反骨のグレイ~魔族の少女は奴隷から這い上がる~
魔族というだけで人間に狩られ、奴隷に堕とされた少女・グレイ。角を持つその身に刻まれたのは、焼き印と鎖、そして屈辱の記憶だけだった。
グランヴェルド――大陸最大の奴隷貿易都市。そこでは魔族は「動く財産」でしかなく、抵抗すれば踏みにじられ、黙れば喰い物にされる。オークションで売れ残ったグレイに目をつけたのは、闘技場の興行主ヴァルド。与えられたのは錆びついた短剣一本と、猛獣の待つ死の檻だった。
絶望の底で、彼女の暗い紫の瞳に宿るのは諦めではなく、燃えるような殺意。
――奪われたものは、全部奪い返す。
――私を踏みつけた奴らは、いつか必ずこの手で殺す。
生き延びるためではない。喰らい尽くすために、少女は牙を剥く。
鎖に繋がれた「角の奴隷」が、血と砂の闘技場で、人間たちの作った地獄そのものを喰い破っていく――。
これは、奪われた少女が、奪う側へと成り上がる、復讐と解放の物語。
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反骨のグレイ~魔族の少女は奴隷から這い上がる~ - 御前試合——斬り裂かれた誇りと無垢な光
闘技場の外の空気は、まだ朝の冷たさを残していた。
グレイはゲー・レッツの三歩後ろを歩いていた。深紅の上着を着た男の背中は、いつも通り真っ直ぐに伸びている。時折振り返り、値踏みするような視線を投げてくる。その目が、何を考えているのかを隠そうともしない。
(気に入らない)
グレイは胸の奥でそう呟いた。だが、口には出さない。三年の歳月が、獣の牙を鈍らせたわけではない。ただ、吠える相手を選ぶことを覚えただけだ。
背中には、処刑用の大剣。刃渡り百五十センチ。凶刃の女王が遺した、あの女の重さそのもの。グレイは歩くたびに、その重みが肩に食い込むのを感じていた。
「今日の相手は聖騎士団だ。王国の威信を背負った連中だぞ」
ゲー・レッツが前を向いたまま言った。
「知っている」
「御前試合というのはな、貴族や王族の前で行われる格式高い催しだ。そこで、お前のような奴隷剣闘士が聖騎士に挑む。それが慣例になっている。要するに、聖騎士の強さを見せつけるための当て馬だ」
当て馬。
つまり、負けるために呼ばれた。聖騎士の剣の錆になるために。観客の前で、貴族の前で、王国の権威を示すための生贄。
(気に入らない)
グレイは歯を食いしばった。
「前の当て馬は、どうなった」
ゲー・レッツは振り返らなかった。
「死んだよ。返り討ちに遭ってな。首輪ごと血まみれで送り返されてきた」
「そうか」
それだけだった。
グレイの足は止まらない。死ぬかもしれない。だが、あの地下の檻で腐っていくよりは、よほどましだ。強い相手と斬り合える。それだけで、頭の澱みが消える。
石畳の道が続く。朝の市場はまだ開いていない。店の前で木箱を積む商人たちが、グレイの角を見て、露骨に顔を背けた。魔族が闘技場の外を歩いている。それだけで、道行く者の空気が変わる。
グレイは視線を前に戻した。
——特設闘技場。
王都の貴族区画に設けられた、御前試合専用の円形競技場。収容人数は三千。ゴルドバッハ闘技場の三分の一にも満たないが、その客席を埋めるのは、王国の血と金と権力そのものだった。
白い石で築かれた外壁。旗が風に揺れている。王国の紋章が刺繍された天幕が、入口の両脇に張られていた。
「ここから先は、私の顔は効かない。お前は商品だ。黙って従え」
ゲー・レッツが低い声で言った。
グレイは答えなかった。
門をくぐる。
途端に、視界が開けた。
