毎朝おなじ朝がくる。だからわたしは、きみを一番愛する者を守りつづける
毎朝おなじ朝がくる。だからわたしは、きみを一番愛する者を守りつづける
春人はどこにでもある地方都市で、平穏な高校生活を送っていた。澄み渡る空、同じ教室、変わらない友人たちの笑顔。毎朝、妹の日向がベッドに飛び込んでくる。幼なじみの茉央が笑顔で迎えてくれる。後輩の日向が下駄箱で待っている。なぜ自分がこんなに好かれているのか、春人にはわからない。ただ、優しい日々をそのまま受け入れていた。
そこへ転校生の司が現れる。ツンデレで、いつも強がっているのに、どこか寂しげ。春人は彼女が気になって仕方がない。なぜか司は春人をじっと見つめ、茉央や日向に妙に近づき、時には一人で泣きそうな顔をしている。春人には理由がわからない。
教室の片隅で、司は静かに誰かを見つめている。同じ場所で、同じ人々が同じ言葉を繰り返す。その反復に誰も気づかない——司を除いては。春人もまた、「茉央はいつもこの時間にいたっけ?」と呟く。言い知れぬ不安がよぎるが、司はすぐに話をそらす。
日々は甘く、優しく流れていく。突然黙り込んだ司の横顔に、春人は説明のつかない悲しみを見る。どうしたのかと尋ねると、彼女は「なんでもない」と笑って
毎朝おなじ朝がくる。だからわたしは、きみを一番愛する者を守りつづける - 巻き戻る火曜日 ―― 知らないフリの守護者
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
春人はベッドの中で、しばらく天井を見つめていた。目覚まし時計の針は七時を指している。陽菜が飛び込んでくるには、まだ少し早い時間だ。
(昨日、何かあったっけ)
ぼんやりと昨日のことを思い返す。いつもの月曜日だった。陽菜に起こされて、茉央と一緒に登校して、日向が下駄箱で待っていて、教室では転校生の司と目が合った。それだけの一日。それだけのはずなのに、胸の奥に小さな棘が刺さっているような感覚が残っている。
春人は左手首を見た。薄い白い傷跡。いつできたのか思い出せない古い痕。昨日の夜、寝る前に一瞬だけ熱を持った気がした。
(気のせいだよな)
そう結論づけて、春人は体を起こした。
「お兄ちゃん、起きてる? 今日は早いね!」
ドアの向こうから陽菜の声がした。どうやら様子を見に来たらしい。春人は寝癖のついた黒髪を手で押さえながら、のろのろとベッドから降りた。
「ああ、今起きたとこ」
「嘘だぁ。目、覚めてたでしょ。お兄ちゃんが自分で起きるなんて、明日は槍が降るかも」
陽菜の笑い声が廊下から聞こえる。春人は小さくため息をついて、洗面所へ向かった。
トキワ市の朝は、今日も穏やかだった。窓の外では、キリハ川の水面が朝日を反射してきらきらと光っている。この街は山に囲まれた盆地で、空が広い。春人が生まれてからずっと、この景色は変わらない。変わらないことが、当たり前だと思っていた。
制服に着替えて、リビングへ降りる。食卓には陽菜が用意した朝食が並んでいた。今日は目玉焼きとウインナー、それに味噌汁。湯気が立ち上っている。
「今日の目玉焼き、半熟にしたよ。お兄ちゃん、半熟好きでしょ?」
陽菜がエプロンを外しながら、にこにこ笑う。その笑顔はいつも通り明るくて、春人は曖昧に頷いた。
「別に、どっちでもいいんだけどな」
「うそ! 固いと文句言うくせに」
春人は反論を諦めて、箸を取った。半熟の黄身が、白いごはんの上でとろりと崩れる。うまい。陽菜の料理は、いつも安定してうまい。
朝食を終えて、玄関で靴を履く。今日は陽菜が先に家を出るらしく、ランドセルを背負って靴紐を結んでいた。
「……お兄ちゃん」
陽菜が、ふと静かな声で呼んだ。春人は顔を上げる。陽菜は微笑んでいた。昨日と同じ、何かを堪えているような微笑み。
