シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜
シェリン・バーガンディは世界中の謎を追いかける探偵VTuber。今日も今日とて依頼人はゼロ。チューリップ組の仲間たちとだらだら過ごしていた事務所に、一通の謎の手紙が届く。「呪いの花を探せ」。差出人不明、報酬は金貨百枚。シェリンの目が輝く。「これは怪盗の仕業かもしれない」と、彼はその事件に飛びついた。
手紙が導く先は、町はずれにあるノクターン庭園。そこには夜だけ咲く不思議な花があった。シェリンは相棒のエリーゼとルカを連れて庭園へ。奥深くで、黒いバラのような花を見つける。シェリンがそれに触れた瞬間、まばゆい光が爆発した!
「うわ、なんだこれ!?」
光が消えると、シェリンの体は女の子になっていた。それだけじゃない——エリーゼは男の子に、ルカは……なぜか猫になっていた。チューリップ組はパニックに陥る。「声が高すぎる!」「このスカート、スースーする!」「ニャー!」
呪いを解く方法を探すうち、三人は呪いの花を育てた犯人を追うことになる。怪盗のライバルの助けを借りて、シェリンは手がかりを集めていく。しかし、呪いは一つだけではなかった。町中で人々が入れ替わっている——花屋の店主、パン屋のおばさ
シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜 - 信じていた人 ~呪いをかけたのは、あなた?~
「……戻ってる」
シェリン・バーガンディは、路地の向こうに立つ女の子を見て、足を止めた。
ワインレッドの髪を後ろでひとつに束ね、琥珀色の瞳を細める。左目の下の泣きぼくろが、朝の光に淡く浮かんでいた。
「花屋の看板娘……あの子、大男の体になってたはずじゃ」
「兄貴! あっちの宿屋の主人も戻ってるにゃ! 昨日までお姉さんの体だったのに、今日はちゃんとおじさんに戻ってるにゃ!」
灰色の猫が、シェリンの肩の上から前足で通りを指さした。金色の大きな目が、好奇心でまんまるに見開かれている。長い尻尾が、興奮してゆらゆらと揺れていた。
ルカ・ストーン。18歳の獣人の戦士。茶色の髪に犬の耳がついた元気な少年だったが、呪いで全身灰色の毛に覆われた猫になっている。それでも明るさは失われない。
「……おかしいな。昨日までは、あちこちで入れ替わりが起きてたのに」
シェリンは腕を組んだ。女の子の細い指が、二の腕に食い込む。
あの夜、ノクターン庭園で黒いバラに触れてから、もう何日も経つ。自分は女の子に、エリーゼは男の子に、ルカは猫に。街中でも体の入れ替わりが大混乱を起こしていた。
それが、今朝になって、次々と元に戻り始めている。
「なあなあ、兄貴! これって呪いが解け始めたってことだよな! だったらあたしも、そのうち元の体に戻れるかもにゃ!」
「……どうだろうな。妙だ。あまりにも急すぎる」
シェリンは、花屋の看板娘に近づいた。
「なあ、あんた。体が元に戻ったんだって? よかったな。ところで、呪われてた間のこと、覚えてるか?」
看板娘は、きょとんとした顔で首をかしげた。
「え? 呪われてた? 私が? ……なに言ってるの?」
「ほら、あんた、三日前から大男の体になってただろ。市場で暴れて、衛兵に捕まりそうになってたじゃないか」
「大男? 私が? ……ごめんなさい、全然覚えてないの。気づいたら、いつもの自分の体に戻ってて。あの日からずっと、家で寝てたような気がするけど……」
看板娘は、困ったように眉を下げた。
