女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ
トウアハーデ家の次期当主にして、前世が暗殺者の少年ルーグ。彼には幼い頃から共に育ってきた、3歳年上の幼馴染・ディアがいた。魔術の師匠であり、姉のような存在。そんな平穏な日々は、ある朝、突如として終わりを告げる。
「ルーグ……私、私ね、朝起きたら、胸が……胸が平らになっているの」
そう言って現れたディアは、なぜか男の体になっていた。しかも、領内では同じ現象が多発。村の女将が男に、鍛冶屋の親方が女に——領全体を巻き込む性別入れ替わりが発生していたのだ。
そして、謎の手紙にはこう書かれていた。「たまたま起こったことよ。元に戻りたければ、本物の愛の告白をなさいな」差出人は、ルーグをこの世界に転生させたあの女神。つまり、この呪いを解く鍵は「愛の告白」——それも、対象はおそらくルーグただ一人。
元は女だったのに今は男。しかも、そんな婚約者候補たちが、ルーグの心を奪おうと次々と動き出す。極端に恋愛ごとに不器用なルーグは、果たしてこの地獄のラブコメを生き抜けるのか。
笑いと恋の嵐が、今、幕を開ける。
女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ - 嵐を超えて——告白はまだ終わらない
瓦礫が降る。
研究棟の天井が、轟音とともに崩れ落ちた。星詠み魔術の暴走が生んだ光の柱が、壁を貫き、床を砕く。空気が焦げる匂いで満ちていた。
「ディア!」
ルーグは叫んだ。
砕けた石材が雨のように降り注ぐ中、彼はディアの体を両腕で抱え込み、床を転がった。背中に鋭い痛み。瓦礫の破片が、肩から血を流させる。
(くそ……視界が)
粉塵で前が見えない。それでも、腕の中のディアだけは、はっきりと感じた。男の体になっても、細い肩。銀色の長い髪。そして、震える指先。
「ルーグ……私、まだ、告白できてないのよ……」
ディアの声が、耳元で震えた。
「……今は喋るな」
ルーグは短く言った。
(そんなこと、分かってる)
(あの時、確かに聞いた)
(「あなたが好き」って——)
研究所の奥で、ディアが涙ながらに告げた言葉。あの言葉は、まだ、ルーグの胸の中で熱を持っていた。
だが、今はそれどころではない。
「……安全な場所まで運ぶ。掴まれ」
「私、また……ルーグに守られてばかり……」
「当たり前だ。お前は、俺の師匠だろ」
ルーグは、ディアの体を抱き上げた。
その時だった。
「ご主人様ァァァッ!!」
爆音を裂くような叫び。
振り返ると、瓦礫の山の向こうから、栗色の髪を振り乱したタルトが駆けてくるのが見えた。男の体になっても、メイド服のスカートはそのままだ。スカートの中から取り出した槍を、背中に背負いながら。
「タルト! お前、その傷で——」
「ご主人様! 装置の動力源は、あの光の柱の真下です! 私が、行きます!」
「馬鹿を言うな! あの中に入ったら、お前の体が——」
「ご主人様。私は、ご主人様の専属メイドです」
タルトは、血の滲む包帯を巻いた肩を、ぐっと押さえた。
「ディア様を、お願いします」
そう言って、タルトは笑った。
ルーグは、その笑顔に、何も言えなかった。
(こいつは、いつもそうだ)
(俺が止めても、絶対に聞かない)
タルトは、深く息を吸い込んだ。
「——風よ」
呟きと同時に、タルトの足元で風が渦を巻いた。身体強化と風の加速魔法。タルトの十八番だ。
「行きます!」
タルトの体が、弾丸のように飛び出した。
——雷速の戦乙女。
その二つ名が、ルーグの脳裏をよぎる。
瓦礫の間を縫うように、タルトは駆けた。光の柱が、すぐ目の前で暴れている。肌が焼けるような熱。髪が焦げる匂い。それでも、タルトは止まらない。
「うあああああっ!!」
タルトは叫びながら、光の柱の真下に飛び込んだ。
そこには、星詠み魔術の力で作られた、巨大な魔力回路があった。学院長セオドールが強引に起動した、呪い制御装置の心臓部。星の光が、血管のように回路を巡っている。
「これが……原因ですね!」
タルトは、背中から槍を抜いた。
愛用の槍。トウアハーデ家の武器庫で、彼女が初めて自分のものにした一振り。
「——ご主人様! 今です!!」
タルトは、全身の力を込めて、槍を回路に突き立てた。
ガギィィィン!!