「今日も、ちゃんと帰ってきてね」
「当たり前だろ。部活終わったらすぐ帰るよ」
陽菜はそれ以上何も言わず、小さく手を振って家を出ていった。春人はその後ろ姿を見送ってから、自分も外へ出た。
空は晴れていた。雲ひとつない、青い空。春人は通学路のキリハ川の土手を歩く。川面がきらめき、遠くで鳥が鳴いている。
土手の桜の木の下に、茉央が立っていた。腰まで届く黒髪を一つ結びにして、柔らかな茶色の瞳で春人を見つめている。白いソックスが朝の光に浮かんで、彼女の周りだけ空気がやわらかい。
「おはよう、春人。今日はちょっと早いね」
「たまたまだよ。陽菜が早く出る日だったから」
茉央は笑って、春人の隣に並んだ。自然に、左側に。幼い頃からずっと、茉央は春人の左側を歩く。春人はそのことを、当たり前のこととして受け取っていた。
二人は土手を並んで歩く。朝の空気はひんやりしていて、鼻の奥が少し痛い。川の匂いがする。水と、土と、草の匂い。
「昨日の転校生、司さんって言うんだってね。春人、話したんでしょ?」
茉央が突然、そんなことを言い出した。春人は首を傾げる。
「なんで知ってるの?」
「クラスで噂になってるんだよ。転校生が春人に話しかけてたって。女子はみんな見てたよ」
春人は困った。そういえば昨日、昼休みに司が話しかけてきた。あれをクラスメイトが見ていたのか。
「別に、大した話じゃないよ。この街にずっと住んでるのかって聞かれただけ」
「へぇ、そんなこと聞くんだ。変わった子だね」
茉央は笑ったが、その目は少しだけ真剣だった。何かを考えているときの、茉央の癖だ。春人は気づかないまま、歩き続けた。
横断歩道の前で、信号が赤に変わった。二人は足を止める。朝の通学時間帯で、横断歩道の周りには同じ制服の生徒たちが集まっていた。
そのときだった。
「ちょっと、そこの二人」
後ろから声がした。振り返ると、司が立っていた。明るい茶髪のサイドポニーテール。前髪が目にかかりそうで、彼女はそれを手で払いながら、こちらをじっと見ている。琥珀色の瞳が、朝の光を受けて蜂蜜みたいに透けていた。
「司さん?」
「別に、さん付けしなくていいって言ったでしょ」
司はそう言うと、ずかずかと歩いてきて、茉央の前に立った。そして、何の前触れもなく、茉央と車道の間に割り込むようにして立つ。
茉央が、きょとんとした顔で司を見た。
「あの……何してるの?」
司は腕を組んで、前を向いたまま答えた。
「別に。アンタが急に飛び出すと、轢かれて迷惑だからよ。そういうの、朝から見たくないの」
茉央はぱちぱちと瞬きをして、それから吹き出すように笑った。
「何それ。私、飛び出したりしないよ。子供じゃないんだから」
「どうだか。朝の通学路で、よそ見して歩いてる奴が一番危ないのよ」
司の声はきつい。けれど、その背中は真っ直ぐで、車道をしっかりと遮っていた。春人はその光景を後ろから見ていた。
(転校生が、茉央と仲良くなってる)
春人の目には、そう映った。不器用な転校生が、友達を作ろうとしている。それだけのこと。
でも、司の背中には、何かがあった。春人にはうまく言葉にできない、張り詰めた空気。まるで、今にも何かが起きるのを知っているみたいな。
信号が青に変わった。
「ほら、行くわよ。ぼさっとしてると置いてくから」
司はそう言って、さっさと横断歩道を渡り始めた。茉央が春人を見て、小さく笑う。
「面白い子だね。でも、なんだか……必死っていうか」
茉央はそう呟いて、司の後を追った。春人も続く。司の背中は小さくて、でもやけに大きく見えた。
学校に着くと、下駄箱の前で日向が待っていた。明るい栗色のショートボブが、ぴょんぴょん跳ねている。丸くて大きな黒い瞳が、春人を見つけて輝いた。
