アクタージュ・リビルド ~転生したら芸能一家のドタバタ恋愛劇!?~
給食費滞納のピンチを救うため、賞金100万円のオーディションに飛び込んだ夜凪景、16歳。演技経験ゼロ、特技は古い映画の真似だけ。なのに、即興演技で審査員を震撼させた彼女の“ある才能”とは——? 天才監督・黒山墨字に「君は怪物だ」と言わしめた景は、その日から芸能界の荒波へ。待っていたのは、業界最大手の天才女優・百城千世子、演劇界の怪物・明神阿良也、そして個性豊かなスタジオ大黒天の面々。さらに、届いた差出人不明の手紙——『あなたの父親を知っています』。失踪した父の謎、母の死の真相、そして景の中に眠る“化け物”の正体。ドタバタで危険で、ほんの少し切ない芸能一家の恋愛劇、開幕! 家族を守るため、景は今日も舞台に立つ。
アクタージュ・リビルド ~転生したら芸能一家のドタバタ恋愛劇!?~ - どん底の夜凪景 ~私、演技がしたかっただけなのに……~
スタジオ大黒天のドアを開けた瞬間、空気が止まった。
景は、一歩、足を踏み入れた。
受付の女性が、景を見た。その視線が、すぐに逸らされる。まるで汚いものを見るように。
「……おはようございます」
景は、小さく頭を下げた。
返事は、なかった。
事務所の中に、何人ものスタッフがいる。みんな、景が入ってくる前まで、何かを話していた。笑い声も聞こえていた。
でも、今は、誰も口を開かない。
パソコンのキーボードを叩く音だけが、やけに大きく響く。
(ああ……)
景は、自分の席に向かって歩き出した。
一歩、歩くたびに、視線を感じる。背中に、じりじりと突き刺さるような視線。
(見ないで)
景は、うつむいた。
右手の指先が、無意識に、とん、とん、と太ももを叩く。
「おい、聞いたかよ」
給湯室の方から、男の声が聞こえた。
景は、足を止めた。
「あの子、あの契約書、自分でサインしたんだってな」
「え、マジで? 天然で空気が読めないって思ってたら、こんなことする子だったのね」
女の声。くすくすという笑い声。
「事務所に迷惑かけるとか、考えないのかね。違約金、いくらだと思ってんだ」
「ほんと、最悪。黒山さんも、なんであんなの拾ってきたんだろ」
景の足が、床に張り付いたように動かなくなった。
(ちがう)
(私は、サインなんて、してない)
景は、唇を噛んだ。
歯の間から、血の味がした。
「……夜凪さん」
後ろから、声がした。
振り返ると、事務員の一人が立っていた。三十代くらいの女性。眼鏡をかけて、無表情で景を見ている。
「黒山さん、今日は外出してます。弁護士のところに行くって」
「……そうですか」
「今日の予定、全部キャンセルになりました。なので、あの……稽古場でも使っててください」
事務員は、それだけ言うと、足早に去っていった。
景は、その背中を見送った。
(予定、全部キャンセル)
(私のせいで)
景は、稽古場に向かった。
誰もいない稽古場。鏡張りの壁に、自分の姿が映る。
青白い顔。目の下に、うっすらとクマができている。
昨日の夜、一睡もできなかった。
ヨルカゲの男の顔が、何度も何度も浮かんでくる。
『お前の父親は借金を残して逃げた。その借金はお前が返せ』
『拒否すれば弟と妹がどうなっても知らないぞ』
景は、鏡の中の自分を、じっと見つめた。
(私が、サインした?)
