ゴーレム転生者、異世界をプロレスで制す 〜二体の猿が最強への道を拓く〜
日本の大学院生カイは、不慮の事故で命を落とし、気がつくと剣と魔法の異世界に転生していた。気まぐれな神に選ばれ、ゴーレム召喚スキルを授かる。召喚されるゴーレムは二体の巨大な猿型で、常時起動しているが自我はなく、カイの命令でのみ動く。冒険者ギルドでは嘲笑の的。ベテランのゴダンは「ゴーレム二体など役立たずだ」と吐き捨てる。
だが、カイには秘密の武器があった。前世で培った理系学生としての知識と、筋金入りのプロレスファンとしての観戦歴だ。ゴーレムに独自のファイトスタイルを命じ、モンスターをスープレックスやドロップキック、コブラツイストで叩きつける。依頼を次々と成功させ、ギルド内で存在感を増していくカイ。安全のはずの薬草採取クエスト中、ヒューネのパーティが特殊モンスターに壊滅寸前まで追い込まれる。偶然居合わせたカイは、完璧な二体連携でこれを撃破。彼の評価は一夜にして一変する。
やがてカイは、初めての真の壁に直面する。幻影系の魔物・マロウノ影。物理攻撃がまったく効かない。カイは生まれて初めて撤退を余儀なくされる。霊体に対抗すべくゴーレムの素材構成を改良しつつ、王都に便利な現代知識を広めていく。
ゴーレム転生者、異世界をプロレスで制す 〜二体の猿が最強への道を拓く〜 - プロレスゴーレム暴誕!素材分析と初クエストの衝撃
宿の部屋に、こつこつという音が響いていた。
カイはベッドの上にあぐらをかき、手のひらに載せた鉄鉱石のかけらをまじまじと見つめている。黒い瞳が、薄暗い室内でもわずかに光を反射した。朝にヴァンドゥールで受けたあの嘲笑が、まだ耳の奥にこびりついている。
「うっし、やるか。見てろよ、ゴダンの野郎」
部屋の床には、羊皮紙に描いた設計図が何枚も広げられていた。炭で書き込んだ線はところどころ手のひらでこすれて黒ずんでいる。関節部の構造、外装の厚み、重心の置き方。前世で材料工学をかじっていたカイは、こういう設計図を描くのは得意だった。
部屋の隅で、二体のゴーレムが微動だにせず立っている。
身長約2.2メートル、推定重量300キロ。岩石でできた巨大な猿の形をしている。腕が長く、肩幅が異様に広い。指の一本一本まで岩でできていて、動かすたびにギシギシと音を立てる。意志はない。目に当たる部分には何も埋め込まれておらず、ただ滑らかな石の曲面があるだけだ。だが、カイの思念を受けると、その巨体は驚くほど正確に動く。
「まずは外装を石から鉄に変える。いや、いきなり全部は無理か。魔力の消費が追いつかない。じゃあ、関節部と前腕部だけを鉄にする。打撃力は関節の強度で決まる」
カイは左手で鉄鉱石を握りしめ、胸の奥に意識を集中させた。体内の魔核、胸のあたりでとくんと脈打つような感覚。それがラーヴェ、空気中に漂う見えない微粒子を変換する器官だ。初めて使ったときは「これが魔力か」と思わず呟いた。前世では感じたことのない、血が温かくなるような感覚。
「ゴーレム、素材変更。前腕部と肩関節、鉄に置換」
カイの思念がゴーレムに流れ込む。一体のゴーレムの前腕部が、じわっと色を変えた。灰色の石が、赤みを帯びた黒鉄色へと変化していく。表面が滑らかになり、濡れたように光った。
「おお、いけるいける……あ、待って待って待って」
もう一体のゴーレムの肩のあたりが、ボコボコと膨らみ始めた。慌てて思念を送る。膨らみは収まり、なんとか鉄色の肩関節が形成された。
「はー……びびった。一気にやると制御が荒れるな。鉄鉱石の品質もまちまちだし、これはこまめにやらねえとダメだ」