シェリンは、看板娘の顔をじっと見た。嘘をついている様子はない。本当に、何も覚えていないのだ。
「……そうか。ありがとうな」
看板娘と別れ、シェリンは宿屋へ向かった。
宿屋の主人も、同じだった。
「わしが若い娘になってた? はっはっは、そりゃあ面白い。だが、そんな記憶はないなあ。気づいたら、いつもの体で朝を迎えてたよ」
元老騎士も、同じだった。
「私が幼子に? 馬鹿な。そんなことがあるものか。……しかし、この数日、記憶がところどころ抜けているのは確かだ。気分が悪い」
三人目、四人目と話を聞くうちに、シェリンの顔から笑みが消えた。
「……おかしい。全員、口を揃えて『記憶がない』と言う」
「兄貴、あっちのパン屋の常連さんも戻ってるにゃ! あの人も聞いてみるにゃ!」
ルカが、シェリンの肩から飛び降りた。灰色の体が、石畳の上を軽やかに走る。
「ルカ、待てよ。お前、猫のくせに人に話しかけられるのか?」
「にゃはは! あたしが猫だってことは、みんな知ってるにゃ! それに、あたしの目を見れば、あたしがルカだって分かるにゃ!」
ルカは、パン屋の常連の女性に駆け寄った。
「お姉さん! 体、戻ったんだにゃ! よかったにゃ! ところで、呪われてた間のこと、覚えてるにゃ?」
「呪われてた? 何の話? あら、かわいい猫ちゃんね。迷子?」
「……にゃ。覚えてないにゃ」
ルカは、しょんぼりと耳を垂らした。
シェリンは、ルカを抱き上げた。
「……なあ、ルカ。一人だけなら偶然だ。二人でも、まだ偶然で済む。だが、五人も六人も、全員が同じことを言うのは、どう考えてもおかしいだろ」
「兄貴、どういうことだにゃ?」
「誰かが、意図的に記憶を消してるんだよ」
シェリンの琥珀色の瞳が、鋭く光った。
女の子の体。探偵の心。
謎が、一つ、また一つと、形を現し始めていた。
「……なるほど。記憶操作の痕跡ね」
事務所に戻ると、エリーゼ・ノクターンが、机の上に広げた花びらを睨んでいた。
銀色の短髪を手でかき上げ、切れ長の紫の瞳を細める。左耳には銀の花のイヤリング。男物のシャツを着ているのに、どこか中性的な雰囲気が残っている。
エリーゼ・ノクターン。22歳。花唄術師で、チューリップ組の参謀。銀の長い三つ編みが自慢のクールな女性だったが、呪いで男の子の体になっている。
「エリーゼ、何か分かったのか?」
「ええ。元に戻った人たちの体に残ってた魔力の残り香を調べてみたの。そしたら、単なる呪いの痕跡だけじゃなくて、別の魔法の痕跡も見つかったわ」
エリーゼは、机の上の小さな瓶を手に取った。中には、薄紫色に光る液体が入っている。
「これは、私が花唄魔術で抽出した残留魔力よ。呪いの花の魔力と、もう一つ——記憶を弄る系統の魔法の魔力が、綺麗に重なってる。誰かが、呪いを解くと同時に、記憶も消してるのよ」
「……二重魔法ってことか」
「ええ。しかも、かなり高度な技術よ。花唄魔術の高等術式に、さらに別系統の魔法を重ねるなんて、並の術師にはできないわ」
エリーゼは、銀の花のイヤリングに触れた。考える時の癖だ。
「……やっぱり、誰かが意図的にやってるんだな。呪いを解いて、記憶を消して。まるで、自分たちが何をされたのか、誰にも気づかれないようにしてるみたいだ」
「そうね。そして、その誰かは、花唄魔術に精通している。もしかしたら、花唄術師か、それ以上の……」
エリーゼは、言いかけて、口を閉じた。
「……なあ、エリーゼ。この呪い、解く方法は分かったのか?」
「……それが、まだ」
エリーゼは、首を振った。
