セラフ隊、性転換騒動!〜おれの彼女が彼氏になった日〜
ある朝、士官候補生のカレンは目を覚ますと、世界がひっくり返っていることに気づく。
鏡を見て、彼女は悲鳴をあげた。映っている顔は精悍で、あごにはうっすらと無精ひげが生えている。慌ててシャツの中を確認すると、胸はぺったんこ。そして、下の方に見慣れないものがついている。「ちょっと待って、これって…俺、男になってるの!?」
廊下に出ると、軍の寮全体が大混乱に陥っていた。クールな女性教官ユイは筋骨隆々の男性に、物静かな先輩リョウは可愛らしい女の子に変貌している。男は女に、女は男に——まさに大騒動だ。
やがて原因が判明する。前夜、敵対するセラフ隊が残していった呪いの箱だ。開けた瞬間、黒い霧が基地中に広がり、眠っている間に全員の性別を入れ替えてしまったのだ。
こんな状態では戦えない。呪いを解く方法を探るため、カレンたちは基地の禁断の地下階層へと足を踏み入れる。そこで見つけた古びたノートには、謎めいたメッセージが記されていた。「心が通い合うとき、雨の口づけが降り注ぐ」。どうやら呪いを解くには、二人が互いの気持ちを真に理解し合う必要があるらしい。
だが、事態はさらに複雑になる。身体が入れ替わっ
セラフ隊、性転換騒動!〜おれの彼女が彼氏になった日〜 - 目覚めたら俺になってた!?朝から大パニックの巻
「……う、あれ?」
声が、変だ。
寝ぼけまなこをこすりながら、カレンはベッドの上で体を起こした。月曜日の朝。窓の外から聞こえてくるのは、エバーグリーン林を抜ける風の音と、遠くで候補生たちが走り込む足音。フォート・ミラージュの朝はいつもこうだ。
でも、今日はなんかおかしい。
まず、パジャマの袖が短い。それに、なんか胸のあたりがスースーするというか……。
「え、何これ」
自分の手を見た。
大きくて、節くれだっている。いつもの自分の手じゃない。
「うそでしょ?」
ベッドから飛び降りる。その着地の衝撃が、自分が思ってたよりずっと重い。
洗面所に駆け込んで、鏡を見た。
「——ぎゃああああああああっ!!」
鏡の中の男と、目が合った。
短く刈り込んだ黒髪。シャープなあごのライン。うっすら生えた無精ひげ。肩幅はがっしりしていて、首も太い。目つきはちょっと鋭くなってるけど、よく見るとその目はまんまるで茶色くて。
「え、これ……俺?」
声が低い。しゃべるたびにのどが震える感じが、どうにも気持ち悪い。
おそるおそるパジャマの上着をめくってみた。
ない。
胸が、ない。
「まって、まってまって、じゃあ下はどうなって——」
ごそごそとズボンの中をのぞきこんで、カレンは再び大声をあげそうになった。
ある。妙なものが、ついている。
「な、なにこれ! 私、女の子だよ!? 十八歳だよ!?」
パニックになったカレンは、制服をひっつかんで部屋を飛び出した。サイズが合わなくて、ジャケットの袖が手首のちょっと上でつんつるてんだ。カーゴパンツの裾も足りなくて、くるぶしが見えている。
廊下は、もう大騒ぎだった。
「うわあああ! 俺のアレがなくなってる!」
「きゃーっ! 誰このイケメン!? ってあたし!?」
「落ち着けお前ら! っていうか俺もなんだこれー!」
あちこちで悲鳴と怒号が飛び交っている。みんな、昨日までとまるで違う体になっている。
その騒ぎの中、カレンは廊下の先に立っている人影を見つけて、息をのんだ。
そこにいたのは、見知らぬ女の子だった。
小柄で、華奢で、腰まであるつややかな黒髪をゆらしている。大きな黒い瞳はきらきらと濡れたように光っていて、その輪郭はとてもなめらかで、やわらかそうな肌。制服のスカートから伸びる細い足が、なんだかとても、こう……。
どくん。
カレンの胸が、変な音を立てた。
「え……リョウ?」
声が、うわずった。
顔が、熱い。
そうだ。あの真面目そうな顔立ち。切れ長だけど優しい目。左耳に光る小さな星のピアス。それは確かに、自分の親友であるリョウのものだ。
でも、リョウは男だったはずで。自分よりずっと背が高くて、声も低くて。
なのに今は、自分の方が背が高い。見下ろす形になるリョウの頭のてっぺんが、なんだかすごく、守りたくなるような。
「……カレン、なのか?」
リョウがおそるおそる口を開いた。その声は、高くて、鈴を転がすみたいで。
「うん……たぶん、俺……じゃなくて、私、カレン」
「そうか。僕も、どうやらこんな体になってしまったらしい」
リョウはそう言って、自分の体を見下ろした。
そして、うつむいた。
耳まで真っ赤だ。
どくん、どくん。
心臓が、うるさい。
