生存者のための遺書
西暦2247年、人類は地上を失い、垂直都市ケージに押し込められた。支配者ホルダーと、人権を持たないリソース。その歪な構造の底で、少年カイトは「生きろ」と笑った少女の言葉だけを抱えて生きている。
年に一度のデスゲーム〈トケイバコ〉。本選の舞台はスナドケイ区——指輪を奪い合い、三点に満たなければ爆死する地獄の遊戯だ。カイトは地下組織クサビの密命を背負いながら、誰にも悟られず「所持ゼロ」を装う独自の戦法で人混みから姿を消そうとする。
だがそこで出会ったのは、自分と同じ戦法を選んだ、琥珀色の瞳を持つ少年だった。
名前も声も交わさぬまま、二人は確信する。
——また会う。そして、何かが動き出す。
生き延びることは罪なのか、それとも誰かへの誓いなのか。
壁の中に閉じ込められた人間たちの、絶望と希望が交錯する近未来サバイバル。
これは、死にゆく者たちが残す、生者への遺書である。
生存者のための遺書 - 規則の外側 ―― 舌の滑りと裂け目
タワー・オブ・ヴェルナーの廊下は、昼でも薄暗い。分厚い絨毯が足音を吸い込み、壁に並ぶ歴代優勝者の肖像画が、非常灯の淡い光の中でこちらを見下ろしていた。カイトはその廊下を、レンと並んで歩いていた。二人とも、灰色の使用人服に身を包んでいる。首元には、リソースであることを示す小さな刻印が縫い付けられていた。
公爵の執務室へ向かう途中、レンが小さく息を吐いた。
「あのじいさん、今度は何を思いついたんだろうな」
カイトは答えなかった。答える代わりに、廊下の突き当たりにある重厚な扉を見つめる。黒檀の扉には、金の細工で砂時計の紋章が彫り込まれていた。トケイバコの象徴。あのゲームの主催者が、この扉の向こうにいる。
「……入るぞ」
カイトがノックしようと手を上げた瞬間、扉の向こうから声がした。
「入りなさい。待っていましたよ」
カイトは一瞬、手を止めた。ノックの前に、こちらの存在が伝わっている。この屋敷では、自分たちの行動すべてが見られている。そんな感覚が、指先から冷えていく。
扉を開ける。
執務室は、屋敷の他の場所より、さらに空気が澄んでいた。天井から吊るされた無数の光の粒が、部屋全体を均一に照らしている。壁一面の本棚には、革装の書物がぎっしりと並び、床には深紅の絨毯。部屋の奥、巨大な窓を背にして、ヴェルナー・フォン・アルストレム公爵が座っていた。
銀髪を後ろに流し、冷たい薄い青の瞳。常に微笑んでいるような口元。左手には大きな宝石の指輪が光っている。歩くときの足音がほとんどしない、と聞いたことがある。実際、カイトが部屋に入った時、公爵はすでにこちらを向いて微笑んでいた。
「君たち、番号で呼ぶのは野暮でしょう。今日は特別に、名前で呼んであげましょう。カイト、レン」
公爵の声は、芝居がかったように滑らかだった。
「次の余興について、説明が必要ですからね」
カイトは、公爵の机の前に立った。レンも、その隣に並ぶ。二人の距離は、ちょうど一歩分。互いの体温が、かすかに感じられる距離だった。
公爵は、机の上の書類に目を落とし、ゆっくりと話し始めた。
「先日、君たちには、再配置された者たちの存在を教えましたね。あの者たちは、ゲームで脱落したはずの参加者たちです。記憶の一部を消し、この屋敷で働かせています。実に便利で、実に退屈な存在です」
カイトの脳裏に、廊下で見かけた虚ろな目の男の顔が浮かんだ。十七番、と呼ばれていた男。自分の生存が、あの男の再配置と引き換えだったのではないか。その考えは、今も喉の奥に苦く張り付いている。
「退屈な存在を、少し面白く使おうと思いましてね。次の催しは、再配置された脱落者同士を戦わせる。君たちはその運営側に立ちなさい。組み合わせの管理、進行の補助、脱落者の処理。そういった雑務です」
レンが、わずかに首を傾げた。
「運営側、ですか。俺たち、ついこの前まで参加者だったんですけど」
