シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜
シェリン・バーガンディは世界中の謎を追いかける探偵VTuber。今日も今日とて依頼人はゼロ。チューリップ組の仲間たちとだらだら過ごしていた事務所に、一通の謎の手紙が届く。「呪いの花を探せ」。差出人不明、報酬は金貨百枚。シェリンの目が輝く。「これは怪盗の仕業かもしれない」と、彼はその事件に飛びついた。
手紙が導く先は、町はずれにあるノクターン庭園。そこには夜だけ咲く不思議な花があった。シェリンは相棒のエリーゼとルカを連れて庭園へ。奥深くで、黒いバラのような花を見つける。シェリンがそれに触れた瞬間、まばゆい光が爆発した!
「うわ、なんだこれ!?」
光が消えると、シェリンの体は女の子になっていた。それだけじゃない——エリーゼは男の子に、ルカは……なぜか猫になっていた。チューリップ組はパニックに陥る。「声が高すぎる!」「このスカート、スースーする!」「ニャー!」
呪いを解く方法を探すうち、三人は呪いの花を育てた犯人を追うことになる。怪盗のライバルの助けを借りて、シェリンは手がかりを集めていく。しかし、呪いは一つだけではなかった。町中で人々が入れ替わっている——花屋の店主、パン屋のおばさ
シェリン探偵と呪いの女体化事件簿〜チューリップ組の謎解きはパニックの香り〜 - 夜明けの約束 ~呪いは解けない、でも私たちは進む~
青白い光が、迷宮の壁を這っていた。
呪花の迷宮、最深部。無限魂器回廊を抜けた先に広がるのは、巨大な石造りの祭壇だった。天井は高く、見上げる先には闇。壁という壁に、黒い蔦が脈打つように絡みついている。蔦の節々から、夜咲きの花が、不気味なほど美しく咲いていた。
「……ここが、最深部か」
シェリン・バーガンディは、短く息を吐いた。
ワインレッドの髪は汗で額に張りつき、琥珀色の瞳は疲労の色を隠せない。女の子の体は、長い戦いの末に、あちこちが擦り傷だらけだった。左目の下の泣きぼくろが、青白い光の中で、やけに濃く見える。
「ああ。……あれが、黒薔薇の呪詛師か」
ノクトが、仮面の奥の紫の瞳を細めた。黒い長髪に白いメッシュ。左手の薬指の黒い石の指輪が、光を吸い込むように鈍く光る。
祭壇の中央。黒い花びらが、渦を巻くように舞っていた。
その中心に、一人の男が立っている。
黒いローブ。痩せた体。顔は青白く、頬はこけ、目は落ちくぼんでいる。だが、その瞳だけが、異様なほどぎらぎらと光っていた。
「……来たか。シェリン・バーガンディ」
声は、低く、掠れていた。
風もないのに、男のローブがはためく。
「……あんた、私を知ってるの?」
「知ってるも何も……お前は、あの日の……ノクターン庭園で、迷子になっていた……」
男の声が、震えた。
「……あの日? ノクターン庭園? 私、幼い頃に、確か……」
シェリンの頭の奥で、何かが弾けた。
記憶の断片。
夕暮れの庭園。迷子になった幼い自分。泣きじゃくる足元。黒いバラに触れて、倒れて。そして——。
「……エドガー……さん?」
名前が、自然に口をついて出た。
「……覚えていてくれたのか。あの時、お前を助けたのは、確かに私だ。……だが、今の私は、その恩を仇で返す、ただの操り人形よ」
エドガーの顔が、苦痛に歪んだ。
「操り人形……? どういうことだよ、エドガーさん! あんたが、呪いの花を街に広めたんじゃないのか!?」
「違う……違うんだ、シェリン。私は……私は、お前を守りたかった。お前の体内の唄の種が、呪いの花と共鳴して、世界を滅ぼすほどの力を生むことを知ってしまった。だから、お前を遠ざけるために……だが、あの男に、魂を握られた」
