命を狂わせていく——。
これは、もう一つの「双刃」の物語。復讐と守護の狭間で揺れる少年の、静かな幕開けです。
アブソリュート・デュオ if 〜もう一人の双刃〜 - 初任務、そして七曜の影 ― 相棒の実力、見せてもらうわ!
朝の空気が、いつもより少しだけ張りつめていた。
九重透流は、寮の自室で任務の準備をしていた。黒い短髪の癖っ毛が、窓から入る風にそっと揺れる。深緑の瞳が、手にした焔牙端末の画面を見つめていた。
――初任務、か。
昨日、理事長から通達が来た。製鉄所跡地の不審者調査。絆双刃を組んでから、初めての実戦任務だ。
透流は左手首に巻いた黒いリストバンドを、右手の指でそっと撫でた。妹の形見。この感触が、心を落ち着けてくれる。
「透流、準備はできた?」
声がして、振り返る。
部屋の入り口に、橘巴が立っていた。ストレートロングの黒髪を、今日は後ろで一つに結んでいる。凛とした漆黒の瞳が、まっすぐに透流を見ていた。制服の袖口からは、手甲の跡がのぞいている。真剣な表情のせいか、眉間にうっすらと皺が寄っていた。
この生真面目すぎる少女が、透流の絆双刃パートナーだ。
「ああ、今行く」
透流は焔牙端末をポケットにしまい、立ち上がった。
巴は、ふむ、と頷いた。
「緊張してる? 顔が硬いわよ」
透流は苦笑した。
「してない。……たぶんな」
「たぶん、って何よ。あんたらしいけど」
巴が小さく笑った。その笑顔は、年相応に可愛らしい。
透流は、その笑顔に少しだけ救われた気がした。
二人は学園の正門を抜け、焔牙町を通り過ぎた。
朝の焔牙町は、まだ店が開いたばかりで、人通りはまばらだ。武器屋「鉄鎖堂」の前を通ると、店主の鉄鎖源蔵が店先を掃除していた。
「おう、巴! 初任務だってな。気をつけて行けよ」
源蔵は、しわの深い顔をくしゃっとさせて笑った。元焔牙使いで、巴の鉄鎖の師匠でもある。
「はい、師匠。行ってきます」
巴は、ぺこりと頭を下げた。
透流も軽く会釈をした。
「お前さんが楯の少年か。巴を頼むぞ」
源蔵の目が、透流をじっと見た。
「……任せてください」
透流は、短く答えた。
源蔵は、満足そうに頷いた。
製鉄所跡地は、学園から南へ十五キロほどの場所にあった。
バスを降り、歩くこと十分。周囲の景色は、だんだんと殺風景になっていく。人家はなくなり、雑草が生い茂る空き地が広がっていた。
空は、朝からずっと曇っていた。
重たい灰色の雲が、空全体を覆っている。風が吹くたびに、草むらがざわざわと音を立てた。
「……あれか」
透流は、前方に見えてきた建物を見つめた。
製鉄所の跡地。
錆びついた鉄骨が、崩れかけた建物を支えている。窓ガラスは割れ、壁には蔦が這っていた。かつては多くの人が働いていたであろう場所は、今は誰もいない廃墟と化していた。
「ずいぶんと、不気味な場所ね」
巴が、ぽつりと呟いた。
透流は、巴の横に並んだ。
「巴。任務の危険度、ちゃんと分かってるか? 不審者ってのは、場合によっては焔牙使いの犯罪者かもしれないんだぞ」
透流は、真剣な表情で言った。
巴は、透流の目をまっすぐ見返した。
「分かってるわ。でも、大丈夫」
そして、巴は、透流にしか聞こえない声で、はっきりと言った。
「あんたの楯、私が守ってみせるわ。だって私は、跡継ぎなんだから」
透流は、不意を突かれた。
(……こいつ、また同じこと言ってる)
守るのは、楯の役目のはずだ。
なのに、巴は、透流の楯を守ると言う。
透流の胸の奥で、何かが、じわりと温かくなった。
「……お前、たまに、すごいこと言うな」
透流は、照れ隠しのように、そう呟いた。
巴は、きょとんとした。
「何が?」
「……何でもない。行くぞ」
透流は、顔を背けて、歩き出した。
製鉄所の中は、外よりもさらに薄暗かった。