カイは息を吐いて、床に転がった。すでに魔力をかなり消費している。胃のあたりがむかむかした。こまめに素材変更を繰り返していると、この世界の体力をどんどん削られていく。まだ転生したばかりで、魔素の扱いに慣れていないせいもある。
「つっても、まあ、やれることは分かった。あとは細部の調整だな」
ゴーレムの前腕部を見る。铁色に変わった腕は、見た目からして一発が重そうだ。前世でプロレスの動画を見まくったカイは、頭の中に無数の技の動きが浮かんでいる。問題は、ゴーレムにその複雑な連続動作をどう教え込むかだ。
拳を突き出すだけなら簡単だ。パンチ、キック。単純な一動作なら、思念で思い浮かべればゴーレムはその通りに動く。だが、スープレックスをかけるには、相手を抱えたまま自分の体を反らせ、相手を頭から地面に叩きつける、という一連の動きが必要になる。
「よし、まずは自分でやってみるか」
カイは立ち上がると、部屋の壁に向かって足を肩幅に開いた。深く腰を落とす。壁を相手に見立てて、右手で壁の下の方を抱える仕草をした。
「パワーボム!こう、相手を担ぎ上げて、頭から落とす!」
カイは壁に向かってプロレス技の動きを実演し始めた。パワーボム、ラリアット、スープレックス。前世で何度も見たプロレスラーの動きを、体で思い出す。筋肉がギシギシと悲鳴を上げるが、構わない。壁に拳や肩をぶつけながら、動きの軌道を頭に焼き付ける。
「おらあ!ダメだ、俺の体じゃ再現度が低い。こうか?いや、腰の入りが違う!」
一人で壁に向かって熱中していると、後ろで控えていたゴーレム二体のうち、一体がゆっくりと動き出した。カイの思念が無意識にゴーレムへ流れ込んでいたらしい。ゴーレムはカイの動きに呼応するように、長い腕を振り上げた。
「お、おい待て待て待て」
のんきな声が部屋に響いた瞬間、ゴーレムの岩石の腕が振り下ろされた。轟音。壁が陥没する。
「ぎゃああああ!ちょ、やめやめやめ!」
慌てて思念で停止命令を送る。ゴーレムはぴたりと動きを止めた。が、壁には巨大な穴が開いている。隣の部屋の住人が、悲鳴を上げて外へ逃げていくのが見えた。
「あちゃー……やってもうた」
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「何をやってるんだい、あんた!」
宿屋ラムの角亭の女将ミラ・ホルンが仁王立ちしている。四十代、世話好きの肝っ玉母さんで、カイがこの宿に泊まり始めてからというもの、何かと面倒を見てくれている。髪を高い位置でまとめ、エプロンの前には小麦粉がついている。
「み、ミラさん。これはですね」
「壁に穴を開けて、隣の客を追い出して、何が『これはですね』だい!この前もゴーレムが部屋の中で暴れて椅子を壊したじゃないかい!今日こそは弁償してもらうよ!」
ミラは腰に手を当て、カイをぎろりと睨んだ。
「すみません。お金は払います。マジで。今ちょっと、ゴーレムの特訓してまして」
「特訓なら外でやりな!城壁の外側に訓練場があるだろうに。ほんと、理屈は立派なのに、やることがめちゃくちゃだねえ」
そう言いながらも、ミラは溜息をつくと、カイの部屋の床に散らばった設計図や鉄鉱石のかけらを見渡した。その表情が、すこしだけ柔らかくなる。
「……あんた、本気なんだねえ。まあ、ほどほどにしな」
「はい。ほどほどに、ほどほどに」
ミラは「はあ」ともう一度溜息をつき、部屋を出ていった。
カイは壁の穴をぼんやりと見つめた。数百年前に建てられたというこの宿は、石造りだが内壁は漆喰で、ゴーレムの一撃になす術もない。
