生存者のための遺書
西暦2247年、人類は地上を失い、垂直都市ケージに押し込められた。支配者ホルダーと、人権を持たないリソース。その歪な構造の底で、少年カイトは「生きろ」と笑った少女の言葉だけを抱えて生きている。
年に一度のデスゲーム〈トケイバコ〉。本選の舞台はスナドケイ区——指輪を奪い合い、三点に満たなければ爆死する地獄の遊戯だ。カイトは地下組織クサビの密命を背負いながら、誰にも悟られず「所持ゼロ」を装う独自の戦法で人混みから姿を消そうとする。
だがそこで出会ったのは、自分と同じ戦法を選んだ、琥珀色の瞳を持つ少年だった。
名前も声も交わさぬまま、二人は確信する。
——また会う。そして、何かが動き出す。
生き延びることは罪なのか、それとも誰かへの誓いなのか。
壁の中に閉じ込められた人間たちの、絶望と希望が交錯する近未来サバイバル。
これは、死にゆく者たちが残す、生者への遺書である。
生存者のための遺書 - 沈黙の選別 ―― 優しさが殺すもの
タワー・オブ・ヴェルナーの地下に、催しの運営準備室はあった。
廊下から一歩足を踏み入れると、空気が違った。上層の清潔な空気とはまるで別物の、黴と鉄錆の混じった匂いが鼻をつく。壁には配管が剥き出しで走り、天井の蛍光灯は一つおきに明滅していた。部屋の中央には長机が三つ並べられ、その上に再配置者たちの名簿と、催しの進行表が雑然と広げられている。
カイトは、部屋の隅で、端末の画面を見つめていた。
画面には、再配置者名簿が表示されている。番号、名前、区分。処理済み。再配置済み。保留。三つの言葉が、冷たい光の粒となって並んでいた。カイトの指先は、昨夜書庫で触れた革装の帳簿の感触を、まだ覚えていた。自分とレンの番号が、保留の欄に並んでいたことも。
(公爵は、俺たちを、泳がせている)
カイトは、端末を机に置いた。
その時だった。
部屋の入口の扉が、軋む音を立てて開いた。
カイトが顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
灰色の使用人服。短く刈り込まれた黒い髪。鋭い目つき。左の頬に走る、古い傷。スナドケイ区で、カイトが確かに「脱落」したはずの参加者。ノアだった。
ノアの目は、以前カイトが廊下で見た時よりも、わずかに焦点が合っていた。虚ろさの中に、何かが灯っている。記憶の断片が、ぼんやりと浮かび上がっているような、そんな目だった。
「……お前」
ノアの唇が、動いた。
声は、乾いていた。長い間使っていなかった喉から、無理やり絞り出したような声。
カイトは、立ち上がった。
「ノア」
名前を呼ぶと、ノアの肩が、小さく震えた。
「お前……カイト、だな。砂時計の街で……お前が、最後まで残った」
ノアは、一歩、カイトの方へ踏み出した。足元が、おぼつかない。まるで、自分の足で立っている感覚を、まだ取り戻していないかのようだった。
「そうだ」
カイトは、短く答えた。
ノアの顔が、ゆっくりと歪んだ。怒りなのか、悲しみなのか、あるいはその両方なのか。記憶の断片に引き裂かれながら、ノアは言葉を探しているようだった。
「お前たちが……生き残ったせいで」
ノアの声が、低く、震えた。
「俺たちが、選ばれたんだ」
その言葉が、準備室の重い空気に、深く沈んでいった。
カイトの呼吸が、止まりかけた。
(そうだ。俺が生き残ったから。こいつは、ここにいる)
昨夜、書庫で見た名簿の光景が、脳裏に蘇る。ノアの欄は、保留だった。公爵は、ノアをカイトと戦わせるために、保留のまま置いている。カイトの選択を試すために。
「お前は、何も知らないのか。俺たちが、どんな風に、記憶を消されて、ここで、何をさせられているか」
ノアは、さらに一歩、踏み出した。
カイトとの距離は、もう、二歩もなかった。
「知ってる」
カイトは、絞り出すように言った。
「知ってるのに、お前は、何もしないのか」
ノアの目に、初めて、はっきりとした感情が浮かんだ。
怒りだった。
