真白の記憶、茜の想い
『ごめんね、ましろ君』——忘れていた声が、深夜の配信終わりに蘇る。
ミナモ大学心理学部二年のましろは、都市伝説の検証配信を生業にしていた。ホラーは怖くない、むしろわくわくする。そんな彼の機材が、ある夜、勝手に起動した。映し出されたのは、知らないはずの記憶。白い天井、消毒液の匂い、誰かに手を引かれて走る自分。そして、泣き出す寸前みたいな、女性の声。
「オレは、何を忘れてるんだ——」
その頃、ましろが秘密組織クロノス機関に監視されていることを、彼だけが知らなかった。失われた記憶、揺れる能力、冷たい水しか喉を通らない奇妙な癖。すべては、2年前に消された何かへと繋がっている。
明日、あの声の主がましろの前に現れる。学園×青春×記憶ミステリー、開幕。
真白の記憶、茜の想い - 図書館の後輩と、嘘つきな微笑み
午後の光が、ミナモ大学図書館の閲覧室に静かに落ちていた。
高い天井から吊り下げられた蛍光灯の白い明かりが、長机に並んだ学生たちの背中を照らしている。ページをめくる音、ノートにペンを走らせる音、時折誰かが咳払いをする音。それらが混ざり合って、図書館独特の静けさを作っていた。
ましろ爻は、窓際の席で心理学のレポート課題に取り組んでいた。黒髪のショートヘアが、うつむくたびに頬のあたりに影を落とす。黄色い瞳は、開いたままの専門書の上をゆっくりと動いていた。安全ピンの髪飾りが、蛍光灯の光を受けて時折ちかりと光る。
(うまくまとまらない)
彼は心の中で呟いた。記憶と認知に関するレポート。テーマは「記憶の不確実性と自己同一性」。皮肉な話だ。記憶を失った自分が、記憶の不確実性について論文を書こうとしている。
昨夜の配信で起きたことを、ましろはまだうまく消化できていなかった。機材のノイズ。白い天井の記憶。あの女性の声。『ごめんね、ましろ君』。思い出そうとすると、頭の奥がじんわりと痛む。まるで、そこに触れてはいけないと誰かに言われているみたいに。
(気のせいだ。機材の故障だ)
そう自分に言い聞かせて、ましろはペンを握り直した。
その時だった。
「あの、すみません」
すぐ隣から声がした。柔らかくて、少し弾んだような声。ましろが顔を上げると、そこに一人の少女が立っていた。
明るい栗色のセミロング。ゆるくウェーブのかかった髪が、肩のあたりでふわりと揺れている。琥珀色の大きな瞳が、ましろをまっすぐに見つめていた。左の手首には細いリストバンド。そして何より印象的だったのは、その笑顔だった。
太陽みたいな笑顔。図書館の静かな空気の中で、そこだけがぽっかりと明るい。
「えっと……」
ましろは戸惑った。突然知らない人に話しかけられるのは、正直苦手だ。どう反応すればいいのかわからない。
「すみません、その本、使われてますか?」
少女は、ましろの左手に積まれていた本を指さした。『認知心理学概論』。ましろがさっきまで参照していた参考文献だ。
「あ、これ……いや、もう使わないから、どうぞ」
ましろは本を差し出した。少女は嬉しそうに受け取る。
「ありがとうございます! 私も同じ本を探してたんです。認知心理学の参考文献って、図書館に意外と少ないですよね」
「……うん、そうだね」
ましろは短く答えた。会話が続かない。続け方がわからない。彼は昔からそうだった。人と話すのは、得意じゃない。
でも、少女はそんなましろの態度を全く気にしていないようだった。
「あ、隣、座ってもいいですか?」
「……どうぞ」
少女は軽く会釈して、ましろの隣の席に座った。カバンを机に置き、本を開く。ほんの少し、シャンプーのような甘い匂いがした。
ましろはレポートに視線を戻した。集中しなければ。でも、隣の存在が気になって、なかなかペンが進まない。
(誰だろう。同じ学科の子かな)
