新妹魔王の日常契約
魔王の血を引く義妹との、甘くて危険な二重生活が始まる——。
母を亡くし、海外出張ばかりの父を持つ高校生・東城刃更。ある日突然、父から「お前には義理の妹ができる」と告げられる。しかも、相手は魔族で、一人は先代魔王の血を引いているという。戸惑いながらも、かつて自分も居場所を失った経験から、二人を迎え入れる決意をする刃更。
しかし、妹たちとの日常は、決して穏やかなものではなかった。魔族と勇者の血を引く者が出会うとき、運命の歯車が静かに動き出す。守りたいものと、封印してきた力の狭間で揺れる刃更。そして、義妹たちが抱える秘密とは——。
夕暮れの台所、交わされる契約、紫に輝く瞳。日常の裏側に潜む非日常が、いま幕を開ける。
新妹魔王の日常契約 - 義妹、襲来。~契約が逆転した日~
「……お前が、私の」
風が、夕暮れの住宅街を吹き抜けた。
玄関の前に立つ黒髪の少女は、刃更をまっすぐに見上げている。長い黒髪が風に揺れて、白い肌に影を落とした。紫の瞳が、夕陽を受けてきらりと光る。
(……なんだ、この子)
刃更は、声を出すのを忘れた。
彼女の後ろには、もう一人。ピンク色のツインテールを揺らした、中学生くらいの少女がひょこっと顔を出した。大きなピンクの瞳が、刃更をじっと見つめている。
「あんたが、東城刃更ね」
黒髪の少女が、低い声で言った。
「……そうだけど」
「ふーん」
彼女は、刃更を頭のてっぺんからつま先まで、じろりと眺めた。値踏みするような、試すような視線。
「まあいいわ。これからあんたに、主従契約魔法をかけるから。大人しく、僕になりなさい」
「……は?」
僕。今、僕って言ったか。
「え、ちょっと待て。主従契約って、なんだよ」
「うるさいわね!いいから、さっさと家に上げなさいよ!」
「いや、でも……」
「いいから!」
澪が、ずいっと一歩踏み出した。背は低いのに、妙な迫力がある。
「お姉ちゃん、焦りすぎだよ~」
後ろの少女が、くすくす笑った。
「万理亜、あんたは黙ってなさい!」
「はーい」
万理亜と呼ばれた少女は、ぴょこぴょこと澪の隣に並んだ。
「お兄ちゃん、初めまして。私、成瀬万理亜って言うの。よろしくね」
ぺこりと頭を下げる。その笑顔は、年齢の割にやけに大人びて見えた。
「あ、ああ。よろしく」
「お兄ちゃん、いい匂い……♡」
万理亜が、突然、刃更の胸に飛び込んできた。
「ちょ、待て!」
「すんすん……あー、これこれ。若い男の子の精気の匂い。おいしそう……」
「精気!?」
万理亜の小さな手が、刃更の腰に回される。柔らかい体が、ぴったりとくっついた。
「お兄ちゃん、あったかい……♡」
「万理亜!あんた何やってんのよ!」
澪が、万理亜の襟首をつかんで引きはがした。
「だってお姉ちゃん、お兄ちゃんに契約かけるんでしょ?その前に、私も精気チャージしとこうかなって」
「するわけないでしょ!この変態サキュバス!」
「サキュバス……」
刃更は、玄関の柱に手をついた。頭がくらくらする。
(サキュバスって、あの、男の精気を吸うっていう……)
「あんた、いつまで突っ立ってんの。さっさと入るわよ」
澪は、ずかずかと玄関に上がり込んだ。靴を脱ぐのも乱暴に、廊下を進んでいく。
「お、おい!勝手に入るな!」
「あんたの家でしょ。あんたが入れろって言ったんでしょ」
「言ってない!」
「お兄ちゃん、諦めよ?お姉ちゃん、一度決めたら絶対曲げないから」
万理亜が、にこにこしながら靴を脱いだ。
「……ったく、しょうがねぇな」
刃更は、深いため息をついた。
――これが、義妹になるっていう二人との、最初の出会いだった。
■
リビングに通すと、澪は迷わずソファの真ん中に座った。腕を組んで、足を組んで、まるで女王様だ。
「それで、いつ始めるの?」
「……始めるって、何を」
「主従契約魔法に決まってるでしょ!さっきから何回言わせんのよ!」
澪の瞳が、かっと紫に輝いた。
「お前、目が……」
「あんた、どこまで知ってるの?迅から何も聞いてないの?」
「父さんからは、義理の妹ができるってだけしか」
「はあ?あのオヤジ、肝心なこと何にも説明してないじゃない!」
澪は、苛立たしげに黒髪をかき上げた。