(してない)
(でも、あの筆跡は……)
景は、自分の右手を見た。
震えている。
(どうして、こんなことに)
ドアが、ノックされた。
「景ちゃん、いる?」
甘く柔らかな声。
千世子だった。
景は、慌てて鏡から目を離した。
「……千世子さん」
ドアが開いて、千世子が入ってきた。
ゆるく巻いた栗色のロングヘア。宝石のような紫がかった大きな瞳。左手首には、小さな星のブレスレット。
いつも通りの、完璧な微笑み。
「大丈夫? 顔色、すごく悪いわよ」
千世子は、景の隣に歩いてきた。
「……大丈夫です」
「うそ。大丈夫な顔じゃないわ」
千世子は、景の顔を覗き込んだ。
近い。
景は、一歩、後ろに下がった。
「……あの、今日は、どうしてここに?」
「景ちゃんに会いに来たのよ。あの契約書の件、聞いたから」
景の体が、こわばった。
「……信じて、ないですよね。みんな、そうだから」
景は、小さな声で言った。
「私は景を信じるわ」
千世子は、即答した。
景は、顔を上げた。
千世子は、真っ直ぐに景を見つめている。
その瞳は、あまりにも澄んでいて、あまりにも完璧だった。
「……ありがとう、ございます」
景は、頭を下げた。
(この人、本当に、私の味方なのかな)
景の心の奥で、小さな疑いが、ぽつりと浮かんだ。
千世子の言葉は、あまりにも淀みがなかった。
まるで、台本を読んでいるみたいに。
「何かあったら、いつでも頼っていいのよ」
千世子は、そう言って、にこりと笑った。
スターズの天使。
その笑顔は、誰の目にも完璧に映るだろう。
でも、景には、その笑顔の奥が見えなかった。
「……はい」
景は、もう一度、頭を下げた。
千世子は、景の肩を、ぽん、と軽く叩いて、稽古場を出ていった。
景は、一人になった。
鏡の中の自分が、また、こちらを見ている。
(信じるって、なに)
(どうして、あんなに、すぐ言えるの)
景は、床に座り込んだ。
体育座りで、膝を抱える。
「……私、悪くないのに」
声に出して、つぶやいた。
誰にも、届かない。
——
昼を過ぎた頃、また、ドアがノックされた。
「景ちゃん、いる?」
今度は、アキラの声だった。
景は、立ち上がった。
「……アキラくん」
ドアを開けると、アキラが立っていた。
明るい茶髪のマッシュスタイル。琥珀色の優しい瞳。
でも、その瞳は、いつもより少しだけ、揺れていた。
「……入っていい?」
「どうぞ」
アキラは、稽古場に入ってきた。
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「……あの、さ」
アキラが、口を開いた。
「契約書のこと、聞いたよ」
「……うん」
景は、うつむいた。
「景ちゃんを信じたい。本当に、そう思ってる」
アキラの声は、真剣だった。
景は、顔を上げた。
「でも、あの契約書の筆跡、景ちゃんの字にしか見えないんだ……」
アキラは、苦しそうに言った。
景の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「……アキラ君まで、私のこと疑うの?」
景の声が、震えた。
「違うんだ! 俺は信じたいんだ。でも、証拠が……」
アキラは、顔を伏せた。
「……ごめん。こんなこと言いに来たんじゃないんだ」
アキラは、拳を握りしめた。
「俺、景ちゃんの力になりたい。でも、どうすればいいか、分からなくて」
アキラの声は、震えていた。
景は、アキラの顔を見た。
彼は、本当に苦しんでいる。
(この人も、私のせいで、苦しんでる)
景は、そう思った。
「……大丈夫。私、大丈夫だから」
景は、精一杯、笑顔を作った。
でも、うまく笑えている気がしなかった。
アキラは、景の顔を見て、何か言いたそうにした。
でも、結局、何も言わずに、稽古場を出ていった。
景は、また一人になった。
(信じたい、か)
(信じたいって、なに)
(証拠がなきゃ、信じられないの?)
景の目から、涙がこぼれた。
熱い涙が、頬を伝って、床に落ちた。
——
夕方、黒山が帰ってきた。
景は、応接室に呼ばれた。
黒山は、ソファに座って、煙草をふかしていた。
部屋の中に、煙が充満している。
「……座れ」
黒山は、短く言った。
景は、黒山の向かい側に座った。
「弁護士に、契約の取消しを頼んだ」
黒山は、煙草の灰を、灰皿に落とした。
「……ありがとうございます」
「礼はまだ早い」
黒山の声は、低かった。
「ヨルカゲの野郎が、契約は有効だって突っぱねやがった」
景の心臓が、どくん、と跳ねた。
「違反すれば、違約金1億円だとよ」
「……いち、おく」
景の口から、かすれた声が漏れた。
「私、そんなお金、払えない……」
景の顔から、血の気が引いていく。
「分かってる。俺が何とかする」
黒山は、煙草をもみ消した。
「お前は、芝居のことだけ考えろ」
黒山の声には、いつもの余裕がなかった。
(黒山さんでも、焦ってる)
景は、黒山の顔を見た。
黒山は、窓の外を見ていた。
その横顔は、いつもより、小さく見えた。
「……すみません。私のせいで」
景は、頭を下げた。
「お前のせいじゃない」
黒山は、短く言った。
「だが、状況は最悪だ。しばらく、仕事は入れられない。分かってるな」
「……はい」
景は、うつむいた。
——
夜。
景は、アパートに帰ってきた。
ドアを開けると、家の中は暗かった。
(ルイもレイも、まだ帰ってない?)
