ゴーレム転生者、異世界をプロレスで制す 〜二体の猿が最強への道を拓く〜
日本の大学院生カイは、不慮の事故で命を落とし、気がつくと剣と魔法の異世界に転生していた。気まぐれな神に選ばれ、ゴーレム召喚スキルを授かる。召喚されるゴーレムは二体の巨大な猿型で、常時起動しているが自我はなく、カイの命令でのみ動く。冒険者ギルドでは嘲笑の的。ベテランのゴダンは「ゴーレム二体など役立たずだ」と吐き捨てる。
だが、カイには秘密の武器があった。前世で培った理系学生としての知識と、筋金入りのプロレスファンとしての観戦歴だ。ゴーレムに独自のファイトスタイルを命じ、モンスターをスープレックスやドロップキック、コブラツイストで叩きつける。依頼を次々と成功させ、ギルド内で存在感を増していくカイ。安全のはずの薬草採取クエスト中、ヒューネのパーティが特殊モンスターに壊滅寸前まで追い込まれる。偶然居合わせたカイは、完璧な二体連携でこれを撃破。彼の評価は一夜にして一変する。
やがてカイは、初めての真の壁に直面する。幻影系の魔物・マロウノ影。物理攻撃がまったく効かない。カイは生まれて初めて撤退を余儀なくされる。霊体に対抗すべくゴーレムの素材構成を改良しつつ、王都に便利な現代知識を広めていく。
ゴーレム転生者、異世界をプロレスで制す 〜二体の猿が最強への道を拓く〜 - 物理無効の霊体、マロウノ影に完敗
ギルドの空気が、ここ数日で明らかに変わっていた。
カイが酒場の扉を押し開けた瞬間、いくつもの視線が一斉に集まる。値踏みするような目、興味津々の目、あからさまに面白くなさそうな目。けれど、前みたいに馬鹿にした笑いを浮かべる奴は、もういなかった。
「おっ、噂のゴーレム使いじゃねえか」
カウンター席でエールを飲んでいた若い剣士が、陽気に声をかけてくる。
「昨日の特殊個体、マジでお前が倒したのか? あれ、ギルドでもちょっとした騒ぎだぜ」
「まあ、成り行きでな。二体のゴーレムがたまたま調子よかっただけだよ」
カイは軽く手を振って応える。黒いショートヘアは今日も少し撥ねていた。黒い瞳は、まあ悪くない気分だ、とでも言いたげに緩んでいる。
(評価が一変した、か。悪くねえな。けど、まだだ。こんなのはただの通過点だ)
心の中では、そう冷静に分析している自分もいた。前世で理系の研究をしていた頃から、自分の状況を数値で測る癖が抜けない。
掲示板の前に立つ。羊皮紙にびっしりと書かれたクエスト依頼が、壁一面に貼り出されていた。どれもこれも、以前よりずっと高いランクの依頼ばかりが目につくようになったのは、気のせいじゃない。ヴァンドゥールの受付が、カイの実力を認めて、閲覧可能な依頼の範囲を広げたからだ。
(さて、次は何を受けるか)
指先で依頼書を一枚一枚追っていく。薬草採集、街道の護衛、ゴブリン系の討伐……どれも無難すぎる。
(もうちょい、こう、歯ごたえのあるやつがいいんだよな)
The urge to push his limits was growing. 昨日の特殊個体戦で、ゴーレムの連携がいかに強力かを証明した。次の課題は、その可能性をもっと広げることだ。
目が止まったのは、掲示板の一番端。古びた羊皮紙に、かすれた文字で書かれた一枚の依頼書だった。
『マロウノ影 調査・討伐任務』
依頼元はトゥーレン村の村長。フォルクハルト北西約三十キロにある小さな村だ。ムールヴォ墓地遺跡、その地下二層に出現する霊体型モンスターの被害が増えているという。
報酬は金貨七枚。危険度はCランク。
「Cランク! お、ちょうどいいじゃん。次のステップにぴったりだろ」
カイは身を乗り出して、依頼書の詳細を読み込んだ。
——マロウノ影。半透明の黒い人影型。物理攻撃は完全に無効。魔法攻撃または聖属性の特殊素材でのみダメージが通る。
「……物理無効? なんだそれ、初めて聞いたぞ」
心の内で、理系頭脳が即座に反応した。物理攻撃が効かない、ということは、質量を持たない、あるいはこちらの攻撃を透過する性質を持っているということだ。
(でも、まあ、魔法で倒せるなら方法はあるだろ。それに、ゴーレムの攻撃が効かないって決まったわけでもない。ゴーレムには魔力を帯びた攻撃ができるようになる可能性もあるしな)
