亜空のゆるゆる大作戦〜黄門様と従者たちの商会繁盛記〜
女神に「不細工」の一言で勇者をクビになり、荒野にポイされた男・深澄真。彼が手にしたのは、腹の中に広がる異世界「亜空」と、ドワーフたちが作る魔法の絆創膏だった——ただし、魔力をじわじわ吸い取る欠陥品つき。商売人「クズノハ・ライドウ」として再出発を誓う真のもとに、時代劇オタクの竜娘・巴、料理上手の澪、冷静な不死の魔術師・識、外出禁止のオッドアイ少女・環が集まり、にぎやかな商会が開店。だがその夜、届いたのは女神からの脅迫状だった。「虫の分際で、生意気よ。お前の大事なもの、全部壊してあげる」——笑って商売、時に真面目に、果たして成り上がれるのか。異世界ゆるゆる商会コメディ、開店!
亜空のゆるゆる大作戦〜黄門様と従者たちの商会繁盛記〜 - クズノハ商会、設立——絆創膏と女神の脅迫状
「虫の分際で、生意気よ」
その声は、今も耳の奥に張りついている。
深澄真は、灰色の大地に寝転がったまま目を開けた。空はどこまでも白く濁り、光の粒がふわふわと漂っている。ここがどこなのか、すぐにはわからなかった。
体を起こす。服は泥と砂で汚れ、頬には冷たい風が当たる。目の前には、岩と枯れ草だけが続く荒野。遠くに山の影が見えるが、人の気配はどこにもない。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
そうだ。俺は、捨てられたんだ。
数日前のことを思い出す。光の柱に包まれて、女神アウレリアとやらに呼び出された。あの女は、俺の顔をじろりと見るなり、こう言った。
『不細工ね。勇者の資格はないわ』
たったそれだけ。こっちはわけもわからず連れてこられて、何の説明もなく、顔が気に入らないからと放り出された。
「勇者ってのは、面食いしかなれないのかよ」
声に出してみると、余計にむなしい。真は立ち上がり、自分の手を見た。両手の指には、いつの間にか五つの指輪がはめられている。赤い石がついた、不思議な指輪。ドラウプニル。体の中に魔力をため込むための道具だと、頭のどこかで理解していた。
そして、もっと大きなものも感じる。
腹の奥。胸の真ん中。自分の内側に、ぽっかりと巨大な空間が広がっている。亜空。真と、ある竜との契約で生まれた、もう一つの世界。
そこには、住人がいた。
真は静かに目を閉じて、その空間へ意識を向ける。すると、体がふわりと浮くような感覚に包まれた。
亜空の中は、外とは別世界だった。空は青く、緑の草原がどこまでも続き、遠くには森と山が見える。小さな集落も見えた。カザン・ディープ。ドワーフたちが暮らす場所だ。
真が足を踏み入れると、すぐにドワーフの一人が走ってきた。背は低く、がっしりした体。髪とひげを赤く染めた、年配の男だ。
「若様! よくぞご無事で!」
「ああ、なんとかな」
真は軽く手を振った。ドワーフたちは、真のことを「若様」と呼ぶ。この亜空の主として、慕ってくれているらしい。
「それより、話がある。何か作ってるんだろ? 見せてくれ」
ドワーフの親方は、真を工房へ案内した。石造りの建物の中は、熱気と金属の匂いでむんむんしている。机の上には、小さな白い布のようなものが並んでいた。
「これが、例の絆創膏でございます」
真は一枚手に取った。手触りは柔らかく、真ん中にうっすらと光る模様がある。
「どんな傷も、ぴたりと塞ぐ。画期的な品でございます」
「へえ。すごいな」
だが、親方の表情はすぐに曇った。
「……ただ、一つ問題が」
親方は、工房の隅から小さな箱を持ってきた。中には、赤く透き通った破片が数個入っている。
「赤いドラウプニルの破片でございます。材料に混ざり込んでおりまして、これが絆創膏の魔力を吸い取る原因になっております」
「魔力を吸う?」
「はい。貼った相手の魔力を、じわじわと奪ってしまうのです。使い続ければ、体がだるくなり、ひどい時には倒れてしまうことも」
