女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ
トウアハーデ家の次期当主にして、前世が暗殺者の少年ルーグ。彼には幼い頃から共に育ってきた、3歳年上の幼馴染・ディアがいた。魔術の師匠であり、姉のような存在。そんな平穏な日々は、ある朝、突如として終わりを告げる。
「ルーグ……私、私ね、朝起きたら、胸が……胸が平らになっているの」
そう言って現れたディアは、なぜか男の体になっていた。しかも、領内では同じ現象が多発。村の女将が男に、鍛冶屋の親方が女に——領全体を巻き込む性別入れ替わりが発生していたのだ。
そして、謎の手紙にはこう書かれていた。「たまたま起こったことよ。元に戻りたければ、本物の愛の告白をなさいな」差出人は、ルーグをこの世界に転生させたあの女神。つまり、この呪いを解く鍵は「愛の告白」——それも、対象はおそらくルーグただ一人。
元は女だったのに今は男。しかも、そんな婚約者候補たちが、ルーグの心を奪おうと次々と動き出す。極端に恋愛ごとに不器用なルーグは、果たしてこの地獄のラブコメを生き抜けるのか。
笑いと恋の嵐が、今、幕を開ける。
女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ - 星詠み評議会と秘密の作戦会議——恋の告白大作戦!
「……面会謝絶だと」
ルーグの声が、王立魔術学院アルカディアの正門前に落ちた。
石造りの門柱。鉄柵の向こうに、制服姿の学院職員が立っている。顔は無表情。腕を組んで、ルーグを見下ろしていた。
「何度来ても同じです。ディア・ヴィコーネ氏は現在、研究棟にて重要な調査に協力していただいております。面会は許可できません」
「調査だと。誰が決めた」
「学院上層部の決定です」
「俺はディアの弟子だ。顔を見せるくらい、構わないだろう」
「弟子であろうと、面会謝絶です。呪いの研究に集中していただくためです。ご理解ください」
ルーグは、職員の顔をじっと見た。
目が笑っていない。口元だけが、形だけの笑みを作っている。
(……ダメだ。何を言っても無駄か)
ディアが連れ去られてから、三日。
ルーグは毎日、学院に足を運んだ。だが、門前払いは一度も崩れなかった。
「……分かった。また来る」
「お気をつけて」
鉄柵が、ゆっくりと閉じられていく。
カチャリ、と錠の下りる音が、やけに大きく響いた。
——
王都アルヴェインの空は、鉛色に曇っていた。
夏の日差しはどこへやら。湿った風が、石畳の上を這うように吹き抜ける。
ルーグは学院の門を背に、歩き出した。
(ディアは、無事なのか)
(飯は食えているのか)
(あの体で、無理をしていないか)
考えるたびに、胸の奥がざらつく。
前世の記憶が、頭の隅で囁く。
——組織に捕まった人間は、どうなるか知っているだろう。
ルーグは、拳を握った。
「……くそ」
小さく、吐き捨てた。
——
トウアハーデ家の王都別邸。
石造りのこぢんまりとした館。ルーグたちが王都で拠点にしている場所だ。
扉を開けると、廊下の奥から足音が聞こえた。
「ご主人様。おかえりなさいませ」
栗色の髪を後ろで一つに束ねた、男の体のメイドが立っていた。明るい茶色の瞳。メイド服の白いエプロンは、糊がきっちりと効いている。スカートの中には、槍と拳銃。いつもの姿だ。
だが、その顔色は紙のように白い。左肩と右足には包帯が巻かれ、血が滲んでいた。学院への強行突入で負った傷だ。
「ああ。……学院は、今日もダメだった」
「……そうですか」
タルトの瞳が、一瞬、曇った。
だが、すぐに顔を上げる。
「ご主人様。お茶を淹れました。少し、お休みになってください」
「いや、いい。……タルト、マーハから連絡は」
「まだです。ただ、夜にはこちらに来ると」
「そうか」
ルーグは、応接間のソファに腰を下ろした。
身体が、鉛のように重い。
三日間、まともに眠っていない。
目を閉じると、ディアの顔が浮かぶ。
