反骨のグレイ~魔族の少女は奴隷から這い上がる~
魔族というだけで人間に狩られ、奴隷に堕とされた少女・グレイ。角を持つその身に刻まれたのは、焼き印と鎖、そして屈辱の記憶だけだった。
グランヴェルド――大陸最大の奴隷貿易都市。そこでは魔族は「動く財産」でしかなく、抵抗すれば踏みにじられ、黙れば喰い物にされる。オークションで売れ残ったグレイに目をつけたのは、闘技場の興行主ヴァルド。与えられたのは錆びついた短剣一本と、猛獣の待つ死の檻だった。
絶望の底で、彼女の暗い紫の瞳に宿るのは諦めではなく、燃えるような殺意。
――奪われたものは、全部奪い返す。
――私を踏みつけた奴らは、いつか必ずこの手で殺す。
生き延びるためではない。喰らい尽くすために、少女は牙を剥く。
鎖に繋がれた「角の奴隷」が、血と砂の闘技場で、人間たちの作った地獄そのものを喰い破っていく――。
これは、奪われた少女が、奪う側へと成り上がる、復讐と解放の物語。
「反骨のグレイ~魔族の少女は奴隷から這い上がる~」をオーディオドラマ(音声)で無料で聴く — キャラごとの声のフルボイス(AI読み上げ/AI声優/オーディオブック)。
反骨のグレイ~魔族の少女は奴隷から這い上がる~ - 陽光の届かぬ夜に
日が落ちた。
廃教会の礼拝堂は、昼間とはまるで違う場所になっていた。石壁に染みついた黴と古い蝋の匂いが、夜の冷気と混ざって、肺の奥まで入り込む。割れた窓から差し込む月明かりだけが、かろうじて床の輪郭を浮かび上がらせていた。
グレイは、背中の大剣を抜き放った。
ズシャリ、という重い音。刃渡り百五十センチの処刑用大剣。凶刃の女王が遺した、あの女の重さそのもの。両手で握ると、冷たい鉄の感触が、闘技場の記憶を呼び起こす。
礼拝堂の奥、祭壇の前に、青白い光が揺れていた。
あの光の中に、いる。
「おい」
「う、うん……」
後ろから、ユウトの震える声が返ってきた。
グレイは、振り返らずに言った。
「下がっていろ。ここから先は、私が斬る」
「でも、僕も戦える! 勇者なんだから!」
「勇者の加護は、日没には使えないんだろう」
グレイの言葉に、ユウトが息を呑む気配がした。
そうだ。異世界から召喚された十三歳の勇者ユウトには、陽光の女神の加護がある。昼間の光の下なら、聖剣は輝き、傷は癒える。だが、日が沈んだ今、その力は眠っている。
「いいから、下がっていろ」
グレイは、一歩、前に踏み出した。
その瞬間。
カタカタカタ、と骨が擦れ合う音が、礼拝堂の四方から響き始めた。
割れた窓から。崩れた壁の隙間から。床の下から。
白い骨の手が、無数に、伸びてくる。
スケルトン。
エルダー・リッチが召喚した、死霊の兵士たち。
「ちっ」
グレイは、舌打ちと共に、地面を蹴った。
跳ぶ。
一番近くのスケルトンに、大剣を振り下ろす。
ゴシャッ。
頭蓋骨が砕け、白い破片が飛び散る。
(一匹)
振り返りざま、横薙ぎの一閃。
ガラガラガラ、と三体のスケルトンが、肋骨を断たれて崩れ落ちる。
(四匹)
グレイは、止まらない。
大剣を、まるで自分の体の一部のように振り回す。突き、薙ぎ、叩きつけ、砕く。骨の破片が、月明かりに白く舞う。腐った肉の欠片が、石の床に張り付く。
(気に入らない)
胸の奥で、泥のような感情が脈打つ。
(この、数は)
(キリがない)
スケルトンは、倒しても倒しても、湧いて出る。礼拝堂の影という影から、次々と新しい骨の兵士が這い出してくる。
グレイは、祭壇の奥にいる、あの青白い光を見た。
(本体を、叩く)
(数で押される前に)
グレイは、大剣を構え直した。
そして、単身で、スケルトンの群れの中へと、踏み込んだ。
「どけぇぇぇぇ!!」
怒声と共に、大剣が唸る。
ガギンッ!!