「お前が、俺を殺すんだろ。次の催しで。公爵が、そう言ってた。お前と俺を、戦わせるって」
カイトは、答えられなかった。
「お前が生き残ったから、俺は選ばれた。お前が優勝したから、俺はここにいる。お前が、俺を、殺すんだ」
ノアの声が、だんだん大きくなっていく。準備室の壁に、反響して、何度もカイトに突き刺さる。
「……違う」
カイトは、やっとのことで、声を出した。
「違わない。お前が、俺を殺す。そういう、仕組みなんだ。ここは」
ノアは、カイトの胸ぐらを掴んだ。
力は、弱かった。だが、その指には、骨が浮き出るほどの力が込められていた。記憶を消され、人形のように扱われてきた男の、最後の力だった。
「お前が、俺を、殺すんだ……お前が……お前が……!」
ノアの声は、泣き声のようだった。
カイトは、ノアの腕を掴んだ。
「落ち着け」
「離せ!」
ノアは、カイトの手を振り払った。
その拍子に、ノアの体がよろめき、机の角にぶつかった。鈍い音が、準備室に響く。
周囲の使用人たちが、一斉に目を逸らした。誰も、止めに入らない。誰も、声をかけない。ここでは、そういうことが、日常だった。
ノアは、机に手をつき、荒い息を吐いていた。
「……お前は、生きて、何を、手に入れたんだ」
ノアは、顔を上げずに、言った。
「自由か? 人権か? そんなもの、あるわけないだろ。ここは、地獄だ。お前が生き残った場所は、地獄だ」
カイトは、ノアの背中を見つめていた。
反論できる言葉が、一つもなかった。
ノアは、ゆっくりと体を起こし、カイトに背を向けた。
「……お前も、いつか、分かる。お前が生き残った意味を。お前が、俺を殺す意味を」
ノアは、それだけを言い残し、準備室を出て行った。
扉が、軋みながら閉まる。
カイトは、その場に立ち尽くしていた。
指先が、冷たかった。ノアの腕を掴んだ感触が、まだ手のひらに残っている。骨ばった、細い腕だった。
(俺が、生き残った意味)
カイトは、机の上の端末を見下ろした。
画面には、まだ、名簿が表示されている。ノアの欄。保留。その文字が、カイトをじっと見つめ返しているようだった。
――
「カイト」
声がして、カイトは顔を上げた。
準備室の入口に、レンが立っていた。
茶色の癖毛。明るい琥珀色の瞳。そばかすのある頬。いつもなら笑っている口元が、今は、真一文字に結ばれている。
「今の、聞いてたのか」
カイトは、低く言った。
「ああ」
レンは、短く答えた。
二人の間に、沈黙が落ちた。
レンは、カイトの横を通り過ぎ、机の上の端末を手に取った。画面を操作し、名簿を開く。
「何をしてる」
カイトは、レンの手元を見つめた。
「ノアの区分を、変更する」
レンは、感情のない声で言った。
「保留から、処理済みに移す」
カイトの全身が、硬直した。
「……何を言ってる」
「ノアは、運営に逆らう危険因子だ。さっきの行為は、明確な反抗だ。放置すれば、他の再配置者にも影響が出る。だから、処理する」
レンは、端末の画面を操作しながら、淡々と言った。
「ふざけるな」
カイトは、レンの手から端末を奪い取った。
「カイト」
レンの声が、低くなった。
「あいつは、ただ、記憶が戻りかけてるだけだ。処理する必要なんてない」
「必要がある。あいつは、お前に詰め寄った。公爵の目があれば、お前もろとも処理される。お前は、自分の置かれてる状況が分かってないのか」
レンの目が、カイトをまっすぐに見据えた。
琥珀色の瞳に、光がない。
「分かってる。だから、切り捨てない方法を探す」
カイトは、声を潜めたまま、強く言った。
「切り捨てない方法? あるわけないだろ。ここでは、切り捨てるか、切り捨てられるか、二つに一つだ」
「諦めるな。俺は、ノアを救う」
「救う? お前の優しさが、誰かを殺すんだ」
レンの言葉が、冷たく、カイトの胸を刺した。
「お前がノアを救おうとすれば、公爵は、もっと残酷な方法で、お前とノアを追い詰める。お前の優しさは、ノアの死を、より苦しいものにするだけだ」
レンは、一歩、カイトに近づいた。
