ゴーレム転生者、異世界をプロレスで制す 〜二体の猿が最強への道を拓く〜
日本の大学院生カイは、不慮の事故で命を落とし、気がつくと剣と魔法の異世界に転生していた。気まぐれな神に選ばれ、ゴーレム召喚スキルを授かる。召喚されるゴーレムは二体の巨大な猿型で、常時起動しているが自我はなく、カイの命令でのみ動く。冒険者ギルドでは嘲笑の的。ベテランのゴダンは「ゴーレム二体など役立たずだ」と吐き捨てる。
だが、カイには秘密の武器があった。前世で培った理系学生としての知識と、筋金入りのプロレスファンとしての観戦歴だ。ゴーレムに独自のファイトスタイルを命じ、モンスターをスープレックスやドロップキック、コブラツイストで叩きつける。依頼を次々と成功させ、ギルド内で存在感を増していくカイ。安全のはずの薬草採取クエスト中、ヒューネのパーティが特殊モンスターに壊滅寸前まで追い込まれる。偶然居合わせたカイは、完璧な二体連携でこれを撃破。彼の評価は一夜にして一変する。
やがてカイは、初めての真の壁に直面する。幻影系の魔物・マロウノ影。物理攻撃がまったく効かない。カイは生まれて初めて撤退を余儀なくされる。霊体に対抗すべくゴーレムの素材構成を改良しつつ、王都に便利な現代知識を広めていく。
ゴーレム転生者、異世界をプロレスで制す 〜二体の猿が最強への道を拓く〜 - 異世界転生とゴーレム召喚、嘲りのギルド登録
ずるい、とカイは思った。
いや、待て。じゃあ、あの時どうすればよかったんだ。
研究テーマを教授に奪われ、鬱屈とした日々を送る中、コンビニ帰りの横断歩道を歩いていたら、信号無視のトラックに轢かれた。ツッコミどころしかない最後だった。いや、死に際にツッコミを入れる余裕などなかった。ただ、痛い、と、そして——悔しい、と。それだけだ。
目の前に、神がいる。
頭の上に浮かぶ金色の輪。ゆったりとした白いローブ。慈愛に満ちた微笑み。いや、慈愛というには、その目はどこか、楽しんでいるように見えた。完全に、面白がっている。
「よく来たね、迷える魂よ」
「……はあ」
カイは、ぐったりと座り込んだまま、白い空間を見回した。上も下も、境界線のない無限の白。なのに、互いの輪郭ははっきりと見えている。
「君は運悪く死んでしまった。三十四歳、独身、大学院生。研究テーマは教授に取られ、将来の展望もなく、息抜きは深夜の動画閲覧。うん、実に……実に、ドラマチックな人生だとは、言いづらい」
「わざわざ採点しなくていいんですけど」
神はえらく物言いがストレートだった。というか、人の人生を総括するな。今ので余計に死に際の後悔が蒸し返ってくる。
もっと、好きなことをして生きればよかった。
あの時、教授に研究テーマを奪われた時。理不尽だと思いながら、争うのが面倒で、笑って引き下がった。あれは、悪手だった。自分の作りたいものを、誰かに奪われて、何も言えないまま、その後もズルズルと雑用を押し付けられ続けた。
「そこでだ。君に、チャンスを与えようと思う」
「……は?」
「異世界転生だよ。剣と魔法の世界、レスティア王国。最近の若い子に大人気のやつだ。どうだい、ワクワクするだろう?」
神が、両手を広げてみせた。効果音でも付きそうなノリである。
「面白い人生には、ほど遠かったわけで」
「まあまあ。で、どうする? 転生する? しない?」
しない、という選択肢が存在すること自体、想定外だった。普通、有無を言わさず転生させるものではないのか。
「……あのさ、一つ聞きたいんだけど」
「何だね」
「俺、また人の顔色を伺って、いいように使われて終わるのかな」
神は、少しだけ目を丸くした。それから、にっこりと笑った。
「それは、君次第だよ。少なくとも、君が選べる選択肢は、前世よりずっと面白いものを用意してある」
カイの中で、何かが、ふつりと音を立てた。
選択肢。
自分で、選んでいい。
邪魔されずに、自分の作ったもので戦いたい。誰かに取り上げられない、自分の力で。
カイは顔を上げた。
「ゴーレム召喚、ある?」
「お、即決か。いいねえ。まあ、一覧はここにあるが……ああ、あるよ。ゴーレム召喚」
目の前に、半透明のパネルが現れる。そこには、様々なスキル名が羅列されていた。剣術、魔法、錬金術……見慣れない名前も多い。
「これだ。俺、これにする。誰の指図も受けずに、自分のゴーレムを作って、戦う」
「はっはっは。いいね、実に、実にいい。君、面白いよ。よし、特別に、転生ボーナスとして、魔力も多めにサービスしておこう」
神が指を鳴らす。
視界が、光に包まれた。
——気がつくと、カイは石畳の上に立っていた。
