亜空のゆるゆる大作戦〜黄門様と従者たちの商会繁盛記〜
女神に「不細工」の一言で勇者をクビになり、荒野にポイされた男・深澄真。彼が手にしたのは、腹の中に広がる異世界「亜空」と、ドワーフたちが作る魔法の絆創膏だった——ただし、魔力をじわじわ吸い取る欠陥品つき。商売人「クズノハ・ライドウ」として再出発を誓う真のもとに、時代劇オタクの竜娘・巴、料理上手の澪、冷静な不死の魔術師・識、外出禁止のオッドアイ少女・環が集まり、にぎやかな商会が開店。だがその夜、届いたのは女神からの脅迫状だった。「虫の分際で、生意気よ。お前の大事なもの、全部壊してあげる」——笑って商売、時に真面目に、果たして成り上がれるのか。異世界ゆるゆる商会コメディ、開店!
亜空のゆるゆる大作戦〜黄門様と従者たちの商会繁盛記〜 - 絆創膏の実演——巴、大げさに喜ぶ
朝の蜃気楼広場は、今日も人でいっぱいだった。
魚を売る声、野菜を並べる音、馬車の車輪が石畳を鳴らす音。いろんな匂いが混ざって、むっとするほど活気がある。
深澄真は露店の台の前に立ち、白い布に包まれた小さな箱を見つめていた。
中には、亜空のドワーフたちが作った魔法の絆創膏が入っている。
昨日、あの冒険者たちに「偽物だ」と叩きつけられた品だ。
「……今日こそ、信じてもらう」
真は、マスクの上からでもわかるほど、静かに目を細めた。
黒い布のマスク。深い茶色の瞳。短めの黒髪が、朝風に少しだけ揺れる。
その手には、一本の小刀が握られていた。
「黄門様、朝から何をなさるおつもりで?」
銀色の長い髪を後ろで束ねた女が、露店の横から顔を出す。金色の瞳が、真の手元をじっと見ていた。
深澄巴。真の第一の従者で、正体は「無敵」の二つ名を持つ上位竜だ。
腰には日本刀。時代劇の格さんを気取った、困った竜でもある。
「実演する」
真は短く答えた。
「じ、実演でございますか!?」
巴の声が、一瞬で大きくなる。
「ああ。言葉で説明しても、あいつらは信じない。なら、見せるのが一番早い」
真は小刀を左手に持ち替え、右手の袖をまくった。
細いが、しっかりとした腕が露わになる。
「黄門様! お止めください! そのような真似をせずとも、この巴が!」
巴が慌てて真の腕をつかもうとした。
「巴」
真は、静かに巴の名前を呼んだ。
「俺は商人だ。商人が自分の商品を信じないで、誰が買う」
「しかし……!」
「それに、疑われたままより、見せた方が早い。お前も、そう思うだろ」
真の深い茶色の瞳が、まっすぐ巴を見た。
そこには、揺るぎない決意があった。
巴は、しばらく真の顔を見つめていたが、やがて、そっと手を離した。
「……御意。黄門様がそうお決めなら、この巴、黙って見守りまする」
巴は一歩下がり、真の後ろに控えた。
その金色の瞳は、真の腕から離れない。
(黄門様……)
巴の胸の内に、誇らしさと、ほんの少しの痛みが混ざる。
(どこまでも、ご自身で道を切り開かれるお方だ)
真は、広場に目を向けた。
朝の市場は、人がどんどん増えている。
昨日、絆創膏を偽物呼ばわりした冒険者たちも、どこかにいるかもしれない。
「……やるか」
真は、小刀の刃を、自分の右腕に当てた。
ひやりとした冷たさ。
一気に、横へ引く。
ざくり。
赤い線が走り、すぐに血がにじみ出た。
「黄門様!」
巴が小さく叫ぶ。
真は、痛みに顔をしかめることもなく、白い絆創膏を一枚取り出した。
そっと、傷口に貼る。
すると。
じゅわり、と絆創膏が淡く光った。
白い布の上に、うっすらと青白い魔法陣が浮かび上がる。
傷口が、みるみるうちに塞がっていく。
赤い血が止まり、切れた皮膚が、ゆっくりと、しかし確実にくっついていく。
「……おい、見ろよ」
「傷が……消えてく?」
「うそだろ」
通りすがりの商人や、買い物に来ていた冒険者たちが、足を止めた。
真の腕に、次々と視線が集まる。
十秒も経たないうちに、傷は完全に消えていた。
跡も、残っていない。
真は、静かに腕を掲げた。
「これが、クズノハ商会の魔法の絆創膏だ。どんな傷も、ぴたりと塞ぐ。まだ試験段階だが、効果は本物だ」
広場の一角が、ざわざわと騒がしくなる。
「すげえ……本当に治った」
「魔法薬より早くないか?」
「あれ、一枚いくらだ?」
人だかりが、露店の前にでき始めた。
「さすが黄門様! 印籠を掲げるが如き、堂々たるお姿!」
巴が、目を輝かせて言った。
「印籠は関係ない」
真は、ため息をついた。
だが、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
