はじめの一歩 呪いの性別逆転騒動
『はじめの一歩』の世界に、まさかの性別逆転コメディが登場!
ある朝、目覚めた幕之内一歩は、自分の体が女の子になっていることに気づく。しかも、鴨川ジムの仲間たち——鷹村、青木、木村まで、全員が女体化していた。原因は、ジムの地下室に保管されていた古いトロフィーに込められた「性別逆転の呪い」。イタリアからやってきた呪い研究家・マリエは、その呪いを解くために奔走するが、タイムリミットが迫る中、一歩たちの関係にも少しずつ変化が訪れて……。
ボクシングの熱さはそのままに、女の子になった体での戸惑いや恥ずかしさ、そして仲間たちとの掛け合いが笑いを誘う。元に戻る日は来るのか? そして、一歩と宮田の関係にも思わぬ波紋が——?
性別逆転×呪い×ボクシングの異色コメディ、開幕!
はじめの一歩 呪いの性別逆転騒動 - 胸が重い!女体化ジムの大騒動と消えた手がかり
朝の光が、古い木造のジムの中に、細い筋を作って差し込んでいた。
一歩は、鏡の前で、小さく息を吐いた。
黒くて長い髪。白い肌。丸い輪郭。鏡の中には、今日も、女の子の姿をした自分が立っている。
「……三日目、か」
呟いた声は、やっぱり高くて、鈴を転がすみたいに澄んでいた。
呪いで女の子の体になってから、三日目の朝。一歩は、この体にも、少しだけ慣れてきた。
いや、慣れた、というより、慣れるしかない、という方が正しい。
(まだ、自分の顔だとは思えないけど)
一歩は、鏡の中の自分を、じっと見つめた。
優しげな目元。少し垂れ気味の眉。確かに、自分の面影はある。でも、輪郭は丸く、唇は小さくて赤い。どう見ても、女の子だ。
一歩は、昨日、マリエに言われたことを、思い出した。
『女の体は、繊細な動きに向いているのよ。力任せじゃなくて、しなやかに動くことを意識するといいわ』
(繊細な動き、か)
一歩は、拳を握って、軽く構えてみた。
シュッ、シュッ、と、空気を切る音が、軽やかに響く。
(……悪くない)
一歩は、昨日、サンドバッグを打った時の、軽やかな感覚を、もう一度、確かめるように、足を動かした。
ステップ。体重移動。肩の力を抜いて、腕を伸ばす。
(重心が低い。腰が軽い。……これなら、もっと速く動ける)
一歩は、鏡の前で、何度も、ジャブの動きを繰り返した。
「……よし」
一歩は、小さく、頷いた。
女の子の体になって、失ったものは、確かにある。でも、その代わりに、手に入れたものもある。
(この体で、どこまで強くなれるか)
一歩は、そう、前向きに、考えようとしていた。
でも、その一方で。
鏡に映る、長い黒髪の女の子を見るたびに、胸の奥が、ちくりと、痛む。
(やっぱり、早く、元に戻りたい)
一歩は、鏡から、目を逸らした。
ジムの中央では、マリエが、古い黒電話の前に、座っていた。
「もしもし、ルカ? 私よ、マリエ。……ええ、そうなの。ちょっと、調べてほしいことがあるの」
マリエは、受話器を耳に当てて、真剣な表情で、話し始めた。
長い金髪を、ポニーテールにしている。エメラルドグリーンの瞳は、電話の向こうにいる相手を、見つめるように、細められていた。
「1952年の、東日本ミドル級タイトルマッチの記録。……ええ、そう。古いトロフィーに、刻印があったの。……うん、お願い」
一歩は、マリエの近くに、腰を下ろした。
マリエは、一歩に、ちらりと、視線を向けて、小さく、微笑んだ。
「……え? 当時のチャンピオン? ……うん、うん。……そうなの。……引退して、妻子を失って、孤独に亡くなった……。……名前は? ……記録が、欠損してるの……。……そう、わかった。ありがとう、ルカ。また連絡するわ」
マリエは、受話器を置くと、深いため息を、ついた。
「……どうでしたか?」
一歩が、尋ねた。
マリエは、少し、悲しそうな顔で、首を振った。
「チャンピオンの名前までは、分からなかったの。記録が、戦争の混乱で、欠損しているみたいで……。でも、引退した後に、奥さんと子供を、失ったことは、分かったわ」
「そう、ですか……」
一歩は、うつむいた。
(やっぱり、簡単には、いかないか)
「でも、まだ、諦めないわ。きっと、方法があるはずよ」
