そして彼女は、夜だけひらく
【あらすじ】
魔塔大学で主席を務めるエリース・ヴァンハイムは、才気溢れる魔法剣士。普段は辛辣な言葉で周囲を遠ざけているが、それには理由があった。彼女は呪われているのだ。毎夜、制御不能な熱が身体を灼き、衰弱し切羽詰まった状態に陥る。そんなある晩、誰もいない図書室で、最も見られてはいけない相手――リオン・アッシュフォードに、その姿を目撃されてしまう。
リオンは口先ばかり達者な落第生で、常に女生徒を追いかけ回している。エリースは彼が大嫌いだった。だが今や、リオンは彼女の秘密を知ってしまった。彼は悪辣な笑みを浮かべて、取引を持ちかける。「今夜のことは誰にも言わない。その代わり、その呪いを解く手伝いをさせろ」
彼の彷徨う指が、呪いの印が浮かび敏感に反応する肌をなぞるたび、エリースは甘い吐息を必死に噛み殺す。「やめて……そんなところ触られたら……あぁ、だめ……!」しかし彼女はすぐに気づく。リオンの指だけが、呪いの責め苦から解放される唯一の術なのだと。
昼間は互いに毒舌と罵倒を浴びせ合い、夜は後ろめたく秘密の訓練を重ねる二人。しかし、麗しき理事長の娘でリオンの元恋人でもあるセラ・セラフィスが、
そして彼女は、夜だけひらく - 灼印よ、砕けろ——審問台の上の真実と、星見の丘の夜
聴聞会の夜明け前。魔塔大学セレスティアの廊下は、死んだように静まり返っていた。
石壁に施された魔力灯が、かすかに青白く点滅している。エリース・ヴァンハイムは、リオン・アッシュフォードの背中を追って、学生立入禁止の螺旋階段を一段一段、踏みしめていた。
(ここが、13階への隠し通路——)
心臓の鼓動が、耳の奥でやけに大きく響く。リオンの腫れた右手が、壁の一部を押し込んだ時だった。
ゴゴゴゴ……
石壁が左右にスライドし、薄暗い通路が口を開ける。リオンは振り返り、金色の瞳を細めた。
「[whispers]ここから先は、監視魔法の網をくぐる。俺の影魔法でも、三人並んで歩く余裕はないぜ」
「[cold]一人で十分よ」
通路は狭く、湿った空気が肌にまとわりつく。リオンが左手で術式を描くたびに、壁の古い魔法陣が反応して、嫌な赤い光を放った。一度目——警戒魔法が発動し、リオンの無造作な黒髪が逆立つ。
「[angry]あんた、注意力が足りないんじゃないの」
エリースのツンとした声に、リオンは肩をすくめた。
「[sarcastic]傷ついた手でやってるんだ。もっと優しい言葉をくれ」
二度目。リオンが術式を描き直す。今度は、小爆発が起きた。ボンッ!
「うわっ」
リオンの黒髪が、煙でぼさぼさになる。煤けた顔で咳き込む姿は、秘密の潜入にはとても見えない。エリースは眉をひそめ、深いため息をついた。
「[cold]……その頭、審問の場で見せるつもり?」
エリースは無言で手を伸ばし、リオンの髪についた煤を払い始めた。指が、ぼさぼさの黒髪を梳いていく。——その時だ。指先が、リオンのこめかみに触れた。
一瞬、二人の動きが止まる。
(私——自分から手を伸ばした?)
