セラフ隊、性転換騒動!〜おれの彼女が彼氏になった日〜
ある朝、士官候補生のカレンは目を覚ますと、世界がひっくり返っていることに気づく。
鏡を見て、彼女は悲鳴をあげた。映っている顔は精悍で、あごにはうっすらと無精ひげが生えている。慌ててシャツの中を確認すると、胸はぺったんこ。そして、下の方に見慣れないものがついている。「ちょっと待って、これって…俺、男になってるの!?」
廊下に出ると、軍の寮全体が大混乱に陥っていた。クールな女性教官ユイは筋骨隆々の男性に、物静かな先輩リョウは可愛らしい女の子に変貌している。男は女に、女は男に——まさに大騒動だ。
やがて原因が判明する。前夜、敵対するセラフ隊が残していった呪いの箱だ。開けた瞬間、黒い霧が基地中に広がり、眠っている間に全員の性別を入れ替えてしまったのだ。
こんな状態では戦えない。呪いを解く方法を探るため、カレンたちは基地の禁断の地下階層へと足を踏み入れる。そこで見つけた古びたノートには、謎めいたメッセージが記されていた。「心が通い合うとき、雨の口づけが降り注ぐ」。どうやら呪いを解くには、二人が互いの気持ちを真に理解し合う必要があるらしい。
だが、事態はさらに複雑になる。身体が入れ替わっ
セラフ隊、性転換騒動!〜おれの彼女が彼氏になった日〜 - 伝えたい勇気!朝日に輝く僕らのピアス!の巻
夜の闇が、ゆっくりと薄まり始めていた。
ミドリガオカ公園のベンチに、カレンとリョウは並んで座っている。
まだ男性と女性の中間のような、中途半端な姿のままだ。
二人の肩は、ほんの少し触れ合っていた。
カレンは、自分の膝の上で固く握りしめた拳を見つめている。拳の中には、二つの星のピアスがあった。
自分の左耳から外したものと、リョウが部屋に置き去りにしたもの。
冷たい金属が、じんわりと手のひらの熱で温まっていく。
「リョウ、俺さ……言わなきゃいけないことがあるんだ」
カレンの声は掠れていた。
男とも女ともつかない、不安定な響き。
リョウが、ゆっくりと顔を向ける。
その長い黒髪が、風もないのにふわりと揺れた気がした。
「……うん。聞くよ」
リョウの声もまた、低いのか高いのか、自分でもわからないような声だった。
カレンは唇を噛んだ。
心臓がうるさい。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何から話せばいいのかわからない。
でも。
逃げちゃダメだ。
今度こそ、本当の気持ちを全部、言葉にしないと。
「俺、ずっと考えてた」
カレンの目に、涙が滲んだ。
「入寮した日のこと。あの時、俺、すごく緊張しててさ。知ってるやつなんて誰もいなくて。飯、食う場所もわかんなくて。部屋で一人で突っ立ってたら……お前が声をかけてくれたんだ」
リョウは黙って聞いている。
「『食堂、一緒に行かないか』って。それで、お前が連れてってくれただろ。あのカレーの日だ」
リョウが小さく息を呑んだ。
「あのピアスをくれた時、リョウ、俺に言ったよな。『これから一緒に頑張ろう』って。あの言葉が、ずっと……ずっと頭から離れなかった。俺の心の、まん中にあった」
カレンは拳を開いた。
二つの小さな星のピアスが、朝焼け前の薄明かりを受けて、鈍く光る。
「それから、この一週間。体が変わって、毎日がめちゃくちゃで。でも……お前が女の子の姿になって、隣にいるのを見て、俺……心臓がバクバクして。苦しくなって。それで、わかったんだ」
涙が、一滴、膝の上に落ちた。
「俺、ずっと前からリョウのことが大好きだったんだなって。女でも、男でも、そんなことどうでもよかった。リョウを失うくらいなら、俺、このまま呪いが解けなくたって全然かまわなかった」
声が震えた。
「基地からお前がいなくなって、もうだめだって思った。自分が一番、ひどいことを言ったのに。大嫌いなんて、嘘なのに。でも、そのせいでリョウが一人で全部終わらせようとしたんだって思ったら……ここが、ぎゅーって、張り裂けそうで」
カレンは、自分の胸を強く掴んだ。
「……リョウがいないと、俺、なんとかならねえんだよ!」