「お前は、自分の感情で、全てを台無しにしようとしてる。任務も、俺も、サラも、クサビの仲間も、みんな、お前の優しさのせいで死ぬかもしれないんだ」
カイトは、レンの目を見つめ返した。
レンの目には、迷いがなかった。
一片の、迷いも、なかった。
(こいつは、本気だ)
カイトは、初めて、レンの合理主義が、演技ではなく、本質の一部だと悟った。
これまで、レンは笑顔で本音を隠してきた。軽口を叩き、冗談を混ぜ、核心に触れると静かになる。カイトは、その裏に、カイトと同じ熱さがあると信じていた。
だが、違った。
レンの内側は、カイトが思っていたよりも、ずっと冷えていた。
「……お前は、いつから、そうなんだ」
カイトは、静かに尋ねた。
「最初からだよ」
レンは、即答した。
「俺は、生き延びるために、全部捨ててきた。感情も、優しさも、信頼も。お前と違って、俺は、そういう風にしか生きてこれなかった」
レンの声は、低く、静かだった。
「使える規則は使う。それが、ここでの唯一の生存法だ。お前も、そうしろ」
レンは、カイトの手から、端末を取り戻した。
「ノアは、処理する。お前が反対しても、手続きは進める」
「やめろ」
カイトは、レンの腕を掴んだ。
「やめろ、レン。あいつは、俺が守る」
「守れるわけがない。お前は、自分の無力さを、まだ分かってない」
レンは、カイトの手を、ゆっくりと外した。
「お前の優しさが、誰かを殺すんだ。覚えておけ」
レンは、それだけを言い放ち、準備室を出て行った。
カイトは、一人、準備室に残された。
壁の配管から、水の流れる音が、かすかに聞こえる。蛍光灯が、明滅を繰り返す。
(俺の優しさが、誰かを殺す)
カイトは、机の上の名簿を見下ろした。
ノアの欄。保留。その文字が、揺れて見えた。
――
その夜。
タワー・オブ・ヴェルナーの上層、公爵の執務室。
サラ・ノックスは、公爵の机の前に立っていた。
黒い長髪を後ろで一つに束ね、切れ長の黒い瞳。右耳の後ろの小さな痣。制服のポケットには、いつものように端末が忍ばせてある。
「君を呼んだ理由は、分かっているね」
公爵は、銀髪を後ろに流し、冷たい薄い青の瞳で、サラを見つめていた。左手の大きな宝石の指輪が、部屋の光を反射して、不気味に輝いている。
「いいえ。私には、心当たりがございません」
サラは、事務的な声で答えた。
「嘘は、よしたまえ。君は、私の前で、『規則の外側』という言葉を口にした。あれは、どういう意味かな」
公爵の笑顔は、崩れない。だが、その目は、サラの一挙手一投足を、逃さず見つめていた。
「私が、あの場で申し上げたのは、運営補助としての規則に基づく発言です。規則の外側にある手続きについて、参加者に説明したまでです」
「規則の外側にある手続き。それは、君が、あの二人に教えたのだね」
「教えたのではありません。質問されたから、答えたのです」
「どちらでも、同じことだ。君は、私の知らない情報を、あの二人に流した。それは、運営補助として、明確な越権行為だ」
公爵は、ゆっくりと立ち上がった。
背の高い体が、サラを見下ろす。
「だが、私は、君を罰したいわけではない。君には、選択肢を与えよう」
サラは、表情を変えなかった。
「カイトか、レン。どちらかを切り捨てれば、君は助かる」
公爵の声は、穏やかだった。残酷なことを、穏やかな口調で告げる。それが、この男のやり方だった。
「……どういう意味でしょうか」
サラは、平静を装って尋ねた。
「言葉の通りだ。君が、あの二人のうち、どちらかが規則を破ったと報告すれば、君は、規則違反の責任を問われずに済む。むしろ、運営への忠誠を示したとして、評価されるだろう」
公爵は、机の上に置かれたグラスを手に取り、中身をゆっくりと揺らした。
「逆に、君が何も報告しなければ、君自身が規則違反者として処理される。どちらが、賢い選択か、分かるだろう」
サラの指先が、わずかに冷えた。
(カイトか、レン。どちらかを、切り捨てる)
サラの脳裏に、二人の顔が浮かんだ。
