はじめの一歩 呪いの性別逆転騒動
『はじめの一歩』の世界に、まさかの性別逆転コメディが登場!
ある朝、目覚めた幕之内一歩は、自分の体が女の子になっていることに気づく。しかも、鴨川ジムの仲間たち——鷹村、青木、木村まで、全員が女体化していた。原因は、ジムの地下室に保管されていた古いトロフィーに込められた「性別逆転の呪い」。イタリアからやってきた呪い研究家・マリエは、その呪いを解くために奔走するが、タイムリミットが迫る中、一歩たちの関係にも少しずつ変化が訪れて……。
ボクシングの熱さはそのままに、女の子になった体での戸惑いや恥ずかしさ、そして仲間たちとの掛け合いが笑いを誘う。元に戻る日は来るのか? そして、一歩と宮田の関係にも思わぬ波紋が——?
性別逆転×呪い×ボクシングの異色コメディ、開幕!
はじめの一歩 呪いの性別逆転騒動 - 女になった鷹村、襲来!~呪い暴走と消えたトロフィー~
朝の光が、古い木造のジムの中に、細い筋を作って差し込んでいた。
一歩は、鏡の前で、小さく息を吐いた。
黒くて長い髪。白い肌。丸い輪郭。鏡の中には、今日も、女の子の姿をした自分が立っている。
「……五日目、か」
呟いた声は、やっぱり高くて、鈴を転がすみたいに澄んでいた。
呪いで女の子の体になってから、五日目の朝。一歩は、この体にも、だいぶ慣れてきた。
いや、慣れた、というより、慣れるしかない、という方が正しい。
(まだ、自分の顔だとは思えないけど)
一歩は、鏡の中の自分を、じっと見つめた。
優しげな目元。少し垂れ気味の眉。確かに、自分の面影はある。でも、輪郭は丸く、唇は小さくて赤い。どう見ても、女の子だ。
一歩は、昨日、マリエに言われたことを、思い出した。
『女の体は、繊細な動きに向いているのよ。力任せじゃなくて、しなやかに動くことを意識するといいわ』
(繊細な動き、か)
一歩は、拳を握って、軽く構えてみた。
シュッ、シュッ、と、空気を切る音が、軽やかに響く。
(……悪くない)
一歩は、昨日、サンドバッグを打った時の、軽やかな感覚を、もう一度、確かめるように、足を動かした。
ステップ。体重移動。肩の力を抜いて、腕を伸ばす。
(重心が低い。腰が軽い。……これなら、もっと速く動ける)
一歩は、鏡の前で、何度も、ジャブの動きを繰り返した。
「……よし」
一歩は、小さく、頷いた。
女の子の体になって、失ったものは、確かにある。でも、その代わりに、手に入れたものもある。
(この体で、どこまで強くなれるか)
一歩は、そう、前向きに、考えようとしていた。
でも、その一方で。
鏡に映る、長い黒髪の女の子を見るたびに、胸の奥が、ちくりと、痛む。
(やっぱり、早く、元に戻りたい)
一歩は、鏡から、目を逸らした。
ジムの中央では、マリエが、古い黒電話の前に、座っていた。
「もしもし、ルカ? 私よ、マリエ。……ええ、そうなの。ちょっと、調べてほしいことがあるの」
マリエは、受話器を耳に当てて、真剣な表情で、話し始めた。
長い金髪を、ポニーテールにしている。エメラルドグリーンの瞳は、電話の向こうにいる相手を、見つめるように、細められていた。
「1952年の、東日本ミドル級タイトルマッチの記録。……ええ、そう。古いトロフィーに、刻印があったの。……うん、お願い」
一歩は、マリエの近くに、腰を下ろした。
マリエは、一歩に、ちらりと、視線を向けて、小さく、微笑んだ。
「……え? 当時のチャンピオン? ……うん、うん。……そうなの。……引退して、妻子を失って、孤独に亡くなった……。……名前は? ……記録が、欠損してるの……。……そう、わかった。ありがとう、ルカ。また連絡するわ」