骨の盾を掲げたスケルトンごと、真っ二つに叩き斬る。返す刃で、横から迫る二体の首を、まとめて刎ね飛ばす。
グレイは、突き進む。
一歩、また一歩。骨の破片を踏み砕きながら、祭壇へと近づいていく。
(私が、斬る)
(あの光を、消す)
その時だった。
「グレイ! 後ろは任せて!」
ユウトの声が、後方から響いた。
グレイは、一瞬、足を止めた。
振り返る。
ユウトが、聖剣を抜いて、スケルトンに立ち向かっていた。だが、その剣は、昼間のように輝いていない。ただの、鈍い鉄の棒。
「馬鹿! 下がっていろと言っただろ!」
グレイは、叫んだ。
だが、その時にはもう、グレイの判断が、守りの空白を生んでいた。
グレイが先へ進んだことで、ユウトの背中が、無防備に、晒された。
祭壇の奥で、青白い光が、ぐにゃりと歪んだ。
「——ほう」
低く、湿った声が、礼拝堂に響き渡った。
「その小僧、背中ががら空きではないか」
光の中から、声がする。
エルダー・リッチ。
「……!」
グレイの背筋に、冷たいものが走る。
(しまった)
(あいつの、背中が——)
リッチの指が、ゆっくりと、ユウトの方を指した。
「死霊の矢よ」
詠唱。
青白い光が、リッチの指先に集まり、細い矢の形を取る。
「やめろ!!」
グレイは、叫びながら、駆け出した。
だが、間に合わない。
光の矢が、放たれた。
ヒュン、という鋭い音。
ドスッ。
鈍い音が、礼拝堂に響いた。
「——え?」
ユウトの口から、小さな声が漏れた。
少年の背中に、青白い矢が、深々と突き刺さっていた。
聖剣が、手から落ちる。
カラン、と乾いた音。
ユウトは、その場に、ゆっくりと崩れ落ちた。
「グレ……イ……」
かすれた声。
ユウトの体から、力が抜けていく。
「ユウト!!」
グレイは、ユウトの元へ駆け寄った。
抱き起こす。
背中に刺さった矢から、温かい血が、グレイの手に流れ落ちる。
(血だ)
(ユウトの、血)
「ククク……」
祭壇の奥で、リッチが笑った。
「無駄だ。その加護とやらは、日没には無力。光の女神は、夜の闇には手を貸さぬ」
リッチの声が、礼拝堂の壁に反響する。
「その小僧は、もう終わりだ。だが、まだ遊べる。死霊どもに、生きたまま食わせてやろう」
リッチが、骨の指を鳴らした。
パチン。
すると、床のあちこちから、新たなスケルトンが、ゾロゾロと這い出してきた。
先ほどまでとは、比べ物にならない数。
二十体、三十体、いや、もっと。
「……お前」
グレイは、ユウトを床に寝かせ、立ち上がった。
大剣を握る。
「よくも」
「よくも、何だ? 魔族風情が、人間の小僧を守ろうなどと、笑わせる」
リッチの声が、嘲る。
「お前のような化け物が、勇者を守る? 笑止。お前は、ただの殺戮者。剣を振るい、人を斬り、血を啜って生きてきた、それだけの獣だ」
グレイの手が、震えた。
(違う)
(私は——)
リッチの言葉が、グレイの胸に、深く突き刺さる。
「その角、その烙印、その首輪。お前がどれだけ強かろうと、お前は奴隷。人に使われ、人を斬る、ただの道具に過ぎぬ」
「黙れぇぇぇ!!」
グレイは、怒声と共に、スケルトンの群れに飛び込んだ。
大剣を振り回す。
ゴシャッ。ガラガラ。ドゴッ。
骨が砕ける。破片が舞う。
だが、数が多すぎる。