マリエは、顔を上げて、一歩を、まっすぐに、見つめた。
その瞳は、強い光を、宿していた。
一歩は、その瞳に、どきり、とした。
「……俺も、一緒に、探します」
一歩は、マリエの瞳を、見つめ返した。
マリエは、一瞬、驚いたように、目を見開いた。
それから、ふわり、と、花が咲くように、笑った。
「……ありがとう、一歩さん」
その笑顔は、朝の光の中で、きらきらと、輝いていた。
一歩は、胸の奥が、じわり、と、温かくなるのを、感じた。
(マリエさんは、いつも、俺のために、必死になってくれてる)
一歩は、そんなマリエの姿に、心から、感謝していた。
「おーっす! 一歩! マリエちゃん!」
ジムの入り口から、元気な声が、飛び込んできた。
振り返ると、そこには、青木と、木村が、立っていた。
二人とも、女の子の体になっている。
青木は、女の子になっても、相変わらずの、明るい表情をしていた。ショートカットの髪を、元気よく、揺らしている。
木村は、青木の隣で、苦笑いを、浮かべていた。
「お、おはようございます、青木さん、木村さん」
一歩は、頭を下げた。
「今日も、かわいいねえ、一歩ちゃんは」
青木が、にこにこしながら、一歩の頭を、撫でた。
「や、やめてくださいよ!」
一歩は、顔を、真っ赤にした。
「青木、お前、一歩をからかうなよ」
木村が、青木の頭を、軽く、小突いた。
「だって、本当に、かわいいんだもん」
青木は、ぷくっと、頬を、膨らませた。
「お前、女の子の体、すっかり、満喫してるよな」
木村が、呆れたように、言った。
「だって、せっかく、女の子になれたんだぜ? 楽しまなきゃ、損だろ!」
青木は、腰に手を当てて、胸を、張った。
「……お前の、その、ポジティブさ、尊敬するわ」
木村は、ため息を、ついた。
「なあなあ、木村! 今日さ、商店街に、買い物に行かねえ?」
青木が、木村の腕を、引っ張った。
「買い物? 何買うんだよ」
木村が、首を、かしげた。
「スカート! 女の子は、スカート履けるのが、羨ましいぜ! 俺も、プリーツスカート、履いてみたいんだ!」
青木は、目を、きらきらと、輝かせた。
「お前、それ、完全に、女子高生だろ」
木村が、冷静に、ツッコミを、入れた。
「いいじゃんか! 女の子になれたんだから、女の子の服、着てみたいんだよ!」
青木は、木村の腕を、ぶんぶんと、振り回した。
「……まあ、付き合ってやるけどよ。俺は、見てるだけだからな」
木村は、しぶしぶ、といった様子で、頷いた。
「やった! じゃあ、行こうぜ!」
青木は、木村の手を、引っ張って、ジムを、飛び出していった。
「……行っちゃった」
一歩は、二人の後ろ姿を、見送った。
「……楽しそうで、何よりです」
マリエは、くすくすと、笑った。
「そうですね。……青木さんも、木村さんも、元気で」
一歩は、そう言って、また、鏡の前に、戻った。
「うおおおおおおお!!!」
突然、ジムの中に、大声が、響き渡った。
一歩は、びくっ、と、肩を、震わせた。
声の主は、鷹村だった。
鷹村は、女の子の体になっても、相変わらずの、破天荒ぶりを、発揮していた。
腰まで届く、黒い長髪を、ばさばさと、振り乱しながら、シャドーボクシングを、始めたのだ。
「胸が重い! この二つの重りはなんだ! 筋肉か!?」
鷹村は、自分の胸を、両手で、持ち上げるようにして、叫んだ。
その姿は、あまりにも、シュールで、一歩は、思わず、吹き出しそうになった。
「……鷹村さん、それ、筋肉じゃないですよ」
一歩は、笑いを、こらえながら、言った。
「なに!? じゃあ、なんなんだ! この、邪魔な、二つの塊は!」
鷹村は、胸を、ぷるぷると、揺らした。
「……えっと、それは、その……」
一歩は、言葉に、詰まった。
「脂肪だろ。……っていうか、お前、女の子の体になって、胸が重いって、当たり前だろ」
いつの間にか、戻ってきていた木村が、呆れたように、言った。
「うるせえ! 俺は、こんな、重り、必要ないんだよ! ジャンプするたびに、揺れて、邪魔で、しょうがねえ!」
鷹村は、そう言って、その場で、何度も、ジャンプを、始めた。
胸が、上下に、大きく、揺れる。