何より、カイには根拠のない自信があった。これまでの二連戦で、自分のゴーレムの実力を目の当たりにしてきた。物理で攻めて駄目なら、その場で何か思いつく。そういう楽観があった。
「受付ってくるわ」
受付の若い女性職員に、依頼書を差し出す。女職員はカイの顔を見て、少し驚いたような表情をした。
「この依頼をご希望ですか? 先日、このクエストに向かったFランクパーティが、一人重傷で帰ってきています。危険ですよ」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。俺、見た目よりずうずうしいんで」
軽口を叩きつつも、カイの目は真剣だった。女職員は、ためらいながらも手続きを進める。
「分かりました。では、トゥーレン村までの通行証と、遺跡の地図をお渡しします。どうか、ご無事で」
カイは通行証と地図を受け取ると、軽く一礼してその場を離れた。
冒険者としての、初めてのCランククエスト。少し胸が躍る。とはいえ、緊張はなかった。勢いに乗っている自覚があった。
その足で、一度宿屋「ラムの角亭」に戻り、準備を整える。女将のミラ・ホルンが食堂から顔を出した。
「おや、カイ。今日は早いね。どうしたんだい?」
「ちょっと北の村まで、仕事に行ってくる。二、三日は戻らねえかも」
「あんたも忙しくなったねえ。悪いことじゃないよ。でも、無理はおしでないよ」
「大丈夫。見てきたようなこと、言うじゃん」
カイは笑って、自分の部屋へ向かう。部屋の隅で、二体のゴーレムが微動だにせず待っていた。前腕部と肩関節が鉄色に強化された、岩石の大猿たち。身長二・二メートル、推定重量三百キロ。カイの思念を待つ、ただの物体であるはずのそれが、なんだか今日は心強く見えた。
「よし、行くぞ。今回も頼りにしてるからな」
片方のゴーレムの側面を、軽く拳で叩いた。ゴツンと鈍い音。意志はないはずなのに、その音に応えられたように感じて、カイは一人で笑った。
馬車に揺られて半日。トゥーレン村に着いたのは、日の高いうちだった。
二百年前の大災害、ラーヴェ暴走の爪痕は、フォルクハルトの城壁の内にいるだけでは実感できない。王都を一歩離れると、道の脇にはぽつりぽつりと打ち捨てられた古い祠や、半壊した石垣が残っている。トゥーレン村もまた、そうした歴史の上に建てられた村だった。
人口四百人ほどの小さな村。牧草地と麦畑が広がり、のどかな景色が続く。ただし、空気はどこか重い。村人の表情は一様に固く、道端で立ち話をしている者たちも、声をひそめていた。
村長の家を訪ねると、六十過ぎの白髪の男が、重い腰でカイを迎えた。
「遠いところ、ご苦労さんです。ヴァンドゥールから来てくれたのかね?」
「ああ、カイっていう。マロウノ影の調査と討伐で来た」
「そうか……あんた、若いのう。悪いことは言わん。あの遺跡は、やめておきなさい。あそこには、昔から穢れたもんがおる。わしも若い頃一度だけ、遠目に見たことがある。あの黒い影に触られた者は、みんな生気を抜かれて死んでしまうんじゃ」
カイは、苦笑いしながら頷いた。
「まあ、実物を見てから判断しますよ。俺のゴーレムは、ちょっと変わってるんで」
村長は、それ以上何も言わなかった。ただ、心の底から心配そうな目でカイを見送った。
トゥーレン村から、さらに歩くこと約西へ四、五刻。ムールヴォ墓地遺跡は、枯れ木に囲まれた小高い丘の中腹にあった。
三百年前に疫病で滅んだ村の跡地。現在は半ば地下に沈み、三層構造のダンジョンと化している。地面から突き出た崩れかけた墓石群。かつては共同墓地だった場所だ。雑草に埋もれた石畳が、かつてここに人の営みがあったことを、かろうじて伝えている。
カイは入口のすぐ手前で足を止めた。出発が昼過ぎだったから、すでに空は茜色に染まり始めている。夜はまずい。霊体は暗所で活性化する。だが、今から遺跡に入れば、外に出る頃には夜になる。
(最悪のタイミングか。でも、まあ、帰りの頃には倒してるだろ。中は暗いから、どのみち関係ない)
危険度Eの一層は、崩れた家屋と墓石が迷路のように並ぶ、半地下の廃墟だった。崩落した木材や土砂が、僅かな月明かりと外光を遮り、湿ったカビの匂いが鼻を突く。
「一応、警戒な。何が出るか分からねえ」
