おやすみプンプン 外伝 〜翠の隠しごと〜
東京郊外の小さな喫茶店「グリーンノート」を切り盛りする看護師・大隈翠。週末だけの店は、常連客の笑い声とコーヒーの香りに包まれ、静かに愛すべき時間が流れていた。けれど彼女の日常には、三日も連絡のない夫・雄一の不在という、小さな、そして大きな穴が空いている。誰かと食卓を囲みたい——その願いを抱えながら、今日も一人分の食卓に、二つの茶碗を並べてしまう翠。そんなある夜、雄一から一本の電話が。「姉の息子が家出してる。お前んとこで預かってくんない?」——名前も知らない少年との、突然の共同生活が始まる。夫の甥っ子と、その妻。血のつながりだけの、ぎこちない二人暮らし。食卓に並ぶ二つの茶碗が、いつか「当たり前」になる日は来るのか。寂しさを抱えた大人と、行く場所をなくした少年が、雨の夜に交差する。おやすみプンプン外伝、静かな雨の物語。
おやすみプンプン 外伝 〜翠の隠しごと〜 - 葉書と握った手―寂しいとこぼした夜
違う、と思った。
頭では分かっている。なのに、なぜ胸がこんなに痛いのだろう。
翠は店のカウンターに立ち、手にした一枚の葉書を見つめていた。薄い紙の表面には、見慣れた丸みを帯びた文字で、たった二行だけが書かれている。
『しばらく帰れない。すまない』
それだけだった。
梅雨が明けた午後、東京郊外の住宅街にある喫茶店「グリーンノート」に、その葉書は届いた。最寄り駅から徒歩八分、路地裏にひっそりと建つ木造二階建ての小さな店。一階の十二席には、昼下がりの柔らかな光が差し込んでいる。窓の外では、ひだまり通りの商店街から、どこか気の抜けたような蝉の声が聞こえ始めていた。
(夏が来る)
翠は、葉書を裏返した。
消印は、鹿児島中央。
指先が、かすかに震えた。
(鹿児島……)
(そんなに遠くまで)
(どうして、何も言わないの)
心臓のあたりが、きゅう、と冷たくなる。雄一は、いつもそうだ。大事なことほど、曖昧にして、遠くから一方的に知らせる。まるで、自分が傷つける側であることを、最初から分かっているみたいに。
翠は、葉書を握りつぶした。
紙が、くしゃり、と音を立てて、手の中で小さな塊になる。角が手のひらに食い込んで、少し痛い。
(こんなもの)
(こんなもの、届けに来なくていい)
心の中で、冷たい声が響く。
でも、その声の奥で、別の自分が泣いているのも分かっていた。
「翠さん、ブレンドのおかわり、もらえるかしら」
常連客の一人、佐伯トキが、カウンター越しに声をかけてきた。白髪まじりの髪をきっちりとまとめた、七十を過ぎた婦人だ。グリーンノートがまだ前の店主の頃から通ってくれている。
翠は、握りつぶした葉書を、エプロンのポケットに押し込んだ。
「はい、ただいま」
笑顔を作る。口元を持ち上げて、右の頬にえくぼを浮かべる。長年の習慣だ。辛い時ほど、ちゃんと笑う。そうすれば、心の中のぐちゃぐちゃしたものから、少しだけ目を逸らせる。
翠は、カウンターの奥で、サイフォンに火を入れた。ガラスの球の中で、お湯がゆっくりと持ち上がっていく。豆を挽く音、湯の沸く音、店内に満ちていくコーヒーの香り。
(大丈夫)
(私は大丈夫)
翠は、心の中で呪文のように繰り返した。
でも、レジの奥に引っ込んだ瞬間、唇をきつく噛みしめた。下唇に、じわりと血の味が広がる。
(また、なの)
(また、置いていかれた)
(私、何か悪いことした?)