エドガーの体が、ぐらりと揺れた。
黒い蔦が、彼の足に絡みついている。
「……あの男、だと?」
ノクトが、一歩前に出た。
その時だった。
祭壇の奥。闇のさらに深い場所から、乾いた拍手の音が響いた。
パチ、パチ、パチ。
「いやあ、実に感動的だ。恩人との再会。涙なくしては語れないねえ」
声は、妙に明るく、軽やかだった。
闇の中から、男が現れる。
紫のスーツ。金の鎖。指には宝石の指輪が、五本とも。顔は、白粉を塗ったように白い。口元だけが、赤く、三日月のように吊り上がっている。
商人評議会と繋がる、呪いの花の密売人。クロード。
「……お前が、クロードか」
シェリンの指が、無意識にルーペを探した。だが、こんな場所で役に立つものじゃない。
「ご名答。私はクロード。呪いの花を、世界中に届ける、ただの商人さ。……いやあ、それにしても、君の唄の種は素晴らしい。あの花が、君の力で、どこまでも、どこまでも、増えていく。想像しただけで、胸が躍るよ」
「ふざけるな! あんたのせいで、街の人たちが、どれだけ苦しんだと思ってるんだ!」
シェリンの声が、祭壇に響いた。
「苦しむ? ああ、そうだね。体が入れ替わる。性別が変わる。種族が変わる。……でもね、お嬢さん。それの何が悪い? 人間は、自分と違うものを、怖がる。だから、呪いは、恐れられ、そして、高く売れる。……私は、人の恐怖を、富に変えているだけさ」
クロードは、両手を広げた。
「……最低だな、あんた」
エリーゼが、シェリンの隣に立った。
銀色の短髪。切れ長の紫の瞳。左耳の銀の花のイヤリングが、青白い光を反射する。男の子の体でも、その立ち姿は、凛としていた。
「兄貴! あいつ、許せないにゃ!」
灰色の猫が、シェリンの足元で、毛を逆立てた。金色の目が、クロードを真っ直ぐに睨んでいる。
「おやおや、猫まで吠えるのかい? ……まあいい。そろそろ、君の唄の種を、いただこうか」
クロードが、指を鳴らした。
パチン。
黒い蔦が、床から、天井から、四方八方から、一斉にシェリンへと殺到した。
「シェリン!」
エリーゼが、歌い始めた。
花唄魔術。浄化の唄。
「——光の花よ、闇を裂け。清らかな雫で、穢れを洗い流せ——」
エリーゼの声が、祭壇に響き渡る。
銀色の光が、エリーゼの体から溢れ出し、黒い蔦を焼いていく。
「……! 浄化の唄だと? 小娘が、なかなかやるじゃないか」
クロードの口元が、歪んだ。
「ルカ! あいつの弱点を探せ! お前の鼻なら、見つけられるはずだ!」
「任せろにゃ! 兄貴!」
ルカが、地面を蹴った。
灰色の体が、蔦の間を縫うように走る。金色の目が、クロードの体を、隅々まで見つめる。
「……シェリン君。私も、少し手伝おう。あの男の隙を作る。君は、唄の種を解放するんだ」
ノクトが、マントを翻した。
「……ノクト、あんた……」
「怪盗は、盗むのが仕事だ。あの男の、余裕という名の宝物を、盗ませてもらうよ」
ノクトが、幻惑魔法を発動した。
クロードの周囲に、無数のノクトの幻影が現れる。
「小癪な! 幻惑ごときが!」
クロードが、黒い蔦を振り回す。
幻影が、次々と消えていく。
だが、その一瞬の隙。
シェリンは、自分の胸に手を当てた。
体内の唄の種。
ドクン、ドクンと、脈打っている。
(私の力で、みんなを守る)
(たとえ、私が、どうなっても)
「……行くぞ。私の中の、唄の種よ。目覚めろ!」
シェリンが、叫んだ。
瞬間。
彼女の体から、まばゆい光が溢れ出した。
琥珀色の瞳が、金色に輝く。
ワインレッドの髪が、逆立つように、ふわりと浮かぶ。