「……見てるこっちが、恥ずかしいわ」
木村は、顔を、赤らめて、目を、逸らした。
「あはははは! 鷹村さん、すごいです!」
青木は、腹を、抱えて、大笑いしていた。
「でもな! 女になっても、俺は強い! むしろ、この体で、新たな境地を、開く!」
鷹村は、シャドーボクシングを、再開した。
その動きは、女の子の体になっても、鋭く、速く、力強かった。
(……やっぱり、鷹村さんは、すごい)
一歩は、鷹村の、無駄のない、美しい動きに、見とれていた。
「なあ、マリエ」
鷹村が、シャドーボクシングを、止めて、マリエに、声を、かけた。
「はい?」
マリエが、首を、かしげた。
「この呪い、解く必要、あるか?」
鷹村は、真顔で、マリエに、尋ねた。
「……え?」
マリエは、きょとん、とした。
「俺は、この体でも、十分、強い。むしろ、この体で、どこまで、強くなれるか、試してみたい。……だから、呪いを、解く必要は、ないんじゃねえか?」
鷹村は、真剣な表情で、言った。
「……何を、言ってるんですか! みんな、元の体に、戻りたいんですよ!」
マリエは、声を、荒げた。
「……冗談だ」
鷹村は、ふっ、と、笑った。
「……冗談?」
マリエは、呆れたように、鷹村を、見つめた。
「一歩が、困ってるのに、放っておけるかよ」
鷹村は、一歩の方を、ちらりと、見た。
その目は、先ほどまでの、ふざけた様子とは、打って変わって、真剣だった。
「……鷹村さん」
一歩は、胸が、熱くなった。
「お前は、俺の、大事な、後輩だからな。……絶対に、元に戻してやる」
鷹村は、一歩の頭に、ぽん、と、手を、置いた。
「……ありがとうございます」
一歩は、うつむいて、涙を、こらえた。
(鷹村さんは、本当は、すごく、優しい人だ)
一歩は、改めて、そう、思った。
「……あら? もう、こんな時間?」
マリエは、壁の時計を、見上げた。
「どうかしたんですか?」
一歩が、尋ねた。
「私、これから、図書館に、行って、呪いの文献を、調べてくるわ。……もしかしたら、トロフィーの刻印に、何か、手がかりが、あるかもしれないから」
マリエは、革製のバッグを、肩に、かけた。
「あ、それなら、俺も……」
一歩が、言いかけた。
「いいえ、一歩さんは、ジムで、トレーニングを、続けてて。……私は、一人で、大丈夫だから」
マリエは、一歩に、微笑んだ。
「……分かりました。気をつけて、行ってきてください」
一歩は、マリエを、見送った。
マリエは、ジムの扉を、開けて、外に、出て行った。
一歩は、一人で、サンドバッグを、打っていた。
パンッ! パンッ! パンッ!
軽やかな、小気味の良い音が、ジムの中に、響く。
(……今日は、調子がいい)
一歩は、昨日、マリエに、教わった、繊細な動きを、意識しながら、パンチを、繰り出していた。
(力任せじゃない。しなやかに。……そう、これだ)
一歩は、自分の、新しい体の、可能性を、少しずつ、感じ始めていた。
「……そういえば、マリエさん、大丈夫かな」
一歩は、ふと、マリエのことを、思い出した。
(図書館に、着いたかな)
一歩は、サンドバッグを、打つのを、止めた。
(……そうだ。地下室の、トロフィーの様子でも、見ておくか)
一歩は、マリエが、ジムの外に、張ってくれている、結界のことを、思い出した。
(あの結界が、呪いを、抑えてくれてるんだよな)
一歩は、地下室へと、続く、階段を、下りていった。
地下室は、薄暗く、ひんやりと、していた。
一歩は、壁のスイッチを、押して、電気を、つけた。
古い、裸電球が、オレンジ色の光で、地下室を、照らし出す。
一歩は、トロフィーが、置かれている、台座の前に、立った。
「……あれ?」
一歩は、目を、疑った。
台座の上に、何も、なかった。
呪いのトロフィーが、台座ごと、消えていた。
「な、なんで……!?」
一歩は、慌てて、地下室の中を、見回した。
トロフィーは、どこにも、なかった。
代わりに、床には、見慣れない、不審な足跡と、黒い粉が、散乱していた。
「なんだ、これ……」
一歩は、床に、しゃがみ込んで、黒い粉を、指で、つまんだ。
サラサラと、した、細かい粉だった。
(……これ、何かの、薬か?)
