アブソリュート・デュオ if 〜もう一人の双刃〜
妹を殺した男を追って、焔牙使いの名門・昊陵学園に入学した九重透流。しかし彼が顕現させた焔牙は、攻撃能力を持たない「楯」だった。入学式の会場に響く嘲笑。それでも透流は耐える。守るために強くなる、と。たとえその力が、復讐のためだけに研ぎ澄まされていたとしても。
これは、武器にならない楯を抱えた少年が、それでも前に進もうとする物語。資格の儀で対峙する明るい少女・永倉伊万里。不気味な笑みを浮かべる幼き理事長・九十九朔夜。そして、胸の奥に沈めた妹の記憶。彼の楯が、やがて多くの少女たちの運命を狂わせていく——。
これは、もう一つの「双刃」の物語。復讐と守護の狭間で揺れる少年の、静かな幕開けです。
アブソリュート・デュオ if 〜もう一人の双刃〜 - 楯の意味 ― 一人で背負うなんて許さないんだから!
白い天井。消毒液の匂い。規則正しい機械音。
九重透流は、ゆっくりと目を開けた。
視界がぼやけている。何度か瞬きをして、ようやく焦点が合った。
病院だ。
昊陵学園の敷地内にある、焔牙使い専門の医療施設。透流は、その個室のベッドに横たわっていた。
体が、鉛のように重い。
右腕を動かそうとして、シーツの感触を確かめる。指先が、わずかに震えている。
透流は、恐る恐る、視線を左へと向けた。
肘から先が、なかった。
白い包帯が、何重にも巻かれている。その下には、もう、何もない。
――二年前と同じだ。お前は何も守れない。
榊の声が、耳の奥でこだまする。
冷たい、無機質な声。
透流は、唇を噛み締めた。
音羽を。巴を。そして、自分の腕さえも。
何もかもを、あの男に奪われた。
復讐のために学園に来た。強くなるために、楯を磨いてきた。それなのに、あの男の前では、まるで赤子同然だった。
楯が、砕けた。
あっけないほど、簡単に。
深い、深い絶望が、胸の底から湧き上がってくる。
もう、何もかも終わりだ。
復讐も、強くなることも、全部。
透流は、天井を見つめたまま、動けなかった。
バタン!!
病室の扉が、勢いよく開かれた。
「透流!!」
橘巴が、息を切らせて立っていた。
ストレートロングの黒髪が、乱れている。いつもは凛としている漆黒の瞳が、今は涙で濡れていた。
「透流……あんた……あんた……!」
巴は、ベッドに駆け寄ると、透流の体を抱きしめるようにして、泣き崩れた。
「なんで……なんで一人で行ったのよ! 私を――私を置いて!」
巴の声が、病室に響き渡る。
透流は、何も言えなかった。
巴の涙が、透流の頬に落ちる。温かい。
「あんた、また一人で抱え込んで……! 私、あんたの絆双刃なのよ!? なんで、なんで相談してくれないの!?」
巴は、透流の胸を、両手で叩いた。
ドン、ドン、と、力のない、それでいて必死な拳。
「バカ……バカバカバカ! あんたなんか、大っ嫌いよ!」
大っ嫌い。
そう言いながら、巴は、透流の胸に顔を埋めて、泣き続けている。
透流は、ゆっくりと、右手を上げた。
巴の頭に、そっと触れる。
「……巻き込みたくなかった」
透流の声は、かすれていた。
「巻き込む? 何言ってるのよ!」
巴は、顔を上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔。
「私は、あんたの絆双刃よ! あんたが戦うなら、私も戦う。あんたが傷つくなら、私も傷つく。そういうものじゃないの!?」
巴の言葉が、透流の胸に、深く突き刺さる。
「一人で背負うなんて、許さないんだから……!」
巴は、再び、透流の胸に顔を埋めた。
「お願い……もう、一人で行かないで……」
小さな、消え入りそうな声。
透流は、巴の震える肩を、右手で抱きしめた。
誰かに、こんなに心配されたのは、いつぶりだろう。
音羽が死んでから、ずっと一人だった。
復讐だけを心の支えにして、誰にも心を開かずに生きてきた。
なのに、こいつは。
巴は、こんなにも、俺のことを心配してくれている。
「……悪かった」
透流は、素直に、そう言った。
「……本当に、反省してるの?」
巴が、涙声で尋ねる。
「……ああ」