最後の言葉は、ほとんど叫びだった。
涙が止まらない。
くやしい。
どうして自分は、もっと早く、この気持ちを伝えられなかったんだろう。
リョウは、ただ静かにカレンの涙を見つめていた。
それから。
リョウの頬にも、一筋、涙が伝った。
「……僕も、話さなきゃいけないことがあるんだ」
リョウの声は、泣いているのに、とても優しかった。
「僕の父さん、ノースゲートの防衛戦で重傷を負ったんだ」
リョウは、遠い目をして、空を見上げた。
東の空が、ほのかに白み始めている。
「それからずっと、父さんは僕に言い続けてた。『お前は強くあれ。お前が仲間を守る側に立て』って。だから、僕はそうしなきゃって。ずっと、自分が先頭に立って、全部を解決しなきゃって、思い込んでた」
リョウは、自分の手を見つめた。
ほっそりとした、まだ女性の名残のある手だ。
「視察団が来るって知った時も、カレンに迷惑をかけちゃいけないって。ユイ教官の立場も悪くできないって。それで、いちばん早く解決できるのは僕が全部の責任をかぶることだって。それしか思いつけなかったんだ」
リョウの声が震える。
「でも、本当は……本当はすごく怖かった」
リョウは、膝の上で拳をぎゅっと握った。
「自分一人で決めて、一人で終わらせて。みんなに嫌われて。それで……全部なかったことになるのが。ほんとは、カレンに守られたいって思ってた。『大丈夫だ』って、誰かに言ってほしかった。でも、それを言えずに、ずっと強がって……ごめん」
リョウの顔がくしゃりと歪む。
「君に、こんな姿を見せる資格なんて、ないのに」
その瞬間。
カレンはリョウの肩をぎゅっと抱き寄せていた。
「そんなの、関係あるか!」
カレンは叫んだ。
「強がりのリョウも、弱虫なリョウも、男のリョウも、女のリョウも……俺の目の前にいるリョウは、リョウだけなんだ! 弱くたっていい! 怖くたっていい! そんなリョウの全部引っくるめて、俺が守る! 俺が守ってやる!」
「カレン……」
「だから、もう一人で行くな! 頼むから……頼むから、俺のそばにいてくれ!」
カレンは、リョウをぎゅうっと、もっと強く抱きしめた。
リョウの体が、自分の胸の中で震えている。
「うん……うん。僕も、カレンにいてほしい。僕を……守ってほしい」
リョウは、おずおずと手を伸ばし、カレンの背中に腕を回した。
二人は、しっかりと抱き合った。
もう、言葉はいらなかった。
心臓の音が、互いに聞こえるほど近くで、ただ、体温を感じ合う。
——その時。
カレンの手の中が、熱くなった。
「「……え?」」
二人が同時に見る。
握りしめていた二つの星のピアスが、光り始めていた。
最初は淡い金色だった光が、どんどん強くなる。
まるで朝日が閉じ込められているみたいに、眩しいほどの光を放つ。
「あったかい……」
光は、ピアスから溢れ出すと、二人の体を優しく包み込んでいった。
キン、と高い音が響く。
カレンは感じた。
あごの無精ひげが、すぅっと消えていく。
背が数センチ縮んで、肩の骨格が狭くなり、手がほっそりと、でも力強く元の形に戻っていく。
なにより、自分でもわかる。
胸の中心に、熱が集まっているのが。
自分が、元の、女性の自分に戻っていく。
リョウも違った。
華奢だった肩幅が、くっきりと広くなる。
腰まである長い黒髪が、根元からサラサラと抜け落ちるように短くなり、精悍な黒い短髪に変わる。
頼りなかった腕に、しっかりと筋肉がついていく。
彼が、元の、男性の彼に戻っていく。
東の空から、朝日が昇った。
金色の光が、ミドリガオカ公園を一直線に貫き、二人を照らし出す。
光が収まった時。
そこには、元の姿に戻ったカレンとリョウが立っていた。
元気な茶色いショートヘアに、大きな瞳の少女。
キリリとした黒い短髪に、切れ長の優しい目をした少年。
だけど、二人の左耳だけは、キラリと光っていた。
あの星のピアスが、ちゃんと元の場所に戻っている。
「戻った……戻ったよ、リョウ!」
「……ああ。カレンも、元通りだ」
二人はもう一度、抱きしめ合った。
