真白の記憶、茜の想い
『ごめんね、ましろ君』——忘れていた声が、深夜の配信終わりに蘇る。
ミナモ大学心理学部二年のましろは、都市伝説の検証配信を生業にしていた。ホラーは怖くない、むしろわくわくする。そんな彼の機材が、ある夜、勝手に起動した。映し出されたのは、知らないはずの記憶。白い天井、消毒液の匂い、誰かに手を引かれて走る自分。そして、泣き出す寸前みたいな、女性の声。
「オレは、何を忘れてるんだ——」
その頃、ましろが秘密組織クロノス機関に監視されていることを、彼だけが知らなかった。失われた記憶、揺れる能力、冷たい水しか喉を通らない奇妙な癖。すべては、2年前に消された何かへと繋がっている。
明日、あの声の主がましろの前に現れる。学園×青春×記憶ミステリー、開幕。
真白の記憶、茜の想い - 燃える家と消えた君——すべてを失う夜
深夜の静けさが、まるで水の中に沈んでいるみたいだった。
ましろ爻は、古い一軒家の台所に立っていた。黒髪のショートヘアが、薄暗い蛍光灯の下で、ぼんやりと浮かんでいる。黄色い瞳は、手元のキャットフードの袋を見つめていた。安全ピンの髪飾りが、かすかに光を反射している。
(また、眠れない)
ましろは、心の中でそう呟いた。
ここ数日、まともな睡眠を取れていなかった。目を閉じると、あの夜のことが、まぶたの裏に浮かぶ。雨の音。震える声。そして、自分が口にした、冷たい言葉。
『……出て行って』
あれは、三日前のことだ。
元同期の奈羅花が訪ねてきて、配信に紛れ込む不審なノイズと影について警告してくれた。そして、その直後、ずぶ濡れの茜灯が、ましろの家に駆け込んできた。
茜は、すべてを告白した。
彼女が、クロノス機関——記憶の抽出・改変・移植を研究する秘密組織——の元記憶管理者だったこと。ましろの記憶が消えたのは、その組織の実験によるものだということ。そして、ましろを逃がした共犯者が、茜自身だったということ。
ましろは、信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
図書館で偶然を装って声をかけてきた、明るい後輩。配信の話題で意気投合して、夜の街を一緒に歩いた、あの笑顔。全部、演技だったのか。
怒りと混乱で、ましろは茜を突き放した。
茜は、泣きながら謝った。でも、ましろは聞く耳を持たなかった。
『出て行って』
あの時の茜の顔が、忘れられない。
琥珀色の大きな瞳が、見開かれて。それから、ゆっくりと、うつむいて。小さな声で、ごめんね、と。
雨の中を去っていく、茜の背中。
(あれで、よかったのか)
ましろは、何度も何度も、自分に問いかけた。
答えは、出ない。
「にゃあ」
足元から、小さな声が聞こえた。
見下ろすと、三毛猫のぱわこが、ましろの足に頭を擦りつけていた。ふわふわとした毛並みが、素足に触れる。黒猫のニアは、少し離れた場所から、じっとましろの様子を窺っている。
「……ごめんね、ぱわこ。今、あげるよ」
ましろは、キャットフードを器にあけた。ぱわこが、すぐに食べ始める。ニアも、ゆっくりと近づいてきて、隣に並んだ。
二匹が、かりかりと音を立てて食べるのを、ましろはぼんやりと眺めていた。
(奈羅花の言ってたこと、本当だったのかな)
奈羅花は、ましろの配信に紛れ込むノイズと影を、独自に調査していた。そして、その背後に、組織の存在を感じると警告した。
ましろは、半信半疑だった。
でも、茜の告白で、すべてが繋がった。
あのノイズも、影も。追われているような感覚も。全部、組織の仕業だったのだ。
(今頃、茜さんは……)
そこまで考えて、ましろは、頭を振った。
(やめよう)
考えても、仕方ない。
ましろは、リビングに戻り、床に座り込んだ。
古い木造の家は、夜になると、あちこちから軋む音がする。壁の染み。剥がれかけた壁紙。積み上げられた段ボール箱。廃墟と間違えられるのも無理はない。
でも、ましろにとっては、ここが唯一の居場所だった。
ぱわことニアが、食事を終えて、ましろの膝の上に乗ってきた。
二匹の温もりが、じんわりと伝わってくる。
「……あったかいね」
ましろは、二匹の背中を、交互に撫でた。
ぱわこが、ごろごろと喉を鳴らす。ニアは、目を細めて、ましろの手に頬を寄せた。
(この子たちがいてくれて、よかった)
ましろは、心の底からそう思った。
その時だった。
——ザッ。
外から、微かな物音が聞こえた。
ましろの手が、止まる。
(今の音……)
耳を澄ませる。
——ザッ。ザッ。
今度は、はっきりと聞こえた。
複数の足音。家の周囲を、囲むように動いている。
ましろの胸の奥で、何かが、ひやりと冷たくなった。
(まさか)
ましろは、ぱわことニアを抱き上げ、ゆっくりと立ち上がった。
窓に近づく。
カーテンの隙間から、外を覗く。
——人影。
黒いスーツを着た男たちが、三人。家の前に立っていた。
一人は、無線機のようなものを口元に当てている。
もう一人は、手に何かを持っていた。
細長い筒状のもの。
(あれは……発炎筒?)
