女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ
トウアハーデ家の次期当主にして、前世が暗殺者の少年ルーグ。彼には幼い頃から共に育ってきた、3歳年上の幼馴染・ディアがいた。魔術の師匠であり、姉のような存在。そんな平穏な日々は、ある朝、突如として終わりを告げる。
「ルーグ……私、私ね、朝起きたら、胸が……胸が平らになっているの」
そう言って現れたディアは、なぜか男の体になっていた。しかも、領内では同じ現象が多発。村の女将が男に、鍛冶屋の親方が女に——領全体を巻き込む性別入れ替わりが発生していたのだ。
そして、謎の手紙にはこう書かれていた。「たまたま起こったことよ。元に戻りたければ、本物の愛の告白をなさいな」差出人は、ルーグをこの世界に転生させたあの女神。つまり、この呪いを解く鍵は「愛の告白」——それも、対象はおそらくルーグただ一人。
元は女だったのに今は男。しかも、そんな婚約者候補たちが、ルーグの心を奪おうと次々と動き出す。極端に恋愛ごとに不器用なルーグは、果たしてこの地獄のラブコメを生き抜けるのか。
笑いと恋の嵐が、今、幕を開ける。
女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ - 目覚めの朝、師匠が男になっていた件
「……おい。冗談だろ」
ルーグ・トウアハーデは、自分の目を疑った。
早朝の光が差し込むトウアハーデ家屋敷の廊下。石造りの壁に、窓から入る朝日が細長く伸びている。その光の帯の真ん中に、立っていた人物がいた。
銀色の長い髪。藤色の瞳。間違いない。幼い頃からずっと一緒に育ってきた、ディア・ヴィコーネだ。
だが、おかしい。
身長は目測で175センチ近い。肩幅は広く、胸は平らで、喉にはしっかりと喉仏がある。顔の輪郭も、記憶にあるものよりずっと鋭く、男らしい。何より、彼女がいつも着ているはずのワンピースが、明らかにサイズが合っていない。肩のあたりがパツパツで、裾は膝上までしかない。
「ルーグ……私、私ね、朝起きたら、胸が……胸が平らになっているの」
声はディアのものだった。少し高めで、優しい、あの声。
でも、その声が、男の体から出ている。
ルーグは一瞬、前世の記憶が頭をよぎるのを感じた。地球という世界で、組織の暗殺者として生きていた頃の記憶。どんなに理不尽な依頼でも、どんなに異常な状況でも、まずは現状を把握し、最善手を打つ。それが暗殺者としての鉄則だった。
だが、これは。
「……とりあえず、落ち着こう。なあ、ディア。深呼吸だ」
「できないわ! こんなのってないじゃない! 私、昨日までちゃんと女の子だったのに! お風呂に入ったら、なんか変な感じがして、鏡を見たら……うわあああん!」
ディアはその場にしゃがみ込んで、顔を両手で覆って泣き出した。男の体で。
ルーグは頭を抱えたくなった。
(これは……どういうことだ)
状況を整理する。
まず、ルーグ自身の体に異常はない。今朝、目が覚めてすぐに確認した。鏡の前で、黒髪のショートヘア、深い茶色の瞳、身長172センチの自分の姿を確認した。右手の甲にはトウアハーデ家の暗殺者紋。左耳には小さな銀のピアス。いつも通りの、18歳の男の体だった。
だが、ディアは違う。
明らかに、男の体になっている。
「なあ、ディア。とりあえず、その……服を着替えないか? そのワンピース、かなり無理がある」
「だって、私の服はこれしかないもの! スカートを穿こうと思ったんだけど、腰のあたりが入らなくて……」
「……スカートを穿こうとしたのか」
「当たり前じゃない! 私は女の子よ! 女の子がスカートを穿いて何が悪いの!」
「いや、悪くないけど、その体だと……いろいろと、まずい」
ルーグは必死に言葉を選んだ。
ディアは男の体になっても、中身は完全にディアのままらしい。女性的な感覚が抜けていない。というか、抜けるはずもない。だって、昨日まで21年間、ずっと女の子だったのだから。
