セラフ隊、性転換騒動!〜おれの彼女が彼氏になった日〜
ある朝、士官候補生のカレンは目を覚ますと、世界がひっくり返っていることに気づく。
鏡を見て、彼女は悲鳴をあげた。映っている顔は精悍で、あごにはうっすらと無精ひげが生えている。慌ててシャツの中を確認すると、胸はぺったんこ。そして、下の方に見慣れないものがついている。「ちょっと待って、これって…俺、男になってるの!?」
廊下に出ると、軍の寮全体が大混乱に陥っていた。クールな女性教官ユイは筋骨隆々の男性に、物静かな先輩リョウは可愛らしい女の子に変貌している。男は女に、女は男に——まさに大騒動だ。
やがて原因が判明する。前夜、敵対するセラフ隊が残していった呪いの箱だ。開けた瞬間、黒い霧が基地中に広がり、眠っている間に全員の性別を入れ替えてしまったのだ。
こんな状態では戦えない。呪いを解く方法を探るため、カレンたちは基地の禁断の地下階層へと足を踏み入れる。そこで見つけた古びたノートには、謎めいたメッセージが記されていた。「心が通い合うとき、雨の口づけが降り注ぐ」。どうやら呪いを解くには、二人が互いの気持ちを真に理解し合う必要があるらしい。
だが、事態はさらに複雑になる。身体が入れ替わっ
セラフ隊、性転換騒動!〜おれの彼女が彼氏になった日〜 - キスの雨ってなに!?地下探検でドキドキ発見の巻
訓練棟──正式名称アリーナ・コンプレックス──には、朝から候補生たちの荒い息づかいがこだましていた。
火曜日だっていうのに、空気は月曜よりずっと重い。
だって、誰もかれも体が入れ替わってるんだから、それも当然だ。
「おまえら! 気合いが足りん!」
地の底から響くような声が、訓練場に鳴り響いた。
声の主は、身長一八〇センチを優に超える大男だ。短く刈り上げた無骨な黒髪、盛り上がった筋肉が訓練用のタンクトップをパンパンに張らせている。腕には血管が浮き出ていて、握りしめたこぶしは岩みたいだ。
でも、左胸に光る教導官バッジだけは、昨日までと変わらない。
「うっ、ユイ教官……」
「今日から訓練を再開する! いつまでウジウジしてるつもりだ!」
ユイ教官は、腰に手を当てて仁王立ちした。
その姿はどう見ても、百戦錬磨の男性軍人だ。
でも。
「まずは、基礎体力の確認だ。ランニングコース三周! 遅れた者には、いつもの三倍の追加メニューをくれてやる!」
ぶっ、と誰かが吹き出した。
ユイ教官の鋭い視線が、すかさずそちらを向く。
「なにがおかしい!」
「い、いえ、なんでも……」
「うそつけ! 顔がひきつってるぞ!」
また、別の候補生が肩を震わせた。
だってそうだ。あの鬼教官のイメージが、今はムキムキの男性だ。怖いはずなのに、なんだかそれが妙にシュールで、滑稽だ。
ブハッ。
今度はもっと大きな笑い声があがった。
「き、貴様ら! 笑うな!」
教官の顔が真っ赤になった。
怒鳴れば怒鳴るほど、笑いは大きくなっていく。
「わ、私は元々、こんなじゃなかったんだぞ! 女として、それなりに誇りを持って、二十八歳まで……」
「教官! そういうのは言わなくていいです!」
リョウが慌てて口を挟んだ。
今は腰まである艶やかな黒髪を揺らしながら、細い眉をハの字にして狼狽えてる。昨日までよりもずっと華奢で、小さくなった体が、なんだかものすごく、こう……。
どくん。
「リョウ……」
隣で一緒に準備運動をしていたリョウの横顔を見て、カレンは自分の胸が変な音を立てるのを感じた。
なんでだ。リョウは親友だ。ずっと一緒に戦ってきた、一番の仲間だ。
でも、女の子になったリョウを見ると、胸の奥がぎゅっと締めつけられて、声がうまく出なくなる。
「ん? どうした、カレン」
「な、なんでもない! さあ走るぞ!」
カレンは慌てて視線をそらし、ランニングコースに向かって走り出した。
エバーグリーン林のランニングコースは、全長三・二キロ。
朝日が木々の葉の隙間から差し込んで、まだ少し湿った土の匂いが立ちのぼっている。
「待てよ、カレン! 急に走り出すなよ」
「なんとかなるって! リョウも早く来いよ!」
カレンは振り返らずに叫んだ。
後ろから、リョウの軽やかな足音が追いかけてくる。その音が近づくにつれて、心臓の音もどんどん速くなる。
(やばいやばいやばい! なんでリョウと並んで走るだけで、こんなに緊張するんだ!)