銀色の長い髪。藤色の瞳。笑うとできる、えくぼ。
男の体になっても、あの笑顔だけは変わらなかった。
(ディアは、俺の師匠だ)
(幼い頃から、ずっとそばにいた)
(魔術を教えてくれた。姉のように接してくれた)
(なのに、俺は——)
ルーグは、唇を噛んだ。
——
「ご主人様」
タルトの声で、ルーグは顔を上げた。
いつの間にか、タルトが目の前に立っていた。
紅茶の入ったカップを、盆に載せて。
「お茶、冷めてしまいます。どうぞ」
「……ああ、すまない」
ルーグはカップを受け取り、一口含んだ。
温かい。だが、味がしない。
「ご主人様」
タルトが、静かに言った。
「私が、ディア様を取り戻してきます」
ルーグは、カップを置いた。
「何を言っている」
「学院の研究所に、私が乗り込みます。ご主人様が行けば、学院との正面衝突になります。ですが、私なら——」
「馬鹿を言うな」
ルーグは、強い口調で遮った。
「学院の警備は、お前が一人でどうにかできる規模じゃない。魔術師の数も、結界の厚さも、王都随一だ。行けば死ぬぞ」
「ご主人様」
タルトは、まっすぐにルーグを見た。
「私は、ご主人様に拾われた命です」
「……タルト」
「あの日、飢え死にしかけていた私を、ご主人様が救ってくださいました。だから、私の命はご主人様のものです。ご主人様が望むなら、この命、惜しみません」
タルトの声は、震えていなかった。
「……お前は、またそういうことを言う」
ルーグは、ため息をついた。
「お前の命は、俺のものじゃない。お前自身のものだ」
「いいえ。私の命は、ご主人様のものです」
タルトは、一歩も引かなかった。
「……分かった。だが、今はまだ動くな。お前の傷が癒えるまで、作戦は立てられない」
「ご主人様……ですが」
「これは命令だ。タルト」
タルトは、唇を噛んだ。
「……承知しました」
——
その夜。
マーハが、王都別邸にやってきた。
「兄さん、遅くなってごめんなさい」
亜麻色のショートボブ。琥珀色の瞳。男の体になっても、マーハのきりっとした顔立ちは変わらない。目の下には濃い隈ができていた。
「いや、構わない。……何か掴めたか」
「ええ。少し」
マーハは、手帳を開いた。
「学院長セオドール・ヴェイン。彼が、呪いの研究予算を私的に流用している証拠を見つけました。帳簿の写しもあります。それと、星詠み評議会への圧力工作の記録も」
マーハの声は、静かだった。
「評議会への圧力?」
「ええ。学院長は、評議会の調査を妨害するために、評議会の資金源に圧力をかけていたんです。タルトゥ商会の取引先も、いくつか巻き込まれていました」
「……なるほど」
ルーグは、顎に手を当てた。
「その証拠、どれくらいの信頼性がある」
「かなり高いです。帳簿の写しは、学院の経理担当者から直接手に入れました。彼、学院長のやり方に不満を持っていたんです。私が少し……話を聞いてあげたら、ぽろぽろと」
マーハは、にこりと笑った。
営業用の笑顔。だが、その瞳の奥は、鋭く光っていた。
「……お前、一体何をしたんだ」
「何も。ただ、彼の話を聞いて、『それはお辛いですね』と共感しただけです。人は、話を聞いてくれる相手には、心を開くものですから」
「……そうか」
ルーグは、小さく息を吐いた。
「兄さん、これだけあれば、学院長を追い詰められます」
マーハの声が、急に真剣になった。
「ですが……兄さん」
「なんだ」
「……兄さんを、危険な目に合わせたくない」
マーハの瞳が、揺れた。
「学院長は、権力に飢えています。あの男は、自分の目的のためなら、人を傷つけることを何とも思わない。兄さんが学院に乗り込めば、きっと……何をされるか分かりません」
マーハの声が、微かに震えていた。
「……マーハ」
ルーグは、マーハの頭に手を置いた。
「お前の情報がなければ、何も始まらなかった。ありがとう」
「兄さん……」
マーハの目が、うるんだ。
「私は、兄さんの役に立ちたい。でも、兄さんに何かあったら、私は……」
