イヤミの七日間戦争~六つ子に挑んだ逆襲の果て~
これが、私の最後の戦いザンス。
六つ子たちの笑い者であり続けたイヤミは、ただの道化役者ではなかった。かつて彼は、パリの上流社交界で一目置かれる紳士。ただ一度の、忌まわしい事件ですべてを失った男。
六つ子たちの無邪気な残酷さが、イヤミの内に眠る本物の「闇」を呼び覚ます。ある日、トド松の何気ない侮辱が、彼の怒りに火をつけた。イヤミは不気味な笑みを浮かべて宣言する。「七日間、本気で相手してやるザンス。お前らが勝ったら、俺は永遠に姿を消す。だが、俺が勝ったら……」
これは、ただの悪戯合戦ではない。イヤミは六つ子それぞれの最も深い弱点――おそ松のリーダーとしての無能、カラ松の虚栄心、チョロ松の社会不適合、一松の病的な孤独、十四松の底なしの虚無、そしてトド松の計算高い偽善――を執拗に突き、一人また一人と精神を追い詰めていく。さらに、彼らの無自覚な遊びが、どれほど多くの人間の人生を壊してきたか、動かぬ証拠を突きつける。笑いの裏にあった、犠牲者たちの悲痛な叫び。六つ子は初めて、自分たちの「笑い」の本質と向き合うことになる。
兄弟の絆は音を立てて崩れ去り、互いを責め立て、精神の限界まで追い込まれ
イヤミの七日間戦争~六つ子に挑んだ逆襲の果て~ - 道化の仮面が剥がれる日
八月の午後、アカツキ公園には誰もいなかった。
ブランコがキイキイと錆びた音を立てて揺れている。風はほとんどなく、アスファルトから立ち昇る陽炎が景色をぐにゃりと歪ませていた。滑り台の鉄板は素手で触れないほど熱くなっていて、砂場は乾ききって白っぽい。桜の木が十二本、影を落としているけど、その影すらも暑さから逃げられずに縮こまっているみたいだった。
おそ松はブランコに座り込んで、だらりと手足を投げ出していた。短く刈り込んだ髪は寝癖でぼさぼさで、汗で額に張り付いている。目は半分閉じていて、今にも寝そうな顔だ。
「あちぃ……今日も暑いし、なんか面白いことねえかな……」
隣のベンチではカラ松がサングラスをかけ、腕を組んでキメ顔を決めている。キラリと光るサングラスがやけに痛々しい。真っ黒な髪をオールバックにして、ワックスでがちがちに固めてあった。どう見ても場違いな格好なのに、本人だけは決まってると思い込んでいる。
「ブラザー、騒ぐことと壊すことの美学を混同してはいけない。だが、今日の俺は破壊の美学に付き合ってもいい」
誰も聞いていない。
チョロ松は少し離れた木陰で、分厚い就職雑誌を広げていた。ページをめくるたびにため息が出る。きっちりと七三に分けた髪、真面目そうな丸い目。ジーンズにポロシャツという無難な格好。でも雑誌を持つ指先が、かすかに震えていた。
一松は木の根元に膝を抱えて座り込んでいる。前髪が長くて、ほとんど顔が見えない。黒いパーカーを真夏だというのに羽織ったままだ。ときどき無意識に自分の手首をさする仕草をする。誰とも目を合わせないし、誰も一松に話しかけない。
十四松は広場の真ん中で意味不明な動きを繰り返していた。蹴りとも体操ともつかない、変な動き。目が笑っているけど、笑っているだけに見える。黄色いTシャツの袖口がほつれている。額に汗の玉が光っていたけど、本人は全然気にしていない。
トド松だけが、少し離れたベンチでスマホをいじっていた。他の兄たちより少しだけ長めの黒髪をセンター分けにして、オシャレにセットしてある。目は大きくて、でもどこか冷めた感じで、相手をじっと見る癖がある。首をかしげるように画面を見つめて、細い指でスクロールしている。