エリースはハッとして手を引いた。リオンの金色の瞳が、静かに、ただ静かに自分を見ている。一秒の沈黙が、狭い通路に落ちた。
「[gentle]……もういい。三度目で決める」
リオンは左手で、慎重に術式を描き直した。三度目——封印が、音もなく解ける。奥へ進むと、巨大な鉄扉が現れた。
「[serious]ここが、ヴェールの書庫だ」
——ヴェールの書庫。星導評議会が、危険な封印指定呪術の記録を保管する地下施設。エリースは、自らの家系を縛る呪いの真実がここにあると知り、唾を飲み込んだ。
内部は、想像を絶する光景だった。無数の羊皮紙が、天井まで届く棚に収められ、魔法の燐光が本の背表紙を照らしている。エリースは震える手で、三世代前の記録を探し当てた。
「[whispers]……あった」
そこには、セラフィス家当主が、ヴァンハイム家の血に封印鍵の呪いを強制付与した国家記録が、確かに記されていた。エリースは魔導通信器を取り出し、ページを一枚一枚、丁寧に写し取っていく。
リオンが隣で、同じ古文書を覗き込んだ。エリースが指でなぞった行と、リオンが指でなぞった行が、重なる。二人の指先が、静かに触れた。
どちらも、動かさない。
数秒が過ぎた。
「[whispers]……証拠は、これで十分だ」
リオンが、先に指を離した。
——
星導評議会の審問室。正面には、七人の評議員が並んでいる。その中央には、冷たい目をした理事長、オズワルド・セラフィスが座していた。傍聴席の端には、セラ・セラフィスが、何かを堪えるように唇を引き結んでいる。
エリースは、真正面を向いていた。
「[cold]被疑者、エリース・ヴァンハイム。その身体に刻まれた封印指定呪術を、公開せよ」
エリースは、詰め襟の留め金を、自分の手で一つずつ外し始めた。金具が外れる音だけが、沈黙の審問室に響く。
(今まで、家の名誉のために、隠し続けてきた秘密——)
首元が開き、鎖骨が露わになる。プラチナブロンドの髪が、はらりと肩に落ちた。リオンだけが、彼女の指先が微かに震えているのに気づいていた。
(今度は——真実を暴くための武器として、晒す)
留め金が最後まで外れ、詰め襟が開かれた。鎖骨から腰まで、金色の複雑な紋様が、白い肌の上で脈打つ。審問室の空気が、一変した。評議員たちの間に、ざわめきが広がる。
「[serious]これが、ヴァンハイム家に三世代前から刻まれている封印鍵の呪い——正式名称、契約の灼印です」
エリースの声は、驚くほど凪いでいた。
「そして、これがその国家記録の写しです」
リオンが、写しを読み上げる。セラフィス家の前当主が、ヴァンハイム家に呪いを強制付与した事実が、淡々と明かされていった。オズワルドの顔が、わずかに歪む。
「[cold]その写しは、我が家の金庫から盗まれた古文書と同じ内容。つまり、窃盗品だ。証拠能力などない」
オズワルドが、冷徹に反論した。
「その窃盗を働いたのは、そこの落ちこぼれ——リオン・アッシュフォードだ」
リオンが、唇の端を歪める。その時だった。
「[angry]やめて、お父様!!」
セラが、傍聴席から立ち上がっていた。栗色の巻き毛が、怒りで震えている。琥珀色の瞳に、涙が溜まっていた。
「リオンを罪に問うのはやめて!! 私の……私の嫉妬を、家の陰謀の道具にしないで!」
セラの声が、審問室に響き渡る。
「お父様は、リオンを狙っている! 私がエリースに嫉妬しているのを利用して、証拠を盗ませた彼を陥れようとしているんだわ!」
高慢な仮面が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。三年分の嫉妬。リオンへの、捨てきれなかった未練。そして、父親への反発。それらが全て、一度に溢れ出した。
セラは、床に手をついて泣き崩れた。
「[crying]私は……私はただ、エリースに勝ちたかっただけなの……」
それは、疲れ果てた少女の姿だった。エリースは、一瞬だけセラを見た。そして、唇をきつく引き結ぶ。
「娘を黙らせろ!」
オズワルドが叫ぶが、時すでに遅し。評議員たちのざわめきは、疑念から確信へと変わっていた。セラの半自白によって、オズワルドの陰謀は白日の下に晒されたのだ。
封印指定の効力無効化の採決が、始まろうとしていた。
その時——
エリースの体に、今まで感じたことのない熱が走った。
「……っ!!」
呪いが、最後の抵抗をするかのように、全身の紋様が一気に輝き出す。鎖骨から腰まで、金色の光が複雑な幾何学模様を描き、脈打った。評議員たちが、息を呑む。
リオンが、無言でエリースの隣に並んだ。腫れた右手の指で、影の魔法の術式を描き始める。確実に、しかし慎重に。
「[whispers]お前の呪いは、もう終わりだ」
