シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜
シェリン・バーガンディは世界中の謎を追いかける探偵VTuber。今日も今日とて依頼人はゼロ。チューリップ組の仲間たちとだらだら過ごしていた事務所に、一通の謎の手紙が届く。「呪いの花を探せ」。差出人不明、報酬は金貨百枚。シェリンの目が輝く。「これは怪盗の仕業かもしれない」と、彼はその事件に飛びついた。
手紙が導く先は、町はずれにあるノクターン庭園。そこには夜だけ咲く不思議な花があった。シェリンは相棒のエリーゼとルカを連れて庭園へ。奥深くで、黒いバラのような花を見つける。シェリンがそれに触れた瞬間、まばゆい光が爆発した!
「うわ、なんだこれ!?」
光が消えると、シェリンの体は女の子になっていた。それだけじゃない——エリーゼは男の子に、ルカは……なぜか猫になっていた。チューリップ組はパニックに陥る。「声が高すぎる!」「このスカート、スースーする!」「ニャー!」
呪いを解く方法を探すうち、三人は呪いの花を育てた犯人を追うことになる。怪盗のライバルの助けを借りて、シェリンは手がかりを集めていく。しかし、呪いは一つだけではなかった。町中で人々が入れ替わっている——花屋の店主、パン屋のおばさ
シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜 - 呪花迷宮へ ――それでも、信じることを選ぶ
路地裏は、夜の底に沈んでいた。
石畳の上に座り込んだシェリン・バーガンディは、両膝を抱えて、自分の吐く息の白さだけを見つめていた。ワインレッドの髪が、汗と涙で頬に張りついている。琥珀色の瞳は、街灯の光も届かない暗がりで、ただぼんやりと揺れていた。
「……あーあ。私、何やってるんだろうな」
声は、女の子のものだった。細くて、高くて、自分のものじゃないみたいだ。
呪いで女体化してから、もう何日も経つ。それでも、この声を聞くたびに、胸の奥がざわつく。
「エリーゼも……ルカも……みんな、私のせいで」
呟いて、また、膝に顔を埋める。
エリーゼは、花唄魔術を限界まで使って、声を失った。ルカは、呪いの蔦に捕まったまま。二人とも、呪詛師のアジトに置き去りにしてきた。
(助けに行かなくちゃ)
頭では分かってる。
でも、足が動かない。
(私が行ったって、どうすればいいんだ)
呪詛師は、私の秘密を知っている。体内に宿る唄の種のことも、夜咲きの花と共鳴することも。あの人が、全部、街中にばらまいた。
「……もう、誰も、私の話なんて聞いてくれない」
涙が、膝を濡らす。
その時だった。
「これはこれは。ずいぶんと、また、しおらしい姿じゃないか」
声は、真上から降ってきた。
シェリンが顔を上げると、路地の壁の上に、黒い影が立っていた。
黒い長髪に、白いメッシュ。深い紫の瞳。顔の上半分を覆う白い仮面。左手の薬指には、黒い石の指輪。長いマントが、風もないのに、ひらりと揺れる。
怪盗ノクト・ファントム。
「……何しに来たの。笑いに来たなら、今は相手してる余裕、ないわ」
「つれないなあ。私はね、君に、話をしに来たんだよ。君の、その、かわいらしい頭の中を、少し整理してあげようと思ってね」
ノクトは、壁から音もなく飛び降りた。
石畳を踏む音すら、しない。
「まず、私の話を聞いてほしい。私の師匠の話だ」
ノクトは、仮面の奥の瞳を、真っ直ぐにシェリンへ向けた。
「……師匠?」
「ああ。私を、怪盗として育ててくれた男だ。物を盗む技術だけじゃない。世の中の理不尽さ、美しさ、醜さ。全部、あの人から教わった。……その師匠が、十年前、呪いの花に触れて、死んだ」
ノクトの声は、いつもの飄々とした調子ではなかった。
低く、乾いていた。
「師匠は、呪いの花の秘密を追っていた。夜咲きの花が、なぜ、人の魂の器を交換するのか。その謎を解けば、花唄魔術の根源に触れられると、本気で信じていた。そして、師匠は、たどり着いた。ノクターン庭園の地下に広がる、呪花の迷宮に」
「……呪花の迷宮?」
