反骨のグレイ~魔族の少女は奴隷から這い上がる~
魔族というだけで人間に狩られ、奴隷に堕とされた少女・グレイ。角を持つその身に刻まれたのは、焼き印と鎖、そして屈辱の記憶だけだった。
グランヴェルド――大陸最大の奴隷貿易都市。そこでは魔族は「動く財産」でしかなく、抵抗すれば踏みにじられ、黙れば喰い物にされる。オークションで売れ残ったグレイに目をつけたのは、闘技場の興行主ヴァルド。与えられたのは錆びついた短剣一本と、猛獣の待つ死の檻だった。
絶望の底で、彼女の暗い紫の瞳に宿るのは諦めではなく、燃えるような殺意。
――奪われたものは、全部奪い返す。
――私を踏みつけた奴らは、いつか必ずこの手で殺す。
生き延びるためではない。喰らい尽くすために、少女は牙を剥く。
鎖に繋がれた「角の奴隷」が、血と砂の闘技場で、人間たちの作った地獄そのものを喰い破っていく――。
これは、奪われた少女が、奪う側へと成り上がる、復讐と解放の物語。
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反骨のグレイ~魔族の少女は奴隷から這い上がる~ - 木剣と視線
潮の匂いが、朝の空気に溶けていた。
ノルン港都の宿は、港から少し離れた路地の奥にあった。石造りの三階建てで、壁には白い漆喰が塗られ、窓枠は青く彩られている。夜のうちに降ったらしい小雨が、石畳を黒く濡らしていた。
グレイは、宿の裏手にある中庭に立っていた。
伸びた灰色の髪を後ろで一つに束ね、黒鉄の首輪を隠すように外套の襟を立てている。頭部から前方へ伸びる牡牛のような二本の角が、朝の光を鈍く反射した。ハイライトのない暗い紫の瞳は、中庭の片隅に積まれた空の酒樽を、ぼんやりと見つめていた。
(海は、まだ、すぐそこにある)
昨夜、初めて見た海の青さが、瞼の裏に焼きついていた。どこまでも続く、重い青。大地の果てで、空と溶け合う青。
(あれが、自由というものか)
グレイは、首輪に指を這わせた。冷たい鉄の感触。三年間、一度も外れたことのない、自分の所有を証明する輪。
(違う。あれは、ただの水だ)
胸の奥で、ちりりと何かが疼いた。気に入らない。この感覚は、いつも、気に入らない。
「グレイ!」
弾むような声が、中庭に響いた。
振り返ると、ユウトが宿の裏口から駆け出してくるところだった。少年の短い黒髪が、朝の光を弾いている。年齢は十三歳。異世界から召喚された勇者。グレイの護衛対象であり、この旅の同行者だ。
ユウトは、グレイの目の前で立ち止まった。
「お願いがあるんだ」
グレイは、少年の顔を見下ろした。身長差は、頭一つ分以上ある。ユウトの目は、まっすぐにグレイを見上げていた。
「なんだ」
グレイの声は、低く、短かった。
ユウトは、一瞬、唇を噛んだ。それから、両手を体の横にぴたりとつけて、深く、頭を下げた。
「僕に、剣を教えてほしい。グレイみたいに、強くなりたいんだ」
朝の静けさの中で、少年の声だけが、はっきりと響いた。
グレイは、何も言わなかった。
中庭に、風が吹き抜けた。生温かい、湿った風。海の匂いを運んでくる風が、グレイの髪を、乱暴に攫っていく。
「……私が、お前に、剣を教える」
グレイは、ゆっくりと、言葉を区切るように言った。
「うん!」
「魔族の私が、人間の勇者に、剣を教えるんだぞ」
グレイの声に、かすかな苛立ちが混じった。
「そんな話、聞いたこともない。見たこともない。誰が、そんなことを許す」
グレイは、首輪に指を這わせた。冷たい鉄。奴隷の証。魔族の証。この首輪を嵌めた自分が、人間に何かを教えるなど、滑稽を通り越して、吐き気がする。
(気に入らない)
グレイは、心の中で、そう呟いた。
「それでも、お願いする」
ユウトは、頭を下げたまま、言った。