なんで。リョウは親友で、いつも隣にいるのが当たり前で、こんな気持ちになることなんて一度もなかったのに。
「あ、あのさリョウ」
「な、なんだ」
目が合う。
リョウの大きな瞳が、不安そうに揺れている。
かわいい。
そう思った瞬間、カレンは自分の顔がさらに熱くなるのを感じた。
「……なんでもない! と、とりあえず、他のみんなの様子を見に行こう!」
「あ、ああ。そうだな……」
二人は気まずそうに視線をそらし、そそくさと廊下を歩き始めた。
距離は、五十センチ。
いつもなら肩を組んだり、背中を叩いたりするのに、今はどうしてもリョウに触れられなかった。触れたら、なんかまずい気がする。
廊下の突き当り。寮の入り口ホールには、すでに十人以上の候補生が集まっていた。
見渡す限り、みんなお互いの変わり果てた姿にパニックを起こしている。
「俺、昨日まで女子だったんだよ!? なんでこんなムキムキになってんだ!」
「誰か元に戻る方法知らない!?」
「おいお前、元は誰だ? 全然わかんねえ!」
まさに、カオス。
この基地は、AVO——アライド・ヴァンガード機構の第7管区。ヴェイルって呼ばれる異次元の裂け目からやってくる敵、セラフと戦うための最前線基地だ。世界中に十四ある管区の一つで、ここフォート・ミラージュには約四百人近くが常駐している。カレンたち候補生は、十四歳から二十歳までの若者から選ばれた、いわば未来の戦士候補。
ここでの訓練は厳しいけど、カレンはこの場所が好きだった。仲間がいて、教官たちは厳しくて、でも優しくて。食堂のごはんもおいしいし、週末にタチバナ・シティに出かけるのも楽しい。
でも、今はそれどころじゃない。
「おまえらあああああっ!!」
地を這うような低い声が、ホールに響き渡った。
全員の動きが、ピタリと止まる。
そこに立っていたのは、身長一八〇センチはあろうかという大男だった。
短く刈り上げた無骨な黒髪。意志の強そうな鋭い目。盛り上がった筋肉が、訓練用のタンクトップをパンパンに張らせている。太い腕には血管が浮き出ていて、握りしめたこぶしは岩みたいだ。
でも、左胸に光る教導官バッジだけは、見覚えがある。
「ユ、ユイ教官……?」
「うるさい! 今はその呼び方でいい!」
ユイ教官——本名ユイ・サカモト。二十八歳。第2小隊の訓練指導責任者で、その厳しさから「鬼のユイ」って呼ばれている。
彼女はもともと、後ろで一つに束ねたつややかな黒髪が自慢の、それは見事な美人教官だった。カレンたち候補生からは怖がられつつも、その強さと美しさに憧れる女子は多い。
でも。
今のユイ教官は、どう見てもムキムキの男性だ。
「お、おいユイ教官……その、大丈夫ですか」
「大丈夫なわけがあるか! 私はこんな——こんな——!」
ユイ教官はそこまで言いかけて、ふと壁に掛けられた鏡に映る自分を見た。
一瞬、顔がひきつる。
かと思うと、ぶるぶると拳をわななかせて、
「あああああっ! 私の顔が! 私の体が! 昨日まであんなにちゃんと手入れしてたのにいいいっ!!」
その叫びは、悲鳴に近かった。
鬼教官のイメージが、音を立てて崩れていく。
「えっと……教官、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! 私は女として生まれて二十八年、それなりに誇りを持って……」
「教官! みんな見てます!」
リョウがはっとしたように周囲を見回した。
候補生たちが、ぽかんと口を開けて教官を見ている。
ユイ教官はこほんと咳払いをして、無理やり表情を戻した。
「……と、とにかくだ! 現在状況を確認する! 全員、メス・ホールに集合! 五分以内に来なかった者は、通常訓練を倍にしてたっぷりかわいがってやるからな!」
その号令で、ようやくみんなが動き出した。
食堂——正式名称メス・ホール——は、騒然としていた。
いつもなら朝食のいい匂いが充満しているはずの場所は、今や不安と混乱のるつぼだ。二百席あるテーブルには、見知った顔と見知らぬ顔が半々で座っている。正確には、みんな見知った仲間なのに、顔と体だけが知らない人なのだ。
「はいはい、みんな落ち着いた落ち着いた!」
そんな中、カウンターの奥からひときわ明るい声が飛んできた。
声の主は、天然パーマの薄くなった短髪をぴょんぴょん跳ねさせた中年男性。
でも、そのエプロン姿には見覚えがある。
「ミキさん!?」
「あん? おお、カレンか! めんこい男の子になっちゃってまあ!」
ハセガワ・ミキ。四十五歳。この基地の胃袋を預かる料理長だ。
いつもは無造作にまとめた茶色いお団子ヘアの、優しいお母さんみたいな人なのに、今は笑った目の細い、愉快そうなオッサンになっている。