「呪いの構造は分かってきたわ。でも、解く方法が分からない。呪いの花は、魂の器を交換する。元に戻すには、交換された魂を、もう一度交換し直す必要がある。でも、その方法が……」
「……そうか。なら、古い文献を当たってみよう。呪いの花について詳しく書かれた本が、どこかにあるはずだ」
シェリンは、机の上の紙の束を手に取った。
「心当たりがあるの?」
「ああ。叔母さんのパン屋だよ」
ヴェルクラインの下町、パン屋街。
焼きたてのパンの香ばしい匂いが、通りいっぱいに広がっていた。朝の市場の喧騒が、遠くから聞こえてくる。
「マリーおばさーん! 来たにゃー!」
ルカが、パン屋の扉を前足で押し開けた。
「あらあら、ルカちゃん。今日も元気ねえ」
カウンターの向こうから、ふくよかな体つきの女性が顔を出した。小麦色のエプロンに、白い粉がついている。優しそうな笑顔。52歳。パン屋「小麦の歌」の店主で、シェリンの叔母だ。
「叔母さん、こんにちは。今日もいい匂いだな」
「あら、シェリン。いらっしゃい。……あんた、女の子の体にも、だいぶ慣れてきたんじゃない?」
「……まあ、スカートの扱いには、まだ慣れないけどな。階段で転びそうになるし、風が吹くとスースーするし」
シェリンは、スカートの裾を引っ張った。
「ふふ、あんたは何があっても、あんたねえ。さ、中に入んなさい。今、花唄パンを焼いたところよ」
マリーは、三人を店の奥へ招き入れた。
奥の居間には、古い木の机と、壁一面の本棚があった。本棚には、色あせた革表紙の本が、ぎっしりと並んでいる。
「叔母さん、こんなに本があったのか?」
「ええ。あんたのおじいさんが残してくれたのよ。花唄魔術の古い文献が、たくさんあるの」
マリーは、本棚から一冊の本を取り出した。
「これ、夜咲きの花について書かれた本よ。何か役に立つかもしれないわ」
シェリンとエリーゼは、本を机に広げた。
ページをめくるたびに、古い紙の匂いが立ちのぼる。
「……あったわ。これよ、シェリン」
エリーゼが、あるページを指さした。
「『夜咲きの花の呪いを解くには、呪いをかけた者の魂を花に捧げ、花を枯らすしかない』……だって」
「……なんだって?」
シェリンは、本を覗き込んだ。
そこには、古い文字で、そう書かれていた。
「……つまり、呪いを解くには、誰かが死ななきゃいけないってことか?」
「……そういうことになるわね。呪いをかけた者の魂を、花に捧げる。そうすれば、花は枯れて、呪いは解ける。でも、その者は……」
「そんなの、誰も幸せになれない!」
シェリンは、本を閉じた。
「……呪いを解くために、誰かを犠牲にするなんて、そんなの絶対におかしい」
「シェリン。あんたが背負う必要はないのよ」
マリーが、シェリンの肩に手を置いた。
「呪いをかけたのは、あんたじゃない。あんたは、巻き込まれただけよ」
「……でも、俺が、いや、私が、この呪いの調査を始めたから。私が首を突っ込んだから、街の人たちが……」
「あんたが調査を始めたから、呪いが広がったわけじゃないわ。むしろ、あんたが調査を始めたから、いろんなことが分かってきたんでしょ」
マリーは、シェリンの頭を撫でた。
「……でも、叔母さん。呪いを解く方法が、そんな残酷なものだなんて」
「まだ、そうとは限らないわ。古い文献に書かれていることが、全て真実とは限らないものよ。他の方法があるかもしれない」
マリーは、温かい花唄パンを三人に差し出した。
「ほら、まずはお腹を満たしなさい。考え事は、それからでも遅くないわ」
シェリンは、花唄パンを一口かじった。
花の蜜の甘さが、口いっぱいに広がる。
「……おいしい。でも、なんだか、味がしない気がする」