金属音。火花が散る。
回路が、悲鳴を上げた。光が、明滅する。
「な、何をしている! やめろ、小娘が!」
装置の傍らに立っていた学院長セオドールが、青ざめた顔で叫んだ。
銀の縁の眼鏡をかけた、痩せた初老の男。学院長の証である深紅のローブが、暴走する魔力の風に翻る。
「その装置は、この呪いを制御するための、唯一の希望だ! 壊せば、王都中の性別攪乱が、さらに悪化するぞ!」
「黙れ!」
ルーグは、ディアを安全な瓦礫の影に寝かせ、立ち上がった。
「お前が、ディアを人質に取った。お前が、呪いを政治利用しようとした。その装置は、呪いを解くためじゃない。お前の権力のための道具だ」
「何を根拠に——」
「根拠なら、ここにある」
凛とした声が、崩れた入口から響いた。
亜麻色のショートボブ。琥珀色の瞳。男の体になっても、きっちりとしたスーツ姿が、粉塵の中でも異様に整って見える。マーハ・バロールだ。
手には、分厚い書類の束。
「学院長セオドール・ヴェイン。あなたが、学院の研究費を横領していた記録。そして、星詠み評議会の調査を妨害するために、評議会に圧力をかけていた記録。全て、ここにあります」
マーハは、書類の束を掲げた。
「な……そんなものが、なぜ、お前の手に……」
「兄さん。学院の外には、今、学院生たちが集まっています。騒ぎを聞きつけて、野次馬も大勢。この書類を、彼らの前で読み上げても構いませんか?」
マーハは、ルーグに微笑んだ。営業用の、完璧な笑顔だった。
「……ああ。頼む」
「はい、兄さん」
マーハは、書類を開いた。
「まず、研究費横領の件。星暦826年、『星詠み魔術の実用化研究』名目で、学院から金貨3,000枚が支出されています。しかし、実際に研究に使われた形跡はありません。この金は、あなたの私邸の改築費用に消えていました」
「で、でたらめだ! そんなものは——」
「次に、評議会への圧力。あなたは、評議会が呪いの調査を始めたことを知り、評議会の主要メンバーの家族を脅迫していました。この手紙は、その証拠です。『調査から手を引かなければ、お前の娘の婚約を破談にさせる』——あなたの筆跡で書かれています」
マーハの声は、崩れゆく研究所に、恐ろしいほど明瞭に響いた。
「そして、これが、あなたがディア様を人質に取っていた記録です。『ディア・ヴィコーネの身柄を確保せよ。呪いの研究材料として、また、トウアハーデ家を黙らせるための人質として』——あなたが、学院上層部に宛てた命令書です」
「やめろ……やめろぉっ!!」
セオドールが、マーハに飛びかかろうとした。
その時だった。
「——そこまでだ、セオドール・ヴェイン」
低く、重い声。
入口から、星詠み評議会の代表ローレンスが、数名の評議会魔術師を連れて現れた。
白い髭を蓄えた、老練の星詠み魔術師。深い藍色のローブに、星図が刺繍されている。彼の手にした杖の先で、星の光が静かに瞬いていた。
「お前の不正は、評議会としても看過できん。星詠み魔術師の名を汚した罪は重い。身柄を拘束する」
「ま、待て! 私は、学院長だぞ! 私を捕まえれば、学院は——」
「学院は、お前なしでも回る」
ローレンスは、冷たく言い放った。
「お前は、自分の保身のために、ディア・ヴィコーネという一人の人間を、人質にした。その事実だけで、学院長の資格はない」
「う、うあああああっ!!」
セオドールは、絶叫した。
その声を合図にするように、タルトが槍を捻った。
バキィッ!