石造りの家々が、道の両側にずらりと並んでいる。馬車が行き交い、露天から威勢のいい呼び声が飛んでくる。空は高く、青い。建物の向こうには、白亜の城壁がそびえ立っていた。
ここが、レスティア王国の王都フォルクハルト。
カイは、自分の手を眺めた。ごつごつとした、若い手。身長は172センチ、中肉中背で、細身だが悪くない。黒い髪は、少し撥ねている。服装は、この世界のものに合わせたのか、黒系の外套に、濃紺のシャツ、黒のズボン、丈夫な革靴。動きやすさに特化した、軽装だ。
「マジで、一瞬で異世界だ……」
心の中は、混乱と興奮でぐちゃぐちゃだった。楽しく生きること。前世でできなかったことを、今度こそ。左手首を見ると、前世で愛用していた腕時計の跡だけが、うっすらと白く残っていた。
さて、と気持ちを切り替える。
曲がりなりにも、神からもらった新たな人生だ。まず何をするべきか。――この世界の社会システムを、もっと知る必要がある。
カイは、雑踏の中を歩きながら、頭の中を整理した。
このヴェルディナ大陸には、ラーヴェと呼ばれる魔素が大気中に漂っている。人間はそれを体内の魔核で変換し、魔法を行使する。適性があるのは人口の約15%、実用レベルなら3%ほど。つまり、誰でも魔法が使えるわけではない、ということだ。
そして、200年ほど前に起きた未曽有の大災害。ラーヴェ暴走。古代遺跡から大量の魔素が噴出し、世界中でモンスターが自然発生するようになった。人類は防壁都市を築いて身を守り、同時に、モンスターの素材や討伐を生業とする者たちが現れた。
彼らが集う組織の名は、ヴァンドゥール。通称、冒険者互助機構。
「てわけで、まずはヴァンドゥールに行くべきだよな」
カイは記憶を頼りに、通りを進む。転生時に、この世界の基本的な知識はある程度、頭に流し込まれている。便利なものだ。
やがて、中心広場に面した、三階建ての石造建築が見えてきた。木製の看板には、剣と盾を模した紋章と、ヴァンドゥールの文字。ここが、フォルクハルト支部だ。
一歩足を踏み入れると、一階は広い酒場を兼ねたロビーになっていた。木の机と椅子が並び、昼間から酒を煽る男たち、依頼書を吟味する者、疲れ切った顔で食事をかきこむ者。空気には、汗と、酒と、獣の血の匂いが混ざっている。
「お、新顔か? 若いな」
「ひょろっとして、大丈夫かよ。モンスターに喰われて終わりじゃねえか」
入口近くの男たちが、面白そうにカイを眺める。典型的な、新入りへの洗礼だ。カイは、気にしない。前世で、失望とも嘲笑ともつかない目には、嫌というほど晒されてきた。
カイは受付へ向かった。カウンターの内側で、若い女性スタッフが書類と格闘している。
「すみません、冒険者登録したいんですけど」
「あ、はい。恐れ入ります。登録料は銀貨5枚になりますが……あちらでお間違いないでしょうか」
彼女が指し示したのは、初めて見る硬貨だった。カイは外套の内ポケットをまさぐり、財布を取り出す。神が用意してくれたのか、中には、銀色にくすんだ硬貨が数十枚入っている。
銀貨5枚。この世界では、およそ5千円相当の価値らしい。パン一斤が銅貨3枚、つまり30円ほど。物価感覚も、転生時の知識で理解できた。
「これで」
「かしこまりました。では、こちらに必要事項の記載をお願いします。あと、スキルの提示をお願いできますか? 登録ランクの査定に必要でして」
「スキルの提示?」
「はい。天から授かった固有スキルを、こちらで確認させていただく決まりです。実演していただければ」
なるほど。この世界では、誰もが唯一つのスキルを授かる。実演を見せれば、その場でランク査定までしてくれるらしい。
カイは、ロビーの少し開けた場所に移動した。
周囲の冒険者たちが、何事かと視線を向ける。受付嬢も、興味深そうにカウンターから身を乗り出した。
「では、ご自由にどうぞ」
カイは、大きく深呼吸した。
ゴーレム召喚。自分が望み、得た力。
初めて、使う。
カイは思念を集中させた。召喚のイメージを、明確に頭に描く。大猿のように、屈強で。従順で。何より、でかい。
——こい。
足元の石畳に、淡く青い光の紋様が浮かんだ。
次の瞬間、ドオン、と空気が震えた。
「うおっ!?」
「なんだ、こいつら……」
カイの左右に、二体の巨体が出現していた。
高さは、ざっと2メートル20センチ。体重は感覚的に、300キロ前後といったところか。岩石のような、暗灰色の体表。しかし、岩のゴツゴツした塊というよりは、筋肉質な獣のシルエットを思わせる。長い腕は地に着きそうなほどで、指は太く、硬そうな爪が生えている。
顔は、大猿。ただし、目は閉じられたまま、呼吸もしていない。まるで、精密に作られた石像が、意思を持たないまま、命令を待つ番人のように、直立していた。
「……すげ」