「この前の戦いで、僕は、グレイの足を引っ張った。廃教会で、スケルトンに囲まれて、何もできなかった。君が、僕を庇って、一人で戦ってくれた」
ユウトの声は、震えていた。
グレイは、少年の言葉を、黙って聞いていた。
廃教会での戦い。エルダー・リッチと、その亡者の群れ。グレイは、大剣を振るい、骨の兵士たちを斬り捨てた。ユウトの背中に死霊の矢が突き刺さった時、グレイは、初めて、自分の刃筋が狂うのを感じた。
(守るために、斬る)
(その重みを、私は、まだ、知らない)
「僕は、勇者なのに、弱い。加護があるのに、戦えない。このままじゃ、何も守れない。君に、何かあった時、僕は、何もできない」
ユウトは、顔を上げた。
その目は、まっすぐに、グレイを見ていた。
少年の瞳は、澄んでいた。曇りがなく、真剣で、そして、痛いほどに、純粋だった。
グレイは、その目を見返した。
(こいつは、本気だ)
(本気で、強くなりたいと、思っている)
(私に、教わりたいと、思っている)
グレイの胸の奥で、何かが、小さく、音を立てた。
(私は、誰かに、何かを教えたことがない)
(教えるということが、どういうことか、分からない)
(私は、ただ、殺すことしか、知らない)
グレイは、唇を噛んだ。
闘技場で、三年間、殺し合いをしてきた。相手の技を奪い、その動きを学習し、暴力へと昇華してきた。それは、教えることとは、まったく別の行為だ。
(私に、できるのか)
グレイは、自問した。
答えは、出なかった。
「……後悔するなよ」
グレイは、低く、唸るように言った。
ユウトの顔が、ぱっと輝いた。
「ありがとう、グレイ! 絶対、後悔しない! 頑張るから!」
ユウトは、何度も、頭を下げた。
グレイは、それ以上、何も言わなかった。
(教える、か)
(私が、こいつに、剣を)
グレイは、空を見上げた。
朝の空は、青く、高く、どこまでも、澄んでいた。
---
倉庫街は、ノルン港都の東側に広がっていた。
海運で運ばれてきた物資を一時的に保管するための倉庫が、無数に立ち並んでいる。日中は商人や荷役夫で賑わうが、朝のこの時間帯は、人通りがほとんどない。
グレイは、ユウトを連れて、倉庫街の外れにある空き地に来ていた。
地面は、土と砂利が混ざり合い、でこぼこしていた。周囲は、古い倉庫の壁に囲まれていて、外からは見えにくい。
「ここでいい」
グレイは、空き地の中央に立った。
「うん!」
ユウトは、グレイの向かいに立った。
グレイは、手近に落ちていた、二本の木切れを拾い上げた。長さは、それぞれ、一メートルほど。太さは、手のひらに収まるくらい。倉庫の廃材だろう。
グレイは、そのうちの一本を、ユウトに投げ渡した。
「わっ」
ユウトは、慌てて、木切れを両手で受け止めた。
「それが、お前の剣だ」
グレイは、自分の手に残った木切れを、片手で軽く握った。
「私は、これで、お前を打つ。お前は、それで、私の打ち込みを受けろ。まずは、それだけだ」
「分かった」
ユウトは、木切れを、ぎこちなく構えた。
グレイは、ユウトの構えを見た。
(素人だ)
(剣を握ったことも、ほとんどない)
(足の位置も、手の位置も、すべてが、でたらめだ)
グレイは、小さく、ため息を吐いた。
(教える、か)
(どこから、教えればいい)
グレイは、木切れを、ゆっくりと振り上げた。
「行くぞ」
グレイは、木切れを、ユウトの右肩に向かって、振り下ろした。
手加減をした。本気の、三割程度の力。速度も、遅くした。
パン、と、軽い音がして、木切れが、ユウトの肩を打った。
「いっ……!」
ユウトが、小さく、声を上げた。
「今のを、受けただけだ。何も、学んでいない」
グレイは、冷たく、言った。
「お前の構えは、でたらめだ。足は、前後に開いていない。手は、剣を握っているだけ。体の軸が、ぶれている。打ち込みを受ける時は、足を踏ん張って、体の軸を、まっすぐにしろ」