ましろの頭の中に、最悪の可能性が浮かんだ。
次の瞬間——
パリン!
窓ガラスが割れた。
同時に、玄関の方からも、ガシャン、という音。
「なっ——!」
ましろは、とっさに後ろに跳び退った。
投げ込まれた発炎筒が、床の上で、激しく火花を散らしている。
赤い光。白い煙。そして——
ボッ。
古い畳に、火がついた。
あっという間に、火は広がる。
「にゃああああ!」
「ふしゃあああ!」
猫たちが、恐怖で暴れ出す。
「大丈夫、大丈夫だから! 静かに!」
ましろは、暴れる二匹を、必死に抱きしめた。
煙が、喉を焼く。
熱い。
火の回りが、異常に速い。
(木造だから……)
ましろの家は、古い木造家屋だった。一度火がつけば、消し止めるのは不可能だ。
(逃げなきゃ)
ましろは、裏口へ向かった。
炎が、壁を這い上がる。天井が、ミシミシと音を立てる。
「くそっ……!」
ましろは、裏口のドアを蹴り開けた。
冷たい夜の空気が、流れ込んでくる。
ましろは、猫二匹を抱えたまま、外に飛び出した。
——その瞬間。
「ましろ君!」
聞き覚えのある声。
振り返ると、茜灯が、家の裏手に立っていた。
明るい栗色のセミロングが、炎の光に照らされて、赤く揺れている。琥珀色の大きな瞳が、ましろをまっすぐに見つめていた。薄手のカーディガンを羽織り、左の手首には、いつもの細いリストバンド。
「茜さん……なんで、ここに」
ましろの声は、煙のせいで、かすれていた。
「ごめん、後で説明する! 今は、逃げよう!」
茜は、ましろの手を掴もうとした。
——だが。
「動くな」
低い声。
家の裏手の路地から、スーツ姿の男が二人、現れた。
無表情。冷たい目。手には、警棒のようなものを持っている。
茜の顔から、血の気が引いた。
「ましろ君、私の後ろに!」
茜は、ましろを庇うように、前に立った。
小柄な体で、精一杯、ましろを隠そうとする。
「茜さん、何を……」
「いいから! 私が時間を稼ぐ。ましろ君は、猫ちゃんたちを連れて、あっちの路地へ!」
茜は、裏通りの細い路地を指さした。
「で、でも……」
「早く!」
茜の声が、初めて、鋭くなった。
ましろは、一瞬、たじろいだ。
「対象C、茜灯を確保。対象M、ましろ爻を追跡しろ」
追手の一人が、無線で指示を出す。
もう一人が、じりじりと、茜との距離を詰めてくる。
「行かせない……!」
茜は、両腕を広げて、追手の前に立ちはだかった。
「退け。お前の相手をしている暇はない」
追手Bが、警棒を振り上げる。
——その時。
茜が、素早く身を屈めた。
そして、足元に転がっていた空き缶を、思い切り蹴り飛ばした。
カランカラン、と、空き缶が、追手の足元に転がる。
「くっ!」
追手Bが、一瞬、足を止めた。
「今よ、ましろ君! 走って!」
茜は、ましろの背中を、力いっぱい突き飛ばした。
「——っ!」
ましろは、よろけながらも、路地に向かって走り出した。
ぱわことニアを、胸に抱きしめて。
「にゃあ!」
「みゃああ!」
猫たちが、恐怖で鳴き叫ぶ。
「大丈夫、大丈夫……!」
ましろは、二匹を抱きしめながら、必死に走った。
路地の入口に、たどり着く。
——しかし。
「待っていたぞ」
路地の奥から、もう一人の追手が現れた。
回り込まれていた。
「くそ……!」
ましろは、立ち止まった。
前から追手C。後ろからは、追手AとB。
完全に、挟まれていた。
「観念しろ。抵抗しなければ、痛い目には遭わせない」
追手Cが、ゆっくりと近づいてくる。