砂の敷かれた闘技場。観客席はまだ七分ほどの入りだが、そこにいるのは平民ではない。絹と宝石を身に着けた貴族たち。その取り巻き。王族の席には、天蓋が設けられている。
グレイが砂の上に足を踏み入れると、観客席から、ざわり、と声が漏れた。
「あれが例の魔族か」
「角が生えている。本当に獣のようだな」
「剣闘士だそうだ。闘技場の殺戮ショーで百人以上を殺したらしいぞ」
「野蛮なことだ。だが、見世物としては面白い」
嘲笑と好奇の視線。グレイはそれらを無視し、闘技場の中央まで歩いた。
ゲー・レッツは、貴族たちの方へ愛想よく手を振りながら、グレイの隣に立った。
「皆様、本日はようこそお越しくださいました。ゴルドバッハ闘技場が誇ります、最強格の剣闘士にございます。名を『反骨のグレイ』と申します」
ゲー・レッツの声は、普段の冷たさが嘘のように滑らかだった。商人の顔。貴族たちに商品を売り込む、あの顔。
「本日は、聖騎士団の皆様の御手並みを、この魔族の剣闘士がどこまで受け止められるか。どうぞ、賭けの一つもお楽しみいただきながら、ご覧いただければと存じます」
観客席から、軽い笑い声が上がった。
グレイは、背中の大剣の重みを確かめた。
(見世物か)
(気に入らない)
だが、それが現実だった。
向かい側の門が、ゆっくりと開く。
聖騎士団。
白銀の鎧。王国の紋章を刻んだ盾。腰には長剣。先頭に立つのは、青いマントを翻した騎士。面頬の奥の目が、グレイを真っ直ぐに見据えている。
「聖騎士団、第三隊所属。ヴェルナー・フォン・グライスと申す」
低く、よく通る声。
「御前試合の慣例に従い、この魔族と手合わせいたす。神の御名において、正義の剣を示さん」
観客席から、拍手が起こった。
グレイは大剣を背から下ろし、鞘を払った。
刃渡り百五十センチの両刃が、朝の光を反射する。
聖騎士たちの間に、わずかな緊張が走った。
(あの大剣、ただの見世物ではない)
(間合いが、長すぎる)
そういう空気が、鎧の向こうから伝わってくる。
グレイは大剣を片手で構えた。
「……始めろ」
低い声。
ヴェルナーが剣を抜いた。
「望むところだ。かかってこい、魔族」
——試合開始の銅鑼が、鳴り響いた。
ヴェルナーが踏み込む。白銀の鎧が、砂を蹴って迫る。正統派の剣術。無駄のない、訓練された動き。狙いはグレイの右肩。殺さず、戦闘不能にするための一撃。
(甘い)
グレイは半歩、左に動いた。
ヴェルナーの剣が、グレイの髪を掠める。紙一重。だが、当たらない。
グレイの大剣が、下から弧を描いた。
ガギィン!!
ヴェルナーの剣を弾き飛ばす。白銀の騎士の腕が、大きく上に跳ね上がる。がら空きになった胴体。
グレイは、大剣の柄で、ヴェルナーの鳩尾を突いた。
「ぐっ……!」
鎧越しに衝撃が走る。ヴェルナーの体が、くの字に折れた。
グレイは、その背中に、大剣の腹を叩きつけた。
ドォン!!
白銀の騎士が、砂の上に沈む。
観客席が、静まり返った。
「次」
グレイは、倒れた騎士を見下ろしながら言った。
ざわり、と観客が動揺する。
「たった一撃で……?」
「あの聖騎士が、こんなにあっさりと……」
ゲー・レッツの顔から、笑みが消えていた。
「おい、グレイ。加減をしろ。これは興行だぞ」
グレイは答えない。
次の聖騎士が、剣を構えて進み出た。
「この私が相手だ。先ほどのような真似はさせん」
大柄な男。両手剣を構えている。
グレイは、ゆっくりと間合いを詰めた。
(来い)
(私を、楽しませろ)
大柄な聖騎士が、両手剣を振り下ろす。
グレイは、それを大剣で受け流した。
キィン!!
金属音。火花。
そして、グレイは踏み込んだ。
聖騎士の懐に。大剣の柄で、顎を打ち上げる。
ガッ!!