答えの出ない問いが、胸の中でぐるぐると渦を巻く。
翠は、ポケットの中の葉書を、もう一度強く握った。
夕方になり、店を閉めた。
翠は、二階の住居に上がる。木造の階段が、ぎし、ぎし、と軋んだ。廊下を歩くと、台所から、微かに夕飯の匂いがする。
(ああ、そうだ)
(プンプンくんが、いる)
翠は、少しだけ、ほっとした。
あの雨の夜に突然現れた、ヒヨコの落書きのような姿の少年。雄一の姉の息子で、家出をしているという彼は、相変わらず無口で、何を考えているのか分からない。でも、この家に、彼がいる。
それだけで、一人じゃないと思える。
「ただいま」
翠が声をかけると、居間のソファに座っていたプンプンが、ちらりとこちらを見た。黒い点のような目が、ゆっくりと瞬きをする。
「……おかえり」
小さな、独白のような声。
翠は、笑顔になった。今度は、作った笑顔じゃなくて、自然に。
「今日はね、常連さんがたくさん来てくれたのよ。佐伯さんも、相変わらず元気でね。『翠さんのシフォンケーキがないと生きていけない』って、また言ってたわ」
プンプンは、何も言わずに、小さくうなずいた。
それだけで、十分だった。
翠は、台所に立ち、夕飯の準備を始める。冷蔵庫を開けると、一昨日作った肉じゃがの残りと、卵、それから少ししなびかけた小松菜がある。
(今日は、親子丼にしようかしら)
翠は、卵を割り、箸でかき混ぜた。ボウルの中で、黄身と白身が混ざり合う。
(プンプンくん、卵は好きだったかしら)
(この前の卵焼きは、残さず食べてくれてた)
(よかった)
翠は、フライパンに油をひき、玉ねぎを炒めた。甘い香りが、台所に広がる。
その香りに包まれながら、翠は、ポケットの中の葉書のことを、必死に考えないようにしていた。
夕食の後。
プンプンが風呂から上がってきた。黄色い頭の毛が、しっとりと濡れて、ぺったりと張り付いている。体からは、石鹸の匂いがした。
翠は、食卓で、冷たい麦茶を飲んでいた。
(聞こう)
(聞かなきゃ)
翠は、グラスを置いて、口を開いた。
「ねえ、プンプンくん」
プンプンが、翠を見た。
「雄一さんのこと、何か知ってる?」
声が、少し震えた。
「どこに行くとか、何をしてるとか、そんなこと……何でもいいの。何か、聞いてない?」
プンプンは、黙っていた。
黒い点の目が、翠の顔をじっと見つめている。
そして、ゆっくりと、首を横に振った。
(そう)
(やっぱり、何も知らないのね)
翠は、自分が何を期待していたのか、分からなくなった。
(この子に聞いても、仕方ないのに)
(雄一さんは、この子にだって、何も話してない)
(いつも、そう)
(みんな、置いていく)
視界が、じわり、と滲んだ。
(だめ)
(泣いちゃだめ)
(この子の前で、泣いちゃだめ)
翠は、必死に笑顔を作った。
「ごめんね、変なこと聞いちゃって」
口元が、ひきつる。
「忘れて。大丈夫よ、何でもないから」
笑顔が、震えている。
プンプンは、そんな翠を、じっと見つめていた。
何かを言いたそうに、口元が、かすかに動いた。
でも、何も言わなかった。
ただ、静かに、自分の部屋へ戻っていった。
翠は、一人、食卓に残された。
(大丈夫)
(私は、大丈夫)
翠は、ポケットから、握りつぶした葉書を取り出した。
そして、テーブルの上に、そっと置いた。
くしゃくしゃになった紙が、無残な姿を晒している。
翠は、深く、ため息をついた。
その夜。
翠は、夢を見た。
どこかの街だった。
知らない街。知らない道。
でも、空気は、どこか懐かしい。
(ここは、どこ?)