「だから面白いのでしょう。昨日まで戦っていた者たちが、今日は戦いを管理する。観客は、そういう倒錯を何より好みます」
公爵は、指輪の宝石を撫でながら、微笑みを深くした。
「断れば、君たちの人権は消えます。それだけのことです。簡単でしょう?」
部屋の空気が、一段、冷たくなった。
カイトは、公爵の笑顔の裏を読もうとした。この男は、自分たちを試している。玩具として消費するための、新しい遊びを思いついたのだ。断れば人権は消える。つまり、この屋敷にいる資格がなくなる。それは、リソースに戻るということだ。臓器提供か、労働施設行きか、あるいはもっと別の何か。
指の先が、冷えた。
「承知しました。やらせていただきます」
レンが、明るい声で答えた。笑顔を作り、背筋を伸ばしている。その笑顔が、どこまで本物か、カイトには分からない。
「素晴らしい。実に素直でよろしい」
公爵は満足げに頷き、それから、ゆっくりと二人を交互に見た。
「それともう一つ。君たちのどちらが先に、規則を破るか。私の前で、それを見せてもらいましょう」
カイトの呼吸が、一瞬、止まった。
「……規則を、破る?」
「ええ。この催しには、規則の外側に、もう一つの規則があります。知っていますか? 知らないでしょう。でも、いずれ気づく。気づいた時、君たちは選ぶのです。その穴を使うか、使わないか。どちらが先に使うか。私の前で、証明するか、しないか」
公爵の青い瞳が、カイトを貫いた。
「楽しみにしていますよ。君たちが、どんな選択をするのか。実に興味深い」
それだけを言うと、公爵は手をひらりと振った。退出の合図だった。
カイトとレンは、一礼して、執務室を出た。
扉が閉まった瞬間、廊下の静けさが、耳に痛かった。
「……あの人は、俺たちが壊れるのを見たいだけだ」
レンが、低い声で言った。
カイトは、レンの横顔を見た。さっきまでの笑顔は消えていた。目が、笑っていない。
「ああ」
カイトは、短く答えた。
「規則の外側、か。あの人がわざわざ教えるってことは、使わせたいんだよ。どっちが先に飛びつくか、見て楽しむつもりだ」
「……かもな」
「でも、情報は情報だ。使えるなら使う。俺は、あのじいさんの玩具で終わるつもりはない」
レンの声が、廊下の闇に沈んでいった。
カイトは、何も言わなかった。
――
夜が来た。
タワー・オブ・ヴェルナーの夜は、深い。照明が落とされ、廊下は闇に沈む。使用人たちの控え室も、静まり返っていた。
カイトは、自室の窓辺に立っていた。ケージ上層の夜景が、無数の光の粒となって、眼下に広がっている。遠くで動く人々の姿は、まるで精巧な模型のようだ。
(規則の外側)
公爵の言葉が、頭から離れない。
(あの男は、俺たちに何を見せたいんだ)
カイトが考えていると、部屋の扉が、小さくノックされた。
カイトは、無言で扉に近づいた。
「私です。サラ・ノックスです」
扉の向こうから、低く、緊張を含んだ声がした。
カイトは、扉を細く開けた。
廊下には、配膳台車を押したサラが立っていた。黒い長髪を後ろで一つに束ね、切れ長の黒い瞳。右耳の後ろに小さな痣がある。灰色の使用人服のポケットには、いつものように端末が忍ばせてある。
「お食事をお持ちしました。……中で、少し話せますか」
カイトは、一瞬ためらい、それから扉を開けた。
「入れ」
サラは、台車を部屋の中に押し入れた。トレーの上には、スープとパンと、小さな肉料理。ホルダー用の食事が、使用人用に小分けされたものだ。
「レンも呼んでください。二人に話があります」
カイトは、隣室のレンを呼んだ。
数分後、三人は、カイトの部屋に集まった。サラは、扉に背を向け、二人と向かい合う位置に立つ。部屋の明かりは、ベッドサイドの小さな灯りだけ。三人の影が、壁に長く伸びていた。
「手短に話します。公爵があなたたちに告げた『規則の外側』について、知っていることをお伝えします」
サラの声は、事務的だった。しかし、二人にだけ向ける時、語尾がほんの少し柔らかくなる。