「ああ。ノクターン庭園の地下には、呪いの花でできた迷宮がある。師匠は、その最深部で、何かを見つけた。そして、呪いに飲まれた。私が駆けつけた時には、もう、師匠の体は、花に変わっていた」
シェリンは、息を止めた。
ノクトの指が、黒い石の指輪を、きつく握る。
「それ以来、私は、呪いの花の謎を追い続けてきた。そして、たどり着いた答えの一つが、君だ。シェリン・バーガンディ。君の体内に宿る唄の種は、普通の花唄術師のものとは、まるで違う。夜咲きの花と、特別に強く共鳴する。君は、呪いを増幅させるための、最高の依代なんだ」
「……依代……?」
「そう。黒薔薇の呪詛師は、君の体を利用して、呪いの花を世界中に咲かせようとしている。君の唄の種が、呪いの花を、どこまでも、どこまでも、広げるための、種になる」
シェリンの頭の中が、真っ白になった。
秘密が、暴かれた。
それだけじゃない。
私の体が、呪いを広げる道具になる。
「……私が……私の体が、呪いの、道具に……?」
膝の上の手が、小刻みに震える。
「でもね、シェリン君。私は、君に絶望してほしくて、この話をしたんじゃない。……呪詛師は、君を狙っている。でも、君には、まだ、選ぶ権利がある。君は、どうしたいんだ?」
ノクトの紫の瞳が、仮面の下から、シェリンを射抜く。
「……私が、どうしたいか、なんて」
「そうだ。誰のためでもない。君が、どうしたいかだ。君の仲間は、今、呪詛師のアジトで、呪いの蔦に縛られている。声を失った花唄術師と、猫になった獣人。君が行かなければ、あの二人は、花に変わるかもしれない。それでも、君は、ここで膝を抱えて泣いているのかい?」
シェリンは、唇を噛んだ。
血の味がした。
(エリーゼ。ルカ)
二人の顔が、浮かぶ。
エリーゼの、銀色の髪。クールな紫の瞳。でも、時々、私にだけ見せる、柔らかい笑顔。
ルカの、茶色い耳。金色の丸い目。いつも、兄貴、兄貴って、私の後ろを走ってくる。
「……私は」
声が、震える。
「私は、仲間を、守りたい。真実を、知りたい。自分の秘密から、逃げたくない」
涙を、手の甲で拭った。
「……ノクト。私を、二人のところへ連れて行って。お願い」
ノクトは、口元を歪めた。
笑ったのか、嘲ったのか。
「いいね。その顔だ。ようやく、探偵の顔になったじゃないか。……さあ、立って。君の仲間は、君を待ってる」
ノクトが、手を差し伸べる。
シェリンは、その手を取った。
細い指が、ノクトの黒い手袋に触れる。
冷たかった。
でも、力は、強かった。
「……行こう」
二人は、夜の路地を駆け出した。
ノクトのマントが、闇に溶ける。
シェリンの心臓は、まだ、うるさかった。
でも、足は、もう、止まらなかった。
呪詛師のアジトは、下町の外れ、廃屋が並ぶ区画の地下にあった。
ノクトが、壁の隠し扉を開ける。
湿った空気が、階段の下から、這い上がってくる。
「ここだ。君の仲間は、奥の部屋に囚われている。……ただ、呪詛師の気配はない。どうやら、どこかへ出かけているらしい。今が好機だ」
「分かった。……ノクト、ありがとう」
「礼は、生きて帰ってからにしなよ」
シェリンは、階段を駆け下りた。
地下は、カビと、腐った花の匂いがした。
壁には、黒い蔦が、血管のように張り巡らされている。
奥の部屋の扉を、力任せに開ける。
「エリーゼ! ルカ!」
部屋の中央に、二人はいた。
銀色の短髪の青年が、黒い蔦に四肢を縛られて、壁に磔にされている。
エリーゼ・ノクターン。
紫色の瞳は、閉じられたまま。
その足元では、灰色の猫が、蔦の檻に閉じ込められていた。
ルカ・ストーン。
金色の目が、シェリンを見た瞬間、大きく見開かれた。
「にゃ……にゃー! にゃーにゃー!」
ルカが、檻の中で、必死に暴れる。
「ルカ! 待ってて、今、助けるから!」
シェリンは、蔦の檻に飛びついた。
黒い蔦は、ぬるぬるとしていて、素手では、びくともしない。
「くっ……この、蔦……!」
その時だった。
「……シェ、リン……」
かすれた声。
エリーゼが、薄く目を開けていた。
「エリーゼ! よかった、生きてた!」