「……ルーグ、私、どうしたらいいの?」
ディアが顔を上げた。藤色の瞳は涙で潤んでいて、今にもこぼれそうだった。その表情は、昔と変わらない。ルーグが小さい頃、魔術の練習で失敗して泣いていた時のディアと、同じ顔だった。
ルーグの胸の奥が、ちくりと痛んだ。
(守ってやりたい。昔みたいに、姉ちゃんみたいに思ってる人が、困ってる)
でも、その「姉ちゃん」は今、男の体をしている。
「……大丈夫だ。何とかする。俺が何とかするから」
ルーグはしゃがみ込み、ディアの目線に合わせて言った。
「本当?」
「ああ。だから、まずは落ち着こう。な?」
ディアはこくりと頷いた。男の体で。
その瞬間、廊下の向こうから、従僕の悲鳴が聞こえてきた。
「ルーグ様! 大変です! 領内のあちこちで、人が……人が入れ替わっております!」
ルーグは立ち上がった。
「……どういうことだ」
「村の女将さんが男になってたり、鍛冶屋の親方が女になってたり、もう、あちこちで大騒ぎで!」
ルーグはディアを見た。ディアもルーグを見ていた。
「……ディアだけじゃない、ってことか」
「どうなってるの、これ……」
ルーグは考える。
(領全体を巻き込む、性別の入れ替わり。こんな現象、聞いたことがない)
トウアハーデ家は、アルヴァン王国のヴェルミナ男爵領を治める暗殺貴族だ。表向きは平穏な領主だが、裏では王国の「影の仕事」を請け負う。ルーグはその次期当主として、18年間、ありとあらゆる訓練を積んできた。
魔術も、体術も、暗殺術も。前世の暗殺者としての知識と経験も合わせれば、この国でルーグに敵う人間はそういない。
だが、これは。
性別が入れ替わるなんて、そんな魔術、聞いたことがない。
「とにかく、領内の混乱を収める。ディア、俺は一旦、外の様子を見てくる」
「私も行くわ! 一人にしないで!」
ディアがルーグの腕にしがみついた。男の体で。
ルーグは、ディアの手が、記憶にあるよりずっと大きく、骨ばっていることに気づいた。
(くそ……何なんだ、これは)
心臓が、変な音を立てた。
屋敷の外に出ると、ヴェルミナ男爵領は大騒ぎだった。
「おい、俺の声が変になってるんだが!」
「あんた、昨日まで女だったじゃないの!」
「知らねえよ! 起きたらこうなってたんだよ!」
村人たちが、あちこちで騒いでいる。男性が女性になっていたり、女性が男性になっていたり。老若男女問わず、あらゆる人が性別の入れ替わりに巻き込まれているようだった。
ルーグは領主の子として、冷静に指示を出した。
「皆、落ち着け! まずは自分の無事を確認しろ。家族の無事もだ。その後、村の広場に集まってくれ。状況を整理する」
ルーグの声に、村人たちは少しだけ落ち着きを取り戻した。
「ルーグ様! ルーグ様は大丈夫なんですか?」
「ああ、俺は何ともない」
「でも、うちの嫁が……嫁が男になってて……」
「わかった。とにかく広場に集まってくれ。話はそれからだ」
ルーグは村人たちを誘導しながら、頭の片隅で考えていた。
(これは個人の問題じゃない。領全体を巻き込む、異常事態だ)
(誰が、何のために?)
(それに、なぜ俺は無事なんだ?)
疑問は尽きない。
だが、今は領民の安全が最優先だ。
ルーグはディアを連れて、村の広場へ向かった。ディアはルーグの後ろを、おどおどとついてくる。男の体で、スカートの裾を気にしながら。
「……ディア、その歩き方、ちょっと変だぞ」
「だって、脚の間がスースーするんだもの。スカートなのに、なんか変な感じがするの」
「……いや、その、だな」
ルーグは何も言えなかった。
男の体で、スカートを穿いている。脚の間がスースーする。そりゃそうだ。男の体には、色々と付いているのだから。
「とにかく、後でズボンを用意する。それまで我慢してくれ」
「……わかったわ」
ディアはしょんぼりと頷いた。
その姿は、妙に可愛らしくて、でも、どう見ても男で。
ルーグは、自分の中の何かが、少しずつおかしくなっていくのを感じていた。