「トケイバコの規則書には、脱落者の扱いについて、こう定められています。『脱落者は、再配置対象として処理される』。つまり、ゲームから排除された参加者は、殺されるのではなく、別の区画に送られ、管理される。あなたたちも、屋敷で見たでしょう」
カイトは、十七番の男の虚ろな目を思い出した。
「ここに、一つの裏規則があります。脱落者を、意図的に再配置対象として処理すれば、その者は『参加者』ではなく、『運営責任の範疇』になります。ゲームの勝敗から、切り離されるのです」
「……どういうことだ?」
「例えば、催しで対戦が組まれた二人がいたとします。片方を、わざと再配置対象として処理する。そうすれば、その者は戦わずに済む。ゲームの勝敗から外れ、運営の管理下に移る。形式上は脱落ですが、実際には、戦闘を回避できる」
レンが、身を乗り出した。
「それ、本当か? 規則書のどこに書いてある?」
「規則書の本文にはありません。補則、運用細目、第三項の注釈。そこに、小さく書かれています。見落とすように作られている」
サラは、ポケットから端末を取り出し、画面を二人に向けた。そこには、規則書の一部が表示されていた。文字は小さく、確かに、見落としそうな位置に注釈があった。
「ただし、この穴を使うには、条件があります。再配置対象として処理された者は、運営責任の範疇に入る。つまり、処理した者に、その者の管理責任が生じる。もしその者が後に問題を起こせば、処理した者の責任になります」
「管理責任、ね。つまり、助けた後の面倒まで見ろってことか」
「そうなります。そして、もう一つ。この穴を使うと、必ず、一人は『再配置対象』として処理される。ゲームの勝敗から外れる者が出る。それは、実質的な脱落者が出るということです」
部屋に、沈黙が落ちた。
カイトは、サラの言葉を、頭の中で反芻した。
(穴を使えば、戦いを回避できる。でも、必ず誰かが再配置対象になる。つまり、誰かが犠牲になる)
「なぜ、これを俺たちに話す?」
カイトは、サラの目を、正面から見た。
サラは、一瞬、口ごもった。
「……あなたたちが、生き残ったからです」
それだけを言うと、サラは端末をポケットにしまい、配膳台車に手をかけた。
「食事が冷めます。ゆっくり召し上がってください」
サラは、一礼し、部屋を出て行った。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
「あの女は、何かを隠してる」
レンが、低く言った。
「だが、情報は使える。裏規則の存在は、間違いなく本物だ。さっきの画面、規則書の補則だった。あれは本物だよ」
「……ああ」
カイトは、サラの言葉の震えを思い出していた。
(あれは、演技か。それとも、本心か)
サラの声は、最後の瞬間、わずかに震えていた。それが、二人に話すことへの恐怖なのか、それとも、何かを隠していることへの罪悪感なのか。カイトには、判断できなかった。
「カイト、この穴は、使うべきだ」
レンが、カイトに向き直った。
「公爵は、どっちが先に規則を破るか見てる。だったら、先に破った方が、あのじいさんの信頼を得られる。運営側の忠実な駒として、利用価値を示せる」
「使えば、誰かが再配置対象になる。つまり、実質的な脱落者が出るんだぞ」
「使わなければ、俺たちが処理される。それだけの話だ」
二人の視線が、暗い部屋の中で、ぶつかった。
「ノアを救いたいんだろ? だったら、この穴を使うしかない。ノアを再配置対象として処理すれば、あいつは戦わずに済む」
「だが、ノアを再配置対象にすれば、代わりに誰かが戦うことになる。お前は、誰を選ぶんだ?」
レンは、答えなかった。
カイトは、拳を握りしめた。
(また、誰かを選ばなければならないのか)
(選ばれた者は、再配置され、記憶を消され、この屋敷で働かされる)
(それは、生きていると言えるのか)
カイトには、分からなかった。