二体のゴーレムを前後に配置し、カイは慎重に、しかし足早に遺跡の中へと進んだ。ところどころ、壁に古い祈祷文のようなものが刻まれている。この世界の文字が読めるようになった転生の特典に、初めてありがたみを感じる。
『主ルーヴァンの加護があらんことを。我らを病より守りたまえ』
(三百年前の疫病か。この村の連中の最後の祈りが、今もここに残ってる)
一瞬、背中が寒くなった。いや、気のせいだ。そう念を押して、二層へと続く階段へ向かった。
二層の空気は、一層とは全く違っていた。
石造りの地下納骨堂。天井は低く、壁面には無数の横穴が掘られ、その一つ一つに古い骨壺や、布切れ、錆びた装身具が安置されている。足元の石畳はひび割れ、その隙間からは黒ずんだものが染み出して、異臭が立ちこめていた。
温度が、急激に下がる。息を吐くと、白くなるような気さえした。
カイは、知らず肩をすくめる。光源は、手に持った魔石ランプの青白い光だけ。その光が届く範囲は、せいぜい数歩先までだ。
(なんだ……この感覚。体中の産毛が逆立つみたいな)
二体のゴーレムは、カイの左右に並んでいた。彼らは温度を感じない。空気の淀みも感じない。だが、カイの不安を察したのか、わずかに前のめりになったかのように見えた。実際は錯覚だ。カイの思念が、無意識のうちに彼らを戦闘態勢へと移行させていたのだ。
その時。
耳の奥で、キーンという高い耳鳴りがした。
(……耳鳴り? いや、これは)
耳鳴りは、だんだんと抑揚を帯びてくる。まるで、笑い声。それも、複数の声が重なり合ったような、不協和音の笑い声。
ヒタ……ヒタ……という、濡れた音でもない。
いや、何かの気配だ。
カイの背筋が、嫌な汗で湿っていく。ランプの光が、ゆらり、と揺れた。
地下納骨堂の奥から、それが、現れた。
半透明の、黒い人影。
高さは二メートルを超えている。髪の代わりに、黒い靄がゆらゆらと立ち上り、頭部の輪郭が定まらない。瞳は、赤く光る二つの点。その光は不規則に明滅し、まるで心臓が脈打つようだった。輪郭が揺れ、実体が薄らいだり濃くなったりする。地面から数十センチほど浮き上がり、全く足音を立てずに、その黒い影は、こちらへと滑り寄ってきた。
マロウノ影。
カイの全身が、総毛立った。
(あれが……マロウノ影……!!)
空気が冷たい。呼吸が、白く凍るのが分かる。ランプの光さえ、その存在に怯えているかのように、かすんで細くなる。
だが、カイは、はにかむように口元を引き締めると、強気に笑みを作った。
「へっ、ようやくおでましか。待ってたぜ。いくぞ、ゴーレム一号! 二号! あの黒いの、ラリアットでぶっ飛ばせぇぇ!!」
命令一下、ゴーレム一号が、弾かれたように動き出した。石の巨体が、石畳を蹴散らし廃墟の空気を切り裂く。長い岩石の腕が、水平に払われた。狙いは、マロウノ影の胸部。
「いっけぇぇ!! ラリアットォォォ!!!」
ゴーレム一号の鉄色に強化された前腕が、マロウノ影の胸部を、×の字に打ち抜いた!!
確かに、打ち抜いた。
だが、手ごたえが、ない。
ゴーレムの腕は、影の中を、ただ、すり抜けていった。
まるで、水を殴ったように。
いや、水ならまだ、しぶきが上がる。それは、空気以外の何物でもなかった。
ゴーレム一号の勢いが、そのまますべて空回りし、バランスを崩した巨体が、前方へと、つんのめる。
「なっ……!?」
カイの笑みが、凍りついた。
「二号! パワーボム! あいつを持ち上げて、頭から地面に叩きつけろ!!」
ゴーレム二号が、マロウノ影の背後へと回り込む。腰を落とし、黒い靄の胴体を両腕で抱え込もうとした。その腕も、やはり、闇の中を、音もなく通過する。
ガシッ、ガシッっと、ゴーレムの石の腕が、互いに噛み合う音だけが空しく響く。抱えたはずの影の存在は、腕の中にない。ただ、掻き抱くように、黒い靄がゆらりと揺れただけだ。
パワーボムは、完全に空を掴んだ。
「嘘だろ……全部、通ってない……!?」
マロウノ影の口元らしき場所が、不気味に歪んだ。
キキキ……カカカ……
粘り気のある笑い声のような音が、地下水脈の底から響くように、二層全体に反響した。間違いない。カイには、はっきり分かった。
今、こいつは、笑っている。
(効いてない。一ミリも。俺のゴーレムの、最高の攻撃が、全部……!!)