心理学部は学生数が多い。ましろはあまり人と関わらないから、同学年の顔もほとんど覚えていない。ましてや後輩なら、なおさらだ。
しばらく沈黙が続いた。ページをめくる音だけが、二人の間に流れる。
「あの」
また声をかけられた。ましろが顔を向けると、少女は少しだけ首を傾げて、いたずらっぽい目で彼を見ていた。
「もしかして、ましろ先輩ですよね? 心理学部二年の」
ましろの体が、ぴくりと止まった。
「……なんで、僕の名前を?」
警戒心が、胸の奥で顔を出す。ましろは大学では目立たない存在だ。配信もしているが、顔出しはしていない。大学の人間に、自分が配信者だと知っている者はいないはずだった。
「やっぱり! あの、私、茜灯っていいます。心理学部認知情報学科の一年です。先輩の配信、いつも見てるんです」
茜はそう言って、にこりと笑った。その笑顔には、嘘偽りのない純粋な明るさがあった。
「配信……見てるの?」
ましろは驚いた。自分の配信を、大学の人間が見ている。しかも、後輩が。
「はい! すごく好きなんです。都市伝説の検証配信。先輩の声、聞いてると落ち着くし、それに、あの深夜の街を歩く感じがすごく良くて。あ、でも、私が勝手に見てるだけで、先輩に迷惑だったらごめんなさい」
茜は少し慌てたように、両手を小さく振った。その仕草が、なんだか小動物みたいで、ましろは思わず口元が緩みそうになる。
「いや、迷惑じゃないよ。……むしろ、嬉しいかな」
これは本心だった。自分の活動が、誰かに届いている。それも、こんなに近い場所にいる誰かに。その事実が、ましろの胸の奥をじんわりと温かくした。
「本当ですか? よかった……あ、そうだ。先輩、この前の配信でやってた『ひとりかくれんぼ』の話、すごく面白かったです」
「見てたんだ」
「はい! 最後のところで、人形を水に沈めるじゃないですか。あれ、本当にやっちゃうんだって思って。私、ああいうの怖くてできないから、先輩すごいなって」
「怖くないの?」
茜が、少し驚いたようにましろを見た。
「え?」
「ひとりかくれんぼ。普通の人は怖がるでしょ。君は、怖くないの?」
ましろの質問に、茜は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、視線を伏せた。
「……怖い、けど」
茜は小さく息を吐いて、それから顔を上げた。
「でも、先輩の配信見てると、怖い話って、ただ怖いだけじゃないんだなって思えるんです。その裏に、何か理由があるっていうか。そういうのを一緒に考えるのが、楽しいんです」
その言葉は、ましろの心の真ん中にすとんと落ちた。
(この子は、ちゃんと俺の配信を見てくれている)
ましろは、自分の頬が少しだけ緩んでいることに気づいた。
「へえ」
「あ、先輩、今、笑いました?」
茜が、からかうような口調で言った。
「……笑ってないよ」
「笑ってましたよ。口元、ちょっと上がってた」
「気のせいだよ」
ましろは顔を背けて、レポートに視線を落とした。でも、心の中は少しだけ騒がしかった。
(なんだこれ。変な感じだ)
茜はくすくすと笑った。その笑い声も、図書館の静けさに溶け込むように、小さく、柔らかかった。
「先輩って、思ってたより静かな人なんですね。配信だと、もっと早口で、ずっと喋ってるのに」
「……興味があることだと、つい」
「あ、じゃあ今は、私と話すのが興味ないってことですか? ひどいなあ」
茜は口をとがらせて、わざとらしく拗ねた顔をした。
「そういう意味じゃないよ」
ましろは慌てて否定した。
「ふふ、わかってます。冗談です」
茜はすぐに笑顔に戻った。その表情の切り替えの速さが、彼女の明るさを物語っている。
「でも、本当に先輩の配信は面白いです。特に、都市伝説の検証の時に、先輩がすごく楽しそうに話すところ。あれ、見てるこっちまで楽しくなってくるんです」
