戦闘員、学園に派遣されます!
悪の秘密結社の最下級戦闘員・六号、給料は月3000ポイント。命の値段が安すぎる彼に下された新たな任務は、なぜか平和すぎる高校への潜入だった。「魔王も勇者もいない。あるのは普通の高校生活だけ」——そんな世界で悪行ポイントを稼ぐ方法は、たったひとつ。生徒会長になって学園を支配すること。報酬は10万ポイント。薄給に喘ぐ戦闘員にとって、これは是が非でも勝ち取らねばならない大勝負だ。しかし、その学園はただの高校ではなかった。異世界勢力が跋扈する代理戦争の舞台であり、かつて六号が奪った魔導石が土に埋もれ、そして学園は謎の結界に閉ざされていく。風紀委員に追われ、見えない敵に狙われ、それでもめげない最下級戦闘員の、波乱に満ちた学園侵略ラブコメディ。魔王も勇者もいないけれど、なぜか女子にモテる未来が待っているなんて、彼はまだ知らない。
戦闘員、学園に派遣されます! - リミッター解除!1分の無敵と3分の地獄
紫色の光が、校庭を不気味に照らしていた。
魔術師の足元から伸びる魔法陣が、ぐるぐると回りながら空気を歪ませる。六号はその光景を、地面に這いつくばったまま見上げていた。
「立てよ、戦闘員。お前の仲間が、今どうなっているか見せてやる」
魔術師が、ゆっくりと手をかざす。
バチバチバチッ!
空気が裂ける音。
六号の目の前で、紫色の光が二つの檻を作り上げた。
「アリス! スノウ!」
檻の中にいたのは、アリスとスノウだった。
アリスは金髪のロングヘアを乱し、壁に手をついている。碧眼は怒りに燃えていたが、その体は小刻みに震えていた。動力炉の熱で、周囲の空気がゆらゆらと揺れている。
スノウは檻の格子を握りしめ、水色の瞳を大きく見開いていた。左胸の風紀委員長バッジが、紫の光を反射して鈍く光る。
「この……卑怯者! 私をここから出しなさい!」
スノウが格子をガンガンと叩いた。
魔術師は、くつくつと喉を鳴らした。
「卑怯? 違うな。これは正当な報復だ。お前たちが、あの男に荷担した。だから、まとめて始末する」
「ふざけんな! お前の相手は俺だろ! 二人を離せ!」
六号は立ち上がろうとした。
だが、体が言うことを聞かない。
さっきの魔法の直撃で、全身の骨が軋んでいる。左腕はだらりと垂れ、指先から血が滴っていた。
「お前の相手? 勘違いするな。俺は、お前を嬲り殺すために来た。お前の大事な仲間を、お前の目の前で壊しながら、な」
魔術師が、アリスの檻に手を向けた。
「やめろ!」
六号は叫びながら、アリスの檻に向かって走った。
ドンッ!
見えない壁に激突する。
鼻血が飛び散った。
「無駄だ。お前の周りには、俺の結界が張ってある。お前は、そこで指をくわえて見ているしかないんだよ」
「くそ……くそっ!」
六号は、何度も何度も見えない壁に体当たりした。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
肩が外れかける。
額が割れて、血が目に入る。
それでも、六号はやめなかった。
「六号……やめて……そんなことしたら、あんたの体が……」
アリスの声が、檻の中から聞こえた。
六号は、血まみれの顔で、アリスを見た。
アリスは、碧眼を潤ませて、六号を見つめていた。
「仲間想いのクズか。おもしろい。なら、もっと見せてやろう」
魔術師が、アリスの檻に魔法を撃ち込んだ。
ギィィィィン!!
アリスの体から、悲鳴のような高音が響き渡る。
「アリス!」
アリスが、胸を押さえてうずくまった。
「動力炉に、直接干渉した。あと少しで、あのアンドロイドは爆発する。自爆まで、残り……八分、といったところか」
「てめえ……!」
六号は、見えない壁を、血まみれの拳で殴りつけた。
魔術師は、そんな六号を、心底楽しそうに眺めていた。
「さて、次は、お前の番だ」
魔術師が、六号に向かって手を振り下ろした。
ドゴッ!