真は腕を組んだ。
「完全に除去はできないのか」
「今のところ、全部は……。しかし、少量なら危険は少ないかと」
真はしばらく考えて、うなずいた。
「わかった。まずは試験販売だ。数だけ絞って、様子を見る」
「よろしいので?」
「ああ。売りながら改良すればいい。俺は商人になる」
そう言って、真は笑った。
ここでくすぶっているわけにはいかない。女神に捨てられたからって、地面に這いつくばって死ぬつもりはない。
生き延びる。そして、自分の場所を作る。
それが、今の真の目標だった。
亜空を出た真は、その足でツィーゲの街へ向かった。亜空の力を使えば、世界の果てからでも一瞬で移動できる。便利なものだ。
ツィーゲの街は、蜃気楼都市とも呼ばれる商業の中心地だった。人口は四万人ほど。中央には蜃気楼広場という大きな市場があり、毎日たくさんの商人や冒険者でにぎわっている。
真はまず、冒険者組合「銀の羅針盤」を訪ねた。石造りの立派な建物で、中には受付のカウンターが並んでいる。真はマスクを着けて、商人「クズノハ・ライドウ」として登録を済ませた。
「これで、この街で商売ができる」
次に、蜃気楼広場から東へ二百メートルほどの場所に、小さな店を借りた。古びた木造の建物で、扉は少し傾いでいる。だが、通りに面していて、人の流れは悪くない。
真は自分で看板を掲げた。
クズノハ商会。
それが、この店の名前だ。
看板を眺めていると、後ろから声がした。
「黄門様! お待ちしておりましたぞ!」
振り返ると、銀色の長い髪を後ろで束ねた女性が立っていた。金色の瞳は縦に細長いスリットが入っていて、竜の目を思わせる。背は高く、すらりとした体つき。腰には日本刀を差している。
深澄巴。真の第一の従者だ。
「黄門様って言うな。俺はライドウだ」
「これは失礼。されど、黄門様の印籠は、いずれこの街でも大評判になりましょうぞ」
巴は時代劇が大好きで、真のことを黄門様、自分のことを格さんに見立てたがる。真はもう何度も訂正したが、全然直らない。
「それで、この店の用心棒は、この巴が務めまする!」
「勝手に決めるな。……まあ、いてくれると助かるけど」
巴はにっこり笑った。
その時、店の奥から甘い匂いが漂ってきた。
「真様、お昼の用意ができました」
現れたのは、漆黒の長い髪をさらりと揺らす女性。深紅の瞳が、真をじっと見つめている。深澄澪。真の第二の従者で、料理が得意だ。
手には、湯気の立つお弁当箱を抱えている。
「おお、澪。悪いな、店の掃除までしてくれたのか」
店内を見ると、床はぴかぴかに磨かれ、棚には商品がきれいに並べられていた。
「はい。真様が気持ちよく商売できるようにと思って」
澪はうれしそうに微笑む。その笑顔には、真への深い愛情がにじんでいた。
「さあ、召し上がってください。今日は、焼き魚と卵焼きです。あ、それとお味噌汁も」
「すごいな。ここは異世界なのに、完全に和食じゃないか」
真は苦笑しながら、弁当を受け取った。匂いだけで、腹が鳴る。
「では、私は商品管理の助言をさせていただきましょう」
いつの間にか、銀白色の長い髪を後ろに流した男が立っていた。青白い光を宿す瞳。深澄識。真の第三の従者で、リッチという不死の魔術師だ。
「識。お前も来てたのか」
「ええ。真様の新しい門出ですから」
識は穏やかに笑う。その声は静かで、聞いていると心が落ち着く。
「絆創膏は、魔力を吸う可能性があります。販売の際は、注意書きを添えた方がよろしいかと。それと、商品の保管場所は、湿気の少ない場所を」
「さすがだな。助かる」
そして、店の隅で、おずおずと手を挙げている少女がいた。
「あの……私も、お掃除、手伝っていいですか」
水色のゆるふわなロングヘア。先端が淡いピンクに染まっている。左右で色が違うオッドアイ。左が金色で、右が紫。深澄環。真の第四の従者だ。