「大丈夫だ。俺は、死なない」
ルーグは、マーハの頭を、ぽんぽんと軽く叩いた。
「それに、お前の集めた証拠は、きっと大きな武器になる。俺一人じゃ、何もできなかった。お前がいてくれて、本当に助かった」
「……兄さん」
マーハは、ルーグの手を、そっと握った。
「必ず、ディア様を取り戻しましょう。私も、全力で協力します」
「ああ、頼む」
——
翌朝。
ルーグは、一人で王都の北西に位置する、星詠み評議会の本部を訪れた。
星詠み評議会——星詠み魔術師の互助組織。学院とは別の立場で、呪いの調査を行っている。
石造りの古い建物。王立魔術学院の威容とは対照的に、ひっそりと静まり返っていた。
ルーグは、扉を叩いた。
「トウアハーデ家のルーグだ。評議会代表のローレンス殿に、お会いしたい」
しばらくして、扉が開いた。
「お待ちしておりました。こちらへ」
若い魔術師が、ルーグを案内した。
建物の中は、薄暗い。蝋燭の灯りが、壁に揺れている。
奥の部屋に通されると、そこには、一人の老魔術師が座っていた。
白い髭を胸まで伸ばし、深い皺の刻まれた顔。だが、その瞳は、年齢に似合わず鋭く光っていた。
「よく来たな。トウアハーデ家の若者よ」
「ローレンス殿、ですか」
「そうだ。星詠み評議会代表のローレンスだ。楽にしろ」
ローレンスは、向かいの椅子を指した。
ルーグは、腰を下ろした。
「単刀直入に言う。学院に捕らわれているディア・ヴィコーネを、助け出したい。評議会の協力を、仰ぎたい」
ローレンスは、ルーグの目をじっと見た。
「……君の家系が、30年前の事件に関わっているのは事実だ」
ルーグの肩が、微かに強張った。
「だが、それは君の罪ではない」
ローレンスの声は、静かだった。
「君の祖先が何をしたのか、私は知っている。だが、君が背負う必要はない。君は君だ」
ルーグは、何も言えなかった。
胸の奥で、何かが、じわりと溶けていく。
(……この老人は、知っている)
(俺の家の、暗い過去を)
(それでも、俺を、俺として見てくれている)
「……ありがとうございます」
ルーグは、頭を下げた。
「礼はいい。それより、協力の件だ」
ローレンスは、机の上に、一枚の紙を広げた。
「学院長セオドール・ヴェイン。奴は、呪いを政治利用しようとしている。呪いを制御する装置を開発し、その力で王国を支配するつもりだ。評議会は、それを止めなければならない」
「……やはり、そうでしたか」
「君も気づいていたか。ならば話は早い」
ローレンスは、紙に、研究所の見取り図を描いた。
「ディア・ヴィコーネは、学院の地下研究所に監禁されている。警備は厳重だが、交代の時間に隙ができる。評議会の魔術師たちが、陽動を引き受けよう」
「……本当ですか」
「ああ。学院の横暴は、看過できない。それに、ディア・ヴィコーネは、優秀な星詠み魔術師だ。彼女を失うわけにはいかん」
ローレンスの瞳が、真剣に光った。
「作戦は、三日後の夜。警備の交代時間を狙う。それまでに、君たちは準備を整えろ」
「……分かりました」
ルーグは、深く頷いた。
(これで、反撃の糸口が掴めた)
(ディア、待っていてくれ)
——
王都別邸に戻ると、タルトが玄関で待っていた。
「ご主人様! おかえりなさいませ」
タルトは、包帯を巻いた体で、それでも笑顔を見せた。
「ああ。……タルト、作戦が決まった。三日後、学院の研究所に潜入する」
「本当ですか!」
タルトの顔が、ぱっと明るくなった。
「ご主人様、私も行きます。必ず、お役に立ちます」
「……お前の傷は、まだ癒えていない」
「大丈夫です。ご主人様のためなら、この程度の傷、何でもありません」
タルトは、胸を張った。
「それに、私の超速度は、傷が癒えていなくても、十分に使えます。ご主人様を、絶対にお守りします」
「……タルト」
ルーグは、タルトの肩に手を置いた。
「無理はするな。お前が倒れたら、元も子もない」
「ご主人様……」
タルトの瞳が、潤んだ。
