はじめの一歩 呪いの性別逆転騒動
『はじめの一歩』の世界に、まさかの性別逆転コメディが登場!
ある朝、目覚めた幕之内一歩は、自分の体が女の子になっていることに気づく。しかも、鴨川ジムの仲間たち——鷹村、青木、木村まで、全員が女体化していた。原因は、ジムの地下室に保管されていた古いトロフィーに込められた「性別逆転の呪い」。イタリアからやってきた呪い研究家・マリエは、その呪いを解くために奔走するが、タイムリミットが迫る中、一歩たちの関係にも少しずつ変化が訪れて……。
ボクシングの熱さはそのままに、女の子になった体での戸惑いや恥ずかしさ、そして仲間たちとの掛け合いが笑いを誘う。元に戻る日は来るのか? そして、一歩と宮田の関係にも思わぬ波紋が——?
性別逆転×呪い×ボクシングの異色コメディ、開幕!
はじめの一歩 呪いの性別逆転騒動 - 目覚めたら女の子!? 呪いのトロフィーとイタリア娘の謝罪
「——っ!?」
目が覚めた瞬間、喉の奥から自分のものとは思えないほど高い声が漏れた。
一歩は布団の上で体を起こす。いつもの朝だ。カーテンの隙間から差し込む光も、台所で母が朝食を作る音も、全部いつも通りのはずだった。
なのに、何かがおかしい。
体が、軽い。
いや、軽いというより、感覚が薄い。肩幅も、胸板の厚さも、拳を握った時の骨のゴツゴツした感じも、全部が少しずつずれている。
「なんだ……?」
声が、変だ。
一歩は自分の喉に手を当てた。触れた首は細く、つるりとしている。いつもの太い首じゃない。それどころか、指先まで心なしか細くなっている気がする。
嫌な予感がした。
布団を蹴って立ち上がると、パジャマの裾がやけに余っている。袖も長い。ズボンも、ウエストがゆるくて今にも落ちそうだ。
一歩は恐る恐る、部屋の隅にある姿見の前に立った。
鏡の中に、知らない女の子が立っていた。
「うわああああああっ!?」
悲鳴だった。
いや、悲鳴というにはあまりにも高い、裏返った声。鏡の向こうの女の子が、同じように口を押さえて目を見開いている。
黒くて長い髪が、肩を通り越して背中の真ん中あたりまで流れている。いつもの短い髪はどこにもない。顔は……確かに一歩の面影がある。優しげな目元も、少し垂れ気味の眉も、面影は残っている。でも、輪郭は丸く、肌は白く、唇は小さくて赤い。
そして、胸。
パジャマの生地を押し上げるように、ふたつの膨らみがあった。
「な、なんで……なんでだよ……」
一歩は震える手で自分の胸に触れた。柔らかい。確かにそこにある。自分の体なのに、自分のものじゃない感覚。指の先から伝わる感触が、現実だと告げている。
心臓がバクバクと鳴っている。
「夢か……? そうだ、きっと夢だ。昨日、練習で頭でも打ったのかもしれない」
一歩は自分の頬をつねった。
痛い。
もう一度、鏡を見る。
長い黒髪の女の子が、泣きそうな顔でこちらを見つめ返している。
「……嘘だろ」
声は、やっぱり高くて、鈴を転がすみたいに澄んでいた。
一歩は混乱しながらも、なんとか着替えを済ませた。白いTシャツにジャージのズボン、といういつもの格好。なのに、Tシャツの胸元がきつい。いや、きついというか、明らかに形が合わなくなっている。ジャージのウエストもゆるくて、紐をぎゅっと締めないと落ちてしまいそうだった。
(これ、どうなってるんだ……)
鏡に映る自分は、どう見ても「女の子」だった。
身長も縮んでいる。前は168センチあったはずなのに、今は160センチあるかないか。手足も細くて、筋肉がきれいさっぱり消えている。
(ボクシングの体が……)
一歩は拳を握り、軽く構えてみた。
空気を切る音が、妙に軽い。重心も、足の幅も、全部ずれている。
「くそっ……」
呟いた声も、女の子の声だった。
一歩はとにかくジムへ向かうことにした。
鴨川ボクシングジムは、一歩の家から走って十五分ほどの場所にある。鴨川区の商店街を抜け、川沿いの道を少し行ったところにある木造二階建ての建物だ。