「先輩! おはようございます! 今日も会えました!」
日向が駆け寄ってくる。その勢いのまま、春人の腕に抱きつきそうになって、寸前で踏みとどまった。彼女は春人の上履きを勝手に取り出して、両手で差し出す。
「はい、先輩! 今日は私、先輩に会えるのを楽しみに登校しました!」
「おはよう、日向。今日も元気だな」
春人がそう返すと、日向は嬉しそうに笑った。八重歯がのぞく。彼女の笑顔は、本当に太陽みたいだ。
「あれ、司センパイも一緒だったんですか?」
日向が春人の後ろに立つ司に気づいて、首を傾げた。司は少しだけ気まずそうに、前髪を払う。
「たまたま道が一緒だっただけよ。別に、こいつらと登校したわけじゃないし」
「そうなんですか! でも、一緒に来るなんて仲良いんですね!」
「だから、仲良くないって言ってるでしょ!」
司の声が少し大きくなった。日向はきょとんとして、それからけらけら笑った。
「司センパイって、照れ屋さんなんですね」
「ち、違うわよ!」
司の頬が、ほんの少し赤い。春人はそのやり取りを、ぼんやりと眺めていた。
(司さん、日向とも話すんだ)
春人はそう思った。転校生が、クラスメイトや後輩と仲良くなろうとしている。それはいいことだ。いいことのはずなのに、司の目は笑っていなかった。
司の琥珀色の瞳は、日向の笑顔をじっと見つめている。その視線は、友達を見る目というより、何か別のものを見る目だった。春人には、それが何なのか分からなかった。
昼休み。
春人が机の上で弁当を広げていると、教室の入り口から日向が顔を出した。
「先輩! 差し入れ持ってきました!」
日向は小走りで春人の席まで来ると、小さな包みを差し出した。中身は、手作りのクッキーらしい。
「え、これ、日向が作ったの?」
「はい! 昨日、お姉ちゃんと一緒に焼きました! 先輩に食べてほしくて」
日向は無邪気に笑う。春人は礼を言って、包みを受け取った。
「あらあら、日向ちゃんは本当に春人のことが好きなんだねぇ」
隣の席から、茉央がにやにやしながら声をかけた。日向の顔が、一瞬で真っ赤になる。
「なっ、なんで茉央センパイがいるんですか!」
「私は春人の隣の席だからね。それにしても、手作りクッキーとは……日向ちゃん、なかなかやるじゃない」
「ち、違います! これは、その、感謝の気持ちです! いつもお世話になってるから!」
日向が必死に否定する。茉央はますます楽しそうに笑った。
「へぇ、感謝の気持ちねぇ。春人ってば、後輩にここまで好かれて、罪な男だね」
「別に、俺は何もしてないよ」
春人がそう言うと、茉央と日向が同時にこっちを見た。二人の視線が、じっと春人に突き刺さる。
「先輩、それ本気で言ってます?」
「春人って、自分のこと全然分かってないよね」
二人の間に、何かが流れた。春人には見えない、無自覚な火花。茉央が日向をからかい、日向が茉央に食ってかかる。その中心にいる春人は、弁当を食べながら、ただ困惑していた。
「茉央センパイは、先輩の幼馴染ってだけで、ずるいです」
日向がぷくっと頬を膨らませて言った。茉央は笑って、日向の頭をぽんぽんと撫でる。
「ずるくないよ。私は生まれたときから春人の隣にいただけ。日向ちゃんも、これから頑張れば?」
「頑張るって、何をですか!」
二人のやり取りを、春人は黙って聞いていた。弁当の卵焼きを口に運ぶ。甘い。陽菜の味だ。
そのとき、教室の入り口に、司が立っているのが見えた。彼女は腕を組んで、こちらを見ていた。しばらく迷うような素振りを見せてから、ゆっくりと歩いてくる。
「あんたたち、ずいぶん楽しそうね」
司が、春人の席の前に立った。日向が司を見上げる。