「環。お前は亜空から出ちゃダメだろ」
環は、真からの信頼がまだ不確かなため、亜空の外へ出ることを禁じられていた。
「……ごめんなさい。でも、ここまで来てしまいました」
環はしゅんと肩を落とす。真はため息をついた。
「……まあ、今日だけだ。大人しくしてろよ」
「はい! ありがとうございます!」
環はぱあっと顔を輝かせ、ほうきを手に取った。
こうして、クズノハ商会は、にぎやかな従者たちとともに開店した。
だが、その夜。
店じまいをして、真が一人で帳簿をつけていると、ふと郵便受けに何かが入っているのに気づいた。
手に取る。白い封筒。差出人は書いていない。だが、封筒には金色の羽根の模様が刻まれていた。
嫌な予感がした。
真は封を切り、中の手紙を広げる。
そこには、たった一行。
『虫の分際で、生意気よ。お前の大事なもの、全部壊してあげる』
真は、手紙をじっと見つめた。
この文字。この言い回し。間違いない。
女神アウレリア。
あの女だ。
真の指に力が入る。手紙が、くしゃりと音を立てて握りしめられた。
「……まだ、俺のことを覚えてたのか」
声は、自分でも驚くほど冷たかった。
その時、店の奥から巴が顔を出した。
「黄門様。今の手紙は」
巴の金色の瞳が、真の手元を射抜くように見る。どうやら気配で気づいたらしい。
「ああ。女神からだ」
「なんと」
巴の顔から笑みが消えた。
澪も、識も、環も、真の周りに集まってくる。
「真様……大丈夫ですか」
澪が心配そうに真の顔をのぞき込む。
「大丈夫だ。むしろ、はっきりした」
真は手紙を机の上に置いた。
「俺は商売を始める。クズノハ商会を、この街で一番の店にする」
従者たちは、黙って真の言葉を聞いている。
「そして、あんたとは分かり合えないってことを、はっきりさせてやる」
真の深い茶色の瞳に、冷たい光が宿った。
その夜、真はなかなか眠れなかった。
窓の外では、蜃気楼広場の明かりが消え、街は静かな闇に包まれている。遠くで、夜番の足音が石畳を叩く音が聞こえた。
真は天井を見つめながら、考える。
女神は、俺を「虫」と呼んだ。
勇者の資格を奪い、世界の果てに捨てた。
それだけでは足りず、今度は「大事なもの」を壊すと宣言してきた。
だが、真はもう、あの荒野で絶望に沈んでいた頃の自分ではない。
亜空がある。従者たちがいる。商売という目標もできた。
守るべきものが、できたのだ。
翌朝。
真が店を開ける準備をしていると、亜空からドワーフの親方が飛び出してきた。
「若様! 大変でございます!」
「どうした。朝から騒々しい」
「赤いドラウプニルの破片ですが、完全には除去できておりませぬ! 昨日お渡しした分にも、わずかに混ざっておりまする!」
真は手を止めた。
「……量は」
「ごく微量。しかし、体の弱い方が使えば、だるさを感じるかもしれません」
真はしばらく黙った。
危険は、ゼロではない。
だが、今さら引くわけにはいかない。
「わかった。販売数は予定の半分に減らす。改良を急いでくれ」
「かしこまりました!」
親方は深く頭を下げると、慌てて亜空へ戻っていった。
真は、店先に並べた絆創膏の箱を見つめる。
白くて小さな、傷を塞ぐ魔法の品。
これが、人を救う商品になるのか。
それとも、人を傷つける凶器になるのか。
真は、まだ知らない。
だが、その危険性が、やがて街を揺るがす大事件へと繋がっていくことを、この時の真はまだ、知る由もなかった。
店の外では、朝日が蜃気楼広場の石畳を金色に染め始めていた。
クズノハ商会の看板が、その光を受けて、静かに輝いている。
真は、看板を見上げた。
「……やるか」
小さな声だった。
だが、その声には、確かな決意が込められていた。Noveliaとは?
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