ましろの腕の中で、ぱわことニアが、震えている。
(どうすれば……)
ましろの頭は、真っ白だった。
——その時。
「ましろ君から、離れて!!」
茜の叫び声が、響いた。
振り返ると、茜が、追手Aに組み伏せられそうになりながらも、必死に抵抗していた。
「離して! 放してよ!」
茜は、追手の腕に、爪を立てた。
「この、小娘が……!」
追手Aが、茜の腕を、乱暴に捻り上げる。
「痛っ……!」
茜の顔が、苦痛に歪む。
それでも、茜は、叫び続けた。
「ましろ君! 逃げて! お願い! 猫ちゃんたちを、お願い!」
ましろの足が、地面に張り付いたように動かない。
(逃げなきゃ。逃げなきゃいけないのに)
でも、茜を置いて、逃げることなんて。
「私のことは、いいから! 猫を連れて、行って!!」
茜の声が、裏返る。
その時、追手Bが、茜の口を、後ろから塞いだ。
「んんっ——!」
茜の声が、くぐもって消える。
追手Aが、茜の両腕を、後ろ手に拘束する。
「対象C、確保完了。車へ」
追手たちが、茜を、路地の向こうに停めてある黒い車へと、引きずっていく。
茜は、必死にもがいている。
でも、男たちの力には、敵わない。
「茜さん……!」
ましろは、駆け出そうとした。
——ドォォォン!!
轟音。
ましろの家の一部が、燃え落ちながら崩れた。
破片と火の粉が、路地に降り注ぐ。
「ぐっ……!」
ましろは、とっさに、猫たちを庇って、地面に伏せた。
崩れた柱と瓦礫が、ましろと茜の間の道を、完全に塞いでしまう。
「にゃあああ!」
「みゃああああ!」
猫たちが、ましろの腕の中で、激しく鳴いている。
ましろは、顔を上げた。
炎の向こうで、茜が、車に押し込まれるのが見えた。
茜の口は、塞がれたまま。
でも、その目は、ましろをまっすぐに見つめていた。
(ごめんね)
そう、言っているように見えた。
「茜ぃぃぃっ!!!」
ましろは、叫んだ。
喉が裂けるような、今まで出したことのない声だった。
でも、その声は、炎の轟音と、崩れ落ちる家の音にかき消された。
黒い車が、夜の闇に消えていく。
「茜さん……茜さん……!」
ましろは、地面に膝をついた。
ぱわことニアを、抱きしめたまま。
熱い。
背中が、炎で炙られている。
でも、立ち上がる力が出ない。
「くそ……くそっ……!」
ましろは、拳を、地面に叩きつけた。
一度、二度、三度。
アスファルトに、血が滲む。
「何もできなかった……僕は、何も……!」
痛い。
拳の皮が破れて、血が出ている。
でも、そんな痛みより、胸の奥が、もっと痛い。
茜が、連れ去られた。
自分の目の前で。
自分を庇って。
(あの時、突き放したりしなければ)
(あの時、謝っていれば)
(あの時、もっと、ちゃんと話を聞いていれば)
後悔が、津波のように押し寄せてくる。
「ああああああっ!!」
ましろは、血まみれの拳で、地面を叩き続けた。
涙が、止まらない。
頬を伝って、地面に落ちる。
ぱわことニアが、鳴きながら、ましろの体にすがりついた。
「にゃあ……にゃあ……」
「みゃあ……」
猫たちの声が、震えている。
(この子たちも、怖い思いをしてる)
ましろは、二匹を、もう一度、強く抱きしめた。
「……ごめんね。ごめんね、二人とも」
ましろの声は、涙でぐしゃぐしゃだった。
どれくらい、そうしていただろう。
炎は、まだ、ましろの家を燃やし続けていた。
古い木造家屋は、もう、ほとんど骨組みだけになっている。
パチパチと、木が爆ぜる音。
遠くから、消防車のサイレンが聞こえてくる。