「面白いことって、またなんか壊したり騒いだりするんでしょ」
トド松はスマホから目を離さずに、吐き捨てるように言った。
おそ松はブランコをギイと揺らした。
「まあな!俺たちそれが取り柄だし。っていうかさ、あの豆腐屋の時、めっちゃウケたじゃん?棚ぶっ倒したらよ、おやっさん真っ赤な顔してさ!」
「あれは傑作だったな。ツケも12万までいったし。でもまあ、向こうも大したことなかったんだよ、きっと」
チョロ松が雑誌から顔を上げた。
「……あの豆腐屋さん、店たたんじゃったけどさ。あれ、やばかったんじゃ」
一松が小さく呟いた。
「謝りもしなかった」
その声は誰にも届かなかった。
十四松が跳ねながら叫んだ。
「豆腐ー!ぶぶーん!ぶぶーん!」
トド松が鼻で笑う。
「まああの豆腐屋も趣味悪かったしね。潰れるべくして潰れたって感じだわ」
おそ松はブランコから立ち上がって、両手を頭の後ろで組んだ。
「そうそう、悪いのは向こうだって。あとさ、トト子ちゃんのオーディションもウケたよな。俺らがちょっと騒いだだけで審査めちゃくちゃになるとか、あれもともと落ちる予定だったんだって!」
カラ松が胸に手を当てて、芝居がかった声を出した。
「だがトト子は俺の心をいつも輝かせる。星だ。あのオーディションの失敗も、きっと神の試練だ」
誰もツッコまなかった。
蝉がミンミンと鳴いている。公園の砂場の横で、水飲み場の蛇口からポタリと水滴が落ちた。
この連中は、自分たちが何をしたのか本当にわかっていない。豆腐屋マスヤの商品棚を倒したこと、飲み屋ヤマブキでツケを踏み倒し続けたこと、トト子のオーディション会場で騒ぎを起こしたこと。全部が全部、本人たちの中では笑い話だ。だって誰も怒らなかったし、面と向かって文句を言ってくるやつもいなかったから。
でも。
それはただ、向こうが呆れて口もきけなかっただけだ。
この子たちの無邪気な悪意は、笑って済ませるたびに、どんどん罪を積み重ねている。それに気づくことすらなく、今日も彼らはだらだらと時間を潰している。
*コツ、コツ、コツ。*
公園の入り口から、靴音が聞こえてきた。
「ボンジュールざんす!今日も六つ子のみなさんはニートで暇そうざんすねえ!」
声の主は、出っ歯をキラリと光らせた中年の男。くたびれた白いスーツに、赤い蝶ネクタイ。スーツのあちこちにほつれがあるけれど、背筋だけはピンと伸びている。七三分けの黒髪には白いものが混じっていて、もみあげが特徴的に尖っている。左手の薬指には古い銀の指輪。
おそ松がゲラゲラ笑いながら振り返った。
「うわ出た!イヤミおっさん!また金かよ?もう飽きたんだよ、その手口!」
カラ松がサングラスを外してイヤミを見た。
「今日は何の詐欺だ?フランス語講座か?それとも偽ブランドバッグか?」
「失敬な!あたしはムッシュ・イヤミ、かつてはパリ社交界で……」
イヤミが言いかけると、十四松が無邪気に駆け寄って、彼のスーツの裾を引っ張った。
「イヤミ!イヤミ!なんか面白いことして!」
「こらこら、裾が伸びるざんすよ!」
チョロ松は再び就職雑誌に目を落とした。一松は顔も上げない。
トド松だけが、冷たい目でイヤミを見つめていた。
イヤミは十四松を軽くあしらいながら、いつもの調子で続ける。
「君たちはいつまでも子供のままで、将来が心配ざんすよ。そろそろ大人になって、まともな生活を……」
その瞬間。
トド松の顔から表情が消えた。
スッと。空気の抜けた風船みたいに。
スマホをポケットにしまい、ゆっくりとイヤミの前に歩み寄る。冷え切った声で、言葉をひとつずつ突きつけるように言った。