面頬が弾け飛ぶ。騎士の頭が、のけぞる。
グレイは、その膝の裏を、大剣の腹で払った。
ドサリ。
大柄な騎士が、仰向けに倒れる。
「次」
三番目の騎士。四番目の騎士。
グレイは、次々と打ち倒した。剣を弾き、鎧の隙間を突き、関節を外し、地面に沈める。殺してはいない。だが、二度と立ち上がれないように。
観客席の空気が、変わっていく。
嘲笑は消えた。好奇も消えた。残ったのは、困惑と、畏怖と、そして——
「あの魔族、本物だ」
「聖騎士団が、まるで子供のように……」
「賭けを間違えたか……」
五番目の聖騎士が、馬に乗って現れた。
重装の軍馬。白銀の馬鎧。馬上の騎士は、槍を構えている。
「魔族風情が、聖騎士団を侮辱するか!」
軍馬が、砂を蹴って突撃してくる。
地響き。砂塵。真っ直ぐに、グレイ目掛けて。
グレイは、動かなかった。
大剣を、下段に構えた。
(来い)
軍馬の突撃。槍の穂先が、グレイの喉元を狙う。
——あと三歩。
——あと二歩。
——あと一歩。
グレイは、地面を蹴った。
槍の穂先を、紙一重でかわす。軍馬の横腹に、大剣を振り抜く。
ザシュッ。
馬の首が、飛んだ。
鮮血が、朝の空に舞う。
首を失った軍馬が、前のめりに倒れる。馬上の騎士が、砂の上に投げ出された。
「ひっ……!」
落馬した騎士は、地面に這いつくばったまま、震えていた。
「ま、待て……降参だ! 降参する!」
騎士が叫んだ。
グレイは、その騎士に歩み寄った。
大剣を、振り上げる。
「降参だと?」
「た、頼む! 命だけは……!」
グレイの暗い紫の瞳に、光はない。
(気に入らない)
(降参すれば、許されると思っている)
(闘技場で、今まで、何人のエサが降参した?)
(どれだけのガキが、命乞いをした?)
(それでも、踏みつけられ、鞭打たれ、食い殺されてきた?)
(自分の番になれば、命乞いが通ると思っていたのか)
グレイは、大剣を振り下ろそうとした。
——その瞬間。
ドッ。
背後から、重い衝撃。
「動くな!」
憲兵だった。濃紺のマント。銀の胸章。二人がかりで、グレイの腕を背後に捻り上げる。
「この……離せ!」
グレイは暴れた。歯を食いしばり、唸り声を上げ、腕を振りほどこうとした。だが、憲兵の拘束は巧みだった。関節を極められ、地面に押さえつけられる。
ガン、と、頬が砂に叩きつけられた。
口の中に、砂と血の味が広がる。
「御前試合で、降参した相手に止めを刺そうとはな。魔族らしい野蛮さだ」
憲兵が、グレイの頭をブーツで踏みつけた。
(気に入らない)
グレイは、砂を噛みながら、心の中で繰り返した。
観客席は、静まり返っていた。
さっきまでの熱狂も、困惑も、畏怖も消えた。残ったのは、冷たい沈黙。貴族たちは、砂の上に押さえつけられた魔族の少女を、無表情で見下ろしていた。
「このような場で、殺しを演じようとはな。神への冒涜だ」
「やはり魔族は、どこまでいっても獣だ。剣闘士などという身分を与えても、本性は変わらん」
「興行主、お前の管理が甘いのではないか」
ゲー・レッツは、青ざめていた。
「も、申し訳ございません。このような失態を……私の監督不行き届きでございます」
ゲー・レッツは、深々と頭を下げた。いつもの冷徹な顔は消えている。冷や汗が、こめかみを伝っていた。
「ゲー・レッツ」
貴族の一人が、冷たい声で呼んだ。
「この興行、そなたの闘技場の看板を賭けた興行だったはず。それが、このざまだ。聖騎士団の面目は丸潰れ。王族の御前で、王国の威信に泥を塗った。この責任、どう取るつもりだ」
「そ、それは……私めが、必ずや、何とか……」
ゲー・レッツの声は震えていた。
グレイは、砂の上で、そのやりとりを聞いていた。
(ざまあみろ)
(気に入らない男が、追い詰められている)
(だが、私も、同じだ)
憲兵のブーツが、グレイの後頭部に食い込む。
「お前は、どうしてくれようか。この場で斬首か、それとも、地下牢で一生飼い殺しか」
グレイは答えない。
答えても、無駄だ。
処罰を待つ。
砂の上で、押さえつけられたまま。
貴族たちの冷たい視線。憲兵の屈辱的な拘束。口の中の血の味。
(自由になれ)
カインの声が、記憶の底から聞こえた。
(自由になって、何をする)
セラフィナの問いが、その後に続く。
(自由に、なれなかった)
(私は、ここで、終わるのか)