——ブルブル。
突然、ポケットの中で、スマートフォンが震えた。
ましろは、涙で濡れた手で、スマートフォンを取り出した。
画面には、メッセージアプリの通知。
差出人は——奈羅花。
『茜さんがアッシュ・レーンの第7研究所に連れて行かれた。組織のデータを追ってる。あんた、今どこ?』
ましろは、震える指で、返信を打った。
『家が、燃えた。茜さんが、連れて行かれた』
すぐに、既読がついた。
そして、奈羅花からの返信。
『今からそっちに行く。動かないで』
ましろは、スマートフォンを握りしめたまま、空を見上げた。
夜空は、炎に照らされて、不気味な橙色に染まっていた。
「……行くぞ」
ましろは、ぱわことニアに、声をかけた。
二匹は、ましろの顔を見上げて、小さく鳴いた。
「茜さんを、取り戻す」
その声は、かすれていた。
でも、確かに、決意が込められていた。
ましろは、涙を拭わずに、立ち上がった。
拳から、血が滴る。
でも、痛みは、もう感じなかった。
——それから、どれくらい経っただろう。
「ましろ!」
聞き覚えのある、落ち着いた低い声。
振り返ると、奈羅花が、路地の向こうから走ってきた。
黒髪のロングヘアを、いつものように三つ編みにしている。紫がかった黒い瞳が、大きく見開かれていた。手には、いつもの小さな手帳。
「な、なに、これ……」
奈羅花は、燃え落ちた家を見て、息を呑んだ。
「……やられたよ。完全に」
ましろは、力なく笑った。
「それ、手……!」
奈羅花は、ましろの血まみれの拳を見て、顔を歪めた。
「大丈夫。たいしたことないよ」
「大丈夫なわけないでしょ! ちょっと見せて!」
奈羅花は、ましろの手を取って、ハンカチで包んだ。
「……ありがとう」
「お礼はいいから。それより、茜さんは?」
奈羅花の声が、真剣になる。
「連れて行かれた。黒い車で。あっという間だった」
ましろの声は、平坦だった。
感情が、麻痺している。
「……そう。やっぱり、組織が動いたのね」
奈羅花は、手帳を開いて、何かを書き込んだ。
「奈羅花。君は、どこまで知ってるんだ」
ましろは、奈羅花の目を、まっすぐに見た。
「……全部じゃない。でも、あんたの配信に紛れ込んでたノイズと影の出所は、ほぼ特定できてる。クロノス機関——記憶を扱う秘密組織。その追手が、あんたを狙ってる」
奈羅花は、手帳を閉じて、ましろに向き直った。
「あんたを一人で行かせられない。私も、協力する」
「……でも、危険だよ」
「分かってる。だから、私が行くのよ。あんた一人じゃ、絶対に無茶する」
奈羅花の声には、有無を言わせない強さがあった。
ましろは、少しだけ、泣きそうになった。
(頼ることが苦手なのに)
(でも、今は、一人じゃない)
「……なあ、奈羅花」
ましろは、ぽつりと、口を開いた。
「なに?」
「僕、今日までずっと、何かを忘れてる気がしてたんだ」
ましろは、燃え落ちた家を見つめながら、ゆっくりと言った。
「記憶の断片。失われた時間。ずっと、それを探して、深夜の街を彷徨ってた」
奈羅花は、黙って聞いている。
「でも、違った。僕が忘れてたのは、記憶だけじゃなかった」
ましろの声が、震える。
「誰かを守りたいって気持ち。誰かのために、何かをしたいって気持ち。……そういうのを、全部、忘れてたんだと思う」
ましろは、血まみれの拳を、ぎゅっと握った。
「茜さんが、教えてくれた。僕の記憶が消えたのは、組織のせいだって。でも、それ以上に、茜さんは、僕に、『守りたい』って気持ちを思い出させてくれた」