「……声は、出ない。でも……唇、読んで」
エリーゼの唇が、ゆっくりと動く。
『あな、たは、無事、で』
「私のことはいいの! 今、あなたたちを助けるから!」
シェリンは、蔦を引きちぎろうと、力いっぱい引っ張る。
女の子の細い腕では、蔦は、ますます食い込むだけだった。
「くそっ……どうすれば……」
その時。
ルカが、檻の中で、何かを嗅ぎ始めた。
「にゃ……にゃにゃ! にゃーにゃにゃー!」
ルカの鼻が、檻の床を、しきりに指す。
シェリンは、ルカの視線の先を見た。
床に、黒い花が、一輪、咲いていた。
「……この花……?」
ノクトが、背後から、静かに言った。
「それは、呪いの蔦の核だ。その花を摘めば、蔦は、力を失う。……君が、摘むんだ。シェリン君。君の唄の種は、呪いの花と共鳴する。君にしか、摘めない」
シェリンは、黒い花を見下ろした。
触れるのが、怖かった。
また、何かが起きるかもしれない。
体が、もっと、変わってしまうかもしれない。
「……私が、摘めば……また、呪いが……」
「大丈夫だ。君は、依代だ。呪いを受ける側じゃない。呪いを、支配する側だ。……信じろ。君の仲間を、助けたいんだろう?」
シェリンは、震える手を、黒い花に伸ばした。
指先が、花びらに触れる。
瞬間。
花が、光った。
黒い光が、シェリンの指から、腕へ、肩へ、全身へ、流れ込む。
「……っ!」
体の奥で、何かが、目を覚ます。
唄の種が、脈打つ。
夜咲きの花と、共鳴している。
「……摘む……!」
シェリンは、黒い花を、力いっぱい引き抜いた。
ブチッ。
根が、切れた。
花が、灰になって、崩れ落ちる。
同時に、部屋中の黒い蔦が、悲鳴のような音を立てて、縮み始めた。
エリーゼを縛っていた蔦が、ほどける。
ルカの檻が、溶けるように消える。
「にゃー! 出られたにゃ!」
ルカが、シェリンの足元に、飛びついてきた。
「ルカ! よかった……本当に、よかった……」
シェリンは、ルカを抱き上げた。
灰色の毛並みが、涙で濡れる。
エリーゼが、ふらふらと立ち上がった。
「……シェ、リン」
声は、まだ、かすれている。
「エリーゼ。無理しないで。……ありがとう。私のために、声を、失くしてまで、戦ってくれて」
エリーゼは、首を振った。
唇が、動く。
『違う。あな、たの、ため、じゃ、ない。……あな、たが、いた、から』
「……エリーゼ……」
ルカが、シェリンの腕の中で、にゃーにゃー鳴いた。
「兄貴! 帰ってきてくれたにゃ! あたし、信じてたにゃ! 兄貴は、絶対、助けに来てくれるって!」
ルカの尻尾が、シェリンの腕に、ぎゅっと巻きつく。
「……ごめん。私、一人で逃げて。二人を置いて。……ごめんなさい」
シェリンは、ルカを抱きしめたまま、エリーゼの手を握った。
エリーゼの手は、骨ばっていて、でも、温かかった。
「……もう、離れない。私が、みんなを守るから」
エリーゼの指が、シェリンの手を、握り返した。
アジトを出ると、ノクトが、廃屋の影から、ひょいと現れた。
「やあ。無事に再会できたみたいだね。よかったよかった」
「……ノクト。あんた、まだいたの」
「私も、暇じゃないんだよ。でも、君たち三人が、これから、どこへ向かうか、興味があってね」
「どこへって……決まってる。呪詛師を、追う」
「そう。なら、いい場所を知ってる。ノクターン庭園の地下に、呪花の迷宮がある。呪詛師は、あそこを根城にしている。……案内しようか?」
ノクトが、仮面の下で、笑った。
「……あんた、怪盗でしょ。どうして、そこまで協力するの」
「怪盗だって、呪いの花に、恨みの一つや二つはあるのさ。それに、私は、君の秘密の謎を、一番近くで見ていたい。……それじゃあ、不満かい?」
「……いや。今は、あんたの助けが、必要。信じるかどうかは、後で決める」
「それでいい。さあ、行こうか。夜が明ける前に、庭園へ」
ノクターン庭園は、昼間とは、まるで違う顔をしていた。
青白い燐光が、庭園全体を、ぼんやりと照らしている。
夜にだけ咲く花々が、一斉に、黒い花弁を開いていた。
風が吹くたびに、花びらが、不気味にざわめく。