朝の商店街は、まだシャッターの下りた店が多い。八百屋の「八百辰」の店主が店先で野菜の箱を並べているのが見えた。一歩が走り抜けると、店主が一瞬、怪訝な顔をした。
(当然だよな。知らない女の子が走ってるんだから)
一歩は人目を避けるように、うつむいて走った。
胸が揺れる。走るたびに、二つの重みが上下に跳ねて、それが気持ち悪くて、恥ずかしくて、どうしようもなかった。
(これが……女の子の体……)
ジムの前に着いた時、一歩は息を切らしていた。
木造の建物は、いつもと変わらない。壁には「鴨川ボクシングジム」の古びた看板。入口のドアには、歴代チャンピオンの写真が貼ってある。
一歩はドアを開けた。
「会長! 鷹村さん! 大変なんです!」
声が、ジムの中に響いた。
瞬間、ジムの中にいた全員の視線が、一歩に突き刺さった。
ジムの中は、静かだった。
リングの上にも、サンドバッグの前にも、誰もいない。
代わりに、ジムの中央に、見知らぬ女の子が二人、立っていた。
一人は、腰まで届く黒い長髪の美女だった。鋭い目つき、高い鼻、引き締まった体。白いシャツにジーンズという格好だが、そのシャツの胸元はパンパンに張っていて、ボタンが今にも弾け飛びそうだった。
もう一人は、その隣で青ざめた顔をしている金髪の女性だった。長い金髪をポニーテールにまとめ、エメラルドグリーンの瞳を潤ませている。年は二十歳そこそこ。白いブラウスに紺のスカート、手には小さな革のバッグを握りしめていた。
「……誰だ、お前」
黒髪の美女が、低い声で言った。
その声に、一歩は聞き覚えがあった。
「え……鷹村、さん……?」
「ああ? なんで俺の名前を知ってんだ」
美女は——鷹村は、腕を組んで一歩を睨みつけた。その仕草は、いつもの鷹村そのものだった。なのに、体はどう見ても超セクシーな女性で、腕を組むと胸が持ち上がって、谷間がくっきりと浮かび上がる。
「鷹村さんこそ、なんで女の人になってるんですか!?」
「は? 女? 俺が?」
鷹村は自分の体を見下ろした。
「……おお」
「おお、じゃないですよ!」
「いや、これはすげえな。俺、めちゃくちゃ美人じゃねえか」
鷹村はにやりと笑って、自分の胸を両手で持ち上げた。
「ちょ、ちょっと何してるんですか!」
「何って、重いなと思ってよ。この胸、結構な重さだぞ。走ったら肩凝りそうだ」
「そんなこと言ってる場合ですか!?」
一歩のツッコミに、鷹村はケラケラと笑った。その笑い声も、女性の高い声なのに、笑い方だけはいつもの鷹村だった。
「で、お前は誰なんだよ。見ねえ顔だな。新入りの練習生か?」
「一歩です! 幕之内一歩です!」
「はあ!? お前が一歩!?」
鷹村が一歩の顔をまじまじと覗き込んだ。
「……あー、言われてみれば、目元が一歩だな。なんだよ、お前も女になったのか」
「なったのか、じゃないですよ! なんでこんなことに……」
「知るかよ。俺が知りてえよ」
その時だった。
「あの……っ」
金髪の女性が、おずおずと一歩に近づいてきた。
一歩は改めて彼女を見た。長い金髪は、光を受けてさらさらと揺れている。エメラルドグリーンの瞳は、今にも涙がこぼれそうで、長いまつ毛が震えていた。肌は透き通るように白く、日本人離れした顔立ちをしている。
「あなたが、幕之内一歩さん……ですか?」
「は、はい。そうですけど」
「よかった……お会いできて……」
マリエは、ほっとしたように胸に手を当てた。
「あの、私はマリエと申します。イタリアから来ました。呪い研究家をしています」
「呪い……研究家?」
一歩は首をかしげた。
「はい。フィレンツェ呪術研究所という機関に所属しています。世界中に約八百人しかいない、呪いを専門に研究する者の一人です」
マリエは一歩の目をまっすぐに見つめて言った。
「そして……その、なんとお詫びすればいいのか……。あなたたちが女体化してしまったのは、私のせいです」
「……え?」
一歩は言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
マリエは深く頭を下げた。