「あ、司センパイ! 司センパイも、先輩と一緒にお昼食べるんですか?」
「別に、私は自分の席で食べるわよ。ただ、あんたがあんまりうるさいから、ちょっと注意しに来ただけ」
司はそう言うと、日向の隣に立った。そして、何気ない仕草で、日向の椅子を机の角から引き寄せる。日向の体が、廊下側から壁側へ、ほんの少し移動した。
「あんた、動きが激しすぎるのよ。机の角にぶつかって、怪我でもしたらどうするの」
「え、私、そんなに激しく動いてました?」
「動いてたわよ。見てて危なっかしいったらありゃしない」
司の口調はきつい。けれど、その手は日向の椅子をしっかりと安全な位置に置いていた。茉央が、その様子をじっと見ている。
「司さんって、もしかして私たちのこと監視してる?」
茉央の声は、冗談めかしていた。でも、その目は笑っていなかった。司の動きが、一瞬止まる。
司の指先が、微かに震えた。春人はそれを見た。見てしまった。
「誰が、アンタなんか監視するのよ。バカじゃないの」
司は顔を背けて、そう吐き捨てた。声はいつも通り強気だった。でも、その指先の震えを、春人は見逃さなかった。
(司さん、緊張してる?)
春人は首を傾げた。どうして司が緊張するのか、理由が分からない。茉央は笑って、司の言葉を流した。
「ごめんごめん、冗談だよ。司さんって、面白いね」
茉央の声は柔らかかった。けれど、その目はまだ司を観察していた。春人は、二人の間に流れる空気を、ただぼんやりと眺めていた。
放課後。
春人は日向と一緒に、階段を降りていた。日向が部活の話をしていて、春人はそれを聞きながら、一段一段ゆっくりと降りる。
「それでですね、先輩! 今度の体育祭、私、応援団の副団長になったんですよ!」
日向が嬉しそうに報告する。春人は微笑んで、
「すごいな。日向はそういうの、向いてるよ」
と返した。日向は照れたように笑う。
そのときだった。
日向の足が、階段の縁で滑った。
「きゃっ」
日向の体が、後ろに傾く。春人が手を伸ばすより早く、下から伸びてきた手が、日向の腕を掴んだ。
「っ……!」
司だった。いつの間にいたのか、彼女は日向の一段下に立っていて、日向の腕をしっかりと掴んで引き寄せていた。日向の体が、司の胸に軽くぶつかる。
「司センパイ……!」
日向が、驚いた顔で司を見上げる。司は一瞬だけ、日向を抱きしめるような形になっていた。それから、はっとしたように手を離す。
「……次は気をつけなさいよ。階段でふざけるから、そうなるの」
司は素っ気なく言って、日向から離れた。けれど、その手はまだ微かに震えていた。
「司センパイ、ありがとうございます! 助かりました!」
日向が無邪気に礼を言う。司は顔を背けたまま、小さく頷いた。
その直後だった。
日向の表情が、ふと変わった。笑顔が消え、真剣な目で司を見つめる。
「先輩、なんで私をそんなに見てるんですか?」
司の体が、硬直した。
「……は?」
「私、前から思ってたんです。司センパイって、私のこと、じっと見てることがある。それに、さっきも……私が転ぶの、分かってたみたいに手を伸ばした。私、何か知らないこと知ってます?」
日向の声は、いつもの明るさが消えていた。真っ直ぐな目が、司を貫くように見つめている。
司は、言葉に詰まった。唇が開きかけて、閉じる。琥珀色の瞳が、揺れた。
(何か、ある)
春人は思った。司の様子が、明らかにおかしい。日向の問いが、司の何かを突いている。
「……何も」
司は、ようやく絞り出すように言った。
「何もないわ。ただの転校生よ、私は」
そう言って、司は階段を降りていった。その背中は小さくて、今にも消えてしまいそうだった。
日向は、その後ろ姿をじっと見ていた。春人も、同じように見ていた。