「それだけ、心が疲れてるのよ。大丈夫。あんたなら、きっと答えを見つけられるわ」
マリーの言葉が、胸の奥にしみた。
その夜。
事務所の机に、エリーゼが地図を広げた。
「シェリン、見て。私が分析した魔力の分布図よ」
地図には、ヴェルクラインの街全体が描かれ、あちこちに紫色の印がついている。
「呪いの発生源は、複数の強い魔力が交差する場所にある。その交差点が、ここ」
エリーゼが、地図の一点を指さした。
「……ここは」
シェリンの顔から、血の気が引いた。
「ええ。あんたが幼い頃に住んでいた地区よ。それも、ノクターン庭園のすぐ近く」
「……まさか」
シェリンは、地図を見つめた。
幼い頃の記憶が、よみがえる。
ノクターン庭園で迷子になった。夜だった。黒いバラに触れて、倒れた。そして——。
「……あの人」
「シェリン? どうしたの? 心当たりがあるの?」
「……ああ。一人だけ、いる。私が幼い頃、ノクターン庭園で倒れてた私を助けてくれた人が。私の曽祖父の友人で、私に花唄魔術の基礎を教えてくれた人。名前は……」
シェリンは、唇を噛んだ。
「……ルカ。悪い、ちょっと一人で行きたい場所がある」
「兄貴? 一人で? 危ないにゃ!」
「大丈夫。すぐ戻る」
「……待って、シェリン。私も行くわ。あんた、何か隠してるでしょ。この前の手紙のことも、何も話してくれないし」
エリーゼが、シェリンの腕をつかんだ。
「……ごめん、エリーゼ。でも、これは私の問題なんだ。一人で行かせてくれ」
シェリンは、エリーゼの手を振りほどいた。
「シェリン……!」
シェリンは、振り返らずに、事務所を飛び出した。
夜の街を、シェリンは走った。
女の子の体は、男だった頃よりずっと軽い。でも、心は、鉛のように重かった。
(あの人のはずがない)
(あの人が、呪いをかけたなんて、そんなはずがない)
(でも、あの地区に住んでて、花唄魔術に詳しくて、私の秘密を知ってるのは、あの人しかいない)
シェリンは、古びた家の前に立った。
幼い頃、何度も通った家。花の咲き乱れる庭。白い壁。
今は、庭の花は枯れ果て、壁には蔦が這っていた。
「……ここだ」
シェリンは、震える手で、扉を叩いた。
「……誰だい?」
中から、しわがれた声がした。
「……私です。シェリンです」
「……おお、シェリンか。大きくなったな。……いや、ずいぶんと、かわいらしい姿になったな」
扉が開いた。
そこに立っていたのは、白い髪を後ろで束ねた、小柄な老人だった。深い皺。穏やかな笑み。
シェリンの曽祖父の友人で、シェリンに花唄魔術の基礎を教えた人物。
「……あの、聞きたいことがあります」
「ああ、入りなさい。お茶でも入れよう」
老人は、シェリンを家の中へ招き入れた。
部屋の中は、昔と変わらなかった。古い木の机。壁一面の本棚。窓際には、枯れた花の鉢。
「……あの、単刀直入に聞きます。街で起きてる呪い。あれをかけたのは、あなたですか?」
シェリンは、老人の目をまっすぐに見た。
老人は、お茶を一口飲んだ。
「……そうだよ」
「……っ!」
シェリンは、息を呑んだ。
「……なぜ、そんなことを」
「シェリン。お前の体内には、特別な唄の種が宿っている。知っているね?」
「……っ」
シェリンの体が、硬直した。
誰にも言ったことのない秘密。それを、老人は知っていた。
「お前の体内の種は、夜咲きの花と共鳴する。放っておけば、お前自身が、呪いの爆発を引き起こす。街どころか、この国全体を巻き込むほどの、大きな呪いの爆発をね」
「……な、なにを」