膝が、カクンと笑った。
違う。笑ったんじゃない。腰が、引けている。
マロウノ影が、ゆっくりと片腕のようなものを伸ばしてきた。靄でできた腕が、輪郭を増し、鋭い爪の形に凝縮していく。
カイは、とっさに後ろに飛ぶ。だが、影の攻撃は、もっと速かった。
ヒュンッ。
空を裂く白い一閃。だが、靄の爪に、肉が裂かれた感触はない。
代わりに、自分の体に、異変が起こった。
全身の力が、一気に抜けていく。
(な、なんだ……!? 熱が……体から、熱が、奪われていく……!?)
視界が、チカチカと明滅する。マロウノ影の腕が、何かを吸い取るように。カイの胸、腹、両肩から、白く淡い光の粒が、無数に、引きはがされていくのが見えた。
生命力だ。
それが、マロウノ影へと、黒い靄の中へと、吸い込まれていく。
「くっ……あぁっ……! やべえ、これ、吸われてる……! 生気を、吸われて……!!」
体が、重い。
膝から崩れ落ちかける。呼吸が浅い。手足の先から、血の気が引いていくのが分かる。
(物理攻撃は全部無効! それどころか、触れられてないのに、攻撃されてる!? いや違う! あの腕が触れた瞬間、光の粒が飛んだ!)
カイの理系頭脳が、パニックの隅っこで、必死に状況を解析している。
(ゴーレムを介した間接攻撃も、直接の打撃も、全部効いてない。透過されてる。なら、俺にできることなんて……)
「くそっ!! ゴーレム! どけ!! 俺の前に、二体で壁を作れ!!」
命令一下、バランスを崩していた二号と、体勢を立て直そうとしていた一号が、一瞬でカイの前へと移動し、横に並び立った。
ドンッ、と重い足音。石の巨体が、カイとマロウノ影の間に、二枚の盾となって立ちふさがる。
だが、それも、焼け石に水かと思われた。
マロウノ影は、立ちふさがるゴーレムなど眼中にないとばかりに、その間を、ゆっくりと、音もなく、すり抜けてくる。
石と石の間を、黒い靄が、通り抜けた。
「効かねえ……! 壁としての役割すら、果たせねえのかよ……!!」
(このままじゃ、マジで死ぬ)
喉の奥が、ひゅっ、と乾いた音を立てた。
転生して初めての、死の気配。
前世の、トラックのヘッドライトが、脳裏をよぎった。
(死ぬのは、もう、ごめんだ。ここで死んだら、あの後悔も、全部無駄になる)
カイは、震える唇を噛み締めると、その場に、どさり、と片膝をついた。
「……ゴーレム! そのまま前進! あいつに群がって、動きを、抑えろ!!」
カイの思念が、二体のゴーレムに、突撃命令を叩きつける。
二体は、マロウノ影へと、猪突猛進に飛びかかった。何度も何度も、透過されては、空を掻く。それでも、カイは、ゴーレムたちにひたすらに、黒い影の周りで、のたうち回るような動きを指示し続けた。
(囮だ。俺が逃げるための時間を、稼げ!!)
カイは、よろよろと立ち上がる。
体から、じわじわと力が抜けている。顔色は、すでに紙のように白い。それでも、歯を食いしばって、二層へと続く階段の方向へ、足を引きずるように、一歩、一歩、歩いた。走る力は、もう残っていなかった。
後ろから、笑い声が、何層にも、重なって聞こえる。
(くそっ……くそっ……くそっ……!!)