自分で召喚しておいて、素直に感動した。
これが、自分のゴーレム。常時二体、維持できる。意思を持たないが、カイの思念で、自由に操作できる。
周囲が、一瞬の静寂の後、一気にざわつき始めた。
「マジかよ、二体同時に召喚して維持してるのか?」
「いや、常時二体って、効率悪すぎだろ。魔力の無駄じゃねえか」
「しかもデカい猿だぜ? 笑うわ」
反応は、好意的なものばかりではなかった。むしろ、冷やかしの方が多い。
その時だった。
ロビーの奥から、一人の男がカイに近づいてきた。
赤茶の短髪は先端が外側に跳ね、手入れの跡が少ない。顔は鋭角で、顎髭が濃い。赤褐色の目は血走りがちで、まぶたは半開き。
全身から、荒くれ者のオーラが漏れ出ている。
「おい、新入り」
古参の、声だった。周囲のざわめきが、潮が引くように小さくなる。
カイは男を見た。男は、二体のゴーレムをじろりと見下し、鼻で笑った。
「常時二体、だぁ? 馬鹿か、お前。そんな間抜けなスキル、実戦で役に立つわけねえだろ」
その物言いには、十五年以上のキャリアで培われた頑固な自負があった。
「意思もねえ、ただの石くれを二体並べて、何ができんだ。護衛ごっこか? 冒険者を舐めてんじゃねえぞ」
周りの連中が、ちくちくと笑い声を漏らす。同調する者、面白がる者。
カイは、黙って聞いていた。
相手の言葉を無視するつもりはない。だが、言い返す気にもなれなかった。
代わりに、心の奥底で、黒い何かが、ゆっくりと燃え始めるのを感じていた。
——そうだ。
——また、このパターンだ。
——前世で、教授にされたことと、まるで同じじゃないか。
研究テーマを奪われ、笑われ、否定され、それでも言い返せなかった。
今度は、違う。
カイは、ゴダンを見上げた。身長178センチの男と、目が合う。
黒い瞳が、ゆっくりと、わずかに見開かれた。感情が、そのまま目に浮かんでいる。
口元が、自然と緩んだ。
「へえ。実用性がない、ね」
声は、自分でも驚くほど、落ち着いていた。
「ああ、悪いか?」
「いや、別に」
カイは、二体のゴーレムに視線を送った。岩石の大猿たちは、微動だにしない。
「面白くなってきたな、って思っただけ」
ゴダンの顔から、笑みが消えた。
「あぁ? なんだと、てめえ」
「だから、見てろよ、ってこと。このゴーレムが、実用性のかたまりだって、その目で確かめさせてやるからさ」
カイは、にんまりと笑った。不敵に。
その笑みの裏で、前世の記憶が、チリッと音を立てた。
奪われた研究テーマ。嘲笑された発表。誰も評価してくれなかった、自分のアイデア。
――今度こそ、自分の手で、上まで行く。誰にも邪魔させない。
周囲の空気が変わった。
「……面白れえ。言うじゃねえか、新入り。だがな、俺を挑発してタダで済むと思うなよ。せいぜい、すぐに泣きついてこないようにな」
ゴダンは、カイを一瞥し、背を向けて去っていった。どよめきが、再び大きくなる。
受付嬢が、ほっと息を吐きながら、カイに声をかけた。
「すみません……ゴダンさんは、ああいう方で。でも、新人に絡む姿は見たくないんですけど……あ、登録の続きです。スキル確認はできましたので。お名前を」
「カイです」
「カイ様ですね。では、こちらが臨時の登録証です。ランクは、スキル査定の結果、Fランクからのスタートになります。決して、Bランクの方の言葉を気にしないでくださいね」
「気にするどころか、燃えてきたくらいですよ」
カイは、Fの文字が刻まれた小さな木の板を受け取った。始まりは、誰もが最下級。問題ない。
ヴァンドゥールを出て、夕暮れの石畳を歩く。
空が、茜色に染まっていた。店じまいを始める露天、走り回る子供たち、家路を急ぐ人々。世界は、カイの心の昂りとは関係なく、穏やかに回っている。
「まずは、宿を取るか。……で、明日からどうする?」
頭の中では、すでに次の手を考え始めていた。
ゴーレムの可能性を、証明する。
そのためには、実績が要る。クエストをこなして、ランクを上げて、実力を見せつける。
だが、問題は山積みだ。
「……まあ、ぶっちゃけ、この世界のクエストがどんなのか、まだ全然分かってないんだけどな」
カイは、肩を落とした。
ランク制度の詳細。ゴーレムの正確な性能、限界、維持コスト。敵モンスターの情報。分からないことだらけだ。
それでも。
「ま、何とかなるだろ。せっかくの異世界生活、失敗も笑い話にしてやる」
カイは、ラムの角亭という洒落た看板の宿屋を発見し、足を早めた。
腹が減った。異世界初の、晩飯にありつける。
左手首の時計の跡を、右手の親指で、そっと撫でた。
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