斬っても斬っても、スケルトンは、ユウトの方へと、じりじりと迫っていく。
「来るなぁぁぁ!!」
グレイは、ユウトを背に庇いながら、大剣を振るう。
その時。
グレイの手に、ユウトの血が、べったりと付いていることに、気づいた。
(血)
(この、感触)
瞬間、グレイの脳裏に、別の記憶が甦った。
三年前。
闘技場の地下。
師匠を刺した、あの瞬間。
(違う)
(これは、違う)
グレイは、頭を振った。
だが、手が、震える。
大剣の刃筋が、乱れた。
ガッ。
スケルトンの骨の盾に、大剣が、浅く当たって、弾かれた。
(くそっ)
グレイは、歯を食いしばった。
(なぜ、今)
(なぜ、このタイミングで)
手のひらに残る、セラフィナを刺した時の感触。
あの、肉を貫く、嫌な手応え。
温かい血が、手首を伝って流れ落ちる感覚。
そして、自分の手の中で、命が消えていく、あの瞬間。
(私が、斬った)
(私が、師匠を)
グレイの動きが、明らかに鈍った。
スケルトンの一体が、その隙を突いて、ユウトの方へと、骨の剣を振り下ろす。
「——っ!」
グレイは、とっさに、自分の体で、ユウトを庇った。
ガッ。
骨の剣が、グレイの肩を、切り裂いた。
痛みが走る。
だが、それよりも。
(守れない)
(私では、こいつ一人、守れない)
グレイの胸に、絶望が、押し寄せる。
「ククク……どうした、化け物。動きが鈍っているぞ」
リッチの嘲笑が、降り注ぐ。
「その小僧を守るために、剣を振るうか? お前には、剣を振るう資格などない。お前の剣は、奪うための剣。殺すための剣。守るための剣ではない」
「黙れ……黙れぇぇぇ!!」
グレイは、叫びながら、大剣を振り回した。
だが、刃筋は乱れ、力は空回りする。
スケルトンの群れは、じわじわと、二人を追い詰めていく。
その時。
「……グレイ」
弱々しい声が、グレイの背中から聞こえた。
「ユウト! 喋るな、傷が——」
グレイは、振り返らずに言った。
だが、ユウトは、続けた。
「なんで……そんなに強いのに……自由が、分からないの……?」
グレイの手が、止まった。
(自由)
また、その言葉。
カインの言葉。セラフィナの問い。そして、ユウトの、無垢な疑問。
「……分からない」
グレイは、搾り出すように言った。
「私には、自由が何か、分からない。物心がついた時には、理不尽なことしかなかった。剣を振ることしか、生きる術を知らない。自由なんて、考えたこともない」
「そう……なんだ……」
ユウトの声が、途切れ途切れになる。
「でも……グレイは……」
ユウトが、息を吸う。
「グレイは……強いよ」
その言葉が、グレイの胸に、落ちた。
グレイの手が、ぴたりと、止まった。
震えていた手が、初めて、止まった。
(私が、強い)
(この、ユウトが)
(今にも死にそうな、このガキが)
グレイは、大剣を握り直した。
(守るために、斬る)
(その重みを、今、初めて、知った)
グレイは、亡者の波を、見据えた。
「……下がっていろ」
グレイは、静かに言った。
「私が、全部、斬る」
大剣を、構え直す。
スケルトンの群れが、一斉に、襲いかかってきた。
グレイは、大剣を、横薙ぎに、全力で振るった。
ブォン!!
空気を裂く音。
ガラガラガラガラ!!