透流は、小さく頷いた。
巴は、しばらく泣き続けていたが、やがて、ゆっくりと体を起こした。
「……ごめんなさい。私、取り乱して……」
巴は、袖で涙を拭った。
「……いや、いい」
透流は、巴の頭から手を離した。
巴は、ベッドの横に置かれた椅子に座った。
「あんたの腕、……先生から聞いたわ。左腕は、もう……」
巴の声が、震える。
「ああ。……なくなった」
透流は、左腕の包帯を見つめた。
「でも、命があっただけ、ましだ」
透流は、そう言って、小さく笑った。
「……なんで、そんな風に笑えるのよ」
巴の瞳に、再び涙が浮かぶ。
「笑うしかないだろ」
透流は、天井を見上げた。
「……なあ、巴。俺の楯、砕けたんだ」
「……え?」
巴が、顔を上げる。
「あの男の前では、紙みたいに、簡単に砕け散った。……俺は、何も守れなかった。音羽も、お前も、自分の腕さえも」
透流の声は、静かだった。
「……俺は、弱い。弱すぎる」
巴は、何も言わなかった。
ただ、じっと、透流の横顔を見つめている。
「……でも」
透流は、言葉を続けた。
「お前が、俺のことを、そこまで心配してくれるなら。……もう少し、頑張ってみようかと思う」
巴の目が、大きく見開かれた。
「透流……」
「まだ、何ができるか分からない。でも、このまま終わるのは、悔しいからな」
透流は、巴の目をまっすぐに見た。
巴は、こくん、と頷いた。
「……ええ。私も、手伝うわ。あんたが、また戦えるようになるまで、ずっと」
巴の声には、力が戻っていた。
透流は、初めて、心の底から、巴に感謝した。
その夜。
病室の窓から、月明かりが差し込んでいた。
巴は、消灯時間ぎりぎりまで透流の傍にいたが、看護師に促されて、渋々、寮へと帰っていった。
透流は、一人、ベッドの上で、天井を見つめていた。
妹の顔が、浮かぶ。
無邪気な笑顔。
「お兄ちゃん、ごめんね」
最期の言葉。
その罪悪感が、透流の心を、今も縛り続けている。
コンコン。
不意に、病室の扉がノックされた。
「……誰だ」
透流が、警戒しながら尋ねる。
返事はない。
代わりに、扉が、ゆっくりと開いた。
「こんばんは、九重透流くん」
そこに立っていたのは、九十九朔夜だった。
昊陵学園理事長。
透流と巴を「絶対双刃」にしようと目論む、幼い外見の少女。
「……理事長」
透流は、身構えた。
朔夜は、にこりと微笑むと、病室に入ってきた。
「お見舞いに来たのよ。具合はどうかしら?」
「……見ての通りだ」
透流は、左腕を一瞥した。
「そう。……残念だったわね」
朔夜は、ベッドの横に立つと、透流の顔をじっと見下ろした。
「でも、あなたなら、きっと乗り越えられるわ」
「……何しに来た」
透流は、朔夜の言葉を遮った。
「あら、つれないのね」
朔夜は、くすくすと笑った。
「用件を言え」
「……そうね。あなたに、どうしても伝えたいことがあるの」
朔夜の表情から、笑みが消えた。
「九重透流。あなたの妹、音羽さんについてよ」
透流の心臓が、大きく跳ねた。
「……音羽の、何だ」
透流の声が、低くなる。
「彼女は、生きているわ」
朔夜の言葉が、静かに、病室に響いた。
「……なに?」
透流は、自分の耳を疑った。
「音羽さんは、死んでいない。生きているのよ」
朔夜は、繰り返した。
「……嘘だ。あの時、確かに、音羽は……」
透流の脳裏に、二年前の光景がフラッシュバックする。
血まみれの音羽。
冷たくなっていく小さな手。
「死んだように見えた。……でも、実際は違ったの。彼女は、今も生きている」
朔夜の声は、冷たく、しかし確信に満ちていた。
「……どこにいるんだ。音羽は、今、どこにいる!?」
透流は、ベッドから身を乗り出した。
「鳴皇榊の手の内にいるわ」
朔夜は、透流の目を、まっすぐに見据えた。
「……榊の、手の内に……?」
透流の全身から、力が抜けていく。
「ええ。だから、あなたが強くならなければ、妹は救えない。……そういうことよ」
朔夜は、透流に背を向けると、窓際へと歩いた。
月明かりが、朔夜の小さな体を照らしている。
「お前の楯は、まだ本物じゃない」