魔力回路が、砕けた。
光の柱が、一瞬、大きく膨れ上がり——
そして、消えた。
静寂。
耳鳴りがするほどの、深い静寂。
粉塵が、ゆっくりと沈んでいく。
「……終わった、のか」
ルーグは、呟いた。
「いや、まだ完全ではない。だが、暴走は止まった。評議会の魔術で、残りの魔力を鎮める」
ローレンスは、杖を掲げた。
「星よ」
彼の杖から、柔らかな星の光が溢れ出した。それは、壊れた装置の残骸を包み込み、まだ燻る魔力の残滓を、ゆっくりと鎮めていく。
「……すごい」
瓦礫の影で、ディアが呟いた。
「星詠み魔術の、本来の使い方ね。星の光は、破壊のためだけじゃない。癒やし、鎮め、導くためのもの。……私も、いつか、ああなりたいわ」
ディアの瞳が、ローレンスの光を、静かに見つめていた。
「……お前なら、なれるさ」
ルーグは、ディアの隣にしゃがみ込んだ。
「俺の師匠だろ」
「……ええ」
ディアは、微笑んだ。
その笑顔に、ルーグは、少しだけ胸を撫で下ろした。
——
混乱が収まったのは、それから、しばらくしてからだった。
学院長セオドール・ヴェインは、評議会の魔術師たちに連行された。彼の失脚は、学院中に、いや、王都中に知れ渡ることになるだろう。
崩れた研究所の前には、学院生たちが集まっていた。
「学院長が、逮捕されたって!」
「あの、横領の噂、本当だったのか……」
「ディア先生を人質に取ってたって、マジ?」
「最低じゃん! 私たちの学費を横領してたんでしょ!?」
学生たちの怒りが、渦巻いていた。
マーハが、書類の内容を読み上げた効果は、絶大だった。
「兄さん。学院生たちは、完全に私たちの味方です。評議会への圧力も、これで、かなり緩むでしょう」
マーハが、ルーグに耳打ちした。
「……お前、いつの間に、あんな書類を」
「兄さん、これ、儲かりますよ。商会のネットワークを使えば、学院の帳簿なんて、朝飯前です。それに、評議会の弱みを握っている人間に、借りを作るのも、悪くないでしょう?」
マーハは、悪戯っぽく笑った。
「……お前は、本当に、商人だな」
「ええ。呪いの混乱で、オルナの注文も倍増しましたし、この騒動で、さらに、名が売れます」
「……そうか。面倒なことになった」
ルーグは、ため息をついた。
「ご主人様!」
声の方を向くと、タルトが、ボロボロのメイド服で立っていた。肩の包帯は、真っ赤に染まっている。それでも、槍を杖代わりにして、しっかりと立っていた。
「タルト。お前、早く手当てを——」
「ご主人様。ディア様は、ご無事ですか」
「ああ。お前のおかげだ」
「……よかった。本当に、よかった」
タルトは、その場に、へなへなと座り込んだ。
「ご主人様。私、ちゃんと、お役に立てましたか」
「……ああ。お前は、最高のメイドだ」
ルーグは、タルトの頭に、ぽん、と手を置いた。
「ご主人様……うう……」
タルトは、男の体で、ぼろぼろと涙をこぼした。
「……泣くな。みっともない」
「だって……だって……」
「……ほら、立てるか」
ルーグは、タルトに手を差し伸べた。
タルトは、その手を握り返した。
その時だった。
「ルーグ」
ディアが、ルーグの名を呼んだ。
振り返ると、ディアが、瓦礫の影から、ゆっくりと立ち上がっていた。銀色の長い髪が、夕暮れの光を浴びて、淡く輝いている。男の体になっても、その姿は、ルーグの目には、ひどく美しく映った。
「……ディア。まだ、動くな。お前の体は——」
「大丈夫。もう、平気よ」
ディアは、ルーグの前に立った。
「ルーグ。私、もう一度、言うわ」
ディアの藤色の瞳が、まっすぐに、ルーグを見つめた。
「私、あなたが、好き。幼い頃から、ずっと、あなたのことが——」
ディアの言葉が、途切れた。
「……ディア?」
ディアの体が、ふらり、と傾いた。
「ディア!」
ルーグは、慌てて、ディアの体を支えた。
「……ごめん、なさい。ちょっと、疲れちゃったみたい……」
ディアは、ルーグの腕の中で、苦笑いした。
「次こそは、必ず、言うから……」
「……ああ。待ってる」
ルーグは、ディアの体を、そっと抱き寄せた。
(また、言えなかったな)
(でも、いい)