涙が、また溢れてくる。
「だから、今度は、僕が守る番だ。茜さんを、絶対に取り戻す」
奈羅花は、ましろの言葉を、じっと聞いていた。
そして、小さく、ため息をついた。
「……はあ。やっぱり、あんたは、そういう奴よね」
奈羅花の口元に、ほんの少し、笑みが浮かんだ。
「分かった。私も、最後まで付き合うわ。組織のデータ解析、今から本格的に始める。茜さんの居場所、必ず突き止めよう」
「……ありがとう、奈羅花」
「お礼は、全部終わってから言いなさい」
奈羅花は、そう言って、スマートフォンを取り出した。
「まずは、アッシュ・レーンの第7研究所のデータを集める。あんたは、猫ちゃんたちを安全な場所に預けて。……実家とか、預かってくれる人、いる?」
「……いや。でも、大丈夫。僕が守る」
ましろは、腕の中の二匹を、ぎゅっと抱きしめた。
ぱわことニアは、ましろの胸に顔を埋めて、静かになっていた。
「……そう。じゃあ、猫ちゃんたちも一緒に、安全な場所を確保しましょう。私の知り合いの家、空いてるから」
奈羅花は、手早くスマートフォンを操作しながら、言った。
「ありがとう。……助かる」
ましろは、素直に、そう言えた。
(一人じゃない)
(奈羅花がいる。ぱわこも、ニアもいる)
(そして、茜さんが待ってる)
ましろは、燃え落ちた家を、もう一度、見つめた。
黒焦げになった柱。崩れ落ちた屋根。立ち上る煙。
ここには、もう、何も残っていない。
でも、失ったものばかりじゃない。
守りたいもの。
取り戻したいもの。
そのために、戦う理由が、今、確かに、ましろの胸の中にあった。
「行こう」
ましろは、奈羅花に背を向けて、歩き出した。
夜明け前の空が、東の空で、ほんのりと明るくなり始めていた。
——同じ頃。
ミナモ市北西、旧工業地帯アッシュ・レーン。
廃工場が立ち並ぶその地下深く、クロノス機関の第7研究所。
白い壁。白い照明。無機質な通路。
茜灯は、両腕を後ろ手に拘束されたまま、スーツ姿の男たちに連行されていた。
明るい栗色のセミロングは乱れ、頬には、追手に押さえつけられた時の赤い痕が残っている。琥珀色の大きな瞳は、涙で潤んでいた。
(ましろ君……)
茜は、心の中で、何度も、その名前を呼んだ。
(無事に、逃げられたかな)
(猫ちゃんたちも、一緒に)
(お願い。どうか、無事でいて)
茜は、通路の角で、一瞬だけ、足を止めた。
そして、振り返った。
ましろの家があった方角。
地下深くでは、何も見えない。
でも、茜は、その方角を、じっと見つめた。
唇が、小さく動く。
——ごめんね。
声には、ならなかった。
「止まるな。歩け」
追手に背中を押されて、茜は、再び歩き出した。
涙が、一筋、頬を伝って、床に落ちた。
——その様子を、壁一面のモニター越しに、見つめている男がいた。
銀色の短髪に、額には一本だけ白い筋が入っている。冷たい灰色の瞳。
クロノス機関の幹部、玄葉什。
「……対象C、確保。対象M、孤立」
玄葉は、静かに呟いた。
モニターには、茜が連行されていく様子と、別の画面には、燃え落ちるましろの家の映像が映っている。
「さあ、彼がどう動くか、見せてもらおう」
玄葉の口元が、ゆっくりと、弧を描いた。
その笑みは、モニターの冷たい光に照らされて、まるで氷のように見えた。Noveliaとは?
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