翠は、歩いていた。
すると、前方から、見覚えのある後ろ姿が見えた。
(雄一さん……?)
間違いない。
銀縁の眼鏡、無造作な短髪、少し猫背気味の歩き方。
翠は、走り出した。
「待って!」
声をかけた。
でも、雄一は振り返らない。
彼の隣には、女がいた。
知らない女。
長い黒髪を揺らして、雄一の腕に、自分の腕を絡めている。
二人は、何か楽しそうに話していた。
雄一が、笑っている。
翠に向けるのとは、違う笑顔。
(いや)
(見ないで)
(私を見て)
翠は、叫ぼうとした。
でも、声が出ない。
喉が、何かに塞がれたみたいに、空気しか出てこない。
雄一と女は、どんどん遠ざかっていく。
翠は、必死に手を伸ばした。
でも、届かない。
指先が、空を切る。
「……っ」
翠は、目を覚ました。
心臓が、ばくばくと激しく脈打っている。
(夢……)
(夢で、よかった)
翠は、大きく息を吐いた。
頬に、冷たい感触。
手をやると、濡れていた。
(泣いてる……)
枕も、ぐっしょりと湿っている。
翠は、涙を拭った。
「バカみたい」
小さく、呟いた。
隣の部屋から、プンプンの寝息が聞こえる。
すう、すう、という、静かな、規則正しい音。
その音だけが、この暗い部屋の中で、確かに生きているものだった。
翠は、その寝息に、少しだけ、救われた。
深夜。
喉の渇きで、翠は目を覚ました。
時計を見ると、午前三時を回っている。
翠は、ベッドから抜け出し、リビングへ向かった。
廊下は暗い。
壁に手をつきながら、ゆっくりと歩く。
リビングの照明は点けず、台所の小さな明かりだけを頼りに、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。
コップに注ぎ、一口飲む。
冷たい水が、乾いた喉を通り過ぎていく。
(はあ……)
翠は、カウンターにもたれかかった。
(眠れない)
(あの夢のせいだ)
(雄一さんの、笑顔)
(あんな顔、私には見せたことない)
胸の奥が、ずきずきと痛む。
その時、背後で、かすかな物音がした。
翠は、振り返った。
リビングの入り口に、プンプンが立っていた。
暗闇の中で、黄色い頭が、ぼんやりと浮かび上がって見える。
「プンプンくん……起きてたの?」
プンプンは、何も言わずに、翠のそばに近づいてきた。
裸足の足音が、ぺたぺた、と小さく響く。
翠の前に立つと、黒い点の目で、じっと翠を見上げた。
暗い部屋。
二人は、向かい合った。
翠は、もう、笑顔を作れなかった。
作る気力も、なかった。
「……寂しいの」
気がつくと、言葉が、こぼれ落ちていた。
「私、寂しいの」
もう一度、繰り返す。
声が、震えている。
「雄一さんは、帰ってこない。葉書一枚で、それで終わり。私のことは、どうでもいいのかなって、そう思っちゃうの」
涙が、溢れてきた。
「私、ずっと、一人でご飯を食べるのが怖かった。小さい頃から、ずっと。だから、雄一さんと結婚して、もう一人じゃないって思ったのに。でも、結局、また一人なの。いつも、そう。みんな、私を置いていくの」
止まらなかった。
一度溢れた言葉は、堰を切ったように、次から次へとあふれ出る。
「私、何が悪いのかな。どうして、みんな、いなくなっちゃうの。私、そんなに、ダメなのかな」
翠は、自分の手で、顔を覆った。
涙が、指の隙間から、ぽたぽたと落ちる。