(生きて、また、チャンスがある)
ルーグは、ディアの温もりを、確かめるように、抱きしめた。
「ディア様に、負けません」
タルトが、涙でぐしゃぐしゃの顔で、立ち上がった。
「私も、ご主人様に、ちゃんと、お伝えします。……私の、この気持ちを」
「……お前まで、何を言い出すんだ」
「ご主人様。私は、本気です」
タルトの瞳は、真剣そのものだった。
「あらあら。兄さん、モテモテですね」
マーハが、楽しそうに笑った。
「でも、兄さん。私も、負けませんよ。……兄さんが、この呪いを解くのに、一番ふさわしい相手は、誰か。……それは、私です」
「……は? 意味が分からん」
ルーグは、露骨に動揺した。
「だって、兄さん。私と結婚すれば、商会の利益は、全て兄さんのものになりますよ。呪いも解けて、お金も手に入る。……最高の選択だと思いませんか?」
「……お前は、そういう話を、そういう場所でするな」
「商談は、場所を選びません。兄さん」
「……そうか。面倒なことになった」
ルーグは、深い、深いため息をついた。
——
その夜。
トウアハーデ家の王都別邸に、ルーグたちは戻った。
ディアは、ベッドに寝かせ、タルトも、傷の手当てをして、自室で休ませた。マーハは、商会の後始末があると言って、夜遅くまで、書類と格闘していた。
ルーグは、一人、応接間のソファに座っていた。
(今日は、色々あったな)
(学院長は、失脚した)
(ディアは、無事だ)
(タルトも、マーハも、生きている)
(だが——)
ルーグは、窓の外を見た。
夜空には、星が瞬いていた。
(呪いは、まだ、解けていない)
(それに、あの女神の手紙の言葉——)
『本物の愛の告白をなさいな』
(愛の告白、か)
(ディアも、タルトも、マーハも、俺に、好意を持ってくれている)
(それは、分かっている)
(だが、俺は——)
ルーグは、自分の手を見つめた。
暗殺者の手。
前世で、組織の犬として、数えきれないほどの命を奪った手。
今世でも、トウアハーデ家の次期当主として、既に、何人もの人間を、闇に葬ってきた。
(こんな俺が、誰かの「本物の愛」に、応えられるのか)
(彼女たちの想いを、受け止める資格が、俺にあるのか)
ルーグは、自嘲気味に、唇を歪めた。
その時だった。
ひらり、と。
窓の外から、一枚の紙が、風に乗って、部屋の中に入ってきた。
「……何だ」
ルーグは、紙を拾い上げた。
それは、以前、屋敷に届いた、あの手紙と、同じ材質の紙だった。
便箋には、優雅な筆跡で、こう書かれていた。
『よくやったわね。でも、まだまだよ。
本当の黒幕は——たまたま、あなたの身近にいるのよ。
女神より』
「……は?」
ルーグは、思わず、声に出していた。
(黒幕だと?)
(学院長の背後に、別の誰かがいる?)
(それも、俺の身近に?)
ルーグの脳裏に、今日の出来事が、走馬灯のように蘇る。
セオドールの、焦りの表情。
ローレンスの、冷静な対処。
マーハの、完璧な情報網。
タルトの、命がけの突撃。
ディアの、震える告白。
(誰だ)
(俺の身近にいる「黒幕」とは、一体——)
ルーグの手の中で、手紙が、静かに光った。
そして、灰のように、消えていった。
「……そうか。面倒なことになった」
ルーグは、呟いた。
その瞳は、冷たく、鋭く、闇を見つめていた。
窓の外では、星が、静かに瞬いていた。
遠く、王都の喧騒が、微かに聞こえる。
その喧騒の中に、一つの噂が、混ざり始めていた。
——勇者エポナの、性別が、入れ替わったらしい。
——王国中が、大混乱に陥っている。
——この呪いは、一体、誰が、何のために——
ルーグは、拳を握りしめた。
(まだ、終わらない)
(これは、始まりに過ぎない)
(必ず、この呪いを解く)
(そして——)
ルーグは、ディアの眠る部屋の方向を、静かに見つめた。
(彼女たちの想いに、真剣に、向き合う)
(それが、俺に、できる唯一のことだ)
静かな夜が、更けていく。
嵐は、過ぎ去った。
だが、空の向こうには、まだ、暗い雲が、たれこめていた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。