マリエは、受話器を置くと、深いため息を、ついた。
「……どうでしたか?」
一歩が、尋ねた。
マリエは、少し、悲しそうな顔で、首を振った。
「チャンピオンの名前までは、分からなかったの。記録が、戦争の混乱で、欠損しているみたいで……。でも、引退した後に、奥さんと子供を、失ったことは、分かったわ」
「そう、ですか……」
一歩は、うつむいた。
(やっぱり、簡単には、いかないか)
「でも、まだ、諦めないわ。きっと、方法があるはずよ」
マリエは、顔を上げて、一歩を、まっすぐに、見つめた。
その瞳は、強い光を、宿していた。
一歩は、その瞳に、どきり、とした。
「……俺も、一緒に、探します」
一歩は、マリエの瞳を、見つめ返した。
マリエは、一瞬、驚いたように、目を見開いた。
それから、ふわり、と、花が咲くように、笑った。
「……ありがとう、一歩さん」
その笑顔は、朝の光の中で、きらきらと、輝いていた。
一歩は、胸の奥が、じわり、と、温かくなるのを、感じた。
(マリエさんは、いつも、俺のために、必死になってくれてる)
一歩は、そんなマリエの姿に、心から、感謝していた。
「おーっす! 一歩! マリエちゃん!」
ジムの入り口から、元気な声が、飛び込んできた。
振り返ると、そこには、青木と、木村が、立っていた。
二人とも、女の子の体になっている。
青木は、女の子になっても、相変わらずの、明るい表情をしていた。ショートカットの髪を、元気よく、揺らしている。
木村は、青木の隣で、苦笑いを、浮かべていた。
「おはようございます、青木さん、木村さん」
一歩は、立ち上がって、挨拶をした。
「よう、一歩。今日も、可愛いな」
木村が、にやにやしながら、言った。
「や、やめてくださいよ、木村さん……」
一歩は、顔を、赤くした。
「あはは! 照れてる! 照れてる!」
青木が、指をさして、笑った。
「……もう、二人とも」
一歩は、困ったように、笑った。
その時だった。
ドン! ドン! ドン!
ジムの外から、何かが、壁を叩くような、重い音が、響いてきた。
「……なんだ?」
木村が、音のする方へ、視線を向けた。
「地震か?」
青木が、首を、傾げた。
「……違うわ。あれは、足音よ」
マリエが、真剣な表情で、言った。
「足音?」
一歩は、マリエを、見た。
「……すごく、重い足音。まるで、大きな動物が、歩いてくるみたい」
マリエは、ジムの入り口を、じっと、見つめた。
ドン! ドン! ドン!
音は、どんどん、大きくなってくる。
そして、次の瞬間。
ガラッ!
ジムの入り口の戸が、勢いよく、開かれた。
「うおおおおおおお!!!」
そこに立っていたのは、女体化した、鷹村守だった。
腰まで届く、黒いロングヘア。鋭い黒い瞳。そして、その胸には——。
「な、なんだ、その格好は!?」
青木が、目を丸くした。
「ああ? これか?」
鷹村は、自分の胸を、両手で、持ち上げた。
「この重りを、逆に利用してやろうと思ってな! 女性用のスポーツブラってやつを、着けてみたんだよ!」
鷹村は、得意げに、笑った。
「……いや、似合ってるけど、何か、色々と、おかしいだろ」
木村が、呆れたように、言った。
「うるせぇ! 俺は、この体で、最強になるんだ! 女になろうが、男になろうが、俺は、鷹村守だ!」
鷹村は、そう叫ぶと、リングの上に、飛び乗った。
「見てろよ! この体で、どれだけ、速く動けるか!」
鷹村は、シャドーボクシングを、始めた。
シュッ! シュッ! シュッ!