拳を握る。爪が、掌に食い込む。それすら、痛みが鈍い。
振り返らない。振り返ったら、終わりだ。
石階段に手をつき、這うようにして一層へと上がる。崩れた墓石群の間をぬって、外へ。
茜色の空が、眼にしみた。昼の、生ぬるい外気。夕暮れのぬるま湯のような空気が、冷え切った肌を、じわりと焼いた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
力が抜けた。
地面に、両手と両膝をついて、獣のように肩で息をする。いつの間にか、生温かい水が、手の甲に落ちていた。汗か、涙か、自分でも分からなかった。
しばらくして、二人のゴーレムが、無傷で、のそのそと遺跡の入口から出てきた。
カイの命令を律儀に全うし、影の周りで時間を稼ぎ続けたのだろう。彼らに、傷はない。当然だ。向こうの攻撃も、彼らには効かない。ただ、命令に従って、意味のない攻撃を繰り返していただけだ。
カイは、地面に転がったまま、空を見上げた。
(……初めてだ。この世界に来てから、何かに、完全に、手も足も出なかったのは)
理系の頭で、来た道を、一から逆算する。物理無効。つまり、質量を持たない完全な虚体。あるいは、我々の次元の攻撃を、別の次元に逃がしているか。いや、そもそもこの世界の物理法則が、前世のそれと同じとは限らない。
(魔法攻撃。聖属性。俺は、どっちも使えねえ。ゴーレムに、そういう属性の攻撃を覚えさせられるのか? 素材を、変えれば……いや、今の俺には、そのイメージが、全然、沸かない)
脳が、疲労で上手く回らない。
吐き気が、こみ上げてくる。魔酔いとは、また違う、生命を吸われた後の、体の芯が空っぽになったような感覚。
「……はは。笑えねえ」
乾いた笑いが、漏れた。
カイは、なんとか自分の足で立ち上がり、二体のゴーレムを伴って、トゥーレン村へと戻る道を歩き始めた。
夕焼けの光が、長い影を、田んぼの畦道に落としている。
かつてない形で、世界が、違って見えていた。
ヴァンドゥールに、カイが戻ったのは、翌日の夕方だった。
身体は、トゥーレン村の宿場「道標亭」で一晩休めば、なんとか動くまでに回復していたが、吸われた生命力は、一日では戻らない。顔色は土気色で、目の下には、くっきりと隈が浮いている。
「カイさん! どうでしたか?」
昨日とは別の、若い女性職員が、心配そうに声をかけてきた。
「……駄目だった。マロウノ影は、俺のゴーレムの攻撃が、全部、透過してな。一方的に、やられてきた」
カイは、ありのままに、包み隠さず報告した。相手の情報、戦闘の様子、影の攻撃で生命力を吸われたこと。そして、自分の攻撃が、一つとして通用しなかったこと。
受付職員は、顔を強張らせた。
「報告、ありがとうございます。……被害が大きくなる前に、情報を挙げてくださって、助かりました。この報告は、すぐに上位の冒険者にも共有しますね」
「ああ、頼む」
受付を後にする。
酒場の方から、カイの耳に、聞こえよがしの会話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか。あのゴーレム野郎、Cランクに手出して、盛大に負けてきたらしいぜ」
「やっぱりな。ゴーレムごときで上に上がれるほど、この世界は甘くねえんだよ」
「昨日まで調子乗ってたのが、いい気味だ」
嘲笑。
あの日、ゴダンから向けられたものと、同じ類のもの。
カイは、酒場の連中を一瞥すると、何も言わず、ギルドを出た。
軽口を叩く元気は、もう、とっくに、どこかで失われていた。
ラムの角亭の自室。
ベッドに倒れ込むと、古い天井の木目が目に入った。
(何が悪かったんだ。物理無効。攻撃が通らない。ならどうする。魔法か。属性か。聖属性ってなんだ。教会で売ってる聖水とか……そういう系統のことか)
手を伸ばして、枕元の鞄から、ゴーレムの素材分析用に持ち歩いている、鉄鉱石の欠片を取り出す。
(ゴーレムの構成素材を、物理的なものから変更する。魔力を帯びた素材。この世界には、魔鉱石ってのが、あるよな。フォルクハルトの北の山脈で採れる、魔法を吸う石。あれを、ゴーレムの素材に混ぜたら、どうなる)
脳内で、ゴーレムの構造が、くるくると回転する。外装、内骨格、魔力の回路。
(問題は、魔力の消費量だ。アレを混ぜると、維持コストが跳ね上がる。睡眠時の消耗が課題だってのに。……でも、やるしかない)
カイは、深く、息を吐いた。
胸の奥で、じくじくと痛むものがある。悔しさ。初めての完敗が、カイの心を冷たく、そして静かに、燃やしていた。
「……見てろよ。次は、絶対に、抑えてやる」
その呟きは、部屋の隅で静かに立ち尽くす、二体のゴーレムへと向けられていた。
窓の外、フォルクハルトの夜は、深まっていた。
王都の喧騒も、すでに眠りにつき、かすかな風の音だけが、部屋の中まで届く。
明日。
明日から、また、最初からだ。
物理攻撃がすべて無効という、分厚い壁。
それを、乗り越えるための、長い長い戦いが、始まる。Noveliaとは?
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