シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜
シェリン・バーガンディは世界中の謎を追いかける探偵VTuber。今日も今日とて依頼人はゼロ。チューリップ組の仲間たちとだらだら過ごしていた事務所に、一通の謎の手紙が届く。「呪いの花を探せ」。差出人不明、報酬は金貨百枚。シェリンの目が輝く。「これは怪盗の仕業かもしれない」と、彼はその事件に飛びついた。
手紙が導く先は、町はずれにあるノクターン庭園。そこには夜だけ咲く不思議な花があった。シェリンは相棒のエリーゼとルカを連れて庭園へ。奥深くで、黒いバラのような花を見つける。シェリンがそれに触れた瞬間、まばゆい光が爆発した!
「うわ、なんだこれ!?」
光が消えると、シェリンの体は女の子になっていた。それだけじゃない——エリーゼは男の子に、ルカは……なぜか猫になっていた。チューリップ組はパニックに陥る。「声が高すぎる!」「このスカート、スースーする!」「ニャー!」
呪いを解く方法を探すうち、三人は呪いの花を育てた犯人を追うことになる。怪盗のライバルの助けを借りて、シェリンは手がかりを集めていく。しかし、呪いは一つだけではなかった。町中で人々が入れ替わっている——花屋の店主、パン屋のおばさ
シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜 - 呪いの花と消えた依頼人 ~探偵、女の子になる~
「……で、今日の依頼は?」
事務所の古びた机に突っ伏したまま、シェリン・バーガンディは相棒二人に問いかけた。ワインレッドの髪は後ろでひとつに束ねているが、今日は特に寝癖がひどい。琥珀色の瞳は半開きで、左目の下の泣きぼくろが余計に眠そうに見えた。くたびれた白いシャツに黒いベスト、首からは真鍮のルーペを下げている。スラックスの膝は擦り切れていた。
ここはヴェルクライン下町、パン屋街の裏手に建つ古びた二階建て。チューリップ組探偵事務所である。家賃は月に銀貨8枚。安いが、その分あちこちがガタついている。窓枠は歪み、床板は踏むたびにぎしぎし鳴った。
「ないわよ。昨日の猫探し以来、何も」
銀色の長い髪を三つ編みにしたエリーゼが、紫の切れ長の瞳でシェリンを見下ろした。身長は165センチと小柄だが、背筋を伸ばして座る姿には凛とした空気がある。花唄術師らしく、指先には淡く光る花の紋様が浮かんでいた。
エリーゼ・ノクターン。22歳。チューリップ組の参謀役で、クールで理論派。感情をあまり表に出さないが、仲間のピンチには誰よりも早く動くタイプだ。シェリンの無茶な推理にツッコミを入れるのも、たいてい彼女の役目だった。
「兄貴! 昨日の猫、飼い主んとこ戻ったんだろ? あのじいさん、泣いて喜んでたって聞いたぜ!」
茶色の髪に犬の耳をぴょこぴょこ動かしながら、ルカが身を乗り出した。金色の丸い目がキラキラしている。170センチの体は若さと元気に満ちていて、尻尾をぶんぶん振る姿はまさに子犬そのものだ。
ルカ・ストーン。18歳。獣人の見習いで、チューリップ組のムードメーカーである。獣人として差別されることも多いが、それをバネに誰よりも優しくなろうと努力している。シェリンを兄貴と慕い、エリーゼを姉貴と尊敬していた。
「ああ、まあな。報酬は銅貨10枚。パン三つ分だ」
シェリンは机の上の紙袋から、昨日の残り物の花唄パンを取り出した。少し固くなっているが、食べられないことはない。かじりながら、窓の外をぼんやり眺める。パン屋街からは焼きたての匂いが漂ってきて、昼時だというのに腹の虫が鳴った。