(みっともない)
(大人なのに)
(この子の前で、何を言ってるの)
でも、止められなかった。
ずっと、ずっと、心の奥底に押し込めてきた感情が、今、一気に溢れ出していた。
その時。
翠の手に、温かいものが触れた。
翠は、顔を上げた。
プンプンが、翠の手を、両手で握っていた。
小さな手。
ヒヨコの落書きのような、華奢で、細い指。
でも、その手は、確かに、温かかった。
プンプンは、何も言わなかった。
ただ、黙って、翠の手を握りしめていた。
黒い点の目が、暗闇の中で、翠をまっすぐに見つめている。
(ああ……)
(この子の手、こんなに温かいんだ)
翠の胸の奥で、張り詰めていた何かが、すっと、緩んでいくのが分かった。
凍っていた心の氷が、少しだけ、溶けていく。
「……ありがとう」
翠は、涙でぐしゃぐしゃの顔で、微笑んだ。
「ありがとう、プンプンくん」
プンプンは、何も言わずに、握った手を、離さなかった。
翠は、そのまま、しばらく泣いた。
声を殺して、静かに、泣き続けた。
暗いリビングに、翠のすすり泣く声と、二人の静かな呼吸だけが、長く、長く、響いていた。
翌朝。
翠は、いつも通り、店の開店準備をしていた。
昨日の夜のことは、まるで、遠い昔のことのように感じられた。
でも、手のひらには、まだ、あの温かさが残っている。
(プンプンくんは、何も言わなかった)
(でも、分かってくれた)
(私の気持ちを、受け止めてくれた)
翠は、カウンターを拭きながら、そっと微笑んだ。
カランカラン。
ドアベルが鳴った。
翠は、顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
長い黒髪を、後ろで一つにまとめている。
細い銀縁の眼鏡をかけ、口元には、小さなほくろがあった。
スレンダーで、クールな印象の美人。
年の頃は、翠と同じくらいだろうか。
(あれ……)
(この人、どこかで……)
翠は、既視感を覚えた。
「大隈翠さん、ですね?」
女性が、静かな声で言った。
「え、ええ。そうですが……」
「初めまして。南条と申します」
南条。
その名前を聞いた瞬間、翠の胸が、ざわり、と騒いだ。
(南条さん……)
(もしかして、プンプンくんが、前に電話で話してた……)
南条は、翠の動揺に気づいていないのか、淡々と続けた。
「プンプンのお世話になっていると聞きました。本当にありがとうございます」
深々と、頭を下げる。
「いえ……そんな、お世話だなんて。こちらこそ、何もできていなくて」
翠は、笑顔で答えた。
でも、心の中は、ざわざわと落ち着かない。
「それで、今日は、プンプンを迎えに来たんです。そろそろ、私のところで引き取ろうと思いまして」
翠の心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
(迎えに……)
(引き取る……)
(プンプンくんを、連れて行くの?)
翠は、自分の耳を疑った。
「プンプンも、そのつもりで、ここに来たんです」
南条は、静かな口調で言った。
翠は、店内を見回した。
プンプンは、いつの間にか、カウンターの横に立っていた。
黙って、南条の隣に立っている。
黒い点の目が、翠を見つめている。
でも、その目は、何も語っていなかった。
(プンプンくん、この人と一緒に行くの?)
(ここを、出て行くの?)