体内の唄の種が、全解放される。
「……なんだ、この力は!? まさか、唄の種を、完全に!?」
クロードの顔から、初めて笑みが消えた。
「エリーゼ! 私の光を、あんたの唄に乗せて!」
「……ええ。私の唄と、あなたの光。一つにしましょう」
エリーゼが、再び歌い始めた。
「——清らかなる光よ、彼の者の魂と共鳴し、すべての呪いを、還すがいい——」
シェリンの光と、エリーゼの唄が、重なり合う。
金色と銀色の光が、渦を巻き、祭壇を、迷宮を、包み込んでいく。
「やめろ! やめろおおおお!」
クロードが、悲鳴を上げた。
黒い蔦が、光に焼かれ、灰になっていく。
夜咲きの花が、次々と、光となって砕け散る。
「……ああ……これで、やっと……」
エドガーの体から、黒い蔦が解けていく。
「私の……私の計画が……! 呪いの花が……! 私の富が……!」
クロードが、光の中で、もがく。
「……あんたの計画は、ここで終わりだ。クロード」
シェリンの声が、静かに、しかし力強く響いた。
「ぐああああああああ!!!」
呪いの反動。
クロードの体が、光に包まれ、弾け飛んだ。
紫のスーツが、破れ、金の鎖が、ちぎれ飛ぶ。
そして、クロードは、祭壇の床に、倒れ伏した。
「……終わった、のか?」
シェリンは、光が消えていくのを、呆然と見つめた。
祭壇には、静けさが戻っていた。
黒い蔦は、すべて灰になっている。
夜咲きの花は、跡形もない。
「……シェリン。済まなかった。私のせいで、お前を、街を、こんな目に……」
エドガーが、床に膝をついた。
「……エドガーさん。あんたは、操られてただけだ。……あの時、庭園で、私を助けてくれた。その気持ちは、本物だったんだろ?」
「……ああ。あの日のことは、今でも、はっきりと覚えている。泣いているお前を、放っておけなかった」
「なら、いいんだ。……私は、あんたを、恨んだりしない。許すよ」
シェリンは、エドガーの手を、そっと握った。
女の子の、小さな手。
エドガーの、骨ばった手。
「……ありがとう。シェリン。……ありがとう」
エドガーの目から、涙がこぼれた。
「……さて。感動の再会は、そこまでにして、と」
ノクトが、いつもの飄々とした調子で言った。
「……ノクト。あんた、まだいたの?」
「つれないなあ。私は、君たちの活躍を、最後まで見届けると、決めているんだよ。……それに、この男の始末も、つけなければならないしね」
ノクトは、倒れているクロードに、冷たい視線を向けた。
「……クロード。君のやったことは、盗みでもなんでもない。ただの、下劣な商売だ。……私は、そういうのが、一番、嫌いでね」
「……ひ、ひぃ……」
クロードが、ガタガタと震えている。
「まあ、今日のところは、見逃してやるよ。だが、次に私の目の前に現れたら、その時は、君の『命』という名の宝物を、いただく」
ノクトの紫の瞳が、仮面の下で、冷たく光った。
クロードは、気を失った。
「……さて。帰ろうか。みんな、待ってる」
シェリンは、祭壇に背を向けた。
「そうだにゃ! 早く街に戻って、みんなに知らせるにゃ!」
ルカが、シェリンの肩に飛び乗った。
「……ええ。帰りましょう。私たちの、チューリップ組事務所へ」
エリーゼが、シェリンの隣に並んだ。
四人と一匹は、迷宮を後にした。
外は、夜明けだった。
東の空が、白み始めている。
ノクターン庭園の木々が、朝露に濡れて、銀色に輝いていた。
「……朝だ」
シェリンは、空を見上げた。
長い夜が、終わった。
街に戻ると、人々は、まだ混乱の最中だった。