無表情で、影が薄く、それでいて、目だけは常に動いているカイト。
笑顔を絶やさず、軽口を叩き、しかし、内側に冷たいものを秘めたレン。
どちらも、クサビの仲間だった。どちらも、同じ任務を帯びていた。
「……私には、報告するようなことは、何もありません」
サラは、静かに言った。
「ほう。それは、君が、二人を庇うということかな」
公爵の目が、細くなった。
「いいえ。私には、報告すべき事実がないだけです」
「君は、自分の置かれた状況を、理解していないようだ。もう一度、言おう。カイトか、レン。どちらかを切り捨てれば、君は助かる。切り捨てなければ、君が死ぬ」
公爵は、サラに近づき、その顔を覗き込んだ。
「さあ、どうする? 君の答えを、聞かせてくれたまえ」
サラは、公爵の目を見つめ返した。
「私の答えは、変わりません。報告するようなことは、何もありません」
サラの声は、震えていなかった。
公爵は、しばらくサラを見つめていた。
「素晴らしい。実に興味深い」
公爵は、笑みを深くした。
「だが、その忠誠心が、君の首を絞めることになる。覚えておきたまえ」
公爵は、手を振った。
「下がってよろしい」
サラは、一礼し、執務室を出た。
扉が閉まる。
サラは、廊下を歩き出した。
足音が、絨毯に吸い込まれる。
(カイトか、レン。どちらかを、切り捨てる)
公爵の言葉が、頭の中で、繰り返される。
サラは、廊下の突き当たりを曲がった。
その時、前方から、カイトが歩いてくるのが見えた。
二人の距離が、縮まっていく。
カイトが、サラに気づいた。
カイトが、何か言おうと、口を開きかけた。
サラは、首を振った。
小さく、一度だけ。
カイトの足が、止まった。
サラは、カイトの横を通り過ぎた。
一瞬、サラの横顔が、カイトの視界に入った。
(何かを、決意した顔だ)
カイトは、直感した。
サラは、何かを、一人で抱え込もうとしている。
カイトは、振り返った。
サラの背中が、廊下の奥へ、遠ざかっていく。
黒い長髪が、揺れていた。
――
夜が、更けた。
タワー・オブ・ヴェルナーの廊下は、非常灯の淡い光だけが、闇を薄く照らしていた。
使用人頭の男が、公爵の執務室の前で、報告を行っていた。
「公爵様。運営補助のサラ・ノックスが、屋敷を出た模様です」
使用人頭は、声を潜めて言った。
「ほう。やはり、動いたか」
公爵は、窓の外の夜景を見つめながら、微笑んだ。
「追わせろ。どこへ行くのか、誰と接触するのか、全て報告しろ」
「承知しました」
使用人頭は、一礼し、去っていった。
公爵は、一人、執務室に残った。
「逃げるのか、サラ・ノックス。それとも、何かを、しにいくのか。どちらにせよ、面白い」
公爵は、グラスを口元に運び、中身を一口、含んだ。
――
その頃、カイトは、自室の前の廊下に立っていた。
レンが、駆け寄ってきた。
「カイト、サラが、屋敷を出た」
レンの声は、低く、緊迫していた。
「知ってる」
カイトは、短く答えた。
「俺が追う。お前は、ここに残れ」
レンは、そう言って、廊下を走り出した。
「待て、レン」
カイトが呼び止める。
「お前が追えば、公爵の目が、お前にも向く。俺が行く」
「お前が行けば、公爵の疑いが、お前に集中する。俺が行った方が、まだ、ごまかせる」
レンは、振り返らずに言った。
「サラを追えなかったら、どうする」
「その時は、その時だ」
レンは、廊下の闇に消えていった。
カイトは、レンの背中を見送った。
(俺は、残って、公爵の視線を逸らす)
カイトは、拳を握りしめた。
サラは、何かを決意して、屋敷を出た。
レンは、単身で、サラを追った。
カイトは、残って、公爵と対峙する。
三人の運命が、静かに、別々の方向へ、動き始めていた。
――
カイトは、公爵の執務室へ向かった。
扉の前で、深呼吸を一つ。
(俺は、サラとは無関係だ。そう、嘘をつく)
カイトは、扉をノックした。
「入りなさい」
扉の向こうから、公爵の声がした。
カイトは、扉を開けた。