グレイは、自分の足を、肩幅より少し広く開いて、腰を落とした。
「こうだ」
ユウトは、グレイの構えを、じっと見つめた。
それから、自分の足を、真似るように、動かした。
「……こう?」
「まだ、甘い。もっと、腰を落とせ」
グレイは、木切れの先で、ユウトの膝の裏を、軽く、つついた。
ユウトは、ぐらりと、体勢を崩した。
「それでは、打ち込みを受けた時に、後ろに倒れる」
「う、うん。分かった」
ユウトは、何度も、構えを直した。
グレイは、ユウトの構えが、少しでも良くなるように、木切れで、少年の体の各所を、軽く、叩いた。肩、腰、膝、足首。
(これは、教えているのか)
グレイは、自分の行為に、戸惑っていた。
(私は、こいつの体に、触れている)
(こいつの動きを、矯正している)
(これが、教えるということなのか)
グレイには、分からなかった。
だが、ユウトの構えは、少しずつ、マシになっていった。
「もう一度、行くぞ」
グレイは、木切れを、再び、振り下ろした。
パン。
ユウトは、今度は、体勢を崩さずに、打ち込みを受けた。
「……あ、受けられた」
ユウトが、驚いたように、言った。
「まだだ。お前は、ただ、立っているだけだ。打ち込みを受ける時に、体を、打ち込みの方向に、わずかに流せ。衝撃を、逃がすんだ」
グレイは、木切れを、ユウトの脇腹に向かって、軽く、当てた。
「ここを打たれたら、体を、右に、流す。まっすぐ受けたら、骨に響く」
「体を、流す……」
ユウトは、真剣な顔で、グレイの言葉を、反芻した。
グレイは、木切れを、振り上げた。
「行くぞ」
パン。
ユウトの脇腹を、木切れが、打った。
ユウトは、今度は、体を、右に、流した。
「できた……かも!」
ユウトが、嬉しそうに、言った。
グレイは、何も言わなかった。
(できた、かも、ではない)
(できた、のだ)
グレイは、心の中で、そう思った。
(こいつは、吸収が、早い)
(一度、教えたことを、すぐに、体で覚える)
(……気に入らない)
グレイは、木切れを、握り直した。
(私が、三年かけて、闘技場で、身につけたことを、こいつは、一瞬で、盗んでいく)
(気に入らない)
グレイの胸の奥で、ちりちりと、何かが、燃え始めた。
(だが、教えると、言ったのは、私だ)
(ならば、教える)
グレイは、木切れを、振り上げた。
「続けるぞ」
---
稽古は、続いた。
グレイは、ユウトの体の、あちこちを、木切れで、打った。肩、腕、背中、腰、腿。手加減は、していた。だが、最初よりも、少しずつ、力を強めていた。
ユウトは、打たれるたびに、小さく、声を上げた。
だが、少年は、決して、泣かなかった。
「どうした。もう、限界か」
グレイは、木切れを、肩に担いで、ユウトを見下ろした。
ユウトは、肩で、荒く、息をしていた。額には、汗が、にじんでいた。
「……まだ、やれる」
ユウトは、木切れを、構え直した。
その時、グレイは、気づいた。
ユウトの、右腕に、さっきまであった、打撲の跡が、消えている。
(消えた)
グレイは、目を、細めた。
(そうか。こいつには、加護がある)
(陽光の女神の加護。傷が、残らない)
グレイは、大聖堂で、神官から聞いた説明を、思い出した。
ユウトが受けた、打撲や擦過傷は、時間が経てば、すぐに、消える。通常の人間なら、数日は残る傷が、加護によって、治癒される。
(ならば、手加減は、必要ない)
グレイの口元が、わずかに、歪んだ。
(骨を砕くほどの一撃でなければ、こいつは、死なない)
(ならば、私は、もっと、強く打てる)
グレイは、木切れを、握り直した。
「行くぞ」
グレイは、木切れを、ユウトの脇腹に向かって、振り抜いた。
先ほどまでとは、明らかに、速度が違った。
ユウトは、反応できなかった。
ドッ、と、重い音がして、木切れが、ユウトの脇腹に、めり込んだ。