天井の一部が崩れ落ち、かすかな光が差し込んでいる。鉄くずやガラスの破片が、床に散乱していた。空気は、錆と埃の匂いが混ざっている。
透流は、足元に注意しながら、慎重に進んだ。
「気をつけて。床が抜けるかもしれないわ」
巴が、後ろから声をかける。
「ああ。お前もな」
二人は、背中を預け合うようにして、建物の奥へと進んでいった。
しばらく歩いたところで、透流の足が止まった。
「……巴、これを見ろ」
透流は、壁の一部を指さした。
巴が、透流の隣に来て、息を呑んだ。
壁面に、奇妙な紋章が刻まれていた。
七つの星が、円を描くように並んでいる。その中央に、炎のような形の印。
――七曜の紋章。
透流は、拳を握りしめた。
(七曜……)
鳴皇榊が、関わっているかもしれない。
妹を殺した、あの男が。
透流の心臓が、嫌な音を立てる。
二年前の光景が、脳裏に蘇った。
夕暮れの道場。血の匂い。倒れている音羽。彼女の背中から広がる赤。そして、白い刀身に黒い刃を持つ刀を振り抜いた、鳴皇榊の冷たい横顔。
「透流?」
巴の声で、透流は我に返った。
「……大丈夫だ。行くぞ」
透流は、無理やり表情を戻した。
巴は、透流の顔をじっと見ていた。
だが、何も言わなかった。
さらに奥へ進む。
建物の中心部に近づくにつれ、空気が、さらに重くなっていく。
何かが、いる。
透流の直感が、そう告げていた。
「巴、来るぞ」
透流は、低い声で言った。
巴は、無言で頷いた。
その瞬間だった。
ガコン、という音が、暗闇の奥から響いた。
金属が、何かを叩く音。
透流と巴は、同時に身構えた。
――そして、見た。
暗闇の中から、三つの影が、ゆっくりと現れてくる。
人型をしている。だが、明らかに人ではない。
全身が、黒い金属のようなもので覆われている。目は、赤く光っている。動きは、ぎこちない。
――量産型の自動人形傀儡。
「くぐつ……!?」
巴が、鋭く言った。
透流は、左手に焔牙を展開した。
鈍く光る一枚の盾。
楯の焔牙。
巴も、右手に焔牙を顕現させた。
彼女の焔牙は、鉄鎖。
黒い鉄の鎖が、巴の腕に巻き付くようにして現れた。
「三体……数が多いわね」
巴が、言った。
「ああ。だが、やるしかない」
透流は、楯を構えた。
傀儡たちが、一斉に動き出した。
一体が、透流に向かって突っ込んでくる。
ガギン!
傀儡の拳が、透流の楯に叩きつけられた。
重い衝撃。
透流は、歯を食いしばって、それを受け止めた。
(……重い!)
傀儡の力は、想像以上に強い。
もう一体が、巴に襲いかかる。
巴は、鉄鎖を鞭のように振るった。
ヒュッ!
空気を裂く音。
鉄鎖が、傀儡の腕に絡みついた。
「そこっ!」
巴は、鉄鎖を引いた。
傀儡の体勢が、崩れる。
だが、傀儡は倒れない。
ぐい、と力を込めて、鎖を引きちぎろうとする。
「くっ……力が強い!」
巴が、苦しそうな声を上げた。
三体目の傀儡が、巴の背後に回り込んだ。
「巴、後ろだ!」
透流は、叫んだ。
巴は、振り返る。
傀儡の拳が、巴に迫る。
――間に合わない。
透流は、咄嗟に動いていた。
楯を構えたまま、巴の背後に滑り込む。
ドゴッ!
傀儡の拳が、透流の楯にめり込んだ。
「透流!?」
巴が、驚いた声を上げた。
「……お前は、前の一体を頼む。こいつは、俺が引き受ける」
透流は、楯で傀儡の攻撃を受け流しながら、言った。
「でも……!」
巴が、反論しようとする。
「巴! 俺を信じろ! お前は、お前の戦いをしろ!」
透流は、声を張り上げた。
巴は、一瞬、唇を噛んだ。
そして、強く頷いた。
「……分かったわ。あんた、私の背後を守って!」
「任せろ!」
透流は、楯を構え直した。
巴は、鉄鎖を振るう。
ヒュン! ヒュン!
鉄鎖が、空気を裂く。
巴の鉄鎖は、まるで生き物のように動く。
透流の楯の隙間を縫うように、正確に傀儡を狙う。
ガキン!