「私、ご主人様に、そんな風に心配していただけるだけで、嬉しいです」
タルトは、はにかむように笑った。
男の体になっても、その笑顔は、どこか少女のようだった。
ルーグは、タルトの笑顔を見て、胸の奥が、ちくりと痛んだ。
(タルトは、俺のために、命を懸けてくれている)
(その想いに、俺は、どう応えればいい)
ルーグは、答えを見つけられないまま、視線を逸らした。
——
三日間、準備が進められた。
マーハは、学院の警備の交代時間を、徹底的に調べ上げた。
「兄さん、警備の交代は、夜の十時です。その瞬間、正門の結界が、ほんの数秒だけ弱まります」
「数秒……それで十分だ」
「ええ。タルトの速度なら、その隙に侵入できます。評議会の魔術師たちが、正門で陽動を仕掛けます。その隙に、兄さんが地下研究所へ」
マーハは、手帳に書き込んだ図を見せながら、説明した。
「……完璧だ」
「ふふ、私の情報網を舐めないでください」
マーハは、得意げに笑った。
だが、その笑顔の奥に、不安がちらついている。
「マーハ。お前の情報は、確実だ。信じている」
「……兄さん」
「ありがとう。お前がいてくれて、本当に良かった」
ルーグは、マーハの頭を、くしゃりと撫でた。
マーハは、一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「兄さんにそう言ってもらえると、私、頑張れます」
——
決行の夜。
月は、厚い雲に隠れていた。
王都アルヴェインの街灯りが、遠くで滲んでいる。
ルーグ、タルト、マーハの三人は、学院の裏手に潜んでいた。
「……時間だ」
ルーグの声は、静かだった。
「行くぞ」
「はい、ご主人様」
「兄さん、気をつけて」
三人は、動き出した。
——
正門前。
評議会の魔術師たちが、陽動を開始した。
「学院長セオドール・ヴェインの不正を、我々は許さない!」
魔術師たちが、光の弾を放つ。
ドォン! ドォン!
正門の結界が、揺れる。
警備の魔術師たちが、一斉に正門へ向かう。
「侵入者だ! 正門に集まれ!」
——
その隙に。
タルトが、風を切って走った。
「ご主人様、こちらです!」
タルトの身体強化と風の加速魔法が、夜闇を切り裂く。
ルーグは、タルトの後を追った。
「……速いな、相変わらず」
「ご主人様、私の速度についてきてください!」
タルトは、笑いながら、裏口の結界の隙間をすり抜けた。
ルーグも、それに続く。
——
地下研究所への階段を、駆け下りる。
冷たい空気。黴臭い匂い。
「ここか」
ルーグは、重い鉄の扉を押し開けた。
ギィィ……
薄暗い部屋。
壁際に、小さな檻。
その中に——
「……ディア」
銀色の長い髪。
やせ細った体。
藤色の瞳が、ルーグを見上げた。
「……ルーグ?」
ディアの声は、掠れていた。
「来てくれたの……?」
「ああ。迎えに来た」
ルーグは、檻に駆け寄り、錠を壊した。
ガチャン。
「ディア、立てるか」
「……ええ、大丈夫よ」
ディアは、ルーグの手を借りて、立ち上がった。
「……痩せたな」
「そう? あなたに会えなくて、食欲がなかったのよ」
ディアは、弱々しく笑った。
笑うと、えくぼができる。
男の体になっても、その笑顔は、ルーグが幼い頃から知っている、優しい笑顔だった。
「……馬鹿だな、お前は」
ルーグは、ディアの肩を抱いた。
「ルーグ」
ディアが、ルーグの胸に、顔を埋めた。
「私、もう決めたの」
「……なにを」
「告白するわ」
ディアは、顔を上げた。
涙が、頬を伝っていた。
「ルーグ、あなたが好き」
震える声。
「ずっと、ずっと前から、あなたが好きだったの。弟みたいだと思ってた。でも、違った。私は、あなたを、一人の男性として、愛してる」
ディアの告白が、薄暗い研究所に響いた。
ルーグは、息を呑んだ。
「ディア……」
胸の奥が、激しく脈打つ。
(ディアが、俺を)
(師匠が、俺を)
ルーグは、言葉を探した。
「俺も——」
言いかけた瞬間。
——ドォォォォン!!!
