アブソリュート・デュオ if 〜もう一人の双刃〜
妹を殺した男を追って、焔牙使いの名門・昊陵学園に入学した九重透流。しかし彼が顕現させた焔牙は、攻撃能力を持たない「楯」だった。入学式の会場に響く嘲笑。それでも透流は耐える。守るために強くなる、と。たとえその力が、復讐のためだけに研ぎ澄まされていたとしても。
これは、武器にならない楯を抱えた少年が、それでも前に進もうとする物語。資格の儀で対峙する明るい少女・永倉伊万里。不気味な笑みを浮かべる幼き理事長・九十九朔夜。そして、胸の奥に沈めた妹の記憶。彼の楯が、やがて多くの少女たちの運命を狂わせていく——。
これは、もう一つの「双刃」の物語。復讐と守護の狭間で揺れる少年の、静かな幕開けです。
アブソリュート・デュオ if 〜もう一人の双刃〜 - 榊の影、絶望の淵 ― 守れなかった約束
目が覚めた。
カーテンの隙間から、薄い朝の光が差し込んでいる。
九重透流は、ベッドの上で体を起こした。
(……眠れたのか、これでも)
頭が重い。昨夜はほとんど眠れなかった。
月読の言葉が、耳の奥で繰り返し響く。
――鳴皇榊が待っているぞ。
榊。
妹の音羽を殺した男。
あの男が、この学園にいる。
透流は左手首に巻いた黒いリストバンドを、右手の指でぎゅっと握りしめた。
音羽の形見。
この感触が、心を落ち着けてくれる。
いや、落ち着かせようとしている。
(復讐の相手が、すぐそこにいる)
胸の奥で、黒い炎が静かに燃えている。
透流は深く息を吐いた。
――コンコン。
部屋の扉がノックされた。
「透流、起きてる?」
橘巴の声だ。
透流の絆双刃パートナー。
ストレートロングの黒髪。凛とした漆黒の瞳。生真面目で、思い込みが激しくて、恋愛にはとことん鈍い少女。
「……起きてる」
透流は短く答えた。
扉が開き、巴が顔をのぞかせた。
今日は髪を後ろで一つに結んでいる。稽古の時の髪型だ。
「朝練、行くわよ。あんた、顔色が悪いわ」
巴の眉間に、うっすらと皺が寄る。
真剣な時の、彼女の癖だ。
「大丈夫だ。……ちょっと、寝不足なだけだ」
透流は、そう言ってベッドから降りた。
巴は、じっと透流の顔を見つめた。
「……昨日のこと、まだ考えてるの?」
昨日のこと。
みやびの告白。
そして、月読の襲撃。
透流は、答えなかった。
答えられなかった。
巴は、小さくため息をついた。
「無理はしないで。あんた、すぐに一人で抱え込むんだから」
巴の声は、少しだけ柔らかかった。
透流は、巴の顔を見た。
こいつは、いつもそうだ。
こっちの都合なんてお構いなしに、真っ直ぐに踏み込んでくる。
でも、その真っ直ぐさが、今は少しだけ、痛かった。
(巻き込めない)
榊のことを、巴に話すわけにはいかない。
これは、俺の問題だ。
俺が、終わらせなければならない。
「……巴」
透流は、口を開いた。
「今日は、朝練、休む。……少し、一人で考えたいことがある」
巴の目が、わずかに見開かれた。
「一人で? 何を考えたいの?」
「……色々だ」
透流は、巴の目を見ずに答えた。
巴は、何か言いたそうにしていた。
でも、それ以上は聞かなかった。
「……分かったわ。でも、朝ごはんは食べなさい。食堂で待ってるから」
巴は、そう言って部屋を出ていった。
透流は、一人になった。
静かな部屋。
窓の外から、鳥の声が聞こえる。
透流は、机の引き出しを開けた。