鉄鎖が、一体の傀儡の頭部を叩いた。
傀儡の動きが、一瞬、止まる。
「今よ!」
巴が、叫んだ。
透流は、楯を前に突き出した。
ドン!
楯が、傀儡の胴体に叩きつけられる。
傀儡が、後方に吹き飛んだ。
壁に激突し、動かなくなる。
一体、機能停止。
「やるじゃない!」
巴が、嬉しそうに言った。
「お前こそな」
透流は、息を切らしながら、答えた。
残り二体。
傀儡たちは、怯むことなく、再び襲いかかってくる。
透流は、楯で攻撃を防ぎ続けた。
巴は、鉄鎖で傀儡を拘束する。
一体の傀儡の足に、鉄鎖が絡みついた。
巴は、鎖を引いて、傀儡を転倒させた。
「透流、そっちは任せたわよ!」
「ああ!」
透流は、転倒した傀儡に駆け寄り、楯を叩きつけた。
ガン!
傀儡の頭部が、ひしゃげた。
二体目、機能停止。
残り一体。
最後の傀儡は、二人の動きをじっと見ていた。
そして、突然、方向を変えた。
巴に向かって、突進する。
「巴!」
透流は、巴を庇うように、前に出た。
だが、傀儡の動きは、予想以上に速かった。
傀儡の拳が、透流の楯をすり抜け、巴に迫る。
「きゃっ!」
巴が、身をすくめた。
――その瞬間。
バチン!
巴の鉄鎖が、勝手に動いた。
鉄鎖が、巴の体に巻き付き、鎧のように覆った。
ガキン!
傀儡の拳が、鉄鎖の鎧に弾かれた。
「……え?」
巴が、自分の体を見下ろした。
鉄鎖が、巴を守っていた。
透流は、その光景を見て、目を見開いた。
(鉄鎖が、巴を守った……?)
焔牙が、使い手の意志とは別に、動いた。
巴は、呆然としていた。
「巴、今だ! やれ!」
透流は、叫んだ。
巴は、ハッとした。
「……ええ!」
巴は、鉄鎖を振り上げた。
鉄鎖が、うなりを上げて、傀儡を打ち据える。
ガッ!
傀儡の体が、くの字に折れ曲がった。
ドサッ。
傀儡は、音を立てて倒れた。
三体目、機能停止。
静寂が戻った。
透流は、大きく息を吐いた。
「……終わった、か」
巴も、肩で息をしている。
「ええ……なんとか、ね」
巴は、鉄鎖を消した。
透流も、楯を消す。
二人は、しばらく無言で、その場に立ち尽くしていた。
傀儡の残骸が、冷たい床の上に転がっている。
巴の鉄鎖が、勝手に動いた。
あれは、何だったのか。
透流には、分からなかった。
だが、確かなことが一つだけある。
巴の鉄鎖には、まだ、隠された何かがある。
そう、感じた。
任務を終え、二人は製鉄所を後にした。
空は、相変わらず曇っていた。
だが、風は、少しだけ柔らかくなった気がした。
帰り道。
透流は、巴の横を歩きながら、言った。
「お前、強いな。鉄鎖の動き、無駄がなかった」
透流は、素直に褒めた。
巴は、一瞬、足を止めた。
そして、黙り込んだ。
(……あれ? 怒らせたか?)