見えない力が、六号の顔面を殴りつけた。
六号の体が、後方の壁に叩きつけられる。
メキッ。
肋骨が軋む、嫌な音。
「がはっ……!」
六号は、血反吐を吐いた。
「お前が魔導石を奪わなければ、こんなことにはならなかったんだよ」
魔術師が、ゆっくりと六号に近づいてくる。
「お前は、俺の魔力の源を奪った。俺の誇りを、踏みにじった。だから、お前には、大切なものを奪われる苦しみを、味わってもらう」
魔術師は、六号の髪を掴んで、顔を無理やり持ち上げた。
「そのアンドロイドの自爆カウントダウン。俺の魔法で、もっと早めてやろうか? なに、簡単なことだ。あと三秒で、この学園ごと吹き飛ばしてやる」
「やめ……ろ……」
六号は、歯を食いしばった。
口の中が血の味でいっぱいになる。
体が、動かない。
指先が、痺れている。
(くそ……俺のせいで……俺が魔導石なんて盗んだから……)
「私の出世が……こんなところで終わるわけには……」
檻の中から、スノウの声が聞こえた。
「こんなはずじゃなかったのに……私、もっと上に行けるはずだったのに……」
スノウは、格子に額を押し当てて、肩を震わせていた。
「あんたのせいよ! あんたが魔導石なんて奪うから……! 私まで、こんな目に遭うのよ!」
スノウの叫びが、六号の胸に突き刺さった。
(……そうだ。俺のせいだ)
六号は、初めて、心の底から思った。
(俺が、悪かった)
罪悪感が、胸を締め付ける。
今まで、悪行ポイントを稼ぐことしか考えてこなかった。
他人がどうなろうと、知ったことじゃなかった。
でも、今は、違う。
アリスが苦しんでいる。
スノウが泣いている。
全部、俺のせいだ。
「……俺が、悪かった」
六号は、血を吐きながら、小さく呟いた。
「ほう? 今さら反省か? 遅すぎるんだよ、クズが」
魔術師が、六号の顔を、地面に押し付けた。
「お前は、ここで、何もできずに死ぬ。仲間が爆発するのを、指をくわえて見ているしかない。それが、お前への罰だ」
魔術師の足が、六号の頭を踏みつけた。
「六号」
静かな声が、聞こえた。
六号は、顔を上げた。
檻の中のアリスが、真っ直ぐに六号を見ていた。
「あんたのバカ行動のせいで、私の処理能力が無駄に消費されてるんだけど」
アリスの声は、震えていなかった。
「でも、自爆まであと八分。まだ間に合う。リミッター解除——あんたの切り札を使いなさい」
「アリス……お前、何言って……」
「聞こえなかったの? 切り札を使いなさい。あんた、それでしょ? 最後の最後に、いつも無茶するんでしょ?」
アリスの声は、いつもより、少しだけ小さく聞こえた。
動力炉の熱で、檻の中の温度が上がっている。
アリスの額に、汗が滲んでいた。
「……あんた、今日は、少しだけマシだったわよ」
アリスの言葉が、六号の脳裏によぎった。
あの夜、アリスが照れ隠しに言った言葉。
「オカルト部に突入する時、ちゃんと、私のことを、かばおうとしてたでしょ。あんたなりに、相棒を守ろうとしてた。……少しだけ、見直したわ」
(そうだ。あの時、俺は……)
スノウと一緒に調査を続けた時間も、思い出した。
手柄を横取りしようとするスノウに、辟易しながらも。
でも、確かに、あの時間は、悪くなかった。
「使うしかねえ……!」
六号は、震える指で、首元のスイッチを探した。
戦闘服の安全装置解除スイッチ。
それを押せば、一分間の無敵。
その後、三分間の完全無防備。
(怖い……)
指が、震える。
(もし失敗したら……もし、三分間の間にやられたら……)
恐怖が、全身を駆け巡る。
「もう終わりだ。さようなら、戦闘員」
魔術師が、止めの魔法を放とうと、詠唱を始めた。
紫色の光が、魔術師の手に集まっていく。
(アリスを、守る)
(スノウを、守る)
(俺のせいで、傷つけた二人を、守る)
六号は、歯を食いしばった。
「うおおおおおおお!!」
六号の指が、スイッチを押し込んだ。
——瞬間。
世界が、光に包まれた。
戦闘服が、赤黒く発光する。
胸のエンブレムが、まるで心臓のように脈打つ。
ドクン。
全身に、力が溢れてくる。
骨が、筋肉が、細胞が、悲鳴を上げるほどに。
「これが……キサラギの力か……!」
視界が、クリアになる。
魔術師の動きが、スローモーションに見える。
(行ける!)