「ああ、もう!」
自分をごまかすように、カレンは全力で走った。
──訓練が終わった後。
ユイ教官は、汗だくの候補生たちを前にして、重々しく口を開いた。
教官も走り込みはしたものの、自分のキレのある動きができないことにこっそり落ち込んでいるのが、横で見ているリョウにはわかった。
「……今朝、基地の地下で、あるものが発見された」
ざわつきが広がる。
「基地地下には、旧研究施設がある。建設以前から存在する、古い構造物だ。そこで、この呪いの対処法が書かれた、ノートの断片が見つかった」
「呪いを解く方法がわかったんですか!?」
「いや、まだ読み解けてはいない。記述が暗号的で難解なんだ。だが、手がかりは確かにある。だから、今から調査を開始する」
ユイ教官は、全員を見渡してから、言った。
「これより、基地地下の封鎖区域に踏み込む。同行者は、最小限だ。カレン! リョウ!」
「へ!?」
「はい」
二人は同時に返事をした。
そして、お互いの顔を見合わせて、すぐにうつむく。
「なにか問題があるのか」
「いや、その」
「べつに、何も」
顔が熱い。
リョウと二人きり、じゃないけど、一緒の任务だ。地下の薄暗い通路を、三人で歩くなんて。
(ドキドキする! なんでだよ、任務だぞ!)
「よし、行こう! なんとかなる!」
カレンは空元気で声を張り上げた。
基地地下への入り口は、司令部棟の裏手にある、古びた鉄扉の奥にあった。
ユイ教官が分厚い鍵束を取り出し、ガチャリと重い音を立てて解錠する。
「気をつけろ。足元が悪い」
三人は、ひんやりとした空気の中へ足を踏み入れた。
地下通路は、ところどころ壁が崩れていて、天井からはホコリが舞っている。
壁には、ミミズがのたくったような意味不明の図形や、古代文字のようなものが刻まれていた。
カレンの手にした携帯ランプだけが、頼りの光源だ。
「なあ、リョウ。ここ、ヴェイルができる前からあるんだよな」
「ああ。超常現象を研究してた組織の痕跡だって、前に教官が言ってた」
「へえ……なんか、秘密基地みたいで、ちょっとわくわくしないか?」
「カレンはそういうの、好きだもんな」
リョウが、ふっと笑った。
その笑顔が、ランプの灯りにぼんやりと浮かび上がる。
(か、かわいい……)
カレンはあわてて前を向いた。
「たわごとを言うな。わくわくしている場合か」
ユイ教官が、不機嫌そうに言った。
でも、教官もなんだか足取りが重そうだ。
「教官、大丈夫ですか? なんだか、元気ないみたいですけど」
「……鏡を見るたびに、私の自慢の髪が、こんな無骨な刈り上げになっているんだぞ。元気でるわけがない」
「あ、あー……」
やっぱり、気にしてるんだ。
美人教官だったもんなあ、とカレンは思った。あの後ろで束ねた黒髪が、戦闘中に揺れるのが、後ろから見てて格好よかったのに。
「ここだ」
地下二階。古い木の扉の前で、三人は立ち止まった。
ユイ教官が扉を押し開けると、かび臭い空気が流れ出てくる。
部屋の中は、がらくたとほこりだらけだった。
倒れた本棚、割れたビーカー、散らばった書類の山。
「手分けして、解呪に関する記述を探せ。古代文字で書かれたページがあれば、それを最優先だ」
「了解!」
カレンは壊れかけた机の引き出しを片っ端から開けていった。
リョウは床に散らばった書類を一枚一枚ていねいに拾い集める。
「……カレン」
しばらくして、リョウが静かな声をあげた。
「どうした?」
「これ、見てくれ」
リョウが差し出したのは、焦げたような跡がある、古びたノートの束だった。
ページは黄ばんで、字もかすれかけている。
「なになに……『解呪の手順について』?」
「そのページだ」
カレンがページをめくると、ミミズがのたくったような古代文字の羅列の下に、数行の現代語訳が走り書きされていた。
「……『想いが、かようとき』」
カレンは、声に出してそれを読んだ。
「『キスの雨が、ふる』」
沈黙。
「は?」
「……だ、そうだ」
リョウの顔が、ランプの灯りのせいじゃなく、真っ赤になった。
「なにそれ!? キスの雨って!?」
「さ、さあ……僕にもよくわからない」