「いいわ。今から説明するから、ちゃんと聞きなさい」
澪は、すっと背筋を伸ばした。
「私は成瀬澪。先代魔王の娘よ。あんたの父さん……迅の紹介で、ここに来た。それで、あんたと主従契約を結ぶ。契約を結べば、私の魔力を安定させられる。そういうこと」
「魔王の、娘……」
刃更は、昨夜の父の言葉を思い出していた。
――一人は先代魔王の血を引いている。
(本当だったんだ)
「それで、主従契約魔法ってのは、魔族と人間の間で結ぶ契約よ。本来は、私みたいな魔族が、あんたみたいな人間を従えるための魔法。発動には、お互いの血と名前の詠唱が必要なの」
「血……」
「そう。だから、今からあんたの血を少しもらうわ。じっとしてなさい」
澪は、スカートのポケットから小さなナイフを取り出した。
「おい、ちょっと待て!いきなり血って!」
「痛くしないから!ちょっと指先を切るだけよ!」
「そういう問題か!?」
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。お姉ちゃん、魔法の腕は確かだから。契約の詠唱、ちゃんと練習してきたんだよ」
万理亜が、テーブルの向かいからにこにこ言った。
「万理亜、余計なこと言わない!」
澪の頬が、ほんの少し赤くなった。
「……練習してきたのか」
「う、うるさいわね!早く手を出しなさい!」
澪が、刃更の左手をつかんだ。
「……っ」
細い指。でも、力は強かった。
澪は、刃更の人差し指の先に、ナイフを当てた。ちくり、と小さな痛み。赤い血が、ぷくりと浮かぶ。
「我が名は成瀬澪。我が血と名をもって、この者を僕と為す——」
澪が、低く、はっきりとした声で詠唱を始めた。
リビングの空気が、ぴりりと張り詰める。
「――その血に宿りし力、その名に刻まれし魂、我が下に――」
澪の紫の瞳が、強く輝いた。
「――集え。従え。我が僕として、永遠に――」
その瞬間だった。
澪の声が、ぴたりと止まった。
「……え?」
澪が、自分の手を見た。
「な、なに、これ……」
澪の手のひらから、紫の光が溢れ出していた。光は、糸のように細く、くねくねと揺れながら、澪の腕を這い上がっていく。
「いや、違う!私は、あんたを僕にするはずで——」
「澪!手を離せ!」
刃更が叫んだ時には、もう遅かった。
紫の光が、澪の手から刃更の手へ、火花のように飛び移った。
――バチッ。
「っ!?」
左手首が、焼けるように熱い。
見ると、刃更の左手首に、複雑な紋様が浮かび上がっていた。まるで、腕輪のように、手首を一周する紋様。
「な、なんだ、これ……」
「……うそ」
澪が、自分の首元を押さえた。
澪の白い首筋に、赤い紋様が浮かんでいる。小さな、鎖のような形の紋様。
「うそ、うそよ、こんなの……私が、僕になるはずが……!」
「僕……?」
刃更は、自分の左手首と、澪の首元を、交互に見た。
「な、なんで!?なんで私が僕になってんのよ!?」
澪が、真っ赤な顔で叫んだ。
「あらら~、お姉ちゃんったら、詠唱の途中で噛んじゃったでしょ?あれ、失敗しちゃってるよ」
万理亜が、けらけら笑いながら言った。
「噛んでないわよ!ちょっと舌が回らなかっただけよ!」
「それって噛んだって言うんだよ、お姉ちゃん」
「うるさい!百回殺す!」
澪が、万理亜に飛びかかろうとした。
「まあまあ、お姉ちゃん。怒らないで。契約が逆転しちゃったのは事実なんだから」
万理亜が、ひょいと澪をかわした。
「……逆転」
刃更は、まだ状況が飲み込めていなかった。
「そう。本来ならお姉ちゃんが主になって、お兄ちゃんが僕になるはずだったの。でも、詠唱を失敗したせいで、お兄ちゃんが主で、お姉ちゃんが僕になっちゃった」
「だから失敗してないって言ってるでしょ!」
「はいはい。それで、お兄ちゃん。左手首、見てみて」
刃更は、左手首を見た。
紋様が、うっすらと光っている。
「……これが、契約の証か」
「そう。契約の腕輪だよ。お兄ちゃんが主になった証。それで、お姉ちゃんの首元にあるのが、僕の証。お姉ちゃんは、お兄ちゃんの命令に逆らえなくなったの」
「命令に逆らえない……」
「ちょっと!勝手に説明しないでよ!」
澪が、万理亜の口を塞いだ。
「もががが」
「あんた、今のこと、忘れなさい!いいわね!」