「ぐっ……!?」
ユウトの体が、くの字に、折れ曲がった。
木切れが、ユウトの脇腹を、深く、打ち抜いた。息が、止まる。ユウトは、その場に、膝をついた。
「かはっ……!」
ユウトが、苦しそうに、咳き込んだ。
グレイは、木切れを、下ろした。
(今のは、少し、強すぎたか)
グレイは、ユウトの様子を、じっと、見つめた。
ユウトは、地面に、両手を突いて、何度も、咳き込んでいた。顔は、真っ赤に、染まっていた。
だが、十数秒後、ユウトは、ゆっくりと、顔を上げた。
「……あれ? 痛くない」
ユウトは、自分の脇腹を、手で、触った。
「本当だ。もう、痛くない。すごい、これが、加護の力……」
ユウトは、立ち上がった。
グレイは、ユウトの、脇腹を見た。
(治っている)
(あれだけ、強く打ったのに、もう、治っている)
グレイの胸の奥で、何かが、ちりりと、音を立てた。
(気に入らない)
(私が、三年かけて、傷だらけになって、身につけた体)
(こいつは、傷すら、残らない)
(気に入らない)
グレイは、木切れを、強く、握りしめた。
「立て。続けるぞ」
グレイの声は、低く、唸るようだった。
「うん! お願い!」
ユウトは、木切れを、構え直した。
グレイは、木切れを、振り上げた。
(こいつは、傷が、残らない)
(ならば、私は、もっと、強く打てる)
(もっと、速く、打てる)
(こいつが、私の動きを、盗むなら)
(私は、こいつから、何かを、奪えるのか)
グレイは、木切れを、振り下ろした。
---
稽古は、昼を過ぎても、続いた。
グレイは、ユウトの体を、木切れで、打ち続けた。
ユウトは、打たれるたびに、声を上げ、咳き込み、膝をついた。だが、そのたびに、加護が、傷を癒やした。
ユウトは、何度でも、立ち上がった。
「……もう一回、お願い」
ユウトは、汗だくで、木切れを構えた。
グレイは、木切れを、振り上げた。
(こいつは、疲れを知らないのか)
(加護が、傷を癒やすだけでなく、体力も、回復させているのか)
(気に入らない)
グレイは、木切れを、ユウトの左肩に向かって、振り下ろした。
ユウトは、体を、右に、流した。
パン。
木切れが、ユウトの肩を、かすめた。
「……今の、避けられた?」
ユウトが、驚いたように、言った。
グレイは、何も言わなかった。
(避けたのではない。流したのだ)
(私が、教えた通りに、体を、流した)
(こいつは、確実に、変わっている)
グレイは、木切れを、握り直した。
「もう一度だ」
グレイは、木切れを、振り下ろした。
今度は、さっきよりも、速く。
ユウトは、体を、流した。
パン。
木切れが、ユウトの肩を、かすめた。
「また、できた!」
ユウトが、嬉しそうに、叫んだ。
グレイは、木切れを、下ろした。
(二度、続けて、流した)
(偶然ではない)
(こいつは、私の打ち込みを、見て、反応している)
グレイの胸の奥で、何かが、小さく、弾けた。
(……悪くない)
グレイは、心の中で、そう呟いた。
(誰かに、教えるというのは、こういうことか)
(相手が、自分の動きを、吸収して、変わっていく)
(その様を、見ているのは、悪くない)
グレイは、ユウトを、じっと、見つめた。
ユウトは、汗と土にまみれて、笑っていた。
「グレイ、見た? 今の、避けられたよ! すごくない!?」
ユウトが、グレイに、駆け寄ってきた。
「避けたのではない。流したのだ」
グレイは、冷たく、言った。
「流した?」
「打ち込みを、まっすぐに受けるのではなく、体を、打ち込みの方向に、わずかに動かして、衝撃を逃がす。お前がやったのは、それだ」
「へえ……! そういうことか! グレイ、すごい! 教え方が、うまい!」
ユウトは、純粋な賞賛を、グレイに、ぶつけた。
グレイは、一瞬、言葉を失った。
(教え方が、うまい)