「……相変わらず、気味が悪い場所だ」
「にゃ……あたしの鼻が、むずむずするにゃ。ここ、呪いの匂いが、すごく濃いにゃ」
ルカが、シェリンの肩の上で、鼻をひくひくさせた。
エリーゼは、無言で、庭園の奥を見つめていた。
「……シェリン。あの、石碑の裏」
エリーゼの声は、まだ、かすれていた。
でも、さっきより、はっきりしている。
「石碑?」
ノクトが、先に立って、歩き出した。
「迷宮の入り口は、庭園の中央にある石碑の下だ。私の幻惑魔法で、衛兵の目を欺く。……さあ、急ごう」
ノクトが、指を鳴らす。
空気が、一瞬、ゆがんだ。
「これで、しばらくは、誰にも見つからない。行くよ」
四人は、石碑の裏へ回った。
石碑には、古い文字が刻まれていた。
「魂の器、花に還る」
ノクトが、石碑の一部を押す。
ゴゴゴ……。
石碑が、横にスライドした。
地下へ続く、暗い階段が現れる。
「……ここが、呪花の迷宮」
シェリンは、階段の下を見つめた。
真っ暗だった。
冷たい風が、下から吹き上げてくる。
「兄貴! あたしが先に行くにゃ! 猫の目は、暗くても見えるにゃ!」
ルカが、シェリンの肩から飛び降りた。
「頼りにしてるわよ、ルカ。……でも、危ないから、少しだけよ」
「任せろってにゃ!」
ルカが、階段を駆け下りていく。
シェリンたちも、後に続いた。
迷宮は、生きた植物でできていた。
壁も、天井も、床も、黒い蔦と、青白い花で覆われている。
花は、呼吸するように、ゆっくりと、開いたり閉じたりしていた。
「……気をつけて。この花に触れると、魂器交換の呪いを受ける。……君は、依代だから、大丈夫かもしれないが、君の仲間は、そうはいかない」
「分かってる。……エリーゼ、ルカ、私の近くにいて。私が、呪いを、引き受ける」
「……シェリン、無理はしないで。私も、花唄魔術で、蔦を退けるわ」
エリーゼが、喉に手を当てた。
「……声は、まだ、本調子じゃない。でも、やってみる」
エリーゼは、小さく息を吸い込んだ。
そして、歌い始めた。
低く、かすれた、でも、確かな旋律。
「……ラ、ミ、レ、シ……」
声が、迷宮に響く。
すると、エリーゼの周りの空気が、淡く光り始めた。
花唄魔術。
歌と植物を媒介に、魔力を操る技術。
エリーゼの歌に応えて、周囲の蔦が、ゆっくりと、道を開けていく。
「……エリーゼ、声が……!」
「……ええ。歌えば、歌うほど、声が、戻ってくる。この迷宮の花が、私の花唄魔術と、共鳴してる。……それに、なんだか、前より、高音が、出る気がするわ」
エリーゼは、もう一度、歌った。
今度は、もっと高く、もっと澄んだ声で。
「ラ、ミ、レ、シ、ド、レ、ミ——」
声が、迷宮の空気を震わせる。
すると、前方に立ちふさがっていた黒い蔦の壁が、音を立てて、左右に割れた。
「姉貴! すげえにゃ! 道が開いたにゃ!」
「……私も、びっくりしてる。これが、花唄魔術の、真の力……なのかしら」
エリーゼの紫色の瞳が、自信に満ちて、輝いた。
「……エリーゼ。無理しないで。声を、また失くしたら、元も子もないわ」
「大丈夫よ。……あなたが、私の声を、取り戻させてくれたんだもの」
エリーゼが、シェリンを見て、微笑んだ。
男の子の体。
でも、その笑顔は、昔のままの、優しいエリーゼの笑顔だった。
シェリンの胸の奥が、きゅっと鳴った。
迷宮を進むにつれ、道は、狭く、複雑になっていった。
ルカが、鼻をひくひくさせながら、先導する。
「兄貴! こっちは、呪いの匂いが薄いにゃ! 安全にゃ!」
「すごいわね、ルカ。猫の嗅覚、最高だわ」
「にゃはは! 猫の体も、悪くないにゃ!」
ルカが、得意げに、尻尾を立てた。
その時だった。
通路の壁が、突然、動いた。
黒い蔦が、シェリンに向かって、襲いかかる。
「シェリン!」
エリーゼが、シェリンを突き飛ばした。
蔦は、エリーゼの腕に、深く絡みつく。
「エリーゼ!」
シェリンは、エリーゼの腕の蔦を、素手で引きちぎった。
ブチブチブチッ。
「……シェリン、あなた、素手で……」
「……私、依代だから。呪いの蔦が、私に触れると、逆に、力を失うみたい」