朔夜は、窓の外を見ながら、呟いた。
「守りたいものがある限り、楯は強くなる。……あなたが、本当に守りたいものを、見つけなさい」
朔夜は、振り返ると、透流に微笑んだ。
「それでは、お大事に」
朔夜は、そう言い残すと、病室を後にした。
透流は、呆然と、朔夜が出ていった扉を見つめていた。
音羽が、生きている。
信じられない。
でも、朔夜が、わざわざ嘘をつく理由がない。
希望と、絶望が、同時に押し寄せる。
音羽は生きている。
でも、あの男の元にいる。
透流は、右手を、ぎゅっと握りしめた。
復讐のためじゃない。
音羽を、救うために。
透流は、その時、初めて、新たな目標を得た。
翌日から、透流のリハビリが始まった。
片腕で日常生活を送ることは、想像以上に困難だった。
歯を磨くことも、服を着替えることも、食事をすることも。
今まで当たり前にできていたことが、何もかも、うまくいかない。
「くそっ……」
透流は、うまく持てない箸を、床に落とした。
「大丈夫? 私がやるわ」
巴が、毎日、病室に通ってきていた。
食事の世話から、リハビリの付き添いまで、甲斐甲斐しく、透流の世話を焼く。
「いや、自分でやる。……これくらい、できないと」
透流は、左手の代わりに、右手だけで箸を拾い上げた。
「……無理しないで。まだ、退院したばかりなんだから」
巴が、心配そうに、透流の手元を見つめる。
「無理しなきゃ、いつまでも進めないだろ」
透流は、再び、箸で食べ物をつまもうと試みる。
しかし、うまくいかない。
「……はあ」
透流は、深いため息をついた。
「……あのね、透流」
巴が、透流の隣に座った。
「あんたは、一人で全部やろうとしすぎるのよ。……私に、少しは頼りなさい」
巴は、透流の手から箸を取ると、食べ物をつまんで、透流の口元に運んだ。
「……おい、巴」
透流は、戸惑った。
「いいから、食べなさい。……あーん」
巴は、真剣な顔で、透流の口に食べ物を運ぶ。
透流は、観念して、口を開けた。
「……どう? 美味しい?」
「……ああ。……美味い」
透流は、照れながら、そう答えた。
巴は、嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。……あんた、ちゃんと食べないと、体力が戻らないわよ」
巴は、再び、食べ物を透流の口元に運ぶ。
透流は、巴に食べさせてもらいながら、思った。
こいつに、ここまで世話を焼かれる日が来るとはな。
恥ずかしい。
でも、不思議と、嫌ではない。
数日後。
透流は、病院の中庭で、リハビリをしていた。
右腕だけで、楯を顕現させる訓練だ。
「……ふっ」
透流が、精神を集中させる。
右腕の前に、青白い光が集まり、楯の形を成していく。
しかし、すぐに、霧散してしまう。
「……まだ、安定しないか」
透流は、額の汗を拭った。
「無理もないわ。焔牙は、精神力と連動するもの。あんたの心が、まだ不安定なのよ」
巴が、透流の傍らに立っていた。
「……分かってる。でも、やらなきゃ、強くなれない」
透流は、再び、楯の顕現を試みる。
「……私が、的になるわ」
巴が、突然、そう言った。
「……は?」
透流は、巴を見た。
「あんたの楯を、私の鉄鎖で受け止める。……遠慮なく、ぶつけてきなさい」
巴は、両手に、鉄鎖を顕現させた。
黒く、硬質な鎖が、巴の手から伸びている。
「巴、何言ってるんだ。危ないだろ」
「大丈夫よ。私の鉄鎖は、あんたの楯を受け止めるためにあるんだから」
巴は、にっこりと笑った。
「……お前、本当に、無茶するな」
透流は、苦笑した。
「あんたに言われたくないわよ。……さあ、来なさい」
巴は、鉄鎖を構えた。
透流は、深く息を吸い込んだ。
守るために。
透流は、右腕に、意識を集中させる。
音羽を救う。
巴を守る。
そのために、強くなる。
「……うおおおおお!!」
透流が、右腕を突き出した。
青白い光が、爆発的に広がる。
楯が、顕現した。
今までより、はっきりと、力強く。
「……! 透流、すごいわ!」
巴が、歓声を上げる。
透流は、そのまま、巴に向かって、楯をぶつけた。
ガキィィィン!!