(私の、教え方が、うまい)
グレイは、ユウトから、目を逸らした。
「……お前が、覚えが、悪すぎるだけだ」
グレイは、ぶっきらぼうに、言った。
だが、その口元は、わずかに、緩んでいた。
ユウトは、グレイの、その表情の変化に、気づかなかった。
「そんなことないよ! グレイの教え方が、うまいんだ! だって、僕、こんなに、すぐに、できるようになったもん!」
ユウトは、木切れを、振り回した。
グレイは、ため息を、一つ、吐いた。
(こいつは、すぐに、調子に乗る)
(気に入らない)
グレイは、木切れを、構えた。
「調子に乗るな。まだ、稽古は、終わっていない」
「うん! お願い!」
ユウトは、木切れを、構え直した。
グレイは、木切れを、振り上げた。
(もう少し、続けるか)
グレイは、心の中で、そう呟いた。
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その日の夕方。
ノルン港都の、聖騎士団の詰所。
白い石造りの建物の一室で、二人の男が、向かい合っていた。
一人は、聖騎士団の騎士。銀色の鎧を身につけ、腰には、長剣を佩いている。四十代半ば。髪は短く刈り込み、顔には、古い傷跡があった。
もう一人は、聖騎士団の連絡役。黒い僧服を着た、痩せた男だった。
「例の件、どうなっている」
騎士が、低い声で、尋ねた。
「はい。貴族派閥が、勇者様の護衛に、あの魔族を、推薦したとの情報が、入っております」
連絡役が、声を潜めて、答えた。
「あの魔族だと……? 御前試合で、我らの騎士を、打ち倒した、あの、奴隷剣闘士か」
騎士の声に、怒りが、滲んだ。
「はい。その者でございます。名は、グレイ。グランヴェルドの闘技場で、三年間、勝ち続けた、奴隷剣闘士でございます」
「貴族派閥は、我らへの、当てつけのつもりだ。勇者の護衛は、本来、我ら聖騎士団が、務めるべき大役。それを、奴隷の、しかも魔族に、任せるなど、あってはならない」
騎士は、テーブルを、拳で、叩いた。
「おっしゃる通りでございます。しかし、勇者様ご自身が、あの魔族を、気に入っておられるようで……」
「勇者様は、まだ、お若い。異世界から、召喚されたばかりで、この世界の、何も、ご存じない。あの魔族が、どれほど、危険な存在か、分かっておられないのだ」
騎士は、立ち上がった。
「我らが、勇者様を、お守りしなければならない。あの魔族を、護衛の任から、外さねばならない」
「しかし、貴族派閥が、推薦した者を、我らが、勝手に、外すことは……」
「難癖をつければいい。あの魔族は、奴隷だ。護衛の任に、ふさわしくない。そう、上に、進言しろ」
騎士の声は、冷たく、鋭かった。
「……承知いたしました」
連絡役は、深く、頭を下げた。
騎士は、窓の外を、見た。
夕暮れの空が、ノルン港都の街を、赤く、染めていた。
「勇者の護衛は、我らが務めるべき大役。それを、奴隷ごときに、奪われて、たまるか」
騎士は、呟いた。
その声は、部屋の中に、低く、響いた。
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翌朝。
倉庫街の空き地には、今日も、木剣の音が、響いていた。
グレイとユウトは、昨日と同じ場所で、稽古を続けていた。
「足が、止まっている。もっと、動け」
グレイは、木切れを、ユウトの足元に、打ち込んだ。
「わっ……!」
ユウトは、慌てて、後ろに、跳んだ。
「打ち込みを受ける時は、足を、止めるな。動きながら、受けろ。止まったら、次の打ち込みに、対応できない」
「動きながら、受ける……」
ユウトは、木切れを、構え直した。
グレイは、木切れを、振り上げた。
その時だった。
倉庫街の、物陰から、視線を感じた。
グレイは、木切れを、振り上げたまま、一瞬、動きを止めた。