シェリンの手のひらが、黒く染まっていた。
でも、痛みはなかった。
「……ごめん。私のせいで、また、危ない目に」
「……違う。私が、勝手に、庇っただけ。……それに、あなたを、守りたかった。……私の、意思よ」
エリーゼが、シェリンの手を取った。
黒く染まった手のひらを、両手で、包み込む。
「……シェリン。私、あなたに、ずっと、言えなかったことがあるの。……でも、今は、言わない。目の前の敵に、集中しましょう」
エリーゼは、そう言って、手を離した。
でも、その瞳の奥に、シェリンは、確かに、何かを見た。
特別な、感情。
(エリーゼ……)
シェリンの胸が、じわりと、温かくなった。
「……あんた、何か、隠してるでしょ」
「……さあ、何のことかしら」
エリーゼが、照れたように、目を逸らした。
男の子の体なのに、その仕草は、どこか、女の子みたいで。
シェリンは、思わず、笑ってしまった。
迷宮の奥へ、奥へ。
四人は、ついに、最深部の手前まで、たどり着いた。
そこには、巨大な扉があった。
黒い花で覆われた、重厚な扉。
「……この先が、迷宮の最深部。そして、無限魂器回廊だ」
ノクトの声が、初めて、緊張で、硬くなった。
「……無限魂器回廊?」
「ああ。侵入者の魂を、強制的に、交換し続ける、最強の呪いの罠だ。一歩でも足を踏み入れれば、体と心が、ばらばらに、入れ替わり続ける。……君の仲間は、あの中では、一瞬も、持たない」
「……そんな」
「でも、突破する方法は、一つだけある。……君の、唄の種の力だ。君が、唄の種を、完全に解放すれば、無限魂器回廊の呪いを、打ち消せるかもしれない。……ただし、その力を使えば、君の秘密は、完全に露呈する。君の体が、どうなるかも、分からない」
ノクトの紫の瞳が、仮面の下から、シェリンを、じっと見つめた。
「……選ぶんだ。シェリン君。仲間を守るか、自分を守るか」
シェリンは、扉の前で、立ち尽くした。
無限魂器回廊。
その先に、呪詛師がいる。
そして、ノクトの話では、呪詛師のさらに奥に、商人評議会と繋がる、真の黒幕がいる。
呪いの花の、密売人。
(私の力で、罠を、突破できる)
(でも、その力を使えば……)
シェリンは、自分の手を見た。
女の子の、細い手。
黒く染まった手のひら。
体内の唄の種が、扉の向こうの呪いに、呼応して、脈打っている。
「……私が、力を解放すれば……みんなを、守れる。でも、私は、私でいられなくなるかもしれない」
声が、震える。
「……シェリン。あなたは、一人で、抱え込まないで」
エリーゼが、シェリンの隣に立った。
「そうだにゃ! 兄貴! あたしたちも、一緒に戦うにゃ! 呪いなんて、ぶっ飛ばすにゃ!」
ルカが、シェリンの足元で、毛を逆立てた。
「……君の仲間は、なかなか、頼もしいじゃないか」
ノクトが、苦笑した。
シェリンは、二人の顔を見た。
エリーゼの、紫の瞳。
ルカの、金色の瞳。
(私は、一人じゃない)
(秘密が、暴かれても)
(体が、変わっても)
(この二人が、いてくれる)
シェリンは、拳を握りしめた。
「……私は、私の力で、みんなを守る。そして、真実を、掴む。……たとえ、私が、どうなっても」
エリーゼが、シェリンの手を、握った。
「……大丈夫。あなたが、どうなっても、私は、あなたの隣にいるわ」
ルカが、シェリンの足に、すり寄った。
「あたしもにゃ! 兄貴が、どんな姿になっても、兄貴は兄貴にゃ!」
シェリンの目から、涙が、こぼれた。
「……ありがとう。……行こう。みんなで、この先へ」
シェリンは、巨大な扉に、手をかけた。
黒い花が、手のひらの熱で、次々と、開いていく。
扉が、ゆっくりと、開いた。
向こう側は、青白い光に満ちていた。
無限魂器回廊。
呪いの罠が、待ち受けている。
シェリンは、一歩、踏み出した。
エリーゼが、ルカが、ノクトが、後に続く。
「……さあ、行くわよ。チューリップ組、出動!」
女の子の体。
探偵の心。
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