昼前、ようやく領内の混乱が一段落した。
ルーグは応接間で、村の代表者たちから話を聞いていた。ディアは隣に座っている。男の体で、借り物の男物の服を着て。
「ルーグ様、これは一体……」
「わからない。だが、必ず原因を突き止める。それまで、皆は自宅で待機してくれ。無用な外出は避けるように」
「しかし、畑の仕事が……」
「今日一日くらい休んでも、作物は枯れない。それより、混乱による事故の方が怖い。頼む」
村人たちは、しぶしぶながらも納得して帰っていった。
ルーグは深く息を吐いた。
「……疲れたわ」
ディアが、ぐったりとソファに寄りかかった。男の体で。
「俺もだ。だが、まだ何も解決していない」
「そうね。こんな現象、魔術の記録にもないもの。星詠みの羅針盤も、何も反応しないし……」
ディアは、自分の胸元から星詠みの羅針盤を取り出した。星詠み魔術師が使う、星の配置を読み取るための特殊な羅針盤だ。ディアは常にこれを携帯している。
「朝からずっと調べてるんだけど、星の配置に異常はないの。魔術的な乱れも感じられない。まるで、最初から何も起きてないみたい」
「……つまり、魔術の範疇を超えている、と?」
「そうとしか思えないわ。私の魔術の腕が通用しないなんて、悔しいけど」
ディアは唇を噛んだ。男の体で。
ルーグは、ディアの横顔を見た。
銀色の髪は、男になっても美しかった。藤色の瞳は、相変わらず知的で、優しい光を宿している。でも、その輪郭は、確かに男のものだった。
(ディアは、俺の魔術の師匠だ。3歳年上の、幼馴染で、姉のような存在)
(そのディアが、今、男になっている)
(……くそ。どうすればいい)
ルーグは、恋愛ごとになると極端に不器用になる。相手の気持ちに鈍感なわけではない。むしろ、過剰に考えすぎて空回りするタイプだ。
ディアのことは、昔から大切に思っている。それは確かだ。
でも、その「大切」が、恋愛感情なのか、家族愛なのか、ルーグ自身にもよくわかっていない。
「ルーグ、見て。これ」
ディアが、応接間のテーブルの上を指さした。
そこには、一通の手紙が置かれていた。
「さっきまで、こんなのなかったはずよ」
ルーグは手紙を手に取った。封蝋はなく、宛名もない。ただ、裏面に一言だけ、こう書かれていた。
「差出人:女神」
ルーグの眉が、ぴくりと動いた。
(女神……)
ルーグは、前世で死んだ時に出会った女神のことを思い出した。世界を滅ぼすと予言された勇者を暗殺するために、ルーグをこの異世界に転生させた、あの女神だ。
世界への干渉を、全て「たまたま」とうそぶく、一筋縄ではいかない存在。
ルーグは手紙を開いた。
中には、一枚の紙が入っていた。そこには、こう書かれていた。
「たまたま起こったことよ。元に戻りたければ、本物の愛の告白をなさいな」
ルーグは、しばらくその文字を見つめた。
「……何て書いてあるの?」
ディアが覗き込んでくる。男の体で。
「……読むぞ」
ルーグは、手紙の内容を読み上げた。
「たまたま起こったことよ。元に戻りたければ、本物の愛の告白をなさいな」
「……は?」
ディアが、きょとんとした顔をした。男の体で。
「本物の愛の告白……? 何それ。誰が誰に告白するの?」
「書いてない。だが、差出人は女神だ。俺をこの世界に転生させた、あの女神で間違いないだろう」
「ルーグを転生させた女神って……あの、勇者暗殺を依頼してきた女神?」
「ああ」
ディアは、ルーグの前世のことも、女神のことも知っている。ルーグがディアにだけは、自分の秘密を打ち明けていたからだ。
「……女神が、こんなことをするなんて。やっぱり、あの女神、何考えてるのかわからないわ」
「たまたま、か。相変わらず、ふざけた言い草だ」
ルーグは手紙を握りつぶした。
(本物の愛の告白。つまり、この呪いを解くには、誰かが俺に告白する必要がある、ということか?)
(いや、待て。俺に告白? なぜ俺に?)
(それに、告白されたら、呪いは解けるのか? 俺が誰かに告白するんじゃなくて?)