「……楽しそうに見える?」
「見えます! すごく。あ、今もですよ。都市伝説の話になってから、先輩、ちょっと声が弾んでる」
ましろは、はっとした。
言われてみれば、そうだ。いつの間にか、自分は茜との会話に乗り気になっている。都市伝説の話になると、つい早口になる。それはましろの昔からの癖だった。
(気づかなかった)
自分のことなのに、他人に指摘されて初めて気づく。ましろは、なんだか照れくさいような、気恥ずかしいような気持ちになった。
「……恥ずかしいな」
ましろは小さく呟いた。
「え、なんでですか? いいことだと思いますよ。好きなことを楽しそうに話せるのって」
茜は真剣な顔で言った。琥珀色の瞳が、ましろをまっすぐに見つめている。
(この子は、どうしてこんなに真っ直ぐなんだろう)
ましろは、その視線から逃れるように、窓の外を見た。午後の陽射しが、キャンパスの木々を明るく照らしている。
「……君は、都市伝説に興味があるの?」
話をそらすように、ましろは尋ねた。
「あります! 私、結構詳しいんですよ。この街の噂話とか、よく友達と話してるし。あ、でも先輩には敵わないですけど」
「そうなんだ」
「はい。特に、夜の街の話が好きで。ネオン・ストリートの裏通りとか、ああいう場所って、昼間と全然違う顔してるじゃないですか。あの感じが、なんだかドキドキして」
茜の言葉に、ましろは少しだけ違和感を覚えた。
(夜の街の話が好き、か)
普通の女子大生が、深夜の繁華街の裏通りにドキドキするだろうか。ましろはホラー耐性が異常に高いから、深夜の街を平気で歩く。でも、それは自分が特殊なだけで、普通の人は違うはずだ。
でも、ましろはその違和感を口には出さなかった。
「……君、夜に一人で出歩いたりするの?」
「え? あ、いや、友達と一緒にです。さすがに一人では……ちょっと怖いです」
茜は少し慌てて答えた。その反応が、なんだか不自然な気もしたが、ましろはそれ以上追及しなかった。
「まあ、夜の街は、一人で行かない方がいいよ。何があるかわからないから」
「先輩がそれを言いますか? いつも一人で深夜に配信してるのに」
茜が、呆れたように笑った。
「……僕は、別に。慣れてるから」
「慣れてるから、じゃないですよ。心配になるじゃないですか」
茜の声が、少しだけ真剣になった。
「先輩の配信、いつも最後まで見てます。でも、深夜の街を一人で歩いてるって思うと、毎回ちょっとドキドキします。何かあったらどうしようって」
その言葉に、ましろは胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
(心配してくれる人がいる)
それだけで、なんだか救われるような気がした。ましろは人に頼ることが苦手で、心配されることにも慣れていない。だから、茜の言葉は、彼にとって予想外の優しさだった。
「……ありがとう」
ましろは、消え入りそうな声で礼を言った。
「いえ、そんな。私が勝手に心配してるだけですから」
茜は照れくさそうに笑った。
その時、茜のスマートフォンが、小さく震えた。
茜は一瞬、表情を強張らせた。ほんの一瞬だった。でも、ましろの目には、それがはっきりと映った。
(今、顔がこわばった?)
茜はすぐに笑顔に戻って、スマートフォンをカバンの中にしまった。
「あ、すみません。友達から連絡でした」
「……うん」
ましろは、茜の一瞬の表情の変化を、頭の隅に留めておくことにした。
「あの、先輩」
茜が、少し改まった口調で言った。
「今度、一緒に都市伝説の検証に行きませんか? 私、夜の街なら詳しいんです。先輩の配信の参考になるような場所、案内できます」
ましろは、その提案に戸惑った。
(一緒に、検証?)