澪が、刃更を指さした。
「いや、忘れろって言われても……」
「忘れなさいって言ってるの!百回殺す!」
澪の瞳が、紫に燃え上がった。
その時、リビングの電気が、ちかちかと明滅した。
「……澪、落ち着け。魔力が漏れてる」
刃更は、とっさに澪の肩をつかんだ。
「触らないで!」
澪が、刃更の手を振り払おうとした。
――その瞬間。
澪の体から、ふっと力が抜けた。
「……え?」
澪が、へなへなとソファに座り込んだ。
「な、なに……体に、力が……」
「あー、やっぱり。契約が不安定だと、魔力が安定しないんだよ。お姉ちゃん、今、かなり魔力が乱れてる。このままだと、また暴走しちゃうかも」
万理亜が、急に真面目な顔で言った。
「暴走……そんなの、嫌よ……」
澪の顔から、血の気が引いていく。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。契約を深めれば、魔力は安定するから」
「……契約を深める?」
「うん。主従契約を深めるにはね、主と僕が体を触れ合わせる必要があるの。抱きしめたり、キスしたり、そういうこと」
「キス!?」
刃更の声が、裏返った。
「な、ななな、なに言ってんのよ万理亜!?」
澪が、真っ赤になって飛び上がった。
「だから、契約を深めるには、体の接触が必要なんだよ?お姉ちゃん、お兄ちゃんに抱きつかなきゃ、魔力が安定しないよ?」
「だ、誰がこんな奴に抱きつくか!百回殺す!」
「でも、このままだと魔力暴走しちゃうよ?そうなったら、周りの人間にも迷惑かかっちゃうよ?」
「……っ」
澪が、言葉に詰まった。
「……おい、澪。無理しなくていい。契約が不安定なら、他に方法があるかもしれないだろ」
刃更が、澪の顔を覗き込んだ。
「……うるさいわね。あんたに心配される筋合いなんてないわ」
澪が、ふいっと顔を背けた。
でも、その耳は真っ赤だった。
「お姉ちゃん、意地張ってないで。契約のせいで、お姉ちゃんの魔力が不安定になってるのは本当なんだよ。このままだと、本当に危ないの」
万理亜が、澪の手を握った。
「……わかってるわよ」
澪が、小さくつぶやいた。
「……わかってる。でも、私、まだ……あんたのこと、全然知らないし」
澪が、ちらりと刃更を見た。
その瞳に、ほんの一瞬、不安の色が浮かんだ。
(……こいつ、強がってるけど、本当は怖いんだな)
刃更は、そう思った。
見知らぬ男の家に来て、契約に失敗して、僕になっちゃって。そりゃ、不安にもなる。
「……わかった」
刃更は、澪の正面に座った。
「な、なによ」
「契約を深めるんだろ。抱きつけばいいんだろ。ほら、来いよ」
刃更が、両腕を広げた。
「はあ!?な、なんであんたがそんなに堂々としてんのよ!?」
「堂々としてない。俺だって恥ずかしい。でも、お前の魔力が暴走したら、お前が一番危ないだろ。それに、近所にも迷惑がかかる」
「……っ」
「お兄ちゃん、かっこいい~♡」
「万理亜、黙ってなさい!」
澪は、しばらくもじもじしていた。
「……わ、わかったわよ。契約のためなんだから。勘違いしないでよね!」
澪が、勢いよく刃更に抱きついた。
――どんっ。
「……っ」
柔らかい。
澪の体は、見た目以上に柔らかかった。それに、いい匂いがする。花のような、甘い香り。
「……な、なによ。じっとしてなさいよ」
澪の声が、耳元で震えている。
「……お前こそ、力抜けよ。体、ガチガチだぞ」
「うるさい!これでいいの!契約のためなんだから!」
澪が、ぎゅっと刃更の背中に腕を回した。
――その瞬間。
刃更の左手首の腕輪が、温かく光った。
澪の首元の紋様も、同じ色に輝く。
「……あ」
澪の体から、すっと力が抜けた。
「……落ち着いた?」
「……ええ。なんとか」
澪が、小さく頷いた。
でも、まだ抱きついたままだ。
「……おい、いつまでくっついてるんだ」
「あ、あんたこそ、さっさと離しなさいよ!」
澪が、ぱっと飛びのいた。顔が真っ赤だ。
「べ、別に、あんたのことなんて、何とも思ってないんだからね!契約のためよ!契約の!」
「わかってるよ」
刃更は、苦笑いした。
(……なんだよ、こいつ。思ったより、可愛いとこあるじゃねぇか)