「ねえイヤミ、お前さぁ……そのザマでよく人に説教できるよね。47にもなって定職もなく、詐欺まがいのことして、このクソ暑いのに公園でニート相手に絡んでるだけじゃん。人生の敗北者に言われても、説得力ゼロだわ。社会のゴミクズだよ、お前」
言葉が、熱気でぐちゃぐちゃになった空気に突き刺さった。
おそ松が息を呑んだ。カラ松のサングラスがずり落ちた。チョロ松は雑誌を落とした。一松が顔を上げた。十四松の動きが止まった。
イヤミが、変わった。
コミカルに歪んでいた口元が、スッと真一文字に閉じられる。腰を低くしていた背筋が、ゆっくりと伸びていく。
茶色い目が、深く冷たい光を宿した。
普段は道化の仮面で隠されていた、パリ社交界でムッシュ・イヤミとして一目置かれた紳士の威厳。深い絶望と痛みを知る者の、重い眼差し。
イヤミは静かにトド松を見下ろした。
「……君たちに、最後の教育を施してやるざんす」
低く落ち着いた声だった。
おそ松が、うわずった声をあげる。
「おい、イヤミちゃん、なに言ってんの?」
イヤミは六つ子全員をゆっくりと見渡した。一人ひとり、目を合わせて。
「今から七日間、毎日一人ずつ、君たちの本質を暴いていくざんす。君たちが普段、笑いや悪ふざけで隠している――いや、隠していることすら自覚していない、醜い本性を、白日の下に晒すざんすよ」
蝉の鳴き声だけが、公園に響いていた。
「七日目までに、君たちが自分たちの行動を省みて、これまで笑って済ませてきたことを本気で悔いれば、君たちの勝ちざんす。省みなければ……その時は、相応の報いを受けてもらうざんす」
「は?何言ってんだお前!調子乗ってんじゃねえぞ!」
おそ松が一歩前に出たけど、イヤミの目力に圧倒されて、足が止まった。
イヤミはトド松に向き直る。
「第一の標的は末弟君――トド松君、君ざんす。今夜、君にとって忘れられない夜にしてあげるざんすよ」
それだけ言うと、イヤミは背を向けて歩き出した。
その背中に、いつもの小悪党としての滑稽さは微塵もなかった。ただただ不気味な威圧感だけが、陽炎の向こうに消えていく。
十四松が小声で言った。
「……おそ松兄ちゃん、今のなに?なんかヤバくない?」
おそ松は無理に笑顔を作った。
「いやいやいや!あのイヤミだぜ?いつものハッタリだって。あいつが何できるんだよ。また明日には金貸してくれって来るに決まってるじゃん!」
でも、その声は震えていた。
誰も笑わなかった。
みんな、言い知れぬ不安を抱えたまま、それぞれバラバラに家路についた。
夕暮れが近づいても、暑さは全然引かなかった。
その夜。
松野家の二階、六畳の部屋に六つ子全員が転がっていた。
壁には色あせたポスターが何枚か貼ってある。隅に積まれた洗濯物から、ほんのり湿った匂いが漂っている。窓は全開なのに、ぜんぜん風が入ってこない。
おそ松が天井を見上げて言った。
「やっぱあれハッタリだよな。だってイヤミだぜ?あのイヤミが何できるんだよ」
カラ松が枕に顔を埋めながら答える。
「フフ……あの男のハッタリに、心を乱すことなかれ。俺たちは鏡合わせの六つの魂。これまでも、これからも」
「うっせえよ、カラ松。たまにはマトモなこと言え!」
一松は壁の方を向いたまま、小さく呟いた。
「……なんか、嫌な感じ」
その時。
トド松のスマホが短く震えた。
*ブッ*
LINEの通知。トド松がだるそうに画面を見て、顔色が一瞬で変わった。
「……は?」
送信元は非通知。添付された音声ファイル。タイトルは『高校二年・六月三日・昼休み』。
おそ松がのぞき込む。
「なんだよ、それ」