人と一緒に行動するのは、本当に久しぶりだ。ましろは基本的に一人で配信をしている。コラボ配信も、ほとんどしたことがない。誰かと一緒に街を歩くという発想自体が、彼の中にはなかった。
「……僕と行きたいの?」
「はい! 先輩と一緒に都市伝説の話をしながら夜の街を歩けたら、絶対楽しいと思います。ダメですか?」
茜は、期待に満ちた目でましろを見つめた。
(ダメか、と聞かれたら)
ましろは、自分が断る理由を探そうとしていることに気づいた。でも、見つからない。茜と一緒にいる時間は、思っていたよりずっと居心地が良かった。一人でいることに慣れすぎていたましろは、誰かと話すことが、こんなにも心を軽くするなんて知らなかった。
「……わかった。いいよ」
ましろがそう言うと、茜の顔がぱあっと輝いた。
「本当ですか! やった! じゃあ、連絡先交換してもらえますか? 日時とか、詳しいことは後で連絡します」
「うん」
ましろはスマートフォンを取り出し、茜と連絡先を交換した。茜の指が、画面の上で軽やかに動く。
「ありがとうございます! すごく嬉しいです。私、先輩と話せて、今日は本当にラッキーでした」
茜は、本当に嬉しそうに笑った。その笑顔を見ていると、ましろも自然と心が温かくなった。
(こんな気持ち、久しぶりだ)
一人じゃない感覚。誰かと繋がっている感覚。ましろは、その感覚を、ずっと忘れていた。
「……僕も、楽しかったよ」
ましろは、素直な気持ちを口にした。
茜は、ましろの言葉を聞いて、一瞬だけ、泣きそうな顔をした。
でも、それも本当に一瞬で、すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
「じゃあ、私、そろそろ行きますね。レポート、頑張ってください! 連絡します!」
茜は手を振って、閲覧室を出ていった。
ましろは、しばらくその背中を見送っていた。
(茜灯、か)
ましろの胸の中に、小さな引っかかりが残っていた。
(どこかで、会ったことがあるような気がする)
でも、それがどこなのか、どうしても思い出せない。
ましろは、レポートに視線を戻した。でも、頭の中は茜との会話でいっぱいで、文字が全く入ってこなかった。
――その頃。
茜は、図書館を出た後、人気のない渡り廊下で足を止めた。
周りに誰もいないことを確認して、カバンからスマートフォンを取り出す。手が、少し震えていた。
画面をタップする。そこに表示されたのは、見慣れた監視システムの通知だった。
『対象Mの記憶反応が微弱ながら上昇傾向。接触によるリコール促進の可能性あり』
茜は、その文字をじっと見つめた。
(やっぱり。私が近づくだけで、ましろ君の記憶が揺れる)
唇を噛みしめる。歯の間に、鉄の味が広がった。
「ごめんね……私がそばにいるせいで、また君が危険になる」
茜は、図書館の方向を振り返った。ましろはまだ、あの閲覧室にいるはずだ。
彼の後ろ姿を思い浮かべる。黒いジャケット。安全ピンの髪飾り。柔らかい声。
(それでも、私は)
茜はスマートフォンを握りしめた。指先が白くなる。
「もう、嘘はつかないって決めたから」
その声は、誰にも届かずに、午後の風に消えていった。
――第7研究所。
ミナモ市北西、旧工業地帯アッシュ・レーン。
廃工場が立ち並ぶその地下深く、クロノス機関の第7研究所。
壁一面に並ぶモニターが、無数のデータを映し出していた。その中央のモニターに、二人分のデータが表示されている。
一人は、ましろ爻。もう一人は、茜灯。
銀色の短髪に、額には一本だけ白い筋。冷たい灰色の瞳。黒いスーツを着た長身の男、玄葉什が、モニターの前に立っていた。
「興味深い」
玄葉は、静かに呟いた。
画面には、茜の行動ログと、ましろの記憶反応データが並んでいる。茜がましろに接触した時間と、ましろの記憶反応が上昇した時間が、ぴたりと一致していた。
「彼女が近づくだけで、リコールが促進される。やはり、茜灯は被験体M-07にとって、最良の触媒だ」
玄葉は、手元の端末を操作し、茜のデータを拡大表示した。
「君の才能は、今も高く評価しているよ、茜灯」
玄葉の声は、穏やかで、それでいて冷たかった。
「記憶管理者としての適性は、組織の中でも群を抜いていた。あの時の判断は、若さゆえの過ちだ。今なら、わかるだろう」
彼は、モニターに映る茜の写真を見つめた。笑顔の写真。でも、その目は、どこか悲しげだった。