「昨夜、私はこのジムの地下室に保管されていた古いトロフィーを調査していました。そのトロフィーには、とても強い呪いが込められていたんです。私はそれを安全に扱えると思った。でも……私の力では制御できなかった」
声が震えている。
「トロフィーに触れた瞬間、呪いが暴走して、ジムにいた方々全員に広がってしまいました。性別逆転の呪いです。あなたたちの体が女性になってしまったのは、そのせいです」
「呪いって……」
一歩は自分の手を見た。細くて白い指。
「そんな、信じられません。呪いなんて……」
「信じられないのも無理はありません。でも、現にあなたの体は変わってしまっている。これは医療ではどうにもならない、呪いによる肉体変化なんです」
マリエのエメラルドグリーンの瞳が、真剣に一歩を見つめる。
「あなたを、こんな目に遭わせてしまった。本当にごめんなさい」
彼女はもう一度、深々と頭を下げた。
一歩は何も言えなかった。
怒りが湧かないと言えば嘘になる。一晩で体を奪われた。プロボクサーとしての体も、男としての自分も、全部。
でも、目の前の彼女は、今にも泣き出しそうな顔で謝っている。
「……信じられないけど」
一歩はゆっくりと言った。
「でも、現にこうなってるんだから、信じるしかないですよね」
「一歩さん……」
「それで、その呪いは、元に戻せるんですか?」
マリエは唇を噛んだ。
「……正直に言います。私の力では、すぐに戻すことはできません」
「え?」
「この呪いは、トロフィーに込められた『悲しみ』を癒さなければ解けない。そういう種類の呪いなんです。でも、その悲しみが具体的に何なのか、どうすれば癒せるのか、まだ分かっていません」
「じゃあ、元に戻れないんですか!?」
「戻れます! 必ず戻します!」
マリエは一歩の手を、両手でぎゅっと握った。
一歩はドキリとした。彼女の手は、小さくて、温かくて、柔らかかった。
「私は責任を取ります。呪いを解くまで、絶対にイタリアには帰りません。あなたたちを元の体に戻すまで、何があっても諦めません」
エメラルドグリーンの瞳が、涙で潤みながらも、強い意志を宿して一歩を見つめている。
一歩は、その眼差しに気圧された。
「……わかりました。じゃあ、俺も協力します」
「本当ですか!?」
「元に戻りたいのは、俺も同じですから」
一歩はそう言って、握られた手をそっと離した。
マリエの顔が、ぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます! 一歩さんは、優しい人なんですね」
「そ、そうですか……?」
一歩は照れて、視線を逸らした。
(女の子に手を握られて、何ドキドキしてるんだ。相手は俺を女にした張本人なのに)
「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
鷹村が二人の間に割って入った。
「鷹村さん……」
「この体、せっかく美人になったんだ。楽しまねえと損だろ。元に戻る方法を探すのはいいが、その間も俺は俺だ。世界チャンピオンの鷹村守だぜ」
「あんた、呪いをかけられたっていうのに、なんでそんなに平気なんですか……」
「平気も何も、困ることなんて何もねえだろ。この体、軽いし、動きやすいし、何より見た目が最高だ」
鷹村は腰に手を当てて、胸を張った。
「むしろ、女の体でどこまで強くなれるか試してみてえくらいだ」
「試さなくていいです!」
その時、ジムの奥の更衣室から、ばたばたと足音が聞こえた。
「おい、木村! お前、マジで見てみろよ!」
「うるせえ、青木! お前こそ鏡見たか!?」
更衣室から飛び出してきたのは、二人の美少女だった。
一人は、肩までの黒髪を無造作に伸ばした、勝ち気そうな顔立ちの女の子。もう一人は、少し長めの茶髪を後ろで束ねた、おっとりした雰囲気の女の子。
二人とも、鴨川ジムの練習着を着ているが、サイズが合っていない。袖は余り、ウエストはぶかぶかで、胸元は逆にぱつぱつだった。
「青木さん!? 木村さん!?」