その動きは、女の子の体とは、思えないほど、鋭く、速かった。
「……すげぇ」
青木が、呟いた。
「……やっぱり、鷹村さんは、すごいな」
一歩も、鷹村の動きに、見入っていた。
「はっはっは! どうだ! この体でも、俺は、最強だろ!」
鷹村は、シャドーボクシングを、やめて、胸を、張った。
「……いや、すごいけど、その、胸が、揺れてるから、何か、こう……」
木村が、目を、逸らした。
「気にするな! これも、武器だ!」
鷹村は、自分の胸を、ぽんぽん、と、叩いた。
「……武器って」
一歩は、苦笑いした。
「あら、鷹村さん。おはようございます」
マリエが、鷹村に、声をかけた。
「おう、マリエ! お前、呪いを解く方法、見つかったのか?」
鷹村が、リングから、飛び降りた。
「……いいえ、まだです。でも、手がかりは、掴みつつあります」
マリエは、首を、振った。
「そうか。まあ、焦るなよ。別に、この体も、悪くないからな」
鷹村は、にやり、と、笑った。
「……悪くないんですか」
一歩は、驚いた。
「ああ。こんなに、身軽な体、初めてだ。それに、この胸の重りは、いいトレーニングになる。呪いを解くなんて、勿体ないくらいだ」
鷹村は、そう言って、また、自分の胸を、持ち上げた。
「……本気で、言ってるんですか?」
一歩は、信じられない、という顔で、鷹村を、見た。
「本気だ。……だが、まあ、お前が、早く、元に戻りたいって、言うなら、俺も、協力してやらないでもない」
鷹村は、一歩の、頭を、ぽん、と、叩いた。
「……鷹村さん」
一歩は、鷹村の、顔を、見上げた。
「……何だよ、その、うるうるした目は。気持ち悪い」
鷹村は、一歩から、目を、逸らした。
「……すみません」
一歩は、小さく、笑った。
(鷹村さんは、いつも、言葉は、きついけど、本当は、優しいんだ)
一歩は、鷹村の、不器用な優しさに、触れた気がした。
その後、鷹村は、マリエを、ジムの隅に、呼び出した。
「……なあ、マリエ。あの、トロフィーってやつは、本当に、一歩を、元に戻す、手がかりになるのか?」
鷹村は、声を、潜めて、尋ねた。
「……ええ。おそらく、呪いの源は、あのトロフィーに、間違いないと思います。でも、まだ、確信は、持てないの」
マリエは、真剣な表情で、答えた。
「そうか。……あいつ、一歩は、表では、平気そうにしてるが、本当は、すごく、不安なんだと思う。あの、馬鹿正直な奴は、無理をしてでも、笑おうとするからな」
鷹村は、一歩の方を、ちらり、と、見た。
「……鷹村さんは、一歩さんのことを、よく、見てるのね」
マリエは、微笑んだ。
「当たり前だろ。俺は、あいつの、先輩だからな。……だから、お前、頼むぞ。あいつを、元に戻してやってくれ」
鷹村は、マリエに、頭を、下げた。
「……はい。私に、できることは、何でもします。必ず、一歩さんを、元に戻してみせますわ」
マリエは、強く、頷いた。
「一歩、ちょっと、こっちに、来てくれる?」
マリエが、一歩を、手招きした。
「はい、何ですか?」
一歩は、マリエの、もとに、駆け寄った。
「……今日、あなたに、試してもらいたいことが、あるの」
マリエは、一歩の、目を、じっと、見つめた。
「試してもらいたいこと?」
一歩は、首を、傾げた。
「……ええ。あの、地下室の、トロフィーに、触れてみて、ほしいの」
マリエは、真剣な表情で、言った。
「トロフィーに、触れる?」
一歩は、驚いた。
「……ええ。もしかしたら、あなたには、トロフィーに込められた、過去の記憶が、視えるかもしれない。呪いの源に、直接、触れることで、何か、手がかりが、掴めるかもしれないの」
マリエは、一歩の、手を、ぎゅっと、握った。
「……でも、危険が、伴うかもしれない。それでも、試して、くれる?」
マリエの、手は、少し、震えていた。
一歩は、マリエの、手を、握り返した。
「……やります。俺、やってみます」
一歩は、マリエの、目を、まっすぐに、見つめた。