「だから、私は先に、街に呪いを広めておいた。小さな呪いを、あちこちに散らしておいた。そうすれば、お前の種が爆発しても、その力は分散される。被害は、最小限で済む」
「……それで、街の人々を犠牲にしたのか!? 体を入れ替えられて、記憶を消されて、あんなに苦しんでる人がいるのに!」
シェリンは、机を叩いた。
「犠牲? 違うよ。あれは、お前を守るための、必要な措置だったんだ」
老人は、穏やかな笑みを浮かべた。
「……なにを、言ってるんだ」
「この呪いは、お前を守るためにかけたんだよ。お前が、お前自身の力で、自分を滅ぼしてしまわないようにね」
「……う、そだ」
「嘘じゃないよ。私は、お前の曽祖父に頼まれたんだ。お前を、どんなことがあっても守ってほしいと。お前の体内の種は、やがて目覚める。目覚めた時、お前は、お前自身の力で、自分を壊してしまう。だから、私は、その前に、お前の力を散らしておく必要があった」
「……そんな、そんなのって」
シェリンの膝から、力が抜けた。
床に崩れ落ちる。
「シェリン。お前は、何も知らなくていい。お前は、ただ、お前のままでいればいい。呪いは、私が何とかする。お前の秘密も、私が守る。だから、もう、調査はやめなさい」
「……あ、あ……」
シェリンは、声にならない声を上げた。
最も信頼していた人。
幼い頃、命を救ってくれた人。
花唄魔術の基礎を教えてくれた人。
その人が、最も残酷な方法で、自分を守っていた。
「……あ、ああ……あああっ」
シェリンは、床にうずくまった。
涙が、止まらなかった。
シェリンは、ふらふらと、老人の家を出た。
夜風が、涙で濡れた頬に冷たい。
(俺のせいだ)
(俺の秘密のせいで、街の人たちが、呪われた)
(俺が、俺の力で、みんなを巻き込んだ)
シェリンは、街の広場まで歩いた。
そこには、人だかりができていた。
「……な、なんだ?」
シェリンは、人だかりに近づいた。
「おい、見ろよ! また、体が入れ替わってる!」
「さっきまで元に戻ってたのに、また大男の体に!」
「なんで!? なんでまた!?」
広場では、一度元に戻った人々が、再び体の入れ替わりを起こしていた。
「……あ、ああ」
シェリンは、その場に膝をついた。
(まただ。また、呪いが広がってる)
(俺のせいで。俺の秘密のせいで)
「……俺の、せいで」
シェリンは、地面に手をついた。
「……街が、また。俺のせいで、また」
涙が、石畳に落ちた。
その時だった。
「これはこれは、面白い探偵さんだ」
声が、上から聞こえた。
シェリンが顔を上げると、屋根の上に、黒い影が立っていた。
黒い長髪に、白いメッシュ。顔の上半分を覆う白い仮面。深い紫の瞳が、仮面の下から、笑っているようで笑っていない目で、シェリンを見下ろしていた。
左手の薬指には、黒い石の指輪。
ノクト・ファントム。28歳。予告状を送ってからしか盗みを実行しないという美学を持つ、謎の怪盗。
「……ノクト、ファントム」
「やあ、シェリン君。ずいぶんと、美しい姿になったじゃないか。女の子の体も、なかなか似合っているよ」
「……なんで、お前がここに」
「さあ、なぜだろうねえ。でも、君が困っているようだったから、助けに来たんだよ」
「助けに? お前が? ふざけるな。お前は、この呪いの事件の裏にいる黒薔薇の呪詛師と、何か関係があるんだろ」
「おや、知っていたのかい。でも、それは、また別の話だよ。今は、君が知るべき時じゃない」
ノクトは、仮面の下で、口元を歪めた。
「……なにが、目的だ」
「目的? そうだねえ。強いて言うなら、君が、この呪いの謎を、どこまで解けるかを見てみたい。ただ、それだけさ」
「……っ!」