今度は、正真正銘の、元の姿のまま。
涙で濡れた、笑顔と笑顔が触れ合う。
その奇跡は、まるで電波のように、フォート・ミラージュ基地へと届いていった。
司令部棟の窓辺で。
視察の書類と格闘していたシマダ作戦部長の目の前で、ムキムキの大男が、突然、スラリとした長身の美女に変わった。
「なっ……!?」
「こ、これは……?」
ユイは自分の手を見た。
長く、細く、美しい指。
窓ガラスに映る自分の顔。
意志の強い切れ長の目。後ろで一つに束ねた艶のある黒髪。
「戻った……私の体が、戻った……!!!」
ユイはその場にへたり込んだ。
涙が、止めどなく溢れ出る。
男になってから、決して誰にも見せなかった弱音。張り詰めていた糸が、一気に切れた。
「よかった……本当に、よかった……」
彼女は、両手で顔を覆い、声を上げて泣いた。
シマダ作戦部長は、そんなユイを、呆気にとられて見つめていた。
食堂「メス・ホール」では。
中年男性が、突然、恰幅の良いおばちゃんの姿に変わった。
「あらまあ! 戻っちまったよ、この腹!」
ハセガワ・ミキは、自分のお腹をバンと叩いて、豪快に笑った。
基地中で、あちこちで、喜びの叫び声や泣き声が響き渡る。
訓練生たちが、我先にと訓練棟の外へ飛び出し、互いの元の姿を見て抱き合い、飛び跳ねている。
「戻った戻った!」
「俺の筋肉ー!」
「あたしの髪!」
基地中が、朝からお祭り騒ぎだ。
大急ぎで基地へ戻ったカレンとリョウを、正面門で出迎えたのは、涙をぬぐったばかりのユイ教官だった。
美しい黒髪の女性教官は、二人を見ると、駆け寄ってきた。
「……バカ者どもが!!」
ユイは、カレンとリョウの頭を、思い切り一つずつはたいた。
「いったー! 教官、元に戻ってそんな力で叩いたら、脳みそ飛び出ますって!」
「うるさい! 部下に心配をかける教官がどこにいる! それに……次から次へと無茶をしおって……!!」
ユイの目に、また涙が滲む。
「……だが。リョウを連れ戻したことは、よくやった。そして何より、二人のかけた想いが、基地中を救った。……ありがとう」
ユイは深く、深く頭を下げた。
リョウは驚いて、慌ててユイの肩を支えようとする。
「ユイ教官! 頭を上げてください。僕は……自分を守るために逃げ出しただけです。むしろ、謝らなければならないのは」
「馬鹿を言うな、リョウ」
ユイは顔を上げ、優しく微笑んだ。それは、鬼教官になる前の、彼女の素の笑顔だった。
「怖かったのだろう。よく帰ってきた。お前はそれでいいんだ」
その時、後ろから豪快な笑い声が聞こえた。
「あーっはっは! まったく、朝からいい涙もんだねえ!」
ハセガワ・ミキが、トレイを抱えて走ってくる。
トレイの上には、カツカレーの大盛りが山のように積まれている。
「さあさあ、お祝いだ! 今日の食堂は、あたしの奢りでカツカレー食べ放題だよ! 揉め事の後は、飯を食って元気出すのが一番さね!」
「ちょ、ミキさん! まだ朝の六時ですよ!?」
「細かいことはいいんだよ! 胃袋に朝も夜もあるかい! ほら、ユイの教官も食べな! なんなら視察のエラいさんも呼んでおいで! 腹が減っては戦もできんよ!」
カレンとリョウは顔を見合わせた。
「……なんか、心配して損した気分」
「でも、これでいつもの基地だな」
リョウは、男性の自分の声で言った。
カレンの耳に、その低くて優しい声が心地よく響く。
「あ、リョウ。その声、久しぶり」
「……君の声も、久しぶりだな。うん。やっぱり、カレンはその声がいい」
リョウは、少し照れたように笑った。
シマダ作戦部長は、お祭り騒ぎの基地を見渡し、盛大にため息をついた。
「……報告書が、また増えたな」
だが、彼女の口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
騒動がすべて収まった夕暮れ。
空は、燃えるようなオレンジ色に染まっていた。
カレンは、一人で屋上に立っていた。
アリーナ・コンプレックスの屋上展望デッキ。基地の敷地や、遠くのタチバナ・シティ、キラキラ光る海まで見渡せるお気に入りの場所だ。