——その時だった。
「あのー、すみません」
場違いなほど明るい声が、静まり返った闘技場に響いた。
グレイは、顔を上げた。
観客席の最前列。王族の席のすぐ近く。
そこに、少年が立っていた。
十三歳くらい。柔らかそうな茶色の髪。丸い瞳。年齢の割に小柄で、服は、この世界のものではない。奇妙な意匠の、見たこともない素材の服。
少年は、にこにこ笑いながら、闘技場の砂の上に降りてきた。
「おい、お前、何をしている。ここは関係者以外は……」
憲兵が制するが、少年は気にしない。
「ねえ、あの人、勝ったんだよね?」
少年は、グレイを指さした。
「勝ったんだから、捕まえるのはおかしいよ。あの人が一番強いんだから、あの人が正義でしょ?」
無邪気な声。
周囲の貴族たちが、困惑した。
「こ、この者は、御前試合の慣例を破り……」
「でも、勝ったんでしょ?」
少年は、首を傾げた。
「勝った人を罰するって、変だよ。僕、よく分かんないけど、強い人が負けるわけないし、強い人が正しいんでしょ?」
貴族たちは、絶句した。
「お前、何者だ」
「僕? 僕はユウト。勇者だよ」
少年は、あっけらかんと言った。
勇者。
その言葉に、観客席が、ざわり、と揺れた。
「勇者……? 異世界から召喚されたという……」
「あの、伝説の……?」
ユウトは、グレイの前に立った。
憲兵たちが、どうしていいか分からずに、拘束を緩める。
ユウトは、砂の上に押さえつけられたグレイを、真っ直ぐに見下ろした。
「ねえ、あなた、名前は?」
グレイは、顔を上げた。
ハイライトのない暗い紫の瞳。血と砂に汚れた頬。牡牛のような二本の角。
「……グレイ」
「グレイか。かっこいい名前だね!」
ユウトは、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、この闘技場のどこにも存在しない種類のものだった。
(眩しい)
グレイは、思った。
(気に入らない)
(こんな、何も知らない顔で、私を見るな)
「ねえ、グレイ。僕の護衛になってよ」
ユウトが言った。
「は?」
「だって、グレイが一番強いんでしょ? さっきの騎士さんたち、みんな倒してたじゃん。あの馬の首を飛ばしたやつ、すごかったよ! 僕、あんなの初めて見た!」
ユウトは、興奮した様子で、両手をぶんぶん振った。
「だから、護衛はグレイがいい。僕、この世界に来たばかりで、よく分かんないし。強い人が一緒にいてくれたら、安心だよ」
周囲が、凍りついた。
「ゆ、勇者様。この者は、奴隷でございます。それも、魔族の……」
「魔族? 何それ」
「へ……?」
「ああ、この角のこと? かっこいいね。僕の国には、角が生えてる人なんていなかったから」
ユウトは、グレイの角を、興味深そうに見つめた。
(こいつ、何を言っている)
グレイは、混乱した。
魔族への偏見がない。それどころか、角を「かっこいい」と言った。
(カインと同じだ)
(あの夜、檻の向こうから、同じことを言った)
胸の奥が、疼いた。
「……やめろ。私は、お前の護衛なんかしない」
グレイは、ゆっくりと起き上がりながら言った。
憲兵が、慌てて拘束しようとするが、ユウトが手を広げて遮った。
「どうして? グレイ、強いのに」
「強いから、お前の護衛になる理由にはならない」
「でも、強い人は、弱い人を守るんでしょ? 僕、勇者だから、知ってるよ。物語では、強い人が弱い人を守るんだ」
ユウトは、真っ直ぐにグレイを見た。
その目には、一点の曇りもない。
「……お前の物語は、お前の世界の話だ。ここは、違う」
「そうなの? でも、グレイは、僕を助けてくれるんでしょ?」
「助けない」
「なんで?」
「気に入らないからだ」
グレイは、背を向けた。
大剣を拾い上げ、背負い直す。
「お前の護衛は、他の奴を探せ」
グレイは、歩き出した。
憲兵たちが、慌てて追いかけようとする。
「おい、待て! 処罰はまだ……」
「その者は、私が預かろう」
貴族の一人が、憲兵を制した。
「ゆ、勇者様が、ああ仰っている。下手に手を出すな」
憲兵たちは、悔しそうに立ち止まった。
グレイは、振り返らずに、闘技場の門へと歩いた。
背後で、ユウトの声が聞こえる。
「グレイ! また明日、会いに行くね!」
グレイは、答えなかった。
——ゲー・レッツは、観客席の影で、震えていた。