「……制御はまだまだだな。思念が漏れてる。壁に技をかけるんじゃなくて、ゴーレムに直接、動きの軌道をプログラムしないとダメだ」
頭を切り替えて、次の課題に取り組む。
カイは壁の前にもう一度立ち、今度は目を閉じて、ラリアットの動きを頭の中で再生した。右腕を横に伸ばし、相手の首に叩き込む。その軌道を、ゴーレムの関節の可動域に置き換える。肘の角度、肩の可動範囲、脇の締め方。
「腕を真横に振るんじゃなくて、肩を押し込むイメージだ。手首は伸ばさず、前腕で相手の喉を打つ。そうすれば、振り抜いた時に腰が回りすぎない。……よし、やってみろ」
カイが思念を送る。ゴーレムの一体が、ゆっくりと腕を振り上げ、横にスイングした。
ドン、と重い音がして、隣に控えていたもう一体のゴーレムにラリアットが直撃した。岩石の首に鉄の腕が食い込む。二体は互いに絡み合うようにして倒れ、床を激しく震わせた。
「あはははは!ごっついいい音!いや待って、笑ってる場合じゃない。今のは腕を振り抜きすぎだ。もっと角度を狭く」
ゴーレム二体は倒れたまま、床の上で岩と岩が擦れるような不快な音を立てている。カイは腹を抱えて笑いながら、思念で二体を立ち上がらせた。
「いいぞ、もう一回だ。今度は、もっと体を正面に残したまま、腕だけを水平に振る」
ゴーレムはカイの思念を受けて、忠実にラリアットを繰り返した。今度は、体の回転が抑えられ、腕が水平に、鋭く空気を切った。ぶわ、と風が部屋の中に吹き荒れる。
「来た来た来た!そうだ、それだ!あとは速度と角度の微調整だ」
それから、カイは壁に自爆したり、二体が互いに激突して崩れたりする失敗を何度も繰り返しながら、少しずつゴーレムの動きを修正していった。
夕方になる頃には、床には岩の破片が散乱し、壁には更にいくつかの新たな穴が開いていた。だが、二体のゴーレムは、カイの思念を受けると、流れるようにラリアット、スープレックス、パワーボムの動きを再現できるようになっていた。
「最高じゃん。これはもう、立派なプロレスラーだろ。ゴーレムだけど」
カイは満足げに笑った。
翌日、カイは宿を出てヴァンドゥール、冒険者互助機構のフォルクハルト支部へと向かった。外壁区画の中心広場に面した三階建ての石造建築で、一階が受付と酒場になっている。
街は朝から活気に満ちていた。石畳の上を馬車が行き交い、露天商人が威勢のいい声を張り上げている。パン一斤が銅貨三枚。卵十個が銅貨五枚。この世界の物価を、カイは少しずつ覚えつつあった。
「カイさん、おはようございます」
受付の女性が、カイに気づいて声をかけてきた。この前、登録の手続きをしてくれた人だ。
「おはようございます。クエストボード、見ていいですか」
「どうぞ。ちょうど新しい依頼が貼り出されたところですよ。クレヴァスの森でガルドホーンの討伐依頼が出ています。Dランク相当のクエストですが、Fランクの方は一階級上までしか受けられませんので、今回はどうですか?」
カイは掲示板に貼られた依頼書を眺めた。クレヴァスの森、フォルクハルト南東約25キロにある広葉樹林。外縁部は比較的安全で、Fランク向けの薬草採取クエストが出されることもある。
「ガルドホーン、大型の角付き猪ですね。突進力が高くて、旋回性能が低い」
「ご存じでしたか。牙と毛皮が銀貨三十枚程度で取引されますので、結構おいしい依頼なんですよ。ただ、突進をまともに食らうと新人さんには危険ですから、おすすめは……」
カイは、その依頼書を指で弾いた。
「受けます。俺にちょうどいい相手だ」
受付嬢が、少しだけ心配そうな顔をした。
「Fランクの方には、少し荷が重いと思うのですが……」
