女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ
トウアハーデ家の次期当主にして、前世が暗殺者の少年ルーグ。彼には幼い頃から共に育ってきた、3歳年上の幼馴染・ディアがいた。魔術の師匠であり、姉のような存在。そんな平穏な日々は、ある朝、突如として終わりを告げる。
「ルーグ……私、私ね、朝起きたら、胸が……胸が平らになっているの」
そう言って現れたディアは、なぜか男の体になっていた。しかも、領内では同じ現象が多発。村の女将が男に、鍛冶屋の親方が女に——領全体を巻き込む性別入れ替わりが発生していたのだ。
そして、謎の手紙にはこう書かれていた。「たまたま起こったことよ。元に戻りたければ、本物の愛の告白をなさいな」差出人は、ルーグをこの世界に転生させたあの女神。つまり、この呪いを解く鍵は「愛の告白」——それも、対象はおそらくルーグただ一人。
元は女だったのに今は男。しかも、そんな婚約者候補たちが、ルーグの心を奪おうと次々と動き出す。極端に恋愛ごとに不器用なルーグは、果たしてこの地獄のラブコメを生き抜けるのか。
笑いと恋の嵐が、今、幕を開ける。
女体化呪いで婚約者候補が全員男に!? 暗殺貴族ルーグの地獄のラブコメ - 兄さん、この呪いで儲けましょう!
「兄さん、こっちです!」
声のした方を向くと、王都商業区の石畳の上に、一人の少年が立っていた。亜麻色のショートボブ。琥珀色の瞳。きっちりと手入れされた髪と、指先まで綺麗な手。腰には小さな算盤と手帳を携えている。タルトゥ商会本部の入り口で、ルーグ・トウアハーデを待っていたのは、マーハ・バロールだった。
「……マーハ、お前もか」
「ええ、私も男の体になってしまいました。でも、商売に性別は関係ありませんから」
マーハはにこりと笑った。営業用の笑顔だ。だが、その瞳の奥には、いつもの鋭い計算の光が宿っている。男の体になっても、彼女の商才は少しも鈍っていないらしい。
「それで、緊急の連絡とは何だ」
「中でお話ししましょう。ここでは人目がありますから」
マーハはルーグをタルトゥ商会本部の中へ案内した。石造りの建物の中は、普段よりずっと騒がしい。性別の入れ替わった従業員たちが、書類を抱えて右往左往している。男になった女性店員が、女物の制服を着たまま接客をしていた。
「見ての通り、うちの商会も混乱しています。でも、混乱は商機です。兄さん、これ、見てください」
マーハはルーグを応接室に通すと、机の上に何枚もの紙を広げた。売上予測表、仕入れ計画書、新商品の試作品リスト。どれもマーハの几帳面な字でびっしりと書き込まれている。
「性別が入れ替わった人向けの化粧品と服飾品の需要が、この三日間で十倍以上に跳ね上がっています。王都中の服屋と化粧品店は品切れ続出。仕入れ値を三倍に吊り上げても売れる状態です」
マーハは早口で説明した。琥珀色の瞳が、商売の話になると爛々と輝く。
「兄さん、この状況を利用して儲けましょう!オルナの商品を性別逆転層向けに転用するんです。乳液は肌質が変わった人向けに、口紅は髭が薄くなった男性向けに。化粧品だけじゃありません。男性用の下着を女性の体になった人向けに仕立て直したり、逆に女性用の服を男性の体になった人向けに広げたり。需要は無限にあります」
「……お前、この混乱の中でよくそんなことを考えられるな」
「当然です。商人はどんな状況でも利益を生み出す生き物ですから。兄さん、これはチャンスですよ。王国中の人々が困っている。困っている人に商品を売る。これほど確実な商売はありません」
ルーグはため息をついた。
「……そうか。面倒なことになった」