探偵ライバー。この世界独自の職業だ。配信を通じて探偵活動を行い、視聴者からの投げ銭や依頼報酬で生計を立てる。ヴェルクライン探偵協会への登録が必要で、無登録で活動すれば銀貨50枚の罰金が科される。
シェリンがこの仕事を始めて、もう五年になる。
なのに。
「登録五年、依頼ゼロ、視聴者数人……か」
ぽつりと呟いて、シェリンは天井を見上げた。蜘蛛の巣がひとつ、ゆらゆら揺れている。
推理力はある。自分でもそう思う。なのに、なぜか依頼が来ない。配信を開いても視聴者は数人。コメントは「誰?」「何この人」ばかり。トップライバーは月に金貨50枚以上稼ぐというのに、自分の収入は月に銅貨10枚程度。パンが買えるかどうかの瀬戸際だった。
「気にするな。お前の推理は本物だ。いつか必ず、大きな依頼が来る」
エリーゼが静かに言った。紫色の瞳が、ほんの一瞬だけ柔らかくなる。シェリンはその視線に気づかず、パンをかじり続けた。
「そうだぜ兄貴! あたしの鼻が保証する! 兄貴はすげえ探偵だ!」
ルカが尻尾を振りながら叫ぶ。机の上のコップが揺れた。
「お前の鼻は犬の鼻だろ。猫探しには役立ったけどな」
「にゃはは! まあな!」
三人で笑い合う。だらだらとした、でも悪くない時間だった。
ふと、ルカが真面目な顔になった。
「そういえばよ、花唄魔術ってすげえよな。歌で魔力を引き出すんだろ? 獣人コミュニティじゃ、花唄術師の歌を聞くと傷が治るとか、作物が育つとか、噂になってるんだぜ」
エリーゼが小さく頷いた。
「ええ。花唄魔術は歌と植物を媒介にする。発動には体内に宿した『唄の種』から魔力を引き出し、特定の旋律を歌う必要がある。ただし、誰でもなれるわけではない。唄の種を宿す儀式が必要で、適性があるのは人口の約15%……私も、その一人よ」
エリーゼが指先に光を集めた。小さな花びらが舞い、空中で淡く輝く。花唄魔術の初歩的なものだ。シェリンはその光を、何かを思い出しそうな顔で見つめた。
「……唄の種、か」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
幼い頃、ノクターン庭園で迷子になった記憶。夜の庭園。青白い燐光。誰かの歌声。そして——。
頭の奥がズキンと痛んで、シェリンは顔をしかめた。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない。ちょっと頭痛が」
エリーゼが心配そうに身を乗り出す。その距離が近くて、シェリンは少しだけ胸の鼓動が速くなるのを感じた。……いや、これは頭痛のせいだ。そうに決まっている。
「それより、一つ警告しておくわ。夜咲きの花には絶対に触れないで。古い伝承では、夜にだけ咲く花に触れた者は『魂の器』を交換されるという。性別も、種族も、年齢も、めちゃくちゃに入れ替わる呪いよ」
「へえ、面白いな。男が女になったり、猫になったりするのか?」
「笑い事じゃないわ。呪いは今も解明されていない。元に戻る方法は確立されていないの」
エリーゼの真剣な口調に、シェリンは軽く肩をすくめた。
その時だった。
すり、という音がして、事務所のドアの下から白い封筒が滑り込んできた。
「……ん?」
シェリンは立ち上がり、封筒を拾い上げた。古びた紙。封蝋もなく、差出人の名前もない。だが、妙に重みがある。
中を開けて、シェリンの目が大きく見開かれた。
「金貨百枚!?」
「はあ!?」
「見せて」
エリーゼが手紙を覗き込む。そこには、こう書かれていた。
『ノクターン庭園に咲く呪いの花を調査してほしい。報酬は金貨百枚。成功すれば、追加の報酬も用意している。ただし、この依頼は他言無用。花に触れた者に、呪いの真相が眠っている。』