「彼女はまだ、自分の感情を制御できていないな」
玄葉は、ましろのデータに視線を移した。
「被験体M-07の捕獲を急ぐ必要はない。むしろ、茜灯の動向を注視しろ。彼女は、組織に戻すべき逸材だ」
部屋の隅に控えていた部下が、深く頷いた。
「かしこまりました。監視を強化します」
「頼んだよ」
玄葉は、モニターの前に立ったまま、静かに微笑んだ。
「すべては、記憶の完全な管理のために」
その声は、地下の静寂に、冷たく響いた。
――その夜。
ましろは、自宅の台所で、猫たちに餌をやっていた。
「ぱわこ、ニア、ごはんだよ」
三毛猫のぱわこが、嬉しそうに足元にすり寄ってくる。黒猫のニアは、少し離れた場所から、じっとこちらを観察していた。
ましろは、猫たちの餌皿に、キャットフードを注いだ。ぱわこはすぐに食べ始めたが、ニアはまだ警戒している。
「ニア、おいで。今日は美味しいやつだよ」
ニアは、ゆっくりと近づいてきて、餌皿の匂いを嗅いだ。それから、安心したように食べ始めた。
ましろは、しゃがみ込んで、猫たちの食べる様子を眺めた。
「……明日、誰かと一緒に街を歩くんだ」
猫たちに話しかける。もちろん、返事はない。でも、ましろはこうして、猫たちに話しかけるのが癖になっていた。
「茜灯って子。大学の後輩で、僕の配信を見てるんだって」
ぱわこが、顔を上げて、ましろを見た。
「変な感じだよ。僕みたいなやつに、あんなに明るく話しかけてくるなんて」
ましろは、冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出した。冷えたペットボトル。常温の飲み物は飲めないから、いつも冷蔵庫に常備している。
コップに注いで、一口飲む。冷たい液体が、喉を通っていく。
「……でも、楽しかった」
ましろは、小さく呟いた。
(誰かと話すのって、こんなに楽しいんだっけ)
中学生の頃、女子にいじめられていた記憶。高校生になっても、うまく人と関われなかった記憶。ましろの人間関係は、いつもどこかで壊れていた。
でも、茜は違った。
彼女は、ましろのことを、ましろとして見てくれている気がした。配信者としてのましろではなく、大学の先輩としてのましろでもなく、ただの、ましろ爻という人間として。
(なんて言うか、不思議な子だ)
ましろは、茜との会話を思い返した。
彼女の笑顔。彼女の声。彼女の、真っ直ぐな瞳。
(あの一瞬の、暗い表情)
図書館で、スマートフォンが震えた時の、茜の表情。あれは、なんだったんだろう。
「私、夜の街なら詳しいんです」
茜の言葉が、頭の中で繰り返される。
(夜の街に詳しい、か)
普通の女子大生が、夜の街に詳しいのは、少し変だ。
ましろは、コップをシンクに置いた。
(まあ、考えすぎか)
ましろは、頭を振って、その考えを追い出した。
「明日、楽しみだな」
ましろは、猫たちに向かって言った。
ぱわこが、にゃあ、と鳴いた。
――深夜。
茜は、自宅の窓辺で、スマートフォンを握りしめていた。
部屋の明かりは消えていて、月明かりだけが、彼女の顔を青白く照らしている。
スマートフォンの画面には、地図アプリが開かれていた。
『ネオン・ストリート 裏通り』
茜は、その文字をじっと見つめた。
(ここは、組織の追手がよく巡回するエリア)
茜は、クロノス機関の記憶管理者だった。組織の監視網や、追手の巡回ルートは、嫌というほど知っている。
(私がそばにいることで、ましろ君が危険にさらされる)
茜の胸の奥で、罪悪感が渦巻く。
(それでも)
茜は、スマートフォンを握る手に力を込めた。
「もう嘘はつかない。決めたんだから」
彼女は、ましろとの約束を守るために、自分に言い聞かせた。
「彼を一人で行かせるわけにはいかない。私が守るんだ」
茜は、メッセージアプリを開いた。
ましろとのトーク画面。
『明日、気をつけてね』
その文字を打ち込んで、送信ボタンに指を置く。
(送れない)
茜は、その指を、ゆっくりと離した。
(こんなメッセージを送ったら、心配させてしまう)
茜は、スマートフォンを伏せた。
月明かりが、部屋の中に静かに流れ込んでいた。
茜の手は、まだ震えていた。
「ごめんね、ましろ君」
その声は、誰にも届かずに、深夜の静けさに溶けていった。
窓の外では、街の明かりが、遠くで瞬いていた。Noveliaとは?
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