(誰かが、見ている)
グレイは、目を、細めた。
視線の先を、探る。
倉庫と倉庫の間の、細い路地。その奥に、人影があった。
赤毛だった。
鮮やかな、赤い髪。肩のあたりで、切り揃えられている。
若い女だった。
年齢は、二十歳前後。細身の体を、深い緑色のローブで、包んでいた。腰には、細身の杖を、提げている。
魔法使いだ。
女は、物陰から、半身だけを、覗かせて、グレイとユウトの稽古を、じっと、見つめていた。
その目は、値踏みするように、鋭かった。
グレイは、女の視線に、気づいていた。
だが、女は、グレイと目が合っても、視線を、逸らさなかった。
(何者だ)
グレイは、心の中で、そう呟いた。
(聖騎士団の、手の者か)
(それとも、貴族派閥の、密使か)
(……気に入らない)
グレイは、女から、目を離さなかった。
だが、女は、何も、言わなかった。
ただ、じっと、グレイの剣さばきを、観察していた。
「グレイ? どうしたの?」
ユウトが、グレイの様子に、気づいて、声をかけてきた。
「……何でもない。続けるぞ」
グレイは、女から、視線を外した。
(今は、稽古だ)
(あの女のことは、後で、考える)
グレイは、木切れを、振り下ろした。
パン。
木切れが、ユウトの肩を、打った。
「いっ……!」
ユウトが、小さく、声を上げた。
「今のを、受けただけだ。何も、学んでいない」
グレイは、冷たく、言った。
「ご、ごめん。もう一回!」
ユウトは、木切れを、構え直した。
グレイは、木切れを、振り上げた。
その間も、赤毛の女は、物陰から、二人の稽古を、じっと、見つめていた。
女の表情は、何かを、思案するように、固かった。
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稽古が、終わった。
ユウトは、地面に、大の字に、寝転がった。
「あー、疲れた! でも、すごく、楽しい!」
ユウトは、空に向かって、叫んだ。
グレイは、木切れを、地面に、突き刺した。
「楽しい、で、終わるな。お前は、まだ、何も、できていない」
グレイは、ユウトを、見下ろした。
「うん、分かってる。でも、昨日よりは、できるようになったでしょ?」
ユウトは、体を起こして、グレイを、見上げた。
グレイは、何も、言わなかった。
(確かに、昨日よりは、マシだ)
(構えも、足運びも、打ち込みを受ける時の、体の流し方も)
(少しずつだが、確実に、変わっている)
グレイは、ユウトの、その変化を、認めていた。
「……明日も、やるぞ」
グレイは、それだけを、言った。
ユウトの顔が、ぱっと、輝いた。
「うん! もちろん! 明日も、明後日も、ずっと、お願い!」
ユウトは、嬉しそうに、笑った。
グレイは、ユウトから、目を逸らした。
(ずっと、か)
(こいつは、私に、ずっと、教わりたいと、言う)
(私が、魔族で、奴隷で、剣闘士でも)
(こいつは、私に、教わりたいと、言う)
グレイの胸の奥で、何かが、小さく、温かくなった。
(……気に入らない)
グレイは、心の中で、そう呟いた。
だが、その口元は、わずかに、緩んでいた。
グレイは、倉庫街の、物陰を、ちらりと、見た。
赤毛の女は、もう、いなかった。
(あの女は、何者だ)
グレイは、女が立っていた場所を、じっと、見つめた。
(聖騎士団の、手の者か)
(それとも、別の、何かか)
(……気に入らない)
グレイは、外套の襟を、立て直した。
海からの風が、倉庫街に、吹き抜けた。
潮の匂いが、空気を、満たしていた。
グレイは、空を、見上げた。
朝の空は、青く、高く、どこまでも、澄んでいた。
だが、その青の向こうに、グレイは、不穏な影を、感じていた。Noveliaとは?
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