楯と鉄鎖が、激しくぶつかり合う。
火花が散った。
「……まだまだ!」
巴は、鉄鎖を操り、透流の楯を何度も打ち据える。
透流は、楯で、その攻撃を、必死に受け止める。
巴の鉄鎖は、見た目以上に重い。
でも、楯は、砕けない。
「……あんたの楯、前より温かい気がするわ」
巴が、訓練の最中に、ぽつりと呟いた。
「……温かい?」
透流は、楯を見つめた。
青白い光を放つ、透流の楯。
「ええ。……なんだか、安心するの。あんたの楯に触れていると」
巴は、そう言って、微笑んだ。
透流は、自分の胸に、手を当てた。
確かに、以前とは、何かが違う。
復讐心だけで作っていた楯。
それが、今は、守りたいもののために、作られている。
透流は、その時、自分の戦う意味が、変わったことを、はっきりと自覚した。
リハビリの合間。
透流は、病室で、巴と二人きりだった。
「……なあ、巴」
透流が、切り出した。
「何?」
巴が、顔を上げる。
「……みやびのことなんだが」
透流は、少し言いにくそうに、言葉を続けた。
「みやび? みやびがどうしたの?」
「……あいつ、俺に、告白してきたんだ」
巴の動きが、止まった。
「……みやびが? あんたに?」
巴は、目を丸くした。
「ああ。……あの日、月読が来る前に」
透流は、窓の外を見た。
「……そうだったの」
巴は、少しだけ、複雑な表情を浮かべた。
「俺は、復讐のことで頭がいっぱいで、どう答えていいか分からない。……まだ、返事もしていない」
透流は、ため息をついた。
「……みやびは、真っ直ぐな子よ」
巴が、静かに言った。
「あんたが逃げたら、私が許さないわ」
巴は、透流の目を、まっすぐに見据えた。
見慣れない、真剣な顔だった。
「……分かってる。逃げるつもりはない。……でも、今の俺には、それどころじゃない」
透流は、左腕の包帯を見つめた。
「……それでも、みやびの気持ちには、ちゃんと向き合いなさい。……あの子、あんたのこと、本当に好きなんだから」
巴の声は、少しだけ、震えていた。
「……ああ」
透流は、頷いた。
その夜。
巴は、自室のベッドに座り、ぼんやりと天井を見上げていた。
「みやびが……透流を好き……」
巴は、小さく呟いた。
「そっか……そうだったんだ」
巴の胸の奥が、ざわざわと騒ぐ。
この気持ちは、何だろう。
みやびの恋を、応援したい。
そう思っているはずなのに。
「……私、どうしたのかしら」
巴は、自分の胸に、手を当てた。
ドキドキと、心臓が、少しだけ早く脈打っている。
巴は、その正体に、まだ、気づいていなかった。
数日後。
透流は、病院の廊下を、一人で歩いていた。
リハビリの成果か、少しずつ、体力が戻ってきている。
「……ふう」
透流は、廊下の窓から、外を眺めた。
青い空。
碧霞山脈の稜線が、美しい。
透流は、心の中で、そう誓った。
「あら、あなたが九重透流ですの?」
突然、背後から、声をかけられた。
透流が振り返ると、そこには、見知らぬ少女が立っていた。
黄金色のストレートロング。
蒼玉のように澄んだ青い瞳。
アンティークの懐中時計を、誇らしげに握りしめている。
「……あんた、誰だ?」
透流は、警戒しながら、少女を見た。
「私はリーリス・ブリストル。セント・アーガス・アカデミーから参りました、交換留学生ですわ」
リーリスは、胸を張って、そう名乗った。
「交換留学生? ……なんで、こんな病院に?」
「あなたの噂を聞きつけて、わざわざ会いに来たんですのよ。……異能の焔牙を持つ、九重透流。あなたの楯は、特別な私にふさわしい唯一の存在だわ」