トド松は震える手でイヤホンを耳に当てた。再生ボタンを押す指が、かすかに震えている。
流れてきたのは、高校時代の自分の声だった。
『アイツさぁ、超ダサくね?あの服。家が貧乏なんだってよ。母親パートらしいぜ、ウケる』
『マジで?関わらねえほうがいいっしょ。貧乏菌うつる』
『お前もそう思う?やっぱ切るわ。つーか最初から使えねえと思ってたんだよね』
トド松の顔から血の気が引いた。スマホが手から落ちて、畳に小さく跳ねる。
「トド松?どうした?」
トド松は答えられなかった。脳裏に蘇る、高校時代の自分の姿。友達を使える・使えないで分類し、利用価値のなくなった人間を容赦なく切り捨ててきた。笑いながら、平気でやっていた。あの時の友達は、今、どうしているかも知らない。
「あいつ……本気だ」
トド松の声は、かすれていた。
「本気で俺たちを、殺しに来てる」
部屋の空気が凍りついた。
十四松が、小さく震えだす。カラ松のサングラスが畳に落ちて、そのまま誰も拾わない。チョロ松がうつむいて、唇を噛んだ。
おそ松が、叫ぶように言った。
「何が入ってたんだよ、トド松!」
トド松は答えない。代わりに、膝を抱えてうずくまった。指が白くなるほど握りしめている。
外では、夏の夜の蝉が、耳障りなほど大きく鳴き続けていた。
しばらくして、部屋の灯りが消された。
それぞれが不安を抱えたまま、布団に潜り込む。でも、誰も眠れていない。息を潜めて、互いの寝返りの音を聞いている。
おそ松だけが、天井を見つめていた。
(長男の俺が、なんとかしなきゃ)
ずっと思ってきたことだ。今までだって、そうだった。俺が話をつけて、なんとか丸く収めてきた。笑って、ごまかして、うやむやにして。
(今回だって……)
そう思おうとした。でも。
小学五年生の時、下校中、トド松が上級生に絡まれているのを見た。怖くて、声をかけられなかった。弟が一方的に殴られるのを、ただ見ていることしかできなかった。
それからずっと、おそ松は長男としての責任から逃げ続けてきた。
笑いでごまかして、アホのふりをして、真剣勝負から目を背けてきた。今も、その延長線上にいる。
(今回も、俺は弟たちを守れないんじゃないか)
心の底から、恐怖していた。
隣で寝ているトド松の背中は、思ったよりずっと小さかった。こいつ、こんなに小さかったのか。いつも生意気な口ばかり叩いているけど、まだ全然、子供じゃねえか。
おそ松は、声にならない声で呟いた。
「お前らを守れるような、長男だったらよかったのにな。ごめんな」
涙が一筋、こめかみを伝って畳に落ちた。
窓の外で、風が少しだけ吹いた。
深夜のアカツキ町商店街には、誰もいなかった。
アーケードの下、古びたシャッターが並んでいる。豆腐屋マスヤのシャッターには『長い間ありがとうございました』の貼り紙。端が剥がれかかっている。
その前を、一人の男がゆっくりと歩いていた。
くたびれた白いスーツの背中が、街灯の明かりに照らされている。
イヤミは足を止めて、閉店した豆腐屋のシャッターをじっと見つめた。ポケットから、黄ばんだ古い写真を取り出す。パリのどこかで撮った、笑っている自分と、もう一人。
イヤミは小さく呟いた。
「君たちに教えたいのは、一つだけざんす。自分のしたことに、責任を持て。それだけが、人間を人間たらしめるざんすよ」
左手の薬指で、銀の指輪がかすかに光った。
蝉の声が、止んでいた。
長い夏の夜が、ゆっくりと明けようとしている。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。