新妹魔王の日常契約
魔王の血を引く義妹との、甘くて危険な二重生活が始まる——。
母を亡くし、海外出張ばかりの父を持つ高校生・東城刃更。ある日突然、父から「お前には義理の妹ができる」と告げられる。しかも、相手は魔族で、一人は先代魔王の血を引いているという。戸惑いながらも、かつて自分も居場所を失った経験から、二人を迎え入れる決意をする刃更。
しかし、妹たちとの日常は、決して穏やかなものではなかった。魔族と勇者の血を引く者が出会うとき、運命の歯車が静かに動き出す。守りたいものと、封印してきた力の狭間で揺れる刃更。そして、義妹たちが抱える秘密とは——。
夕暮れの台所、交わされる契約、紫に輝く瞳。日常の裏側に潜む非日常が、いま幕を開ける。
新妹魔王の日常契約 - 義妹ができる夜
「……母さん、これでいいよな」
夕暮れの台所に、刃更のつぶやきが小さく溶けた。
まな板の上のキャベツを、包丁でざくざくと刻む。一人分には多すぎる量だ。冷蔵庫の残り物をかき集めたら、自然とそうなった。父・迅は海外出張中。いつものことだ。それでも、つい二人分の食器を並べてしまう。
窓の外、桜川の水面がオレンジ色に染まっている。霧ヶ丘市の住宅街は夕飯どきの匂いに包まれていた。どこかの家からカレーの香りがして、刃更は鼻をひくつかせた。
「カレーか……今度作ってみるか」
誰に言うでもなく、またつぶやく。
東城刃更、十五歳。霧ヶ丘学園高等部一年生。黒髪のショートヘアは少し跳ねていて、深い茶色の瞳は意志の強さを感じさせる。身長172センチ、無駄のない引き締まった体格。右目の下、耳寄りに小さな傷跡のような痣がある。ブレザー制服は着崩さず、きちんと着るタイプだ。
左手首には、うっすらと紋様が浮かんでいた。契約の腕輪。まだその意味を、刃更は知らない。
「……母さん」
一年前、母・美咲は病死した。表向きは、そういうことになっている。霧ヶ丘市立病院で、刃更は母の最期を看取った。何の前触れもなく、あっけない最期だった。
それから、この家には刃更一人の時間が増えた。迅はカメラマンとして世界中を飛び回っている。国際的に有名な写真家で、家にいることの方が少ない。
包丁を置いて、刃更は食卓を見た。二人分の食器が並んでいる。父が帰ってくるのは、いつだかわからないのに。
「寂しい、か」
声に出したら、余計にそう感じた。
窓の外では、桜川の流れが夕日を受けてきらきらと光っている。霧ヶ丘市は人口十二万人の郊外都市。都心まで電車で四十五分。のどかな街だ。この街には、人間には知られていない秘密がいくつもある。魔族界への入り口である「ゲート」が、市内に複数存在していることも、その一つだった。
もちろん、今の刃更にそれを知るすべはない。
――はずだった。
■
深夜。
ガチャリ、と玄関の鍵が回る音がして、刃更は目を覚ました。
「ただいまー!」
聞き覚えのある、やけに明るい声。
「……父さん?」
パジャマ姿のまま階段を下りると、玄関に大量の紙袋を抱えた迅が立っていた。黒髪はぼさぼさで、無精ひげが伸びている。Tシャツにカーゴパンツ。首からカメラを提げた、いつもの姿だ。
「おお、刃更!起きてたか!ほら、土産だ!」
迅は笑顔で紙袋を押しつけてきた。中には異国の菓子やら、見たこともない調味料やらがごちゃごちゃと入っている。
「……これ、また無茶苦茶な量だな」
「いいじゃないか。お前、ちゃんと食ってるか?痩せたんじゃないか?」
「食ってるよ。一人分の自炊くらいできる」
「そうか。ならいいが」
迅は土産をテーブルに置くと、どっかりとソファに座った。長旅の疲れが、ようやく出てきたらしい。
「……父さん、飯、食うか?今から何か作るけど」
「お、いいな。頼む」
台所に立つ。冷蔵庫を開けて、卵とベーコンを取り出した。簡単なものでいい。チャーハンでも作ろう。
フライパンに油をひいて、火をつける。じゅわ、という音が静かな家に響いた。
「刃更」
背中越しに、父の声。
「なんだ?」
「お前、義理の妹ができるぞ」
――一瞬、何を言われたかわからなかった。
卵を割る手が止まる。黄身がフライパンに落ちて、じゅっと音を立てた。
「……は?」
振り返ると、迅は真剣な顔でこちらを見ていた。さっきまでのへらへらした笑顔じゃない。
「義理の妹だ。二人な」
「二人!?」
「一人はお前と同じくらいの年で、もう一人は中学三年生だ」
「ちょっと待て。話が飛びすぎだ」
刃更は火を止めて、父の正面に座った。心臓がばくばくしている。
「……どういうことだよ。父さん、再婚でもしたのか?」
「してない」
「じゃあなんで義理の妹ができるんだ」
「まあ、色々あってな」
「色々って……」
迅は腕を組んで、天井を見上げた。何かを選ぶような、迷うような仕草。
「……刃更。お前に、ちゃんと話しておく」
低い声だった。
「相手の子たちの、母親がな」
「母親?」
「魔族だ」
――心臓が、跳ねた。
「……魔族」
声が、掠れた。