「あ? 誰だ、お前……って、その声、一歩か?」
「はい! 一歩です!」
「マジかよ! 一歩まで女になってんのか! ってか、俺たちもだけどよ!」
青木は自分の体を見下ろして、げんなりした顔をした。
「くそっ、せっかく磨き上げた肉体が……全部消えちまった……」
「俺なんて、身長が十センチ以上縮んでるぞ。どうしてくれるんだ」
木村もため息をついた。
「でもよ、木村。お前、女になっても顔は木村だな」
「お前もな。女になっても、なんか微妙な顔だよな」
「てめえ、やんのか」
「やれるもんならやってみろよ。女の体でパンチなんか当たるかよ」
二人は軽く構えて、じゃれ合うようにシャドーを始めた。
一歩はその光景を見て、頭を抱えた。
(なんでみんな、こんなに適応が早いんだ……)
「みなさん、本当にごめんなさい!」
マリエが青木と木村にも深々と頭を下げた。
「私はマリエと申します。あなたたちを女体化させてしまった張本人です。呪いを解くまで、必ず責任を取ります」
青木と木村は顔を見合わせた。
「呪い、ねえ……」
「正直、信じられねえけど、現にこうなってるしな」
「信じるしかねえだろ。他に説明がつかねえ」
青木は頭をかいた。
「まあ、とりあえずよ。呪いだか何だか知らねえけど、元に戻るまで、俺たちは俺たちだ。ボクシングはできなくても、できることをやるしかねえだろ」
「青木のくせに、たまにはいいこと言うじゃねえか」
「うるせえよ」
一歩は、仲間たちの姿を見て、少しだけ心が軽くなった。
(そうだよな。体は変わっても、みんなはみんなのままだ)
マリエが、小さなバッグから古びたノートと振り子を取り出した。
「では、改めて説明させてください。今回の呪いについて、分かっていることをすべてお話しします」
マリエはノートを開き、真剣な表情で話し始めた。
「この呪いは『性別逆転の呪い』と呼ばれるものです。対象者の生物的な性別を完全に反転させ、骨格や筋肉、声帯まで変化させます。衣服も呪いの副作用で、対象者の体に合うように自動調整される。あなたたちの服のサイズが変わっていたのは、そのせいです」
「じゃあ、俺のパンツも女物になってるってことか?」
「……そうです。下着も含めて、すべて適合するように変化します」
「そりゃすげえな。呪いって便利だな」
「便利じゃないです!」
マリエは咳払いをして続けた。
「呪いの源は、このジムの地下室にある古いトロフィーです。一九五二年の東日本ミドル級タイトルマッチで優勝者に贈られたものですが、それを持ち込んだボクサーが、愛する者を失った深い悲しみを込めてしまった。その悲しみが、呪いとなってトロフィーに残留していたんです」
「一九五二年って……すげえ昔だな」
「はい。だからこそ、悲しみが凝縮されていて、呪いも強力になっています。世界に約八百人しかいない呪い研究家でも、手こずるレベルの呪いです」
「八百人って、多いのか少ないのかよく分かんねえな」
「世界の人口から考えれば、極めて少ないです。呪い研究家になるには、大学で民俗学や心理学を修めた後、各国の呪術研究機関で三年以上の実地研修を経て、国際呪術研究連盟の認定を受けなければなりません」
「へえ……あんた、そんなに勉強したのか」
「勉強はしました。でも、それでも足りなかった。私の未熟さが、この事態を招いたんです」
マリエはノートを握りしめた。
「それで、その呪いを解く方法はあるんですか?」
一歩はマリエに尋ねた。
「……正直に言うと、まだ完全な方法は分かっていません。でも、一つだけ確かなことがあります」
マリエは一歩の目を見た。
「呪いを解くには、トロフィーに込められた悲しみを癒す必要がある。そのためには、トロフィーの持ち主が誰だったのか、何があったのかを調べなければなりません」
「持ち主を探す……ですか」
「はい。そして、もう一つ。これはとても重要なことなのですが」
マリエは言いにくそうに、言葉を切った。
「この呪いには、タイムリミットがあります」
「タイムリミット?」