金貨百枚。ヴェルクラインでは家一軒が買える額だ。約300万円相当。シェリンは手紙を握りしめ、ぶるぶる震えた。
「これ、絶対ノクト・ファントムの仕業だろ! あの怪盗が、俺に挑戦状を送ってきたんだ!」
「どうしてそうなるのよ。差出人不明の依頼よ。危険すぎるわ。ノクターン庭園は夜間外出禁止令が出ている。日没後は呪いの花が活性化するの」
エリーゼがきっぱりと反対する。だが、シェリンの琥珀色の瞳は、もうキラキラと輝いていた。考え事をする時の癖で、無意識に首の真鍮ルーペをくるくる回し始める。
「でもよ、誰かの役に立てるかもしれないんだぞ? それに、呪いの花の調査だって? 面白すぎる!」
「兄貴の勘は当たるにゃ! 行こうぜ、姉貴!」
「……はあ。あなたたち、本当に懲りないわね」
エリーゼは深いため息をついた。だが、その紫の瞳の奥には、ほんの少しだけ期待の光が宿っている。シェリンはそれを見逃さなかった。
エリーゼは、いつもそうだ。口では反対しながら、結局は一番に動いてくれる。シェリンは彼女のそんなところを、誰よりも信頼していた。
「決まりだ。明日の夕暮れ、ノクターン庭園へ向かう」
手紙をもう一度見る。筆跡が、妙に見覚えがある気がした。
……いや、気のせいだ。
そう自分に言い聞かせて、シェリンは手紙を机の引き出しにしまった。
翌日、夕暮れ。
三人はヴェルクラインの街はずれ、ノクターン庭園へと足を踏み入れた。街の喧騒から離れ、シルバーフォレストの端に位置するその庭園は、昼間は穏やかな花畑だという。しかし、日が沈むと一変する。
空が藍色に染まる頃、庭園は青白い燐光に包まれ始めた。
「うわ……昼間とは全然違う」
あたり一面に咲く花々が、ぼんやりと光っている。白い花、青い花、紫の花。どれも現実のものとは思えないほど美しく、そして不気味だった。風が吹くたびに、花びらがざわざわと揺れ、光が波のように広がる。
「ここは魔力が濃いわ。花精の血がざわつく……気をつけて」
エリーゼの銀色の三つ編みが、風にふわりと舞う。彼女は花唄魔術の構えをとり、指先に光を灯した。
「あたしの耳、なんか変な音を拾ってる……すごく、嫌な感じだ」
ルカの犬耳がぴんと立ち、金色の目が警戒に細められる。夜の庭園には、三人の足音以外にも、何かが蠢く気配があった。
夜間外出禁止令。破れば拘留。でも、そんなことを気にしていられない。
「こっちだ。足跡がある。……これは、最近誰かが通った跡だ」
シェリンは地面に残るかすかな足跡を見つけ、推理を巡らせた。草の倒れ方、土の湿り具合、折れた枝の角度。頭の中でパズルのピースが組み合わさっていく。
三人は庭園の奥へと進んだ。
やがて、月明かりの下に、一輪の黒いバラのような花が咲いているのを見つけた。
周囲の花とは明らかに異質だった。黒い花びらは光を吸い込み、中心からは赤い脈動が漏れている。花の周りだけ、空気が歪んでいるように見えた。
「これが、呪いの花か……」
シェリンは吸い寄せられるように、その花へと歩み寄った。
「待って! 触っちゃダメ!」
「兄貴! やめろ!」
二人の制止も聞こえない。シェリンの手が、黒い花びらに触れた。
その瞬間。
まばゆい閃光がはじけた。
視界が白く染まり、悲鳴のような音が頭の中に響き渡る。地面が揺れ、花々が一斉にざわめいた。光の中で、何かが三人の体を貫いていく。
「うわっ、何だこれ!?」
光が消えた。
シェリンは地面に尻もちをついていた。目を開ける。
「……え?」
視界が、いつもと違う。髪が長い。肩にかかるワインレッドの髪。手足が細く、華奢になっている。胸に、違和感がある。服がぶかぶかで、スカートが——。
いや、待て。
スカート?