これはルーグの口癖だった。前世の記憶——地球という世界で、組織の暗殺者として生きていた頃の記憶が、いつも冷静さを保つための呪文のように頭の中に浮かぶ。
「マーハ、呪いの影響で物流が混乱していると聞いた。実際のところ、王国経済はどうなっている」
「深刻です。性別が入れ替わった商人たちが取引を滞らせています。契約書の署名が本人確認できない、信用取引ができない、長年連れ添った番頭が別人に見える。流通網は寸断され、王都の市場では食料品の価格が二倍に跳ね上がりました。このままでは、一ヶ月もしないうちに王国経済は麻痺します」
マーハの声が、急に真剣になった。営業用の笑顔が消え、切れ者の顔になる。
「でも、私はこの混乱をチャンスに変えます。オルナの商品を性別逆転層向けに転用する。すでに王都の問屋三軒と独占契約を結びました。仕入れ値を二倍にしても、売れ行きは止まりません。兄さん、これは本気で儲かりますよ」
「……お前は本当に、どこまでも商人だな」
「兄さんに拾われた時から、私は商人でした。兄さんが私に教えてくれたんでしょう?困っている人を助けるのが商売の基本だと」
マーハは、じっとルーグの目を見つめた。男の体になっても、その瞳の奥に宿る親愛と忠誠心は、少しも変わっていない。いや、むしろ、男の体になったことで、その感情がより強く、より深く、ルーグに向けられている気がした。
「……そうだったか」
「……兄さん、私は、兄さんの役に立ちたいんです。呪いを解くためにも、お金は必要でしょう?情報も、人脈も、お金で買えるものは多い。私に、兄さんの力にならせてください」
マーハの声が、少しだけ震えた。営業用の笑顔の裏に、別の感情が滲んでいる。ルーグへの親愛。忠誠心。そして、その奥に隠れた、もっと熱い何か。
「……ああ、頼りにしている」
ルーグは、マーハの頭に手を置いた。亜麻色の髪が、さらりと指の間を滑る。
「……兄さん?」
「お前の行動力には、いつも助けられている。今回も、頼らせてくれ」
マーハは、ぽかんと口を開けた。それから、ふにゃりと笑った。営業用ではない、素の笑顔だった。
「……はい、兄さん」
——
その夜、ルーグはトウアハーデ家屋敷の一室に、ディア、タルト、マーハの三人を集めた。
石造りの部屋に、暖炉の火が揺れている。窓の外では、夏の夜風が小麦畑を渡っていく。遠くで虫の声が聞こえた。
「三人とも、話がある」
ルーグは、机の上に一通の手紙を置いた。女神から届いた、あの手紙だ。
「女神の手紙に、呪いの解除条件が書かれていた」
「解除条件ですって?」
ディアが身を乗り出した。銀色の長い髪が、男の体の肩にさらりと落ちる。藤色の瞳が、真剣な光を宿している。
「ああ。『本物の愛の告白をしなさい』と書かれていた。そして、その対象は——」
ルーグは、一瞬、言葉を切った。
「俺だ。俺への告白でなければ、呪いは解けないらしい」
部屋の中が、静まり返った。暖炉の薪が、ぱちりと爆ぜる。
「……ご主人様への、愛の告白」
タルトが、小さな声で繰り返した。男の体になっても、彼女の敬語と忠誠心は崩れない。栗色の髪を後ろで束ね、明るい茶色の瞳をルーグに向けている。
「兄さんへの告白……それはつまり、私たちの誰かが、兄さんに本気の告白をすれば、呪いが解けるということですか?」
「理屈の上ではな。だが、『本物の愛』というのが曲者だ。単なる好意や親愛では、おそらく足りない」
「……私では、ダメなの?」
ディアが、消え入りそうな声で呟いた。
「……は?」
「私では、ルーグの呪いを解くことはできないのかしら。私は、ルーグの師匠で、お姉さんで……それ以上になりたいと、思っているのに」