「そうだ。それで、一人は先代魔王の血を引いている」
「魔王……」
指先が冷たくなっていく。
五年前。勇者の里。無次元の執行の暴走。追放。
――思い出したくない記憶が、一気に押し寄せてくる。
「……父さん、本気で言ってるのか」
「本気だ」
「魔族だぞ。俺たち勇者の一族が、なんで……」
「もうお前は勇者じゃない。俺も、とっくに里を離れてる」
迅の言葉に、ぐっと言葉を詰まらせた。
「……それでも、俺は」
「刃更」
迅が身を乗り出した。
「お前が守りたいと思うなら、守ればいい。嫌だと思うなら、断ってもいい。でもな、あの子たちは行く場所がないんだ」
「行く場所が、ない」
「魔族界で、色々あってな。人間界に逃げてきた。俺が保護した。それだけの話だ」
「保護……」
「お前なら、わかるだろ」
迅の目が、真っ直ぐに刃更を見ていた。
「居場所を失うって、どういうことか」
――ああ、そうか。
刃更は、父が何を言いたいのか、わかってしまった。
五年前、自分も同じだった。里を追放されて、行く場所がなかった。迅が手を差し伸べてくれた。
「……ずるい言い方だな」
「だって、その方が早いだろ」
迅が、にやりと笑った。
「……わかったよ」
刃更は深く息を吐いた。
「受け入れる。ただし、俺に何ができるかはわからないぞ」
「十分だ」
「それで、いつ来るんだ?」
「明日の夕方」
「は?」
「明日の夕方だ。頼んだぞ」
「いや、早すぎるだろ!心の準備が……」
「男に心の準備なんていらない。それより、チャーハンまだか?腹減った」
「……今作ってる」
刃更は台所に戻って、フライパンを再加熱した。卵とベーコンを炒める。香ばしい匂いが広がる。
――義理の妹。しかも魔族。
頭の中がぐるぐる回っている。
「……守りたいと思うなら、守ればいい、か」
小さくつぶやいた。
■
翌朝。
「じゃあな、刃更。妹たちのこと、頼んだぞ」
迅はカメラ機材を担いで、玄関に立っていた。昨日の夜、帰ってきたばかりなのに、もう出発だ。
「……行くのかよ」
「仕事だからな。海外で撮影だ。二週間くらい帰れない」
「二週間!?」
「大丈夫だ。お前ならやれる」
迅は笑って、刃更の肩をぽんと叩いた。
「それと、これ」
迅が差し出したのは、一枚の封筒だった。
「何だ?」
「生活費だ。それから、妹たちのことも色々書いてある。あとで読め」
「……わかった」
「あと、書斎には入るなよ。約束だ」
「わかってる」
「じゃあな」
迅は背を向けて、歩き出した。
「父さん!」
声をかけると、迅が振り返った。
「……気をつけてな」
「おう」
迅は手をひらひらと振って、朝の光の中へ消えていった。
■
学校からの帰り道。
刃更は商店街を歩いていた。霧ヶ丘銀座商店街。全長四百メートル、店舗数約六十。老舗の精肉店、八百屋、書店、喫茶店が並ぶ、のどかな通りだ。
「コロッケ、一個八十円か……」
霧ヶ丘精肉店の前で、足が止まった。揚げたてのコロッケが、ショーケースに並んでいる。いい匂いだ。
「……妹たち、何が好きなんだろうな」
つい、そんなことを考える。
昨日の夜、封筒の中身は読んだ。生活費の振込先、緊急連絡先、そして――妹たちの簡単なプロフィール。
成瀬澪。十五歳。高校一年生。
成瀬万理亜。十四歳。中学三年生。
「成瀬、か」
名字だけ見れば、普通の女の子だ。でも、魔族。しかも一人は先代魔王の娘。
「……俺に何ができるんだよ」
五年前の暴走。無次元の執行。あの力は、今も自分の中にある。制御できる自信は、ない。
「力を使わずに守る方法、か」
空を見上げた。夕焼けが、街を赤く染めている。
■
午後五時。
東城家のリビング。
刃更はソファに座って、テレビをつけたり消したりを繰り返していた。落ち着かない。時計の針が、やけにゆっくり進む。
「……落ち着け。ただの妹だ」
いや、ただの妹じゃない。魔族の妹だ。
「はあ……」
ため息をついて、テーブルの上の湯呑みを手に取った。冷めたお茶を一口飲む。
ピンポーン。
――来た。
刃更は飛び上がるように立ち上がった。心臓がばくばく鳴っている。
「……よし」
深呼吸。一回、二回。
玄関へ向かう。ドアノブに手をかけた。
「……大丈夫。大丈夫だ」
自分に言い聞かせて、ドアを開けた。
――そこに、少女が立っていた。
夕陽を背にした、美しい少女。
腰まである長い黒髪。白い肌。大きな瞳が、真っ直ぐに刃更を見上げている。
「……あ」
声が出ない。
彼女の後ろには、もう一人。中学生くらいの少女が、ひょこっと顔を出した。
「……お兄ちゃん?」
思わず、そう言っていた。
「お兄ちゃん、か」
黒髪の少女が、小さくつぶやいた。
「……ふん」
――鋭い目つき。
彼女は刃更をじっと見据え、何かを言おうと口を開いた。
「お前が、私の……」
風が吹いて、彼女の黒髪が揺れた。
夕陽の光の中で、少女の瞳が――一瞬、紫色に輝いた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。