「……ありがとう、一歩さん」
マリエは、ほっと、したように、微笑んだ。
一歩とマリエは、ジムの地下室へと、向かった。
地下室は、薄暗く、湿っぽい空気が、漂っていた。
天井から、裸電球が、一つ、ぶら下がっていて、周囲を、ぼんやりと、照らしている。
壁際には、古いサンドバッグや、段ボール箱が、積み上げられていた。
そして、地下室の、一番奥に、それは、置かれていた。
古い、ブロンズ製の、トロフィー。
高さは、約30センチ。台座には、「1952年 東日本ミドル級チャンピオン」の、刻印が、彫られている。
表面は、黒ずんでいて、無数の傷が、ついていた。
「……これが、呪いの源」
一歩は、トロフィーを、じっと、見つめた。
「……ええ。触れると、微かに、温かいの。まるで、生きているみたいに」
マリエは、トロフィーの、前に、立った。
「……一歩さん。無理は、しないで。何か、異変を感じたら、すぐに、手を、離して」
マリエは、一歩に、そう、言い聞かせた。
「……分かりました」
一歩は、頷くと、恐る恐る、トロフィーに、手を、伸ばした。
そして、指先が、トロフィーの、表面に、触れた瞬間。
——ドクン。
心臓が、大きく、跳ねた。
「……っ!」
一歩は、思わず、手を、引っ込めそうになった。
「……大丈夫? 一歩さん!」
マリエが、心配そうに、一歩を、見た。
「……だ、大丈夫です。……それより、今、確かに、温かい、って、感じました」
一歩は、もう一度、トロフィーに、手を、伸ばした。
今度は、ゆっくりと、トロフィーを、両手で、包み込むように、握った。
——ドクン。ドクン。ドクン。
心臓の、鼓動が、速くなる。
トロフィーから、熱が、伝わってくる。
それは、まるで、誰かの、体温のようだった。
「……う、あ……」
突然、一歩の、頭に、激しい、痛みが、走った。
「ぐああああっ!!!」
一歩は、頭を、抱えて、その場に、しゃがみ込んだ。
「一歩さん! 一歩さん!」
マリエの、叫ぶ声が、遠くに、聞こえる。
視界が、ぐにゃぐにゃと、歪んでいく。
そして、次の瞬間。
一歩の、目の前に、知らない、光景が、広がった。
——そこは、薄暗い、病室だった。
白いベッドの上に、一人の、女性が、横たわっている。
女性は、やせ細っていて、顔色は、青白かった。
ベッドの、傍らには、一人の、男性が、座っていた。
男性は、ボクシンググローブを、握りしめて、女性の、手を、握っていた。
「……あなた」
女性が、か細い声で、呟いた。
「……何だ」
男性が、女性の、顔を、覗き込んだ。
「……私、もう、長くないみたい」
女性が、微笑んだ。
「……何を、言ってるんだ。お前は、絶対に、良くなる。俺が、世界チャンピオンになって、お前と、子供を、幸せに、するんだ」
男性は、女性の、手を、強く、握りしめた。
「……ありがとう。でも、もう、十分よ。あなたと、出会えて、本当に、幸せだった」
女性は、そう言うと、静かに、目を、閉じた。
「……おい、おい! しっかりしろ! おい!」
男性が、女性の、体を、揺さぶった。
しかし、女性は、もう、動かなかった。
「……嘘だろ……嘘だろ……! お前、俺を、置いて、いくのか……! 俺は、お前のために、強くなったのに……! お前が、いなきゃ、何の、意味も、ないんだ……!」
男性は、泣き崩れた。
そして、傍らに、置いてあった、トロフィーを、握りしめた。
「……この、悲しみを……誰にも、渡さない……。俺の、心の中に……ずっと、閉じ込めておくんだ……」
男性は、トロフィーに、自分の、悲しみを、注ぎ込むように、強く、強く、握りしめた。
「……一歩さん! 一歩さん!」
マリエの、声が、聞こえる。
一歩は、はっ、と、我に返った。
目の前には、地下室の、薄暗い、光景が、広がっていた。
「……マリエ、さん」
一歩は、涙を、流していた。
「……一歩さん、大丈夫? 何を、視たの?」