その時、カイの背後から、聞き覚えのある低い声がした。
「ヘッ。Fランクの新入りが、ガルドホーン討伐だァ?」
カイが振り返る。ゴダンが、ギルドの酒場のテーブルからこちらを見ていた。赤茶の短髪、無精ひげ、血走りがちな赤褐色の目。半開きのまぶたで、人を値踏みするようにカイを見下ろしている。椅子にふんぞり返り、いつものように剣の柄に手を置いていた。
「おう、ゴダンのおっさん。今日もお元気そうで」
「おっさん言うな。……そんな土人形で角猪に勝てると思ってんのか?笑わせんな。冒険者舐めんのも大概にしろや」
ゴダンの声が、酒場に響く。周囲の冒険者たちが、ちらちらとこちらを見始めた。
「はあ、そうかもな。でも、まあ、やってみないと分かんないだろ。受付さん、俺、これ受けます」
カイは軽く笑って、受付嬢に依頼書を差し出した。
「よしなに」
手続きを終え、カイはヴァンドゥールを出ようとした。その後ろから、ゴダンの声が追ってくる。
「おい、ゴーレム野郎。死んでも知らねえぞ。あの森には、てめえの土人形じゃ手に負えねえもんがゴロゴロしてるんだよ」
カイは振り返らずに、手をひらひらと振った。
「結構。踏まれても負けない臆病者のおっさんよりマシだろ」
後ろで、ゴダンの罵声が聞こえた。無視して、カイは歩き出す。
王都の南門を抜けると、街道は緑の木々の間を緩やかに伸びていた。敷き固められた土の道。馬車の轍が深く残っている。初夏の風が、草の匂いを運んでくる。
「さて、本番までに、もう一回ゴーレムの調子を見ておくか」
カイは二人のゴーレムを常時召喚している。街を歩く時も、宿で眠る時も、常に二体がカイの後ろを歩いている。魔力の消費は続いているが、これがカイの戦い方だ。街の中では目立つので、普段は宿に置いてくるのだが、今日は連れてきている。
森の近くまで来ると、小道がいくつかに分かれていた。カイは道端に生えている木の枝を手折り、地面に簡単な地図を書いた。
「外縁部は薬草採取のクエストで人が入る。ガルドホーンが出るのは、もう少し奥。川の近くだったはずだ。増えすぎたって話だから、群れの一部が外縁近くまで出てきてる可能性がある。油断するなよ、俺」
木々の奥へと足を踏み入れる。空気がひんやりとして、苔と腐葉土の匂いが濃くなる。小鳥の声、風に揺れる枝の音。耳を澄ませば、遠くに水の流れる音が聞こえる。
ガサリ。
茂みが、不自然に揺れた。
「来たな」
カイの額に、汗が浮いた。心臓の鼓動が、耳の中で大きくなる。緊張している。当たり前だ。あのゴダンの言う通り、Fランクの新入りがDランクのモンスターに挑むのだ。死ぬ可能性は十分にある。
茂みの奥から、唸り声が聞こえてきた。低く、腹の底に響くような音。
木の幹と幹の間から、巨大な影が現れる。
体長二・五メートル。黒い体毛に覆われた、筋肉の塊。頭には太く鋭い角が二本、逆立っている。黄色い瞳が、カイを捉えている。鼻息が荒く、前足で地面を掻いている。
「おお、デケエ。写真で見るのと違って、実際見ると迫力がすごいな」
ガルドホーンが、頭を下げた。
来る。
カイはゴーレム二体を左右に展開した。
「ゴーレム!迎撃!ラリアット!」
一体のゴーレムが、右腕を水平に振り上げた。鉄の前腕部が、陽光を反射してギラリと光る。
その瞬間、ガルドホーンが突進してきた。地面が揺れる。空気が裂ける音がした。角が、一直線にカイを狙う。
「いっけーー!!」
ゴーレムのラリアットが、突進してきたガルドホーンの側面を捉えた。鉄の腕が、巨大な豬の顎の下をえぐるようにして、その突進を斜めに弾いた。
ブギャアアア!!