風が、ショートに戻った茶色い髪を揺らす。
「……いた」
後ろから、落ち着いた声がした。
振り返ると、元の男性の姿に戻ったリョウが立っている。
黒い短髪が夕日に照らされて、オレンジ色に縁取られて見えた。
「リョウ。どうしたんだ、こんなとこまで」
「カレンに、まだ言ってなかったことがあるんだ」
リョウは、いつもの優しい目でカレンを見つめる。
「な、なんだよ、改まって」
カレンの胸が、ドキンと跳ねた。
基地の中で二人きり。夕焼け空。
リョウは、一歩、カレンに近づいた。
「今朝の公園で、カレンにたくさん気持ちを伝えてもらった。僕は、まだちゃんと、この言葉で伝えてなかったから」
リョウの声は、少し震えていたけれど、真っ直ぐだった。
「好きだ。カレンのことが、誰よりも大好きだ」
カレンの頭が真っ白になった。
男性の低い声で、真っ直ぐにそう言われて、体中の血が一気に頭に上ったような気がした。
「君の底抜けに明るいところも、無茶して一人で突っ走るところも、変なとこでボケるところも——全部ひっくるめて、カレンが好きだ。だから、これからもずっと、俺の隣にいてほしい。……いや、俺を、カレンの隣にいさせてほしい」
リョウは、そう言って、右手を差し出した。
カレンは、自分の顔がリンゴみたいに真っ赤になっているのを感じた。
「……っ、そんなの」
声がひっくり返った。
「そんなの、当たり前じゃんか! ずっと一緒にいるに決まってんだろ! こっちこそ、リョウを俺の隣から離さないからな!」
カレンは、差し出されたリョウの手を握り返した。
ぎゅっ。
温かい。
元の、男の子の大きな手のひら。
「もちろん、だよ!」
カレンの満面の笑顔に、リョウも照れくさそうに笑った。
夕日が、二人の長い影を、展望デッキの床に映し出す。
二つの影は、しっかりと手を繋いでいた。
数日後。
ユイは一人、フォート・ミラージュ基地の地下区画にいた。
あの呪いの箱騒動の後、古いノートをきちんと分析しようと、改めて旧研究室に足を運んだのだ。
壁の意味不明な図形を写真に収め、机に積もった埃を払う。
「まだ、調べなければならないことが山ほどあるな」
彼女は、例の古いノートを開いた。
『想いがかようとき、キスの雨がふる』
あれは、まだ完全に解明されたわけではない。
心が通じ合った時に、奇跡が起きる。
だが、もし心が通い合わなかったら?
ユイは、パラパラとページをめくる。
ほとんどは解読不能の暗号か古代文字だったが、ノートの後ろから数ページ目で、彼女の指が止まった。
別の古代文字で、こう記されていた。
『逆さまの月が満ちるとき、影が実を食らう』
文字だけでなく、不気味な黒い箱の図も描かれている。
呪いの箱の一種だ。
ユイの顔がサッと青ざめる。
「満月の夜……だと?」
彼女は慌てて、壁にかけられた古いカレンダーを確認した。
基地のカレンダーでなければ、次の満月は——あと十日もない。
彼女は大急ぎで階段を駆け上がった。
食堂でカツカレーを食べていたカレンとリョウの前に、息を切らしたユイが現れた。
「カレン! リョウ! 大変だ!」
「え、教官、どうしたんですか!? そんなに慌てて!」
「新しい呪いの箱の予言が見つかった! 次の満月の夜、また何かが起きるらしい!」
食堂中がシンと静まり返る。
カレンは、口の周りをカレー色にしたまま、目をまんまるにした。
リョウもスプーンを置く。
そして二人は、ゆっくりと顔を見合わせた。
「ま、なんとかなるって!」
「ああ。今度こそ、ちゃんと二人でなんとかしよう」
二人は声を揃えて、あっけらかんと笑い飛ばした。
ユイは、そんな二人を見て、毒気を抜かれたようにため息をつく。
「……お前たちは本当に、どこまでもお前たちだな」
だが、彼女の目は、どこか楽しそうに輝いていた。
基地に、また新たな騒動の予感が漂い始める。
カレンの左耳で、星のピアスがキラリと光った。Noveliaとは?
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