シェリンは、ノクトを睨みつけた。
「そんな怖い顔をしないでくれよ。せっかくのかわいい顔が、台無しだ」
ノクトは、くるりと背を向けた。
「……シェリン君。君の信じてきたものは、きっと、君が思っているよりも、ずっと脆い。だが、それでも、君は立ち上がるしかない。君が、君の信じる道を、自分で選ぶしかないんだよ」
「……なにを、言ってるんだ」
「さあ、なんの話だろうねえ。じゃあ、また会おう。面白い探偵さん」
ノクトは、夜の闇に消えた。
シェリンは、一人、広場に残された。
周囲では、人々の悲鳴が響いている。
体の入れ替わりが、どんどん広がっていく。
「……ああ」
シェリンは、空を見上げた。
月が、雲に隠れていた。
(俺は、どうすればいいんだ)
(信じてた人に裏切られて、街はまた呪われて、何もかも、めちゃくちゃだ)
シェリンは、膝を抱えた。
女の子の体は、小さく、震えていた。
夜風が、冷たかった。
「……シェリン」
声がした。
振り返ると、エリーゼが立っていた。
「……エリーゼ。なんで」
「あんたが、一人で飛び出したから、心配で追いかけてきたのよ。……それに、あんたの行き先、なんとなく分かったから」
エリーゼは、シェリンの隣に座った。
「……ごめん。心配かけた」
「……何があったの。話して。私には、話せるでしょ」
エリーゼは、シェリンの手を握った。
男の子の、骨ばった大きな手。でも、その手は、優しく、温かかった。
「……あの人が、呪いをかけたんだ。私を、守るために。私の、秘密のせいで。私の、体内の種のせいで。街の人たちが、呪われたんだ」
シェリンは、ぽつりぽつりと、話し始めた。
「……私の体内には、特別な唄の種が宿ってる。それが、夜咲きの花と共鳴して、呪いの爆発を引き起こす。だから、あの人は、先に街に呪いを散らして、私の力を分散させようとしたんだって」
「……唄の種が、あんたの体内に?」
「……ああ。花唄術師でもないのに、変だろ。でも、本当なんだ。これが、私の、誰にも言えなかった秘密なんだ」
シェリンは、自分の胸に手を当てた。
「……そうだったの。あんたが、あの手紙のことを、私に隠してたのは、そういうことだったのね」
「……ごめん。でも、言えなかった。こんなこと、誰にも言えなかった」
「……ばかね。あんたが誰であろうと、あんたはあんたでしょ。私にとって、あんたは、チューリップ組の、大事な探偵なんだから」
エリーゼは、シェリンの手を、ぎゅっと握った。
「……エリーゼ」
「……泣かないの。あんたが泣くと、私まで、泣きそうになるわ」
エリーゼは、シェリンの頭を、自分の肩に寄せた。
「……ありがとう。ありがとう、エリーゼ」
シェリンは、エリーゼの肩に顔をうずめて、声を押し殺して泣いた。
「……大丈夫。私がいるわ。ルカもいる。あんたは、一人じゃないのよ」
エリーゼは、シェリンの背中を、優しくさすった。
遠くで、人々の悲鳴が、まだ聞こえていた。
でも、今は、エリーゼの温かさだけが、シェリンの心を支えていた。
「……エリーゼ。私、どうすればいいのかな。あの人を、止めなきゃいけない。でも、あの人は、私を守るためにやったって言ってる。私のせいで、街が、こんなことになってる」
「……シェリン。あんたのせいじゃないわ。あの人が、勝手にやったことよ。あんたが、背負う必要なんてない」
「……でも」
「でも、じゃないわ。あんたが、あんたの秘密を抱えて、どれだけ苦しんでたか、私は知ってる。それでも、あんたは、街の人たちを助けようと、調査を続けてきた。それだけで、十分よ。あんたは、何も悪くない」