リーリスは、透流に、ずいっと近づいた。
「……は? 何言ってんだ、このお嬢様」
透流は、思わず、素でツッコんだ。
「私は、特別な存在ですの。そんな私のパートナーにふさわしいのは、あなたのような異能の焔牙を持つ者だけよ。……つまり、あなたは、今日から私の婚約者候補ですわ」
リーリスは、勝手に、話を進めていく。
「婚約者候補!? ちょっと待て、何の話だ!」
透流は、混乱した。
「透流は、私の絆双刃よ。横から、かっさらわないでちょうだい」
そこへ、巴が、病室から出てきて、透流とリーリスの間に割って入った。
「あら、あなたは?」
リーリスが、巴を、値踏みするように見る。
「橘巴よ。透流の、絆双刃パートナー」
巴は、リーリスを、まっすぐに見据えた。
「絆双刃? ……ふうん。でも、それは、一時的なものではなくて? 特別な私が現れた以上、彼のパートナーは、私が務めるべきですわ」
リーリスは、顎を上げて、巴を見下した。
「何ですって? 透流のパートナーは、私よ。あんたに渡す気は、一ミリもないわ」
巴は、一歩も引かない。
「平民が、私に楯突く気? 身の程を知りなさいな」
リーリスは、鼻で笑った。
「平民? ……あんたこそ、後から来た分際で、偉そうにしないでちょうだい」
巴の声が、低くなる。
「あら、怖いわ。……でも、事実を言っただけよ。特別な私に、あなたが勝てると思うの?」
リーリスは、挑発的に、巴を見つめた。
「やってみなきゃ、分からないでしょ」
巴は、両手に、鉄鎖を顕現させた。
「あら、やる気? 面白いわ。……受けて立つわよ」
リーリスも、手に、焔牙を顕現させた。
銃だ。
ライフルの形をした、焔牙。
「ちょ、ちょっと待て、お前ら! 病院で何やってんだ!」
透流が、慌てて、二人の間に割って入った。
「透流は、下がってなさい。これは、私と、このお嬢様の問題よ」
「ええ、そうですわ。あなたは、そこで見ていなさいな。……特別な私の力、見せてあげる」
二人は、透流を無視して、にらみ合いを続ける。
「だから、やめろって! ここは病院だぞ! 看護師さんが来るだろ!」
透流は、必死に、二人を止めようとする。
しかし、二人は、聞く耳を持たない。
病院の廊下は、一触即発の、修羅場と化していた。
「透流くん……! 大丈夫ですか……!?」
そこへ、みやびが、お見舞いの品を抱えて、駆けつけてきた。
「みやび……!」
透流は、みやびを見た。
「腕のことを聞いて、いてもたってもいられなくて……! あの、これ、お見舞いの果物です……!」
みやびは、涙目で、透流に果物の籠を差し出した。
「……ああ、ありがとう」
透流は、果物の籠を受け取った。
「あら、あなたは?」
リーリスが、みやびに、興味を示した。
「……え、あの、私は、穂高みやびです。透流くんの、クラスメイトで……」
みやびは、おどおどしながら、自己紹介した。
「ふうん。……九重透流、あなた、随分とモテるのね」
リーリスは、透流を、面白そうに見た。
「……別に、モテてない」
透流は、顔を赤らめた。
「……みやび、この人は、セント・アーガス・アカデミーからの交換留学生ですって。……透流の婚約者候補を、自称してるのよ」
巴が、みやびに、説明した。
「婚約者候補……!?」
みやびの顔色が、さっと変わった。
「……透流くん、それ、本当ですか……?」
みやびが、透流に、不安そうな目を向ける。
「違う! こいつが勝手に言ってるだけだ!」
