戦闘員、学園に派遣されます!
悪の秘密結社の最下級戦闘員・六号、給料は月3000ポイント。命の値段が安すぎる彼に下された新たな任務は、なぜか平和すぎる高校への潜入だった。「魔王も勇者もいない。あるのは普通の高校生活だけ」——そんな世界で悪行ポイントを稼ぐ方法は、たったひとつ。生徒会長になって学園を支配すること。報酬は10万ポイント。薄給に喘ぐ戦闘員にとって、これは是が非でも勝ち取らねばならない大勝負だ。しかし、その学園はただの高校ではなかった。異世界勢力が跋扈する代理戦争の舞台であり、かつて六号が奪った魔導石が土に埋もれ、そして学園は謎の結界に閉ざされていく。風紀委員に追われ、見えない敵に狙われ、それでもめげない最下級戦闘員の、波乱に満ちた学園侵略ラブコメディ。魔王も勇者もいないけれど、なぜか女子にモテる未来が待っているなんて、彼はまだ知らない。
戦闘員、学園に派遣されます! - 月給3000ポイントの戦闘員、平和すぎる学園に派遣される
「ふざけんなよ、マジで……月給3000ポイントって、俺の命が安すぎるだろ」
悪の秘密結社キサラギ、その最下級戦闘員である六号は、異次元空間ヴォイド・テンペストにある本拠地の転送室で、壁に映し出された給与明細を睨みつけていた。
黒い戦闘服に身を包んだ17歳。茶色の目はいつも悪巧みを考えているような光を宿し、黒髪の短髪はあちこち跳ねている。身長172センチ、鍛えられた引き締まった体格。見た目だけなら、そこそこ悪役らしい風格はある。
だが、現実は薄給の使い捨て戦闘員だ。
「3000悪行ポイント。約15万円。これで死ねってか? いや、死んだら死んだで、葬式代も出ないんだろうな」
六号は首元にある戦闘服の安全装置解除スイッチを指でなぞりながら、深いため息をついた。このスイッチを押せば1分間だけ無敵になれるが、その後3分間は完全に無防備になる。命懸けの博打だ。
「おい、そこの戦闘員。ぼやいてないでさっさと転送ゲートに入れ」
オペレーターの声が冷たく響く。六号は舌打ちをして、青白く光る転送ゲートへと歩き出した。
「へいへい。行きますよ。どうせ今回も、ろくな場所じゃないんだろ?」
「今回の侵略先は、並行世界の現代日本に酷似した地点だ。ミナミサカエ学園という私立高校に潜入し、学園の支配権を握れ」
「……は? 学園? 高校?」
六号は足を止めた。
「そうだ。表向きは高校生として潜伏し、生徒会長の座を奪取しろ。学園の支配権を握れば、その世界のグリッドポイントを掌握できる」
「ちょっと待て。魔王は? 勇者は? 四天王は?」
「いない」
「……は?」
「その世界は平和だ。魔法はオカルト扱いで、モンスターもいない。あるのは、ごく普通の高校生活だけだ」
六号は頭を抱えた。
「悪行ポイントを稼ぐチャンスが皆無じゃねえか! 何をしろってんだよ、そんな平和な場所で!」
「学園を支配すれば、悪行ポイントは山ほど入る。生徒会長になれ。以上だ」
「あっそ。ご丁寧にどうも」
六号は不貞腐れた顔で転送ゲートに足を踏み入れた。
青い光が視界を包み、体が無数の粒子に分解される感覚。何度経験しても慣れない。胃がひっくり返りそうな浮遊感の後、六号は硬い地面に叩きつけられた。
「ぐえっ」
顔を上げると、そこは見事なまでに平和な風景だった。
桜並木。青空。遠くで鳴く鳥の声。そして目の前にそびえる、立派な校門。
「ミナミサカエ学園」
六号は校門に掲げられた看板を読み上げた。
「……マジで学校じゃねえか」
制服を着た生徒たちが、楽しそうに笑いながら校門をくぐっていく。スマホをいじる者、パンをかじる者、友達とふざけ合う者。
魔王もいない。勇者もいない。血の匂いも、悲鳴も、死体もない。
「なんだここは……平和すぎて気持ち悪い」
六号は校門の前で立ち尽くした。キサラギの戦闘服の上に、支給された学園の制服を着ている。見た目は普通の高校生だが、中身は悪の組織の戦闘員。アウェイ感が半端ない。
「……とりあえず、潜入するか」
六号は深呼吸して、校門をくぐった。
瞬間、声が飛んできた。
「ちょっと、そこのあなた! 止まりなさい!」
六号の肩がピクッと跳ねた。振り返ると、腕に風紀委員の腕章をつけた女子生徒が、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
「な、なんだ?」
「あなた、見かけない顔ね。転校生? それとも不審者?」
女子生徒は六号の全身をじろじろと観察する。六号は冷や汗をかいた。ポケットには、キサラギの戦闘服のリミッター解除スイッチが入っている。見つかったらまずい。