爆発音。
研究所の壁が、吹き飛んだ。
「なっ!?」
瓦礫が降り注ぐ。
ルーグは、ディアを庇って、床に伏せた。
「見ろ! これが呪いの真の力だ! 制御できれば、王国を支配できる!」
狂気じみた笑い声。
学院長セオドール・ヴェインが、崩れた壁の向こうに立っていた。
その手には、紫色に輝く、禍々しい装置。
呪い制御装置。
「学院長……!」
「トウアハーデ家の小僧か。ちょうどいい。お前も、この力の贄にしてやる!」
セオドールが、装置を起動した。
ブゥゥゥン……
装置が、不気味な音を立てる。
紫の光が、研究所を満たした。
「ぐっ……!」
魔力の奔流が、ルーグの体を押し潰す。
「ルーグ!」
ディアが、叫んだ。
「ディア、伏せていろ!」
ルーグは、ディアを庇いながら、立ち上がった。
「セオドール……お前の思い通りにはさせない」
「できるものならな!」
装置が、さらに強い光を放つ。
——その時。
「ご主人様!」
タルトが、風を切って現れた。
「兄さん!」
マーハも、息を切らせて駆けつけた。
「学院長! これ以上、好きにはさせません!」
評議会の魔術師たちも、合流した。
「……来たか。だが、遅いわ!」
セオドールが、装置を高く掲げた。
「全員、この力で、性別ごと消し飛ばしてくれる!」
装置が、限界まで光を放つ。
——カッ。
白い閃光。
「きゃあああっ!」
ディアの悲鳴。
「ディア!」
ルーグは、ディアを抱きしめた。
「ルーグ……体が……熱い……」
ディアの体が、異様に熱い。
銀色の髪が、逆立つ。
藤色の瞳が、紫色に輝き始めた。
「ディア! しっかりしろ!」
「ああ……あああっ……!」
ディアの体が、光に包まれた。
「セオドール! 装置を止めろ!」
「止められるものなら、止めてみろ! この力は、もう誰にも止められない!」
セオドールの笑い声が、崩れゆく研究所に響き渡る。
ルーグは、ディアを抱きしめたまま、セオドールを睨みつけた。
「……絶対に、止めてみせる」
ルーグの瞳が、冷たく燃えた。
「タルト! マーハ! 装置を破壊するぞ!」
「はい、ご主人様!」
「了解です、兄さん!」
三人は、暴走する魔力の中へ、飛び込んだ。
「うおおおおおお!!」
ルーグは、トウアハーデ家の暗殺短剣「ナイトフォール」を抜いた。
暗闇で、刃が発光する。
「終わらせる。この呪いを——そして、お前の野望を」
ルーグは、装置に向かって、短剣を振り下ろした。
——ガキィィィン!!!
火花が散る。
装置の表面に、亀裂が走った。
「なっ!? 馬鹿な! その装置は、魔法金属でできているはず——」
「俺の短剣は、魔法金属ごと斬れる」
ルーグは、もう一度、短剣を振り下ろした。
——ズバァァァン!!!