中から、一枚の写真を取り出す。
音羽の写真だ。
笑っている。
無邪気に、笑っている。
「……行ってくる」
透流は、写真を胸ポケットにしまった。
そして、部屋を出た。
校舎裏。
古い倉庫。
透流は、その前に立っていた。
空は、朝からずっと曇っていた。
重たい灰色の雲が、空全体を覆っている。
風が吹くたびに、倉庫の壁が、きしきしと音を立てた。
(ここに、いるのか)
透流は、倉庫の扉に手をかけた。
鉄の扉は、冷たく、重い。
ギィィ……。
錆びた音を立てて、扉が開いた。
中は、薄暗い。
窓は高く、光はわずかしか差し込まない。
埃の匂いが、鼻をつく。
そして、もう一つ。
――人の気配。
倉庫の奥。
積み上げられた木箱の影。
そこに、立っていた。
黒いコート。
長い黒髪。
そして、透流をまっすぐに見下ろす、冷たい瞳。
鳴皇榊。
透流の全身に、鳥肌が立った。
体の芯が、一瞬で凍りつく。
二年前の、あの日の光景が、脳裏にフラッシュバックする。
燃える道場。
倒れる音羽。
血の匂い。
そして、あの男の、無表情な顔。
「来たか、九重透流」
榊の声は、低く、冷たかった。
まるで、氷の刃で、心臓をゆっくりと刺されるような声。
「榊……!」
透流は、歯を食いしばった。
怒りが、恐怖を押し流していく。
左手に、焔牙を展開する。
透流の焔牙――楯。
青白い光が、左手に集まり、一つの楯を形作る。
透流の魂が具現化した、防御の異能。
「楯か。つまらんな」
榊は、小さく呟いた。
その口元が、わずかに歪む。
嘲笑だ。
「うるさい!!」
透流は、床を蹴った。
全速力で、榊に突っ込む。
楯を前面に構え、体当たりを仕掛ける。
だが――。
榊は、動かなかった。
透流の突進を、半歩横にずれただけで、いとも簡単にかわした。
透流の体が、空を切る。
「遅い」
榊の声が、背後から聞こえた。
透流は、振り返りざまに、楯を振り回した。
だが、それも、空を切る。
「無駄だ」
榊は、透流の攻撃を、すべて見切っていた。
まるで、透流の動きが、すべて分かっているかのように。
透流は、何度も、何度も、攻撃を仕掛けた。
楯をぶつけ、蹴りを放ち、体ごとぶつかっていく。
だが、一発も、当たらない。
榊は、最小限の動きで、透流の攻撃をかわし続ける。
その顔には、退屈そうな表情さえ浮かんでいた。
「これが、お前の全力か」
榊の声に、透流の怒りが、さらに燃え上がる。
「まだだ……まだ、終わってない!」
透流は、楯を構え直した。
防御に徹する。
楯の異能。
武器にはならない。
でも、守ることはできる。
この楯で、あの男の攻撃を防ぎ、隙を作る。
透流は、そう考えた。
だが。
榊は、ゆっくりと、右手を上げた。
その手に、光が集まる。
白い刀身。
黒い刃。
光から創り出された刀――煌牙。
「その楯ごと、斬る」
榊が、一歩、踏み出した。
――速い。
透流の目には、榊の動きが、ほとんど見えなかった。
ただ、白い光が、一直線に、自分に向かってくる。
透流は、とっさに、楯を前面に突き出した。
――ガキィィィン!!
激しい金属音。
火花が散る。
だが、次の瞬間――。
――パキンッ。
透流の楯が、真っ二つに、砕け散った。
まるで、紙のように。
「な……!?」
透流の思考が、一瞬、停止した。
楯が、砕けた。
防御の異能が、一撃で。
そして、白い刃は、そのまま、透流の左腕を――。
――ズバンッ!!