人だかりの中から、一人の女が前に出てきた。
年の頃は二十歳前後。焦げ茶色の短い髪に、勝ち気そうな吊り目。
軽装の革鎧を身につけ、腰には短剣を差している。
冒険者だ。
「あんたが、ここの店主?」
女は、真をまっすぐ見た。
「そうだ。クズノハ商会のライドウだ」
真は、事務的な口調で答えた。
「あたし、トア。冒険者やってる。……さっきの、本当にすごかった。あんた、自分の腕を切るなんて、思い切りがいいね」
トアは、感心したように言った。
「疑われたままより、見せた方が早いからな」
「ふうん。面白い人」
トアは、にやりと笑った。
「ねえ、あたし、あの絆創膏のモニターになってみたいんだけど」
「モニター?」
「そう。あたし、よくケガするからさ。あんたの商品が本当に使えるか、試してやるよ」
真は、トアの顔をじっと見た。
(この女……軽そうに見えて、目は真剣だ)
「本当にいいのか。何かあっても、責任は取れないぞ」
真は、念を押した。
「これだけ効くなら、試す価値はあるでしょ。それに、あたし、そういうの好きなんだ。新しいものに、一番乗りするの」
トアは、屈託なく笑った。
その笑顔には、裏表がない。
「……わかった。ただし、使用上の注意をよく聞け」
真は、絆創膏を一枚、トアに差し出した。
「これは、貼った相手の魔力を少し使って傷を治す。体調が悪い時は使うな。違和感があれば、すぐに剥がせ」
「了解。あたし、丈夫だから大丈夫だよ」
トアは、絆創膏を受け取ると、大事そうに胸元にしまった。
「それじゃ、また報告に来るね」
トアは、ひらりと手を振って、人混みの中へ消えていった。
「黄門様、よき協力者が得られましたな!」
巴が、嬉しそうに言った。
「ああ。ありがたいことだ」
真は、静かに頷いた。
(モニターか……。悪くない)
商品を疑う者ばかりだった昨日までと違い、確かに一歩、前に進んだ気がした。
それから数日。
蜃気楼広場の空気は、少しずつ変わっていった。
「なあ、あのクズノハって店、知ってるか?」
「ああ、魔法の絆創膏だろ? 冒険者の間で噂になってるぜ」
「傷が一瞬で治るって、本当かよ」
「トアって冒険者が試したらしい。すげえ効くって」
真の露店には、以前より多くの客が立ち寄るようになった。
絆創膏を手に取って、興味深そうに眺める者。
値段を聞いて、悩む者。
中には、その場で小さな切り傷を作って、試しに貼ってみる者もいた。
「おお……本当に塞がった」
「こりゃすごい」
「一枚、銀貨三枚か……。安くはないが、命には代えられねえ」
評判は、口コミで、ゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
その日の午後。
店番をしていた真の前に、トアが姿を現した。
「ライドウ!」
トアは、駆け足で露店に近づいてきた。
「おお、トア。どうした」
真は、顔を上げた。
「すごい! 本当に治った! 見てよ、この腕!」
トアは、自分の右腕を真の前に突き出した。
そこには、かすり傷一つない、きれいな肌があった。
「昨日、森で魔物にやられてさ。深く切っちゃったんだけど、あんたの絆創膏を貼ったら、一晩で完全に塞がった! 傷跡も残らないし、魔力もおかしくない!」
トアの声は、弾んでいた。
「そうか。よかった」
真は、静かに安堵の息をついた。
(欠陥は、出なかったか)
胸の奥に、ほんの少しだけ、安心が広がる。
「これは印籠に匹敵する大発明でござる! いや、印籠以上かもしれぬ! 黄門様、これはもう、天下を取れますぞ!」
巴が、露店の横で大げさに叫んだ。
「天下は取らない。まだ試験販売だ。調子に乗るな」
真は、冷静に返した。
だが、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
(悪くない。……本当に、悪くない)
「ねえ、ライドウ」
トアが、真の顔をのぞき込んだ。
「あたしの妹、リノンにも使わせたいんだけど、いい?」
「妹?」
「うん。リノンって言って、あたしより五つ下。冒険者に憧れてて、よくケガするんだ。あの子にも、あんたの絆創膏を使わせてあげたい」
トアの目は、真剣だった。
(妹か……。身内を思う気持ちは、本物だな)
「ああ、いいぞ。ただし、注意事項は必ず守らせろ」
真は、絆創膏をもう一枚、トアに手渡した。
「ありがとう! ライドウ、あんた、見かけによらずいい奴だね」
トアは、にこっと笑った。
「見かけによらず、は余計だ」
真は、苦笑した。
「あはは、ごめんごめん。でも、マスクしてると、表情がわかんないからさ。……あ、でも、目は優しいよね」