疑問は尽きない。
だが、一つだけ確かなことがある。
「……ディア。俺は王都アルヴェインに行く。王立魔術学院アルカディアで、この呪いについて調べる」
「王都に? でも、領内の混乱はどうするの?」
「父さんと母さんに任せる。二人とも、今は屋敷にいるはずだ。それに、領民たちも、少し落ち着いた。今は情報が必要だ。王立魔術学院には、この国で最も多くの魔術の知識が集まっている。星詠み魔術の研究機関として、大陸最高峰の場所だ」
「……そうね。私も、学院の図書館で調べたいことがあるわ。性別攪乱魔法の記録があるかどうか」
「性別攪乱魔法?」
「ええ。理論上は存在するの。性別を入れ替える高等魔術。でも、成功例は歴史上、一度も記録されていない。今回の呪いが、それと関係しているかもしれない」
ディアの声が、少しだけ、いつもの調子に戻った。魔術の話になると、ディアは夢中になる。それは、男の体になっても変わらないらしい。
「……ディア。お前も一緒に来てくれるか?」
ルーグは、少し迷ってから言った。
ディアは、一瞬だけ驚いた顔をして、それから、ふわりと笑った。男の体で。
「当たり前じゃない。私は、ルーグの師匠よ。弟子が困ってるのに、放っておけるわけないでしょ」
「……助かる」
「それに、私自身の問題でもあるもの。早く元の体に戻りたいし。この体、肩が凝るのよ」
ディアは、自分の肩を、とんとんと叩いた。男の体で。
ルーグは、思わず笑ってしまった。
「……何笑ってるのよ」
「いや、何でもない。それじゃあ、準備をしよう。王都までは馬車で1日かかる。日が暮れる前に出発したい」
「わかったわ。でも、その前に、ちょっとだけ時間をちょうだい」
「どうした?」
「……お手洗い。それと、着替え。この服、ちょっと胸のあたりがキツくて」
ディアは、借り物の男物の服の胸元を、もじもじと触った。男の体で。
ルーグは、何も言えずに、ただ天井を見上げた。
その日の午後、ルーグとディアは、ヴェルミナ男爵領を出発した。
馬車は、トウアハーデ家の紋章が刻まれた、質素だが頑丈な作りのものだ。御者は、トウアハーデ家に仕える従僕が務める。
馬車の中は、ルーグとディアの二人きりだった。
「……ねえ、ルーグ」
「なんだ?」
「私、やっぱり変かしら。男の体で、こんな格好して」
ディアは、男物のシャツとズボンを着ていた。銀色の長い髪は、一つにまとめている。男の体でも、その姿は妙に様になっていた。
「……別に、変じゃない。似合ってる」
「慰めなくていいのよ。自分でもわかってるもの。鏡を見るたびに、ため息が出るわ」
ディアは、窓の外を見た。
外には、ヴェルミナ男爵領の小麦畑と葡萄園が広がっている。夏の日差しが、緑の葉をキラキラと輝かせていた。
「……私、ルーグと一緒に王都に行くの、初めてじゃないわね」
「ああ。昔、お前が学院の非常勤講師になった時に、一緒に行ったな」
「そうそう。あの時は、私がルーグに魔術を教え始めたばかりで、毎日が楽しくて仕方なかったわ」
「……懐かしいな」
「ええ。本当に、懐かしい」
ディアの声が、少しだけ遠くなった。
ルーグは、ディアの横顔を見た。
男の体でも、その表情は、昔と変わらない。少しだけ寂しそうで、でも、優しくて。
(ディアは、俺のことを、可愛い弟分だと思っている)
(それは、昔から変わらない)
(……でも、本当に、それだけなのか?)
ルーグは、自分の中に芽生えた小さな疑問に、気づかないふりをした。
恋愛ごとになると、極端に不器用になる。考えすぎて、空回りする。
だから、今はまだ、何も考えないことにした。
「……なあ、ディア。王都に着いたら、まずどこに行く?」
「そうね。やっぱり、王立魔術学院の図書館かしら。性別攪乱魔法の記録を探したいの。あと、星詠み評議会にも話を聞いてみたいわ」
「星詠み評議会? 星詠み魔術師の互助組織か」
「ええ。魔術研究の倫理規定を定めている組織よ。性別に関する魔術の無断研究は、倫理規定違反になるはず。今回の呪いが、誰かの研究の結果だとしたら、評議会が何か知っているかもしれない」
「なるほど。さすがは師匠だ」
「ふふん。魔術のことなら、私に任せなさい。男の体になっても、私の魔術の腕は衰えてないんだから」
ディアは、胸を張った。男の体で。
ルーグは、思わず吹き出した。
「何よ、また笑って」
「いや、何でもない。頼りにしてる」
「……もう。ルーグは、昔からそうやって、すぐに私のことをからかうんだから」
ディアは、ぷくっと頬を膨らませた。男の体で。
その仕草は、どう見ても、昔のディアのままだった。
ルーグの胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
(……早く、元に戻してやりたい)
(ディアには、ディアの体が、一番似合っている)
ルーグは、窓の外に広がる、夏の景色を眺めた。
馬車は、王都アルヴェインへ向けて、ゆっくりと進んでいく。
この先に、何が待っているのか。
ルーグには、まだわからなかった。
でも、一つだけ、確かなことがある。
この呪いを解くには、本物の愛の告白が必要だ。
そして、その対象は、おそらく、ルーグただ一人。
女になった男たち、男になった女たちが、ルーグの心を奪おうと、これから動き出す。
それは、ルーグにとって、かつてないほどの、試練になるだろう。
「……ルーグ。私、頑張るわ。絶対に、元の体に戻ってみせる」
ディアが、ルーグの手を握った。
男の体の、大きな手で。
「ああ。俺も、頑張る。二人で、必ず元に戻ろう」
ルーグは、ディアの手を握り返した。
夏の風が、馬車の窓から吹き込んで、二人の髪を揺らした。
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