鈍い音。
視界が、赤く染まった。
鮮血が、飛び散る。
透流の左腕が、肘から先が、消えていた。
斬り落とされた。
肘から先が、地面に、落ちる。
ごとり、と、生々しい音を立てて。
「――――っ!?」
痛みが、遅れてやってきた。
灼熱の痛みが、左腕を、全身を、焼き尽くす。
「がああああああああっ!!!」
透流の絶叫が、倉庫に響き渡った。
膝から、崩れ落ちる。
血が、止まらない。
地面に、赤い水たまりが、広がっていく。
透流は、右腕で、左腕の断面を押さえた。
熱い。
痛い。
そして、血が、指の間から、溢れ出てくる。
「二年前と同じだ。お前は何も守れない」
榊の声が、上から降ってきた。
冷たく、無感情な声。
榊は、血の海に倒れる透流を、見下ろしていた。
その目には、何の感情もない。
ただ、事実を、突きつけるだけ。
「妹も、守れなかった。仲間も、守れなかった。そして、自分自身の腕すら、守れなかった」
榊の言葉が、透流の心を、深く、深く、えぐっていく。
「楯は、何も守れない。お前は、何も守れない」
榊は、そう言い残すと、背を向けた。
「ま……て……」
透流は、震える声で、呟いた。
だが、榊は、振り返らなかった。
黒いコートの背中が、倉庫の入り口へと、遠ざかっていく。
「待てよ……榊……!」
透流は、右腕を伸ばした。
だが、体が、動かない。
血が、流れすぎている。
意識が、遠のいていく。
視界が、白く、ぼやけていく。
その時――。
遠くから、声が聞こえた。
懐かしい、優しい声。
「お兄ちゃん、ごめんね」
音羽の声。
二年前に、聞いた、最後の言葉。
透流の意識は、そこで、闇に落ちた。
巴は、朝練を終えて、食堂に向かっていた。
透流は、来なかった。
朝ごはんを食べなさいと言ったのに。
「もう、あいつは……」
巴は、小さくため息をついた。
その時だった。
「巴ちゃん!」
後ろから、声がした。
振り返ると、穂高みやびが、小走りで駆けてくる。
ふんわりとした栗色のセミロングを、大きなリボンで結んでいる。
優しげな琥珀色の瞳。
巴の絆双刃パートナーだ。
「おはよう。透流くんは?」
みやびは、胸の前で手を組みながら、そう尋ねた。
透流に想いを寄せている、巴の友人。
昨日、透流に告白したばかりだ。
「……あいつなら、今日は一人で考えたいことがあるって。朝練も休んだわ」
「え? 一人で?」
みやびの顔が、不安そうに曇った。
「そう。……私、ちょっと気になるのよ。あいつの様子、昨日からおかしかったから」
巴は、そう言って、歩き出そうとした。
だが、みやびが、巴の袖を、そっと掴んだ。
「……巴ちゃん、今日は、私が巴ちゃんの練習に付き合う番でしょ?」
みやびの声は、小さく、震えていた。
「みやび……」
巴は、みやびの顔を見た。
みやびは、巴の目を、じっと見つめている。
その瞳は、泣き出しそうに、潤んでいた。
「……お願い。今日は、一緒にいて。透流くんのこと、私も心配だけど……今は、私、一人になりたくないの」
みやびの言葉に、巴は、迷った。
透流のことが、心配だった。
でも、みやびも、今、不安定な状態だ。
昨日、告白したばかりで、その返事も、まだもらっていない。
「……分かったわ」
巴は、そう言って、みやびの手を握った。
「ありがとう、巴ちゃん」
みやびは、ほっとしたように、微笑んだ。
その笑顔は、少しだけ、無理をしているように見えた。
巴は、心の中で、透流に謝った。
(ごめん、透流。少しだけ、待ってて)
そのわずかな迷いが、巴を、透流から遠ざけた。
――ドサッ。
何かが倒れる音。
そして、悲鳴。
巴の耳に、その音が届いたのは、それから数分後のことだった。
みやびと一緒に、訓練場に向かっている途中だった。