「どういう意味だよそれ!」
カレンも叫んだ。顔が熱い。
「ふむ……」
ユイ教官が、ノートをまじまじと見た。
「どうやら、呪いを解くには、感情的な繋がりと、何らかの身体的な接触が必要、ということらしいな」
「身体的接触って……まさか、本当にキスしろってことですか!?」
「かもしれん。雨というのが比喩なのか、それとも特定の状況を指すのかはわからんが」
「いやいやいや!」
カレンは頭をかきむしった。
呪いを解く鍵は見つかった。でも、それが一番やっかいな方法だった。
「……カレン」
リョウも、ノートをのぞきこもうとして、一歩前に出た。
その時だ。
「きゃっ!」
足元に積まれていた本の山に足を取られて、リョウの体がぐらりと傾いた。
「リョウ!」
とっさに、カレンは腕を伸ばした。
リョウの細い体が、カレンの胸に飛び込んでくる。
「うわっ」
「あ……」
なんとか抱きとめた。
でも。
気がつくと、二人の顔は、あと数センチの距離だった。
リョウの大きな黒い瞳が、不安そうに揺れている。
その吐息が、カレンの頬にふわりとかかった。
心臓が、うるさい。
リョウの肩を掴んだ手が、震える。
「リョ、ウ」
「カレン……」
お互いの名前を呼んだきり、言葉が出てこない。
ランプの灯りが、リョウの長いまつ毛の影を、白い頬に落としている。
きれいだ。
まつ毛、こんなに長かったっけ。
首、細くて。
このまま、もっと近づいたら。
「ゴホン!!」
わざとらしい、大きな咳払いが、地下室に響き渡った。
「うわあああっ!」
「ひゃっ……!」
二人は弾かれたように飛びのいた。
カレンは後ろの本棚に激突し、リョウは壁に手をついて、肩でぜいぜいと息をしている。
「な、なにするんですか教官!」
「こっちのセリフだ! いつまで抱き合っているつもりだ!」
ユイ教官の顔も、なんだか赤い。
「だ、抱き合ってなんて、ない!」
「そうだ! リョウが転びそうになったから!」
「とにかく、資料は見つかった。さっさと戻るぞ!」
三人は、そそくさと部屋を出た。
地下通路を戻る間、誰も口をきかなかった。
沈黙が、いつもより百倍重い。
カレンは、歩きながらリョウの横顔をちらりと見た。
リョウは、うつむいたまま、まつ毛を震わせている。
(やばい。これ、完全に気まずいやつだ)
そう思って視線をそらした時、リョウの耳に、何かがキラリと光った。
星の形をした、小さなピアスだ。
(あ……)
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
それとお揃いのピアスが、今、自分の左耳にもついている。
あれは、候補生として初めてこの基地に来た日のことだ。
不安でいっぱいだったカレンに、隣の部屋のリョウがプレゼントしてくれた。
『お守りなんだ。俺も同じのをつけてる』
そう言って、はにかんだリョウの笑顔を、今でもはっきり覚えている。
(リョウ、まだつけててくれたんだ)
そんな当たり前のことが、無性に嬉しくて、そして苦しかった。
基地に戻った三人を待っていたのは、なおも続く混乱だった。
ユイ教官は、司令部に報告に行くと言って、厳しい表情のまま去っていった。
「……なあ、リョウ」
「うん」
訓練棟の廊下で、二人は立ち止まった。
「キスの雨って、なんなんだろうな」
「……わからない。でも、きっととても大事なことなんだと思う」
「そうだな。よし、明日も調査だ! なんとかなる!」
カレンは、あえて明るく言ってみせた。
「うん」
リョウは小さくうなずいた。
その耳のピアスが、窓から差し込む午後の光を受けて、もう一度きらめいた。
呪いを解く鍵は見つかった。
でも、その方法を実行するには、あまりにも大きな勇気が必要で。
カレンは、ベッドに寝転びながら、リョウの顔が近づいた瞬間を思い出していた。
心臓がうるさい。
もう、友情だなんて、言い訳できそうになかった。
廊下の向こうでは、リョウもまた、自分の耳のピアスを握りしめて、小さくため息をついていた。Noveliaとは?
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