景は、電気をつけた。
その時、スマートフォンが震えた。
画面を見る。
芸能ニュースサイトの通知。
景は、その通知をタップした。
記事のタイトルが、目に飛び込んできた。
『夜凪景、失踪した父親を利用して売名か? 映画「羅刹女」役作りに私的体験を悪用』
景の手が、止まった。
記事をスクロールする。
『関係者によると、夜凪は映画の役作りのため、失踪した実父の記憶を意図的に利用しているという』
『失踪した父親を「怒りの燃料」にしていると、本人が周囲に語っていたとの証言も』
『ネット上では「同情を買うなんて最低」「事務所もよくこんなの売り出すな」との声が殺到している』
景は、スマートフォンを、ぎゅっと握りしめた。
「……私の演技を、そんな風に言わないで」
景の声は、震えていた。
「お父さんのことを、利用してるんじゃない」
「私は、ただ、役になりたかっただけ」
景は、スマートフォンを、床に叩きつけた。
ゴトリ、と音がした。
画面が、割れた。
「……っ」
景は、その場にしゃがみ込んだ。
涙が、止まらなかった。
——
しばらくして、玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
ルイの声。
景は、慌てて涙を拭いた。
「おかえり」
景は、立ち上がって、玄関に向かった。
ルイが、立っていた。
制服が、泥だらけだった。
頬に、擦り傷。
「……ルイ、その傷、どうしたの?」
景の声が、震えた。
「ああ、これ? 転んだだけだよ」
ルイは、へらりと笑った。
「うそ。転んだだけで、制服がこんなに汚れるわけない」
景は、ルイの肩を掴んだ。
「……お姉ちゃんのことで、何か言われたの?」
ルイは、一瞬、黙った。
「……まあ、色々言われてさ。でも、平気だよ。俺、強いから」
ルイは、また、笑った。
景の胸が、えぐられるように痛んだ。
「……ごめん。ルイ。私のせいで」
景は、ルイの頭を、そっと撫でた。
「姉ちゃんのせいじゃないよ。気にすんな」
ルイは、景の手を、そっと払った。
「シャワー浴びてくる」
ルイは、そう言って、風呂場に向かった。
景は、ルイの背中を見送った。
(私のせいだ)
(全部、私のせい)
景は、唇を噛んだ。
——
夜、遅く。
レイが帰ってきた。
「……ただいま」
レイの声は、小さかった。
「おかえり、レイ。遅かったね」
景は、レイを出迎えた。
レイの目が、赤かった。
「……レイ、泣いたの?」
レイは、うつむいた。
「……お姉ちゃん」
「うん」
「お姉ちゃんのせいで、みんなにいじめられるの、もう嫌だよ……」
レイの声が、震えた。
景の心臓が、止まった。
「……ごめん、何でもない」
レイは、慌てて口をつぐんだ。
「おやすみなさい」
レイは、景の顔を見ずに、自分の部屋に駆け込んだ。
景は、その場に立ち尽くした。
(お姉ちゃんのせいで)
(レイが、そう言った)
(私のせいで、レイがいじめられてる)
景は、自分の部屋に戻った。
ベッドに倒れ込む。
天井を見つめる。
涙が、こぼれた。
——
深夜。
景は、アパートを抜け出した。
向かう先は、スタジオ大黒天の稽古場。
誰もいない稽古場。
景は、稽古場の隅で、体育座りをした。
膝に顔を埋める。
これまでのことが、頭の中をぐるぐる回る。
オーディションで、黒山に「怪物だ」と言われたこと。
千世子と出会ったこと。
アキラに告白されたこと。
ヨルカゲの男に、契約書を突きつけられたこと。
事務所で、陰口を叩かれたこと。
ルイの泥だらけの制服。
レイの、震える声。
『お姉ちゃんのせいで』
景は、声を殺して泣いた。
「……私、演技がしたかっただけなのに」
声が、漏れた。
「なんで、こんなことに……」
景の声は、稽古場の静けさに、吸い込まれていった。
「お母さん……お父さん……」
景は、膝を抱え直した。
「私、どうすればいいの……」
涙で、視界がぼやける。
その時、景のスマートフォンが、震えた。
景は、涙で濡れた手で、スマートフォンを手に取った。
画面には、知らないアドレスからのメール。
件名は、なかった。
景は、そのメールを開いた。
本文には、たった一言だけ書かれていた。
『お前の家族を守れるのは、お前だけだ』
景は、スマートフォンを握りしめた。
割れた画面が、指に食い込む。
血が、にじんだ。
「……ヨルカゲ」
景の声は、暗い稽古場に、小さく響いた。
外では、風が吹いていた。
窓ガラスが、がたがたと音を立てる。
景は、一人、暗闇の中で、震えていた。Noveliaとは?
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