一歩は、黒い粉を、じっと、見つめた。
その時。
ぐらり、と、視界が、揺れた。
「……っ!」
一歩は、床に、手を、ついた。
(な、なんだ……? 急に、めまいが……)
一歩は、頭を、押さえた。
吐き気も、する。
(……もしかして、トロフィーが、なくなったから……?)
一歩は、マリエの、言葉を、思い出した。
『トロフィーが、呪いの源だから、私の結界で、その力を、抑えているの』
(結界が、弱まった……?)
一歩は、冷や汗を、かきながら、地下室を、後にした。
「みなさん! 大変です!」
一歩は、ジムの中央に、戻ると、大声で、叫んだ。
「どうした、一歩! そんなに、慌てて」
木村が、駆け寄ってきた。
「トロフィーが! 地下室の、トロフィーが、消えてるんです!」
一歩は、息を、切らしながら、言った。
「なに!?」
木村の、顔色が、変わった。
「トロフィーが、消えた……?」
青木も、駆け寄ってきた。
「床に、変な足跡と、黒い粉が、落ちてました」
一歩は、床に、しゃがみ込んだまま、説明した。
「黒い粉……? まさか……」
鷹村が、険しい表情で、地下室へと、向かっていった。
一歩たちも、その後を、追った。
地下室では、鷹村が、床に、落ちている、黒い粉を、じっと、見つめていた。
「……まさか、あの、不審な男か……!」
鷹村が、低い声で、呟いた。
「不審な男……?」
一歩は、首を、かしげた。
「……一昨日の夜、ジムの周りを、うろついてた、怪しい男が、いたんだ。……もしかしたら、あいつが、トロフィーを、盗んだのかもしれねえ」
鷹村は、拳を、握りしめた。
「……そんな」
一歩は、青ざめた。
(あの時、鷹村さんが、言ってた、不審な男……)
一歩は、一昨日の夜、鷹村が、ジムの外に、怪しい男が、いたと、言っていたことを、思い出した。
「……とにかく、マリエに、連絡しねえと」
木村が、言った。
「……そうだな。マリエは、今、図書館だ。……電話を、かけよう」
鷹村は、ジムの中央へと、戻っていった。
「……もしもし、マリエか? 俺だ、鷹村だ。……大変だ。トロフィーが、盗まれた。……ああ、地下室から、丸ごと、消えてやがる。……床に、黒い粉が、落ちてた。……ああ、分かった。すぐに、戻ってこい」
鷹村は、黒電話を、ガチャン、と、置いた。
「……マリエは、すぐに、戻ってくる」
鷹村は、一歩たちに、振り返った。
それから、三十分ほどして、マリエが、ジムに、戻ってきた。
「……本当に、トロフィーが、ないの……?」
マリエは、青ざめた顔で、地下室に、駆け込んできた。
「……はい。台座ごと、なくなってました」
一歩は、うつむいた。
マリエは、台座の前に、立ち尽くした。
「……私が、目を離したから……。私が、ちゃんと、見張っていれば……」
マリエの、声は、震えていた。
「……マリエさん」
一歩は、マリエの、肩に、手を、置こうとした。
「……ごめんなさい。……私の、せいで……。……私が、結界を、過信していたから……」
マリエは、床に、膝を、ついた。
大粒の、涙が、マリエの、頬を、伝った。
「……マリエさんの、せいじゃ、ないです」
一歩は、マリエの、隣に、しゃがみ込んだ。
「……でも、私が、地下室を、もっと、ちゃんと、確認していれば……」
マリエは、涙を、ぬぐいながら、言った。
「……マリエさんは、俺たちのために、ずっと、頑張ってくれてたじゃないですか。……だから、マリエさんが、自分を、責める必要は、ないんです」
一歩は、マリエの、目を、まっすぐに、見つめた。
「……一歩、さん」
マリエの、涙で、潤んだ、エメラルドグリーンの瞳が、一歩を、見つめ返した。
「……一緒に、取り戻しましょう。……俺も、手伝います。……だから、もう、一人で、抱え込まないで、ください」
一歩は、マリエの、手を、握った。
マリエの、手は、冷たく、小さく、震えていた。
「……一歩さん……」
マリエの、目から、再び、涙が、溢れ出した。
「……ありがとう、ございます。……私、必ず、トロフィーを、取り戻します」