エリーゼの言葉が、シェリンの心に、じわりと染みた。
「……エリーゼ。私、やっぱり、この呪いを解きたい。誰も犠牲にならない方法で。あの人を、止めたい」
「……ええ。私も、手伝うわ。ルカも、きっと、手伝ってくれる。三人で、答えを見つけましょう」
「……うん」
シェリンは、涙をぬぐった。
「……エリーゼ。ありがとう。私、もう一度、頑張ってみる。今度は、一人じゃなくて、みんなで」
「……そうよ。最初から、そうすればよかったのよ」
エリーゼは、少しだけ笑った。
「……でも、ごめん。私の秘密のせいで、みんなを危険な目に」
「……また、そういうことを言う。あんたの秘密なんて、どうでもいいわ。でも、困ってるなら、当然助ける。それが、チューリップ組でしょ」
エリーゼは、シェリンの額を、指で軽く弾いた。
「……っ」
「……ほら、元気出た?」
「……エリーゼ。お前、たまに、すごく意地悪だよな」
「……あんたにだけよ」
エリーゼは、そう言って、また、シェリンの手を握った。
広場では、まだ、混乱が続いていた。
体の入れ替わりが、次々と起きている。
人々の悲鳴と怒号が、夜の街に響いていた。
「……エリーゼ。まずは、この混乱を、なんとかしないと」
「……ええ。でも、私たちだけじゃ、手が足りないわ。ルカも呼びましょう」
「ルカなら、あそこに」
シェリンが指さすと、広場の隅で、灰色の猫が、人々の足元を走り回っていた。
「にゃー! みんな、落ち着くにゃ! 大丈夫にゃ! チューリップ組が、なんとかするにゃ!」
ルカが、猫の体で、必死に人々を落ち着かせようとしていた。
「……ルカ、ありがとうな。お前も、手伝ってくれるか」
「もちろんにゃ! 兄貴! あたしも、一緒に戦うにゃ!」
ルカが、シェリンの足元に駆け寄った。
「……よし。じゃあ、作戦会議だ。まずは、この広場の混乱を収める。それから、あの人の家に戻って、呪いを解く方法を、もう一度、探す」
「……そうね。あの人の家には、古い文献がたくさんあった。もしかしたら、魂を捧げる以外の方法が、書かれているかもしれない」
「にゃ! それなら、あたしが、あの人の家の匂いを覚えてるにゃ! 案内できるにゃ!」
「……頼りにしてるよ、ルカ」
シェリンは、ルカの頭を撫でた。
「……エリーゼ。ルカ。ありがとう。私、一人じゃなかったんだな」
「……当たり前でしょ」
「にゃ! チューリップ組は、いつだって一緒にゃ!」
シェリンは、二人の顔を見た。
エリーゼの、優しい紫の瞳。
ルカの、元気な金色の瞳。
(ああ、そうだ。私は、一人じゃない)
(信じてた人に裏切られても、まだ、信じられる仲間がいる)
(だから、私は、まだ、戦える)
シェリンは、拳を握りしめた。
「……よし。行こう。呪いの謎を、解き明かすんだ」
シェリンの琥珀色の瞳が、暗い夜の中で、力強く光った。
女の子の体。探偵の心。
戦いは、まだ、終わらない。
遠くの屋根の上で、白い仮面の怪盗が、その様子を静かに見つめていた。
「……ふむ。やはり、君は面白いよ、シェリン君。さあ、この呪いの謎を、どこまで解けるかな」
ノクト・ファントムは、月明かりの下で、口元を歪めた。
そして、夜の闇に、溶けるように消えていった。
広場では、チューリップ組の三人が、混乱を収めるために、動き始めていた。
呪いの謎は、まだ、深い。
シェリンの秘密も、まだ、明かされていない。
だが、シェリンは、もう、一人ではなかった。
それは、確かなことだった。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。