装置が、真っ二つに斬り裂かれた。
「ああああっ! 俺の装置が! 俺の野望が!」
セオドールが、絶叫した。
装置が、爆発した。
ドォォォォン!!!
紫の光が、飛び散る。
「ぐわあああっ!」
セオドールは、爆風に吹き飛ばされ、壁に激突した。背後の石壁がひび割れ、崩れた瓦礫が天井から降り注ぐ。セオドールは瓦礫の下敷きになり、ぴくりとも動かなくなった。
「……ざまあみろ」
ルーグは、崩れ落ちるセオドールを見下ろした。
「ご主人様! ディア様が!」
タルトの声に、ルーグは振り返った。
「ディア!」
ディアは、床に倒れていた。
「ルーグ……私……体が……」
ディアの体が、光を失い、元に戻っていく。
いや——
「これは……」
ディアの体が、さらに変化していく。
銀色の髪が、より長く、より輝きを増していく。
藤色の瞳が、星のように輝いた。
「ルーグ……私……星霊族の血が……暴走して……」
ディアの体が、浮き上がった。
「ディア!」
ルーグは、ディアの手を掴んだ。
「大丈夫だ。俺が、絶対に助ける。この呪いを、絶対に解く。だから——」
ルーグは、ディアの手を、強く握った。
「俺のそばに、いろ」
ディアの瞳から、涙がこぼれた。
「ルーグ……!」
ディアの体が、ルーグの腕の中に、崩れ落ちた。
「ご主人様! ディア様は!?」
「……大丈夫だ。息はある」
ルーグは、ディアを抱き上げた。
「マーハ、脱出の手配を」
「はい、兄さん。裏口に、評議会の馬車を待たせてあります」
「……助かる」
ルーグは、ディアを抱えたまま、崩れゆく研究所を後にした。
——
王都別邸。
ディアは、ベッドに横たえられた。
「……ディア様の容体は」
「安定している。だが、星霊族の血が、まだ暴走しかけている。しばらくは、安静が必要だ」
「……そうか」
ルーグは、ディアの顔を見つめた。
青白い顔。だが、呼吸は穏やかだ。
「ご主人様。私、ディア様の看病をします」
「いや、俺がやる。お前は、自分の傷を治せ」
「……ご主人様」
タルトは、何か言いたげに、ルーグを見た。
「……分かりました。何かあれば、すぐにお呼びください」
タルトは、静かに部屋を出て行った。
——
ルーグは、ディアの手を握った。
「ディア……お前の告白、聞いたぞ」
ルーグは、呟いた。
「俺は……お前の気持ちに、まだ答えられない。呪いのことも、何も解決していない。でも——」
ルーグは、ディアの手を、額に当てた。
「絶対に、お前を守る。この呪いを、絶対に解く。だから、待っていてくれ」
ディアの指が、微かに動いた。
「……ルーグ」
ディアの唇が、小さく動いた。
「ディア!」
「……私、夢を見てたの。あなたが、私を助けに来てくれる夢」
ディアは、目を開けた。
「……夢じゃない。俺は、ここにいる」
「……ええ、そうね。あなたは、いつも、私を助けてくれる」
ディアは、微笑んだ。
「……ありがとう、ルーグ」
ディアの手が、ルーグの手を、ぎゅっと握り返した。
——
夜が明ける。
王都アルヴェインの空に、久しぶりの朝日が昇った。
ルーグは、窓の外を見た。
(ディアは、無事だ)
(タルトも、マーハも、生きている)
(だが、まだ終わっていない)
ルーグは、拳を握った。
(学院長は、倒した。だが、呪いは、まだ解けていない)
(ディアの体の異変も、まだ解決していない)
(それに——)
ルーグは、ディアの寝顔を見た。
(ディアの告白に、俺は、どう応えるべきなのか)
答えは、まだ見つからない。
だが、一つだけ、確かなことがある。
「……絶対に、解く」
ルーグの呟きは、静かな朝の空気に溶けていった。
その瞳には、冷たく、強い決意が宿っていた。Noveliaとは?
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