「うわああああ!? 何だこれ!? 俺の声が高い!? スカートがスースーする!?」
自分の口から出た声が、甲高く、女の子のものになっていた。
「シェリン……お前、その姿……」
振り返ると、そこには見知らぬ男の子が立っていた。銀色の短髪。紫の切れ長の瞳。瞳孔が縦スリットになっている。身長は165センチのままだが、明らかに男の体つきをしている。
「エリーゼ!? お前、男になってる!?」
「……っ!? な、何よこれ……私、どうして……」
エリーゼが自分の体を見下ろし、顔を真っ赤にした。男の体になっても、仕草や口調は女性のままだ。そのアンバランスさが、妙に可笑しくて、そして深刻だった。
「にゃー! にゃー! にゃにゃー!?」
足元から、猫の鳴き声が聞こえた。
灰色の猫が一匹、必死に鳴いている。金色の丸い目が、さらに丸く大きくなっていた。茶色の髪は灰色の毛に変わり、犬の耳は猫の耳に。尻尾も猫のものだ。
「ルカ!? お前、猫になってるのか!?」
「にゃー!(兄貴! 助けてにゃ! あたし、猫になってるにゃ!)」
ルカの言葉は、シェリンには「にゃー」としか聞こえなかった。だが、なぜか意味は理解できた。呪いの影響か、それとも獣人同士の共感能力か。
「呪いの花……本当に魂の器を交換する呪いだったのね」
エリーゼが震える声で言った。男の体になっても、彼女の銀色の髪は美しく、紫の瞳は鋭い。
シェリンは自分の体を見下ろした。
ワインレッドの長い髪。華奢な肩。細い指。そして、服の下の柔らかな膨らみ。
「……マジか。俺、本当に女の子になってる」
心臓がバクバクと音を立てる。頭が真っ白になりそうだった。
だが、それよりも。
シェリンの脳裏に、手紙の一文が蘇った。
『お前の秘密を、俺は知っている。』
——違う。あの手紙には、そんなことは書かれていなかった。
でも、確かに、あの手紙の裏に、うっすらと浮かび上がる文字があった。
『お前の秘密を、俺は知っている。』
シェリンの顔から、血の気が引いた。
それは、誰にも言ったことのない、いちばん大事な秘密。
体内に、唄の種を持っていること。
花唄術師でもないのに、シェリンの体の中には、唄の種が宿っている。それは、普通の人間ではありえないことだった。
「……なんで、あいつがそれを」
「シェリン? どうしたの? 顔色が悪いわ」
エリーゼが心配そうに覗き込む。男の体になっても、その優しさは変わらない。
「……何でもない。それより、早くここを離れよう。呪いの花が、また何かするかもしれない」
平静を装って、シェリンは立ち上がった。スカートの裾がふわりと揺れる。男だった頃の服はぶかぶかで、歩くたびにずり落ちそうになる。
三人は、夜の庭園を逃げ出した。
道中、ルカが猫の姿のまま、シェリンの肩に乗っていた。エリーゼは無言で、自分の手を握ったり開いたりしている。
「……ごめん。俺が花に触らなければ、こんなことにならなかった」
シェリンが絞り出すように言った。
「謝らないで。誰も、あなたを責めてないわ」
エリーゼが、そっとシェリンの手を握った。男の手なのに、その温かさはエリーゼのものだった。
胸が、きゅっと締め付けられる。
女の子の体になったせいか、感情が敏感になっている気がした。いや、きっと、エリーゼの手が温かいからだ。
「にゃー!(姉貴、あたしも! あたしも手を繋ぎたいにゃ!)」
ルカがシェリンの肩から飛び降り、二人の足元にすり寄ってきた。灰色の毛が、月明かりに銀色に光る。
「ふふ、ルカ、猫のくせに甘えん坊ね」
「にゃー!(猫だから甘えるにゃ!)」
三人で笑い合う。……いや、二人と一匹か。
事務所に戻ったのは、夜も更けた頃だった。
シェリンは机の前に座り、手紙をもう一度取り出した。
「……この呪い、必ず解く。元に戻る方法を、絶対に見つける」
「ええ。私も協力するわ。……この体のままじゃ、色々と不便だもの」
エリーゼが、男の体で腕を組んだ。その姿は妙に様になっていて、シェリンは少しだけ見とれてしまった。
「にゃ!(あたしも! 猫のままは嫌にゃ!)」
ルカが机の上に飛び乗り、小さな前足でシェリンの手を叩いた。
「ああ、三人で元に戻ろう。そして、この呪いを仕掛けた犯人を捕まえる」
シェリンは決意を込めて言った。
だが、心の奥では、別の不安が渦巻いていた。
手紙の差出人は、自分の秘密を知っている。
あの秘密が、もしエリーゼやルカに知られたら——。
いや、それ以上に、なぜあの差出人が、自分の秘密を知っているのか。
犯人は、いったい誰なのか。
シェリンは、女の子の体のまま、深く息を吐いた。
胸の奥で、唄の種が、どくんと脈打つ。
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