翠の頭の中が、真っ白になった。
「……そう、なんですね」
翠は、笑顔を作った。
口元を、無理やり、持ち上げる。
右の口元に、えくぼが浮かぶ。
「……良かったわ。プンプンくん、ちゃんと面倒を見てくれる人がいて」
翠は、そう言った。
でも、心の中では、まったく違うことを叫んでいた。
(嫌)
(行かないで)
(この子を、連れて行かないで)
(私の、そばにいて)
翠は、自分の心の奥底から、そんな声が聞こえてくるのを感じた。
(私、何を考えてるの)
(この子は、私のものじゃない)
(なのに、どうして、こんなに嫌なの)
(どうして、手放したくないなんて思ってるの)
翠は、罪悪感で、胸が押しつぶされそうだった。
「それじゃあ、プンプン。行きましょうか」
南条は、プンプンに声をかけた。
プンプンは、翠の方を、ちらりと見た。
それから、南条の隣に、一歩近づいた。
「……色々と、本当にありがとうございました」
南条は、翠に頭を下げた。
「……いえ。こちらこそ、何もできなくて」
翠は、笑顔のまま、頭を下げた。
南条は、プンプンの手を取って、店のドアへ向かった。
プンプンは、振り返らなかった。
カランカラン、とドアベルが鳴った。
二人の姿が、店の外に消えていく。
翠は、カウンターの奥で、立ち尽くしていた。
(行っちゃった)
(プンプンくん、行っちゃった)
翠の手が、震えていた。
カウンターに手をついて、必死に体を支える。
(なんで、私、こんなに震えてるの)
(たった一週間、一緒にいただけなのに)
(たった一週間、同じ食卓を囲んだだけなのに)
翠の目から、涙がこぼれ落ちた。
熱い涙が、頬を伝って、カウンターに落ちる。
(私、この子のこと、何も知らないのに)
(名前だって、雄一さんから聞いただけで)
(でも、でも)
翠は、声を殺して、泣いた。
その夜。
翠は、一人で食卓に座っていた。
目の前には、一人分のごはんと、一人分の味噌汁。
湯気が、細く立ち上っている。
(一人だ)
(また、一人に戻った)
翠は、箸を取った。
でも、食べる気になれなかった。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
翠の肩が、びくり、と跳ねた。
(こんな時間に、誰?)
翠は、恐る恐る、玄関へ向かった。
ドアの覗き穴から、外を確認する。
外灯の下に、男が一人、立っていた。
泥だらけのスーツ。
やつれた顔。
銀縁の眼鏡。
(雄一さん……)
翠は、ゆっくりと、ドアを開けた。
「……ただいま」
雄一は、消え入りそうな声で言った。
翠は、答えられなかった。
ただ、黙って、夫の姿を見つめていた。
雄一は、翠の顔を見ると、気まずそうに視線を逸らした。
そして、靴を脱ぎ、家に上がる。
泥のついた靴下が、廊下に汚い足跡を残していく。
雄一は、リビングまで来ると、きょろきょろと辺りを見回した。
「……プンプンは?」
翠は、答えなかった。
「……そうか。もう、いないのか」
雄一は、小さく呟いた。
「世話になったな」
それは、翠に対してではなく、もういないプンプンに向けて言っているようだった。
翠は、何も言わなかった。
言いたいことは、山ほどあった。
どこに行っていたの?
その泥だらけのスーツは何?
葉書一枚で、済ませるつもりだったの?
私のことは、何だと思ってるの?
でも、どれも、言葉にならなかった。
喉の奥で、感情が、ぐちゃぐちゃに絡まって、声にならない。
翠は、雄一に背を向けた。
「……翠さん」
雄一が、後ろから声をかけてきた。
翠は、振り返らなかった。
「……ごめんね」
雄一の、かすれた声。
翠は、何も言わずに、寝室へ向かった。
その夜、翠は、雄一と一言も口をきかなかった。
雄一は、リビングのソファに座り、朝まで、ずっと、黙っていた。
二人の間には、深くて、重い沈黙が、横たわっていた。
(ああ)
(これで、よかったのかしら)
ベッドの中で、翠は、天井を見つめていた。
隣の部屋からは、雄一の気配がする。
(帰ってきてくれた)
(それだけで、嬉しいはずなのに)
(どうして、こんなに、苦しいんだろう)
翠は、自分の手を見つめた。
プンプンが握ってくれた、右手。
(あの温かさは、もう、ない)
翠は、目を閉じた。
暗闇の中で、昨日の夜の、プンプンの小さな手の温もりを、必死に思い出そうとした。
でも、もう、指先は冷たくなっていた。
窓の外では、遠くで、蝉の声が聞こえていた。
夏が、すぐそこまで来ていた。
翠は、静かに、目を開けた。
涙は、もう、出なかった。Noveliaとは?
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