だが、シェリンたちが、呪いの花の正体と、真の黒幕の存在を、包み隠さず話すと、怒りは、次第に、沈静化していった。
「……つまり、あんたたちは、悪くなかったってことか?」
「ええ。私たちも、呪いの被害者です。……それに、この呪いは、完全には解けていません。私の体も、エリーゼの体も、ルカの体も、元には戻っていない。……でも、私たちは、この体で、生きていく。そして、残った呪いを、少しずつでも、解いていく方法を、探し続ける」
「……そうか。お嬢ちゃんも、大変なんだな」
「お嬢ちゃん、か。……まあ、今の私は、そう見えるわね」
シェリンは、苦笑いした。
「兄貴は、兄貴だにゃ! 女の子でも、猫でも、チューリップ組のリーダーは、兄貴にゃ!」
ルカが、シェリンの足に、すり寄った。
「……ルカの言う通りよ。あなたは、あなた。シェリン・バーガンディ。私たちの、探偵」
エリーゼが、シェリンの手を、握った。
男の子の、大きな手。
シェリンの、女の子の、小さな手。
「……ありがとう。二人とも」
シェリンは、二人の顔を見た。
エリーゼの、紫の瞳。
ルカの、金色の瞳。
(私は、一人じゃない)
(この体のままでも、私の居場所は、ここにある)
シェリンの胸の奥が、じわりと温かくなった。
その夜。
チューリップ組事務所。
三人は、机を囲んで、遅い夕食を取っていた。
叔母のマリーが、焼きたての花唄パンを、差し入れてくれたのだ。
「……ふう。やっぱり、マリー叔母さんのパンは、最高だな」
シェリンは、パンを頬張った。
「……そうね。この味を食べると、ほっとするわ」
エリーゼも、パンを口に運ぶ。
「にゃー! このパン、猫の舌でも、すごく美味いにゃ!」
ルカは、小さなパンを、前足で器用に押さえて、かじっていた。
「……お前、本当に猫の体に慣れたな」
「にゃはは! 猫の体、意外と悪くないにゃ! 高いところも、登り放題だし!」
「……戦士として、それでいいのかしら」
「まあまあ。今は、生きてるだけで、丸儲けだろ」
三人の笑い声が、事務所に響いた。
その時だった。
トン、トン、と、窓を叩く音。
「……ん?」
シェリンが、窓に近づく。
窓の外には、誰もいない。
だが、窓枠に、一通の手紙が、挟まっていた。
黒い封筒。
銀の封蝋。
怪盗ノクト・ファントムの、トレードマーク。
「……ノクトから?」
シェリンは、封を切った。
中には、一枚のカード。
流麗な筆記体で、こう書かれていた。
『次は、もっと面白い事件だぜ、名探偵。
今度は、君の『秘密』に、もっと深く、関わる話だ。
準備はいいか? ——怪盗ノクト・ファントム』
「……次は、私の、秘密に……?」
シェリンの指が、カードを、ぎゅっと握った。
「……シェリン。何て書いてあったの?」
エリーゼが、心配そうに、シェリンの顔を覗き込む。
「……ああ。次の事件の、予告だ。……どうやら、まだ、終わらないみたいだな」
シェリンは、カードを、机の上に置いた。
琥珀色の瞳が、カードの文字を、じっと見つめる。
「次の事件!? 面白そうだにゃ! 兄貴、何が書いてあったにゃ!?」
ルカが、机に飛び乗った。
「……まあ、見てのお楽しみ、だな。……でも、一つだけ、確かなことがある」
「……何よ?」
「……チューリップ組は、まだまだ、これからだってことだ」
シェリンは、にやりと笑った。
女の子の体。
探偵の心。
戦いは、まだ、終わらない。
夜明けの光が、窓から差し込み、三人の顔を、優しく照らしていた。
そして、新たな事件の予感が、静かに、動き出していた。Noveliaとは?
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