透流は、不安になった。
だが、次の瞬間、巴は、胸を張った。
「当たり前でしょ。私は橘流道場の跡継ぎなんだから」
巴の声は、少し早口だった。
その頬は、わずかに赤く染まっている。
透流は、その表情を見て、思わず笑ってしまった。
「……なんだ、照れてるのか」
「なっ、照れてないわよ! 何言ってるの!」
巴が、さらに早口で反論した。
透流は、声を出して笑った。
(こいつ、戦闘以外では、本当に不器用だな)
なんだか、それが、妙に可愛らしく感じた。
巴は、ぷいっと横を向いた。
だが、その口元は、少しだけ緩んでいた。
学園に戻ると、二人は、理事長室に呼び出された。
理事長室の扉を開けると、九十九朔夜が、椅子に座って待っていた。
外見は、十歳くらいの少女。小柄で、華奢で、大きな瞳をした、愛らしい子供。
だが、その瞳の奥には、底知れない何かが潜んでいる。
「おかえりなさい。二人とも、任務、ご苦労さま」
朔夜は、にこりと笑った。
「……報告です。製鉄所跡地に、七曜の紋章がありました」
透流は、感情を押し殺して、言った。
朔夜は、ふむ、と頷いた。
「そう。やっぱりね」
朔夜の声は、落ち着いていた。
「やっぱり、って……知ってたんですか?」
透流は、思わず、声を荒げた。
「知っていた、というより、予想していた、の方が近いわ。あの場所には、七曜の残党が、時々、現れるのよ」
朔夜は、机の上に置かれた資料を、指先でつついた。
「……それなら、なぜ、俺たちを行かせた?」
透流は、朔夜を睨んだ。
朔夜は、透流の視線を、涼しい顔で受け止めた。
「試したのよ。あなたたちが、七曜の残党と遭遇したとき、どう動くかをね」
朔夜は、あっさりと言った。
「試した……!? ふざけるな! 俺たちは、お前の玩具じゃない!」
透流は、怒りを露わにした。
だが、朔夜は、まったく動じなかった。
「怒らないで。あなたたちは、私の期待通り、立派に任務を遂行したわ。特に、巴の鉄鎖は、素晴らしかった」
朔夜は、巴を見た。
巴は、びくっと肩を震わせた。
「橘巴。あなたの鉄鎖、そろそろ本気で振るう時が来るわよ」
朔夜の声が、少しだけ低くなった。
巴は、複雑な表情で、自分の手を見つめた。
「……どういう意味ですか?」
巴が、問い返す。
朔夜は、首をかしげた。
「今はまだいいわ。でも、覚悟しておきなさい。あなたの鉄鎖は、ただの鉄鎖じゃない。もっと、大きな力を持っているわ」
朔夜は、それ以上、何も言わなかった。
透流は、朔夜の言葉が、心に引っかかった。
(巴の鉄鎖に、隠された力……)
今日の戦いで、鉄鎖が巴を守った。
あれは、偶然ではない。
朔夜は、そのことを知っている。
透流は、朔夜という存在が、ますます不気味に思えた。
その夜。
寮の部屋。
透流と巴は、机を挟んで、向かい合って座っていた。
部屋には、二人きり。
今日の任務のことを、話し合っていた。
「今日の連携、なかなかだったよな」
透流が、言った。
「当然よ。私が選んだ相棒なんだから」
巴が、誇らしげに答えた。
透流は、その言葉に、少し照れた。
(私が選んだ相棒、か……)
巴が、自分を認めてくれている。
それが、嬉しかった。
「……お前、ああいうこと、平気で言うよな」
透流は、声が小さくなった。
「ああいうこと? 何が?」
巴は、首をかしげた。
「……何でもない」
透流は、顔を背けた。
巴は、きょとんとしていた。
しばらく、沈黙が続いた。
窓の外では、虫の声が聞こえている。
巴は、窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。
「……私、あんたと組んでよかったと思ってるわ」
透流は、その言葉を、聞き逃さなかった。
心臓が、ドクンと跳ねた。
巴は、透流の方を向いていない。
だから、その表情は、見えない。
「……ああ、俺もだ」
透流は、絞り出すように言った。
巴が、ゆっくりと、透流の方を向いた。
二人の視線が、かち合う。
巴の頬が、少しだけ赤い。
透流も、自分の顔が熱いのが分かった。
二人は、同時に、目を逸らした。
気まずい沈黙。
だが、それは、嫌な沈黙ではなかった。
むしろ、心地よい、とさえ思えた。
同じ頃。
学園の地下施設。
九十九朔夜は、大型モニターの前に立っていた。
モニターには、透流と巴の戦闘データが表示されている。
楯と鉄鎖の連携。
巴の鉄鎖が、勝手に動いた瞬間。
朔夜は、そのデータを、じっと見つめていた。
「楯と鉄鎖……やはりこの組み合わせは面白い。絶対双刃に至る可能性、十分にあるわね」
朔夜の唇が、不気味に歪む。
その隣に、月見璃兎が立っていた。
昊陵学園の卒業生で、透流たちのクラス担任。十九歳の女性教師だ。
普段は陽気でハイテンションな性格だが、今は、真剣な表情をしている。
「でも、まだ二人はお互いのことをよく知らないですよ?」
璃兎が、問いかける。
朔夜は、くすくすと笑った。
「だからこそよ。これから彼らがどんな化学反応を起こすか、楽しみじゃない」
朔夜の瞳が、暗く、妖しく輝いた。
璃兎は、何も言わずに、モニターを見つめた。
七曜の影が、確実に、二人の日常に迫りつつあった。Noveliaとは?
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