リオンの術式が、エリースの肌の紋様と共鳴する。指が動くたびに、金色の光が収束していく。それは、審問室の全員が目撃する、解呪の儀式だった。
「賛成多数。封印指定の効力無効化を、ここに宣言する」
採決が成立した瞬間——
紋様が、最後の閃光を放って、完全に消えた。
エリースは、目を閉じた。数秒間、動かない。生まれて初めて、体の中に熱も疼きも痛みもない。ただ、静かだった。
(終わった——)
目を開けたエリースの碧眼に、涙の膜が張る。しかし、一滴も落ちなかった。リオンが、小声で呟く。
「[gentle]終わったな」
エリースは、黙って頷いた。
——
その夜。星見の丘。
エリースは、リオンを連れて、幼い頃に使用人と星を見上げた思い出の公園を訪れていた。夜空には無数の星が瞬き、風が優しく草を揺らしている。
(呪いとは、関係なく——)
エリースは、今夜初めて、自分に認めた。
(私は、この人に触れたい)
「[whispers]リオン」
自分から、リオンの首元に腕を回す。彼の胸に、額を当てた。リオンの心臓の音が、静かに聞こえる。リオンは、片手でエリースの髪を撫で、もう片方の腫れた手を彼女の背中に当てた。
「[sad]痛いなら、無理しなくていい」
「[gentle]お前を感じるのに、痛いのは関係ない」
エリースが顔を上げ、二人の視線が合った。求め合うままに、唇が重なる。初めて呪いのためではない、ただ互いを欲するだけの接触だった。
プラチナブロンドの髪が、星明かりに銀色に光る。リオンは、彼女を深く引き寄せた。
「[whispers]今夜は、誰もいない」
エリースの詰め襟に手をかけながら、リオンが囁く。これまでの夜の処置とは、全く違う温度で、彼の手が肌に触れた。エリースは、今夜は声を押し殺す必要がないと気づく。
星見の丘の木陰。二人はゆっくりと服を緩め合った。リオンの長い指が、かつて呪いの紋様があった場所——鎖骨から腰にかけてを、今度は何も消すためではなく、エリースを感じるためだけになぞっていく。
「……あっ」
紋様が消えた今、その場所はただ敏感な肌だった。触れられるたびに、エリースの口から甘い声が漏れる。リオンはその声を聞きながら、彼女の胸の先端をそっと指で転がした。
「[gentle]ここか……お前が一番、気持ちいいのは」
「[scared]言わせないで、そんなこと……」
熱く濡れた場所に、リオンの指が沈み込む。くちゅり、と淫らな水音が夜の静けさに響いた。エリースは恥ずかしさでリオンの胸に顔を埋めるが、腰は自然と彼の手の動きに合わせて揺れていた。
「[whispers]好きよ……リオン」
激しくなる息の間で、エリースが初めて言葉にした。
「[gentle]知ってる」
リオンは、自らの下衣を緩め、硬くそそり立ったペニスを露わにした。それを、エリースの濡れそぼった秘所にあてがう。
「……やっぱり、俺もだ」
ずぷん——と、熱いものがエリースの中に押し入ってくる。圧倒されるような充実感に、エリースは声もなく震えた。リオンは、彼女のあらゆる反応を確かめるように腰を動かし始める。
「あっ、はぁ……んんっ」
膣内を擦り上げられる快感に、エリースの口からは抑えきれない喘ぎ声が漏れ続ける。リオンは何度も、彼女の一番奥の気持ちいい場所を穿った。
「[gentle]お前の中、熱くて、締め付けてくる……」
「[crying]も、言わないでっ……ああっ!」
絶頂が近づく。これまで呪いの疼きと戦ってきた体が、初めて純粋な快楽に支配され、内側からきつくリオンを締め上げる。
「イく……いく、イっちゃう……!」
「[gentle]いいよ、おいで」
リオンが最奥にペニスを押し付けた瞬間、エリースは背中を弓なりにし、激しい痙攣と共に絶頂に達した。その締め付けに促され、リオンもまたエリースの一番深い場所に熱い精液を吐き出した。びゅるっ、びゅくっ……と、何度も何度も、腹の奥が満たされていく感覚に、エリースは言葉にならない声を上げた。
二人は初めて、本当の意味で結ばれた。
——
明け方の薄明かりが、星見の丘を包み始める。
リオンは、眠りかけたエリースの耳元で、静かに呟いた。
「[serious]審問の前に……古文書の存在を事前に知っていた評議員がいる」
エリースは、ゆっくりと目を開けた。
「セラフィスの上にいる誰かが、ヴァンハイム家の呪いを欲しがってる。……あの親子は、操られていただけだ」
エリースは、リオンの胸の中で静かに息を吸った。呪いは解けた。しかし、その奥に広がる闇は、まだ深い。
「[whispers]……まだ、終わってないのね」
エリースは、次の闇を見つめながら、小さく呟いた。星が、一つ、音もなく流れていった。