「とにかく、情報は頭に入れておく。使うか使わないかは、状況次第だ」
レンは、そう言って、部屋を出て行った。
カイトは、一人、部屋に残った。
机の上の食事は、すっかり冷めていた。
――
翌朝、カイトは、使用人頭から、公爵の執務室への報告に同行するよう命じられた。催しの準備状況について、サラが報告を行う。その場に、運営側として立ち会え、ということだった。
執務室の前で、カイトはサラと合流した。
サラは、いつもの灰色の制服を着て、端末を手にしていた。表情は、いつも通り、無表情。目だけが、よく動いている。
「おはようございます。今日は、私の報告に立ち会っていただきます」
「ああ」
二人は、執務室に入った。
公爵は、机の前に座り、手元の書類に目を落としていた。銀髪が、窓からの光を反射して、白く輝いている。
「始めなさい」
サラは、一歩前に進み、端末を操作しながら、報告を始めた。
「催しの準備状況をご報告します。再配置者名簿の確認が完了しました。対戦組み合わせの原案は、本日中に提出いたします。会場となる地下区画の安全確認も、明日までに終了する予定です」
サラの声は、淡々としていた。機械のように、正確に、必要な情報だけを並べていく。
「また、規則の外側にある運用細目についても、確認を進めております。再配置対象の処理手続きに関して、いくつか不明な点が――」
サラの言葉が、途中で止まった。
カイトは、見た。
サラの指が、端末の上で、一瞬、硬直した。
「……規則の、外側」
公爵が、報告書から顔を上げずに、ゆっくりと呟いた。
「外側、とは。面白い表現ですね。規則に、外側があるのですか?」
公爵の声は、穏やかだった。しかし、その青い瞳が、ゆっくりとサラに向けられる。
カイトは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(まずい)
サラは、顔色を変えなかった。
「失礼しました。規則の補則、運用細目について、と訂正します」
サラは、淡々と言い直した。
公爵は、しばらくサラを見つめていた。値踏みするように。その微笑みは、深く、冷たかった。
「そうですか。では、続けてください」
サラは、報告を再開した。声は、わずかも揺れていない。
カイトは、その一部始終を、物陰のように静かに、見つめていた。
(サラは、意図的に漏らしたのか。それとも、失敗したのか)
判断できない。
だが、一つだけ確かなことがある。公爵は、サラに興味を持った。あの値踏みするような目は、獲物を見つけた時の目だ。
報告が終わり、サラとカイトは、執務室を出た。
廊下に出た瞬間、サラは、壁に手をついた。
「……はあっ」
サラの肩が、小さく上下している。呼吸を整えているのだ。顔色は、紙のように白い。
カイトは、少し離れた物陰から、その姿を見ていた。
(あれは、演技なのか)
(それとも、本当に、焦っているのか)
サラは、数秒後、姿勢を正し、廊下を歩き出した。その足取りは、いつも通り、静かで、正確だった。
カイトは、その後ろ姿を見送った。
(サラが公爵に勘づかれた。ならば、俺たちへの情報漏洩も、遅かれ早かれ露見する)
(サラとの距離の取り方を、変えなければならない)
カイトは、拳を握りしめた。
――
その日の午後、カイトは、運営準備室で、レンと顔を合わせた。
運営準備室は、地下区画へ続く階段の近くにある、小さな部屋だった。壁には、催しの対戦表が貼られ、机の上には、参加者名簿が積まれている。空気は、地下の冷気で、ひんやりとしていた。
「サラが、やらかしたな」
レンが、入ってくるなり、言った。
「知ってたのか」
「屋敷中の噂になってる。あの女、公爵の前で、規則の外側って言っちまったんだろ? あのじいさん、あれで勘の鋭い人だからな。サラが何かを知ってるって、もう気づいてる」
カイトは、黙って頷いた。
「あの女が吐く前に、俺たちが先に公爵の信頼を取るべきだ」
レンの声が、低くなった。