「あー、えっと、転校生です。今日からこの学園に」
「転校生? そんな話、聞いてないわ」
女子生徒の目がさらに細くなる。六号は焦った。頭は良くない。とっさの言い訳が思いつかない。
「いや、その、今日突然決まって」
「ふーん。まあいいわ。でも、そのポケット、何が入ってるの? さっきからやけに気にしてるみたいだけど」
六号の心臓がドクンと跳ねた。
「な、何も入ってないですよ!」
「じゃあ、見せなさい」
女子生徒が一歩近づく。六号は反射的に後ずさった。
(やばいやばいやばい。リミッター解除スイッチ見られたら終わる。キサラギのエンブレム入りだぞ、あれ)
六号は必死で頭を回転させた。
「あっ! あれ、落とし物です!」
六号は地面を指さした。女子生徒がつられて視線を落とす。
その隙に、六号は全力で走り出した。
「あっ! ちょっと! 待ちなさい!」
「待つわけねえだろ!」
六号は校舎の中に駆け込み、廊下を曲がり、人の波に紛れた。背後で風紀委員の怒鳴り声が聞こえるが、構っていられない。
「はあ、はあ……なんだよ、この学園。平和どころか、いきなり職質かよ」
壁に背中を預けて息を整える。心臓がバクバク鳴っている。
「平和な世界で悪行ポイント稼げって……無理ゲーにも程があるだろ」
六号は廊下の窓から外を眺めた。
ミナミサカエ学園。生徒数約1200名。校舎は5階建てで、体育館、グラウンド、食堂、保健室、オカルト部室などを完備。伝統ある進学校として、この地域では有名な私立高校らしい。
「……で、この学園を支配しろ、か」
六号はポケットから折りたたまれた指令書を取り出した。そこには簡潔にこう書かれている。
『ミナミサカエ学園の生徒会長選挙に当選し、学園の支配権を掌握せよ。成功報酬:悪行ポイント10万点』
「10万点!? マジで!?」
六号の目が輝いた。月給3000ポイントの30倍以上。これさえあれば、しばらく遊んで暮らせる。いや、むしろ昇進も夢じゃない。
「やるしかないだろ! 生徒会長になって、学園を支配して、悪行ポイント荒稼ぎだ!」
六号は拳を握りしめた。
だが、現実は甘くない。
「生徒会長って、どうやったらなれるんだ?」
六号は廊下を歩きながら、周囲の様子を観察した。
壁に貼られたポスター。『風紀委員会からのお知らせ』『生徒会役員選挙告示』『部活動紹介』。どれもこれも、平和な学校生活の匂いしかしない。
「くそ……悪の組織の戦闘員が、なんで生徒会選挙なんてやらなきゃいけねえんだ」
六号は近くにいた男子生徒に声をかけた。
「なあ、ちょっといいか?」
「え? 何?」
「この学園の生徒会長って、どうやったらなれるんだ?」
男子生徒はキョトンとした顔をした。
「えっと、毎年秋に生徒会長選挙があって、全校生徒の投票で決まるんだよ。立候補には生徒会の推薦か、一定数の署名が必要だけど」
「ふーん。で、今の生徒会長はどんな奴なんだ?」
「今の会長? たしか、すごく真面目で人気のある先輩だったはず。名前までは知らないけど」
「真面目で人気のある会長、か。こりゃあ、まともにやっても勝てそうにねえな」
六号は腕を組んだ。
「でもまあ、俺は悪の組織の戦闘員だ。卑怯な手ならいくらでも思いつく」
男子生徒が不審そうな顔をした。
「……何の話?」
「気にすんな。ありがとよ」
六号は男子生徒から離れ、校内を歩き回った。
1階には職員室と事務室。2階には風紀委員室。3階の端にはオカルト部室。4階には豪華な生徒会室。5階は特別教室が並んでいる。
「風紀委員会が約30名で校内パトロール。生徒会長が学園の最高権力者。なるほどな」
六号は廊下の掲示板に貼られた学園新聞を眺めた。そこには、こんな記事が載っていた。
『学園の支配権を巡る異世界勢力間の代理戦争、激化か?』
「……は?」
六号は新聞をまじまじと読んだ。
『本学園は、複数の異世界からの来訪者が潜伏する特異点として知られている。生徒会長の座は、各勢力にとって極めて政治的価値が高く、毎年の選挙は激しい政治闘争となる。過去には、謎の組織の工作員が生徒会長に当選した例もあるという噂だ』
「マジかよ。この学園、ただの高校じゃねえのか」
六号の口元が、自然と笑みの形に歪んだ。
「なるほどな。異世界勢力の代理戦争の場、か。だったら、俺みたいな戦闘員が紛れ込んでも、案外バレねえかもな」
六号は新聞を元に戻し、再び歩き出した。
「とはいえ、具体的な計画は何もねえ。とりあえず、校内の地理を把握するのが先決だ」