「お姉ちゃん、顔真っ赤だよ~」
「うるさい!百回殺す!」
澪が、クッションを万理亜に投げつけた。
――東城家の夜は、こうして、とんでもない方向に転がり始めた。
■
「……で、夕飯はどうすんだ。作るか?」
刃更が、キッチンに立って冷蔵庫を開けた。
「あんたが作るの?」
澪が、ソファから不機嫌そうに言った。
「俺しかいないだろ」
「なによ、その言い方。私だって、料理くらいできるわ」
澪が、むっとして立ち上がった。
「お姉ちゃん、やめときなよ。お姉ちゃんの料理は……」
万理亜が、青い顔で澪を止めようとした。
「万理亜、あんたは黙ってて。私が作るわ」
澪は、ずんずんとキッチンに乗り込んできた。
「……お前、料理できんのか?」
「できるわよ!これでも、人間界で色々やってきたんだから」
澪が、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出した。
「……何作るんだ?」
「オムライスよ。見てなさい」
澪が、フライパンを火にかけた。
「お兄ちゃん、消火器の場所、確認しといた方がいいかも……」
万理亜が、刃更の袖を引っ張って、小声で言った。
「……お前、本気で言ってんのか」
「うん。お姉ちゃん、料理の才能だけは、本当にないから」
――万理亜の言葉は、三十分後に現実となった。
「な、なんで!?レシピ通りにやったのに!?」
キッチンは、煙で真っ白だった。
フライパンの中では、黒い塊がくすぶっている。卵は、炭になった。ベーコンは、原形をとどめていない。鍋は、真っ黒に焦げ付いていた。
「……お前、何をどうやったら、こうなるんだ」
刃更が、換気扇を回しながら、窓を開けた。
「わ、私だって、ちゃんとやりたかったのに……!」
澪が、真っ黒なフライパンを持ったまま、肩を震わせた。
「……澪」
「うぅ……私だって、ちゃんとやりたかったのに……」
澪の声が、急に小さくなった。
強気な態度が、すっと消えた。
「……なんで、私、こんなこともできないのよ」
澪が、フライパンをシンクに置いた。
その背中が、小さく見えた。
(……こいつ、強がってるけど、本当は寂しがり屋なんだな)
刃更は、煙の残るキッチンで、澪の背中を見ていた。
――十五歳の女の子が、魔族の追手から逃げて、知らない男の家に来て。
(そりゃ、不安だよな)
「……大丈夫だ」
刃更が、澪の隣に立った。
「……なにがよ」
澪が、俯いたまま言った。
「俺が作るよ。一緒に食べよう」
澪が、顔を上げた。
「……え?」
「オムライス、作ってやる。お前の分も。だから、そんな顔すんな」
刃更は、真っ黒なフライパンを手に取った。
「……あんた、怒らないの?」
「怒るわけないだろ。誰だって失敗はある。それに、お前、頑張って作ろうとしたんだろ。それで十分だよ」
澪が、じっと刃更を見た。
紫の瞳が、夕暮れの光を受けて、ゆらゆらと揺れている。
「……ありがと」
小さく、本当に小さく、澪が呟いた。
「……おう」
刃更は、照れ隠しに、フライパンを洗い始めた。
「お姉ちゃんが素直~!明日は雪が降るかもね~」
万理亜が、キッチンの入り口から、にやにやしながら言った。
「うるさい!百回殺す!」
澪が、真っ赤になって万理亜に飛びかかった。
「きゃー、お姉ちゃんが怒った~」
「万理亜、覚悟しなさい!」
二人が、リビングを走り回る。
「……ったく、しょうがねぇな」
刃更は、苦笑いしながら、卵を割った。
――騒がしい。
でも、悪くない。
■
夕食の後、刃更はキッチンの片付けをしていた。
澪と万理亜は、二階の客間で寝ている。長旅で疲れたのだろう。澪は、夕食のオムライスを、文句を言いながらも完食した。万理亜は、食後にお兄ちゃんの精気ちょうだい♡とまた迫ってきて、澪に引きはがされていた。
(……賑やかな一日だったな)
刃更は、洗い物をしながら、今日のことを思い返していた。
主従契約の逆転。澪の抱きつき。料理の失敗。万理亜のセクハラ。
「……何がなんだか」
小さくつぶやいて、蛇口をひねった。
――その時だった。
窓の外で、何かが動いた。
「……ん?」
刃更は、手を止めて、窓の外を見た。
夜の闇。庭の植え込み。その影が、ゆらりと揺れた。
(……気のせいか?)