ディアは、うつむいた。男の体で、肩を震わせている。女性的な仕草が、男の体と不釣り合いで、余計に痛々しい。
「ご主人様、私のことを女として見てください」
タルトが、真剣な眼差しでルーグを見つめた。男の体になっても、その瞳の奥には、ルーグへの熱い想いが揺れている。
「私は、ご主人様の専属メイドです。ご主人様のためなら、何でもできます。この体が男になっても、私の心は女のままです。ご主人様、私を、女として見てください」
「兄さん、これは商売のチャンスですよ」
マーハが、営業用の笑顔で言った。
「愛の告白で呪いが解けるなら、その告白を商品化すればいいんです。『本物の愛の告白、承ります』って看板を出せば、全国から依頼が殺到しますよ。もちろん、兄さんへの告白は私が独占しますけどね」
マーハは笑っている。だが、その笑顔の裏に、別の感情が滲んでいる。ルーグへの親愛。忠誠心。そして、その奥に隠れた、切実な何か。
「……お前たち、本気で言っているのか」
ルーグは、三人の顔を順番に見た。ディアの悲しげな瞳。タルトの真剣な眼差し。マーハの笑顔の裏の熱。
「本気よ。私は、ルーグのことが好き。ずっと前から、好きだったの」
ディアが、はっきりと言った。
「私も、ご主人様のことが好きです。この気持ちは、呪いのせいじゃありません。ずっと前から、ご主人様のことをお慕いしていました」
タルトも、はっきりと言った。
「私も、兄さんのことが好きですよ。兄さんがいなければ、私はとっくに死んでいました。兄さんへの想いは、誰にも負けません」
マーハも、営業用の笑顔を捨てて、本音を言った。
ルーグは、言葉を失った。三人の想いが、重い。あまりにも重すぎて、どう応えればいいのか分からない。
「……は? 意味が分からん」
ルーグは、露骨に動揺した。恋愛ごとになると、極端に不器用になる。頭の中が真っ白になって、言葉が出てこない。
「ルーグ、私は、本気よ。今、ここで、告白するわ。ルーグ、私は——」
ディアが、勇気を振り絞って、告白しようとした。その瞬間。
——ドンドンドン!
屋敷の玄関を、激しく叩く音がした。
「何だ?」
「ご主人様、私が見てきます」
タルトが立ち上がり、部屋を出ようとした。だが、その前に、玄関の扉が力ずくで開かれた。
「失礼する!王立魔術学院アルカディアの教授、ロドニー・ハイムだ!ディア・ヴィコーネはいるか!」
低く、威圧的な声が、屋敷の中に響き渡った。
ルーグは、部屋を飛び出した。ディア、タルト、マーハも続く。
玄関には、三人の男が立っていた。全員、王立魔術学院の教授服を着ている。先頭に立つ男は、灰色の髪を後ろに撫でつけ、銀縁の眼鏡をかけた、いかにも学者然とした男だった。ロドニー・ハイム。星詠み魔術の権威として知られる教授だ。
「ディア・ヴィコーネ、学院の命により、お前を保護する。性別攪乱の呪いの主要研究対象として、学院が預かることになった」
「何の権利があって、そんなことを」
ルーグが、ディアの前に立った。
「権利?国家の安全を守るための、当然の権利だ。この呪いは、王国全土を混乱に陥れている。その原因を解明するためには、呪いの影響を最も強く受けているお前の体を、徹底的に研究する必要がある」
「ディアは研究材料じゃない」
「貴様に拒否権はない。これは学院上層部の決定だ。星詠み評議会も承認している。逆らえば、貴様も国家反逆罪で拘束するぞ」
教授が、一歩、前に出た。後ろの二人も、ルーグを威圧するように睨みつける。
「ご主人様、私がお守りします」
タルトが、スカートの中から槍を取り出した。男の体になっても、スカートの中に武器を携帯する癖は抜けない。