「呪いの源であるトロフィーから離れると、女体化がさらに進行します。今は体が変化しただけですが、時間が経つにつれて、精神や記憶にまで影響が出る可能性があります」
「精神や記憶って……それって、どうなるんですか?」
「最悪の場合、自分が誰だったのか、分からなくなるかもしれません」
ジムの中が、静まり返った。
一歩は、背筋が冷たくなるのを感じた。
「つまり、のんびりしてると、俺たちは俺たちじゃなくなるってことか」
鷹村の声が、初めて真剣なトーンになった。
「……はい。ですから、時間との戦いになります」
「ちっ、そういうのは早く言えよ」
「ごめんなさい。言い出すのが怖くて……」
マリエはうつむいた。
一歩は拳を握った。
細くて、頼りない女の子の拳。
でも、心の中の炎は、いつもと同じだった。
「やるしかないですよね」
一歩は顔を上げた。
「俺、元に戻りたいです。ボクシングを続けたい。そのためなら、何でもします」
「一歩さん……」
「それに、俺だけじゃない。みんなも元に戻さないと」
一歩は仲間たちを見回した。
青木が、にっと笑った。
「当たり前だろ。俺たちは鴨川ジムのボクサーだ。女になったくらいで、諦めるわけねえだろ」
「そういうことだ。一歩、お前が先頭切って走れよ。俺たちは後からついていく」
「木村さん……青木さん……」
「おいおい、俺を忘れんなよ」
鷹村が一歩の肩を組んだ。
「こういう面倒なことは、一番強い俺に任せとけ。女の体でも、世界チャンピオンは世界チャンピオンだぜ」
「鷹村さん……でも、その胸、重くないですか?」
「重い。肩に乗せんな」
「乗せてるのは鷹村さんですよ!」
マリエが、ふっと笑った。
「みなさん、本当に強い人たちなんですね」
その笑顔は、青ざめていた顔からは想像できないほど、明るくて、かわいらしかった。
一歩は、その笑顔に、また胸がドキリとするのを感じた。
(なんでだよ。こんな状況なのに……)
「では、改めてお願いします。私に、みなさんを元の体に戻すための協力をさせてください」
マリエは一歩の前に立ち、右手を差し出した。
「呪い研究家として、命を懸けて、あなたたちを守ります」
一歩は、その手をじっと見た。
細くて、白くて、きれいな手。
一歩は、その手を握った。
「よろしくお願いします、マリエさん」
マリエの手は、やっぱり温かかった。
こうして、鴨川ジムの性別逆転生活が始まった。
ジムの外では、朝日が昇り始めていた。
鴨川の水面が、きらきらと光っている。
一歩は、窓から差し込む光を見つめながら、思った。
(絶対に、元に戻る。そして、みんなでまた、このジムでボクシングをするんだ)
その決意だけは、女の子の体になっても、少しも揺るがなかった。
でも、その時はまだ、一歩は知らなかった。
呪いのせいで、みんなの関係が、少しずつ変わっていくことを。
そして、その変化が、思わぬ方向に転がっていくことを。
「……ところで、一歩」
「はい?」
「お前、その顔、女になったら結構かわいいな」
「は!?」
「宮田が見たら、なんて言うか楽しみだな」
「な、なんで宮田君が出てくるんですか!?」
一歩の顔が、かあっと熱くなった。
「照れてやんの。かわいいなあ」
「かわいいって言わないでください!」
青木と木村が、くくくと笑いをこらえている。
マリエは、きょとんとした顔で首をかしげていた。
「宮田さんというのは、一歩さんの恋人ですか?」
「違います! 宮田君はライバルです! 男です!」
「男の人なんですね。一歩さん、男の人に照れるんですか?」
「照れてません!」
一歩の叫びが、朝のジムにこだました。
長い黒髪が、ばさばさと揺れる。
(……本当に、どうなっちゃうんだ、これから)
一歩は、鏡に映る自分の姿をちらりと見て、大きなため息をついた。
女の子の自分が、困ったような顔で、こちらを見つめ返していた。
呪いの朝は、まだ始まったばかりだった。Noveliaとは?
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