校舎裏の方から、何か、物音がした。
人の、叫び声。
「今の……何?」
巴は、足を止めた。
心臓が、ドクンと跳ねた。
嫌な予感がした。
「巴ちゃん……?」
みやびも、不安そうに、巴の顔を見る。
「……行ってみる」
巴は、校舎裏へと走り出した。
嫌な予感が、確信に変わっていく。
――透流。
――お願い。無事でいて。
巴は、必死に走った。
心臓が、バクバクと鳴っている。
息が、苦しい。
校舎を曲がり、古い倉庫の前に出た。
扉が、開いている。
中から、血の匂いが、漂ってくる。
鉄臭い、生々しい匂い。
「透流……?」
巴は、震える声で、名前を呼んだ。
返事は、ない。
巴は、倉庫の中に、足を踏み入れた。
薄暗い倉庫。
そして――。
巴は、見た。
地面に広がる、赤い水たまり。
その中心に、倒れている、透流の姿。
そして、透流の左腕が――肘から先が――ない。
地面に落ちた、透流の左腕。
巴の思考が、真っ白になった。
「……え?」
声が、震えた。
目が、現実を認識することを、拒否する。
でも、血の匂いが、視界が、現実を突きつける。
透流の左腕が、ない。
血が、流れている。
透流が、倒れている。
「いや……いやぁっ!! 透流! 透流ぅっ!!」
巴の絶叫が、倉庫に響き渡った。
巴は、血の海に、膝をついた。
透流の体に、縋りつく。
「透流! しっかりして! 透流!!」
巴は、透流の体を揺さぶった。
透流の顔は、血の気がなく、真っ青だった。
目は、閉じられている。
呼吸は、浅く、弱々しい。
「やだ……やだよ……透流……!」
巴の目から、涙が溢れ出た。
止まらない。
後悔と、恐怖と、絶望が、巴の心を、めちゃくちゃにしていく。
――どうして、一人で行ったの。
――どうして、私を、置いていったの。
――どうして、私が、守れなかったの。
巴は、震える手で、焔牙端末を取り出した。
救急搬送を、要請しなければ。
指が、震えて、うまく操作できない。
「お願い……お願いだから……」
巴は、涙で滲む画面を、必死に操作した。
やっとのことで、救急要請を送信する。
「透流……お願い、目を開けて……私を、置いてかないで……」
巴は、透流の右手を、両手で握りしめた。
透流の手は、冷たく、力がなかった。
その時、倉庫の入り口で、別の悲鳴が聞こえた。
「いや……! 透流くん……!?」
みやびが、倉庫の入り口に、立っていた。
その場に、へたり込む。
顔から、血の気が引いている。
「透流くん……! うそ……うそだよ……!」
みやびは、両手で口を覆い、震えていた。
巴は、みやびの方を見た。
「みやび……救急車、呼んだわ。……手伝って」
巴の声は、震えていた。
みやびは、こくこくと頷いた。
涙で、顔がぐしゃぐしゃだった。
二人は、透流の体を、必死に支えた。
血が、二人の服を、赤く染めていく。
「ごめん……巴……」
透流の唇が、かすかに動いた。
意識が、戻りかけたのか。
「透流! しゃべらないで! 今、助けるから!」
巴は、叫んだ。
だが、透流の意識は、また、遠のいていく。
透流の右手が、力なく、巴の手を握り返した。
そして、そのまま、動かなくなった。
「透流! 透流!!」
巴の叫び声が、倉庫に、虚しく響いた。
救急車のサイレンが、遠くから聞こえてくる。
赤い光が、倉庫の壁を、ゆっくりと染めていく。
巴は、透流の右手を、握りしめたままだった。
救急隊員が、透流の体を、ストレッチャーに乗せる。
巴は、その間も、ずっと、透流の手を握っていた。
離さなかった。
離せなかった。
救急車の中。
巴は、透流の横に座っていた。
透流の右手を、両手で、ぎゅっと握りしめている。
透流の顔は、まだ、青白い。
左腕には、止血帯が巻かれ、血は止まっていた。
でも、失った血は、戻らない。