「つまり、規則の穴を使うことを、公爵の前で証明する。俺たちが、運営側の忠実な駒として、規則を利用できるってことを見せるんだ」
「それを使えば、誰かが再配置対象として処理される。実質的な脱落者が出るんだぞ」
「使わなければ、俺たちが処理されるんだぞ」
レンの声が、荒くなった。
「お前の正義は、いつも誰かの死で出来てる。ノアを救いたい? だったら、誰かを犠牲にするしかないんだよ。この世界では、な」
「だからって、また誰かを選ぶのか?」
「選ばなきゃ、全員死ぬ。それだけだ」
二人は、声を潜めたまま、激しく対立した。運営準備室の冷たい空気が、二人の間に流れる。
「俺は、公爵の信頼を得る。冷酷な運営役を演じる。それが、生き残る道だ」
「俺は、別の穴を探す。ノアを救う、別の方法を」
レンは、カイトをじっと見た。
「お前の正義は、いつも誰かの死で出来てる」
レンは、それだけを言い放って、部屋を出て行った。
カイトは、一人、運営準備室に残った。
机の上に、規則書の写しが置かれている。カイトは、それを手に取り、余白に書かれた注釈を睨みつけた。
再配置対象の定義。
――脱落者を、意図的に再配置対象として処理した場合、その者は運営責任の範疇に入る。
カイトは、その一文を、何度も読み返した。
(この穴を使えば、ノアを戦わせずに済む)
(でも、代わりに、誰かが再配置される)
(それは、誰を選ぶということだ)
カイトは、規則書を机に置いた。
指先が、冷たかった。
――
その夜、カイトは、書庫へ向かった。
サラから教えられた、再配置者名簿の保管場所。書庫の前の、三つ目の燭台の裏側に、鍵が磁石で付けられている。
カイトは、燭台の裏に手を伸ばし、冷たい金属の感触を確かめた。
鍵を手に取り、書庫の扉を開ける。
書庫の中は、埃っぽく、静かだった。天井まで届く本棚が、迷路のように並んでいる。カイトは、サラの情報を頼りに、再配置者名簿の棚を探した。
(あった)
カイトは、革装の分厚い帳簿を引き出した。
表紙には、『再配置者名簿』と、金の文字で刻印されている。
カイトは、帳簿を開いた。
そこには、番号と、名前と、三つの区分が記されていた。
処理済み。再配置済み。保留。
カイトは、ページをめくった。
ノアの番号を見つけた。
(保留)
ノアは、保留の区分に記されていた。
カイトは、さらにページをめくった。
そして、見つけてしまった。
保留の欄に、自分の番号と、レンの番号が、並んで記されているのを。
カイトの指が、止まった。
(俺たちは、まだ処理されていない)
(公爵は、俺たちを、保留のまま、泳がせている)
カイトは、帳簿を閉じた。
(なぜ、公爵は、俺たちを処理しない?)
(俺たちが、規則を破るのを、待っているからだ)
(俺たちが、どちらが先に穴を使うか、見ているからだ)
カイトは、暗い書庫の中で、息を吐いた。
(サラは、本当に、クサビの協力者なのか)
(それとも、公爵が仕向けた囮なのか)
カイトは、帳簿を棚に戻し、書庫を出た。
廊下の闇が、深く、冷たかった。
(レンには、この発見を、まだ伝えない)
カイトは、そう決めた。
(まずは、サラの正体を、確かめなければ)
カイトは、自室へ戻る途中、廊下の窓から、ケージ上層の夜景を見た。
無数の光が、闇の中に浮かんでいる。
その光の一つ一つが、誰かの命のように、遠く、小さく、見えた。
カイトは、窓から離れ、部屋へ向かった。
足音が、絨毯に吸い込まれていく。
(選択肢は、いくつある)
(穴を使うか、使わないか)
(サラを信じるか、信じないか)
(レンに、どこまで話すか)
カイトは、答えの出ない問いを抱えたまま、部屋の扉を閉めた。
静かな夜が、更けていく。
規則の外側にある、もう一つのゲームが、静かに、動き始めていた。Noveliaとは?
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