ガルドホーンの巨体が宙を舞う。ゴーレムの体も、衝撃で大きく後退し、片膝をついた。
「すげえ!ラリアットで突進を止めた!いや、完璧に流した!」
ガルドホーンは地面に倒れ、鼻先で土を削った。だが、すぐに立ち上がろうとする。
「二体目!スープレックスだ!担ぎ上げろ!」
もう一体のゴーレムが、倒れたガルドホーンの後ろに回り込み、その胴体に腕を回した。岩石の腕が、猪の巨体を持ち上げる。
ギシギシという音が響く。ゴーレムの魔力が、カイの思念が、筋肉の代わりになる。
「うおおお!行けえ!スープレックス!ブリッジ!!」
ゴーレムが、ガルドホーンをブリッジするように体を反らせて、頭から地面に叩きつけた。
ドゴォォォン!!
地面が凹み、土と草が四方に飛び散った。ガルドホーンが、断末魔の叫びを上げる。
「いいいいいっ!来た来た来た!まだだ!追撃!パワーボム!!」
先程ラリアットを放ったゴーレムが、今度は地面に倒れているガルドホーンに近づき、その体を持ち上げた。体重三百キロのゴーレムが、巨体の猪を担ぎ上げる。二体分の重量が、ゴーレムの肩にのしかかる。
「落とせ!パワーボム!!」
ゴーレムが、ガルドホーンを頭から地面に叩き付ける。
ドゴオオオオオン!!
その衝撃は、森の木々を揺らした。鳥が一斉に飛び去る。カイの体にも、地響きが伝わってくる。
ガルドホーンは、もう動かなかった。
「勝った……勝ったぞ!!俺のプロレスゴーレムが、異世界で初勝利だ!最高じゃん!スープレックスからのパワーボム!テンション上がるわー!」
カイは、拳を突き上げて飛び跳ねた。前世のプロレス実況で何度も聞いたような、実況じみた自分の声が、森に響き渡る。
興奮が治まってくると、急に気配を感じた。茂みの向こうから、誰かがこちらを見ている。
カイが視線を向けると、木々の陰から、ゴダンが姿を現した。両腕を組み、口を一文字に結んでいる。その手には、剣が握られていた。
「おっさん、何でここに?というか、見てたんですか」
ゴダンは、カイの問いを無視して、地面に倒れているガルドホーンの骸をじろりと見た。
「……てめえ、常識外れもいい加減にしやがれ。あんな戦い方、冒険者じゃねえ」
「いつまで経っても文句ばっかりかよ。結果出してるんだから、いいじゃんか」
「調子に乗るなよ、ガキ。たまたま一頭倒せたくらいで、この世界で生きていけると思うな」
ゴダンの目が、獣のように光る。憎しみと、ほんの少しの焦り。カイの非常識な戦法は、彼の中の「この世界の当たり前」を、確実に侵食していた。
「たまたまでもいいさ。積み重ねて、いつかお前より上のランクに行く。見てろよ」
ゴダンの眉が、ピクリと動いた。その場の空気が、ぴりぴりと張り詰める。
「どけ、邪魔だ」
ゴダンは、カイの前を通り過ぎて、森の奥へと去っていった。
カイは、ゴダンの背中を見送った。
「……あの人、どうしてあんなに怒ってるのかよく分かんないな。まあ、いいや。素材を回収して帰ろう」
カイは、ゴーレムたちに、ガルドホーンの牙と毛皮を運ばせた。
ギルドへ戻った時、酒場にはすでに噂が広まっていた。
「おい、聞いたか。新入りのゴーレム使いが、ガルドホーンを投げ飛ばして殺したって」「ああ、誰かが森で見てたらしい。二体の巨人が、猪を持ち上げて地面に叩き付けたって」「本当かよ。あのゴーレム野郎か」「面白いよな。今までの戦い方と全然違う。邪道だけど、結果は出してる」
冒険者たちが、チラチラとカイを見ている。中には「おう、カイ」と気軽に声をかけてくる者もいれば、眉を顰めてそっぽを向く者もいる。
酒場の隅で、ゴダンが苦々しげに酒を呷っていた。テーブルに座る仲間たちは、その機嫌の悪さに気づいている。
「ありゃ戦い方じゃねえ。仲間もいねえで、ただ人形をけしかけるだけだ。あんなのが野放しになって、ギルドの価値が落ちる」
ゴダンはそう言い放ち、杯を乱暴に置いた。