「いやあ、朝起きて鏡見たらこれだもの! こりゃまたとない経験だねえ!」
ミキさんは、自分の腹をポンと叩いて豪快に笑った。
その声につられて、数人の候補生がクスクスと笑い出す。
「ミキさん、慌てないんですか」
「慌てたってしょーがないべさ。困った時は腹ごしらえ! 今日はいつもよりちょっと豪華に、サーモンのちゃんちゃん焼き定食だよ!」
ずい、と差し出されたトレイには、たしかにバターの香ばしい匂いが立ちのぼっている。
カレンは無意識に、そのトレイを受け取っていた。
「ミキさんは、相変わらずだな」
「あったりまえだ! 体が変わったところで、腕は変わんないからね! さあ、食べて落ち着きな!」
ミキさんのその図太さに、場の空気が少しだけ軽くなった。
さすがは基地中のお母さん的存在。この人がいれば、きっとなんとかなる。
全員が席についたのを見計らって、ユイ教官が再び口を開いた。
その手には、黒曜石のような素材でできた十五センチ四方の立方体。
「注目。これが原因だ」
食堂がしんと静まり返る。
「昨晩の演習で、小隊の一つがノースゲート警戒区域から回収した。セラフ——アンカータイプの残していった呪いの箱だ」
呪いの箱。
セラフっていうのは、十五年前に突然現れた異次元からの侵略者だ。姿形はバラバラで、人間の感情エネルギーを餌にするって言われてる。中でも、アンカータイプって呼ばれる大型のヤツは、倒した後にこういう厄介な罠を残すんだ。
「こいつを、誰かが真夜中に、うっかり開けてしまった」
ユイ教官の視線が、候補生たちをゆっくりとひと睨みする。
数人が、ビクッと肩を震わせた。
カレンも、なんだか心当たりがあるような、ないような。
「開封と同時に、箱から黒い霧状のフラクスが放出された。その影響範囲は半径約二百メートル。基地内のほぼすべての人間が、睡眠中に“性別反転”の呪いを受けたわけだ」
フラクス。それはヴェイルから流出する超常エネルギーで、適性がある人間はこれを体内に取り込んで戦う。カレンを含む候補生やヴァンガードたちは、みんなこのフラクスを扱う訓練を受けている。
でも、呪いの箱から出たフラクスは、どうやら真っ黒で、ひどくたちの悪いものだったらしい。
「ど、どうやったら戻れるんですか」
誰かが震える声で尋ねた。
ユイ教官は、持っていた立方体の内側を全員に見せた。そこには、ミミズがのたくったような古代文字がびっしりと刻まれている。
「解呪の鍵は、この文字にある。ただし、今の段階ではまだ読み解けていない。そこで——」
教官は深く息を吸った。
「基地地下区画、旧研究施設に保管されている文献を調査する。同行者は、第2小隊からカレンとリョウ。以上だ」
「えっ」
「僕たちが?」
二人は同時に声をあげて、そして同時に目を合わせてしまった。
とくん。
まただ。胸が、ぎゅっとなる。
「なにか問題があるのか。お前たちは演習でも連携が取れていた。それに、リョウの冷静な判断力と、カレンの行動力は、こういう時にこそ必要だ」
そう言われると、返す言葉がない。
カレンは隣に立つリョウの横顔をちらりと見た。リョウは、複雑そうな顔でうつむいている。
その時だった。
ごつん。
リョウの細くて白い指が、カレンの手の甲に、ほんの少しだけ触れた。
「……大丈夫だ。僕が、守るから」
その小さな声は、カレンの耳の奥に、じんわりと染み込んだ。
どくん、どくん、どくん。
胸がうるさくて、みんなに聞こえちゃいそうだ。
守る、だって。
「べ、べつに俺だって守られなくても平気だし!」
「……っ、そうか」
また、気まずい沈黙。
不思議だ。つい昨日まで、二人の間にはこんな空気、流れたことがなかったのに。
呪いのせいなのか。
それとも、前から本当はあったけど、気づかなかっただけなのか。
カレンは自分の手の甲を見た。リョウの指が触れた場所が、まだ熱い。
この気持ちは、なんだ。
「よーし、なんとかなる! 絶対元に戻ってやるからな!」
カレンはあえて明るく声を張り上げて、空気を振り払った。
リョウも、少しだけ困ったように笑った。
こうして、フォート・ミラージュの新しい一日は、かつてない大混乱のうちに幕を開けた。
呪いの正体、そして心の奥で目を覚ました新しい感情。どちらもまだ、答えは見つからない。
窓の外では、シオン丘を吹き抜ける風が、エバーグリーン林の梢をざわざわと揺らしていた。
まるで、これから始まる、おかしくて、ちょっと切ない日々を、そっと見守っているみたいに。Noveliaとは?
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