トアは、真の瞳をじっと見つめた。
「……そうか」
真は、少しだけ視線を逸らした。
(優しい、か。……俺は、そんな人間じゃない)
心の中で、そう呟く。
だが、トアの笑顔を見ていると、悪い気はしなかった。
「それじゃ、また来るね! リノンにも、よろしく言っとく!」
トアは、元気よく手を振って、去っていった。
「黄門様、トア殿は、なかなか気持ちのよいおなごでございますな」
巴が、にこにこしながら言った。
「ああ。……まあ、悪くない」
真は、小さく呟いた。
その日の夕方。
真は、店じまいの準備をしていた。
売れた絆創膏の数を帳簿につけ、残りの在庫を箱にしまう。
(今日は、五枚売れた。……上々だ)
蜃気楼広場には、夕日が差し込み、長い影が伸びていた。
遠くで、夕市の商人たちが、声を張り上げている。
「黄門様」
不意に、巴が、真の耳元で囁いた。
声は、先ほどまでと違い、低く、鋭い。
「……ん?」
真は、手を止めた。
「裏手に、怪しき者がおりますぞ」
巴の金色の瞳が、店の裏口の方を、鋭く見据えている。
「……あの時と同じか」
真は、静かに立ち上がった。
数日前、店じまいの時に、白いフードの男が店を探っていた。
あの時のことを、真は覚えている。
「ええ。どうやら、廃棄した絆創膏の箱を漁っているようです」
巴は、刀の柄に手をかけた。
「見てくる」
真は、足音を殺して、店の裏手へ回った。
巴が、真の斜め後ろにぴたりとつく。
店の裏手は、薄暗く、生ゴミの匂いが漂っていた。
夕日の光が、建物の影に遮られ、ほとんど届かない。
その中に。
白いフードを目深にかぶった男が、しゃがみ込んでいた。
手には、真が廃棄した絆創膏の空箱。
男は、箱の中を確認するように、指でなぞっている。
「……何をしている」
真は、低い声で問いかけた。
男の動きが、ぴたりと止まった。
ゆっくりと、顔を上げる。
フードの下から、男の口元が、にやりと歪んだのが見えた。
「……別に。ゴミを漁るのは、自由だろ」
男の声は、しわがれた、耳障りな声だった。
「その箱は、うちの店のものだ。何か用か」
真は、一歩、前に出た。
「用? さあ、な。ただ、いい商品を出したなと思ってな。……この絆創膏、本当に安全なのか?」
男は、空箱を真の前に放り投げた。
「安全かどうかは、今、試してる。お前に関係ない」
真は、冷たい口調で言った。
「関係あるさ。もし、これで誰かが死んだら、俺の手柄になる」
男は、ゆっくりと立ち上がった。
「……お前、何者だ」
真の瞳に、冷たい光が宿る。
「さあな。ただの、通りすがりの商人さ」
男は、そう言うと、真に背を向けた。
「待て」
真が声をかけるが、男は振り返らない。
「悪いが、急いでるんでな。……また会おう、クズノハの旦那」
男は、薄暗い路地の奥へと、音もなく消えていった。
「……黄門様、追いますか?」
巴が、真の隣に並んだ。
「いや、いい。追っても、今は何も出ない」
真は、男が消えた路地を、じっと見つめた。
「あの男、悪代官の匂いがいたします。それも、かなり底意地の悪い」
巴は、刀の柄から手を離さない。
「……ああ。それに、あの男、絆創膏の欠陥を探ってる。まるで、最初から知ってるみたいに」
真は、静かに言った。
女神からの手紙。
『お前の大事なもの、全部壊してあげる』
あの言葉が、頭の中でこだまする。
(あの男は、女神の手先か? それとも、別の誰かか?)
真の胸に、重いものが沈んでいく。
「明日からは、裏口も気をつけよう。在庫の管理も、今まで以上に徹底する」
真は、巴に告げた。
「承知いたしました。この巴、夜通し店を見張りましょうか?」
「いや、そこまでしなくていい。……だが、警戒は怠るな」
「御意」
巴は、深く頷いた。
夕日が、完全に沈み、蜃気楼広場に夜の帳が下りる。
露店の明かりが、ぽつりぽつりと灯り始めた。
真は、店の前の通りを見つめた。
人々が、笑い、話し、家路を急いでいる。
(この街で、俺は商売を始めた。……まだ、始まったばかりだ)
真は、拳を握りしめた。
(誰にも、壊させない。女神にも、あの男にも)
その決意は、夜の闇の中で、静かに、しかし確かに燃えていた。
クズノハ商会の看板が、夜風に揺れる。
小さな木の板に書かれた四文字が、街の明かりを浴びて、かすかに浮かび上がっていた。
真は、看板を見上げ、小さく息をついた。
「……やるか」
その声は、誰に聞かせるでもなく、夜の空気に溶けていった。Noveliaとは?
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