透流は、慌てて否定した。
「……本当ですか?」
みやびは、まだ、不安そうだ。
「本当だ。……信じろ」
透流は、みやびの目を、まっすぐに見た。
「……はい。透流くんが、そう言うなら、信じます」
みやびは、ようやく、微笑んだ。
「……あらあら、随分と、信頼されているのね」
リーリスが、からかうように言った。
「……あんたには、関係ないでしょ」
巴が、リーリスを睨む。
「関係、ありますわ。……だって、彼は、私の婚約者候補ですもの」
リーリスは、透流の腕に、自分の腕を絡めた。
「おい、離れろ!」
透流は、リーリスを、引き剥がそうとした。
「透流に、触らないでちょうだい!」
巴が、リーリスと透流の間に、無理やり体を割り込ませる。
「……あの、透流くんは、私の……じゃなくて、巴ちゃんのパートナーですから……!」
みやびも、おろおろしながら、透流の周りをうろつく。
「お前ら、落ち着け! ここは病院だぞ!」
透流は、三人の少女に囲まれて、完全にパニックになっていた。
病院の廊下に、少女たちの声が、響き渡る。
「こらー! 病室で何を騒いでるの!」
騒ぎを聞きつけた看護師が、廊下を走ってきた。
「……やばい」
透流は、青ざめた。
「……ほら、あんたたち、透流のリハビリの邪魔になるでしょ。今日は、帰りなさい」
巴が、リーリスとみやびに、退去を促す。
「……仕方ないわね。九重透流、また会いましょう。……特別な私が、あなたを、必ず手に入れてみせるわ」
リーリスは、透流に、ウインクを送ると、優雅に去っていった。
「……透流くん、また来ますね。……お大事に」
みやびも、名残惜しそうに、去っていった。
「……あんた、本当に、モテるわね」
巴が、透流を、じとっと見た。
「……だから、モテてないって」
透流は、ため息をついた。
「……まあ、いいわ。……あんたの周りは、騒がしいけど、退屈しないわね」
巴は、小さく笑った。
「……俺は、静かにリハビリしたいんだがな」
透流は、ぼやいた。
「無理よ。……あんたは、そういう星の下に生まれてるのよ」
巴は、透流の背中を、ポンと叩いた。
透流は、巴の顔を見た。
巴は、いつものように、凛とした笑顔を浮かべていた。
透流は、心の中で、そう呟いた。
騒がしい。
でも、一人じゃない。
それは、透流にとって、初めての感覚だった。
夕暮れ。
透流は、病室の窓から、外を眺めていた。
空が、茜色に染まっている。
「……綺麗ね」
巴が、透流の隣に立った。
「……ああ」
透流は、夕焼けを見つめながら、静かに言った。
「……なあ、巴」
「何?」
「……俺、強くなるよ。音羽を、助けるために」
透流の声は、決意に満ちていた。
「……ええ。私も、手伝うわ。あんたが、音羽さんを助けられるように」
巴は、透流の手を、そっと握った。
温かい手だった。
「……ありがとう、巴」
透流は、巴の手を、握り返した。
夕日が、二人の影を、長く伸ばしていた。
透流の心には、まだ、復讐の炎が燃えている。
でも、その炎は、以前とは、少しだけ、色が違っていた。
守るための炎。
それは、透流の楯を、これから、もっと強くするだろう。
そして、透流の周りには、巴が、みやびが、リーリスがいる。
騒がしくて、面倒くさくて。
でも、温かい。
透流は、静かに、目を閉じた。
風が、カーテンを揺らす。
新たな戦いの予感が、すぐそこまで、近づいていた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。