マリエが、一歩の、肩を、抱いた。
「……男の人が……奥さんを、亡くして……悲しんで、いました……。その悲しみを、トロフィーに、閉じ込めたんです……」
一歩は、震える声で、言った。
「……そう。やっぱり、このトロフィーには、強い、悲しみが、込められているのね。その悲しみが、呪いの、核に、なっているんだわ」
マリエは、トロフィーを、じっと、見つめた。
「……でも、具体的な、解決方法は、まだ、分からない。……ごめんなさい、一歩さん。私の、力不足で」
マリエは、うつむいた。
「……マリエさんが、謝ること、ないです。……俺、もっと、頑張ります。この、悲しみを、癒す方法を、絶対に、見つけます」
一歩は、涙を、拭った。
その夜。
一歩は、一人で、ジムの、戸締まりを、していた。
(今日は、本当に、いろんなことが、あったな)
一歩は、トロフィーで、視た、記憶を、思い出していた。
(あの男の人は、奥さんを、失って、どれほど、悲しかったんだろう)
一歩は、胸が、締め付けられるような、思いだった。
(俺も、もし、大切な人を、失ったら……)
一歩は、久美の、顔を、思い浮かべた。
(……いや、そんなこと、考えちゃ、ダメだ)
一歩は、首を、振った。
そして、ジムの、裏口に、鍵を、かけようとした、その時だった。
ガサッ。
物音が、した。
「……誰だ?」
一歩は、声のした方へ、振り返った。
しかし、そこには、誰も、いなかった。
(……気のせいか)
一歩は、再び、鍵を、かけようとした。
その時。
「……動くな」
背後から、低い、男の、声が、聞こえた。
一歩は、びくっ、と、体を、震わせた。
ゆっくりと、振り返る。
そこには、黒いコートを、着た、男が、立っていた。
男は、顔の、半分を、黒い、マスクで、覆っていた。
「……お前、誰だ」
一歩は、震える声で、尋ねた。
「……俺は、呪いブローカーだ。このジムの、地下室に、ある、トロフィーを、もらいに来た」
男は、一歩に、一歩、近づいた。
「……トロフィーを? お前、あのトロフィーを、どうするつもりだ」
一歩は、男を、睨みつけた。
「……さあな。だが、お前には、関係ない。邪魔だ、小娘。そこを、どけ」
男は、一歩を、突き飛ばした。
「うわっ!」
一歩は、地面に、倒れ込んだ。
「……お前、この体で、俺に、勝てると、思ってるのか?」
男は、一歩を、見下ろして、嘲笑った。
「……返せ! その、トロフィーは、俺たちの、希望なんだ!」
一歩は、立ち上がり、男に、飛びかかった。
しかし、女の子の体では、男に、敵うはずもなかった。
「……うるさい!」
男は、一歩の、腕を、捻り上げた。
「ぐあっ!」
一歩は、痛みで、顔を、歪めた。
「……大人しく、してろ」
男は、一歩を、地面に、組み伏せた。
一歩は、必死に、抵抗したが、男の、力には、敵わなかった。
「……お前の、仲間も、全員、女のまま、朽ち果てるがいい。……お前たちは、呪いの、実験台に、なるんだ」
男は、一歩の、髪を、掴んで、嘲笑った。
「……やめろ……!」
一歩は、恐怖で、体が、震えた。
「……返せ……! トロフィーを、返せ……!」
一歩は、涙を、流しながら、叫んだ。
「——そこまでだ」
突然、ジムの、入り口から、声が、聞こえた。
一歩が、顔を、上げると、そこには、鷹村が、立っていた。
「……鷹村、さん」
一歩は、涙で、ぼやけた、視界で、鷹村を、見た。
「……よくも、俺の、後輩を、泣かせてくれたな」
鷹村は、静かに、しかし、強い、怒りを、込めて、言った。
「……お前、何者だ」
男は、一歩から、手を、離し、鷹村に、向き直った。
「……俺は、鷹村守だ。このジムの、世界チャンピオンだ」
鷹村は、拳を、構えた。
「……女の、くせに、生意気な」
男は、鷹村に、殴りかかった。
「……女だろうが、関係ねぇ! 俺は、鷹村守だ!」
鷹村は、男の、攻撃を、ひらり、と、かわすと、強烈な、カウンターを、男の、顔面に、叩き込んだ。
ドゴッ!