顔は青ざめ、冷や汗が止まらない。
(終わった)
(これで、私の立場は……)
貴族たちの冷たい視線が、突き刺さる。
「ゲー・レッツ。後で、話がある」
「……は、はい」
ゲー・レッツは、深々と頭を下げた。
(終わった)
(もう、表には出られない)
ゲー・レッツは、よろよろと、闘技場の裏手へと消えていった。
——グレイは、特設闘技場の外に出た。
朝の光が、目に刺さる。
(勇者)
(ユウト)
グレイは、少年の顔を思い浮かべた。
無邪気な笑顔。真っ直ぐな瞳。角を「かっこいい」と言った声。
(気に入らない)
(あんな光、私には、眩しすぎる)
グレイは、首輪に触れた。
冷たい鉄。
(自由になれ)
(自由になって、何をする)
答えは、まだ出ない。
グレイは、歩き出した。
——翌日。
グレイは、闘技場の地下通路を歩いていた。
今日は試合がない。訓練場で体を動かすつもりだった。
「グレイ!」
声がした。
振り返る。
ユウトが、地下通路の入口に立っていた。
相変わらず、この世界のものではない服。そして、相変わらずの、無邪気な笑顔。
「……来るなと言ったはずだ」
「言われてないよ。『護衛はしない』って言われただけ」
ユウトは、小走りで近づいてきた。
「ねえ、グレイ。今日は何するの? 訓練? 僕も見ていい?」
「ダメだ」
「なんで?」
「気に入らないからだ」
「またそれ? グレイ、口癖みたいになってるよ」
ユウトは、くすくす笑った。
グレイは、歯を食いしばった。
(こいつは、なぜ、私に構う)
(なぜ、私を怖がらない)
(なぜ、私の角を、あんな目で見る)
「ねえ、グレイ。昨日の試合、本当にすごかったよ。あの大剣、重くないの? 僕、持たせてもらったら、絶対に無理だよ」
「……重い」
グレイは、背中の大剣に手をやった。
「重いけど、背負ってるんだね。なんで?」
グレイは、答えなかった。
(なんで、背負っているのか)
(私にも、分からない)
(下ろせないからだ)
(下ろしたら、私が、私でなくなる)
「ねえ、グレイ。僕さ、この世界に来て、初めてグレイを見たとき、思ったんだ」
ユウトが、真っ直ぐにグレイを見上げた。
「あ、この人、すごく強いんだなって。それで、すごく、自由なんだなって」
グレイの胸が、ドキリ、と鳴った。
「自由……?」
「うん。だって、あんなに強いのに、誰にも負けないのに、それでも自分の思うままに戦ってた。僕、そういうの、自由だなって思った」
ユウトは、無邪気に笑った。
「だから、グレイに、自由って何か、教えてほしいんだ」
グレイは、言葉を失った。
(自由って、何か)
(私が、教える?)
(私が、一番、知らないのに)
カインの声が、甦る。
『自由になれ』
セラフィナの問いが、甦る。
『自由になって、何をする』
(自由って、何だ)
(私は、まだ、知らない)
(知らないのに、こいつは、私に教えてほしいと言う)
グレイは、ユウトを見下ろした。
十三歳の、小さな勇者。
(気に入らない)
(こいつの、無垢な光が、気に入らない)
(でも——)
(目を、離せない)
グレイは、ゆっくりと息を吐いた。
「……勝手にしろ」
ユウトの顔が、ぱあっと輝いた。
「やった! じゃあ、今日は訓練見学! 明日は、一緒に冒険の計画を立てよう!」
「勝手にしろと言っただけだ。私は、お前の護衛になるとは言っていない」
「うん、分かってるよ。でも、ずっと一緒にいれば、そのうち護衛になってくれるかもでしょ?」
ユウトは、にこにこ笑いながら、グレイの隣に並んだ。
グレイは、ため息をついた。
(こいつは、私の拒絶を、全く聞いていない)
(だが——)
(なぜか、振り払えない)
グレイは、歩き出した。
ユウトが、小走りで追いかけてくる。
地下通路の薄暗がりに、少年の声が、やけに明るく響いていた。
グレイの胸の奥で、カインの言葉と、セラフィナの問いが、静かに、しかし確かに、疼き始めていた。
(自由って、何だ)
(私は、それを、知りたいのか)
(知りたい、と、思っているのか)
首輪は、まだ、外れない。
大剣は、まだ、重い。
だが、グレイの足は、昨日までとは、ほんの少しだけ違う方向へ、向かおうとしていた。Noveliaとは?
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