刃更は、窓に近づいた。
――違う。
何かがいる。
庭の隅、物置の陰に。
人の形をした、黒い影。
「……誰だ」
刃更が、低く言った。
影は、答えない。
でも、確かに、こちらを見ていた。
――その影が、すっと動いた。
庭から、二階へ。
澪が寝ている部屋の窓へ。
「澪!」
刃更は、台所を飛び出した。
階段を、三段飛ばしで駆け上がる。
「澪!起きろ!」
客間のドアを、勢いよく開けた。
「な、なによ、急に……!」
澪が、ベッドの上で飛び起きた。パジャマ姿だ。
「窓から離れろ!」
刃更が、澪の前に立った。
――ガタン!
窓が、外から激しく揺れた。
「きゃっ!?」
澪が、悲鳴を上げた。
刃更は、澪を背後にかばい、窓を睨みつけた。
窓の向こうに、黒い影。
赤く光る、二つの目。
「……見つけたぞ、魔王の娘」
低い、這うような声が、ガラス越しに聞こえた。
「……っ」
澪が、刃更の背中にしがみついた。
「……お前、何者だ」
刃更が、声を絞り出した。
影は、答えない。
赤い目が、澪をじっと見つめている。
「……追ってきたのね」
澪が、震える声で呟いた。
「……ヴァルグリンド派の、斥候だわ」
「ヴァルグリンド派……?」
「魔族界の武闘派閥よ。私を……殺そうとしてる」
澪の声が、震えている。
――その時、窓の外の影が、すっと消えた。
赤い目が、闇に溶けるように、ふっと。
「……行ったのか?」
刃更は、しばらく窓の外を睨んでいた。
でも、もう、何もいない。
「……今の、何だったんだ……?」
刃更は、窓に鍵がかかっていることを確認して、カーテンを閉めた。
「……澪、大丈夫か」
振り返ると、澪が、ベッドの上で小さく震えていた。
「……ごめんなさい」
澪が、消え入りそうな声で言った。
「……なんで謝るんだよ」
「私のせいで、あんたまで……危険な目に……」
澪が、自分の腕を抱きしめた。
「……お前、そうやって、ずっと一人で抱え込んできたのか」
刃更が、澪の隣に座った。
「……だって、私が……私が魔王の娘だから……」
「関係ない」
刃更が、きっぱりと言った。
「え?」
澪が、顔を上げた。
「お前が誰の娘でも、関係ない。お前は、俺の義妹だ。それに、俺は、大切なものを守るって決めてる。お前は、もう、俺の大切なものだ」
澪の紫の瞳が、大きく見開かれた。
「……な、なに言ってんのよ。出会ったばかりじゃない」
澪の声が、震えている。
「出会ったばかりでも、関係ない。俺が守るって決めたんだ。だから、もう一人で抱え込むな」
刃更が、澪の頭に、ぽんと手を置いた。
「……っ」
澪が、俯いた。
肩が、小刻みに震えている。
「……ばか」
小さく、澪が呟いた。
「……あんた、ばかよ。そんなこと、言われたら……」
澪の声が、涙で濡れていた。
「……泣いてんのか」
「泣いてないわよ!……ちょっと、目にゴミが……」
澪が、乱暴に目をこすった。
「……そうか。なら、いい」
刃更は、小さく笑った。
「……今日は、もう寝ろ。明日、色々話そう。それから、あの影のことも、ちゃんと対策を考える」
「……うん」
澪が、素直に頷いた。
「……おやすみ」
刃更は、立ち上がって、部屋を出ようとした。
「……刃更」
澪が、呼び止めた。
「……ありがと」
小さく、でも、はっきりと。
「……おう」
刃更は、振り返らずに答えて、ドアを閉めた。
――廊下で、刃更は、深く息を吐いた。
(……ヴァルグリンド派、か)
左手首の腕輪が、まだ、ほんのりと温かい。
(……守るって、決めたんだ)
刃更は、静かに、自分の部屋へと戻った。
窓の外では、夜風が、庭の木々を揺らしていた。Noveliaとは?
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