六号は校舎の裏口から外に出た。
そこには、雑木林に囲まれた静かな場所があった。学園の裏庭だ。人気はなく、鳥のさえずりと風の音だけが聞こえる。
「へえ、こんな場所もあんのか。隠れるにはちょうどいいな」
六号は雑木林の中を歩いた。落ち葉を踏む音が、やけに大きく響く。
ふと、足元に違和感を覚えた。
「……ん?」
土の中から、何かが光っている。
六号はしゃがみ込み、土を掘った。指先に触れたのは、冷たい石。不気味な紫色の光を放つ、握り拳ほどの大きさの石だった。
「これ……魔導石か!?」
六号の脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックした。
——そうだ。これは、かつて俺が四天王の一人から奪った魔導石だ。
——あの時の魔術師の顔。屈辱に歪んだ表情。『返せ……返せー!』という叫び声。
「なんで、こんな所に埋まってるんだ?」
六号は魔導石を手に取った。瞬間、背筋を冷たいものが走り抜けた。
「……っ!」
何かが自分を狙っている。
直感だった。戦闘員としての本能が、警鐘を鳴らしている。
「あの魔術師……まだ生きてやがるのか」
六号の顔に、久しぶりの悪行ポイントの匂いが漂った。
「面白くなってきやがった。平和な学園だと思ったら、とんだ伏兵がいるじゃねえか」
六号は魔導石を再び土に埋め戻した。
「今はまだ、泳がせておく。どうせ向こうから来るだろ」
六号は立ち上がり、その場を後にした。
——その夜。
六号は学園の近くにあるアパートの一室で、缶ジュースを片手にくつろいでいた。キサラギが用意した隠れ家だ。六畳一間の質素な部屋だが、ベッドとテレビと冷蔵庫は揃っている。
「あー、疲れた。やっぱり学校ってのは、悪の組織の本拠地より疲れるな」
六号はテレビをつけた。バラエティ番組が流れている。芸人が馬鹿なことをして笑いを取っている。
「平和だなあ。ほんとに平和だ。悪行ポイントの欠片もありゃしねえ」
六号はスマートフォンを取り出した。キサラギの通信端末を兼ねた特殊な機種だ。
「本拠地に報告でも入れるか。『学園に潜入しました。生徒会長を目指します』ってな」
六号が通信アプリを開こうとした瞬間、画面が真っ暗になった。
「……あ?」
電源が落ちた。いや、違う。電源は入っている。だが、電波が一切入らない。
「なんだこれ。圏外か?」
六号はスマホを掲げて窓の外を見た。
その瞬間、異変に気づいた。
「……空の色が、おかしい」
窓の外の空が、薄紫色に染まっている。星も月も見えない。まるで、巨大なドームに覆われたような、不自然な空だった。
「なんだこれ……結界か?」
六号は慌てて外に飛び出した。
アパートの前の道路。街灯が点滅している。周囲の家々の明かりも消えている。静寂。不気味な静寂。
「おい、誰かいないのか!?」
六号は叫んだが、返事はない。
スマホは相変わらず圏外。テレビもラジオも沈黙している。外部との連絡が、一切遮断されている。
「くそっ! これは……学園の周囲に張られた結界だな」
六号は走った。学園の方向へ。
校門の前にたどり着くと、そこには見えない壁があった。
「ぐっ!」
六号は見えない壁にぶつかり、弾き飛ばされた。
「出られねえ……学園の外に出られねえ!」
六号は拳で見えない壁を叩いた。ガンガンと鈍い音が響く。だが、壁はびくともしない。
「あの魔術師の仕業か……やっぱり生きてやがったんだ」
六号の胸に、不穏な予感が広がる。
そして、それと同時に、別の感情も芽生えていた。
「……面白い。面白くなってきたじゃねえか」
六号の口元が、悪戯な笑みに歪む。
「平和な学園だと思って油断してた。だが、これは……ただの学園じゃねえ。悪行ポイントの宝庫だ」
六号は校門の前に立ち、薄紫色に染まった空を見上げた。
「来やがれ、魔術師。お前の魔導石は、俺がまた奪ってやる。今度は、二度と立ち上がれないようにな」
風が吹いた。
雑木林がざわざわと揺れ、何かが六号を見つめている気配がした。
だが、六号は笑っていた。
悪行ポイントの匂いが、確かにこの学園に満ちている。
「始まりだ。俺の、学園侵略が」
こうして、悪の秘密結社キサラギの最下級戦闘員・六号の、平和すぎる学園での波乱の日々が幕を開けた。
魔王も勇者もいない。だが、魔術師はいる。異世界勢力の代理戦争もある。そして、なぜか女子にモテる未来も、彼はまだ知らない。Noveliaとは?
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