執務室は、相変わらず、澄んだ空気に満ちていた。公爵は、机の向こうに座り、微笑みながらカイトを見ていた。
「君か。どうした、こんな夜更けに」
「サラ・ノックスについて、お話があります」
カイトは、公爵の机の前に立った。
「ほう。君から、その名前を聞くとは、興味深い。話してくれたまえ」
公爵は、背もたれに深く寄りかかった。
「彼女は、何も知りません。私とレンが、勝手に規則書を読んだだけです。彼女は、運営補助として、規則を説明しただけです」
カイトは、声を抑えて、はっきりと言った。
嘘だった。
サラは、規則の外側の情報を、二人に流していた。クサビの協力者として、二人を助けていた。
だが、カイトは、サラを守るために、嘘をついた。
「君は、彼女を、庇っているのかな」
公爵の目が、カイトを貫いた。
「庇っているのではありません。事実を、申し上げているだけです」
カイトは、公爵の目を見つめ返した。
公爵は、しばらくカイトを見つめていた。
「嘘だね」
公爵は、静かに言った。
「君は、彼女を庇っている。その嘘は、私には、よく分かる。だが、面白い。あえて、追及するのは、やめよう」
公爵は、立ち上がった。
「では、君が、彼女の代わりに、規則を破る番だな」
カイトの全身が、硬直した。
「催し当日の運営役を、君に、単独で命じる。君の働き次第で、彼女の処遇も、変わるかもしれない」
公爵は、カイトに近づき、耳元で囁いた。
「精々、私を楽しませてくれたまえ。カイト」
カイトは、拳を握りしめた。
(レンが戻るまで、時間を稼ぐ)
カイトは、自分に言い聞かせた。
「承知しました」
カイトは、一礼し、執務室を出た。
廊下の闇が、深く、冷たかった。
――
朝が来た。
カイトは、自室の前で、足を止めた。
部屋の扉が、わずかに開いていた。
(誰かが、入った)
カイトは、警戒しながら、扉を押し開けた。
部屋の中は、静かだった。
朝の光が、窓から差し込み、埃が、光の筋の中で、ゆっくりと舞っていた。
机の上に、一通の書類が、置かれていた。
カイトは、机に近づいた。
それは、規則書だった。
カイトは、規則書を手に取った。
表紙には、何も書かれていなかった。
カイトは、規則書を開いた。
最初のページに、文字が並んでいた。
『トケイバコ規則書 補遺』
カイトは、ページをめくった。
そこには、ゲームの規則の外側にある、もう一つのゲームの存在が、記されていた。
『本規則の対象外となる、特別なゲームが存在する。このゲームは、以下の条件が満たされた場合のみ、開かれる』
カイトは、息を殺して、読み進めた。
『条件一。トケイバコの優勝者が、このゲームへの参加を承認すること』
『条件二。運営補助が、このゲームの開催を承認すること』
『条件三。上記二名の承認が、同時に、主催者に提出されること』
カイトの指が、震えた。
(優勝者と、運営補助の、双方が、同時に、承認した場合のみ、開かれる)
カイトは、規則書を、胸に抱いた。
(サラは、これを、俺に残した)
(サラは、俺に、このゲームの存在を、託した)
カイトは、規則書を、服の内側に隠した。
その時、部屋の扉が開いた。
レンが、立っていた。
「追えなかった」
レンは、短く言った。
「サラは、屋敷の外で、完全に足取りを消した。警備ドローンの記録も、途中で途切れていた」
カイトは、黙って、レンを見た。
レンの顔は、疲れていた。茶色の癖毛が、汗で額に張り付いている。
「そうか」
カイトは、短く答えた。
二人は、言葉を交わさずに、別々の方向へ歩き出した。
カイトは、胸に隠した規則書の感触を、確かめた。
(ノアを救う手立てが、この規則書の中に、あるかもしれない)
カイトは、そう考え始めていた。
レンに見せるべきか、迷った。
だが、今は、まだ。
カイトは、一人、廊下を歩き続けた。
朝の光が、窓から差し込み、カイトの影を、長く、床に落としていた。Noveliaとは?
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