失った腕も、戻らない。
「なんで……なんで一人で行ったのよ……」
巴の涙が、透流の手の上に、ぽたぽたと落ちる。
「私を……私を置いて……バカ……!」
巴の声は、震えていた。
透流は、うっすらと目を開けた。
「……巴……」
透流の声は、かすれていた。
「透流! 気がついたの!?」
巴は、透流の顔を覗き込んだ。
透流の目は、ぼんやりとしていた。
焦点が、合っていない。
「……守れなかった……また……」
透流は、そう呟いた。
その言葉に、巴の胸が、締め付けられた。
「何を言ってるの! あんたは……あんたは、何も守れてないなんて、言わせない!」
巴は、叫んだ。
「私はここにいる! 生きてる! あんたが守ってくれたから、私、ここにいるのよ!」
巴の言葉は、透流の心に、届いているのか。
透流の目から、涙が、一筋、流れた。
「……ごめん……」
透流は、そう言って、再び、意識を失った。
巴は、透流の手を握る力を、強くした。
震える手で、祈るように。
学園の理事長室。
九十九朔夜は、大きな窓の前に立っていた。
外は、曇り空。
重たい雲が、学園全体を覆っている。
朔夜は、窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「月読の差し金ね。……まあいいわ。これで彼も、本気になるでしょう」
朔夜の唇が、不気味に、歪んだ。
その時、部屋の隅の影から、声がした。
「あの子、思ったより脆いわよ。これで本当に、絶対双刃に目覚めるのかしら」
月読が、影から現れた。
七曜の一人。
透流と巴を、圧倒的な力で、ねじ伏せた相手だ。
「脆いからこそ、面白いのよ。……そうでしょう?」
朔夜は、月読の方を見ずに、答えた。
月読は、小さく肩をすくめた。
「まあ、私は、言われた通りにしただけよ。……あの子の腕、ちゃんと持って帰ったわ」
月読は、そう言って、手に持った包みを、テーブルの上に置いた。
朔夜は、ちらりと、その包みを見た。
「ご苦労様。……これは、後で、使うわ」
朔夜の声は、冷たく、静かだった。
別の場所。
暗い部屋。
月読が、一人の男の前に、立っていた。
黒いコート。長い黒髪。
鳴皇榊。
「報告よ。あの子、左腕を斬り落とされたわ」
月読は、淡々と、そう言った。
榊は、何も答えなかった。
窓の外を見ている。
「思ったより、脆いわよ。あれで本当に、絶対双刃に目覚めるのかしら」
月読は、榊の横顔を見た。
榊は、しばらく沈黙していた。
そして、ぽつりと、呟いた。
「あの楯は、まだ本物じゃない」
月読は、その言葉に、首をかしげた。
「本物じゃない? どういうこと?」
榊は、月読の方を見た。
その冷たい瞳に、一瞬、何かが宿る。
だが、榊は、それ以上、何も言わなかった。
ただ、静かに、口を閉ざした。
病院の廊下。
巴は、一人で、ベンチに座っていた。
救急処置室の前。
透流は、今、中で、治療を受けている。
巴は、自分の手を見つめていた。
透流の血が、こびりついている。
赤黒い染みが、手のひらに、指の間に、広がっている。
洗っても、洗っても、落ちない気がした。
巴の体は、まだ、震えていた。
涙は、もう、枯れてしまった。
でも、心の奥底では、まだ、泣いていた。
「……ごめんなさい」
巴は、自分の血のついた手を見つめながら、小さく、呟いた。
透流の血。
透流の痛み。
透流の絶望。
巴は、そのすべてを、この手で、感じていた。
――守れなかった。
榊が透流に突きつけた言葉。
その言葉は、今、巴の心にも、深く、突き刺さっていた。
巴は、震える手を、ぎゅっと、握りしめた。
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