男は、壁に、叩きつけられた。
「……ぐはっ!」
男は、壁に、背中を、打ち付けて、崩れ落ちた。
「……一歩、大丈夫か」
鷹村は、一歩に、駆け寄った。
「……はい、なんとか……」
一歩は、鷹村に、抱き起こされた。
「……よく、耐えたな」
鷹村は、一歩の、頭を、ぽん、と、叩いた。
「……鷹村さん……」
一歩は、涙が、止まらなかった。
「……さて、と。お前、覚悟は、できてるんだろうな」
鷹村は、男に、向き直った。
しかし、男は、ニヤリ、と、笑った。
「……残念だったな」
男は、懐から、何かを、取り出した。
それは、黒い、粉だった。
「……呪い媒介粉!」
いつの間にか、マリエが、ジムの、入り口に、立っていた。
「……マリエさん!」
一歩は、マリエを、見た。
「……これは、呪いの、力を、増幅させる、粉よ! 吸い込んだら、危険だわ!」
マリエは、口を、押さえた。
「……そうだ。これを、吸い込めば、お前たちの、呪いは、もっと、進行する。……そして、俺は、その隙に、トロフィーを、いただく」
男は、黒い粉を、空中に、撒き散らした。
「……くっ!」
鷹村は、一歩を、庇うように、覆いかぶさった。
黒い粉が、ジムの中に、充満した。
「……ゴホッ! ゴホッ!」
一歩は、咳き込んだ。
「……一歩さん! 鷹村さん!」
マリエの、叫び声が、聞こえる。
そして、黒い粉が、晴れた時。
地下室の、トロフィーは、消えていた。
そして、呪いブローカーの、姿も。
「……しまった! トロフィーが!」
マリエは、地下室に、駆け込んだ。
「……やられた……」
鷹村は、唇を、噛んだ。
「……トロフィーが……俺たちの、希望が……」
一歩は、呆然と、立ち尽くした。
トロフィーを、失った、直後から、一歩の、体に、異変が、起きた。
「……あ、あれ……? 声が……」
一歩は、自分の、喉を、押さえた。
声が、かすれて、出にくくなっている。
「……一歩さん! 大丈夫!?」
マリエが、一歩に、駆け寄った。
「……マリエ、さん……声が……うまく、出ない……」
一歩は、苦しそうに、言った。
「……呪いの源から、離れたことで、呪いの、進行が、加速してるんだわ! このままだと……」
マリエは、一歩の、体を、調べた。
一歩の、髪は、さらに、伸びていた。
胸の、膨らみも、増している。
「……このままだと、完全に、女性として、固定される。……そういうことですね」
一歩は、マリエの、言葉を、引き継いだ。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……私の、力不足の、せいで……」
マリエは、涙を、流した。
「……マリエさん、謝らないで、ください。……マリエさんの、せいじゃ、ない」
一歩は、かすれた、声で、マリエを、励ました。
「……一歩さん……」
マリエは、一歩に、縋りついた。
「一歩くん!」
ジムの、入り口から、久美が、飛び込んできた。
「……久美、ちゃん」
一歩は、久美を、見た。
「……一歩くん、大丈夫? 顔色が、悪いよ……。それに、声も……」
久美は、一歩の、顔を、覗き込んだ。
「……大丈夫だよ。ちょっと、疲れただけだから」
一歩は、無理に、笑顔を、作った。
「……嘘。そんな、顔で、笑わないで」
久美は、一歩の、頬に、手を、当てた。
「……久美、ちゃん」
一歩は、久美の、手を、握った。
「……私が、守るから。一歩くんのことは、絶対に、私が、守るから」
久美は、一歩を、強く、抱きしめた。
「……久美、ちゃん……俺、このまま、女のままなのかな……」
一歩は、久美の、腕の中で、初めて、弱音を、吐いた。
「……そんなこと、言わないで。絶対に、元に、戻す。私が、なんとかするから。……だから、お願い、一歩くん。諦めないで」
久美は、一歩を、抱きしめたまま、涙を、流した。
(……あれ? 私、なんで、こんなに、ドキドキしてるの?)