「ほう、トウアハーデ家のメイドか。噂には聞いている。だが、学院を敵に回すとどうなるか、分かっているのか?」
「ご主人様の敵は、私の敵です」
タルトは、一歩も引かなかった。
「兄さん、私も戦います」
マーハも、手帳を懐にしまい、戦闘態勢に入った。
「愚かな。学院の権力に逆らえば、お前たちの家も、商会も、全て潰してやるぞ」
教授が、冷たい声で言った。
「……やめて、みんな」
ディアが、静かに言った。
「私が行けば、ルーグに迷惑はかからないわ。学院の研究に協力すれば、呪いの解明に繋がるかもしれない。それなら、私が行くべきよ」
「ディア、何を言って——」
「ルーグ、ありがとう。私を守ろうとしてくれて。でも、これは私の問題よ。私が、自分で決める」
ディアは、ルーグの手を握った。男の体の手。でも、その手の温かさは、昔と変わらない。
「ルーグ、私の告白の返事は、今度聞かせてね。私、絶対に、ルーグの呪いを解いてみせるから」
ディアは、そう言って、教授たちの方へ歩き出した。
「賢明だな。では、連れて行くぞ」
教授たちが、ディアの両脇を固める。
「……ディア!」
ルーグは、叫んだ。だが、体が動かない。学院の権力を背景にした圧力。教授たちの魔力。何より、ディア自身の意思。それらが、ルーグの足を縫い止めた。
「ルーグ、大丈夫よ。私は、あなたの師匠なんだから。弟子に心配されるようじゃ、お姉さん失格ね」
ディアは、振り返って、笑った。笑うと、えくぼができる。男の体になっても、その笑顔は、ルーグが幼い頃から知っている、優しい笑顔だった。
——ディアは、教授たちに連れ去られていった。
屋敷の玄関に、ルーグ、タルト、マーハの三人が残された。
沈黙。
暖炉の火が、遠くでぱちりと爆ぜる音だけが聞こえる。
「……くそっ」
ルーグは、拳を壁に叩きつけた。ゴッ、という鈍い音。指の皮が破れ、血が滲む。
「ご主人様、お手を……お怪我をされています」
「俺は、何もできなかった。ディアを、守れなかった」
ルーグは、壁に額を押し付けた。怒りと無力感で、体が震える。
「ご主人様、ディア様を取り戻しましょう」
タルトが、力強く言った。
「学院が相手でも、私はご主人様の味方です。ご主人様が望むなら、私は何でもします。ディア様を、必ず取り戻しましょう」
「兄さん、私も協力します。学院の情報網を探ります。学院がディア様をどこに連れて行ったのか、どんな研究をするのか、必ず突き止めます」
マーハも、即座に行動を開始した。手帳を取り出し、何かを書き込み始める。
「兄さん、落ち込んでいる暇はありませんよ。ディア様は、兄さんに『返事を今度聞かせてね』と言ったんです。つまり、ディア様は必ず戻ってくる。私たちが、迎えに行くんです」
マーハの言葉に、ルーグは顔を上げた。
「……ああ、そうだな」
ルーグは、深く息を吸った。
「タルト、マーハ。お前たちの力を貸してくれ。ディアを、取り戻す」
「はい、ご主人様」
「もちろんです、兄さん」
二人の返事は、力強かった。
ルーグは、窓の外を見た。夏の夜空に、星が瞬いている。
(ディア……絶対に、迎えに行く)
(お前の告白の返事を、ちゃんと聞くために)
ルーグは、心の中で、そう誓った。
だが、その誓いの裏で、別の不安も、静かに燃えていた。
(学院の権力は、大きい。三人だけでは、どうすることもできない)
(次の一手を、どう打つか——)
ルーグは、血の滲む拳を握りしめた。痛みが、思考を研ぎ澄ませる。
「……そうか。面倒なことになった」
ルーグの口癖が、静かな夜に溶けていった。Noveliaとは?
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