五体のスケルトンが、まとめて、粉々に砕け散った。
「まだだ」
グレイは、止まらない。
突き、薙ぎ、叩きつけ、砕く。
(私が、守る)
(私が、斬る)
(もう、迷わない)
大剣が、月明かりを反射して、白く輝く。
骨の破片が、雪のように、礼拝堂に舞った。
「ほう……?」
リッチの声が、初めて、驚きの色を帯びた。
「何だ、その目は。さっきまでの、迷いが、消えたか」
グレイは、答えない。
ただ、大剣を振るう。
(守るために、斬る)
(その重みを、背負って)
(私は、進む)
スケルトンの数は、減らない。
だが、グレイの大剣は、止まらない。
「面白い。ならば、もっとだ。死霊どもよ、その獣を、食い殺せ」
リッチが、再び、指を鳴らした。
すると、礼拝堂の床が、盛り上がり、さらに多くのスケルトンが、這い出してくる。
「……チッ」
グレイは、舌打ちをした。
(キリがない)
(このままでは、ジリ貧だ)
(だが——)
グレイは、背後のユウトを、ちらりと見た。
ユウトは、痛みに耐えながらも、グレイの背中を見つめていた。
(守る)
(私が、守る)
グレイは、大剣を、正面に構えた。
「来い」
スケルトンの群れが、波のように、押し寄せる。
グレイは、一歩も引かずに、大剣を振るった。
ガギンッ!! ガラガラガラ!! ゴシャッ!!
骨が砕ける音が、礼拝堂に、絶え間なく響く。
グレイの体は、すでに、あちこちに傷を負っていた。
肩から、血が流れる。
額から、汗が滴る。
だが、大剣は、止まらない。
「ククク……クハハハハ!!」
リッチの笑い声が、高らかに、響き渡る。
「いいぞ、化け物! もっと踊れ! もっと斬れ! お前のその剣は、結局、奪うための剣。守るための剣などではない! その小僧を、お前の剣で、守れるものか!」
リッチの言葉が、グレイの心を、抉る。
(違う)
(私は——)
グレイは、歯を食いしばった。
(私は、守るために、斬る)
(この剣で、ユウトを、守る)
グレイの大剣が、さらに、加速する。
だが、スケルトンの数は、減るどころか、増えていく。
(くそっ)
(このままでは——)
グレイの足が、一歩、後ろに下がった。
また、一歩。
二人は、礼拝堂の奥へ、じりじりと、追い詰められていく。
「ククク……終わりだな」
リッチが、勝ち誇ったように、言った。
「その小僧は、死霊どもの餌。お前は、その場で、無様に、死ね」
リッチが、最後の、詠唱を始めた。
青白い光が、リッチの周囲に、渦巻く。
(終わり——)
グレイは、大剣を握る手に、力を込めた。
(まだだ)
(まだ、終わってない)
(私は——)
その時。
「グレイ」
ユウトの声が、聞こえた。
「グレイは……強いよ」
また、その言葉。
「だから……負けないで」
ユウトの声は、今にも消え入りそうだった。
だが、その言葉は、確かに、グレイの胸に、届いた。
グレイは、大剣を、天に向かって、掲げた。
(守る)
(私が、ユウトを、守る)
(そのために、私は、斬る)
「うおおおおおおおおおお!!」
グレイは、雄叫びを上げた。
そして、大剣を、スケルトンの群れに、叩きつけた。
ドゴォォォン!!
衝撃波が、礼拝堂の床を、えぐる。
スケルトンたちが、一斉に、吹き飛んだ。
「なに……!?」
リッチの声が、驚愕に染まる。
グレイは、大剣を、リッチに向けて、突きつけた。
「お前は、ここで、斬る」
グレイの声は、静かだった。
だが、その瞳は、暗い紫の奥に、燃えるような光を宿していた。
「お前が、ユウトを傷つけた。その報いを、受けろ」
グレイは、大剣を、構え直した。
リッチが、後ずさる。
「ば、馬鹿な……お前ごときに、何ができる……」
リッチの声が、初めて、恐怖に震えた。
グレイは、答えない。
ただ、大剣を、振りかぶった。
(私が、守る)
(私が、斬る)
(これが、私の、剣だ)
グレイの大剣が、月明かりを、真っ二つに裂いた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。