久美は、女の子になった、一歩を、抱きしめた瞬間、強い、動悸を、感じた。
(……一歩くんは、男の子なのに……。でも、今の、一歩くんは……)
久美は、自分の、感情が、友情以上であることに、戸惑っていた。
「……泣き言は、終わりだ」
鷹村が、一歩と、久美の、前に、立った。
「……鷹村さん」
一歩は、鷹村を、見上げた。
「……トロフィーは、取り返しに、行くぞ」
鷹村は、力強く、言った。
「……取り返しに?」
一歩は、驚いた。
「……ああ。あの、呪いブローカーって、奴の、居場所を、突き止めて、トロフィーを、奪い返すんだ」
鷹村は、拳を、握りしめた。
「……でも、どうやって、居場所を?」
一歩は、首を、傾げた。
「……俺たちも、行くぜ」
青木と、木村が、ジムに、入ってきた。
「……青木さん、木村さん」
一歩は、二人を、見た。
「……一歩、お前、一人で、抱え込むなよ。俺たちは、仲間だろ」
木村が、一歩の、肩を、叩いた。
「……みなさん」
一歩は、胸が、熱くなった。
「……私が、呪い感知で、ブローカーの、居場所を、探します」
マリエが、一歩の、隣に、立った。
「……マリエさん」
一歩は、マリエを、見た。
「……一歩さん、お願い。……無茶は、しないで。……でも、トロフィーは、絶対に、取り戻しましょう」
マリエは、一歩の、手を、ぎゅっと、握った。
マリエの、手は、まだ、少し、震えていた。
でも、その瞳は、まっすぐに、一歩を、見つめていた。
「……分かりました。……俺、やります。トロフィーを、絶対に、取り戻します」
一歩は、マリエの、手を、握り返した。
一歩の、声は、まだ、かすれていた。
でも、その、言葉には、強い、決意が、込められていた。
その時だった。
ジリリリリリリリリ!!!
ジムの、黒電話が、けたたましく、鳴り響いた。
一歩は、びくっ、と、肩を、震わせた。
(……こんな時間に、誰だ?)
一歩は、黒電話に、近づいた。
受話器を、取る。
「……もしもし」
「……トロフィーが、欲しくば、明日の夜、一人で、河川敷の、廃倉庫に、来い」
電話の向こうから、低く、不気味な、男の声が、聞こえてきた。
「……え?」
一歩は、言葉を、失った。
「……仲間を、連れてきたら、トロフィーは、粉々だ。……分かったな」
男は、それだけを、言うと、一方的に、電話を、切った。
ツー、ツー、ツー……
受話器から、無機質な、音が、聞こえる。
一歩は、受話器を、握りしめたまま、立ち尽くした。
「……な、なんだったんだ、今の……」
一歩の、手が、震えていた。
「一歩、どうした?」
木村が、一歩の、異変に、気づいて、駆け寄ってきた。
「……電話が……。……トロフィーが、欲しくば、明日の夜、一人で、河川敷の、廃倉庫に、来いって……」
一歩は、震える声で、言った。
「……なに!?」
木村の、顔色が、変わった。
「……罠だろ! そんなの、絶対に、罠だ!」
青木が、叫んだ。
「……でも、行かなければ、トロフィーを、取り戻せない」
一歩は、うつむいた。
「……一歩、お前、一人で、行くつもりか?」
鷹村が、一歩を、じっと、見つめた。
「……はい。……一人で、来いって、言われたので」
一歩は、鷹村の、目を、見つめ返した。
「……馬鹿野郎! 危険に、決まってるだろ! 俺も、行く!」
鷹村が、声を、荒げた。
「……でも、鷹村さんが、来たら、トロフィーを、壊されるかもしれない」
一歩は、首を、振った。
「……だったら、俺が、こっそり、後をつける。……それなら、大丈夫だろ」
鷹村は、一歩の、肩を、掴んだ。
「……私も、近くで、待機します。……何か、あれば、すぐに、駆けつけますから」
マリエが、一歩の、隣に、立った。
「……マリエさん……」
一歩は、マリエを、見た。
「……一歩さん、お願い。……無茶は、しないで。……でも、トロフィーは、絶対に、取り戻しましょう」
マリエは、一歩の、手を、ぎゅっと、握った。
マリエの、手は、まだ、少し、震えていた。
でも、その瞳は、まっすぐに、一歩を、見つめていた。
「……分かりました。……俺、行きます」
一歩は、マリエの、手を、握り返した。
(……明日の夜、河川敷の、廃倉庫)
一歩は、心の中で、そう、呟いた。
(……絶対に、トロフィーを、取り戻す)
一歩の、決意は、固かった。
ジムの、窓の外では、静かな、夜が、更けていった。
月明かりが、鴨川の、水面を、銀色に、照らしていた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。