マリエは、一歩の、手を、ぎゅっと、握り返した。
マリエは、涙を、ぬぐうと、床に、落ちていた、黒い粉を、指で、つまんだ。
「……これは、呪いブローカーが、使う、呪い媒介粉ね」
マリエは、黒い粉を、じっと、見つめた。
「呪い媒介粉……?」
一歩は、首を、かしげた。
「ええ。……物に、込められた、呪いの力を、別の場所に、転移させるために、使われる粉よ。……これを使えば、トロフィーを、こことは、別の場所に、移動させることが、できるの」
マリエは、黒い粉を、小さな、袋に、集めた。
「……つまり、トロフィーは、まだ、無事ってことですか?」
一歩は、身を、乗り出した。
「……ええ。……おそらく、トロフィーは、どこか、別の場所に、転移させられたんだわ。……でも、呪いの力は、弱まっている。……このまま、放置すれば、トロフィーに、込められた、呪いが、暴走するかもしれない」
マリエは、真剣な表情で、言った。
「……暴走、ですか」
一歩は、ごくり、と、唾を、飲み込んだ。
「……ええ。……そうなる前に、トロフィーを、取り戻さないと」
マリエは、立ち上がった。
「……とにかく、手がかりを、探しましょう。……青木さん、木村さん、鷹村さんも、お願いします」
マリエは、一歩たちに、頭を、下げた。
「おう! 任せとけ!」
鷹村は、胸を、どん、と、叩いた。
「……で、どこを、探すんだ?」
木村が、尋ねた。
「……とりあえず、商店街を、当たってみましょう。……もしかしたら、誰か、怪しい男を、見た人が、いるかもしれないわ」
マリエは、そう言って、ジムの外へと、歩き出した。
一歩たちは、商店街へと、繰り出した。
夕暮れの、鴨川商店街は、買い物客で、賑わっていた。
「……あの、黒い粉、どこかで、見たこと、ある気がするんだよなあ」
青木が、腕を、組みながら、言った。
「お前、どこでだよ」
木村が、青木を、見た。
「……思い出せないんだよなあ。……でも、確かに、見たこと、あるんだよ」
青木は、首を、ひねった。
「……とりあえず、ラーメンでも、食いながら、考えようぜ」
木村が、言った。
「お、いいね! 腹、減ってたんだ!」
青木は、嬉しそうに、頷いた。
「……お前ら、呑気すぎだろ」
鷹村が、呆れたように、言った。
「でも、腹が、減っては、戦は、できぬ、って、言うじゃないですか」
木村が、笑った。
「……まあ、いいか。……俺も、腹、減ったしな」
鷹村も、笑った。
一歩たちは、行きつけの、ラーメン店「龍門」へと、入った。
「らっしゃい!」
店主の、龍崎が、元気な声で、迎えてくれた。
「龍崎さん、ラーメン、五つ!」
青木が、カウンターに、座りながら、注文した。
「おう、毎度! ……って、あれ? お前さんたち、どこの、お嬢さんたちだい?」
龍崎が、一歩たちを、まじまじと、見た。
「……あー、えっと、俺、青木の、妹でーす!」
青木が、にっこりと、笑いながら、言った。
「……お前の、妹キャラは、無理があるだろ」
木村が、青木の、頭を、小突いた。
「いてっ! ……だって、しょうがないだろ! 本当のことを、言えるわけ、ないし!」
青木は、頭を、さすりながら、言った。
「……まあ、そうだけどよ」
木村は、ため息を、ついた。
「……で、お嬢さんたち、何か、探し物かい?」
龍崎が、一歩たちの、様子を、見て、尋ねた。
「……ええ、実は、ちょっと」
マリエが、頷いた。
「……そういえば、昨夜、店の裏手で、怪しい男が、何か、撒いてるのを、見たんだよなあ」
龍崎が、思い出したように、言った。
「……怪しい男?」
一歩は、身を、乗り出した。
「ああ。……黒いコートを、着て、手帳を、持った、細身の男だったな。……何か、粉みたいなものを、地面に、撒いてたんだよ」
龍崎は、顎に、手を、当てた。
「……黒い粉……! それ、間違いない!」
青木が、叫んだ。
「……その男、どこへ、行ったか、分かりますか?」
マリエが、龍崎に、尋ねた。