遠くから、茉央がそのやり取りを眺めていた。彼女は司の背中に、ただならぬものを感じた。
「……変な人ね」
茉央は苦笑して、その場を離れた。春人は、茉央の呟きに気づかない。
階段に残された春人と日向は、しばらく動けなかった。
「……私、変なこと聞いちゃいましたかね」
日向が、小さく言った。春人は首を振る。
「いや、日向は悪くないよ」
春人はそう言ったが、自分でも何が正しいのか分からなかった。ただ、司の背中に残った緊張の意味を、理解できないままだった。
放課後、文芸部の部室。
校舎三階の東端にある小さな部屋には、古い本の匂いが充満していた。夕日が窓から差し込んで、部屋中をオレンジ色に染めている。
春人は机に向かって、原稿用紙を眺めていた。隣では、茉央がノートに小説を書いている。
「今日の転校生、私たちと一緒にいたいみたいに見えたけど、なんでだろうね」
茉央が、ぽつりと呟いた。春人は顔を上げる。
「友達が欲しいんじゃないかな。転校したばかりだし」
春人の答えに、茉央は首を傾げた。
「でも、あの子が私たちを見る目って、友達を見る目とちょっと違う気がするの」
茉央の声は、少しだけ真剣だった。
「違うって、どういう?」
「うーん……何て言うか、もっと必死っていうか。私たちがいなくならないように、見張ってるみたいな」
茉央はそう言って、窓の外を見た。夕日が彼女の黒髪を照らして、青みがかって見える。
「まあ、いっか。私の考えすぎだよね」
茉央は笑って、ノートを開いた。春人は茉央の横顔を見ながら、無意識に左手首の傷跡に触れていた。
その傷が、一瞬だけ熱を持った。
「……っ」
春人は小さく息を呑んだ。傷跡を見る。白い線は、いつもと変わらない。熱は、もう消えていた。
(気のせいか)
春人は手を離した。茉央は気づいていない。部室には、静かな空気が流れていた。
その夜。
司は自室の机に向かっていた。小さな部屋。ベッドと机と本棚だけの、殺風景な空間。窓の外には、月明かりに照らされたキリハ川が見える。
司は机の引き出しから、一冊の古びたノートを取り出した。表紙は擦り切れ、ページは何度もめくり返された跡があった。
彼女はノートを開く。几帳面な字で、同じ週の記録が幾十にも重ねられている。
月曜日。火曜日。水曜日。木曜日。金曜日。土曜日。日曜日。
同じ七日間。何度も、何度も。
司はペンを取り、今日のページに「火曜日」と書き足した。その字は、震えていた。
最後の方のページ。震える文字で、こう記されている。
茉央——消失。
日向——消失。
春人——なし。
その横には、何度も書き直されたような墨の跡があった。消しては書き、消しては書いた痕跡。司はペンを置き、窓の外を見つめた。
「今回こそ、守る。絶対に」
その声は、静かで、頑なだった。幾度もの喪失を経た人間だけが持つ、決意の声。
同じ夜。
春人は自室のベッドで、天井を見上げていた。眠気がゆっくりと押し寄せてくる。目を閉じようとした瞬間、左手首の傷跡が、一瞬だけ熱を帯びた。
「……またか」
春人は呟いて、傷跡に指を這わせた。痛みはない。理由も分からない。
窓の外では、月明かりに照らされたキリハ川が静かに流れていた。街は静かで、明日の朝を待っている。
春人は違和感を忘れようとして、目を閉じた。
眠りの淵で、誰かの涙声のようなものが、微かに聞こえた気がした。
(……誰だ?)
茉央の声なのか、日向の声なのか。それとも、まだ知らない誰かの声なのか。
春人には分からないまま、意識は深い眠りへと沈んでいった。
窓の外で、キリハ川が静かに流れている。街の時計は、また明日の火曜日を刻もうとしていた。Noveliaとは?
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