その時、ギルドの掲示板の前に、一人の女性が立っているのが、カイの視界の端に入った。金色の巻き毛に、銀のピアス。青い目。肩口まで伸びた髪。その後ろ首には、小さな葉の形をした刺青がある。
カイは、この女性を見たことがある。ヒューネ。Dランクの冒険者で、ギルドで何度か言葉を交わした程度の間柄だ。
ヒューネは、掲示板の前で、何枚もの依頼書を物色していた。その仕草は、丸で慎重そのもの。指先で、危険度が低そうなクエストの依頼書をつまみ上げ、すこし考えて、また元に戻す。
「……やっぱり、これにしよう。薬草採取なら安全だし、クレヴァスの外縁部なら、滅多にモンスターも出ない」
ヒューネはそう呟き、依頼書を受け付けるために列へ向かった。
ヒューネの後ろに、仲間らしい男性二人がついていく。
その夜、ヒューネたちは、クレヴァスの森の外縁部にいた。
森の中の空気は、昼間よりもさらに冷たかった。月の光が、木々の葉の間から細く差し込んでいる。足元には、薬草の花が、仄かな青い光を放っている。ヒューネは、これまで何度もこの森に来たが、今日の空気は、少し違うように感じられた。
「ええ、今夜は予定通りに採取を終えて、夜明け前に戻りましょう」
ヒューネは、仲間たちにそう声をかけた。仲間の一人が、ランタンを掲げながら歩いている。
「大丈夫っすよ、リーダー。ここくらい、何度も来てる場所っすから」
「そうはいっても、安全第一です。気を抜かないでくださいね」
ヒューネたち四人は、黙々と薬草を採取しながら、森の奥へと進んでいった。
しばらく進んだところで、ヒューネは、ふと足を止めた。
「……待ってください」
「どうしたんすか」
「獣道があります。それに、この匂い……生臭い。まるで、動物の血のような」
周囲に、明らかに雰囲気がおかしい。木々の枝は、無数の獣が通ったかのように折れ曲がり、地面には、鋭い爪で刻まれた跡が残っている。
「引き返しましょう。ここは……私が知る限り、安全な場所ではありません」
ヒューネは、右手で左肩を掴んだ。不安が、表情に出ている。
だが、その時、仲間の一人が言った。
「えー、せっかくここまで来たのに、帰るんすか?あと少しで、指定の薬草のエリアに着くはずっすよ」
「そうですよ。それに、この辺りにモンスターが出たって話は聞いたことがないっす。流石に慎重すぎませんか」
「でも……」
ヒューネは、逡巡した。これまでの判断ミスを思い返す。もっと強気にいくべきだったのか。いや、安全第一が間違っているはずがない。でも、ここで仲間を無視して帰るのは、彼女の弱いところを突かれた気がした。
仲間たちが、もう少し奥を見てきます、と言って歩き出す。いや、その時。
ガサゴソ。
木々の奥から、重々しい音が聞こえてきた。
「……!」
ヒューネは、息を呑んだ。翌朝、カイは、宿のベッドで目を覚ました。
「……変な夢見た気がする。何だっけ。森で誰かが呼んでるような」
窓の外から、王都の街の音が聞こえてくる。馬車の車輪、商人の呼び声、子供の笑い声。世界は、カイの知らないところで、確実に動いている。
カイは、寝癖のついた髪を手で押さえ、窓から朝の空を見上げた。青い空に、白い雲がたなびいている。
「今日は、何しようかな。とりあえず、あの猪の素材を売りに行こう。牙と毛皮で銀貨三十枚。宿代が何日か浮く。あ、壁の修理代も払わないと」
そう呟いて、カイは、軽く笑った。異世界にも、現実の帳尻合わせはつきものだ。
部屋の隅で、二体のゴーレムが、今日も微動だにせず立っている。その铁色の関節が、窓から差し込む光を静かに反射していた。
遠くから、どこかの店の開店を知らせる鐘の音が、風に乗って聞こえてきた。市場の喧騒が、今日も、穏やかな一日の始まりを告げている。Noveliaとは?
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