六号は、地面を蹴った。
ダンッ!
アスファルトが、砕ける。
「なに……!?」
魔術師が、目を見開いた。
六号の拳が、魔術師の顔面に迫る。
魔術師は、とっさに結界を張った。
パリンッ!
ガラスが割れるような音。
結界が、粉々に砕け散る。
「ぐあっ!?」
六号の拳が、魔術師の頬を捉えた。
魔術師の体が、吹き飛ぶ。
「まだまだぁ!」
六号は、吹き飛んだ魔術師を追いかけた。
超人的な速度。
音が、置き去りにされる。
「この、速さは……!」
魔術師が、魔法を放つ。
紫色の光弾が、六号に襲いかかる。
六号は、ひらりと身をかわした。
光弾が、背後で爆発する。
「遅えよ!」
六号は、魔術師の懐に飛び込んだ。
拳を、腹に叩き込む。
「がはっ……!」
魔術師が、苦痛に顔を歪める。
(すごい……! これが、リミッター解除……!)
六号は、自分の力に、自分で驚いていた。
(でも、時間がない!)
頭の片隅で、カウントダウンが進んでいる。
(檻を壊す!)
六号は、アリスとスノウの檻に向かって走った。
「壊れろぉぉぉ!」
六号は、檻に体当たりした。
ギィィィィン!!
檻が、大きく軋む。
もう一度。
「うおおおお!」
六号は、檻の格子を、素手で引きちぎった。
バキバキバキッ!
金属が、悲鳴を上げて曲がっていく。
「六号……!」
アリスが、檻から飛び出した。
「あんた、本当にやったの……!?」
スノウも、続いて檻から出る。
「ふん、私の指示通りね」
アリスは、強がった。
でも、その顔は、汗まみれで、安堵の色が浮かんでいた。
「……ありがと」
アリスは、小さく、そう言った。
「へへ……どうってことねえよ」
六号は、笑おうとした。
その瞬間。
プツン。
糸が切れるような感覚。
戦闘服の赤黒い光が、消えた。
「え……?」
全身から、力が抜けていく。
視界が、ぐらりと揺れた。
「六号!?」
アリスが、六号を支えようとした。
だが、六号の体は、重く、地面に崩れ落ちた。
「が……あああっ……!」
激痛が、全身を襲う。
骨が、筋肉が、内臓が、全部バラバラになるような痛み。
「はっ、その程度か!」
魔術師が、口元の血を拭いながら、立ち上がった。
「一分の無敵と引き換えに、三分の無防備……バカな奴め!」
魔術師が、六号に近づいてくる。
「やめなさい!」
スノウが、六号の前に立ちはだかった。
「お前も、邪魔だ」
魔術師が、スノウを魔法で吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
スノウの体が、地面に叩きつけられる。
「スノウ!」
六号は、這ってスノウに近づこうとした。
だが、指一本動かせない。
「さあ、終わりだ。戦闘員」
魔術師が、六号に止めの魔法を放とうと、詠唱を始めた。
「六号さん!」
突然、校舎の陰から、明るい茶色のショートボブの少女が飛び出してきた。
頭には、小さな角が二本。
琥珀色の大きな目は、六号を真っ直ぐに見つめている。
「ロゼ!? お前、なんでここに……!」
ロゼは、手に持った学食のパンを、むしゃむしゃと食べながら走ってきた。
「お腹すいたけど……六号さんがピンチなら、頑張る!」
ロゼが、パンを食べ終えると、彼女の体に変化が起きた。
肌が、パン生地のようにふわふわと膨らみ始める。
腕に、パンの耳のような、こんがりとした焼き色が現れた。
「なんだ、それは……?」
魔術師が、眉をひそめた。
「私の能力だよ! 食べた物の特徴が体に現れるの! お爺ちゃんが作ってくれた、私の力!」
ロゼは、六号の前に立ちはだかった。
「この子……! どけ!」
魔術師が、ロゼに魔法を放った。
紫色の光弾が、ロゼに直撃する。
ボヨンッ!