「……いや、そこまでは、見てないなあ。……悪いな、役に、立てなくて」
龍崎は、申し訳なさそうに、言った。
「……いえ、十分な、手がかりです。……ありがとうございます」
マリエは、龍崎に、頭を、下げた。
「……黒いコートに、手帳。……間違いない、呪いブローカーだ」
マリエは、一歩たちに、振り返って、言った。
「……呪いブローカー……?」
一歩は、首を、かしげた。
「……呪いを、売買する、犯罪者よ。……トロフィーに、込められた、強い呪いを、狙って、盗んだんだわ」
マリエは、唇を、噛んだ。
「……くそっ! 許せねえ!」
鷹村は、拳を、テーブルに、叩きつけた。
「……でも、どこへ、行ったか、分からないんじゃ、探しようが、ないな」
木村が、難しい顔で、言った。
「……そうね。……でも、諦めるわけには、いかないわ。……必ず、見つけ出して、トロフィーを、取り戻す」
マリエは、強い決意を、瞳に、宿した。
その夜。
一歩は、ジムの、片付けを、していた。
(……トロフィー、見つかるかな)
一歩は、今日の、出来事を、振り返っていた。
(……龍崎さんの、証言。……黒いコートに、手帳。……呪いブローカー)
一歩は、拳を、握りしめた。
(……絶対に、見つけ出して、トロフィーを、取り戻す)
その時。
ジリリリリリリリリ!!!
ジムの、黒電話が、けたたましく、鳴り響いた。
一歩は、びくっ、と、肩を、震わせた。
(……こんな時間に、誰だ?)
一歩は、黒電話に、近づいた。
受話器を、取る。
「……もしもし」
「……トロフィーが、欲しくば、明日の夜、一人で、河川敷の、廃倉庫に、来い」
電話の向こうから、低く、不気味な、男の声が、聞こえてきた。
「……え?」
一歩は、言葉を、失った。
「……仲間を、連れてきたら、トロフィーは、粉々だ。……分かったな」
男は、それだけを、言うと、一方的に、電話を、切った。
ツー、ツー、ツー……
受話器から、無機質な、音が、聞こえる。
一歩は、受話器を、握りしめたまま、立ち尽くした。
「……な、なんだったんだ、今の……」
一歩の、手が、震えていた。
「一歩、どうした?」
木村が、一歩の、異変に、気づいて、駆け寄ってきた。
「……電話が……。……トロフィーが、欲しくば、明日の夜、一人で、河川敷の、廃倉庫に、来いって……」
一歩は、震える声で、言った。
「……なに!?」
木村の、顔色が、変わった。
「……罠だろ! そんなの、絶対に、罠だ!」
青木が、叫んだ。
「……でも、行かなければ、トロフィーを、取り戻せない」
一歩は、うつむいた。
「……一歩、お前、一人で、行くつもりか?」
鷹村が、一歩を、じっと、見つめた。
「……はい。……一人で、来いって、言われたので」
一歩は、鷹村の、目を、見つめ返した。
「……馬鹿野郎! 危険に、決まってるだろ! 俺も、行く!」
鷹村が、声を、荒げた。
「……でも、鷹村さんが、来たら、トロフィーを、壊されるかもしれない」
一歩は、首を、振った。
「……だったら、俺が、こっそり、後をつける。……それなら、大丈夫だろ」
鷹村は、一歩の、肩を、掴んだ。
「……私も、近くで、待機します。……何か、あれば、すぐに、駆けつけますから」
マリエが、一歩の、隣に、立った。
「……マリエさん……」
一歩は、マリエを、見た。
「……一歩さん、お願い。……無茶は、しないで。……でも、トロフィーは、絶対に、取り戻しましょう」
マリエは、一歩の、手を、ぎゅっと、握った。
マリエの、手は、まだ、少し、震えていた。
でも、その瞳は、まっすぐに、一歩を、見つめていた。
「……分かりました。……俺、行きます」
一歩は、マリエの、手を、握り返した。
(……明日の夜、河川敷の、廃倉庫)
一歩は、心の中で、そう、呟いた。
(……絶対に、トロフィーを、取り戻す)
一歩の、決意は、固かった。
ジムの、窓の外では、静かな、夜が、更けていった。
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