光弾は、ロゼのふわふわの体に当たって、弾かれた。
「なに……!?」
「パンの弾力、なめないで!」
ロゼは、得意げに言った。
「くっ……!」
魔術師が、さらに魔法を放とうとした。
その時。
「六号さんに手を出すのは、私が許しません」
冷たい声が、響いた。
保健室の窓から、銀色の髪をなびかせた女性が、飛び降りてくる。
長い銀髪を和風に結い上げ、紫がかった瞳が、魔術師を冷たく見据えていた。
常に和服を着ている。髪には、氷の結晶のような簪を挿している。
キサラギ最高幹部、アスタロト。
「アスタロト……!?」
六号は、驚愕した。
「お前は……キサラギの最高幹部……!」
魔術師の顔色が、変わった。
「ええ。ですが、今は、この学園の保健室の先生ですのよ」
アスタロトは、優雅に微笑んだ。
「氷結魔法」
アスタロトが、手をかざした。
バキバキバキッ!
魔術師の足元が、一瞬で凍りついた。
氷が、魔術師の足を、地面に固定する。
「くっ……! この程度……!」
魔術師が、氷を砕こうと魔法を放つ。
だが、氷は、びくともしない。
「私の氷は、そう簡単には溶けませんわ」
アスタロトは、魔術師を牽制しながら、六号の元に歩み寄った。
「六号さん、ご無事ですか?」
アスタロトは、六号の顔を覗き込んだ。
その頬が、ほんのりと赤く染まる。
「……六号さん、保健室で一緒に休みませんか……? 私が看病しますから……」
アスタロトは、もじもじとしながら、そう呟いた。
「なんで最高幹部が保健室にいるんだよ!?」
六号は、困惑しながらも、顔を赤くした。
「なぜこんな奴に次々と協力者が現れる……!」
魔術師は、怒りに震えながら、氷を砕こうと必死にもがいた。
「六号、聞こえる?」
アリスが、六号に声をかけた。
「私はもう動ける。あんたのバカのおかげでね。でも、動力炉の冷却がまだ必要よ。あと一分、耐えなさい!」
「私の出世のために、あんたにやられるわけにはいかないのよ!」
スノウも、立ち上がり、魔術師の側面に回り込んだ。
「くそ……体が……動かねえ……」
六号は、這うようにして体を起こそうとした。
腕が、震える。
足が、言うことを聞かない。
でも。
(アリスが、戦ってる)
(スノウが、戦ってる)
(ロゼが、守ってくれてる)
(アスタロトが、助けてくれてる)
(俺だけが、寝てるわけには、いかねえ!)
「う……おおおお……!」
六号は、歯を食いしばって、上半身を起こした。
「まだ、クールタイムは……一分以上……残ってる……」
六号は、震える拳を、地面に叩きつけた。
「でも……俺は……諦めねえ!」
六号の目に、再び、力が宿る。
「お前たち……全員、まとめて相手をしてやる!」
魔術師が、両手を掲げた。
紫色の光が、魔術師の体から溢れ出す。
「本気の魔法を見せてやる! この学園ごと、消し飛ばしてやる!」
魔術師の周囲の空気が、歪み始めた。
「みんな、気をつけて! 来るわ!」
スノウが、叫んだ。
「私が、防ぐ!」
ロゼが、六号の前に立った。
「私の氷で、あの魔法を止めてみせますわ」
アスタロトが、氷の壁を作り出した。
「六号、あと少しよ。それまで、私が時間を稼ぐ」
アリスが、六号の隣に立った。
「ああ……頼む!」
六号は、震える足で、立ち上がった。
まだ、体は動かない。
でも、心は、折れていなかった。
魔術師の魔法が、放たれようとしている。
ロゼが、パンの弾力で防ぐ。
アスタロトが、氷で防ぐ。
アリスとスノウが、魔術師に立ち向かう。
六号は、その光景を、歯を食いしばって見つめていた。
(あと、一分……)
(それまで、みんな、耐えてくれ!)
六号の拳に、力が込められる。
クールタイム明けの反撃に備えて。
——その時、六号の視界の隅で、紫色の結界が、ほんの少しだけ、揺らいだ。Noveliaとは?
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